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『異国戦記【完】』 作者:宙 / 異世界 ファンタジー
全角39446.5文字
容量78893 bytes
原稿用紙約140.65枚
戦が絶えない世界に彗星の如く現れた英雄の物語。
     序章


 平和とは何なのだろう。
 
 争いがない。

 人間が存在する限りない。
 
 いや、正確には人間に欲が無くならない限り、争いは根絶することはない。

 今、世界は欲に蝕まれている。

 人間が滅びの道をたどらない限り。

            
              夢想家 ルイス=アゴース


 
 ある日、人間が生まれた。
 5人の神が海に雷を放ち、彼等を作り出したのだ。
 神は他にも、多くの動植物に命を与えた。
 しかし、知識を与えた人間は、なぜだか数を減らしていく。
 他の獰猛な動物に狩られていく人間。
 5人の神は頭を悩ませた。
 如何にして、人間が文明を築くまでに生き残らせるか。
 炎の神が言った。
 そうだ、他の動物を怖がらせる力を与えよう。
 水の神が言った。
 そうだ、何も食べなくても、多少は生き残れるような力を与えよう。
 風の神が言った。
 そうだ、自然を生かす力を与えよう。
 氷の神が言った。
 そうだ、極寒の強大な力を与えよう。
 そして、雷の神が言った。
 わかった、では私は、人間が誤った道を進むなら滅ぼそう。
 5人の神は合意に達した。
 4人の神は人間達に宿った。
 雷の神は人間達を監視し始めた。
 やがて人間は言葉を発し、文字を作り、村を作った。
 やがて争いが始まり、国ができると今度は世界を一国にまとめようと仕始める。
 雷の神は、思慮深くそれを見ていた。




 霧深い山脈の麓の平野。
 静かだ。
 赤い鎧の騎馬武者が1人、兜を脇に抱えて戦場を見渡している。
 髪も瞳も、輝いているかのように紅い。
 鎧の胴には北斗七星が描かれており、厳めしい竜の頭部を立体的に模した肩当てを両方に付けている。
 兜は全体が龍の頭部を模し、腰には左右に一本ずつ刀を差していた。
 魔力を伝える金属【魔鉄】を名工が鍛えた剣だ。
 右に差している鋼の鞘が覇刃、左の銀の鞘は神斬と言う。
 馬は紅い色の毛をしていて、馬なのに鎧を着けて鎖帷子をジャラジャラとならしている。
 ここはシャーハン大陸北部のガイア国とサレ国の国境。
 ガイア国軍は3000、サレ国軍は8000。
 数で劣るガイア国軍の陣の中央に先ほどの紅い髪の男がいた。
 風で乱れている背中まである髪を後ろで纏めながらも、その目はじっと戦場に注がれていた。
「殿、そろそろお時間ですが…」
 後ろに従っている馬に乗った騎士が、大槍を持ちながら話しかけてきた。
 彼が従えている騎士の鎧は全て赤い色をしていて、中でも部将級クラスの7人の騎士は鎧に北斗七星を付けている。
 紅い髪の男は笑みを浮かべる。
「カイザー」
 北斗七星の鎧を着た男が馬を前に進めた。
 肩まで届く茶髪をしていて、背丈ほどもある大きな剣を肩に乗りかからせている。
「カイザー、敵は何処が猛勢か?」
「中央が数も騎士も多く、最も難敵かと」
 その時、ドンという音と共に空に狼煙が上がった。
 曇り空の中、歓声が敵にわき起こり、ゆっくりと歩兵が進んでくる。
 槍を天に向け、まるで剣山のようにも見える。
 その剣山が、足を踏みならし、太鼓の音に合わせてこちらへ一歩一歩近づいてくる。
 自分がいる丘の下の味方も、迎撃体勢を取り始めた。
「サラ、お前は残れ」
「嫌です!」
 その声と同時に、なんと女性の騎士がレインのすぐ横まで馬を歩かせてきた。
 なんと彼女も北斗七星の鎧を着ている。
 金色で腰まで届きそうな髪に、魅力的な顔立ち。
 腰には金色の鞘の細くて長い剣を差し、白馬に乗っている。
 思わず、苦い顔をして彼女を振り向いた。
 見たこともないような金色の瞳は、出逢ってから10年も経っても飽くことのないすばらしさを感じる。
「殿、私は幾つも戦場で戦ってきた。ですから…」
 彼女の腕を疑っているわけではない。
 だが…。
「今回は、中央突破という危険な突撃だ。今までとは…」
 思わず言葉がつかえてしまう。
「レイン!」
 殿と呼ばずに、本名で呼ばれた。
 危険信号だ。
「わかった」
 彼女の、安堵する様子を一瞬見ると、戦場へと目を戻す。
 驚いたことに、既に戦が始まっていた。
 入り乱れる旗印。
 悲鳴や歓声、剣がぶつかる音。
 緊迫感が肌を張りのように刺激する。
 だが、丘の下のたった500の兵に対し、敵は8000。
 丘の坂を上って、前線部将や兵士達が既に退却を始めていた。
 今が好機だ。
 彼は、兜と顎当てを固定した。
「出陣する!」
 彼は馬の手綱を握り、馬の腹を蹴った。
 その後に続く部将2人と300の騎士達。
 そのそれぞれが修行場で名高いレスタンの騎士だが、その中でも頂点に立つのがレインである。
 紅い髪の彼は赤い騎士や紅龍と呼ばれ、彼の部将は北斗七星や七つ星の異名を持ち、彼の騎士軍団は紅龍騎士団と呼ばれて恐れられている。
 勢いづく敵は、こちらに気づいて迎え撃とうとしている。
 やれるものならやって見ろ!
 剣山のような槍がこちらに向いている。
 だが、こちらの騎士達も槍を敵に向ける。
 レインは手綱を放し、両方の剣を抜いた。
 一瞬の出来事だった。
 味方の槍は的確に敵を捉えている。
 体を貫かれ、崩れ落ちる敵兵達。
 悲鳴すら上がらない。
 敵の槍は味方の鎧に弾かれて折れたり曲がったりしてしまう。
 馬の鎧も敵の攻撃を全て弾いて、逆に敵に襲いかかる。
 自分の双剣が、狙いを付けた敵の首をはねた。
 続けざまに、左右の敵をなぎ払ってゆく。
 すれ違いざまだが、その間にほとんどの敵を斬り捨てていった。
 馬も、自分の意志を読みとったように自在に動いてくれる。
 30人目の敵をたおし、彼は後ろを振り向いた。
 味方が勢いづき、坂を下って敵に襲いかかっていく。
「騎士団よ! 逃げる敵を追い、騎士ならば捕らえよ!」
 彼は再び敵の中へ分け入ってゆく。
 その瞬間、自分が最も輝いている気がした。










     第1話


 歴史は動こうとしている。

 それは突然やってくる。

 それはとてつもない力で時には世界をも変えてしまう。

 その影には戦いの歴史があり、英雄と呼ばれる存在が姿を現しては消えてゆく。

 だが、後世の人は知るよしもない。

 その影で、どれほどの人間の血が、民の涙が流されているのかを。

 英雄は時には悪魔にもなり得る存在である。

             
                 史学者 アレックス=コロラド


 世界は、主に4つの大陸と4つの島に分類されている。
 大陸はそれぞれ東西南北に分かれており、極北の島、北西の島、極南の島、4つの大陸のちょうど間にある島で構成されている。
 中でも最も歴史の舞台となってきたのが東の大陸【シャーハン大陸】だ。
 世界の中央の島【ストリア島】に伸びるような形の2つの半島はまるで突き出た角のような形で、大陸にはおよそ50は越える国が存在している。
 気候は穏やかで四季もある。
 北方は山脈に海沿いを囲まれた形で、南方は砂漠が広がる。
 その間に挟まれた中央地方は平地も多く、理想的な農業地帯が非常に多い。
 その地方はある理由から戦も少なく、民衆はそこを楽園と称していた。
 しかし、おかしい。
 戦乱の時代に、しかも平地が多く戦のしやすいところで何故戦がないのか。
 それは、中央地方に存在する強大な勢力が深く関わっている。
 名はレスタン。
 国ではない。
 騎士となるための修行場である。
 では、騎士とは何か?
 騎士とは、古の神が与えたとされる4つの魔力のどれかが使える者を指して使う総称である。
 騎士は10年以上の修行で、炎、水、風、氷のどれかの魔力を修得するのだ。
 さて、レスタンには1万以上の修行中の騎士と一連隊ほどの兵力のレスタンに仕える騎士がいる。
 連帯とは軍の規模を表すもので、大きい順に分隊、小隊、中隊、大隊、連隊、師団が存在する。
 分隊は十数人の少数で、小隊は50人前後。
 中隊は200ぐらいで大隊は1000程度。
 連隊は一気に2000ほどで、大隊以上を一般に軍団と読んでいる。
 そして師団。
 師団は10000という膨大な人数で編成されている。
 そして最後に、裏方的存在の旅団が存在しているのだ。
 旅団は主に輸送経路の強化や占領後の治安維持を任される軍で、規模はその時々によってまちまちである。
 騎士は普通、修行を終えるとどこかの国に仕えるのだが希望するもの、さらに修行したい者は騎士となっていてもレスタンに使えることができるのである。
 その戦力は1つの小国なら1ヶ月で陥落できるほどの実力があり、それを束ねる騎士の王カーネルは76歳にして争いを嫌う義士でもある。
 彼は周辺の町の治安を守り、もし治安を乱したり悪行を行った国にはすぐに攻撃を仕掛ける。
 また、近くで戦いが起きた場合、どちらかが略奪をしたならばこれにもすぐに出兵、攻撃を仕掛けてくる。
 この行いにより周辺は戦が少なく治安も保たれているのだ。
 ここで、修行を終えた騎士のその後を語ろう。
 修行を終えた騎士は2つに別れる。
 レスタンに残るものと去る者だ。
 残った者は後輩の修行の手助けや騎士王カーネルの指示で治安活動などを行う。
 去った者にも色々な者がいる。
 雇われる者。
 仕官先が見つからず放浪する者。
 傭兵となる者など様々だ。
 騎士は貴重な戦力なので、仕官した騎士は主に国王の近衛兵に組み込まれたり、時にはいきなり将軍に取り立てられる者でさえいる。
 騎士を抱える国の規模にもよるが、だいたい一国には平均して小隊ほどの人数がいる。
 

 さて、ここで魔力について詳しく話したい。
 魔力には4つの種類があり、それぞれが強力な力を持っている。
 魔力は術者の精神力の大きさで威力や発動までの速さに違いが生じる。
 複数魔力を持っている者は、数に応じて精神力も強力だ。
 さらに魔力は、遠隔で行うこともできる。
 たとえば火の魔力を持つ騎士は少し程度離れたランプにならすぐに点火できる。
 しかし、魔力単体では戦にはあまり役に立たない。
 そこで数十年前、ある鍛冶屋が魔鉄という魔力の性質を吸収する金属から武器を作り出した。
 その武器に術者が魔力を注入すると、その魔力独特の性質変化が起きるのだ。
 剣を例にすると炎なら刃が燃え、水ならば刃にこびり付く血の脂などを流れ落とし、風ならば切れ味が増し、氷なら水と風の両方の性質をお互い半分程度の性質変化を起こせる。
 ならば、4つの魔力を扱えた者はいたのか?
 答えはイエスでもあればノーでもある。
 なぜなら、(いたのか)ならばノーだし、(いるのか)ならばイエスだからだ。
 つまり、その人物は歴代で1人しかおらず、現在生きていると言うことになる。
 その物の名はレイン=ガイア。
 ガイア国王子にして大隊規模の騎士を擁する【真紅の騎士団】の団長でもある。


 シャーハン大陸北部の小国ガイア。
 王はカーン=ガイア。
 彼は20歳で王になり、以後40年も王座を守ってきた。
 そんな老人だが、背は180ほど、力もまだそこらの大人には負けもせず2人張りの弓を引く。
 そして、昔からの威厳ある鷹のような鋭い目は、近年さらに鋭さを増してきたようにも思われる。
 近隣の国では彼を老いぼれと呼ぶ。
 しかし、彼は戦に出なくなった今でも自分を老いぼれと思ったことはないし、周りの家臣達もそう思ったことはない。
 顔はしわが刻まれているが、むしろ経験を刻んだ証でもある。
 白い髭は腹まで届き、いつも仕込み杖を手に持って離さない。
 今日はルビーの王冠に金の帯をして、装飾豊かなマントを付けている。
 そして、もうすぐ来る戦帰りの諸将を待つため、玉座の間に座って静かに水をすすっている。
 玉座の間は平方形で左には文官達が席に腰を落ち着けてこそこそと雑談をしている。
 そしてすぐ左脇には金髪の長い髪の男が立っていた。
 皇帝補佐官のシュルト、若干25の若い高官だ。
 右にはこの場で唯一、剣を差している騎士バレンが腕組みをしてたっている。
 黒く短い髪に不気味な顔立ち、白い肌。
 全てが蛇を連想させる。
 戦に出立していなかった文官達は右手に座っているが、静かに沈黙を守っている。
 その最前線の席にいるガッチリした体の50そこそこの男はパイロン将軍。
 武官の中で最も古参で忠誠の厚い男である。
 いつも通りの光景だ。
 ため息をつく。
 戦勝した知らせは届いているが、気分は乗らない。
 戦の結果はよかった。
 だが、三男のレインが活躍したことに原因がある。
 レインの母レーラは、政略結婚でカーンと結ばれた。
 すばらしい美貌と気品、穏やかな気質。
 完璧だと思った。
 しかし、事件が起きる。
 レーラにたいする国王暗殺疑惑が持ち上がった。
 おそらく嫡男と次男を持ち上げてきた文官達がレインの賢さに危機感を覚え、レインの命までは奪えなくても傷物にしたかったのだ。
 暗殺犯の息子という傷を負わせたかったらしい。
 結局、文官を押さえることができずにレーラを処刑、レインをレスタンに送った。
 10年後に帰ってきた彼に王は愕然とする。
 文官達にレインを二度と狙わせたくなかった。
 だから、平凡な騎士となっていればいいと願っていたのだ。
 だが、帰ってきたレインはさらに聡明になり、史上初めて全ての魔力を操る騎士となっていた。
 それどころか、騎士を集めて私兵を設立しアトラックに領地をもらうとそこに砦を築いてガイア国軍の主力を担うまでになった。
 レインが嫌いだからではない。
 見たくないのだ。
 母が処刑されるのを見たレインの、自分を一度だけ睨み付けたあの紅い悪魔のような目を!
「ワイン」
 側近が赤いワインを持ってきた。
 それを一気に飲み干す。
 そうだ、よってしまえば酔いに任せてレインの顔を見ずにすむ。
 さらに、3杯を立て続けに飲む。
 その時だ。
「レイン殿がお越しになりました」
 年老いた国王の目が、正面のドアに一瞬で移動する。
 高級な木材で作られており、金でできた金具が装飾されている両のドアが軋みながら開く。
 入ってきたのは、紅い髪の青年。
 後ろには茶髪の青年騎士と長い金髪の女騎士を連れている。
 王は、目線を合わせないように視線を逸らした。
 だが、武官も文官も息をのむ。
 レインの鎧は、返り血でどす黒く染まっている。
 見ないようにしているからわからないが、顔もおそらく返り血を浴びているのだろう。
「このような姿で申し訳ありません。一刻も早く戦勝を報告いたしたかったもので」
 演技がかった声だが、凛とした響きの声だ。
「よくやった」
 心にもない言葉が口から出た。
 そして、つい彼と目が合ってしまった。
 その瞬間、国王の前進に鳥肌が立った。
 冷たく、紅い瞳。
 悪魔のような冷徹さを感じた。
 おお。
 やはりお前は…。
 父を憎むか…。
 それから、報告が終わって補佐官のシュルトに声を掛けられるまで、国王は意識を失ったように身動き1つできなかった。










     第2話


 人が他の種を脅かし時、3つが生まれる。

 雷の子。

 獣の軍。

 赤い悪魔。

 3つが戦い、全てを治めし者こそ、歴史の支配者にして英雄である。

 忘れてはならない。

 戦乱の長き冬の後は、必ず春が訪れる。

                   予言者 タビル=アクセラー



「何故、あなたは国王がお嫌いなのですか?」
 サラの突然の問いに、レインは体を震わせてさっきまでうつむいたままの頭を上に向けた。
 サラ、いや、他の臣下が共通して持つ疑問。
 それが、何故レインが国王と会ったときだけまるで修羅のような目つきをし、その後はしばらく自らの心に閉じこもってしまうのか。
 要するに、ボーっとしてばかりいることが多くなるのだ。
 そして、誰かに話しかけるとキレのない返事をしてまた心に閉じこもってしまう。
 たとえば「よい天気ですね」と言うと、「いいことだ」といった感じの気の抜けた返事しかしなくなる。
 そして居城につくとあっという間に眠り込み、起きてくるとまるで何もなかったように起きてくる。
 その時は必ず決まって好物のロールパンをコーヒーで腹に流し込み、城主の事務的な仕事に就いたりする。
「レイン、いや、殿。俺もそれは昔から不思議に思ってたんだ」
 レインとは修行地レスタンで最も仲がよかったカイザーでさえ知らないこの謎。
 修業時代、天才の名を欲しいままにしていたレイン、カイザー、サラの3人。
 その頃、レインがまだ身分を公にしていなかったとき、2人はレインに親のことを聞いた。
 好きな食べ物、好きな本、得意な武器など互いの色々なことを打ち明けあってきた嘘など無かった仲だったが、この時だけはレインは口を閉ざし、いないとだけ言ってそのまま部屋を出て行ってしまった。
 それ以来、2人はその話題を持ち出さないようにしていたが遂にその禁を破ったのだ。
「レインで良いよ。カイザー」
 レインの手が、カイザーの肩をぽんと軽くたたいた。
 言い方からして、困っていると言うより落ち込んでいると言った方がいいようだ。
「もしかして、あなたのお母さんのことを恨んでいるとか…」
「答えはノーだよ。サラ」
 声が上擦ってきた。
 これは、確信に近いという証拠だ。
「と言うことは、イテッ、国王を嫌っているのは確かなんだな?」
 カイザーはしだれ柳の枝に引っかけた頬を手で少し押さえながらさらに身を乗り出してきた。
「…正解ともハズレとも言えない。ただ、今の国王は嫌だ」
「…それだったら正解じゃねぇか」
 カイザーの声が興奮してくる。
「コラ。カイザー、やめなさい」
 サラは目で睨んでたしなめた。
「もう良いわ、そこまで話してくれたこと自体がすごく予想外だったから…」
「…ありがと」
 ぶっきらぼうな返事は、カイザーの声にかき消されてしまう。
「見ろ、城が見えてきたぞ」


 恐怖山は高く険しい山が見事なバランスで平野を囲んでいる。
 名前の由来である複雑な地形に強風が流れ込んで聞こえる音は今日も鳴り響き、悲鳴が聞こえてくるようでもある。
 昔の人は誰かが襲われていると勘違いをしたため、このような名前が付いたのだ。
 その山から流れる川は盆地の中央を貫き、そこを中心に狭い盆地一杯に町が作られている。
 山は天然の城壁と言ったところだろう。
 そして、此処を通った風や鳥は常にこう思う。
「この地は難攻不落の要塞になるぞ」
 多くを見てきた者達がそう思うほど、堅牢な山に囲まれて水にも困らず、守りやすくせめにくいこの場所は格好の拠点であったのだ。
 そこに居を構えているのが赤い騎士レインである。
 彼は戦の手柄にすぐさまこの地を欲した。
 17で赴任してきた彼はすぐに唯一の出入り口である山間に城門を設け、職人や商人などを集めて町作りを始めたのだ。
 川を中心に商業を発展させ、山でとれる特産品の他に鉱山を発見、部下の元大商人の息子ビクトルに全てを一任して優れた武器や鎧の生産を開始。
 やがて、町の奥に崖を利用した立派な砦を築いてそこで部下と寝食を共に仕始める。
 僅か3年で莫大な財産を築いて騎士を集め始めたという。
 山の麓に作られた広大な棚田と畑、大隊規模の騎士に連隊規模の一般兵。
 すさまじい手腕で小国並みの軍事・経済力を有した。
 戦に出れば無敗。
 アトラックの町にとって、その領主は自慢すべき器の人物であった。
 

 アトラックの砦は複雑な道が広がった建造物で、迷わなくなるまでには半年を擁するほどきわめて複雑である。
 しかも様々な仕掛けが満載されており、中心部までたどり着くには一個師団クラスの兵が必要とされている。
 そんな堅牢な砦の城主は、砦の頂上にある円形の部屋で寝起きする。
 その部屋は主であるレインをたった今出迎えたばかりだ。
 彼の鎧は王に謁見したときのまま、血にまみれており顔も同様である。
 表情はきわめて穏やかで、ベッドのすぐしたには無造作に剣が放り投げられていた。
 輝く鞘は、部屋にある暖炉の炎を明るく映し出している。
 赤いカーペットが敷かれた部屋は暖炉の中の木々が炎に侵されているしかせず、きわめて静か。
 窓は四方にあるがベランダは出入り口のドアの真向かいに1つだけ。
 暖炉は窓から見て左にある。
 部屋の装飾はあまり無く、木目が美しい机と椅子が一式。
 弓は壁に掛けられていて、20本ほどの矢束が紐で括り付けられてその真下に置かれていた。
 寂しげで、実用的な部屋と言った感じだろうか。 
 どことなくレインの冷たさを映しているようでもある。
 彼が寝ているので、その間に彼の部下を紹介しよう。
 まず、サラとカイザーは彼の腹心の部下。
 サラは背中まである美しい金髪と容姿を兼ね備えた騎士で、素早い剣術はまるで舞踏を舞っているかのようである。
 武器は細身の剣で、使う魔力は水と風。
 年齢はレインより1つ下の19である。
 カイザーは190近い長身から繰り出す太刀の使い手で、荒々しさとは裏腹の正確無比な斬撃で多くの騎士の中でもトップの実力だ。
 歳はレインと同い年の20で、使う魔力は炎と風と氷。
 魔力を3つ使える騎士は、レインの軍団では彼1人である。
 そして、政務長のビクトル。
 彼は大商人の息子だが、レインのスカウトにより臣下となった。
 歳は24でレインに仕えてから3年目、つまりアトラックの町へ行く直前に臣下となった。
 騎士ではないので魔力は使えないが、剣の腕はそこらのちんぴらならすぐにねじ伏せられるぐらい強い。
 弁舌だが穏和で、決して計算高い男などではない。
 彼もカイザーと同じぐらいの長身で、多少痩せた体型だ。
 そしてアッシュ。
 彼は2年前に捕虜として捕まってからレインに仕え始めた元傭兵の陽気な男だ。
 歳は30で氷を使う。
 肌は浅黒く、身長は170もない。
 様々な武器を操り、傭兵の頃からの部下と共に潜伏や隠密活動を得意としているため、偵察によく使われる。
 また、工房では新しい武器や鎧の考案に頭をひねるほど発想力に富んだ逸材でもある。
 戦術長はハントという風変わりな28歳。
 勤勉で理想主義な彼だが、戦場では細かな点でレインに助言を与え、レインが戦っている間は彼が後方で軍を指揮する。
 ボロボロのマントを愛用していて、槍はかなりの腕前らしい。
 だが、騎士ではない。
 そして最後にバスター。
 その名の通り、火薬技術にすばらしい知識を持っている。
 46という年齢だが自身が開発した火砲という火薬で弾を発射するバズーカのような武器を部下100人に与え、遠距離戦の中核をなす。
 ゴーグルが愛用品で、レインの世話役でもあった。
 以上が、彼の部下6人である。
 

 半日たってもレインは起きない。
 しかし、そんな時間でも歴史は動こうとしている。
 音もたてずに、確実にこの若き領主へ忍び寄る歴史の渦。
 彼は英雄なのか。
 それとも…。
 その最初の答えはもうすぐ始まる大きな戦いで決まるだろう。










     第3話 動き


 神は地上に舞い降りた

 神は住むべき所を作り出した

 神は人を救い出した

 神は戦を望まなかった
 
 聖戦など、存在しない

 
        初代騎士王 タラストン=バグス



 冬だ。
 凍り付くような冬。
 全てを包む白い結晶を地上へと降らし続ける雲。
 氷の魔力が最も力を発揮する冬。
 東の大国クラドと国境を接するタバース砦の衛兵は雪が降る中、燃え続ける炎に手をかざした。 
 不思議だ。
 こんな季節に外で火をおこすことは難しい。
 それにもかかわらず、丸太で組んだキャンプファイヤーに衛兵達が集まって体を温めている。
 炎はパチパチという景気のいい音をたてて煙を吐く。
 防寒具で身を固め、武器を雪が埋め尽くした大地に置いて談笑する兵士に混じって、赤いマントを着た男がこの中でも身分の高そうな髭の男と話をしている。
「いや、レイン殿とあなたには礼を言っても言い切れません」
 髭の男が、マントの男に笑顔を向けた。
 厳つい男だが、人の良さそうな笑顔。
「そうですか。ではその旨、殿にお伝えしておきます」
「レインでのが我らを気遣い、炎の魔力を使える騎士を送ってくださるとは。あの方が王になるのを、パイロン将軍も熱望しておりますぞ」
「では、これで失礼いたします」
 騎士は空を見上げた。
 灰色の雲が空を覆い尽くし、西にはどす黒い雲が近づいている。
「吹雪が近づいている。この炎を砦の各所にも配置しましたから、十分敵に備えてください。最近は特に…」
「そうですな。では、レイン殿にお伝えください。期待に添って、此処は死守すると」
 髭の男は改めて騎士に頭を下げた。
 騎士も達成感に心を奮わせた。
 そして、衛兵300の歓声を背に、馬を走らせる。
 馬もいつも以上に雪を踏みしめ、順調に道をはかどらせてくれている。
 しかし、しばらく走ると吹雪に出くわしてしまった。
 寒い。
 馬上では炎を灯すこともままならず、馬の息をあがってきた。
 足を雪に取られて苦しそうにいななく愛馬。
 しばらく歩くと、馬も遂に歩けなくなってしまう。
 視界もきかず、道にも迷ってしまい絶体絶命の危機だ。
 もうだめだ。
 脳裏に、アトラックの町の仲間や家族、騎士としての修業時代の思い出がよぎる。
 こんなところで…。
 背に背負った大槍も今は単なる重りに過ぎず、かといって魔鉄の槍は簡単に捨てられもしない。
 そのとき、幸運にも大きな洞窟を見つけた。
 急いで馬の手綱を引っ張り、洞窟に倒れ込むように踏み入れた騎士。
 精一杯の気力で炎を生み出し、そっと地面に移した。
 そして洞窟の近くの木の枝を短刀で一生懸命切り、洞窟の火にくべる。
 馬はしゃがみ込み、目をとろりとさせた。
 炎のおかげで、眠っても死に至ることもない。
 助かった。
 騎士は目の上の瞼が重くなるのを感じた。
 安堵と疲労が一気に押し寄せる。
 眠い。
 そして、堕ちた。

 燃える音。
 目を覚ます。
 疲れはすっかり癒え、首を横にずらすと愛馬も元気にいなないていた。
 ゆっくりと上半身を起こす。
 立ち上がると、洞窟から出て伸びをする。
 日光の反射で、視界が紫がかる。
 周りを見渡すと、そこは小高い丘の上。
 彼は、足を沈ませながら丘へと進み出る。
 ズブ、ズブという足が沈む音と吐息の白。
 丘の遙か向こうに煙が上がっている。
 目をしばたかせ、目を凝らす。
 昨日の砦。
 しかし、燃えている。
 そしてそれを囲む大勢の兵。
 その時、雄叫びと共に2人の兵士が剣を抜いて飛びかかってくる。
 うかつにも足を取られて転んでしまった。
 だが、敵も雪でなかなか思い通りに進めいないようだ。
 彼は急いで身を起こすと、洞窟へ走る。
 槍をとって応戦しなければ!
 敵の足音も後ろから聞こえてくる。
 おそらく旅団、つまり偵察特殊部隊だ。
 そして自分のことを、砦の残党とでも思っているのだろう。
 洞窟に駆け込む。
 馬は異常に気づいたのか、大きくいなないた。
 槍を持つ。
 この槍は三つ又の槍で、3つの刃の交錯点には銀の馬の装飾が施されている。
 敵も洞窟へ入ってくるのが足音でわかった。
 彼は槍をかざして飛びかかり、不意をつかれて慌てた兵士を突く。
 敵は俊敏にも盾で防御を試みた。
 だが、彼の炎の魔力を宿した槍は盾を溶かし、さらに鎧をも溶かしてその刃を敵の脇腹へと導いた。
 驚きから苦痛の表情へと変わる敵の表情。
 そのまま、崩れ落ちた。
 だが、彼は油断することも隙を作ることもなく2人目の敵の胸のど真ん中を貫いた。
 まさに一瞬。
 これが騎士の強さだ。
 彼は槍をおろさずに携えたまま、馬に飛び乗ると急いで急を知らせにアトラックに走り込む。
 雪景色の中、彼はすさまじい勢いで疾駆していく。


 その数時間前。
 髭面の隊長は砦の中で外を見つめた。
「隊長、いかが致しましたか?」
 金髪の兵卒が歩み寄ってきた。
「いや、あの騎士が吹雪に出くわして無ければいいなと思ってな」
 彼は、吹雪でガタガタいうガラス窓から外の激しいブリザードへと視線を移した。
「隊長はお優しい」
 隊長の瞳に、兵卒の誇らしげな顔が見えた。
 この兵卒は、自分のことを立派な人物に見てくれる。
 敵の1人を殺すこともためらってしまう優しさを、すばらしいと思ってくれているのだ。
 胸が熱くなる。
 こんな平和が続くように、彼は心の中でこっそり祈った。
 ウォォォォ!
 歓声が聞こえる。
「なんだ、一体…」
 隊長の声は何かが転げ落ちる声にかき消された。
 物見櫓から、兵士が落ちてきたようだ。
「どうしたんだ!」
「隊長、て、敵です。数はわかりませんが、既に囲まれています」
「なに!」
「吹雪でいつの間にか…」
「ということは、陸の孤島になってしまったのか…」
 バキッ
 窓が破られ、矢が雨のように砦の中に射掛けられてきた。
 数人の兵士が倒れるのが見えたが、彼はもう武器に手を取っていた。
 バキッ
 ドアが破られた。
 そしてなだれ込んできたのは…。
 5人の騎士。
 瞬間、それぞれの騎士が味方を3人は斬り殺している。
 彼の優しさを褒めた、あの金髪の兵卒は剣を冗談に構えて突っ込む。
「やめろ!」
 彼が叫ぶと同時に、彼の首は飛び、足下に落ちた。
 表情には恐怖が浮かんでいた。
 ズバッ
 ドシュッ
 血しぶきが部屋を覆う。
 隊長である彼を敵から遠ざけようと、多くの兵卒が切り込んでは命を散らしていく。
 敵の騎士は強く、中でも緑の騎士は剣を左右になぎ払っては多くの味方を斬り捨てている。
 彼は足下の金髪の首に目を移す。
 怒りがわいてくる。
 やってやる!
 怒りにまかせて剣を抜く。
 横に振りかぶり、突っ込んだ。
 だが、ひらりとかわされてしまう。
 その瞬間、見ている景色が反転する。
 彼の首は血みどろの床に転げ落ちて、目を閉じた。










     第4話 マウント・アーサ奇襲戦


 古の時、5万の騎士達が神に挑んだ。

 その者達、戦乱止みし時代に生まれて力持て余らし、挑んだ。

 神、その者達のもとへ舞い降り、その雷の矛を振るう。

 その一撃、雲を裂く雷を大地へ雨のように注ぐ。

 騎士達全滅し、戦乱はさらに深まる。


                    神話之巻1



 アトラック砦の大広間に重苦しい雰囲気が流れる。
 いつもならチェスやポーカーに興じる騎士達の歓声や悔しそうな呻き声が聞こえてくるはずなのに、今は沈黙だけ。
 大広間は砦で一番広い部屋だ。
 縦横がどちらも30mほどで、赤いカーペットが敷かれている。
 壁には旗印や剣などの武具が無造作に打ち付けられ、100近い数の長テーブルは非常に汚い。
 この部屋では娯楽の他に、騎士達が食事する場でもある。
 此処では一般の騎士の他、7人の重臣、そしてレインも食事を取りに来るのだ。
 そう、今日もレインは大広間へ一歩踏み入れた。
 しかし、今は正午から3時間も時間が過ぎている。
 食事を取りに来たわけではない。
 彼は赤いマントを翻し、普段着ている赤と黒が主に使われた上流階級の服を着ている。
 マントには北斗七星の星図が描かれ、そのすぐ下には七星紅龍と金糸の刺繍が施されている。
 腰には左右に二本の名刀【滅龍刃】【覇刃】を差し、その顔はいつになくしかめ面をしていた。
 後ろにはサラ、カイザー、アッシュ、バスター、ハント、ビクトルが後に続いているが彼等もやはり、深刻な顔をしている。
 大広間の奥にある7つの椅子に、北斗七星と呼ばれる7人の騎士が座った。
 真ん中がレイン。
 その右にはサラ、アッシュ、ビクトルが座り、左はカイザー、バスター、ハントが腰を落ち着けた。
 騎士達の目が一斉にレイン達に注がれた。
「帰還した騎士は?」
 レインは少し目を細めた。
「ここです」
 すぐに目の前の騎士の列から声があがる。
 最前列に、仲間に支えられた騎士がゆっくりとでてきた。
 右足を引きずり、同じく右の腕も包帯が巻かれている。
「レイン様、この騎士は此処までくる途中に馬共々酷い凍傷を負ったと言うことです」
 サラがレインの視線を追い、すぐさま耳打ちをした。
「タバース砦に行かせた騎士のはずだな。大まかな話は聞いている。敵軍が砦を敗ったと」
 レインはゆっくりと語りかけるように騎士に話しかけた。
「は、はい。私は殿に言われたとおり、衛兵達に火を施しました。そこで吹雪に遭い、不覚にも道に迷って何とか洞窟に逃げ込みましたところ、翌日…」
「砦が見えたのだな?」
 カイザーが身を乗り出して口を挟んだ。
 それを、サラが目線で注意した。
「燃えていました。大勢の、見たこともないほどの大軍に囲まれていて…。その後すぐに偵察の旅団に…」
 騎士の顔に、恐怖が刻み込まれているのを感じる。
 おそらく必死で此処まで逃げてきたのだろう。
 レインの目に、一瞬初陣の光景が浮かぶ。
 だが、今は急がねば…。
「わかった。すぐに体を休ませろ」
 レインはすぐさま立ち上がった。
 その表情は危機が迫った深刻な顔ではなく、いつものように冷静に指示を下す表情だとカイザーの目には映った。
「ハント、お前のルートですぐさま首都と要所の城主へ伝令を」
 ハントはその痩せた体を動かし、すぐさま走っていく。
 彼はここらの商人を全て統率しているため、その商業ルートを使ってすぐに情報を伝達できるのだ。
「アッシュ、すぐに偵察を放て」
 アッシュの小柄な体はすぐに奥へと消えていった。
「他は戦へ備えよ。すぐに戦が始まる!」
 レインは剣を抜いた。
 他の騎士達もそれに従い剣を抜く。
「我らに勝利あれ!」
 


 

 それから5日後、首都ガイアの郊外には多くの兵とテントが軒を連ねて集結しつつあった。
 白の白い城壁の上で、子供達は羨望の眼差しでそれを見つめている。
「みてみて、すごくたくさん!」
「それはそうだよ。なんでもこの国の全兵力の1万が集結してるんだ」
「あ、あれって北のレン王子の軍団だよね。旗に黒い豹の絵が描いてあるもん。きっとそうだよ」
「あそこには南のレイザー王子の旗もあるよ。白い鳥の絵だ。間違いない」
「今度の戦いはきっと大きいんだよ。勝つといいな」
「馬鹿、勝つよ。なんたってレイン様の軍は騎士がたくさんいるんだよ」
「どれくらい?」
「だからたくさんさ」
「あ! 見て」
「赤い旗だ!」
「星の旗だ!」
「レイン様の騎士団だ!」



 龍をもした赤い鎧を装着したレインは、サラとアッシュをつれてすぐさま登城した。
 途中、多くの子供達がこちらを向いて目を輝かせてこちらを見ていた。
 レインの手に力が入る。
 勝たなければ…。
「殿、報告では敵は5万。勝算などあるのですか?」
 アッシュは心配そうにこちらを向いた。
「怖じ気づいたか?」
「いえ、そんなわけでは…」
 アッシュの顔が少し慌てたようになった。
 それからは無言で城まで進み、レインは2人を城門まで残してすぐに会議場へと向かった。
 何せ、お供は城内では禁じられているからだ。
 会議場にはいると既に自分以外はメンバーが揃っていた。
「おお、レイン殿!」
 パイロン将軍とそのお抱え部将は顔をほころばせたが、兄達やウェルブなどの父の取り巻きはこちらを振り向こうともせず、遅いなどとぶつぶつ文句をこぼしているだけだった。
 そして父は、王座に座ったまま石のように無表情なままだ。
 この会議場は、王座を中心に半円の机に座るようになっている。
 その隅っこに座ったレイン。
 思えば兄たちと会うのは久しぶりだ。
 長男のレンは今年で25歳。
 がっしりした長身で短気。
 軍装を黒に統一しているため黒豹軍団と自称しているが、実際には弓などの守りに適している亀のような軍団だ。
 次兄のレイザーは背は低いが筋肉質で、その割に臆病な気質を持っている。
 歳は24で髭で顔の半分が埋まっている。
 軍団はなかなか強いが、目の前しか考えない主の気質がしみこんだのか、孤立して戦うことが多い。
 他には戦略補佐のウルト、親衛隊長のバレン、皇帝補佐シュルトなどが顔を連ねている。
「では、戦略会議を始めましょう」
 ウルトがさっと立ち上がった。
 見るからに頼りない戦略補佐官だ。
 動きの1つ1つが既に怯えている。
 敵の動きを説明しているときだって、手が震えているのをレインは見逃さなかった。
「…というわけです。敵は3日で此処にたどり着く計算になります」
 ウルトに変わって今度はシュルトが立ち上がった。
 皇帝補佐官は、会議の司会進行をするのだ。
「何か、作戦などがある方は?」
 誰も手が上がらない。
 いや、普段は何もいわないレンとレイザーが上げていた。
 特に、レイザーは作戦などと言う言葉すら発したことすらないはずなのに。
「えぇ、ではレン王子からどうぞ」
 青白い顔でレンが立ち上がった。
「敵は数が多いので、籠城するのがいいのでは」
「なるほど、敵の兵糧が尽きるのを待つのですな」
 ウルトが、媚びるように手をたたいた。
 しかし、パイロンが眉をひそめた。
「ウルト殿は先ほど、1万の旅団が後方で兵糧の全てを管轄し、輸送しているといっていたではないか」
 ウルトが気まずそうに、拍手をやめてうつむいてしまった。
「えぇ…では、次はレン殿」
「敵を待ち伏せしてたたけばいいと思います」
 レイザーは自信満々に大声を出した。
 しかしその瞬間、レインはパイロンが失笑したようにフンと鼻息を荒くしたのを聞き逃さなかった。
「奇襲作戦ですか。いいですな」
 どちらもお粗末な作戦なのはこの場の全員がわかっていた。
 しかし、強大な敵にどうすることもできない。
「くだらない。多勢に無勢のこの状況で、奇襲などとは…」
 パイロンがレイザーの意見をその自信共々木っ端微塵に打ち砕いた。
 レイザーは、顔を少し赤くしてそろそろと椅子に沈み込んでしまった。
「パイロン」
 凄みのある声が玉座から全体へ響く。
 全員が国王の顔に視線を向けた。
「お前の意見を聞きたい」
 王は片手で顔を支えて座りながら、鋭い目線でパイロンを突き刺していた。
 この目線にパイロンは数十年も見られてきたが、今でも全身で寒気を感じる。
「私の意見より…レイン殿のほうがすばらしい献策をしてくださるでしょう」
 パイロンは挑戦的な目で王を見て、椅子に座ったときにはレインに熱い期待を送っていた。
 人任せか。
 思わずそう思ってしまうほど唐突に意見を請われたレインは瞼を閉じた。
 沈黙が続く。
 瞼を開けたとき、自分がたっていることに初めて気づいた。
 全員が、父も含めて全員が自分を穴があくほど見つめている。
「ウルト殿、敵の行軍路はこの地図に書かれているとおりで間違いないのですね?」
「は、はい。偵察隊の最新の報告と、地形を考慮してこの道で間違いはありません」
「…この状況をチェスに例えます。こちらはルークやビショップしか残っておらず、キングを守るに乏しい」
 パイロンを覗いて全員が、顔をいぶからせた。
 こんな時にチェスの話など、と。
「しかし、こちらにはナイトがいる。つまり、我が紅龍騎士団です。敵陣に飛び込ませたナイトで敵陣のキングにチェックをかける」
 ほぼ全員が息をのんだ。
 それほどまでに、彼が気迫に満ちていたからだ。
「しかし、敵はあまりにも多いのですぞ?」
 シュルトが信じられないといった面もちで立ち上がった。
「そのため、この首都の手前の細い山道マウント・アーサで騎士団以外の全軍が敵を本隊1万から引きつけます」
 パイロンが思わず身を乗り出した。
「それなら、すぐにでもマウント・アーサに柵などの防御施設を…」
 パイロンがすぐに国王を振り向いた。
 王の許しさえあればすぐにでも可決できる。
 しかし、王は何もいわない。
 やはり父は俺のことを…。
 レインの拳に力が入る。
「レイン…やってみせよ」
 王はそれだけいうと、会議の場を後にする。
「よし、すぐに準備にかかれ!」
 




     中編



 さっきまで多くの武将が座っていた椅子の上には誰もいない。
 日も当たらず、既に松明も消された部屋には闇しかないように思われた。
 だが、いる。
 武官の中で唯一、戦いに参加することのない人物。
 親衛隊長バレン。
 彼は非常に色が白い。
 着ている服装が白っぽいと言うこともあるが、それ以上に肌が白い。
 女性の雪のような可憐な白さではなく、不気味さがある。
 常に薄ら笑いを浮かべていて何を考えているかもわからず、近づく者などいない。
 はずなのだが、彼が此処にいるのはある人物を待つためである。
 騎士としてこの国に仕えてきたが、この国のために剣を振るったことはない。
 騎士としてはすばらしい力を持ってはいる。
 だが、その目は常に野心に満ちていた。
 その野心の矛先が向く標的は、バレン以外知るよしもない。
 ガタッ
 扉が開く音が耳に聞こえた。
 誰かが入ってくる。
 だが、それは1人ではなかった。
「明かりを付けてくれ」
 くぐもった声。
 彼は、松明に向けて指を弾く。
 パチンという音と共に部屋には暖かな光りが宿った。
「便利なもんだ」
 さっきとは別の声。
 最初は国王カーン。
 続くのが財務長官ウェルブ。そして不安げな顔の補佐官シュルト。
 シュルト以外の全員は、この場で話す議題はわかっている。
 シュルトは、ただウェルブにつれてこられただけ。
「このような場で、一体何をなさるつもりなのですか」
 シュルトの両の目が、カーンに向いた。
「この場で、レインの処遇について話し合うのですよ」
 ウェルブが上唇を裏返して笑う。
「そう、あの方は危険だ」
 バレンの目は、もはや殺気まで帯びていた。
「問題は、奴の騎士団だ」
 国王は、ため息をついた。
 本当はこんなことはしたくなかった。
 だが、奴が裏切ったらという不安だけがカーンの頭を悩ませ続けていた。
 自分を憎む子。
 しかし、殺したくはない。
 親の情という簡単なものではない。
 何せ、アイツは…。
「何故…レイン殿を?」
「知らないのですか?」
「何を?」
 しかし、シュルトの問いに誰も口を開かない。
 沈黙が続く。
「私の子ではないからだ」
 カーンは平静を装っていたが、声は憤怒に燃えていた。
 そう、あいつは違う。
 我が子ではない。
 なぜなら、レーラを寝室へ招いたのは一度だけ。
 しかも、一回は妊娠したがすぐに流産。
 それから1年もたたずにレインが生まれた。
 辻褄が合わないのだ。
 家臣達は、流産の後すぐに私の子を宿したと思っている。
 裏切られた。
 最初にレインの顔を見たときから、怒りがこみ上げてきた。
 レインその物が、妻の裏切りの証拠だがら。
 レーラが自分を暗殺するという噂にはすぐに飛びついた。
 誰が流したかは知らないが、レーラを殺すには十分な理由だ。
 レインも殺そうと思ったが、どこかに子供だからと言う同情もわいてしまった。
 今、奴がこの戦いで勝利に貢献すれば、奴を王座にと言う武官の連中の声を抑えきることは難しくなる。
 そしてそのまま、内乱に発展するかもしれない。
 私は、国を、家系を守らなければならない。
 追放しなければ!
「追放の口実は?」
 シュルトは青くなりながらも、持ち前の冷静さを保っていた。
 確かに、正当な理由がなければ武官達の反乱の種をまくことに繋がりかねない。
「簡単です」
 バレンがぞくっとするほどの笑みを浮かべた。
「ウェルブ、あなたがレインが国に納めた軍資金に偽りの数字を書くのです。さらに、国王とレン、レイザー様を暗殺しようとした容疑をかける。その証拠として、国王がレインの生い立ちを話せば完璧だ」
 バレンの目が細く鋭くなっていく。
 一瞬、舌なめずりした。
 その姿はまるで、獲物を手中に握った蛇。
 全員に悪寒が走った。
「で、ではそのようにいたしましょう」
 ウェルブは小走りで会議場を後にした。
「よし、任せたぞ」
 カーンは怒りの吐息を吐きながら、ウェルブが開け放ったドアを力任せに閉める。
 残ったのは、バレンとシュルトのみ。
「お前は…何を望んでいるんだ」
 シュルトの問いにバレンはまた笑う。
 ぞくっとするような笑みで。
「私がその時望んだ物を手に入れること…ですかね」
 バレンは再び不気味に笑いながら、明かりを消して部屋を後にした。






 朝靄が全ての視界を奪う山間に鎚の音が木霊する。
 トントントンという音は軽快に聞こえるが、それを打つ兵士達の顔が、目が恐怖を帯びている。
 言葉も少なく、不安げな表情を隠そうともしない。
 誰もが思っている。
 勝てないと。
 こんな急ごしらえの柵を幾重にも張り巡らしても、底に槍が林立している深い落とし穴を掘っても、無理だ。
 防ぎきれるわけがない。
 4個連隊、つまり8000の兵士が背中の甲冑を外している。
 つまり、逃げない。
 背中を見せずに戦うという誓いの証である。
 これは本来騎士の習わしとされているが、それだけの決意だということだ。
 先ほど幾重もの柵といったが、その柵は50もの数に上っている。
 その柵の間に、弓と槍を持った兵士が順に整列する。
 この様子を見ていた総大将のパイロンは、目を今までにないぐらい(そんなことが可能だったらだが)怒らせた。
「なんだ!この様は!全員手足が震えてばかりだ!こんなので戦になるわけがない!」
 後方で大隊を率いていたパイロンの目に、この様子はていたらくのように映ったかもしれない。
 だが、横にいる部下も前線の兵士のように足が震えているのには気づかない。
 だれもが(パイロンを除いて)勝てる戦ではないと思っていた。
 作戦会議の内容は、パイロンしか知らない。
 会議は機密なのだから仕方がないが、知らない者にとっては希望すらない。
 つまり、この戦に勝機があると思っているのはこの老将軍しかいないのだ。
 その時、後方で馬が走ってくる音が聞こえてきた。
 それは一つや二つではなく、まるで山の轟きのようにすさまじい音で迫ってくるのだ。
 旗には北斗七星がはためき、マントを翻して颯爽と現れたのは紅龍騎士団だ。
 その姿に、誰もが希望を持ってしまうほどの威圧感と雄々さがあった。
 先頭では、龍を模した立派な兜をしたレインが旗を掲げている。
 驚くことに、これは敵の旗である。
 黒地に朱雀が描かれているこの旗こそ、すぐそこまで迫ってきている敵達が誇りにしている旗。
「マウント・アーサに蓋をせし雄志達よ!何故そのように恐怖で目を怯えさせている?」
 レインは、独特の深く重みのある声で叫んだ。
「パイロン殿、作戦を説明されたのですか?」
「いや、あれは機密…」
「戦の前にこれでは話になりますまい。確かに話せば国を追放されかねない。だが今は緊急の時です」
「確かに、そうですな」
 老将軍の目に怒りは消え失せていた。
「ここは、老将軍殿が罪に問われぬように私が言おう」
 そう言い放つトレインは、全ての兵士に聞こえるように大音声で話しかけた。
「お前達は時間を稼ぐために此処に配置されたのだ!何故時間がいるか。なぜなら我ら騎士達が敵の本隊に奇襲をかけるためだ!」
 パイロンは制止しようとするが、レインは馬を走らせてさらに前線に近づいた。
「この先で敵の総大将を討った我らは、此処まで必ず戻ってくる」
 そう言うなりレインは掌に炎を宿し、持っていた敵の旗は燃えだした。
「この旗は先日、敵の旅団から奪った旗だ。お前達は目にするだろう!敵の大将を討ち、その旗全てを燃やし尽くす煙を!その時こそ我らは此処に戻ってくる。我らの勝ちとなるんだ!」
 レインのその姿は、全ての兵士だけでなくパイロンもその部下も跪いてしまうほど王の風格と気品さを備えていた。
「明後日の日、お前達は歴史的勝利の目撃者となる!この軍にいることを誇りとして、戦い抜け!」
 そう言うやいなや、全ての兵士が槍を天に突き刺して歓声を上げる。
 その声を聞くと、レインはパイロンに剣を抜いた。
 これも騎士の風習で、剣をぶつけ合って互いの生還を祈るのだ。
 カンッ
 乾いた音で弾かれた二本の剣は、静かに鞘へと収まった。
 



 

     後編


 このマウント・アーサの山道は古の人々が大工事で築いた広い道で貫かれた交通の要所である。
 一体どのような年月がかかったのだろうと誰もが思うほど、これは異常とでも言うべき道だ。
 なんと、低い山の中心を真っ直ぐ切り裂いた形をしている。
 低い山にトンネルを掘る程度の技術はこの時代にあるが、その山を切り裂いて造った道に誰もが驚嘆する。
 このような道は世界中に例が無く、この道をどのようにして造ったのか誰もわからない。
 ある人は「この道は神が創ったものだ」と言うし、またある人は「高名な騎士王が山を斬ったのだ」とも言う。
 つまり、全く謎の物なのだ。
 道は広さが15mはあるし、山の地層が見えるのもこの道の特徴だ。
 そしてこの道は5ヶ国の街道とも直結しており、今ではこの道を制した国こそが5ヶ国を制するとまで言われている。
 レインの父カーンは30年前に此処に出陣し、今は敵のサレ国と共にこの場所を勝ち取った。
 そしてこの近くの平野に首都を建造し、今に至っている。
 ここをガイア軍以外の軍が通るのは、それ以来である。
 その数たるや5個師団。
 全員が黄色に統一された鎧を着ている。
 徒の者は槍を天空に向けて歩き、馬に乗った物は横に従者を従えて馬の手綱を握る。
 この土地の物が今まで見たことのない長い軍列が続く。
 此処をカーンが勝ち取ったときでさえ、1万ほどの軍しか用いることができなかったのだ。
 やがて、一際大きな旗に大きな朱雀の形の紋章が描かれた旗が通る。
 この旗を用いることができるのは王の親衛隊と旅団分隊長、そして部隊長以上の部将だけだ。
 つまり、この軍が本隊である。
 中央には後光の模した兜を被ったひげ面の大男が自分の大きな体に見合う大きな馬に乗っていた。
 兜で表情はわからない。
 この男こそ、クラド国の王のエルモント。
 総大将その人だ。
 だが、その王よりも覇気を放ち、実に雄々とすすんでいる騎士がいた。
 名はヴァリス。
 20代前半ながらもクラド国親衛隊長の座に付く勇士である。
 緑の鎧をいつも戦場で着ていて、さきの砦を落とした騎士もこの男。
 そのうえ知勇の名将として近隣で知られている。
 ヴァリスは、マウントジークの山を見上げた。
 山は長年の雨で幾度も土砂崩れを起こしたため低くはなっていたが、30mはある。
 未だ木々で満たされている上に、その木々はこの辺り一帯まで続いているのだ。
 森の木々にはカラスが止まってこちらを見つめている。
 まるで進入を拒むかのように鳴き、飛び。
 空を飛ぶカラスはこちらの上をぐるぐると旋回して回り、森のカラスは枝に足で捕まりながらもこちらを野次しているかのように叫ぶ。
 兵士達がそれを見て、不吉と思わないはずがない。
 気ぜわしそうにカラスを見たり、足を速めたりする。
 彼は自分にも不安が宿ったのに気づかないわけにはいかなかった。
 大将であるエルモントもこれに気付き、部下に命じて空を飛ぶカラスを一羽、射落とさせた。
 だがカラスたちは、そのお返しとばかりにこちらにフンを落としてくる。
「や、やめろ。弓で射るのをやめろ」
 慌ててそう言うと、雨の時に使う傘を頭上に広げさせた。
 それと同時に、その傘めがけてフンがぼたぼたと音をたてて落ちてくる。
 彼は再び森を見る。
 不気味だ。
 奥はその暗さのために全く見えない。
 もし此処に敵がいたら…。
 彼は叫んだ。
「全軍、止まれ!」
 その叫びと共に、嫌々ながら全員が足を止めた。
「どうした?」
「あの森を見て参りたいのです。敵がいるやもしれませぬ」
「だが、人が隠れている森にカラスが居ると思うか?」
「いえ、しかし気になるのです。私は紅龍騎士団の長とは見知った仲。レインは、奇襲が何より得意です。それも一発逆転を狙った奇襲が。私が奴なら、此処を狙うでしょう」
「そこまで言うなら、100の手勢と共に行ってみよ」
 彼はすぐさま手勢を率いると、カラスが守る森へと分け入っていった。
 森は以上に木々で入り組み、カラスたちは何もしませんでしたが未だにこちらを見ていた。
 それが何とも不気味で、ヴァリスはさらに疑心を深めたのだ。
 修行場レスタンで、レインは有名だった。
 剣技も兵法も戦略も全てにおいて常に天才と言われ、人望もある。
 彼を教えた騎士達は口々に、あの子が国を継いだらその国は世界を統一すると言ったほどだった。
 その天才を前に、今自分は戦いを挑もうとしている。
 森は相変わらず光りをほとんど通さない闇だけだった。
 従者の何人かは既に、見えない足下に広がる樹木の根につまずいて転んでいた。
 そこでヴァリスは松明に手をかざして火を灯した。
 一気に周りが明るくなる。
 その瞬間、全員が目を見張った。
 暗くて気が付かなかったが、自分たちが立っているその場所の周りには多くの死体が転がっていた。
 しかも、それらを見ると全て味方の軍の旅団だ。
 ヴァリスはすぐさまその死体に駆け寄った。
「全て一太刀で殺されている…。紅龍騎士団だ」
 彼等はすぐさま本隊へと引き返し、エルモントに報告をした。
「つまり…お前は敵ではなく味方の死体を発見したんだな?」
 主君は半笑いを浮かべていた。
 


「殿、こんな所からどうやって攻めるのですか?」
 アッシュはいぶかしげにマウント・アーサの山道を見下ろした。
 此処はマウント・アーサの山の頂。
 下では、クラド国の先鋒が続々と進んでいた。
 雪は積もっていないが、非常に肌寒い。
 霧も深いため、下からは上の様子を知ることはできない。
 だが、上から下へは下ることができないのだ。
 レインは右にカイザーとアッシュ、左にサラ、ハントを従えて椅子に腰を落ち着けていた。
 砲術長のバスターはある用事で騎士100人と共に別行動を取っており、ビクトルはアストックに待機させて置いている。
「アッシュ、時が来ればわかる」
 戦術長ハントはパイプを吹かしながらアッシュに笑いかけた。
「アッシュ、お前は目が利くから本隊を見分けられる。レインだって、そこをわかってお前に見張らせてるんだ」
 カイザーはまじめくさっていってはいるが、完全に笑いが口から漏れている。
「お前はそう言うけど、旗を見ればわかるだろう」
「お前、レインを馬鹿にしてんのか!」
 カイザーがわざとらしく剣を抜いて立ち上がった。
「よせ」
 レインを含め、アッシュまでもが大笑いした。
 これから死地に行く人間とは思えないほど、快活に笑う。
「さっさとアッシュは見に行きなさい」
「へ、へい!」
 サラの一喝でアッシュが崖下まで走るのを、全員が大笑いして見送った。
「さて、アッシュには秘密だが此処の近くで土砂崩れが起きるから、そこから馬で駆け下りれる道ができるんだ」
「では、そこから?」
 サラの問いに、レインは頭を横に振った。
「さらに、後方からカイザーの500の手勢で横と後ろから一気に崩す。同時に本隊と先行した軍を合流させないようにするために土砂を崩す!」
「しかし、あの軍にはヴァリスがいるのでは…」
「あいつが?」
 カイザーがいきなり立ち上がった。
「そう言えば、あなたとヴァリスは犬猿だったわね」
「あいつがレインを嫉妬していたんだ。あいつは…」
「戦に私情をはさんではいけない。カイザー、アイツは生け捕りにして傘下に加えたいんだ」
 レインは表情を変えないが、少し険しくなったのを見逃す者はいなかった。
 カイザーはゆっくりと元の位置に戻る。
「殿、殿!本隊です。しかも、あっちでパイロン殿が戦いを始めたとの報告も!」
 アッシュの声に反応して全員が立ち上がる。
「すぐにカイザーは回り込め。出陣だ!」
 

 
 轟音がマウント・アーサの霧を切り裂いた。
 砂や岩盤、岩が雨霰と道に降り注ぎ、4mもの高さで積もった。
 あまりに唐突な出来事に、本隊の兵士達は言葉もなく呆然とした。
「な、なんだこれは?」
 エルモントはあまりの出来事に口を開けたまま呆然としている。
「すぐに固まれ!霧で視界はきかないが、奇襲に備えろ!殿を守れ!」
 ヴァリスが剣を抜き、見えない周囲を鷹のように睨む。
 と、その時。
 どこからか鬨の声が上がる。
 声は四方の岩壁にこだまし、密室とかしたこの山道に閉じこめられた1万の兵士を威圧する。
「来るぞ!周囲に目を凝らせ!恐れるな!こちらは大軍だ!恐れるな!」
 ヴァリスの声は、もはや兵士達の恐怖をぬぐい去るには足りなかった。
「後ろだ!」
 兵士が後ろを指さした。
 鬨の声を上げて、馬に乗った騎士500が早駆けしてくる。
「槍ぶすまだ!構えろ!急げ!」
 ヴァリスは叫ぶ。
 だが、速い。
 騎士達はあっという間に大軍の中に駆けいってきた。
 斬られた兵士達の叫びが残すのは、味方への恐怖だけ。
 それと同時に、崩れた土砂の上から数え切れないほどの騎士が飛び降りてきた。
 先頭の騎士は双剣を抜くと、紅い髪を振り乱してゆっくりと走り出す。
 震える敵を、ただひたすらに斬っていく。
 断末魔と、死体が地面に倒れる音が次々と響き渡る。
「大将を倒せ!大将を倒せ!」
 騎士達はそう叫びながら、剣を振る。
 レインは舞でも踊っているかのようにすばらしい剣技で自らを血に染めていく。
 そして…。
「レインか?」
「ヴァリス?」
 彼等は出逢った。
「久しぶりだな。お前とこんな形で会うなんて」
「そうだな」
「降伏してくれないか?」
「無理だ」
 ヴァリスは剣を構える。
「勝負するしかないのか…」
 レインも、独特の構えで迎え撃つ。
 レインは双剣を鞘にしまい、まるで西部劇のようなガンマンの構えをした。
「懐かしいな。その構え」
「ヴァリス、お前は俺に勝てない」
 レインは視線を逸らさず、敵をただ真っ直ぐに見据えた。
「だが、戦わなければいけない。俺は主君のために死ぬ。お前がレスタンから出ていく前に、そう言ったよな?」
「そうだな」
 その瞬間、すさまじい速さでヴァリスは斬りかかった。
 レインはそれに反応し、彼の剣を片方の剣で防いだ。
 火花が散る。
 だが、ヴァリスは両手なのに対してレインは片手。
 レインの剣が押し切られた。
 しかし、今度は両方の剣で防ぐ。
「さすが、騎士王から直々に頂いた双剣だ」
 2人は互いに離れて距離を取った。
「お前は知っているはずだ。俺が本当は一刀流なのを」
 レインは片方を鞘に収め、覇刃を握る。
 再び、赤と緑の閃光が閃いた。
 レインの剣は速い。
 まさに閃光のような速さで一気に攻勢へと出た。
 ヴァリスはそれを必死に防御する。
 しかし、それでも間に合わない。
 レインは次々にヴァリスの鎧を削り取っていく。
 肩当てが吹き飛び、兜は切り落とされ、腰当ては半分が切り裂かれている。
 遂に、ヴァリスの状態が崩れた。
 レインが一気に押し切ったのだ。
 だが、その瞬間立場は逆転する。
 ヴァリスは腕の盾でレインの剣を防御すると、すかさずもう一方の手で剣を握り、レインの腹の手前で切っ先を止めた。
「レイン、お前は甘い。お前は俺を殺さないように最後の一撃を剣の峰で、それも力を抜いた。その結果がこれだ」
 レインは何も言わない。
 ただ、不敵な笑みを浮かべているだけだ。
「それも俺の選択だ」
 ただそう言い放つと、剣を手から放す。
 その時、1人の騎士が馬を駆けてきた。
「レイン!!」
 カイザーだ。
 カイザーは剣を振るった。
 ヴァリスに対する殺意が、奴の首をはねろと言う。
 胸が鼓動する。
 だが、彼の剣はヴァリスの剣を見事にはじき飛ばしたのだ。
 彼は馬から下りるとレインに向かってこういった。
「殿、生け捕りました」
「やるな、カイザー」
 レインは笑い返す。
 ちょうどその時だ。
「大将を討ったぞ!」
 アッシュの声だ。
「戦は終わった。お前は死ねなかった」
 レインは、ゆっくりと茫然自失の騎士に語る。
「今度は、俺のために死んでくれないか?」
 ヴァリスは、ただ目から一筋の涙を流すだけだった。
「ありがとう」
 レインはそう言うと、彼の肩をぽんとたたいてこの場を後にする。








     第5話 逃亡


 吹いた風は戻っては来ない。

 流れた水は戻ってこない。

 過ぎ去ってしまったものは、未だ起こっていないことよりも悲しい。

 過ぎ去った後には、無情の悲痛が残るだけ。


         
 戦場に、歓声がこだまする。
 ガイア国の兵達は東に立ち上る黒い煙を指さして歓喜し、クラド国の兵士達はただただ唖然としていた。
 この戦場で、もはや武器を手に持っている者は誰もいない。
 戦は、後の世に残る逆転劇で幕を閉じたのだ。
 それからすぐに、レインの使いを受けた騎士がパイロン達の居る戦場に馬を走らせ、叫ぶ。
「エルモントは戦死! ヴァリス殿は降伏なされた! 戦いをやめよ!」
 クラド国の兵士は雪崩をうって降伏。
 ガイア国の誰もが、こう叫んだ。
「勝利だ!」
「ガイア国の勝利だ!」
「レイン様の勝利だ!」
 この収拾もつかないほどの騒ぎの中、パイロンはたった今届いたばかりの一通の手紙に目を走らせていた。
 手が震えている。
 そして、まるで言葉の意味がわからないように目を何回も紙の上に走らせていた。
 老将軍の目から、一滴の涙がこぼれ落ちる。
 それを見たものは、誰もいなかった。



「殿、どうして冠軍が俺じゃないんですかい?」
 冠軍とは、その戦で一番活躍したものに与えられる栄誉のことだ。
 アッシュは布で包んだエルモントの首を手で振りながら、不満たらたらと言った表情をしている。
 この戦場では、既に敵の全員が降伏していた。
 そして彼等の旗は一箇所に集められて、今は黒い煙を吐きながら火に焦がされている。
 その煙は今は晴れた天へと吸い込まれ、ただうっすらと消えていくばかり。
 レイン達は腰を落ち着け、薪を背に談笑をしている。
「アッシュ、今回の一番の成果はヴァリスを配下に置けたことだ。アイツはすばらしい騎士の1人。まちがいなく北斗七星の最後の一枠に納まってくれる」
 レインの言うとおり、北斗七星の現在のメンバーは6人。
 レインは戦の前から、ヴァリスが味方になることのみを考えていた。
「まぁ、いいですよ。それより、今度の戦で殿の株も急上昇ですな!」
「父は…考えをかえんだろう。それより、今回の冠軍はカイザーだ。何か欲しいものはあるか?」
 誰も、レインがこの話題を避けていることに口を出す者はいなかった。
 沈黙が続く。
 誰も何も喋らない。
 後ろでは、ただパチパチと旗が焼かれる音がするだけ。
 そんなとき、1人の男が近づいてきた。
「ヴァリス…」
 レインは立ち上がって、昔の友を迎えた。
 他のメンバーもそれに倣う。
 ただ、カイザーだけは落ち着かなげに一番最後に立ち上がった。
「…主君を失ったばかりのお前に急な話かもしれないが、北斗七星の最後の席を埋めるのはお前だと、いつも思っていた」
 レインが手を前に差し出す。
 ヴァリスはしばらく黙っていた。
 まるで、石像となったように。
 その時、ヴァリスが手を握った。
 そしてレインの前に跪く。
「あなたを生涯の主君として…仕えます」
 その瞬間、騎士が馬を走らせて彼等の前に飛び降りた。
 その騎士は、パイロン達の居る戦場に使いに出した騎士だ。
 騎士は肩で息をしながら、急いで懐から手紙を出した。
「パイロン様から、至急これを見せるようにと」
 その手紙には国王の印が押されていて、既に封が破られている。
 レインは何も言わずに手紙を広げたが、すぐに手紙をサラに渡した。
「追放…」
 レインの口調は普通だったが、顔には今まで見たことのない落胆が見て取れた。
 手紙は国王からパイロンへ出されたもので、レインの国内永久追放が記されていた。
 サラは手紙を取り落とした。
「殿が…追放?しかも…追っ手が出される?何故?どうして…」
 彼女はいつもの冷静さを失ってしまっていた。
 それは、他の北斗七星の面々にも言えることだった。
 全員、ただただ信じられないとばかりの表情。
 しかし、この男だけは違った。
「殿、すぐに国外へ脱出しなければ!」
 ヴァリスが立ち上がった。
 先ほどまでの苦悩の表情はなく、情熱に燃え、生き甲斐を見つけた男の顔だった。
「国外に出れば、わざわざ我々に攻撃を仕掛けてくる軍もありますまい。レスタンへ亡命するのです」
「わかった!すぐにアトラックの守備に残したバスターとビクトルに使いを!そして騎士のみを連れてレスタンへ退却する!」
 彼の声に、先ほどまでの調子はなかった。
 追いつめられ、退くことしかできない。
 彼は馬に乗ってかけた。
 そして、彼が此処に戻ってくるのはしばらく先のこと。











     第6話 騎士の首都



 騎士の首都たるランロスの塔。

 天に突き刺す誇りの矛先。

 人の武たる、その力。

 彼等を統べるは1人の男。

 かの者の手で山は燃え、かの者の手で海が狂い、かの者の手で嵐が猛る。

 騎士の長なる者が座すのは、天に刺さったレスタンなる塔。

 全てが崇め、全てが恐れ、全てが憧れ。

 ただ1人。

 赤い男を除いては。



 
 1人の老人がゆっくりとベッドの中で寝返りを打った。
 10m四方の広い部屋で、壁にはたくさんの写真、武具が飾られていた。
 窓からは今日も心地よい日光が忍び込み、部屋を明るく照らしてる。
 老人はそれをまぶしそうに手を隠すと、もう一方の手をすぐ側のテーブルに這わせた。
 コツン。
 コップが軽く手に当たった。
 彼は上半身を起こすと、中に入った水を一気に飲み干す。
 そこで初めて、彼は目を開けた。
 彼の目は青い。
 彼の目は深い。
 彼の目は広い。
 まるで、底知れぬ美しい海のようだ。
 その体には、たくさんの傷が刻まれていた。
 そして彼のしわには、並々ならぬ叡智が刻まれていた。
 彼が立ち上がると、実に屈強なことがすぐにわかった。
 まるで、どんな嵐にも戦火にも負けずにそこに立っている大木。
 全てに優しく、全てを迎え、朝日に照らされるその姿は神のように神々しくさえ見えるのだ。
 彼こそが騎士の王。
 すなわち騎士王カーネルその人。
 ドンドン。
 誰かがノックをした。
 美しい木目に鮮やかな彫り物がされたドアの向こうから、その者の荒い呼吸が聞こえてくる。
 よほど急いできたのだろう。
 彼にはそれが、身の世話をしてくれる騎士だと言うことがすぐにわかった。
「どうしたんだい? 私は今起きたばかりだというのに。最近は戦もないから、よく眠れる日が多くてね」
 温かくて、包み込まれるような優しい声。
 誰もが、その声で微笑を漏らしてしまう。
「す、すいません。しかし、赤髪の騎士様の旗を掲げた軍勢がすぐそこまで接近しております。非常に歩みは遅く、徒の者もおりまして。お部屋の窓から見ることができますか?」
 老人は窓を開け放った。
 鼻孔から、冷たく透き通ったすがすがしい空気が流れ込む。
 そして、たしかに北から500ほどの軍勢が迫ってきていた。
 しかしその軍には、どうやら怪我をした者が多くいるようでもあった。
 仲間に支えられたり、馬に寝かせられる者。
 槍を杖にしている者も見受けられた。
 旗には北斗七星が鈍く光り、今にも風に吹き飛ばされそうなほどフラフラしている。
「すぐに使者を走らせて門を開けさせなさい。医者の用意も。それに、体の温められる食べ物を厨房に頼んできて送れ。おっと、私の分ではなく、レイン達の分だよ」
 騎士はすぐさま部屋から遠ざかっていった。
「荒れた日になりそうだ」
 老人から、まるでため息のような声が漏れた。





 老人はすぐに塔の玄関ホールまで降りていった。
 マントを着て、腰には黄金の剣を帯びている。
 彼の周りには、多くの騎士達が集まってきていた。
 知らせを聞いた朝早い騎士達に起こされてホールはこれまでにないぐらいの数で埋まってはいたが、それでもまだかなりの人数が入れるだろう。
 なんと言っても、このホールは塔の一階全てを占めているのだから。
 大理石の床は輝き、武具が光りを浴び、反射している。
 騎士達も、ここでは布でできた簡素な服で客人達を待っている。
 鉄のドアがうなりを上げた。
 軋みながらも、ゆっくりと数人の騎士に引っ張られて開け放たれてゆく。
 彼等の髪はひんやりとした風に揺られた。
 そして、見た。
 1人の男が入ってきた。
 この塔に居るものなら誰でも知っている。
 紅い髪は風に揺られ、マントが翻り、腰の二振りの刀が光りの全てをはなった。
 彼の顔には疲労の色が濃く残っていたが、それでもまるで大国の王のように威風堂々とした出で立ちであった。
 その赤い瞳はまるで怪しく燃えてさえいるようで、表情は険しい。
 そして、次ぎに入ってきたのが北斗七星の7人。
 とりわけ、カイザー、サラ、ヴァリスには皆が息をのんだ。
 10年に1人と言われる逸材達の行進を、彼等は興味深げに、そして敬って迎えた。
 しかし、全員が手傷を負っていた。
 カイザーの鎧は酷くぼろぼろだったし、サラの腕の盾は数本の矢が刺さったままだ。
 ヴァリスは包帯で腕が巻かれていたし、足も引きずっている。
 そして、紅龍騎士団が続々と列をなして入ってきた。
 全員が酷い手傷を負い、なかには意識がないような者もいた。
 それを診た医者達が急いで患者を預かり、その場で処置を施していく。
「一体…なぜ、しかもどうしてこんなことに…」
 騎士王は嘆息した。
 彼が見てきた中でも、これほど立派で、此処まで傷ついた騎士団はなかった。
 レインと七星は王の前に跪いた。
「レイン。どうしてこんなことになったのか、詳しく説明してくれ」
 老人の声は今まで聞いたことがないほど険しいものだった。
 レインはマウント・アーサの戦いのこと、そして追放されたことを話した。
「私はすぐに、ここに行こうと決心しました。しかし、此処までの道の国々にはすでに父の密書が行っていたようです。おそらく、勝利の知らせを聞いた瞬間に使者を出立させたのでしょう。それも、鷹を使った素早い手段で。私たちの勝利で勢いを増したガイア国に脅された小国の軍は、我らを待ち伏せました。しかも、要所要所で奇襲を仕掛けてきたり、矢を浴びせかけるだけ、落石などといった、直接的な戦いを避ける戦法で。我らは疲労し、疲れ切り、4分の3の騎士を失いました。つまり、此処にたどり着いたのは2000のうち僅か500です」
 彼の声からは落胆と悔しさがにじみ出ていた。
「今は何も考えず、すぐに休息を取られよ。何も考えずにだよ」
 老人は彼等にほほえみかけた。
「お待ちください」
 レインが、重々しい声でいった。
 その声は、カイザーとサラとヴァリス、そしてカーネルにしか聞こえないか細い声だった。
「1週間の後、塔の頂にて会いたいのです」
「その日は、1月の23だよ」
「わかっています」
 カーネルは何も言わず、黙ってその場を立ち去った。
 









 1月23日。
 それは騎士達にとって、始まりの日と言われている。
 何故かはわからないが、その日はある儀式が行われるのだ。
 それは、継承の儀式。
 騎士の王が入れ替わる日。
 その儀式には、種類がある。
 王が自分の意志で新たな騎士を選出する場合。
 これは最も平和的で、今までの儀式で最も多く行われた。
 ほとんどの場合、騎士王が病気、または死期を悟って行うことが多い。
 そして次に多いのが、騎士王が後継者を選ばずに死んでしまった場合。
 その場合は全ての騎士による投票の多数決で決まる。
 そして最後の儀式は、今まで一回も行われたことがない。
 これ以外は儀式と呼ぶに値しないと言うのが一部の騎士達の見解である。
 それは後継者を目指す者が騎士王と戦い、その座を奪う。
 塔の頂で相手をたおした者こそ、明日の騎士王となれるのだ。
 そしてその戦いが、まもなく起ころうとしていた。





 レスタンに来てから1週間が経とうとしていた。
 その時間は誰もが故郷に戻ったように安らぎ、傷をいやした。
 北斗七星の中で、一番傷を負っていたヴァリスも4日後には他の騎士達に剣術指導を行うようになり、騎士ではないハントとビクトルもそれぞれの得意分野である戦略と商学を教えて好評を得るようになった。
 アッシュは傭兵の頃の笑い話などで周りを笑わせているのを食堂でよく見かけた。
 そしてレイン、カイザー、サラはと言うとひたすら剣術を磨いていた。
 とくにレインは鬼にも見える気迫で多くの騎士をうち負かし、その名をさらに高めていた。
 なぜこんなにも気迫に満ちているのか、サラとカイザー以外は誰も知らない。
 明日の儀式も何事も起こらないと、4人の騎士以外は誰も知らない。
 しかし、サラとカイザーは確信している。
 明日、1人の騎士がいなくなっていることを。
 そして一週間後、サラ、カイザー以外には誰にも知られずにレインは塔の頂に登った。
 
 その日は雨が降りそうな曇り空で、黒々とした雲が空を埋め尽くしていた。
 来た日のように太陽の暖かな光りは遮られている。
 まだ日暮れの時刻には遠いが、星空のない夜のようである。
「暗い…」
 レインが1人で呟いた。
 鎧を着込み、二振りの剣を腰に付け、威風堂々と腕を組んでいた。
 塔の頂は直径50mはある円形の場所で、戦うには十分な広さだ。
「暗いな…」
 しわがれた声が喋った。
 カーネルだ。
 漆黒の剣を持ち、鎧も黒い。
 その表情は軟らかく堅固。
 その眼は青く深い。
 その姿は神々しく大木のように強い。
 皺には経験が刻まれ、傷には想いが刻まれている。
 そして今はさらに、氷のような冷たさを秘めた目をしていた。
「早速…始めよう」
 老練な声だ。
 レインは2本の剣を抜き、カーネルも鞘を投げ捨てた。
「お前に預けた剣が、私に向かってくるとはな」
「あなたに授かった全てを…あなたを倒すために使う」
「お前は、たくさんの敵を相手にする時には両手に剣を持つ。1人だったら、一刀流。そして強大な相手なら…」
 レインは剣の柄を重ねた。
 すると瞬く間に剣の柄が合わさり、2本の刃が左右にある武器が姿を現した。
 その刃は炎を纏うかと思えば水のような輝きを持ち、風を吹かせるかと思えば氷のように冷たい。
 そして騎士王も黒い刃を抜いた。
 無言のまま、互いが構える。
 互いが剣の達人。
 その構えにお互い乱れがない。
 沈黙が続く。
 お互い、一瞬たりとも目を離さない。
 雷鳴が轟いた。
 その瞬間、赤と黒の影がぶつかった。
 火花だけが見える。
 お互い、風の魔力で驚くべき早さで移動する。
 水のように軽やかで、それでいて激しい。
 剣の音が鳴り響く。
 お互いがすさまじい攻撃を放ち、すばらしい身のこなしでかわしていく。
 レインは2本の刃を利用した回転攻撃で一気に攻勢にでた。
 カーネルもすばらしい剣術と体術で凌ぐ。
 そして反撃。
 今度はカーネルの攻撃を左右に動きながらギリギリで凌ぎきる。
 一撃ごとに、互いの鎧が削られていっている。
 金属の破片が散らばる。
「私の修業時代より、動きが鈍くなりましたね」
「そうだね。だが、負けるわけにはいかない」
 一定の距離を保ちながら、呼吸を整えていく。
 円状に回り、一周すると再び剣を握った。
「次で終わりにしたい。レイン、次でどちらかが倒れる」
 その瞬間、一瞬でレインの間合いにカーネルが入り込んだ。
 速い。
 だが、レインもカウンターを仕掛けた。
 レインの剣のほうが、カーネルよりも速い。
 一瞬の攻防だった。
 カーネルはレインの剣を剣を握っていない腕で防いだ。
 レインの剣が突き刺さる。
 そしてその間に、カーネルの剣がレインの首の僅か手前で止まった。
「お前は甘かった。私は勝たなければならなかった。だから腕を犠牲にした。だがお前は、私に勝つために代償を払わなかった。甘い!」
「同じことを、少し前にヴァリスと戦ったときにも言われました。あのときはカイザーに助けてもらった」
「なぜ、代償を払わなかった? お前なら、腕一本失うだけで私にすぐに勝てた。そんなに惜しいのか?」
「これから…天下を治める体だ。こんなことで犠牲にできません」
 レインは、不敵な笑みを浮かべた。
 そして老人の手は、剣を下ろした。
「お前は、天下を狙っているのか。騎士達を利用して」
「はい。しかし、此処で終わる。世界は変わらない。中途半端な英雄が現れても、この混乱の世を沈められるわけがない」
「お前にそれができるのか? お前は真の英雄なのか?」
「はい」
「そうか、そこまで言うなら…」
 老人は剣を天に掲げた。
「老体は去ろう。潔くな」
 その瞬間、雷が塔に降り注いだ。
 まるで、カーネルを狙っていたかのように。
 老人の体は黒こげでレインの足下に転がっていた。
「そんな…」
 レインが崩れ落ちた。
 その時、雲が晴れた。
「レイン、お前は天下を治めてみよ」
 声がどこからか聞こえる。
「誰だ!」
 その時、人形の影が天から降りてきた。
 レインはまぶしくて、その形すら見分けることができない。
「お前に試練を与える。我は神…」
「神?」
「その証拠に、カーネルを殺した雷も私が放ったもの」
「お前が…」
 怒りがこみ上げてくるのを感じた。
 そして、レインの剣がその光りに斬りかかる。
 しかし、その日狩りは剣を受け止め、はじき返してしまった。
「人間は長く戦をしすぎたのだ。世界は休まなければならない」
「戦をお前がやめさせてくれるのか?」
「もっと手っ取り早い方法を実行する」
「どんな方法だ!」
「全ての人間を10年後、永久の眠りにつかせる…」
 その瞬間、雷鳴が轟いた。













     第7話 父




 彼等は乱世に現れた。

 それは突風のように速く。

 それは雷のように強烈に。

 赤い王が率いる騎士団。

 その槍は林のようで。

 その剣は雷のようで。

 その馬は風のようで。

 その盾は岩のよう。


            【紅い騎士の賛歌・前編】


 剣が鳴り響く。
 盾が砕ける。
 何万もの軍勢が川を渡ろうとするのを遮る、1人の騎士。
 彼の髪は紅い。
 彼は後ろに控えさせた自分の配下の騎士には手を出させず、まるで楽しむかのように敵の武器をかわす。
 彼の両手の剣が空を切るたびに盾は雷が落ちたように割れ、兵士の死体が川にボチャンと落ちて動かなくなる。
 レインは、騎士王になった。
 それも、もう3年も前の話。
 レインは塔を降りるとすぐに、騎士王が雷に打たれたことを話した。
 しかし、カーネルとの戦いのことと神と名乗る者のことを話はしなかった。
 そしてすぐに、全ての騎士がレインを騎士王に推挙した。
 それから僅か3年で彼は大陸の南部を制圧する。
 そして彼の祖国は大陸の北部を完全制圧、大陸は2国で二分されたのだ。
 戦いの火蓋は切って落とされた。
 レインの剣が、炎のように輝く。
 どんな兵も、これを止めることができない。
 彼は既に50の兵を斬っていた。
 不意に彼は周りをなぎ払うと、川の中に手を入れた。
 川は膝にも届かないぐらいの深さだ。
 その瞬間、彼以外に川に足を踏み入れていた者の足は川ごと凍り付いてしまった。
「う、うわぁぁ!」
 兵士達は凍った川にへたれ込んでしまう。
「いまだ!全軍、突撃!」
 レインの号令の下、数百の騎士と何千もの兵士が一気になだれ込んだ。
 すぐに敵は総崩れ。
 彼は川にたったまま、自分を追い越していく兵士達をただ見送っていた。
「お見事でした」
 そう言うと、金髪の女性が彼の許に馬をつれてきた。
 サラは3年前と同じく白い肌をしていて、その目には強烈な個性を宿していた。
「カイザーとアッシュが東部をほぼ制圧。バスター殿の艦隊が北部の港を手中に。ハント殿は西部を押さえたとの知らせがたった今、届きました。ビクトルは現在、各商人達への根回しと帰順に励んでいる頃でしょう」
 サラは以前より物静かになっていた。
 それは、皆も同じなのだが。
 彼等は前よりも落ち着いた言動になり、アッシュやバスター達に言わせれば大人になった。
 そして、サラは以前よりもレインの言動から色んなことがわかるようになった。
「殿、最後の城にはあなたの父が。此処は、皆に任せて殿は内政に励んではいかがですか?」
「…いや。このまますぐに敵の首都ガイアを攻める! 1週間後には、大陸は統一されているだろう」
 サラは、レインの目がやや曇ったのを見逃さない。
「今だから言うのですが、あなたが本当にあの王の子供ではないのなら、気にすることはないのですよ?」
「お前に…なにがわかる!?」
 レインが珍しく怒鳴った。
 こんなことは、1年前に盗賊達がカーネルの墓を荒らしたとの報告を聞いたとき以来だ。
「…すまない…」
 レインはそれだけ言うと、馬を走らせてあっという間に遠くに行ってしまった。




 6日後、ガイア城は紅い軍勢に完全に包囲されていた。
 城には僅かな軍勢がいるだけ。
 城壁を守る者は誰もおらず、風で飛ばされた旗を直そうとするものさえいなくなってしまった。
 その城の奥には白い王宮が建てられていたが、まるで人気がない。
 そして夜明けと同時に、戦が始まった。
 レインは呪文を唱えるとその手を鉄の門にかざした。
 すると門は一瞬でどろどろに溶け、それからすぐにまた冷えて固まった。
 門の代わりに、小山ほどの鉄の塊だけが城の進入を阻んでいるだけ。
 すぐに軍勢は場内へと進入した。
 その先頭を走るレインは敵に目もくれず、ただ王宮へと馬を走らせていた。


「誰かおるか?」
 国王カーンは剣を帯びて、鎖帷子を着込み、城内で自分の家臣達を探し回っていた。
 遠くで、兵士達の鬨の声が聞こえてくる。
「パイロン? どこだ。ウェルブ、ウルト、スキン、シュルト、バレン。どこにおるか」
 彼の頭に、1つの考えがよぎった。
「お、お前達も儂を裏切って降伏したのか。この畜生どもめ!」
「いいえ、降伏なんてしておりませぬ」
 すぐそばのドアが不気味に開き、中から半笑いのバレンが不気味にたっていた。
「では、どこにおる?」
「あちらです」
 バレンは王に手招きをして、歩き始めた。
 2人に会話はない。
 ただ、遠くから敵の声だけが聞こえてくる。
 歩いているうちに、彼が王の間へと歩いていることがわかった。
「アイツらは王の間にいるのだな?」
「そうです」
 そう言っている間に、彼等の目には大きな扉が見えた。
 バレンが戸を開けて中へと誘う。
 そこで王は、恐ろしい者を目にした。
 探していた家臣達が死んでいた。
 それも、無惨に切り裂かれて苦痛の表情のまま。
「こ、これは。バレン、お前…」
「そうです。私がやりました」
「何故…」
「もうすぐ、騎士王が来る。そこで政権交代が起こるのです。私は彼をたおして騎士王に。そして天下へと羽ばたくのです」 
「アイツに勝てるのか?」
「さぁ。しかし、あなたには死んでもらいます」
 バレンが剣を抜きはなった。
 そして…。
 その瞬間、紅い髪の男が王の間へ入ってきた。
 彼の目に、バレンが父を斬った瞬間が見えた。
「おや、早かったですね。本当はすぐに戦いたいのですが、親子の死に別れを見させてもらいましょう」
 バレンは玉座へと歩いていく。
「父上!」
 レインがかけだした。
 彼は、倒れた父に駆け寄る。
「さ、さわるな! お前はわたしの子じゃない。去れ!どこかへ行ってしまえ!」
「父上、よく聞いてください。私は3年で母のことを調べました。母はあなたに流産したといった。しかし、実際には違ったのです。母はあなたの愛を試した。もしこの宣告であなたが自分を見限ったら、すぐに国に帰る予定でした。しかし、あなたは母に優しく接した。その優しさに、母は自分の疑心を恥じて嘘だったというのを黙ってしまったのです。そして、私が生まれた」
「…」
「私はあなたの子供。あなたの世継ぎです!」
 その声に、カーンは涙を流した。
 そして、瀕死の身でありながら声を振り絞って叫んだ。
「皇太子…レイン…いま、この場を持ってガイア国王に…任…ず…」
 レインの手の中で、父は逝った。
「まさか、あなたが本当の子供だったとは。しかし、もうすぐ両親に会えますよ」
 その瞬間、バレンが剣を抜き襲いかかってきた。
 剣が火花を散らしてぶつかる。
 その瞬間、バレンが呪文を唱えた。
 突如、氷の塊がレインを襲う。
 その塊をかわすと、今度は炎のつぶて。
 そして待っていたのは、バレンの剣。
 だがその瞬間、全てが止まった。
 速かった。
 そう言うしかないほど、レインが速すぎた。
 レインの剣がバレンの首を捕らえ、そして…。
 レインは剣を鞘へ収めた。
 そして、父の亡骸に顔を沈める。
「あなたに…もっと認めてもらいたかった…。」
 僅かに声が漏れ、そして涙が溢れる。
 首都ガイアは陥落。









     第一章 完結


     最終話 7人と共に


 しかし、終わりは訪れる。

 神は長に終わりを告げる。

 しかし、長は恐れなかった。

 誰にも終末を告げず、彼は神と賭けをした。

 終末の15年まで、自分が戦を治められたら終末をやめることを。

 彼は塔の上で誓った。

 神も塔の上で誓った。

 そして騎士の、戦いが始まった。




 レインと神の会合から15年があっという間に過ぎていった。
 彼は今や世界の9割を治め、10万の騎士と100万の兵士を配下に置き、4つの大陸と3つの島を治めていた。
 彼は大船団で海を越え、100を越える戦に勝った。
 そんな彼にも焦りが見えていた。
 敵は一国。
 その敵が治める城はあと二つ。
 しかし今は、1月の17日。
 残りはたった一週間。
 そして今、2つのうちの1つ、ダベル城を紅い軍勢が包囲していた。
 日暮れに照らされて孤立した城は、まるで夕焼けの海の無人島。
 その海は、まるで平和なようなただ揺れるだけ。
 しかし、朗々とした角笛に海は一瞬大きく揺れたかと思うと、今度は絶壁にぶつかる波のように城壁へと進んでいった。
 しかもその波はドンドン大きくなり、ついには城壁を飲み込むまでになった。
「城壁を制圧したぞ!」
 大声が轟き、それと共に歓声が上がる。
 そして堤防が決壊したように城門が崩れ落ち、紅い馬に乗った騎士が大勢の騎士を引き連れて城の中央部まで一気に駆け抜けていく。
 赤い騎士がまるで風のように吹き抜けると、兵士達は斬り殺されるか逃げるだけ。
 その姿を見た兵士全ては、叫びと共に逃げ散っていった。
 そして政庁の鉄門を蹴散らし、馬から下りて乗り込む。
 やがて静寂のあと、レインが城主を連れて政庁を囲む軍勢の前に姿を現した。
「城主殿は降伏した! 天下統一まで、あと一歩だ!」
 騎士も兵士も、歓喜と共に武器を天に掲げた。
「先代騎士王様の15年周忌までに、天下を統一するんだ! 最後の城まで、たったの6日だ。朝が開けると同時に、出立する。眠っておけ!」
 彼は捕らえた城主をアッシュに預けた。
 すると、カイザーが走って側に寄ってきた。
「急すぎるぞ。今月で10の城を落としているんだ。休息するべきだ!」
「カイザー、お前にも次期、話す。あと1つなんだ。たった1週間で全てが終わる。呪縛から解き放たれるんだ」
「戦乱を治めるのに、遅すぎるなんて無い。いいか? せめてあと1日は…」
「お願いだ。今だけは待ってくれ」
 レインは逃げるように、自分のテントへと帰っていった。
 残されたカイザーは、馬を走らせてどこかへと消え去っていった。
 




 朝、30万の軍勢が列をなして進軍を開始した。
 30万頭の馬は用意できなかったので、半数は徒での移動となっている。
 上等な馬なら2日で移動できる距離を、6日かけて進軍する。
 道は細く、木々もまばらだ。
 非常にもの寂しい。
 レインとカイザーは、お互い喧嘩にならないように会話を避けていた。
 それを心配そうに、5人の仲間達が見守る。
 とくにサラの心境を複雑であった。
 進軍から6日。
 あとは大きな川を越えれば敵の城が見えてくる。
 レインは自分を落ち着けるように目を閉じながら、雨に撃たれて物思いにふけっているように見えた。
 その時、突然進軍が止まった。
「どうした?」
 レインは目を開け、冷静に前線に使者を送った。
 使者は待つほどもなくすぐに馬を走らせてこちらへ帰ってくる。
「橋が…壊されています」
「何? 敵か?」
「俺だ」
 カイザーが進み出てきた。
「お前を止めるには、これぐらいしなきゃならないと思って、昨日橋を破壊した。今日は休むべきだ」
「馬鹿野郎!」
 レインが拳を振り上げ、カイザーの大柄な体が地面に転がる。
「やめろ!」
 ヴァリスが2人の間に割り込み、押しとどめる。
 アッシュ達も飛び出して、2人の間に壁を作るように立ちふさがった。
「自分が何をしたのか、わかっているのか!?」
 レインが怒鳴り散らした。
「そうだ! 気にくわなかったら、俺を殺せ! 此処でしばらく休息するべき何だ。兵糧だって1ヶ月分はあるし、後方には後続部隊がいる。後続部隊が輸送してくる材木で橋を造り、渡ればいい。それまでは、体を休めるべき何だ」
「お前のせいで…」
「殿、カイザー殿。おやめください!」
 バスターが叫んだ。
 無断は無口の彼が、初めて叫ぶ。
「そうです。殿。カイザー殿にも一理ある。北斗七星の筆頭として、殿の心に届かない部分を常に気にかけているのが彼なんです」
 アッシュも口をそろえた。
「カイザー殿は、不満を言う諸将を影で押さえてこられた」
「そうです。兵士達も限界が来ています」
 ハントとビクトルも間に入って叫ぶ。
「…放せ。野営の準備をしろ」
 そう言うと、レインは静かに拳をおろして歩いていった。
 全員が、無言でその場をあとにしていく。
 



 

 気づいたとき、レインは1人で丘に馬を進めていた。
 頭の中にはタイムリミットの明日のことや、カイザーへの怒りがこみ上げてくる。
 目的もなく丘の上で馬を止めた。
 眼下には草原が広がり、風で波のようにうねっている。
 彼は怒りのままに剣を抜くと、それを真っ直ぐに地面に突き立てた。
 剣は微かに振るえて突き刺さったが、それでも気持ちは収まらない。
 彼はへたれ込んでしまった。
 腰が抜けたように座って、今までの記憶を呼び覚ます。
 マウント・アーサの大勝利。
 騎士王カーネルとの戦い。
 父の死に際。
 そして、此処まで来る間に戦ってきた戦場。
 もし天下が治まったら、彼はその場所を回ってみたいと思っていた。
 平和な時代の風景を、余すことなく見ていたかった。
 もちろん、7人の仲間と共に。
 自分でも、カイザーを責めるのはお門違いだとわかっていた。
 俺以外、神の存在も人類に迫っている危機にも気づいていない。
 悔しさが溢れてきた。
 だが、その感情に後悔はなかった。
「これが俺の限界なのか…」
 その時、自分が天下を諦めたことを悟った。
 いや、正確には彼は15年間悩んできた。
 本当に自分に天下を治められるのか。
 そう。
 俺は天下を治められなかった。
 自分に対して落胆した。
 涙は出てこなかったが、自分の力の無さに腹が立った。
 そのとき、土煙が遠くから近づいてくるのに気づいた。
 それも、すぐ側だ。
 旗を見て、背筋が凍り付く。
 敵の旗。
 数は1000ほど。
 今は自分しかいない。
 彼はすぐさま背中に背負っていた小型の弓を取り出した。
 矢は10本しかない。
 彼は次々と矢を放ち、敵の騎兵を打ち落としていく。
 最後の矢を放つと、馬に乗って剣を抜いた。
 その姿は威風堂々としていて、風は彼の姿を見るために立ち止まり、草原の草の全てが波立つのをやめてしまった。
 剣は赤々と燃え、彼の馬は大きく嘶くと走り出した。
 まるで、火の玉が突っ込んでくるようにも見える。
 それを見て敵の馬は恐怖に襲われて叫び、乗り手を振り落として草原の彼方まで駆けて行ってしまった。
「ま、まちがいない! 騎士王だ! 紅い騎士王だ!」
 兵士達の全てが凍り付いた。
 レインは敵の中へ駆け割って、2,3人を斬り落とすと馬から下りた。
 徒になった互いが一瞬にらみ合うと、レインを多くの兵が囲んだ。
 彼は双剣を構えた。
 そして、敵の中に突っ込んだ。
 彼は遮二無二斬った。
 右も左もわからないように荒れ狂い、剣を振り回し、突き刺す。
 数十人を切り伏せたとき、囲みがぱっと開いた。
 7人の影が草原を駆け、囲みの中に飛び込んできた。
 北斗七星の全員が、レインに集結した。
「殿、こんなところで1人で気晴らしなんて、ずるいですよ」
 アッシュが剣を握りしめ、笑いかけた。
「殿は無理することが日課だからよ」
 サラが優雅に細剣を抜く。
「そうですな。それが殿だ」
 バスターが豪快に笑った。
「そんなとのだから、俺たちも無理をしたくなる。限界まで行けるんだ」
 ヴァリスが肩を回しながら言った。
「お前達…」
 レインが全員を見渡した。
「ハント、ビクトル。文官のお前達まで…」
「殿、私たちも、自分の命ぐらい守れます」
 ハントが祈るように目を閉じながら、囁いた。
「そうです。それに、もうすぐ天下が治まって私の出番も増える。死ねません」
 ビクトルが、長身にぴったりの長剣を握った。
 そして…。
「そう。天下を治めたあとも、殿にもっと活躍してもらわなきゃならない」
 カイザーがゆっくりとした動作で剣を抜く。
 その姿に、周りの敵が一瞬怯んだ。
「カイザー…」
 レインは目線を合わせなかったが、傍らのカイザーにだけ囁いた。
「これからも…頼むぞ」
 そしてレインは剣を敵に向け、真っ直ぐ突っ込む。
 彼はわかっていた。
 これが、自分が剣を振るう最後の時間だと。
 仲間達と戦う最後の瞬間だと。
 だから、彼は鬼神のように戦った。
 その戦いぶりは誰も見たことがないほど激しく、仲間達もおもわず剣を止めて目を見張ってしまうほどだった。
「…鬼神だ。鬼神がいるぞ!」
 敵は叫び声と共に背を向けて逃げ始めた。
 そして、草原には血潮に染まった8人だけが立っていた。





 そして、1月23日が訪れた。
 日暮れと共に全ての人間が死ぬなんて、考えられなかった。
 彼は朝から7人を集め、昔のことを多く語り合った。
 いままで、時がこれほど速く流れるのだと感じたことはないだろう。
 太陽は高く昇り、そして下がり始めて地平線へと消えそうになった。
 残りの時間は少ないのに、妙に自分が冷静だった。
「みんな、聞いて欲しいことがある」
 レインは話の最中に急に言葉を遮った。
「みんなに…言っておきたいことがある」
「どうしたの? 改まって」
「これまで、本当に俺を支えてくれてありがとう。此処までこれたのも、みんなのおかげだ。もし、来世に生まれ変われるなら、またお前達と天下を取りたい」
 全員が、レインを真っ直ぐ見据えている。
「俺たちも、レインともう一度天下を取りたい!」
 カイザーの言葉に、全員が同意するように頷いた。
「お前達は最高の仲間だ。今、この時が最高の瞬間だ。そして、もう一度言いたい。ありがとう!」
 太陽が山の陰に隠れ、辺りがふっと暗くなった。
 レインはゆっくりと目を閉じた。
 酷い眠気だ。
 薄れ行く意識の中で、彼はもう一度、眠っているように目を閉じている仲間の顔を見ることができた。
 最期の一瞬、涙が頬を伝っているのを感じた。
 そして、なくなった。





 神はその光景を見ていた。
 人がいなくなった瞬間を。
 その時、4つの光りが辺りを囲んだ。
「人間は、世界を破壊しすぎた」
「そうだな。大地への愛情に欠けていた」
「なら、大地の愛情を持つように、新たな魔力を与えてみないか?」
「しかし、我々は5人しかいない」
「なら、氷を大地にしてみてはどうか?」
「そこまで言うなら、そうしよう」
「人間は思った以上の繊細さを持っていたな」
「もう一度、チャンスを与えるべきなのでは?」
「しかし、過ちを繰り返すのでは…」
「なら、今までの記憶を神話として残そう」
「それはいいかもしれない」
「では、世界が戦乱のダメージを修復して豊かさを取り戻したら…」
「そうだな。それまで、君たちもここで世界を見ていよう。私は、人間が持つ可能性を見つけた気がした。話して聞かせたい」
「あの男のことか?」
「レインの生き様を、話して聞かせよう」






    
2007/05/09(Wed)23:12:27 公開 /
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■作者からのメッセージ
各話の最初の名言(?)みたいなものは、全て架空ですのであしからず。
ちなみに軍の編成人数は旧日本軍の資料(教科書に載ってた)を参考にしました。
この作品に対する感想 - 昇順
[簡易感想]『……』といった沈黙が多く、暗く感じました。
2013/08/29(Thu)00:43:130点Matini
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