- 『私と君とパンと十字架』 作者:雪世 / ショート*2 未分類
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原稿用紙約8.7枚
私は世界中のあらゆる事件を現地に直接赴き、状況を記事にする、いわゆる、ルポライターだ。
今日も昨夜から飛行機で半日かけて、ようやくこの地に降り立つことができた。
五年前、この国は近隣国との戦争が勃発し、つい一ヶ月前まで、おびただしい死者を出している。
しかも、敗戦国となり、この国は経済的にも政治的にもかなりの痛手を負った。
今回の取材場所はそんな血臭漂う戦場ではない、もしかするとそこよりひどいかもれない。
レンタカーを借りて、車を運転すること三時間、ようやくその場所へついた。
死臭。そこは決していい臭いのする場所ではない。
この国で一番の被害を受け、一番悲惨な状況だったのは、戦場へ狩り出された者でも、この国の政府でもない。
基盤を成す民である。
裕福とまでは言えない暮らしだったが、十分生活できた世界は、食料も男も戦場に奪われ、子供、女性、老人は地獄に化した。
残された僅かな食料を奪い合い、力のないものは餓死をしてゆく、私はこんな風景を幾度となく目にしている。
しかし、今回は今まで以上に酷いものであった。
先ほど、つい一ヶ月前までと言ったが訂正しておこう。
もう一ヶ月過ぎるというのに、この地に兵士らしい姿が見受けられないのだ。
それはそうだ、戦争をしていた国すら忘れている地なのだ、参加していない国がここに誰かを派遣する筈もない。
私の目に入るものは、数々のやせ細り、腹だけ出っ張っている死体の数々、生きている者など本当にいるのか不安になるほどだ。
私はそんな半信半疑の中、現状を持っているカメラに収めていった。
すると、私は驚く光景を目にする。
一人の少年が、地面に座り込み、顔ほどあるパンを一人で頬張っていたのだ。
私はすぐさま駆け寄ると、動揺のあまり日本語で話しかけてしまい、あわててこの国の言葉に切り替えた。
「君、そのパンどうしたの?」
その時の私に思い浮かぶ質問はそれしかなかった、今になって考えると記者として、とても恥ずかしいことだ。
少年は口からパンを放さず、遠い方を指差した。
いったん少年から離れ指差す方へ行って見ると、そこには木の棒を交差させた十字架がいくつも建てられていた。
その下には死体が植えてあるらしく、ふっくらと山形になっている。
私は、パンと十字架の関連性が分からず、パンを食べ終えた少年に再び尋ねた。
「そこに、あった」
まだパンを含ませている口で、ぎこちなく喋る少年。
お供えだろうか、でもそれにしても何故パンを?
深く考える私に彼は嬉しそうに話しかけてきた。
「今日、僕の誕生日なんだ」
私は、また驚かされた、まさか、こんな所で誕生日という言葉を聞くとは思っていなかったからだ。
彼は変わらぬ笑顔で私を見続ける、とても周りが死体の山だとは思えない。
「そうなのか、おめでとう。君に何かプレゼントがあげたいな」
少し反応に遅れてしまったが、許容範囲だろうと、私は不思議と心の中で安心した。
しかし、彼は首を振り私にこういった。
「プレゼントだなんて、いらないよ。これで僕は十五歳になったんだ。こんなに嬉しいことはないよ」
十五歳とは思えぬ顔、そして彼の謙虚さにも、驚かされ、先ほどから圧倒されっぱなしであった。
ふと自分の考えに疑問を持った。
誕生日にプレゼント……。
日本……いや、日本だけでなく世界中ほぼ全ての国ならば、ごく当たり前のことである、
しかし、子供達はその日に生まれたことではなく、親からもらえるプレゼントに喜びを覚える。
したがって、それのない大人たちの中には誕生日を恐れているもいる。
年を取る事にこんなに喜びを感じる子は果たして世界中に何人いるだろうか。
「ねぇ、年を取るって嬉しいことなのかな?」
不意に言葉に出して尋ねる私がいた、今までなかった疑問との遭遇に、考えるより先に、口が動いてしまったのだ。
「う〜ん……。僕は今日まで、この日が来るために生きてきたんだ。次は来年の今日、それまで、しっかり生きていかないと。」
私は理解した。
この少年にとって、誕生日はプレゼントを受け取る日、特別な日ではない。
一日一日が生きている記念日であり、誕生日は目標点に過ぎないのだ。
私は、毎日をただ生きるためでなく、お金につられ、仕事に縛られ生きてきた。
故に生きていることに喜びもなく、当たり前だと思っていた。
私は、少年に深く深く御礼をして、その場を去った、彼は感謝する私をとても不思議がっていた。
帰り道の途中、カメラからフィルムを抜き取り、その場に捨てた。
少しももったいないとは思わなかった。
今の私は少し後悔しているが。
それから、2ヵ月後、私はこの地に帰ってきた。
今度は記者としてではなく、旅人として。
国は少しずつ安定してきているようで、あちこち整備が進んでいた。
前と同じようにレンタカーを走らせた。
私にとってその三時間はとても長く感じさせられ、日が暮れるかと思ったくらいだ。
現場に着くと、兵士の姿はいくつかだがに見えるが、復興はあまり進んでいないようだ。
といっても、正しくは復興ではなく、後片付け。
ここに住んでいる僅かな人々は全て、移民させる計画らしい。
私はすぐに二ヶ月前会った少年を探した。
彼なら生きていると思った私がバカだったのか?
少年は既に遺体達の一つとして、兵士に並ぶように置かれていた。
兵士の姿は見えない、もうこれ以上ここに並ぶ遺体は増えないのだろう。
私は、涙を流すことはない、この少年に涙を流したならば、同じように周りの遺体にも同じ量流してあげねばならないと、自分の中で、決まり事のようなものがあったからだ。
私は、少年をそっと抱き上げた。
あまりにも軽すぎる体に、私は驚かされ、そっとそれを運んでいく。
「君には驚かされっぱなしだ」
運んでいった場所は、彼がパンを見つけた場所、すなわちたくさんの十字架が並ぶところだ。
私はそこに寝かせ、手で穴を掘った、地面は堅くあまり、深く掘ることができず、結局日が暮れる頃にギリギリ人一人が入るスペースが作れた。
彼をそこに埋めると、わたしは、周りと同じように十字架を建てた。
一つ違うとすれば、そこに、紙で文字を書いて貼り付けたことくらいだろう。
私は最後に、鞄から「それ」を取り出し、墓にそなえると、その場を去った。
また一年後、私は彼の誕生日に彼の墓を訪れるつもりだ。
「享年十五歳
名前を知らない少年ここに眠る」
墓の前には大きなパンが置かれていた。
そこにまた別の少年が訪れ、そのパンを拾っていく。
その紙を見たか見ないかは分からなかった。
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2007/01/28(Sun)12:48:59 公開 /
雪世
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■作者からのメッセージ
ふと、頭に浮かんだので初めてのショートを書かせていただきました。
理屈っぽいところがありがすが、少しでも何かを感じていただけると幸いです。