- 『一度割れたガラスは、元に戻らない』 作者:あひる / ショート*2 未分類
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原稿用紙約12.05枚
貴方はガラスを割ったことがありますか。そのガラスを、元通りに出来ましたか。
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「愛海、あたし好きな人できた」
愛華とは幼稚園からの付き合い、所謂幼馴染である。皆からは兄弟と言われるまで仲が良くて、あたしも正直愛華が死んだら生きていけないような気さえもする。
そんな愛華が、あたしに初めて恋愛系の話を持ち出した。
『自分に好きな人が出来たら、絶対に教え合おうね』
そういえば、こんな約束をした。
「え、誰々? 教えてよ」
あたしは耳を手で覆うような仕草をしてみせた。愛華は赤面した顔であたしの耳に口を近づかせる。
「えっとねー、愛海は知ってるか分からないんだけどー……」
言葉を濁す愛華、あたしは何故か息を殺して耳を近づける。それはとても重要な申告だというかのような、リアクションをかます。
「麻生要君」
その途端、あたしの中の何かが冷たくなった。
ひやっという感覚と共に、冷や汗が流れ落ちる感覚までもがリアルに想像される。
「麻生……?」
そう言う自分の声が、震えてないか心配だった。
「ほら、知らないじゃん! もう、恥ずかしいなあ、何度も言わせないでよ」
愛華は顔を赤面させて、恥ずかしそうに机に突っ伏した。
「え、あ……そうだね、知らない。先輩? 後輩?」
あたしは躊躇いながらも、適当な言葉を探り出し、声を出す。
「同い年だよ、Aクラスの人。めちゃカッコいいんだよ。けど、不良っぽいとこもあるんだあ」
知ってるよ。
心の中で、小さく呟いた。
麻生要。
中学に入って、一目惚れした。今まで一生懸命情報収集して、麻生君の好みの女の子になった。
愛華には近々言おうと思っていた。
だが、麻生君は特別目立つ子でもなく、成績は少し悪目で不良っぽいところがあった為、言い辛かったのだ。冷やかされるのも好きじゃなかったし、「あたし、麻生君が好きなんだ。協力してね」なんて嬉しそうに言えるタチじゃなかった。それにこんな事が起きるなんて、思ってもいなかったから。
「愛海?」
「ああ、ごめん。それで?」
あたしは延々と、愛華の「麻生君はカッコいいのよ」という話を聞かされていた。
どれも知っている事ばかりで、退屈だった。けれど愛華は幸せそうに頬を赤らめて話す。そうなると聞かなくてはいけないような気がする。
けど、落ち着いてこんな話を聞いていてはいけない。あたしも麻生君が好きなんだよ、という事を言わなくちゃいけない。そう思った。約束をしたんだ、破るわけにはいかない。
「でね、あたしがハンカチを……」
「愛華、あのね」
勇気を持って、けど躊躇いながら、愛華の言葉を遮り話す。愛華は話を中断されて少し嫌そうな顔をしたが、あたしが何か必死になって話そうとしているのを察し、笑顔になる。
「え、何? 愛海」
「あたしも……す……」
本番となると、言葉が詰まる。あたしは本番に弱い方なのだ。けど、親友にも教えられない秘密があるなんていけないんだ。ちゃんと言うべき事が言えないなんて、弱すぎる。
けど、駄目だ。どうしても愛華に躊躇ってしまう。言葉が、詰まってしまう。これからどんな恐ろしいことが待ち構えているのか、考えてしまう。
そんな無駄なことを考えていると、すぐに愛華の言葉が来る。あたしの言うべき時間は終わってしまったのだ。
「え、何々? 愛海にも好きな人が出来たの? えー、うっそー誰? 教えて」
違う風に解釈されてしまった。冷や汗が胸元を流れる。
好きな人が出来た、のではない。同じ好きな人だってことを、申告しなくちゃいけないのに。
「ううん、なんでもない!」
笑顔でそう答えたが、心の中では奈落の底に落ちているような感覚だった。
チャンスを、自分で踏み躙った。あの時でこそ言えることであって、今になってはもう言う勇気すら失っていた。
「そうか、それならいいんだ。あ、愛海も協力してね!」
うん、と言ってしまおうか。
そしていっその事、麻生君を諦めてしまおうか。どうせ一時の恋だ、叶わない恋だ、そこまで凝る事はないだろう。
大切な親友の、願いなのだ。親友の初恋なのだ。上手くいかせてあげようか。ボロボロの雑巾のようなあたしより、愛華のほうが可愛いし、麻生君に似合うじゃないか。
けど、あたしの恋心が許さなかった。締め付けるような「麻生君が好き」という気持ちがそんな気持ちを阻止した。
やっぱりあたしは麻生君の事が好きで、好きで、たまらなくて。友達の為だと言っても、諦め切れなくて。
複雑な心境が、胸を痛める。
「え、と……」
「え、何? いいの? 有り難う!」
彼女の悪い癖だった。
聞き逃したところを、自分のいいようにしてしまう。
「……うん」
そうなるとこう言いざるを、得なかったのだ。悔しくて、悲しくて、情けなくて、言葉も無かった。
ある日の事だった。
昔、ずっと昔に、麻生君への想いを暴露してしまった古い友人がいた。その友人とは、ある事が切欠で、現在進行形で喧嘩をしていた。その友人は、愛華が麻生君を好きだと知り、言いふらしたのだ。
「知ってる? 愛海って、麻生君の事が好きなんだって。実はマブダチの愛華もそうらしいよ」
噂は広まった。悪いカタチで。
「あのね、愛海が愛華の事を嫌いで、愛海は愛華に復讐しようとして麻生君を取ったんだって」
「愛海って、酷いね」
「うん……愛華って子、騙されていたんだね」
その噂を聞いた途端、あたしは学校を引き返してしまった。
トボトボと、学校と反対の通りを通ると、
「今は学校の時間なのに」
そんな視線が、痛いほどに突き刺さる。
悲しくなって、公園のブランコの上で泣いていた。
そんな時、冷たく硝子のような声が聞こえる。
「嫌いなんだ、あたしの事」
背筋が凍るような感覚がして、あたしは一気に立ち上がった。ブランコの鎖が、嫌な音を立てる。
「……愛華!」
愛華は公園の門に寄りかかり、冷たい視線をあたしに向けていた。
その瞳には、同情なんて優しい言葉は見せない。
「好きだったんだ、麻生君の事」
「違うの、愛華! あたしの話をきい……」
愛華の冷たい視線に、あたしの言葉は遮られる。あたしは情けないながらも、たかが愛華の視線に怯んで、一歩、そしてまた一歩と後退りをしてしまった。
「裏切ったんだ」
そして、涙。愛華の瞳から、大粒の雫が流れ落ちる。曇った表情は、なおもあたしのことを睨み続ける。
なんで、なんでよ。泣きたいのはこっちなのよ。
「違う、愛華……」
「約束したのに、好きな人が出来たら教え合おうって。愛海はとっくに忘れちゃったんだね」
泣いている曇った声で、愛華は訴えるようにあたしに言う。こうなると、あたしが悪役みたいだった。
「まなっ……」
「そうだよね、あたしの事なんか嫌いなんだもんね。忘れるのも当然だもんね……」
「聞いてよ、愛華あ!」
「もう、元には戻れないんだね」
「そんな事ない、戻れる! だから、あたしは……」
「言い掛かりはやめて! 何を言ってもいいのよね、アンタは。どうせ傷つくのは……あたしだけなんだもの」
その言葉で、何かがプチッと切れた。
「―――あたしだって、あんたより先に好きになったんだからね!」
愛華に向かって突進して、髪の毛を毟ったり、頭や足を殴った。愛海も対抗したけど、あたしの方が力は強かった。
この結果、どうなろうとあたしには関係ない。その勢いで愛華を殴り続けた。
もう、悲しくて、自分では抑え切れないほどの感情が、あふれ出た。
「もぉ……やだよ……」
あたしは、そう一声泣いて、起き上がる。
ぼろぼろになった、愛華を置いて。
ぱりん。
「僕の車あ……おたんじょびに、買ってもらた車あ……」
何かが割れた音と同時に、幼い子の泣き声が聞こえる。
あたしが何の音かと首を傾げると、男の子が泣きながらあたしの足元を指す。あたしの心が割れた音かと思ったが、違ったみたいだ。
少しだけ、足をあげてみると、そこにはぐちゃぐちゃになったミニカーの姿が。
「ごめんね、今すぐお姉ちゃんが直して……あげるから」
あたしは震える声でそう言い、男の子と同じ背丈までしゃがみ込む。
同情するような瞳で問いかけるが、男の子は聞く耳を持たずミニカーを食い入るように見つめている。
するといきなり男の子は意外にも、首を左右に振った。
「もう……元に戻らないよぉ……」
泣きじゃくる男の子。あたしを訴えるように見つめるが、やがて力尽きたように地面に座り込んだ。
あたしは呆然と男の子を見ていたが、やがてどうでもよくなった。
ははは。
あたしは笑った。
男の子は顔を引き攣らせてあたしを見る。
何やってるの、この人。
公園にいた人たちの視線が集まった。
あたしの目からは次第に涙が流れてきた。頬を滴る雫はとても汚くて、汚れていて、自分でも悔しくなるくらいの屈辱色だった。
あたしは分からなくなって、悲しくなって、どうでもよくなって涙で歪んだ顔で笑った。
こんな幼い子は、理解しているじゃないか。
一回壊れたモノは、もう元に戻らないと―――
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
前は長編を書いていた者ですが、気分変わってSSを書かせてもらいました。
今回は実体験を取り入れていたので、その人物、会話、状況、などをメインにして書いてしまいました。なので、描写などがあまりなく、分かりにくい面があるかもしれません。
そのようなところがあったら、是非ご指摘お願いいたします。