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創作小説 投稿掲示板『登竜門』 『ドラグニル』
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- 『ドラグニル』 作者：雪世 / 異世界 ファンタジー
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全角27961文字ヒト 竜人 竜が共存する世界に少年は生きていた。平凡な毎日、少年の周りの世界は平和であり続けていた。あの日を境に、生活は冒険となった。永久石炭を探すため少年は旅立つ。
容量55922 bytes
原稿用紙約90.65枚 -
プロローグ
『永久石炭物語』
あるところにこの世を支配できるほどの財産を持っている男が居ました。
その人はとても欲張りで新しい蒸気機関製品が造られては買い、減らぬ金で豪遊していました。
ある日、執事がその人の元に血相を変えてやって来るとこう男に言いいます。
「このままでは世界中の石炭がなくなってしまいます。これ以上蒸気機関製品は使わないでください」
これは男にとって大問題です。
男はすぐに各地の賢者を種族性別年齢構わず集め命令しました。
『いくら燃やしてもなくならない石炭を造ってくれ』
賢者達は悩みました。なくならない石炭など存在しないからです。
一人 また一人と賢者達は辞めていき残りは竜 竜人 人共に三人ずつとなりました。
九人は研究に実験の末、とうとういくら燃えても尽きること無い石炭を完成させました。
しかし六人は研究の途中に過労で倒れ死んでしまい、残された三人に深い悲しみが包みます。
そこに依頼した男がやって来てその石炭を見て歓喜の叫びをあげました。
賢者達は苦難と悲哀で造った永久石炭をただのうのうと待っていた男に持って行かれることが悔しくそして憎くてたまりませんでした。
そこで三人はその男を殺し、石炭を三つに分け故郷へと持って帰りました。
再び永久石炭を造る人はいません。
なぜならその製法、ましてや賢者の居場所さえ分からないからです。
プロローグ＊
『ルーンベルクにて 物語の始まり』
青く蒼い澄み渡った空の下、少年は広い草原の中の踏み固められた道を歩いている。
少年は金の目と髪を持ち背丈は一六五ｃｍ程、まだ子どものあどけなさが残る顔立ちだった。
一瞬少年を陰で覆い隠すモノが頭上を通り過ぎ同じ方向へ向かう彼にもそれが何なのかがはっきりと判ることができた。
ドラゴン、言い方を変えると竜、種族まで分類すると「クロススカイ」という羽毛に包まれた生き物、
飛ぶことが得意で翼は大きく、腹部は保護色である雲と空の色で青と白のまだら模様のドラゴン。
少年は初めて見るドラゴンに感動して口を大きく開け見えなくなってもしばらく立ち尽くした。
もしかしたら自分と同じ場所を目指しているのではないか？と思った少年は間近で見たい欲望にかられ、歩調を速め目的地へと急いだ。
小屋が見え少年が目的地にもうつくという時、小屋の前にいるドラゴンは飛び立ち自分が来た道を辿る様に去って行った。
彼はガックリとうなだれたが再び見ることができ、それなりに満足したようだった。
ふと、顔を上げると小屋に目をやると一人の男性が、こちらを見て手を挙げている。
少年は声を張り上げて呼び、手を振り駆け出した。
「ガイルさーん!」
ガイルと呼ばれた男性は髪と境がない髭を掻き少年を歓迎する。
「おお、久しぶりだなナップ、元気だったか？」
ナップは大きく頷き、先ほどのドラゴンの事を尋ねた。
「今のドラゴン何！？ ガイルさんに用があったんでしょ？」
「ああ、メールドラゴンだよ、人間の作った下手な蒸気機関車や車よりよっぽど速いし安い」
そう言うとガイルは受け取ったばかりの葉書きを見せた。
「む、なんか蒸気機関が馬鹿にされてる……。ガイルさんはどこが嫌いなの？ 俺が頑張って、蒸気技師になろうとしてるのにさ」
怒った顔をするナップをおだて、述べる。
「そうだったな、すまんすまん。だがな、蒸気という力はドラグーンとドラゴンの立場を奪っている、それだけは忘れちゃ駄目だ」
まじめな表情で話す男にナップは親指を立てた腕を前へ出してにっこり微笑んだ。
「判ってるって、俺が作りたいのはもっと狩りが楽になるような、スチームウェポンだからさ！ んでもって、世界中旅して、永久石炭見っけるんだ！」
ガイルは驚いた顔して目をぱちくりさせ、やがて笑い出した。
「ガハハハハ！ お前まだそんなありもしないもの信じて夢見てるのか。まぁ夢も大事って言うしな、止めはしねぇよ」
ナップはまた顔を膨らませ、ガイルに怒った、少年は幾多の表情の変化のせいで少しクラっときたが、そんなこと気にも止めず、男との立ち話を続けた。
「まぁ、立ち話もなんだからそろそろ、家に入ってお茶でも飲もう」
ナップを無理矢理家に入れ、椅子に座らせると、すぐ近くの戸棚を開け缶を取り出した。
辺りを見回すと少年は呆れたように呟いた。
「掃除してから、家の中に入れてよ……」
狭い家の中はテーブル、イス、戸棚の中までも埃が積もっており、クモの巣が張っている所もあった。
ティーカップを水道の水で洗い、缶の中身が使えるか中を確認すると振り向き苦笑してガイルは答えた。
「そんなこと言ったって、俺も今さっき長旅から帰ってきたんだ、我慢してくれよ」
ブーイングをするナップを尻目にティーカップに水をいれ粉末状の紅茶の葉を入れ、即席アイスティーが出来上がりそれをテーブルに置いて向かい合うように席に着きました。
ナップは待ってましたかのように話を始める。
内容はガイルがいない間にあった出来事がメインでたわいもない話ばかりだった。
「それじゃあ、ガイルさんも話してよ、長旅だったんだから色々あったでしょ？」
自分の話終わるとガイルの話を聞く、これがいつもの二人の会話。
ガイルは請負仕事人で周辺の街から辺境まで、仕事を請けていた。
仕事の内容は機械の修理から暗殺までと幅があるが、ガイルが主に請け負うのはビースト(狂獣)の討伐などで、長旅が多くナップはその途中であった話などを聞くのが好きでならなかったのだ。
今日ガイル帰ることを耳にしてからというもの、このときが待ち遠しくてならなかった。
「また、仕事ができたから旅に出ねばならない」
話を終えたガイルの口から出た言葉は再び仕事のことであった。
「来週何の日だか覚えてる？」
不審げな顔でナップはガイルに訊ねた。
「もちろんだ、お前の誕生日、上等のプレゼント持ってきてやろう」
笑顔で答えたガイルを見て、ナップの顔からは喜びが溢れ家の中を飛び跳ねた。
しかし、急に動きをやめると、彼を見てまた訪ねる。
「ガイルさんのプレゼントって、そんなに凄かったっけ？ 去年は確か白い鳥だった気がするんだけど……」
「ものすごいに決まってるだろう、それでその鳥どうなった！？」
立ち上がり興味津々な目のガイルに淡々とナップは答える。
「何か元気なかったから、逃がしちゃったよ。」
ガイルがっくりとうなだれ、席に着くとぶつぶつと何かを呟いたが、ナップに聞くことはできなかった。
その後、なんとかガイルを励まし、ナップはその場を後にした、帰る頃には日は落ち、星々が輝きあたり一面に広がっていた。
ルーンベルク市街地にナップの家はあった。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、母が笑顔で出迎えてきた。
「おかえり、その様子だとガイルさんに会えたようだね」
うん。と頷き、その後すぐに食卓を囲む。
先に席に座っていた父にも子との挨拶を済ませ、ナップはガイルから聞いた旅の話を食事の間ずーっと話し、母や父も子供のように目をキラキラさせ興味深く聞き入っていた。
気付くともう寝る時間となり、急いでテーブルを片付けそそくさと家族全員ベットに潜り込んだ。
月も落ちやがて日が顔をのぞかせる。
旅立ちの足音はすぐ近くに……
少年はまだその音に気付いていなかった。
ガイルが再び旅に出てから三日後
ナップは森の中にいた。
右手には弓らしきものを持っていて、腰に巻いたベルトにはボタンで留められたポーチを下げていた。
弓ではあるが、矢を置くべき所には円柱型の筒が弓に連結されてあって、蒸気が噴き出している。
弦はなく代わりに筒からＴ字型の棒が出ており、ナップはその棒を引き、十五ｍほど距離がある兎に狙いをつけた。
それを放すと、筒の先から圧縮された空気がすさまじい勢いで飛び出し、見事に兎にあたり、動かなくなってしまった。
「よし……」
弓を肩にかけウサギの亡骸の元へよった。
黙祷をささげると、足を紐で縛って担ぎ歩き始める。
ルーンベルク郊外の南にある森はドラゴンも住まない安全な場所であり、ナップは暇な時いつもここで自らが作った蒸気武器の実験や今日のように狩りをしている。
そこに同い年くらいの少年が現れた。
「またここにいたのか。蒸気オタクが」
ナップが顔を向かすとその少年は白い歯を少し見せて微笑んでいた。
「なんが、ガストか」
ガストと呼ばれた少年はナップより頭一つ高く長い茶髪に黒い目をもち、緑のベレー帽をかぶっている。
ガストはナップの背後に回り、不思議な弓をまじまじと見ていた。
「すごいなこれ……俺にくれたりしない？」
ナップは振り返ると首を横に振り答えた。
「無理無理。この弓は、俺用に無茶な設計なんだ。丁寧に扱わないとすぐ壊れる」
答えを聞くとガストは項垂れてため息をついたが何かを閃いて再び提案した。
「じゃあさ、俺用に壊れないの作ってくれよ！ 威力とか抑えたりすれば何とかなるんじゃないか？」
ナップも同じように再び首を横に振った。
「それも駄目だね。能力を抑制するのにはそれなりの技術がいるから」
「お前でも作れないって事？」
河童でも見たような顔で指を指す少年に、 ナップは後ろを向き、顔を見せないように弱弱しく「うん」と頷く。
「ハハハッ！ 蒸気オタクでも無理なことがあったんだ。安心した」
ムッとした表情でガストを見つめ、怒った。
「当たり前だよ！俺を何だと思ってるの？」
「蒸気オタク」
まじまじと見つめ合ったのち、二つ笑い声が森に広がる。
「ところで、ここに来たってことは何か伝えることがあるんでしょ？」
何か思い出した様子で、ガストは話し出した。
「そーだ、そーだ。午後から小麦の刈り取りするから人手がほしいんだってさ。あそこ毎年この時期になると、草食竜が群がってくるから、追い払うのに手間がかかるんだよ」
それを聞いた少年は不思議そうに聞き返す。
「それって、大人の仕事でしょ、何で俺もやるのさ？」
ガストは勢いよく、ナップの背中を叩き肩に腕を回した。
「なーに、いってんだよ、もうすぐお前も十五歳だろ、大人になったんだから少しは手伝えよっ！」
あまりの痛さに、顔をゆがめながらも、自分が大人と認められたことに喜びを隠しきれず、畑へ向かうガストについていった。
街の北にある畑につくと、既に数十人の大人達が作業を進めていた。
ナップ達は父の姿を見つけ走り寄ると、ガストは軽く会釈する。
「父さん、ドラゴンはまだ現れてないの？」
父はガストに挨拶し、少年達に首を振った。
「まだ現れて無いよ。それより、その弓で竜を追い返すつもりじゃないだろうな？」
少年は自分の弓に目をやると、明後日の方を向いて苦笑し、よく見ると冷や汗をかいている。
父はため息をつき、二人に黒いこぶしほどの球とコルク製の耳栓を渡す。
「閃光弾だ。光と音で追い返す。衝撃を受けると爆発するから、投げるときには周りを確認して、耳栓と目を閉じることを忘れるなよ。」
ナップは深く頷くと、ガストをつれ畑の外にある平野に出た。
地平線まで芝が広がり、辺りを見渡すことは容易だったが、草食竜の姿はまったく見られない。
「さぁ、どこからでもこい！」
大声で叫ぶナップだが、その声も虚空へ消えて行った。
「去年も一昨年も来たから、今年は来ないかもしれないな」
そっとぼやき、その場に寝転んだガストに少年は喝を入れた。
「絶対来る！ ちゃんと耳栓しておいてよ！」
呆れた表情でガストはダルそうに耳栓をした。
仰向けの少年は、空を見上げ、誰にも聞こえないようにそっと呟く。
「まったく……、この青空はどこまで続いてるのかねぇ……。
月が見え出した頃、あんたはどこにいるんだ？」
もちろんながら、空が答えてくれるはずもなく、ガストは赤面する。
「何やってんだか俺は……」
ナップは未だに、竜を待ち立っている。
そこで、やり場をなくしたガストは頭を上げ大声でナップに声をかけて、振り向いたところで尋ねた。
「なぁ、お前がこの街に来てからもう大分経つよな」
ナップは不思議な顔で頷いて答えた。
「うん、もう十年位経つけど、突然何でさ？」
ガストは少年に見えないように渋い表情で言った。
「なんでもいいからしゃべらねーと場が持たないんだよっ」
「何か言った？」
少年は耳栓をしながらも地獄耳をみせる友に多少の怒りを覚えながらも首を振って何でもない素振りをし再び寝転んだ。
「いつみてもいい空だ……」
そっと、地平線を見る友も頷いた気がした。
日も暮れ始め、地平線がオレンジ色に染まりだし始める。
未だに竜の姿は見えず、大人達も帰りはじめても、ナップは未だに地平線を見つめ続けていた。
ガストはそわそわしだし、帰ろうと声をかけるが、耳栓のせいなのか、それとも故意なのかナップは動かなかった。
ガストは起き上がり耳栓をはずすと肩に手を置き再び声をかけようとした。
しかし突然、ナップが腕を上げ指を差して喋りだした。
「あれ何だろ……」
指差す先には小さな光が紺に包まれてゆく平野に異様というほど、目だって見えている。
光は徐々に弱くなりだしたが、見失わないよう、一点めがけて少年は無心で走り出した。
「おい！ 待て、ナップ！」
ガストは何か判らず、少年を追いかけていった。
ナップは光を放つ物を見ると言葉が出ずに動けなくなった。
ガストも追いつきその物に目をやる
「おい……、ウソだろ。」
そこにあったのは、物ではなく人、しかもナップのよく知る、ガイルだった。
手には、光る剣を持っており、それを掲げていたようだった。
「ガイルさん！ どうして？ 何があったの？」
ナップはガイルに近寄り、両手で体を揺さぶった。
「お、俺、街の人呼んで来る！」
ガストはその場から逃げ去る様に走り出した。
体を揺さぶる手には生暖かい液体が触れる。
「うう……」
ガイルは苦しい顔をすると目を開け少年の顔を見て微笑んだ。
「ガイルさん！」
「ナップか……。すまんな、誕生日……行けそうにない」
横たわる男は少年に光る剣を見せ、誇らしげに語る。
「この剣、この前の仕事の報酬だ。役に立たないと思っていたが、こんなところで使う派目になるなんてな……。
これを、お前の誕生日プレゼントでやろう……」
ナップは涙を流し、首を横に振った。
「そんなこと……、そんなことどうでもいい！」
困った顔で苦笑いするガストは、荒くなる息を整えるため一度大きく深呼吸をした。
「これじゃ物足りないか、全く、困った子供だな。いいか、一度だけ言うぞ、よく聞け」
少年は泣きながら急いで耳栓をはずし、鼻をすすり、涙をぬぐった。
男は頭をなで、一度目を閉じ、再び息を整え言葉を紡いだ。
「トラストレと言う街のギルドでローランスと言う男に永久石炭について聞け、永久石炭は存在する。旅立つんだ、ナップ！」
いい終えるとガイルは力尽き、ついに動かなくなった。
少年はこれでもかというほど体を揺さぶるが全く反応は無い。
すなわち、『死』
ナップは信じられず、呆然と立ち尽くす。
すると、周りからいくつかの草を踏む足音が聞こえてきた。
『それ』は黒いローブをかぶり、近寄ってくる。
周りの暗闇とは全く違う異質な存在、恐怖そのものと言っても過言ではない。
「なんなんだよお前ら……」
少年は体が震えている事に気づく。
無意識的な恐怖、震えを抑えようと腕を足に叩きつける。
ナップは立ち上がり、『それ』を睨みつけた。
「くるなっ！ くるなー！」
少年は剣を向けるが、『それ』はまったく、動きを止めず迫ってくる。
そして、ナップの前に立つと手を前に出し、何かを呟いているようだった。
少年は動くことができず、ただそれを見ていると、徐々に気が遠くなり、仰向けに倒れるかんじがした。
喜びも悲しみも全て奪われていくような感覚。
「ガイル……さん」
倒れたナップは夜の闇に包みこまれて行った。
第一幕
「旅立ち」-twilight and twilight-
少年は目を覚ますと、見慣れた我が家のベットの上にいた。
「夢……？」
周りが騒がしいことに気がつき、見回すと、街の大人たちや両親、ガストまでもが、自分を見つめていた。
夢じゃなかった……。急に現実に引き戻される感触を覚えた。
「なぁナップ、ガイルさんはどうしたんだ？」
少年は不思議なことを聞かれ、尋ね返した。
「え、どうしたって？」
ガストは唖然とした顔で説明した。
「いなかったんだよ！ 血だまりしか残ってなかったんだ。一体何があったんだ」
ナップは深く考え込んだ。
まさかアイツが……ガイルさんをどこかへ……。
少年は口を開く。
「あそこに、血まみれのガイルさんが倒れてて、俺に剣を渡して、トラストレへ行けって言って、動かなくなって……」
少年の気持ちを察したガストは、父に耳打ちし、父もうなづくと立ち上がった。
「ご心配おかけしてすみませんでした。うちの子も目が覚めたようですし、皆さんお帰りください」
納得いかなそうな顔をしていた人達もいたが、部屋に残ったのはナップとガストそれと両親だけになった。
唖然とするナップにガストはニッっと微笑んだ。
「ガスト……。ありがとう」
そこに、心配でならなかった母が話の口火を切った。
「一体あそこで何があったの？」
「何を見たんだ？」
父も動揺隠し切れず、激しい口調で訊ねる。
言葉に詰まったナップにガストはあのときの剣を渡す。
受け取ると、それを足の上におきじっと見つめて、つぶやくようにいった。
「真っ黒なローブを着た人達が出てきたんだ、恐怖でできてる感じで、体が震えだして動けなくなって、気を失ったんだ」
その場にいる３人は驚き、また、ガストは信じられないという顔で、もう一度よく思い出せ。見間違えじゃないのか？ と何度も聞き返す。
「うそじゃない、一体なんなんだ。あいつ……」
ガストはぽつりぽつりと説明しはじめた。
「たぶんそれは、魂喰らいだと思う。死者を糧とし、生きている者の生気さえも奪い取る。とうちゃんに幼い頃、怒られる度に聞かされた話……。
もしかしてとは思うけど、そんな訳無いよな……」
ナップはわなわなと身を震わせ、ガストを見て話す。
「そ、そうだよ、そんなこと、あるわけないよ……。きっと、ガイルさんは無事にどこかで生きているんだよ」
立ちつくす少年は、拳を握り締め、目に涙を浮かべ話す。
「じゃあ、お前が倒れた理由はどう説明するんだよ！ 誰かが連れていったしても、ガイルさんは……あの人は生きてないんだ！」
ナップは我に帰り、ガイルの死をより強く実感する。
それは、周りの皆も同じことであった。
「あの人は、俺に森のこととか動物のことを教えてくれた。まだまだ分からないこと多いのに……。もっと教えてくれるって言ってくれたのに……」
ガストは悲しみを抑えきれず涙をこぼした。
それだけではない、その場にいる、ナップも両親も同じように溢れんばかりの涙を流していた。
少年は布団を頭からかぶり、止まらぬ涙を流し続ける。
そして、いつの間にか眠りについた。
夜が更け、朝日が上る頃、少年は目覚めた。
起き上がると、昨日と打って変わって人の姿はない。
ベットから立ち上がり、ナップは自分の部屋へ向かった。
部屋の中は、小さな鍛冶場となっており、鍛冶に必要な道具はそれなりにそろっている。
炉も十五歳の少年には手に余る大きさで、部屋の約四分の一を占めていた。
その部屋の片隅に置いてある椅子に座り、ぼんやりと目を漂わせていた。
「昔、どうしても自分だけの鍛冶場がほしくて、父さんと母さんに頼んだけど……駄目だって言われたんだけど……ガイルさんに頼んだら、任せとけって言ってどっかいっちゃって……探し回ったけど結局見つからくって……」
自然と言葉が漏れ、死に際の彼の言葉が頭の中に蘇る。
「途方にくれて家に帰って、自分の部屋戻ったら、あなたがいて、一人だけで俺の部屋勝手に改装して鍛冶場にしてくれた時は、本当に驚いた……んで、うれしかった」
いままでの、悲しみ、喜び、驚きが次々にあふれ出し、違う感情へと変わっていく。
「あの時の母さんと父さんの顔、面白くて今も忘れてない……。怒りも呆れも通り越してるみたいな感じだった。」
『覚悟』、少年の目は生気で満ち、そして立ち上がった。
「トラストレ、ローランス、永久石炭。全部見つけてまたここに帰ってくる、絶対。」
ナップは、弓やお金、必要最低限の物を持ち、ガイルから授かった剣を腰に下げた。
家を出ると、振り返り、そっと呟いた。
「いってきます。父さん母さん。」
深くお辞儀をし、西の門を目指し歩き出そうと前を向くとそこには、見慣れた少年がたっていた。
「俺に『いってきます。』は無しか？」
昨日と全く同じ服装に大げさなリュックを背負っている彼はナップと同じように腰に剣を下げていた。
「ガスト！何でここに？」
ガストはナップに近づくとおでこにデコピンをして、昨日会った時と同じようにまた微笑んだ。
「バーカ、俺の耳は聞き逃さなかったぞ、ここから西に向かって二個先の街『交易街 トラストレ』に行くんだろ。
それより、俺に別れを告げないってことは、ついてってもいいんだよな？」
突然のことに呆然としていたナップだが、「ついていってもいいんだよな？」の言葉で我に返り、首を振るが、その速度を徐々に緩めていく。
「いってきますって言いたいけど、ついて来るんでしょ？」
じっと見つめてくるガストからナップは自らと同じ、『覚悟』を感じ取った。
「当たり前だろ、嫌でも俺はついて行く」
ナップは歩き出した、ガストはそれを追いかける。
朝焼けが旅立つ二人を鮮やかに照らしだしていた。
二人は西の門を出て、緑で染まった平野にまっすぐ線を引いたような踏み固められた道を歩いていた。
ガストはぐっと手を空に向け背伸びし、大きなあくびでその手を口の前へやる。
「昨日は全然眠れなかったな」
ナップはそうだね。と軽く肯定し、まっすぐ前を見続け歩いている。ガストに目はやっていない。
「親への手紙はどうする？ 俺はトラストレに着いてから送ればばいいと思うんだけど。 あ、ちなみにメールドラゴンな。
一度はやってみたかったんだよ、あれ。 お金は俺に任せとけ、たんまり家から持ってきからよ」
ガッツポーズをする少年に、「そうだね」「ありがとう」とは言うが、先ほどと変わらず、いつまでもこちらを見ないで、ただ歩き続ける。
ガストは耐え切れず、うめき声をあげ、ナップに訴えかけた。
「ああ！ もう！ 少しはテンション上げようぜ！」
ナップは足を止めため息をつくと、とうとう少年の方を向く。
「お前なぁ……。昨日あんなことがあったのに、よくそんな元気でやっていけるよね」
あっけに取られている少年にガストは当たり前のように微笑み返す。
「くよくよしたって仕様がないだろ、それに、せっかくの二人旅なんだから楽しもーぜ」
笑っているガストを見ると辛いことが全て吹き飛ばされるような感じがした。
「仕様がないか……、そうだよな」
ナップはうつむき加減で呟いた後、顔を上げ微笑み返す。
「ありがとう、ガスト」
「なぁ、お前のその弓どうなってるんだ？ 蒸気武器なんだろ？」
ガストは弓に指を差し問いかけた。
ナップは当たり前なことを聞かれたような顔で自慢するように答える。
「この筒の先よりちょっと後ろの部分に水が入ってる。蒸気になるから少なめで済むんだ。」
弓を取り出して、矢で言う鏃の部分を示す。
「後は石炭、もちろん水と混ざらないよう敷居で分けて、それだけじゃ燃えないから固形燃料と藁を入れてある。」
ガストは首を傾げまた尋ねる。
「火種はどうするんだ？まさかわざわざ入れるわけじゃないだろ？」
ナップはうなずくと弓から筒を外し、Ｔ字型の棒を見やすいようにした。
「これに仕掛けがあるんだ。今この棒は一番奥まで入ってて反対側から出てる。」
少年の言うとおり、Ｔ字型の棒は筒より長く、筒を貫いている。
「一回引くと、中の棒についてる鋼と筒の中に固定されている火打石が擦れあって火花が出るんだ。」
少年が棒を引くとカチッという何かがぶつかり合う音と共に火が燃え上がる音がした。
ガストは感心するようにそれを見つめるがあることに気づく。
「その棒ってそんなに長い意味ある？」
確かに、一度引いたにもかかわらずその棒は未だ筒の先から顔を出している。
「ああ、よく見て、棒の先穴あいてるでしょ？ここから石炭がある部屋まで繋がってる。
もう一段階引くと棒も中に入り、筒の先は蓋で閉まって蒸気をためる状態になる。」
ナップはいよいよ気分がよくなり、少年が聞いていない質問まで答え始めた。
「このとき中で、蒸気が作られる、引くと共に水が石炭の部屋に入る仕組みになってるんだ。
さらに、筒の中にはバネが入っていてね、手を離せば元の位置に戻るようにしてある。
ああ、あとこれの分解方法だけど、これを強く引き抜いて……
……のは……だから……したがって……」
話はいつの間にか、ナップの独走状態になり出し始める。
話は演説となり、ガストはただそれを左耳から右耳に抜けさせることしかできなかった。
「……のが大変だったわけ。次にこの部品を作る手法だけど……」
「わーっ！ちょっと待って、ストーップ！」
何とか演説を止め、ガストは話題を変える。
「ほ、ほらっ！ そろそろ街に着くしさ、着いたら着いたで色々いやなきゃいけないことあるだろうから今のうち決めておこうぜ」
既に日は西に傾いており、そろそろ、街が見えてもおかしくはない頃である。
納得行くまで話ができなかったナップは不機嫌ながらも二人で話し合うことにしぶしぶ賛成する。
街での買い物、宿、再び旅立つ日時、再確認だが親への手紙を話し合った。
「じゃあ、確認するぞ、街で買う物は、なし。宿はできるだけ安い所。旅立つのは明日の正午、それまでは寝る！ 手紙はトラストレで、メールドラゴン！」
ガストの確認に承諾すると、街が目の前に見えてきた。
二人は高まる気持ちを抑え切れず歩調を速め、ついには走り出す。
未だ見ぬ街に希望を膨らませ、夢見た物に胸を高鳴らせて。
街は城壁に囲まれておらず、２階建ての家がその役目を果たし、隙間がないほどに一列に並んでいる。
ゆっくりと家の壁は曲がっており、それがひとまわりして円を描いているようだ。
二人が街に着く頃には日が落ち辺りに暗闇が立ち込めだしていた。
街の門の向こうは黒レンガの石畳がしかれており、人影は夜のせいかまったく見えない。
彼等は道から町中へと続く門らしい所の前で、体つきのいい男に声を掛けられた。
「ああ、ちょっと待ってくれ、入門審査だ」
男は二人の前に立ちはだかり、じっくりと目を凝らした。
「入門審査……ですか？」
二人は聞きなれない言葉に少しの不安を感じたが、男は苦笑して話した。
「まぁ、そんな怖がらないで。表向きは堅苦しい感じはするだろうけど、身体検査するだけだから」
安心するとすぐに身体検査が行われた。途中、ガストが検査の意図を聞く。
男が言うにはこの街に不利益なものを持ち込んでいないか確かめるだけらしい。
そういう彼も、建前として入門審査官をやっているだけで、本業は宿屋の店主ということだ。
「旅人が来れば、まさに、一石二鳥ですね」
ナップは笑いながらいうと、ガストは男に今晩の宿泊を申し込んだ。
当然、彼は承諾し、すぐに部屋を用意してくれるといった。
「よし、これで検査は終了だ。二人とも問題ない、入門を認めよう。ようこそ、メド・イーシャルへ！」
腕を大きく広げ、歓迎のサインをした男は大きな笑みを見せ、さっそく、二人は宿に案内された。
宿は町に入ってすぐの所にあり、入ると目の前にはテーブルや椅子が置かれており、奥にはキッチン。
男の奥さんと思われる人がディナーを作っていた。
女性は旅人である二人を見ると慌ててこちらに駆け寄り、挨拶をした。
「まぁ、急なお客様、若くてかわいいじゃない。夕食のメニューもっと作らないとかしら、何かご希望は？」
ガストとナップは突然の難しい質問につい生返事をした。
「二人が困ってるじゃないか、俺の好きなベーコンにしてくれないか？」
「あなた朝も昼も夜も、そればっかりじゃない。ベーコンなんてお店に行けばいくらでも売ってるんですから、自分で買ってきなさい」
女性は呆れ顔で、男を叱る。
それを、見ていた二人は、初めて会う夫婦とすぐ馴染んでいった。
テーブルの上に、ハンバーグ カレー からあげなど、いかにも子供が好みそうなものばかりが並んだ。
一つ一つの量も半端な量ではないが、種類も数え切れぬほどある。
「おい、これはちょっと作りすぎじゃねぇか？」
男は自らの妻に愚痴をこぼした。妻も冷や汗をかき動揺している。
「あ、あら。そうかしら？若い人が食べる量はこのくらいかと思ったんですけど……」
唖然と見ている、二人はあることに気づいた。
「ベーコン……ないですね。」
驚いて、テーブルを見回す男は、妻にベーコンの所在を尋ねるが、彼女はそっぽを向く。
怒る夫に対して、妻も反論を繰り出した。
「こんなに食事があるのに、まだベーコンの話ですか！ そんなに食べたいなら、これを全部食べてからにしなさい」
苦悶する男もついにその挑発に乗り、ガツガツと目の前にある食べ物に手を出す。
ナップも食べ物を漁り始めたが、ガストは女性の巧みな夫使役法に感銘を受けていた。
少年がこちら気づいた妻は彼に微笑み、早く食べるよう促す。
「この街の医術はすばらしいですから、食あたりになっても大丈夫ですよ」
苦笑する少年も食事に手を延ばした。
一時間経ち、結局、男は全てを食べつくすことができず、お腹に手を当て苦しそうに息を吐き出した。
「もうだめ、食えない……」
妻は立ち上がると、男チラッと睨み、またすぐ、二人を見つめた。
「夫がこの有様なので、私が部屋まで案内しますね」
二人も席から経ち、彼女のあとを追うように二階へ向かった。
部屋が三つほどあり、どうやら、全て個室のようだ。
二人は金銭的都合で、一つの部屋にして貰うよう頼んだが、女性は一部屋の値段で二つ貸してくれた。
「風呂は共同浴場なんだけど、この時間だともう閉まっちゃってると思うから我慢しておくれ」
女性に頷き、明日は正午近くまで寝ているので、朝食がいらないことを言い、二人は個々の部屋へと向かった。
部屋の中はとてもシンプルな作りで、ベットと軽く腰の掛けられる椅子とテーブルが置かれていた。
そして、本棚があり、童話や雑学などの本が置かれている。
ナップは、一冊の本に目をやった。
「永久石炭物語……」
それに手を取ると、ページを開いて読み始めた。
「ガイルさんの言っていた通り、本当にあるんだろうか……」
少年は不安に襲われた、もし、最後まで辿り着いた時、そこに夢見たものはあるのかと。
考えていく内にうやむやになり、本を閉まってベットに潜り込んだ。
「こんなこと考えても仕様がないんだ」
と、自分に言い聞かせるように。
目覚めると、思っていた通り朝ではなく昼になっていた。
窓から強い日差しが真上から差し込みそれを物語っている。
むくりと起き上がったナップは窓を開け、精一杯背伸びした。
窓の外は昨日見た門の向こうの景色とは全く異なっており、たくさんの人々が通りを行きかう。
おいかけっこをする子供、立ち話をする女性たち、その光景は、ナップ達の街と何ら変わりがない。
外界に見とれ、笑顔をこぼす少年は、ドアの開く音に気づいて振り返ると、ガストがそこにいた。
「ノックぐらいしてよ……」
ガストは手を後ろにやり頭を掻いて間が悪そうに言った。
「いやぁ、お前が寝てたら、何かちょっかい入れてやろうかなって思ってさ」
口惜しそうな表情を浮かべる少年に、ナップは今まで何度も彼へ向け吐いたため息を再びする。
「で、今日は、どうするの？」
「ん〜、そうだな、とりあえず、昼食を頂いてから考えるとするか」
ナップは頷き、部屋を出ると階段を下りていき、
下の階にいた宿屋の女性に挨拶をして、テーブルに着いた。
女性はすぐさま昼食のベーコンとパンを出し、彼女も席に座った。
「まぁ、本当に正午まで寝ていらしたのね」
感嘆する、女性に二人は笑顔を返す。
ガストは、ベーコン好きの宿主のことを思い出し、何故いないのか尋ねた。
すると、呆れた顔で女性は答える。
「お医者様の所で入院してますよ、昨日の食べすぎで軽い胃潰瘍だそうです。まったく呆れて物も言えない。」
苦笑いする二人だが、ガストは早速、先ほどの話題を持ち出した。
「それで、今日はどうする？ 少し周辺うろついて、すぐ出るか？」
ナップが頭をフル回転して悩んでいるところに、婦人が口を挟む。
「これといって何も無い街ですが、中央に大きな蒸気時計が建っていますよ、観光がてら行ってみたらいかがでしょう？」
観光目的ではない二人だが、『蒸気』という言葉を聞きナップは心揺さぶられる。
「あ、そういえば主人のいる医者の家もその近くにありましたわね」
少年は何か閃いたように立ち上がり、ご馳走様というと荷物を手に取った。
ガストは突然なんだと訊ね、少年を止める。
振り返った少年の顔は恐ろしいほど笑顔で満ち溢れていた。
「ん？ お見舞いがてら、その大時計でも見ようかなって」
内心、少年の本心を分かっていたが、ガストはそれを咎める理由も無く、ナップについていくことにした。
二人は宿の夫人に別れの挨拶をし、女性も主人によろしくと笑顔で見送る。
彼らが見えなくなった頃、女性はあることに気付いた。
「あ、そうえいば、主人の医者の家を教えていなかったわ」
街に出ると、ナップはまっすぐに街の中央を目指す。
「大時計ってどのくらい大きいのかな〜？」
「おい」
「街の外からは見えなかったし、そんなには大きくないんだろうけど楽しみだなぁ」
「おいってば！ ……。完全に聞こえてないな……」
ガストの必死な呼びかけも、心臓が弾けそうなほど時計に期待を膨らましているナップには聞こえなかった。
少年が独り言を独り言のレベルじゃない声の大きさで話していると、すぐにそこに着いた。
円形を描く街の中央は、人で溢れかえり、あちこちで露天が開かれている。
大蒸気時計は、その中央で一際目立っていた。
周辺の家の高さほどあるそれは、周りのレンガの石畳にとてもマッチしており、時折蒸気を噴出して、正確に時を刻んでいる。
「おおおお！ すごい！ 凄い！ 凄い！」
ナップは走って時計に近づいて、足元の細かい所を見て、喜びの雄たけびを上げ、蒸気を噴出するたびに、手を上げはしゃいだ。
「俺は他人ですよー……」
ガストは少年と距離を置き周りのみんなに怪しい目で見つめられるナップをそれとなく見守った。
十分後、やっと落ち着きを取り戻したナップは、ガストのところによって来た。
「それじゃあ、宿屋のおじさんのところ行こうか」
困ったように、手を頭にやりガストは深くため息をつく。
「お前がこんなに駄目な男だったとは……。お前、おじさんのいる家聞いてないだろ」
あ、と声を漏らし、気付き固まったナップは一気に崩れ落ち、うぅ…とうめきを漏らす。
「まったく……。まぁ街の中央って絞れたなら、すぐ見つかるさ。いくぞ」
少年を立ち上がらせ、二人は医者捜索を開始した。
すぐ見つかると思ったことが、間違いだと気付かされるのには少し時がたった後である。
二人が一つ一つ見て回ると、街の中央だけでも、内科や眼科、耳鼻科などの家が一つずつではなく、いくつも立ち並んでいる。
二人は壁に座り込んで、夕日が迫る空を見上げた。
「これじゃあ、見つかる前に日が暮れちまうな……」
ガストは鋭い視線を元凶である少年に送り、ナップはただ謝ることしかできず、たじろぐ。
「お、君達は、うちに泊まってくれた人達じゃないか、こんな所でどうしたんだ？」
そんなところに、何故か宿屋の店主が現れ、声をかけられた。
二人は驚き、立ち上がると二人同時に声を荒げて訊ねる。
「どうしたんだじゃないですよ！ 入院しているんじゃないんですか？」
主人は参ったような顔をして、笑って弁明した。
「入院ってそんな大した事じゃないよ。そんな話し誰から聞いたんだい？」
二人は今日会ったことを伝えると、男は大笑いして話し始める。
「ハハハッ！ そうかぁ、妻から聞いたのか。彼女は口調は厳しいけど、実はやさしいところもあるんだ。
今朝もおなかが痛いって言ったら、凄く心配して、医者行け 医者行けってしつこくて、しぶしぶ家を出てきたのさ。
それで、さっきあそこにある担当医の家に行って来て。すぐ帰ると、またうるさいだろうから今日はそこでお泊りさ」
男はそこでもらったらしき、薬の袋を右手で持ち上げて見せて、左手で家を指差した。
「ミイラ取りがミイラになったみたいですね」
「その通りだよ、上手いこと言うな君は」
男は、ガストの肩を叩き、微笑んだ。
そんな男を見て、少年らは笑みを返す。
「それじゃあ、そろそろ街を出るので、失礼します」
話を終え、別れを告げると、男も、彼の妻とまったく同じように、笑顔で見送る。
歩いてからすこし経過し、二人はそっとつぶやく。
「あの二人お似合いだな」「そうだね」
街の中央を西に抜け、門を目指した。
蒸気時計の時針は夕刻を告げる。
男は医者の家に戻るとあることに気付く。
「西の門を抜けたら……。たしか、森が続いていたよな。こんな夕方に出て、あの二人大丈夫だろうか？」
追いかけようかと思った矢先、男に腹痛が襲い、ベットに潜り込んだ。
夜はすぐそこまで迫ってきていた。
西の門を出ると、踏み固められた道の両脇には木々が生い茂っており、木の根が所々、道に顔を見せて足場がわるなっていた、さらに、はみ出した枝葉が道を照らす日を遮っている。
夕刻ではあったが、既に薄暗く、ガストはランプを取り出して芯に火をつけた。
明かりが点いて辺りが照らし出され、二人はほっと胸をなでおろす。
「持ってきて正解だったな」
ナップも同意するが、辺りを見回し眉をひそめた。
「でも、もう少し早く出てくるべきだったね」
ガストは、不気味に笑い声を出し、少年を怪しく見つめる。
「フフフ……。そうさ、誰かさんが人の話を聞かずに、愛しき蒸気マシーンに目をキラキラさせていなければ、こんな遅くにはならなかったのにな！」
「その節は本当に申し訳ございませんでした」
立ち止まり深々とナップは頭を下げると、少年は十分後悔している様子の彼を見て困ったように微笑む。
「別に、怒っちゃいないさ。それに、お前の蒸気オタクっぷりは知れてるしな」
それでも、謝ろうとするナップをガストは無理矢理押さえ込んで、また歩き始めた。
「順調に行けば、夜が明ける前には着くから急ごうぜ」
「そうだね、こんな薄気味悪い森早く抜けたいね」
二人が転ばないよう注意して足元を見ながら歩いていると、前に落ちているものに気付き立ち止まる。
「これって、骨……だよな」
ナップはしゃがみ込んで、ガストはよく見えるようにランプをかざす。
骨は無造作にいくつもおかれており、量からしてそれは人のものと容易く想像できた。
「何でこんなものがここにあるんだ？」
少年は分からないと首を振って答え立ち上がると言う。
「でも、何か危ない気がする。やっぱり、今日はさっきの街でもう一泊して明日出直そう」
ナップは振り向き着た道を戻り始める。
しかし、それを許さじとするものが前に立ち塞がった。
緑のつるつるとしたうろこに覆われ、彼らの二倍ほどありそうなそれは一言で言うと、「トカゲ人間」。
目は充血、牙はむき出し、着ている物は継ぎ接ぎだらけで、手には太い木の枝を持っていた。
少年はそれと目が合い、「トカゲ人間」は雄叫びを上げた。 少年はそれと目が合い、「トカゲ人間」は雄叫びを上げた。
「ゲギャァァァァァァ！」
驚き何も言えず、後退するナップの背中が同じくガストの背中にあたる。
ガストも、何かに驚いているようで、そちらを向くと、そっくりな「トカゲ人間」がそこにも立っていた。
「もしかして、こいつらが食ったのか！？」「そうとしか思えないだろ……」
我に返った二人は剣を抜き、ぎこちない構えで相手を迎え撃つ。
「こうなったら、二人で一気に東へ向かって走るぞ！」
振り返ったナップとタイミングを見計らい、二人同時に「トカゲ人間」へ向かい走り出した。
「トカゲ人間」はどちらかに狙いを定められず、安々と二人を見逃す。
「やった！」と声を上げ首をねじって、怪物を見送ったガストは飛び出した木の根に死を引っ掛け、勢いよく転んだ。
立ち止まり少年の身を案じるナップに、ガストは喝を入れた。
「先に行け！」
追いついた「トカゲ人間」はガストに棒を振り下ろすが、体を反転させ剣でそれを受け止める。
あまり質のいい木ではないようで、半分ほど剣に食い込んでいた。
「でも……」
「俺も隙を見て、後を追いかけるから行くんだ！」
強引にナップを行かせた少年は、刀身をずらし敵の攻撃から逃れすばやく立ち上がると苦笑いして言う。
「今の雄叫び……。仲間を呼ぶためじゃないといいけどな」
左右の木々の中からガサガサと音が聞こえ、やがてその音の主が姿を現れる。
ガストは舌打ちをして、自分の置かれた状況に悔いた。
「挟み撃ちか……、さすがに、こりゃあまずいな」
少年はランプを地面に置き、汗で滲んだ手で剣を握りなおして、正面にいる「トカゲ人間」に切りかかった。
「トカゲ人間」もそれに合わせて、ガストに襲い掛かる。
様々な音が、漆黒の森の中で響き渡る。
ナップは走る。息を切らせ、胸も苦しくなるが、それでも止めようとしない。
その中、ガストの言葉が頭の中で何度も蘇ってくる。
『後を追いかけるから』
走馬灯のように、ガストと交わした会話などが思い出された。
少年は、あまり先の見えない闇の中、何かにつまづき転ぶ。
少年は初め木の根ではないかと思ったが剣の光を照らし見ると、骨の山であった。
それが、一つではなくいくつも積み上げられており、あまりいい景色とはいえない。
（こんな量、あの二匹で食べられる量じゃない、きっともっといるんだ）
ガストの身の危険を感じ、ナップは来た道を振り返り、そして立ち上がる。
そのとき、何かを腰につけているポーチから落とした感じがして剣で地面を照らす。
少年が目を凝らすと、それはあった。
「これって……」
拾い上げ、それが何かに気付いたとき、少年の震えは止まり目には生気が満ちだした。
ナップは走る。ガストの言葉を、頭の中で何度も呼び起こして。
（絶対、助けてやる。俺の友達なんだからな）
「グッ……。俺も往生際が悪いな……」
ガストはボロボロになりながらも、敵の致命的攻撃をよけつつ何とか生き延びていた。
木の寄りかかり、息を落ち着かせようとするが「トカゲ人間」は躊躇無く棒を振り下ろしてくる。
それを、剣で受け止めようとするが、うまく力が入らず地べたに座り込む形になってしまった。
他の一匹が棒を少年の喉について、呼吸を不可能にする。
徐々に、顔が青ざめ少年は意識が飛びそうになる。
「うあああああああああああ！」
そんなときだった。突然の大声に驚き、「トカゲ人間」は棒の力を抜き、ガストは開放され激しく咳き込んだ。
ナップは、相手との距離を、地面に置いてあるランプで把握すると、それを投げた。
「目と耳、閉じろ！」
突然のことで何を言っているのか分からず、呆然としていたが投げられたものを見て理解する。
閃光弾。それは、ルーンベルクでナップの父親から渡されたものだ。
咄嗟に、目を閉じ、手で耳をふさごうとしたが、左腕に激痛が走り、ガストは片耳しか押さえる事ができなかった。
刹那に放つ光は、「トカゲ人間」達の目を駄目にし、轟く音は、彼らに混乱を生じた。
爆発が収まると、ナップは轟音に気絶するガストを抱えて、メド・イーシャル走り出した。
ドアの叩く音がその家に響く。
家の主がランプを取り出し錠をかけたドアを開けると、二人の少年が飛び込んできた。
一人は潰される様に、もう一人はのしかかる様にその場に倒れる。
「おい、どうしたんだね！ 君達！」
男は潰されている少年の肩を揺さぶり、無事をたしかめる。
ナップは、顔を上げると安心したようにゆっくりと、主人に話す。
「背中にいるこいつの手当てしてください……。よろしくお願いします」
その音で目を覚ました住人も眠たげな顔で寝室のドアを開け、玄関の様子を見ると表情は一変した。
「君達、もうこの街を出たんじゃないのか？ それにその傷どうしたんだ？」
心配する男に、ナップはガスとの代わりに問いかけに答える。
「あ……宿屋のおじさん。事情は後で話します、それよりこいつを早く治療室に」
何が起きてるかまったく分からないまま、宿屋の店主と家の主、医者はガストを治療室に運んだ。
ナップは重みから開放され、体を反し天を仰ぐ。
少年はそのまま眠りへとついた。
はずだった。
数刻後、まだ夜が明けるにはほど遠い頃、ナップは医者にそっと起こされた。
開いたままのドアから夜空を確認した少年は何事か分からず、眠たげに男に訊ねる。
「君の友達が呼んでいるんだ、君を……」
男はガストがいるであろう方に顔を向け少年をうながす。
ナップは部屋に入ると、ガストは包帯が全身に巻かれている状態でベットに横になっていた。
へらへらとした顔でガストは話し始める。
「完治するには半年位かかるらしい。そこら中、骨が折れてて動かすだけで体が痛んだ。みっともないだろ？」
「ごめん」
ガストを見るとナップは何も考えられなくなり、なぜか謝ることしかできなかった。
「何で謝ってるんだよ。お前は何も悪いことしてないだろ」
不思議そうに少年はナップを見ると彼は涙をこぼしていた。
「だって……。俺が旅に出たからこんな目に会ったんだし。それに……」
少年は咽びながらも必死に考えを伝えようと話す。
ガストは憤慨し、少年を怒鳴り散らした。
「それはお前のせいじゃないだろ！ 俺が決めたことだ。それに怪我したのも俺が弱いせいだ！」
突然の大声に一驚し、乗じて一瞬涙も引く。
ハッとして、自分を落ち着かせたガストはまた喋りだした。
「先に……行けよ」
「え？」
予期できない言葉にナップは戸惑う。
「先に行っていいって言ってるんだよ。森の中にリュック置いてきたからそれも使っていい」
ガストが出す喪失感のようなオーラ、ナップはそれを敏感に感じとった。
「そんな……。ガストは俺より強いし、仲間だろ？」
なんとかいつもの彼に戻そうと頭を回し、口を動かすナップを少年は嘲る。
「そりゃあ俺はお前より何倍も強いさ。だけどな、お前の旅は俺じゃ役不足なんだ」
話しているガストの表情は次第に悲しそうになっていく。
「でも……」
「でも、じゃない。早く行かないとトカゲ人間がまた襲ってくるぞ、チャンスは今しかないんだ！」
きつい言葉を浴びせられたナップは一気に家を飛び出し、街の外へ走っていく。
そして一刻も早く永久石炭を見つけ出し、彼の所に戻ると心の奥深くに刻んだ。
ナップを見送った少年は、ぐっと堪えていた涙がとめどなくが流れ出しベットを濡らした。
「俺のせいで、旅を止めて欲しくないんだよ。バカヤロウ」
ナップは無事にガストの置いていったリュックを拾い森を抜けた。
その頃にはすっかり日も上がり、朝焼けが少年を照らす。
ナップは広い草原に出る。
森が長かったこともあり、街はすぐ目の前まで迫っていた。
少年の心は先ほどと大して変わらず晴れない。
忘れたくとも忘れられない言葉が胸を突く。
そんなとき、遠くで何かが横を通り過ぎる。
それは蒸気を吐き出し音を生む。
その音に敏感なナップはすぐさま横を向き立ち止まった。
スチームトレイン。本などで詳しい原理や姿は知っていたが見るのはこれが始めてだった。
先頭の機関部からは蒸気を噴出し勢い良く車輪を回している。
後部車両に積んでいるものは、全て木材のように見える。
圧倒され立ち尽くす中、列車は見えなくなっていった。
「蒸気は竜と竜人の立場を奪うか……」
ふと、ガイルの言葉が脳裏をよぎる。
あの木がドラゴンの住処の森から伐採したものだとしたら。
あの木は元は竜人が運ぶはずだったものだとしたら。
そんなことが頭に浮かび、いまさらになって、少年は彼の言葉の深みを感じた。
目的地「貿易の街 トラストレ」はもう目と鼻の先まで迫っている。
第ニ幕
「知る者、識る者」-wise or intelligent-
貿易の街トラストレ。
街の周りは人の何倍もあるような壁に囲まれ、道は吸い込まれるようにその壁の一部に空いた穴、門へと続いていた。
門の向こうは人込みで溢れかえり、がやがやと騒がしい声がこちらまで届いて聞こえる。
ナップはその門の大きさに感銘を受け感心しながら門下に入る。
また、壁にもたいそうな厚みがあり、検閲官らしい人達はそれを抉り取り作られた部屋で資料整理などの雑務に追われていた。
受付にはめがねをかけた男性が椅子に腰掛けており、なにやら書く作業をしている。
ナップは恐る恐る近づき、そして立ち止まった。
男は何者かがやってきたこと気付き、そのままの状態で少年に声をかける。
「許可証を」
許可証という聞きなれない言葉に戸惑いあたふたとしていると、男は顔を上げると少年を怪訝そうにじろじろ見つめた
「あんた……。旅人？」
ナップは素っ頓狂に頷き、遅れて「はい」という言葉を出す。
「いっていいよ」
そういうと、男はまた自身の仕事に戻った。
ナップは訳が分からず男の仕事を遮りそして訊ねる。
「あの……。身体検査とかはしないのでしょうか？」
二度顔を上げた男の表情は、怒り交じりの仕事用笑顔だと少年にもすぐに分かった。
「この街は貿易の街ですので検査は販売、取引の許可証を持った商人にしか行いません」
簡単に説明され納得すると彼の逆鱗に触れぬよう、ナップは礼を言いそそくさとその場を立ち去った。
街の中はやはりたくさんの人が街中に作られた露店で狭くなった道を絶え間なく行き来している。
薬屋、果物屋、雑貨屋など前回の街と同様多種多様の店が並んでいる。
その中を潜り抜けることは田舎育ちのナップには苦渋を極めた。
数分後、なんとか一つの露店の前にやってくると、早速座っている店主に声をかける。
「すみません、ローランスって人知りませんか？」
ごった返しの中、当たり前のように飛び交う言葉がナップの声を遮り、商人はまったく気付いていない。
それどころか、彼自身も自身の商売繁盛のため立ち上がり声を張り上げて商品を宣伝し始めた。
「ロウェーヌ特産のリンゴが安いよ！ なんと６つで銀貨３枚だ！ さぁさぁ、よったよった。」
物に釣られ、多くの人たちがこの店に寄り集って来る。
ナップは押し潰されないように人の流れを逆流した。
やっとのことで、露店のない狭い道に出ると一息ついて壁寄り掛かる。
「これじゃあ、人探しなんて無理だよ……」
その場に座り込むと昨日今日の疲れが一気に噴出し、ナップは急な眠気に襲われ小さな寝息を立て眠り始めてしまった。
夢の中。
ナップは炎に包まれた森の中で息を荒げ前を見つめてたっている。
ここはどこなのか、何を見ているのか、何でここにいるのか、まったく分からない。
ただ、不思議な感覚に襲われる。悲しく辛い感覚。
夢とは思えないほどの現実的な刺激。
熱い火花、風、空気。
何処かで声がする。
誰の声？
「おい、起きろボウズ！ 大丈夫か？」
体を強く揺さぶられ、壁に頭が当たり、脳が痛みを訴える。
目を開けるとそこには「トカゲ人間」がいた。
「ぎゃあああああああ！ トカゲにんげええええん！」
大きな悲鳴をあげ、逃げようとするナップの背広を掴まれ持ち上げられる。
必死に逃げようとしている両足は宙に浮き空を切りながらも必死にばたつかせる。
ナップは体を回転させられ「トカゲ人間」と目が合った。
「だーれーがトカゲ人間だ。ほれ見ろ、とくと見ろ。ほれ、ほれ」
「トカゲ人間」は頭に生えた二本の大きな角を見せる、改めてみると昨日の「トカゲ人間」よりいくらか大きく、鱗の色も緑ではなく赤色をしている。鱗も柔らかいというより堅そうだ。
両目に涙を浮かべていたナップもきょとんとして体の動きをやめる。
開放され地面に足をつけると、へなへなとその場に崩れ落ちて安心し息を吐いた。
「よかった……本当に」
赤い『竜人』は困った顔をして、ナップに訊ねる。
「ボウズ、お前こんな時間にこんなところに独りで何してるんだ」
辺りを見回すと、辺りをぼんやりと見渡せる程度でほぼ夜になっていた。
街中の街灯が灯りその光がうっすらと二人を照らす。
「つい、寝ちゃって……」
恥ずかしそうに言い訳するナップだが、『竜人』は呆れた眼差しを送る。
「その様子だと宿もまだ決めてないんだろうな。仕様がないな……、ボウズ今日はうちに泊めてやる。金はしっかり取るがな」
彼は何気なく笑ったつもりだったのだろうが、どうしてもその姿がトカゲ人間と重なってしまいナップは不気味さを感じた。
彼の家は先ほどの場所からさほど離れていない場所にあり、「INN」という看板を掲げている。
しかし、道の途中彼は露店でいくつもの商品を買いあさり、ナップもその買ったものを持つ手伝いをさせられ着くのに結構の時間が掛かった。
家の中は１階建てながらも広々としており部屋数はドアの数から五つほどあるようだ。
インテリアなどは見当たらなく、天井にかけてあるランプの光が部屋にあるテーブルと椅子を照らしている。
室内に入り近くにあったテーブルに荷物を置くと真っ先にナップは質問する。
「ここ、宿屋ですか？」
『竜人』は椅子に腰掛けると、それをナップにも促し質問に対しては肯定する。
「ああ、立派だろう？ 今日、輸送の仕事が終わってこの街に帰ってきたばかりなんでほかに客はいないがいつもはもっと賑わってるのさ」
そういうと、布製の買い物袋をあさりリンゴを取り出すと一つをナップに渡し、もう一つを口に頬張らせる。
「輸送？ 配達員か何かですか？」
ナップもリンゴをかじり、久々に喉を通る食べ物の味を堪能する。
「そんなところだ、商人や俺の同業者はここを拠点に遠くへ出かけるのが日常茶飯事だ。だから大抵の者は貸家や宿屋にして無駄なく金を回収する。それじゃ、今度はそっちが答える番だ、なんであそこでうたた寝をすることになったか教えてもらおうか？」
腕をつけ手を顔にあてニヤニヤとした顔で少年に尋ねる。
はじめは、見ず知らずの人に話すことは躊躇ったが、彼への恩を考えナップはいままでの出来事を話し始める。
ガイルさんの話をいつも聞いていたナップは聞き上手だけでなく話し上手にもなっていたようで、彼はとても楽しそうに聞き入る。
リンゴの身を余すところなく全て食べ終えた頃、ナップの話は終わった。
手短に話つもりだったが、話しているうちに止まらなくなってしまい、相手が飽きてしまっているのではないかとナップは心配する。
しかし、彼は話が終わった後もしっかりとした眼差しでこちらを見続けていた。
少し間をあけ男は離し始める。
「そりゃあ、『リザードマン』だな。東の森がそんなことになっているなんて話初めて聞いた。後で討伐隊が組まれて全部生け捕りにされるだろうな」
ナップは少し残酷だと思ったが、ガストのことを思うとそんなことは言えない。
「あの、少し失礼なことを聞いてもいいでしょうか？」
謙譲な態度の少年に『竜人』は不思議そうに顔をしかめる。
「いいが、何でそんなに縮こまる必要がある？ それと、俺のことはギルティスと呼べ」
はい、と頷きながらももじもじとしている少年に痺れを切らせたギルティスは最大級のにらみで脅し、無理に口をあけさせる。
「え、えっと、ギルティスさんとリザードマンはどう違うんですか？」
きっぱりと言い切ったナップは恐ろしさからしっかり前を見ることができずうつむいた。
ところが、ギルティスは当たり前かのように質問に受け答える。
「とりあえず、共に同じ竜人だ。だが、竜人の中にも位というか能力の差がある、それを見極めるのがこの角だ」
彼の指差角にふと目をやると、その形は美しい円錐型を描きランプの明かりで綺麗に照らし出されていた。
「分かると思うが角が多い方が身体的、頭脳的にも強く賢くなる。しかし、角の生えていない奴ら、『リザードマン』は言葉が理解できない野蛮者として街の外で暮らすしかない。そういう者達を殲滅しようと考えている奴等もいるが、やはり同族を殺す事を拒むものの方が圧倒的に多い」
「だから、生け捕りなんですね」
ナップは息を漏らし感嘆した。
「そうだ。ま、リザードマンの集団なんてそう滅多に見られるものじゃない。襲われた方もある意味幸運さ」
彼の皮肉交じりの発言に少し自分の行為をナップは悔いたが、すぐに立ち直り本題に入る。
「あの、俺この街で人を探してるんです。ローランスって人なんですが知りませんか？」
ローランスという言葉に一瞬反応したギルティスだったが、少し間を空けた後首を横に振った。
期待した答えが返ってこなかったナップはがっくりと肩を落とす。
「だが、この町は広い虱潰しにあたっていけば、会えないことなどない」
「そうですね……」
ギルティスの慰めを素直に受けれはしたが、この町の広さを考えると陽気になることはできなかった。
「この街の中心に何があるか知っているか？」
ナップは全く分からず首を振る、ギルティスは当たり前のこと思っていたようですぐに話を続ける。
「闘技場、コロシアムがある。近々大会が開かれるからな、今なら猛者やその野次馬で賑わってるはずだ。聞き込みにはもってこいだと思うぞ」
コロシアムという言葉、あまりナップにはいい印象を与えなかったが、情報の入りやすさから考えれば貪欲商人たちよりは断然に適しているのは自身でも理解できた。
「そうですね、明日から聞き込みに行こうと思います。」
「俺からもできる限り、そいつの情報を探してみる。がんばれよ」
ナップは立ち上がって心かお礼を言うと、まだ疲れが取れていない体が眠気を呼び起こし大きなあくびを出てしまった。
ギルティスは大きな笑い声を上げる、そして少年はその笑顔に全く恐れを感じなくなったことに気づく。
「グワハハッ！ まだ寝たりないか。部屋はいくつかあるが好きな部屋を使ってくれていいぞ。さっさと寝て明日の力を蓄えるといいさ」
そういうと少年の後ろを指差す、振り返ると五つほど扉があり一つ一つに番号が振り分けられている。
「そうします。おやすみなさい」
ナップは荷物を背負い重い体をゆっくりと動かし部屋へと向かう。
後ろから男が声をかけた。
「コロシアムは、気が立ってるやつもいるから気をつけろよ」
ナップは振り返らずに はい。と小さな声で応じて部屋へと入った。
ギルティスは部屋へ向かう少年を最後まで見送る。
部屋の中はあまりにもシンプルで、ベットが一つ置かれているだけであった。
ナップは荷物を床に置きベットに倒れこんだ。
あまりいいベットではない。
それでも、ナップはすぐに眠りについていく。
朝、ナップが寝室から出るとギルティスの姿はなかった。
仕事に行ったのだろうとさほど気にも止めず、昨夜二人で語り合ったテーブルに目をやると。
置手紙とリンゴがひとつ置かれている。
ナップは手紙を手に取り目を通すと、仕事に出かける事とコロシアムの場所などの旨が書かれていた。
おそらく、朝食と思われるリンゴに手を取り、食べながら宿を出た。
一歩外に出ると、多くの露店が立ち並んでいる。
唯一の救いは朝なので人が多少少ないことだろうか、活気ある声も昨日より少ない気がする。
ナップは人の壁に邪魔されることなく目的地のコロシアムに向かうことができた。
その外壁はこの街を縮小したかのような円状の壁になっており、所々に入場口のような穴が開いている。
闘技場の周辺は、朝にも関わらず様々な人々であふれていた。
酒を飲んで騒ぐ者、自らの筋肉を披露する者。
喧嘩をするものもいた、その周りには野次馬や二人の勝負を賭けにするものまでいる。
ナップの目には全ての人が危険人物に見えた。
「こんなので本当に見つかるのかなぁ…」
そんなことをぼやきながらもナップは外壁に沿うように立つ巨大な看板を見つける。
『こちら
事務所』
何の事務所だろうとふしぎに思いつつ看板へと近づいていくと、ある事に気づく。
「これって……。この街の門と同じつくり…？」
入場門の中にある事務所も、入門審査の受付と同じように、壁をえぐり取って作られていた。
人ごみの中を潜り抜けてきた少年はほこりを落とすように服をはたき事務所に顔をのぞかせる。
「あのー、すみません」
事務所から出てきたのは美しい女の人だった。
少年に優しく微笑みかけると用件を伺う。
「いかがしましたか？」
「あの、ここって何の事務所なんでしょうか？」
女性は何気ない質問に微笑んで答える。
ナップはあまりにきれいな女性を見て少し顔を赤らめる。
「コロシアムの出場手続きや、入場チケットを販売してるのよ」
コロシアムが行われる場所にあるのだから当たり前だということを今になって判ったナップは恥ずかしさにさらに顔を赤くする。
「そっ、そうですよね」
「ふふっ、面白い子ね」
女性は上品に笑い、恥ずかしさの頂点に達した少年はその場から逃げ出した。
そして、辺りを見回し話を聞けそうな人を探す。
しかし、そんな人がいるはずもなかった。
ギルティスならば、ほとんどの人に話しかける事はできるだろう、だが、ナップには話しかける勇気も話しかけた後の度胸もない。
結局少年に残された道は、もう一度事務所に戻って話を聞くことしかなないのであった。
気が進まずに下を向いて事務所へと歩いて行く途中、大きな影がナップを覆った。
驚いて振り向くと、鉄仮面に全身を隠す厚手のローブを羽織ったあの影を持つのにふさわしいほどの大きな男が少年の横を通り過ぎる。
後姿は斧槍を背負っていた。
槍斧はナップが昔本で見たハルバードなどの類とは全く異なり、斧の部分が異常に大きく子供一人分はあるのではないかと思うほどだ。
あまりにも不気味で少年には中の者など想像もつかない。
大男の事で頭がいっぱいになってるうちに、彼は事務所まで戻ってきていた。
しかし、もうあと数歩のところで彼は足を止める。
その大男が事務所にいたからであった。
「なぁ、嬢ちゃん。俺もこの大会に参加したいんだが……」
鉄仮面の中で重く響いたその声は周りの人、皆に恐怖を与える。
女性は苦笑いをして事務所の中に戻っていくと、奥から身なりの良い男性が出てきた。
今度の男性は手馴れているようで大男の登場にまったく動じていない。
「大会参加希望でしょうか？」
大男は頷きその反動で鉄が擦れ合う音をさせる。
受付の男は紙と羽ペンを取り出し前へ出す、大男はそれを受け取って紙に何かを書いているようだった。
異様な光景、ナップは思った。
不気味で恐怖を覚えさせる存在が指示された通りにペンを走らせる。
今にも、目の前の男を背負っているその斧で切り刻み穂先の槍で突き刺してしまうのではないか？
そんな不安を覚えながらも、何事もなかった様に手続きは終わり、大男は事務所から去って行く。
ナップの震えは引く事はなくその場に立ち尽くす。
「大丈夫ですか？」
男性の声にナップは現実へ引き戻された。
ハッとして彼の方を見ると、男は淡々と語り始める。
「怖かったでしょ、さっきの人。あの人毎年この時期になるとふらっと出てきて、この大会の優勝を掻っ攫っていくんだ。」
ナップは思い立ったようにその男の名を尋ねる。
「書類からすると『キリングストレンジャー』って人だけどおそらく偽名だろうねぇ…」
相手にも確認させるため、先ほど書いていった書類をナップに見せる。
ナップは書類の細かいところまでまじまじと見るが、名前以外大男の手がかりになるものはなかった。
「それより、君は事務所に何のようだい？」
男の質問によって本当の目的を思い出したナップは受付に身を乗り出して問いかける。
「ローランスって人、知りませんかっ！」
突然、爆発したように飛び込んできた少年に驚きつつも男は冷静に首を振りいった。
「そのような人は存じませんが、コロシアムの出場者の名簿を見れば何か判るかもしれません」
ナップは男にお辞儀をして頼み込み、彼も快く承ってくれた。
調べるので時間がかかるからまた明日きてくださいと言われ、ナップは事務所をあとにした。
夕刻になり、多くの露天商は店を閉じ始め裏で帳簿をつけている頃、ギルティスは宿に帰って来た。
宿にはナップが一人椅子に座りたたずんでいる。
聞くまでもない質問だが、男は少年に尋ねる。
「見つかったのか？」
項垂れたまま軽く首を振って、話す。
「いえ。今、コロシアムの参加者名簿にいないか調べてもらっているところです」
ギルティスも椅子に腰を降ろし、笑って少年に慰めの言葉をかける。
「まぁ、二日目で見つかるなんてお前も思っちゃいないだろう。そんなに悔しがることないさ。それに俺も収穫なしだ」
今度は強く首を振り、ナップは顔をあげた。
手を強くテーブルに着いて今にも泣きそうな顔で言う。
突然の行動だったが、ギルティスは全く動じなかった。
「違うんです！ 事務所の人にしか話しかけられなかった自分が悔しいんです。一歩外に出るとみんな、怖い人に見えて話せないんです」
こぶしを強く握り締めて、頭をくしゃくしゃに掻きわける。
ついには、テーブルに突っ伏して出ようとする嗚咽を必死に抑える。
男は大きなため息を出し、そのあと大声で笑い出した。
「何がおかしいんですか？」
伏したまま問いかけるナップに、男は笑い続けるだけだった。
いつまでたっても止むことのない笑い。
痺れを切らしたナップは大きくテーブルを叩き、立ち上がる。
「何がおかしいんですか！」
笑いが止まり、そしてギルティスは真剣な眼差しでナップを見つめる。
「今、悔しいって思ったろ」
怒りの矛先を失い男のことを理解できないナップはとりあえず、頷いた。
そしてとりあえず、座った。
「それが普通だ、馬鹿にされたなら怒る。褒められたら喜ぶ。傷ついたら悲しむ。たのしかったら楽しむ。
お前は今、自分を馬鹿にされ俺を殴りたいほどに怒った。
力比べしたら間違いなく負けるであろう俺に喧嘩を売ろうとした。
だが、お前は見ず知らずの人に話しかけることすらできなかった」
「でもそれは、一時的な感情のせいで……」
少年は必死に弁解しようと言った。
ギルティスはそれを鼻で笑い飛ばす。
「お前の旅は、ガイルとか言うやつが死んだ悲しみによる感情で続いているのか？
そんなことがあったら、お前はこの旅が終わるまで泣き続けなきゃならんぞ」
ナップは何か言おうとするが、言葉に詰まる。
完全に言葉で負けてしまった。
「お前の旅はここで終わりじゃないはずだ。
今日一日考えろ、明日はコロシアム一回戦がある。試合と試合の合間の時間は聞き込みには抜群だぞ」
ギルティスは立ち上がると果物とソーセージをいくつか置いて、自分の部屋に閉じこもった。
ナップは呆然と椅子に座っている。
焦点は定まらず、目の前にある食べ物をぼんやりと理解する程度のことしか考えられずにいた。
「考えろって……。一体何をどうすればいいんだ……」
立ち上がり、ふらふらと部屋へと入り、ベットに倒れこんだ。
何も考えないことを考えて、ナップは一夜を熟睡できずに過ごす……。
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2007/04/30(Mon)18:25:35 公開 / 雪世
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■作者からのメッセージ
こんにちは、雪世です。
間が開いてしまいましたが、自分が書きたいように書きなおせたと思います。
皆さんが楽しめるような作品になるように日々努力しますのでよろしくお願いします。
プロローグ＊が完結しました。
一部修正しました。
1/11ストーリーを大幅修正しました。
1/15更新しました
2/19遅れて申し訳ありません更新いたしました。
2/27更新&文章再構成しました。
3/10更新&修正しました。
3/19更新&修正しました。
4/30大幅修正です。
物語に出てきた、ドラゴンなどについて書かせていただきます。
「クロススカイ」
羽毛竜
草食、知能があり会話ができる。
飛ぶことが得意で、スピード持久力はトップクラス、メールドラゴンとして世界をまたに駆けるものもいるが、金欲が無い性格の者が多く、タダ同然の値段で働く。
腹部は保護色である空の色の白と青のまだら模様
背部は睡眠中に襲われない様、各地独特の模様をしている。（草原に住むならば緑など）
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