- 『人体博覧会』 作者:薄羽蜻蛉 / ショート*2 未分類
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全角3775.5文字
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原稿用紙約10.6枚
人体の各部をテーマとした短編集。作品間でつながりはない。
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指
きみは道を歩いている。
くねくねと奇妙に折れ曲がった道で、あたりはすでに薄暗く、人の姿も見当たらない。
きみはここがどこだか知らない。どこに向かっているのかもわからない。ただ、それでもきみは一歩一歩何かを確認するかのように、しっかりとした足取りで歩を進めていく。
きみのざっざっという足音と、どこか遠くで風に揺れている木々のざわめき以外には音をたてるものはいない。そしてそのどちらもきみの耳には届かない。きみの意識にあるのは確実に前へ前へと進むことだけだからだ。
空には月が出ている。とてもきれいな満月だ。しかしその光はそれ自身の存在を示すだけで、なんらきみが行く先の道を照らし出してはくれない。
きみは顔を上げようとしない。上げたところでこの暗さではたいして先は見えないだろう。ましてや目的地など見えようはずもない。
きみはうつむいてゆっくりと踏み出す自分の足と、その少し先の地面だけを見つめながら歩き続ける。それはとても正しいことだ。
きみは自分の手に違和感を覚え、立ち止まってじっと手を見る。
きみの指の数が増えているので、きみは少し驚く。きみはその増えた指が自分の指ではないように感じるが、それが確かに自分の指だということをきみは知っている。
きみは指を数えてみる。数えなくても何本あるかをきみは知っている。
指はきみの歩んできた年と同じだけある。
きみはちょっとした感傷を、いろいろなものを失ってしまったという事実を今さらながら実感し、後ろを振り返ろうかと思ったが結局やめてしまう。
それよりも前へ進まなければならない。これ以上立ち止まっている時間はないのだ。第一失うということと手に入れるということは同義なのだ。
きみはまた一歩一歩確かめるようにゆっくりとした足取りで歩き出す。少し重くなった手を握りながら。
胸
それは晴れ晴れとした、とてもいい天気の日のことだった。
僕は公園のベンチに座り、風にそよぐ木々の声に耳を傾けながら、本を読んでいた。その公園はあまり子供の姿も目立たず、とても静かでいい場所だった。
読書にもあきてきたので、しおりを挟んで鞄になおし、空を見上げた。光に満ちた青い空が、ときどき白い雲を交えて、どこまでも広がっていた。
しばらくそうやってぼんやりと眺めていると、突然少女が話しかけてきた。
「すいません。あたしの胸をもんでくれませんか?」
かわいらしい感じの子だった。
透き通るような大きな目が印象的で、まだ幼さが残る顔立ちは中学生くらいに思えた。肩まで切りそろえられた髪が柔らかな風で微かに揺れている。その髪の匂いが風に運ばれてこちらまで漂ってくるようだった。
「ど、どうして? いきなり、そんな……」
僕は突然の事態にひどく動揺して、しどろもどろにそう答えたが、すでに僕の両手は彼女の胸をもんでいた。思春期というのはまず行動のほうが先に出てしまうものなのだ。
「いえ、あたし、その、胸小さいから……んっ」
なるほど確かにあまり大きくはない。だが小ぶりながらいい形をしている。僕はさらに力強く彼女の胸をもんだ。彼女は紅潮した顔をうつむかせ、体を震わせながら、ときどき耐え切れないように甘い声を漏らす。
彼女の胸はどんどん大きくなっていく。僕は興奮してしまい、彼女の「もう、十分です。やめて……」という訴えも無視してさらに荒々しくもみ続けた。
気がつくと彼女の胸はすでに僕の体の倍くらいの大きさになっていた。「しまった」と思い手を離すと、彼女の胸は風船のように浮き上がり、彼女とともに空へと消えていった。
それ以来彼女の姿は見ていない。
だから僕はとても天気のいい日には彼女のことを思い出す。透き通るような瞳を、あの柔らかい胸の感触を、そして空に消えていったときにちらりと見えたイチゴ柄のパンツを。
そして思うのだ。
「ああ。もう一回でいいから彼女の胸をもみたい」
もちろんそれはかなわない夢で、そもそもあの出来事自体が夢のようなことだったけど、それでも僕はそんなことを思いながら空を見上げ続けるのだ。
歯
右上の方の歯が抜けそうだった。
人差し指でそっと触れてみる。もう少し力を入れれば簡単に取れそうだ。俺はその歯をぐらぐらと揺らしながら香奈のことを思い出していた。
香奈は中学のときの俺の同級生で、少し頭の弱いところがあった。よく授業中に突然笑いだしたり、ちょうちょを捕まえるのと言って教室を飛び出したりといった奇行が目立った。なんでも小さいころに頭を強く打ってそうなったのだとかいう噂を聞いたことはあるが、真相は知らない。
俺は一年生のときからずっと香奈と同じクラスで、なぜかはよくわからないが気に入られていた。食堂に行くときも休み時間も学校の行き帰りもずっと俺のまわりをうろちょろしていた。
そのため俺はまわりの友達によく冷やかされたので、正直迷惑していたのだけど、いくら注意しても香奈は次の日には忘れてしまっていた。それに俺も本気で迷惑がっていたわけじゃなかったのだと思う。香奈もそれがわかっていたから、いくら注意しても次の日には俺にくっついてきたのかもしれない。
彼女は右上の歯が欠けていて、笑うとそれがとても目立った。けっして美人というわけではないけど、なんというか笑ったときの顔がすごくあどけない感じがして可愛かった。余計なものが混じってないきれいな笑顔だと思った。
香奈とは別に話が合うわけじゃないし、そもそも何考えてるのかよくわからない子だったから、会話が成り立たないときもあったぐらいだけど、話をしているときの香奈はよく笑い、俺もつられて笑った。今思うとすごく楽しい時間だったと思う。
いつものように香奈と一緒に帰ってると、香奈がうれしそうにニヤニヤしている。「どうしたんだよ」と聞くと香奈は「あのね、あのね香奈ねえ、今度本にのるんだよ、すごい? ねえ、すごいでしょ?」と言った。
「本ってなんの本だよ」と聞くと「うーんとねえ……うーんと……秘密ッ!」と笑った。香奈は以前から人の顔をしたちょうちょを見たとか、火星人と友達になったとか言いだしたときもあったので俺はいつものことだと思い大して気にしていなかった。
それからしばらくしたある日のことだった。その日は日曜日で俺が本屋でぶらぶらとしていると、同じクラスの吉沢に会った。吉沢はいつも薄笑いを浮かべているちょっと気味の悪いやつで、特に話したこととかもないけど、とりあえず「よう」と声をかけた。
吉沢は俺の顔を見るとニタニタと笑い、「お前、いいもん見せてやろうか?」と言った。別にいいよと答えようかと思ったが気になるので「いいもんって?」と答えた。
吉沢は「ついてこいよ」と言い店からすたすたと出て行ったので俺もしかたなくついて行った。吉沢は店を出てすぐの路地裏に入るとカバンから一冊の本をだした。
「なんだよ、エロ本かよ」と俺があきれて言うと、吉沢は「まあ、エロ本はエロ本なんだけどよ」と笑った。吉沢の笑い顔はなんだか蛙に似ていて気持ち悪い。汚い笑顔だ。吉沢は本をパラパラとめくり開くと「ほら、これ見てみろよ」と俺に見せた。
俺は頭が真っ白になった。そこには香奈の裸がうつっていた。乳房はまだふくらみかけで、下の毛はまだ生えていなかった。そして挑発するような目をこちらに向けて微笑んでいる。俺の知らない香奈だった。
「ほらすげえだろ? こいつこんなことまでやってんだぜ」
吉沢がページをめくる。香奈が三人の裸の男にかこまれている。そいつらが汚いペニスを香奈に向けて笑っている。またページをめくる。香奈が男たちのペニスをくわえる。ページをめくる。香奈が顔に精液をかけられて笑う。歯が欠けているのが見える。めくる。香奈の小さな割れ目にペニスが突っ込まれている。めくる……。
俺は頭の奥がなんだかグルグルして、顔が熱くなって、吐き気がした。自分が怒っているのか、悲しんでいるのか、何もわからなかった。ただ、なんだか世界が揺れているように感じて気持ち悪かった。俺は黙って立ち上がり、そのまま後ろから聞こえてくる吉沢の声も無視して、家に帰った。
その日から俺は香奈のことを無視した。香奈は訳が分からないといった顔できょとんとしていた。そうして泣きそうな顔でうつむいていた。別に香奈のことが嫌いになったわけじゃない。ただ香奈の顔を見るとあの写真のことを思い出して嫌になるのだ。もうあの笑顔も見たくなくなっていた。きれいなものとして見れなくなった。
結局それから香奈とは一度も話さず、俺たちは卒業した。それから会っていない。風の噂で自殺したとも聞いたが、本当かどうか知らない。もし本当なら俺のせいだろうかと思うときもある。
俺はぐらぐらと揺れる歯を指でつまみ、思いっきり引っこ抜いた。血の味が口の中で広がった。俺はその歯を窓から投げ捨て、鏡に向かって笑った。汚い笑顔だなと思った。
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2007/01/06(Sat)23:23:10 公開 / 薄羽蜻蛉
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■作者からのメッセージ
まあ、なんというか思いつくままに構成とかあまり考えずに書きました。ほっとくといつまでたっても小説が書けないので、とりあえずなんか書かなきゃ書き方忘れてしまいますからね。
「指」は二人称が書きたくて書いたやつです。もっと二人称をいかして書きたかったけど難しいですね。
「胸」はまあエロネタ嫌いな人ごめんなさい。シュールなのかふざけてんのかよくわからん作品を狙いました。こういうの嫌いじゃないんです。
「歯」は性的な表現が少しありますが問題あるようだったら削除します。それはそれとして書いてるうちになんか知らないけど疲れた作品です。多分力量不足。