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『双人たちのFuture―True Fight Stories―』 作者:LENA / SF アクション
全角3573.5文字
容量7147 bytes
原稿用紙約11.7枚
二十一世紀半ば。過剰なほど進展した科学技術により、人間と人造人間が共存するその一方で、奇怪かつ凶暴な人造生命体が巣食う世界。主人公・楠野京一は人間と人造人間の間に生まれた少年。彼は対人造生命体プロフェッショナル「STS」に所属し、日々日本刀を武器に戦い続ける。
Episode 1 <瞳―Eyes―> A 

 廃墟を遠く離れ、京一はスポーツバイクを飛ばしていた。
 行く道は <エア・ウェイ23号線> という、地上何十メートルもの高みにある空中
道路だ。
 時にビル群を縫うように、時に運河に跨り、時に一般道路の真上を走るこの道路は
ここ <シルヴァーシティ> 全域、すなわち関東地方全域にわたってクモの巣状に張り
巡らされているため、どこを通っても都心、つまり <中央区> に行ける。
 もっとも、空中道路の多くが未開通のところが多いので、利用者はそれほどでもな
いが。
 京一の駆るスポーツバイク――カラーリングは蒼。排気量七五〇t、最高速度時速
三〇〇キロ以上――は、搭載されたコンピューターによる制御で、残存燃料と載積量
その他諸々が計算された後、時速九十五キロで走行していた。
  <メデューサ> の酸性化する血液によってボロボロになったロングコートは、それ
でも風を受けてはためき、車体を彩る蒼色は溶け出したように、ただ蒼く流れた。
 ヘッドギアとゴーグルをして、前傾姿勢をとった体がぐうっと左に倒れた。
 急な左カーブも彼は難なく曲がっていく――スッと姿勢が戻り、再び直線を行く。
 空中道路の全容は高速道路と大差ない。
 やかましくては良くないところには防音壁があって、やはり夜間は数十メートルの
間隔で設置された高圧ナトリウム灯のオレンジ色が輝いている。
 ――そして、天空には下弦の月が輝くのである。
 思いのほかゆっくりと迫ってきては、通り過ぎる瞬間、とてつもない速さで後方へ
消えていくオレンジ色の光の、その繰り返しを見ていると、どこか物悲しい気分にな
る。
 それは繰り返しの光景の中に永遠を見るからだろうか。
 永遠への憧れと、それが存在しないと知ったときの虚しさ。
  <アーティフィシャン> という創り出された種はすでに半永久的な若さ、それは人
間でいうところの"永遠の若さ"をすでに持っている。つまり老化しない。ゆえに <ア
ーティフィシャン> は永遠についての渇望を抱かないという。
 京一が彼らの一員だったなら、この繰り返しの中に有限を見い出し、何も思うこと
はなかったはずだ。
 が、彼の半分の"人間"がそうさせないのだ―― <アーティフィシャン・ハーフ> も
また"永遠の若さ"、老化しない体を持つ存在の一だというのに。
 ――今宵、京一は詩人になっていた。
 なんと穏やかな夜だろうか――オレンジの夜だ。
 遥か前方に無数の輝きを見た。 <中央区> だ。そこは眠らない街だ。
 京一はコンピューターのサポートを終了し、アクセルレバーを回した。マフラーか
ら排気ガスが勢いよく噴射され、加速する。
 ロングコートを剥ぎ取らんばかりに前から風が吹いて、その裾はまったく翼か何か
のように京一の背を飾っていた。
「……ナナハンとは言ったもの――」
 その視線はすでに左のサイドミラーにあった。真っ黒なバンが映っていた。
 バンの助手席側のサイドガラスが開いて、そこから上体を乗り出す人影が見えた。
 ――瞬間。
「畜生ッ!」
 右へ――! 京一の上体が沈み、タイヤが煙をあげながら平行移動する。乾いた銃
声が何十発分と聞こえ、たった今空けた左側を弾丸が駆け抜けていった。
「なんだってんだ! 怨まれるようなことは――」
 京一は「した覚えはない」と言うつもりだったが、
「……してきたよ!」
 左だ――! またその方向へ上体を倒し、タイヤは煙をあげる。空いた右側を、も
はや光線と化した銃弾が通り過ぎていく。
 いくらなんでも、 <アーティフィシャン> でも銃弾の回避は難しいのだ、なんで京
一に回避し続けられようか――でも、逃げなければ命はない。
 京一は車体の姿勢制御をコンピューターに任せ、速度とハンドル操作は自らの腕に
任せた。
 速度をあげた――このまま振り切ろうと思えば振り切れるが"後ろのヤツら"を <中
央区> に入れるわけにはいかない――なんとか撃退しなければ。
 突如、ガンッと硬いものが砕ける音と衝撃が左からした。
 サイドミラーの鏡が砕け散り、弾丸が食い込んで、もう根元から折れそうだ。
 京一はそれをとっさに握りしめ、引きちぎった。人間業ではないが、人間でもない
彼なら朝飯前だ。
 それを後ろのバンに投げつけるのと、バイクのタイヤに弾丸が食い込むのと、ほぼ
同時だった。
 バイクは京一を乗せたまま、スピンして、京一を吹き飛ばすや否や、火花を散らし
て横滑りし、数メートル先でなんとか停止した。
 一方、京一は片膝をつきながらもかろうじて無事だった。擦り傷や切り傷は瞬く間
に塞がっていく。奇跡的にゴーグルは無事で、しかしヘッドギアには亀裂が入ってい
た。
 京一はバンを見ていた。
 フロントガラスはすべて砕け散り、助手席の男は首にサイドミラーを食い込ませて
死亡していた。なら運転席には――。
「なんと……!」
 パンッとドアを閉め、運転席からやってきたそれは、バズーカ砲の直撃にも耐え得
る <プロテクトスーツ> を着込んだ男であった。性別を見抜いたのは、京一本人の技
量であった。
 男はヘッドギアを脱ぎ、片膝をつく京一の前で優雅に一礼をした。
 白髪のオールバックの、モノクルをした老紳士だ。
「お初にお目にかかります。わたくし、島原清次郎(しまばらせいじろう)と申します」
 京一はよろよろと立ち上がり、しかし左肩に激痛を覚えた。脱臼していたのだ。
 それでも口を開き、
「どこの国に"お初"で攻撃する礼儀があるんだ」
 ゴキッと顔をしかめながら外れた左肩を治し、すぐ背筋を伸ばした。彼の人種を考
慮すればありえない――とは、楠野京一には遠い言葉だったのかもしれない。
 彼はそこらの <アーティフィシャン・ハーフ> ではない。戦いの世界で鍛え抜かれ
た戦士だ。ならば抜群の身体能力も頷けるではないか。
 しかしモノクルの老紳士・島原は京一をただの少年程度にしか思っていないような
小春日和の微笑を浮かべたまま、
「最近はそうするのでございます」
 と答えた。
 京一は鼻で笑った。
「笑えないな。しかも"お初"じゃないくせに。用件はなに? 仲間を殺された怨みど
うのこうのなんて、こっちはそんなアフターサービスはやってないぜ?」
「では単刀直入に。あなたの眼球が欲しいのです」
「な、なに?」 
 京一は我が耳を疑った――のではなく、意味を尋ねたのだ。これはまったく人間に
は理解し難い感覚だが、五感が非常に発達している彼らは聞き漏らしや聞き違いなど
なく、「もう一度言ってくれ」という場合は、意味が分からないとき限定だった。
 島原は頷き、
「そのままの意味です。両方とは言いません、右か左の眼球を頂戴したい」
「嫌だよ。さっき頭ぶつけて気が狂った?」
 島原は京一の亀裂の入ったヘッドギアを見て、
「明らかに頭をぶつけたアナタに言われたくはないですね。楠野京一さん」
 なぜ名前を、と京一は訊かなかった。むしろ、やっぱり、という顔をした。
 "頭の件"については勝てないので、京一はこう問うた。
「あのう。まず話し合いをする気にはならない? 襲う前に」
「話し合う前に一発ぶちかましてやろうというわけですよ。あなた方 <STS> もそ
ういうクチでしょう?」
「ジジイの妄言にしか聞こえん。それより、やけにおれのこと詳しいね」
「それほどでも。女性経験がないことも知っていますよ」
「……おれは本気でこの言葉を使う。――殺すぞ、てめえ」
「おおう、反抗期ですね。いえ、それよりも。なにも無償で譲ってくれとは申してお
りません、むしろあなたに有利な、これは取引なのです」
 京一は無言だった。島原はそれを「聞いてやろう」の意と受け取り、続けた。
「片方の眼球と引き換えに、あなたには金と女とさらに義眼を差し上げます」
「金か。……おいくら?」
 島原は三本指を立てた。
 京一は瞬きして、
「三千万か」
「惜しい、桁違い。三億です。一億使ってもまだ二億で、税金に取られないよう、裏
の口座もご用意させていただきます」
「年末の宝くじみたいな話だ。……女というのは?」
 島原はパッと手のひらを見せた。
「五……なに?」
「五軒です。五軒ものソープランドに顔パスで入店可能かつ無料です。あなたも男な
ら一度は憧れる夢でしょう。好きなときに好きなだけ、女を抱けるのです。それにあ
なたは実に美形です、向こうから抱いてくれと頼みに来るでしょう」
 京一は目を閉じ、すぐ開いた。
 そして手を合わせて島原に頭を下げ、
「それより頼む。 <中央区> まで乗せて!」
 島原は天を仰いだ。
2006/12/29(Fri)23:07:01 公開 / LENA
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■作者からのメッセージ
これが2ページ目になります。
ここからようやく本題となっていくわけで、
サブタイトルの「瞳」の意味が分かりかけてくると思います。
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