- 『空が埋まれば』 作者:城 / 未分類 未分類
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原稿用紙約10.25枚
小さい頃から病弱で外の世界を見たことがない、樹理。その女の子の元へ毎日訪れる老人。画家でもないが、病弱で外に出ることが出来ない少女へ毎日日ごとに違う絵をもって行き続ける。ある日空の絵を描くことを約束する老人と少女。そして少女はまた、あの懐かしいノック音が響くのを待ち、老人は空のカケラを片手にノックを響かせるのだ―― 。
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――小さい頃から身体の弱かった私は、いつも四角い籠の中――
きた。今日も、来た。
階段を上がってくる母の足音に耳を澄ませながら口もとが緩む。
今日も、あの人は来たのだ。
あと少し、もうちょっと…
3、2、1――…
「樹理、今日も先生がお見えに…「先生はッ!? 」
いた。
ドアの前にはしわをくしゃくしゃにして微笑んでいる老人。
いつもどおりの少し古ぼけた緑のコートを来て、先生は立っていた。
「やァ、樹理ちゃん。
今日も元気みたいだねぇ」
「はいっ。
今日は何を持ってきてくれましたか? 」
「こらっ樹理!!
先生に物をねだらないの!! 」
「ははは、いいんですよ奥さん」
「樹理ったら…
じゃぁ私はこれで」
「お母さーん、お茶は忘れないでね」
「樹理ッたら!! 」
母が悪態をつくのを見て2人で顔を見合わせて笑う。
部屋から出て行く母を見届け、先生が話し出す。
「それにしても、最近調子がいいねェ」
「先生の絵を見ていると、元気が出てくるのです」
私が満面の笑みでそう答えた途端、先生は照れくさそうに頬をかいた。
「嬉しい事をいってくれるじゃないか。
でももう私も歳だからねェ…長生きは出来ないよ」
「そんな事言ってはいけません!!
先生はまだまだお元気ですよ」
「…そんなやさしいことを言ってくれる樹理ちゃんに、今日もプレゼントだ。
今日のは力作でね」
「う…わぁ」
本当に、綺麗だった。
白い布から露になった大きなキャンバスには、
夏の空を覆い隠すような黄色い花、花、花。
「先生、このお花の名前はなんていうんですか?」
指さした場所を先生が見て微笑む。
「それはねェ、向日葵といって夏によく見られる花なんだよ。
本当に綺麗なんだ」
「…へぇ…」
「いつか一緒に見に行きましょうねェ」
「…!!
はいっ」
私の部屋には窓がない。
光に当たるとダメな身体らしくて、部屋はいつも電気だけの明るさで。
外というものを見たことがない私の部屋には窓はないけれどたくさんの「まど」があった。
その「まど」から見える池の近くのアマガエル。
雪が降った庭、落ち葉が舞う並木道。
そして、青い空に生える向日葵。
たくさんの景色が見えるその「まど」はすべて、先生からの贈り物。
本物の窓のそとは見ることが出来ないけれど、その「まど」から見るいつもの変わらないけし気を私はとても気に入っていた。
「先生、向日葵って何で〔向日葵〕って書くのかしら?」
「この花は不思議な花でねェ…
太陽を求めているのじゃよ。
太陽は東から出て南へ上り西へ沈む。
そして向日葵も太陽が在る方向へと花を開かせる」
「…素敵」
「そうだろう?」
「あたしも、そんな風になれたらいいなァ」
「…なれるさ、きっと」
きっとは絶対とは違うけれど、先生の言うきっとは絶対なのだ。
先生は、今まで嘘なんてつかなかったのだから。
私は、きっとであり、絶対外へ出る事が出来る日が来るのだ。
「さて樹理ちゃん、今度は何を書いてきて欲しい? 」
「…んー…空の絵をたくさん、たくさん、たっくさん描いて欲しい…です」
「ほぉ、何故だい?」
「先生が書いてきてくれたそのたくさんの絵を繋げてみたいのです。
そしてこの四角い部屋の天井に張って、天井をうめてしまいたいのです」
「…じゃぁ、夜の空も昼の空も雨の空も…夏の空も。
たくさんの空があった方が楽しいだろうねぇ」
「無理な…注文でしたでしょうか? 」
先生にあきれられて私の部屋に絵がなくなってしまったら、、 嫌だ。
びくびくしながらたずねた私に先生はいつもの優しい笑顔で
「少し時間がかかってしまうだろうが、いいかい?」
「……」
「ふふ、どんな空が出来上がるか楽しみだねェ」
「……ッ」
「どんな空がいい?ただの晴れた空だけではつまらないだろう。
夕暮れ、雨…なんでも言っていいんだよ」
「…はい、ありがと…ございます」
私はあのとき、本当は…
この空がもう出来上がらない事くらい分かっていた。の、かもしれない。
でもこの空が埋まることを、私は望んでいた。
私の部屋の天井の。
空のピースは欠けたままのカケラだけれど。
いつか空が出来上がるその日を待って。
私は今日も自分のいる四角い籠の中にノックの音が響くのを、待ち続けるのだ。
* * * * * *
――今日も私は描く。
君が何を望んでいるのかを考えながら――
きっと君はドアを開ければ笑顔で迎えてくれるのだろうなァ。
私のきっとは絶対なんだ。
だっていつも貴女と一緒にいるのだから。
それくらい分かってしまうんだよ。
さァて、奥さんがドアを開けたぞ?
どうだ、ホラ、やっぱり、「きっと」だった。
「やァ、樹理ちゃん。
今日も元気みたいだねぇ」
「はいっ。
今日は何を持ってきてくれましたか? 」
笑顔で待っていた君に私も笑顔を向ける。
しばらくすると奥さんは部屋から出て行った。
絵を見せてとせがむ貴女に私は白い布に包まれたキャンバスを持ち上げる。
そして、少し間をおく。
なんていったって今日のは力作なんだ。
タメくらい必要だろう?
本当に本当に、今日のは力作なのだから…
「今日のは力作でね」
「う…わぁ」
ほうら、君なら喜んでくれると思ったよ。
なぜなら君のために描いたものなのだから。
向日葵を、君は知らないと言う。
そんな君と私はきっと外に出て散歩をするだろう。
君は私の「きっと」は「絶対」であるのを知っている。
私のきっとはいつも絶対だからだ。
だから今回もきっとは絶対である。
私たちにはきっと二人で外に出る日が来る。
「さて樹理ちゃん、今度は何を書いてきて欲しい? 」
「…んー…空の絵をたくさん、たくさん、たっくさん描いて欲しい…です」
「ほぉ、何故だい?」
何故だい?
君の発言にはいつも驚かされてばかりだ。
「先生が書いてきてくれたそのたくさんの絵を繋げてみたいのです。
そしてこの四角い部屋の天井に張って、天井をうめてしまいたいのです」
…本当に、不思議な子だ…。
「…じゃぁ、夜の空も昼の空も雨の空も…夏の空も。
たくさんの空があった方が楽しいだろうねぇ」
「無理な…注文でしたでしょうか? 」
はァ…
また君はそんな顔をする。
もう少し甘えてもいいんだよ
もう少し甘えて欲しいんだよ
嬉しくて泣きそうな貴女と約束を交わす。
この絵が完成するまで私が生きていられるかは分からないが、
完成するまで私は死ねそうにない。
きっと魂だけでもこっちに残ってしまうだろう。
だから私は描き続ける。
貴女の部屋の天井の。
空のピースは欠けたままのカケラだけれど。
いつか空が出来上がるその日を夢見て。
私は今日も貴女の部屋へ片手に空のカケラを持ちながら、ノックを部屋中に響かせるのだ。
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2006/12/24(Sun)10:27:02 公開 / 城
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■作者からのメッセージ
初めて投稿しました城です。
はっきりいってまだあまりお話としては出来上がっていませんが、これから色々なお話を書いていい文を出来上がらせていくことが出来たらと思います。
それでは、暖かいご感想をお待ちしております。