- 『雪の世界で、ほんの少しの恋 第1章 <1>〜<5>』 作者:真黒 / ファンタジー 異世界
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全角14781文字
容量29562 bytes
原稿用紙約46.6枚
彼女と初めて出会ったのは、雪の中から目覚めたときだった。雪が白く彩る世界を舞台に、二人が生きていく物語。
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.プロローグ
少し雲がかった冷たい月が、城下の石畳を微かに照らしている。
門前に並ぶ民家の明かりはとうに消えており、風にさざめく木々の音が暗闇に吸い込まれていく。
「暗いな」
門を抜けて程なく進んだ、前庭に並ぶ植え込みの陰。息を潜めて、全身黒に包んだ男が2人、囁く様に会話している。
「見えないのか?」
「いや、見えるさ。むしろ好都合だな」
答えた男がククっと、気味悪く笑った。顔は目以外黒い布で包帯の様に覆われて、表情を伺い知ることはできないのだが。
「今日はツイてる」
「油断するんじゃない。これから近衛兵どもと一戦交えるんだ……まあ、そんな連中は問題じゃないがな」にやにやと笑い続ける男に、もう一人が、諫めるように言う。こちらは顔を隠してはいない。もう相当な年のようだ。声も嗄れている。
「わかっているさ」そう答えて、ゆっくりと身を起こした男は、顔と同様布で覆われた左手をじっと見た。
「ミストの奴と仮面が待ってる。俺の左手が感じるんだ」
言いながら、噛みしめるように手を握りしめた。布越しに見ても分かるほど、その手は異様に大きく膨れあがっている。
「行こうぜ先生。……お姫さんも待っててくれるかな」どこか冗談めかして言う様子を、先生と呼ばれた男は、どこか悲しげに見つめている。
「お前なんか待っているわけ無いだろう。白馬の王子様気取りか」
「茶化すなよ」
玄関を入ると、ロビーには真っ赤な絨毯が、月に照らされ悪趣味に輝いていた。
「仮面の気配は2階からする。急ごう」
一呼吸もかからぬ間に見回りの兵2人の首をはねると、こちらも音もなく兵を締め落とした『先生』に促した。
「急くな。警備の兵が妙に少ない。誘われているぞ……それに、無駄な殺生はよせ」
「俺の勝手だろうが。アイツの考えそうなことだ、馬鹿にしやがって」
そういいながらも、男は、螺旋状の階段を駆け上がる。
やれやれ、と首を振ると、見た目に似合わず俊敏な動きでそれを追った。
「やはり気配が分かるのか?……そのツェ神の左手は仮面を感じるのか?」
さっきよりさらに膨らみを増した左手を目で追う。
「ああ、近づいてみて分かった。さっきから暴れっぱなしで痛いくらいだ……ここだな」
廊下を左に抜けた大きな扉の前で、男は立ち止まった。
「コースケ、もうその顔布はいらんだろう。中にコーディがいたら驚いちまうぞ」
「そうだな。こんなの巻いてたらせっかくのいい男が台無しだ」そう言って頭の後に手を回した。
「減らず口を……」
巻いた布を取り去ると、その下には思いの外、若い青年の顔があった。
黒髪に、憂いを帯びた、深く黒い瞳。顔にはいくつもの切り傷の痕。見たところまだ10代後半と言ったところだが、歴戦の強者の様な雰囲気が、彼には備わっていた。
その時、扉が、彼らを招き入れるように開いた。
ベッドと窓だけがある、殺風景な広い部屋に、白い陶器に目だけ開けた仮面を付けた男が一人。傍らに、まるで眠ったように少女が立っている。不思議なことに、彼女からはまるで生気が感じられない。
「久しぶりだね、コースケ君。となりにいるのはランスさんだったかな?まだ現役だったんだね」
頭の中に直接話しかけてくる様な声。その男、というより仮面から発せられているようだった。声を聞くだけで前身に鳥肌が立つ。
「貴様のような奴がいるのでな。そうそう現役は離れられん……仮面に支配されたか、クズが」
そう答えたランスも、男の声に動揺している。
「支配じゃないさ、共存だよ。仮面も、僕無しでは生きてはいけないさ。コースケ君ならわかるだろう?2人で1つということの素晴らしさ」
ランスと同様、声にフラつくのをこらえてはいるものの、コースケはニヤニヤと笑って答えた。
「その力はお前のものじゃないさ、ミスト。そのくだらん仮面を取って勝負する気もないんだろう」
「挑発には乗らないよ。彼女が見ているからね、僕はいつでも冷静でいられる」
「コーデリアは俺の女なんだがな」
ミスト。そう呼ばれた男が、そっと少女の頬に手をあてると、彼女も恍惚の表情で彼の指先を見つめた。
「見て分かるだろう?もう彼女は君のものじゃないんだよ。」
コースケはあくまで笑いを崩さない。
「いや、分からないね。コーディが今普通の状態じゃないくらい俺にも分かるさ」
「そうかい?仮面を甘く見ない方がいいんじゃないかね」
そう言ってコーデリアを抱き寄せようとした瞬間だった。コースケの左手の包帯が弾け飛び、中から異形の腕が現れた。
「コイツも、どうやらお前にコーディに触れて欲しくはないようだな」
「その汚らしい神の手で、君は彼女を抱きしめるというのかい?」ククッと、ミストがあざけるように笑う。
コースケの左手は、肩から下が茶色く変色し、至る所に血管が浮き出ている。指と爪は異様な程長く、さながら悪鬼のようであった。
「抱いてはやれないが、守ってはやれるさ」
「それはどうかな。まあ、素敵なセリフには違いないがね」ミストが剣を抜く。
それに気付いたランスが、ハッと我に返り、腰の小刀を2本抜いた。
「君から来るか?」
ミストが言うのとほぼ同時に、ギンッと金属の鈍い音がした。
瞬きもしない間に間合いを詰め、斬りつけたのだ。ランスは辛うじて受け止めていた。
「……いや、神様同士の戦いには関わりたくないな。今分かった」弾かれたように間合いを切ったランスが息を乱して答える。
「賢い選択だな、先生。彼女を守っててくれ、可愛い顔に傷つけたら恨むぜ」コースケが言うやいなや左腕をミストに向かって、大砲のごとく叩き付けた。
それを片手で軽くいなして飛び下がると、ミストも言った。
「ああ、そうしていてくれ。じきに終わる。……しかし、ツェ神はせっかちだねえ」
「せっかちなのは俺さ。お前と違ってこの左手は俺の自由だからな」
「仮面を甘く見るなとさっきもいったろう?」
ミストが仮面に手を添えると、スルスルと仮面が顔へと吸い込まれ、やがて消えた。
さっきまでは仮面からのみ感じていた嫌な悪寒が、今はミストの全身から発せられている。
「コースケ君、神にも格の違いがあるということを教えてあげるよ」
「やってみな」
コースケがニヤッと笑うのと同時に、辺りにつむじ風が巻き起こった。風の中心には左腕を繰り出したコースケと、それに拳を合わせたミストがいる。その様子をみてランスが言った。
「俺とはレベルが違いすぎるな。笑いが起こるよ……さて、お姫さんは任せな。コースケ、死ぬなよ」
ランスはコーデリアを素早く抱えると、窓ガラスを吹き飛ばして外へと飛び出した。
「二階だぜ、ここ……。過激な爺さんだな」コースケは拳を合わせながらも笑いを崩さない。
「彼女を逃がしたとでも思ってるのかい? たとえここから逃げ出しても、僕は世界の果てまで彼女を追うよ」
スッとミストが間合いをはずした。
「関係ないね。お前はここで殺す」そう言いながらコースケは腰に刺さった二本の剣を抜いた。
「二刀流かい? 面白い。殺せるものなら殺してみたまえ。私が現役近衛隊長であることをお忘れなく」ミストが愉快そうに剣を構える。確かに堂に入っている。恐らく仮面などに頼らなくても、この男は間違いなく強いのだろうと思われる程だ。寸分の隙もない。
戦いの始まりを告げる、激しい火花が散った。
剣が風を切り裂く音を聞きながら、コースケは、何故か、コーディと出会ったばかりの頃を思い出していた。
.1−1
「そろそろ雪も弱まってきたな」
どこがだ。この大吹雪のどこを指してそう言うのか。
それが僕の素直な感想だったが、二人して雪山遭難している今、下手に反発して喧嘩になるのは得策ではない。
「そうだな、冷え切る前にとっとと動くか」
「だな」
もうとっくに冷え切って感覚のない身体をどうにか持ち上げ、荷物を背負う。
「さ、行きますか。もう少し歩けばこの森も抜けるだろ。見晴らしさえよくなりゃ帰れるって」
そうやって元気づけてくれる友人がありがたい。
「ん?どうしたコースケ?」答えない僕に友人が笑顔を向ける。
「……あ、いや大丈夫。急に立ち上がったから立ちくらみが」
「ジジイか、お前はぁ」
よくもまあこんな状況下で冗談が飛ばせるものか、と感心する。
僕もがんばって凍り付いた顔で笑いかける。
「もう22だからな。年取ったもんだよ」
「同じく。さぁ、気力が残ってるうちに行こうぜ」
「おう」
僕たちは不安を押し隠し、笑い合いながらまた岩陰の外へと出た。
とんだ卒業旅行である。
「金も時間もないし、山でも登りますか」
「ですな」
と軽いノリで登山決行。最初は山岳部のヤツと3人で行くはずだったのだが、直前になって俺達を裏切り、「やっぱ旅行は女とでしょ!」と別のグループへ合流。
持つべきものは友達かな。
こうして素人二人組雪山特攻部隊が結成されてしまったのである。
二人ともこうと決めたら曲げない性格なのが災いして、
「やっぱ雪ひどいし引き返さない?」「ヤバイって寒いって」「おうちに帰りたいよう」「故郷でおっかさんが待ってる」なんて弱気発言がでることはなく、
「やっぱここは頂上までいくでしょ」「っていうか行かなきゃ男じゃないでしょ」「押忍」という勢いだけで、来てしまったのである。
そして二人とも疲労困憊して、さっきの岩陰で、ようやく休戦協定を結ぶに至った、というのが現在の状況。
そして雪の上に俺がぶっ倒れたのがその2時間後である。
完全に足が痺れて立てない。
疲労というか、冷え切ったというか、もうとりあえず立てる気がしない。
とりあえず今大問題なのは、前をいく友人が全く僕に気付いていないことである。
「……ぁ、ぉぃ」声が出ない。微かな声は、完全に吹雪でかき消されてしまう。
どんどん距離が離れていく。このままでは本当に置き去りにされてしまう。
置き去り→寝るな、寝たら死ぬぞ→天国のお祖母ちゃんと再会っていう伝統のパターンは避けたい。
だが、どうにもならない。すでに吹雪に紛れて友人は見えない。
限界かな、とつぶやいていた。
あぁ、僕の人生! 彼女いない歴22年、小さい頃から親に言われるがまま剣道はやってきたけれど、それ以外になんの取り柄もない、お金も無い三流大学生。
趣味はゲーム、読書。日本酒大好き。熱燗飲みたい。寒い。
もっと将来の夢とか色々無かったっけ? 忘れたなあ。疲れたなあ。
雪ってもっと冷たいかと思ってた。暖かい。ぬくぬくの布団みたいだ。
もう寝ようかな、そろそろ深夜だし。明日も朝早いし。
っていうか明日は休みか。することも無いなあ。やっぱ寝るかな。
雪が完全に僕を覆い隠す頃、僕の意識は闇の中に沈んでいった。
.1−2
そして、意識を回復したとき、僕はまず、今死ぬってときにこんな事考えていること自体がだめだろ、と思った。僕の走馬燈ってこんなものですか。
その次に思ったのが、僕の右手を触っているのは誰なのか? ということだった。
まだ目が開かない。意識を右手に集中してみる。
明らかに男の手ではない、と思う。女の子の手なんて握った事は無かったのだが、その手はすごく柔らかく、滑るように僕の手を揉みほぐしていた。
気持ちいい。
どんどんと右手を中心に体中の感覚がよみがえっていく。
「……ん?」
ぴくりと動いた僕の右手に反応して、彼女が言った。
「目が覚めた?」
透き通るような声。
「大丈夫?……目は開く?」
「……どうにか」ぼそりと呟くので精一杯だった。
目を開くと、かがみ込むように僕の様子をうかがう女の子が見えた。
小さな顔に似合わず大きな目。整った顔立ち、というより可愛らしい、といった方が適切だろうか。年はまだ17,8くらいだろうか。
さらりと揺れた髪の毛からいい匂いがする。
「凍傷になりかけてたからね……よかった」
そしてとどめは彼女がにっこり笑った顔。
僕が一撃で恋に落ちたことになんて気付かず、彼女は続けた。
「あ、まだ指は動かしちゃダメ! もう少し暖めないと」
よく見ると、僕の右手はお湯につかっている。確かに指先の痺れた感覚はまだ全然残っている。
「もう少ししたら、ご飯も用意してあるから。喉乾いてる?」
僕がこくりとうなずくと、待ってて、と立ち上がった。
その瞬間、僕は違和感を覚えた。
なんだろう、彼女の格好は? なんというか、民族衣装というか、まず現代人が好んで着る衣服の類ではない。
白を基調とした荒い布で作られた、あまりにも大ざっぱな衣服。確かに彼女に似合っているのだが……。
部屋の中もおかしい。壁は泥で固めたような適当な作りだし、見たこともない形の暖炉がある。
その暖炉の上の鍋から、木で出来ているのだろうか、そんな素材のカップに飲み物を注いで、彼女が戻ってきた。
「…ん? 何? なんか珍しいものでもあった?」彼女はきょとんとしている。
僕は何と言うべきかわからず、黙ってしまった。
「まあ、これでも飲んで落ち着いて。暖まるからさ。あ、右手もう動く?」
「うん…あ、ありがとう」
どうにか感覚の戻った右手で木製カップを受け取る。
カップの中には、白く濁った液体。顔を近づけてみる。
「うわ、これお酒!?」ものすごい強いアルコール臭。
「そうだよ。ウチで造ったお酒。寒いときにはこれが一番だからね」
さあ飲め、と言わんとばかりに彼女がにっこり笑う。
お酒と聞いて多少安心したが、やはりおそるおそる口を付けてみる。
旨い。
というか熱燗。濁り酒、といった感じ。度数は相当強いみたいだけど。
僕は2口目で、ぐいっとカップの中身を飲み干してしまった。
「えぇ? 一気に飲んだの? 大丈夫?」
胸がカッと熱くなって、まだぼんやりとした意識が急激に引き戻される。
「大丈夫。あー、効いたぁ……」どうにかまともに喋れた。
「お酒強いんだね……。ウチのお酒はみんなかなり酔っぱらうのに」
ほんとに驚いたようだ。
「元気になったみたいね。よかった」
改めて見ても、彼女は不可思議な格好以外は、ものすごく可愛い。
だが、見とれる前に、聞かなきゃいけないことがある。
「ここは? 君が助けてくれたの?」
彼女はうーん、と少し考えてから答えた。
「私があなた運べるワケないでしょ。見つけて、ここに連れてきたのは、お父さん」
そして、彼女は好奇心全快、といった感じで聞いてきた。ここはどこ?という僕の質問は完全に無視されたようである。
「ねえ、君。君ってやっぱりフィー国軍の人?」
「は?」
フィー国軍って……ていうかフィー国って?地球にあったっけか?
いや、一応センター試験は地理とったし、そんな国は無かった気が…。
そもそも俺って日本人顔じゃないのか?金髪ウェーブにブルーの瞳になった覚えはないんだが。っていうかちょっと待て。もしかしたらものすごい不思議ちゃんに助けられた可能性もある。
「違うの?最近この辺フィー国軍がうろついてるってお父さんが言ってたから」
彼女が首を傾げる。
なるほど、もしかしたら僕が寝ている間に日本はなかなか物騒な国になったのかもしれない。とりあえず落ち着こう。
「いや、僕はただ卒業旅行に……」
「卒業旅行?……あぁ、国立のアカデミアの人か。確かに、軍人って感じじゃないわね」
アカデミアって…。それに僕の大学は私立だ。間違っても国立に受かるような頭脳はない。
「でも、聖地に旅行に来るなんて……変よね。調査とかじゃなくって?」
また不思議ワードが出た。よし、この子は不思議ちゃんだ。間違いない。
「ねえ、君、名前と階級は?」
ふーっと、深い息を吐いて落ち着いた。よし、いくら不思議ちゃんだろうと、可愛い子には違いないんだ。ここは紳士的に。
「僕はコースケ。階級とかはよくわかんないんだけど……君の名前は?」
「コースケ?変な名前ね。私はコーデリア。みんなはコーディって呼ぶ。階級はね、巫女よ」
「そっか。巫女さんなのか」
あれ?といった顔で彼女がポカンとする。
「巫女って聞いて驚かないんだ。なんか嬉しいね。この階級だけでみんなびっくりしてなかなか仲良くなれないんだけど……」
ちょっと喜んだ彼女をみて、僕は事情がよく分からなかったけど、とりあえず嬉しかった。
「別に巫女さんやってても驚かないけど……コーディ、でいいのかな?ここってどこなの?」
「あ、ああ。ここはね、聖地の守り人の村よ。特に名前は無いけど」
うんうん。落ち着け。
「フィー国に帰りたいんだったら、ちょっと待たないとなぁ……、まだ吹雪止みそうにないから、まだ山は降りられないと思うよ」
僕は日本に帰りたいんだけどね。まあ、山には詳しそうだし、帰りは心配なさそうだな。
そこで、はっと気がついた。
「ねえ、僕のそばにもう一人いなかった?僕の友達なんだけど」
「……ごめんね、見つけたのはあなた一人だったみたい」
本当に申し訳なさそうに彼女は答えた。
僕はがっくりと肩を落とした。
いや、きっとあいつなら、一人ででも何とか帰ってるはずだ。
僕を捜してなんかいないで、きっと、無事に帰っているはず。
そう思うことにしよう。
「そろそろお父さんが会議から帰ってくるはずだから、何か聞いてるかもよ。……きっと大丈夫。あなたも弱ってるんだから、まずは元気出そうよ、ね?」彼女が優しく言ってくれた。
「うん……、ありがとう」
見たとこ年下の女の子に慰められるのは何とも情けないけど、それでも本当に今の弱った僕にはありがたかった。
その時、玄関だろうか、ドア、というより扉が、ズルズルと開いた。
.1−3
ぱん、ぱんと雪を払う音がした。吹雪はやはりまだ続いているのだろう。冷たい風が部屋の中に吹き込んでくるのを感じる。
「あ、お父さん帰ってきたみたい」
彼女は座ったまま玄関に向かって、おかえりなさい、と声を掛けた。
可憐な彼女の父親だ、僕は線の細い、華奢な感じの男性を想像したのだが……。
「ただいま、コーデリア。……ああ、君も気がついたか。大丈夫かな?」
クマ。Bearである。
かのどう猛なグリズリーもこうはあろうか、という巨大な体躯をきしませて、ノシノシと歩いて近づいてくる山男が、どうやらコーディの父親らしい。
「……あ、あ。おかげさまで、大分落ち着いてきました」
実際はお父さんの登場であまり落ち着いてなどいないのだが。
「それは良かった。雪に埋もれた君を踏んづけなかったら、危なく見過ごすところだったよ」冗談めかしてハハッ、と笑う。踏んづけたんですか。
にゅっ、と大きな手が出てきて、握手を求めてきた。
「ベアといいます。階級は神官を務めております。あなたは?」
何ともイメージ通りな名前である。アニマルな一家だ。
「コースケさんだって。アカデミアの学生さんらしいよ」
彼女が僕らに割り込むように答えた。あんまり落ち着きは無い方らしい。
「コースケさん?変わったお名前ですね。アカデミアの学生さんということは、調査旅行か何かで?」
「あ、はい。そんなところです」
もう面倒くさいので、適当に答えてしまった。
「そうですか。まあ、何にしろ命拾いされましたな」
またガハハと笑う。割と人なつっこいクマである。
僕の持ったカップをん?とのぞき込んだ。
「ほう、娘の造った酒を飲みましたか……。あれは旨いんですが、なかなか強くてね」
いける口みたいですな、と暖炉から鍋ごと持ってくる。
あの、お酒コーディが作ったのか。意外だな。
台所からカップを取り出してきて、自分と僕に改めて濁り酒を継ぎ足す。
「死んだ家内の仕込んだ酒はもうちょっと飲みやすかったもんですがね……まあ、とりあえず無事を祝して乾杯しましょう」カチッとカップを合わせた。
「いただきます」ごくっと一口飲んだ。確かにアルコールはきついが、僕はすでにこのお酒が気に入っていた。
「まあた、そうやって私のこと馬鹿にして……コースケさんは私のお酒、嫌い?」
ちょっとふくれてコーディがこっちを見る。
「いや、おいしいよ。すごく暖まる」
「でしょ?ま、でも実際お母さんにはかなわないんだけどね……」
とはいいつつも嬉しそうに笑う彼女に、僕はほんとにおいしいよ、と付け加えた。
「そりゃあ、良かった。この辺りでは、酒は各家で仕込んでるんで、ウチのお酒を気に入っていただけてなによりですよ。コースケさん、お食事はできそうですかな?」
ベアさんが答えた。
コーディ仕込みのお酒ですっかり暖まった僕は、言われてからお腹がすいていることに気付いた。確かに外は真っ暗で、夕食時、といった感じである。
「はい、そこまでお世話になってよろしいんですか?」
「もちろんもちろん。困ったときはお互い様ですから、気を遣わずゆっくりしていってください」
紳士的なベアさんの態度に、心の中で、さっきクマと思ったことを申し訳ないと思った。
「コースケさん、ちょっと待っててね。すぐ準備するから」コーディがパタパタと台所へ走っていった。
とりあえず、食事中にしゃべるのは万国共通で不作法のようだ。とりあえず、今はこの沈黙がありがたい。
コーディの作った干し肉入り(何の肉かはよくわからないが)スープをすすりながら、今現在の状況を頭の中で整理してみる。
僕が雪山の中で遭難したこと、そしてベアさんに助けられたこと、それは間違いない。
だが、気を失っている間に、何が起きたのだろう。
色々なパターンを検討してみる。
その1。助けられたのはいいものの、みんなで僕を騙してからかっている。良識のある大人がこんなコトするとは考えづらいか。
その2。まだ夢の中にいる。……ってことは死ぬのはもうすぐだろうな。まだ雪の中だろうし。まあ、助けられたけど、まだ寝てるって可能性もあるからな。でもこんなはっきりした夢って見るのだろうか?
その3。あんまり考えたくないが寝てる間に異次元にワープ。あるいはタイムスリップ。不思議の世界へ紛れ込んだとさ。却下。
……と、却下してしまいたい案だが、このイヌイットみたいな格好をした山男に、民族衣装の美少女、そして今の時代に保存食は缶詰ではなく、干し肉。ストーブではなく暖炉。神官、巫女、フィー国軍などという不思議ワード。
これらから考えるに、なんとも絶望的な案その3が却下しがたい。
まあ、面倒くさいことはとりあえず、後から考えよう。
食事を終えたあと、僕は気になっていたことをベアさんに聞いてみた。
「あの、僕が倒れてた辺りに、他に誰かいませんでしたか?」
少しの沈黙の後、申し訳なさそうに彼が言った。
「……すまない、見つかったのは君だけだったよ。ご友人か?そとはひどい吹雪だが、私も無事を祈るよ」ベアさんが頭を下げた。
「そうですか……いえ、あいつならきっと無事に帰ってますから。ありがとうございます」
またさらに長い沈黙。
「ねえ、もう夜だし。コースケくん休んだ方がいいんじゃない?まずは君が元気にならなくちゃ、ね?」
コーディが励ますように言ってくれるのが嬉しい。確かに、さっきまで寝てたというのに体はボロボロに弱っているのが分かるくらいだ。
「ああ、そうだ。さっきの会議でね、君はウチでしばらく預かることになったから。とりあえず部屋もベッドも空きがあるし、とりあえず今日は休むといいよ」
なるほど、僕のための会議だったのか。そういえば、聖地とかいってたし、部外者の進入は町を騒がせたのかもしれない。
「……お言葉に甘えさせていただきます」
コーディに案内してもらった部屋は、なんだか長い間使った形跡がなく、もしかしたらここはお母さんのいた部屋なんじゃないだろうか、と思った。だけど、それを聞くのは何だかためらわれた。
「それじゃ、コースケさん、おやすみなさい。元気出してね?」
コーディが微笑みかけてくれた。
女の子におやすみなさい、と言われるのも、1つ屋根の下で寝るのも初めてだというのに、僕はどうなってしまうんだろう、という不安が、そんな喜びも全部覆い隠してしまっていた。
思いの外ふかふかのベッドに横たわると、僕は考えるまもなく眠りについてしまった。
.1−4
「コースケ君、起きて! お父さんが呼んでるの」
女の子に起こされるというのはいいものだ。
だけど、俺が女の子に起こされるわけがない。まだ夢の中だな、うん。
「ちょっと、起きなよ! 遭難者がもう一人見つかったらしいのよ!」
ん、遭難者か……。それは俺のことだろ。まだ寝かせてくれよっ……てっ!?
「え、見つかったって!?」
布団をはね飛ばすくらいの勢いで起きあがった。
「そ。目は覚めた?案外ねぼすけさんだねー、君って」
僕の狼狽ぶりに、コーディがクスクス笑っている。
「ご、ごめん……。あれ、昨日と大分服が違うね?」
あの適当極まりない衣服と違い、今日は絹のようなつるつるした素材のローブを羽織って、中には不思議な刺繍の入ったワンピースを着ている。ローブにふんわりかかった彼女の髪が朝日に照らされるのを見て、僕は今更ながらそれが輝くような綺麗な茶髪であることに気付いた。
なんというか、溜め息が出るほど綺麗だ。全然不思議少女と言う感じはしない。さすが巫女さんをやっているだけある。立ち姿にも風格がある。
僕の遠慮ない視線を気にせず、彼女は言った。
「ああ、昨日のは部屋着よ。今日はこれからコースケ君を連れて議事堂に行かなきゃいけないから、巫女の正装着ていくの」
「へぇ……。あ、そう言えば、見つかったんだって?」
「うん。なんかね、フィー国軍の人らしいよ。今お父さん達が話を聞いてる」
ささやかな希望は一瞬でうち砕かれた。僕の友人には軍人もいなければ、異世界人もいない。
「そっか……。でも軍人なら僕の友人じゃないね。あいつも大学生だから」
気付くと、責任を感じてしまっているのだろうか、僕より彼女の方がしょんぼりしている。あわてて付け加えた。
「い、いや、でももしかしたら何かあいつの手がかりを持ってるかもしれないし、とにかく連れてってくれる?」
そうだね、と言う感じで彼女がうなずいた。
「あ、コースケ君の服もね、そこに出して置いたから、着替えてくれない? 今みたいな変わった服だとみんなびっくりするからさ」
まあ、僕はジーンズにネルシャツという貧乏学生には一般的な服だったが、とりあえず彼女の言うことに従うことにした。
「私向こうにいってるから、着替えたら呼んでね」そう言ってくるりとローブの裾をたなびかせて、居間の方へと彼女は行ってしまった。
ベッドから出ると、大きく欠伸と伸びをした。手足の先まで血が行き渡るのを感じる。
窓から外を見る限り、吹雪は止んだようだ。これなら山を降りられるのも時間の問題だろう。まあ、降りたところに住んでた街がある確率は割と低い気がするが……。
いや、色々考えたいことはあるが、とりあえず女の子を待たせるのは得策じゃないな。さっさと着替えよう。
とりあえず、彼女の置いていった服を広げてみる。
片方は暖かそうなローブだが、こっちは……。
「道着とハカマじゃんか」思わず呟いた。
袴ならではのスカートみたいな折り目はないものの、股下で分かれた構造や、腰板といい、やっぱりほとんど刺繍の入った白いハカマにしか見えない。上も、合わせの部分が少し違っているが、見た目は白い道着だ。
文化圏は日本と近いのか?着付けはそのまんまでいいのかな?などと頭の中は疑問だらけだったが、とりあえずさっさと着てみた。一応、小、中、高と剣道をやっていたので馴れたものだ。ハカマ?を履くのは4年ぶりだったがとりあえずなんとか格好にはなった、と思う。
寝癖が気になったので、考えたあげく、窓の外から少し雪をとって、手のひらで溶かして、髪を後に撫でつけた。まあ、なにもしないよりましだろう。
「一応着たけど変じゃない?」
ドアを開けて居間をのぞくと、暖をとっていたコーディが振り返った。
「うん、早かったね……あっ?」
彼女が突然下を向いてしまったので、僕は立ち止まった。
「え? どうかした? やっぱどこか変?」
やっぱ適当はまずかったかな。
けど、コーディはふるふる、とうつむいて首を横に振っている。
「え?遠慮しないで言ってくれていいよ。すぐ直してくるから」
「……いや、そうじゃなくて」
「?」
思い切ったように顔をあげて彼女が言った。
「すごく……似合ってるじゃん、コースケ君。うん、馬子にも衣装だねっ」
初対面の人間に使うことわざじゃないだろう。っていうか、ことわざあるのか。まあ、あるよな、日本語通じてるわけだし。
「うん?あ、ありがと」
訳の分からない彼女の態度に混乱したが、とりあえず当たり障りの無いよう礼をいった。
「さ、準備も出来たし、行きましょうか!」
外の光景に、いろんな意味で、僕は絶句した。
いい意味から検討するなら、こんな綺麗な景色を、僕はいままでテレビですら見たことがなかった。空には一点の曇りもなく、家の周囲に広がる雪原はきらきらと輝き、向こうの崖の下には、一面の針葉樹林が広がっている。
悪い意味では、明らかにここは僕の知っている日本とは違うということだった。まあ、この辺の事情はもうすでに少し諦めかけていたところだったが。
僕たちは、とりあえず彼女に促されるままに、深い雪をかき分けて、議事堂へと向かった。
.1−5
ほんの10分も歩くと、ちらほらと民家らしき建物が見えてきた、
と言っても、煙突と、少し雪の片づけられた玄関が見えるばかりである。
この辺りの家は、どうやらみんなドーム状になっていて、雪下ろしなどしなくても押しつぶされないようになっているようだ。
……かといって、雪かきをしないのはどうかと思う。
前をゆくコーディは、カンジキ、とでもいうのだろうか、底が異様に広くなったブーツを履いていて、雪原をすいすい歩いていく。
僕は自前のトレッキングシューズが見えなくなるくらい足が埋まり、一歩一歩歩くので精一杯だ。大分息も切れてきた。男としてはここで泣き言を言うわけにはいかないが。とりあえず疲れる。
「コーデリア様、おはよう」議事堂と思しき大きな建物のそばにさしかかったとき、外で遊んでいた子供の一人が声をかけてきた。
コーデリア様……?こっちでは巫女さん、ってのはそんなに偉いんだろうか?
「おはよう、リュウ君。お母さんのお手伝いはいいの?」
作り笑顔という感じはしない、感じのいい心からの笑顔で、コーディが答えた。
「うん、今日は雪が深いから、子供は狩りに来ちゃダメだっていわれた……」
いいながら、気になるのか汗だくで肩で息をしている僕の方をチラチラ見てくる。そんな不審な目で僕を見ないでくれ……。
「あ、この人はね、昨日の遭難してた人よ。アカデミアの学生さんで、コースケ君」
「どうも」僕は完璧に作り笑いで話しかけた。
「コーデリア様、これから議事堂へ?」無視された。
「うん、コースケ君をつれて来てって言われてるのよ。さっきリュウ君のお母さんが行きがけに声をかけてくれてね」
じゃあね、と手を振ると、僕をあくまで不審な目でじろじろ見ながらリュウ君は走り去っていった。まあ、よそ者には普通こんなもんなんだろう、と思うことにした。
「さ、あれが議事堂よ。お父さん達が中で会議しているはず」
元気いっぱいのコーディと違って、靴がびしょびしょで心が折れかけていた僕は、とりあえず、ほっとした。今度外に出るときは靴を借りよう。
ドアを開けると、ロビーにいた女の子が振り向いて、甲高い声をあげた。
「あれ、コーデリアじゃん? 何? あ、もしかしてそれが遭難してたっていうアカデミアの人?」
元気娘は苦手だ。とりあえず走って近づいてくる彼女から隠れるように、コーディの後に立つ。
なんだ、コーデリア様なんて呼んでないじゃん……。もしやコーディ子供達のカリスマ?んなわけないか。
コーディも嬉しそうに、ぶんぶん手を振って答える。
「エスぅ、久しぶりー!! しばらく吹雪いてたから会えなかったもんね。元気してた?」
「あったりまえじゃん。……あら、君結構可愛い顔してんのね。良かったじゃん、コーディ。うりうり」肘でコーディの横っ腹をぐりぐりしている。
やっぱり、苦手なタイプだ。
エスちゃんだっけ?まあ、短めの髪が元気な感じにすごく似合ってて、可愛いっちゃ可愛いんだけどなあ。こんなやつってやっぱどこにでもいるのか。
「な、何いってんのよ! エスってばまたそうやって……」
コーディがちょっと照れている。というか困っていると言った方が適切か。やれやれ。
「いいのよいいのよ。あ、コースケ君だっけ? さっきベアさんから聞いたんだけど。コーディはねえ、男の人にあんまり免疫無いから、コトを進めるときは慎重にね!?」
コトってなんだよ。俺が答えに詰まっていると、顔を真っ赤にしたコーディが言った。
「もうっ!コースケ君、さっさと行きましょ!お父さん待ってるから」
「はいはいー、巫女様とそのお連れが入られます、っと」へへっと笑いながらロビーから議会への扉を開けた。どうやらこれが彼女の仕事らしい。
扉を支えるエスちゃんをすれ違うとき、彼女が僕にだけ聞こえるようにそっとささやいた。
「コーディ可愛いでしょ?頑張りなさいよー」
慌てて振り返ると、エスちゃんがパチっとウインクしてきた。
やっぱりこの子苦手だ……。
「巫女様、ようこそいらっしゃいました。……君がコースケ君だね?まずは掛けてくれるかな」
そう言ったのは、円卓の向こう側にすごく威厳たっぷりのおじさん。多分この人が議長なのだろう。こんな人に巫女様、って言われるくらいだ。やっぱりコーディはここでは相当偉いのかもしれない。
その横にベアさん。彼も他の人と同じように、昨日のイヌイットスタイルではなく、ローブを羽織った今の僕の様な格好をしている。まあ、サイズはずいぶん違うのだが。
そしてその他に2人、お爺さん。背筋がピンと伸びた白髪が一人。もう一人はマスターヨーダみたいな魔法使いみたいな人だった。
「さっ、コースケ君、座ろ?」ぼーっとしていたところをコーディに促されて、慌ててイスを引く。
「君も入るといいよ、ミスト君」議長?が後の扉に向かって声をかけると、一人の男性が入ってきた。
なんというか、背筋のまっすぐな伸び具合と言い、帯刀していることといい、おそらくもう一人の遭難者、フィー国の軍人というのは彼のことだろう。
「失礼いたします。……お初にお目にかかります、巫女様。私はミスト、階級は宮廷騎士です。以後お見知り置きを」人に無視されるのは今日は二度目である。
何というか、異常に眼光が鋭い。年は僕と近いだろうが、エスちゃんより、もっと友人になれる気はしない。
「コーデリアと申します。宮廷騎士ということは、国王直属の……?」
気付くと、コーディの顔色が悪い。何か国王様と因縁が?コーディ偉いみたいだしな。あってもおかしくないんだろうな。
「はい。ここには国王様の命で伺いました」
「だ、そうだ。用件は察しがつこう……。よくもまあこんなところまで」
向かいの議長らしいおじさんが口を挟んだ。
「まあ、それは後にして、と。とりあえずミスト君も掛けなさい……失礼、コースケ君。自己紹介が遅れたね。私はジエンという。階級は修道士だが、一応この村では議長をまかされている」
「どうも、初めまして。コースケといいます」
やっと話を振られたのはいいものの、全員の視線が僕に集中して緊張する。
「ベアの紹介はもういいだろうな。そちらの二人は、君から見て手前側がスプー、奥がキリンという」二人が軽く頭を下げた。
なるほど、魔法使いがキリンさんで、白髪のおじいさんがスプーさん。
僕もぺこりと頭を下げる。
「二人とも階級は騎士で、村の守護を担当している」
騎士って……まあ片方は間違いなく。ジェダイの騎士なんだろうが、こんなお爺さんで村を守れるんだろうか??
「さて、紹介も終わったし、本題に入ろうか」
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2006/12/13(Wed)17:42:32 公開 / 真黒
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■作者からのメッセージ
投稿二作目です。真黒といいます。
自分自身初の長編ファンタジーです。どんどん追加していきます!
拙い部分ばかりですが、たくさんの方に読んでいただけると嬉しいです。
今回の更新で、二度目のタイトル変更、ヒロインの名前変更、プロローグの追加と、全く読者に優しくない感じです(^^;)すいません……。
また、辛口で構いませんので、コメントいただけたら嬉しいです。ではm(__)m