- 『花畑の記憶』 作者:真黒 / ショート*2 恋愛小説
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原稿用紙約5.5枚
僕の思い出をたどっていくと、なぜだかいつもここに終着する。2つの記憶が交錯する、暖かい花畑で。
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街から30分位郊外へ車を走らせると、森がある。
さらに林道を抜けたところに、花畑が広がっている。
脇道につけた車から、思いの外しっかりとした足取りで彼は降りてきた。
「……いい風。気持ちいい」
外出用にあつらえたトレーナーとジーンズは、この季節には暑すぎる気もしたが、彼は 本当に気持ちよさそうだった。
「大丈夫か?」
「大丈夫。体が大分軽いみたいだ……父さん」
僕の問に少しはにかんだように答えると、花の中に力無く寝そべった。
「おい、そんなコトしたら、虫が……」
「全く、過保護だなぁ。……うーん、暖かいし、それに、いい匂い」
彼は楽しげにくすくすと笑う。
もっと早くに連れてきてやれば良かった、と思う自分に驚いた。そんなことは不可能だったのに。
だが、そう思ってしまうのも仕方がないかと思う。
初めて病室の外に出た彼に見せるには、おあつらえ向きのいい天気だ。
空の青さは透き通るほどだし、強い日差しが2人に濃い影を落としている。
花は穏やかに、彼を迎え入れるかのように鮮やかに輝く。
「ねえ、父さん」
僕は、太陽の眩しさに目を細めつつ、彼を見た。
「母さんと来たことあるの?ここ」
言われるまでもなく、思い出していた。
「……ああ、母さんとはデートなんてあまりしなかったんだけどね」
少し、深く息を吸い込んでみた。
「でも、ここには何度も来たよ。母さんもそうして、寝ころぶのが好きだった」
「あの人のね、子供がお腹にいるのよ。だから、多分あなたの気持ちは受け入れられない気がする」
僕は俯くようにして、大の字で花に埋もれる彼女を見た。
「あいつが死んだばかりなのに、こんな事を言う俺を、ダメな奴だと思う?」
「ううん。あなたの気持ちはしっていたから、そんなことないよ。今は支えになってくれることが素直に嬉しいかな」
彼女はよく笑う。
夏の日差しに彩られた花の中でも、彼女は一際綺麗だった。
「好きって言ってくれたこともね」
「前も似たようなことを言われたな」
「あれはねぇ、あなたが言い出せなくてウジウジしてるから、先にお断りしたまでよ」
「進歩した?」
彼女はくすくす笑って答えた。
「前は好きの『す』の字も言えなかったからね。大進歩じゃない?」
僕もがっかりしたように笑って見せた。
「あれは、君が言わせなかったんだろう」
「あなたは昔っから、すぐ顔に出るから」
困ったような僕の顔を見て、また彼女は笑う。
「……今は俺、どんな顔してる?」
彼女が立ち上がって、一瞬間が空いた。
「フラれた顔。泣きそうね」
「……かなわないな」僕はわざとらしく肩を落としてみせた。
「帰りもお送りしますよ、お母さん」
その時、突然彼女が僕の手を取って、お腹の上にそっと重ねた。
からかうように笑う彼女が何を考えていたかなんて、僕は今も昔もよく分からない。
「……ねえ、それでも、私と同じくらいに、この子のこと愛してあげられる?」
「君にそっくりならね」
僕は意外と落ち着いてそう答えた。そしてそのまま引き寄せて、彼女を抱きしめてみた。
「きっと似てるわよ」僕の肩に顔を埋めるようにして彼女は続けた。
「だって、男の子は母親に似るものだから」
もう、10年も前のことだ。
帰り際、彼が思いきったように聞いてきた。
「……お父さん、僕を産んで、お母さんが死んだとき、悲しかった?」
何時の間に、彼はこんな大人びた表情を覚えたのだろうか。
「いいや、ちっとも」
僕はこの質問には、答える準備はずっと前から出来ていた。
「どうして?」きょとんとした顔で、彼は尋ねた。
当然のように僕は答えた。
「お前がお母さんそっくりだからさ」
彼が亡くなった後も、僕はよく花畑に来る。
だが、まだ花の中に寝ころんでみたことはない。
3人で来るまでとっておこうと思っていたから、できずにいるだけなのだが。
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2006/12/10(Sun)14:37:20 公開 / 真黒
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■作者からのメッセージ
突然夢で見た光景をそのまま書いてみたら、こういう小説になりました。
みなさんの意見を参考に少しだけ推敲してみました……?ほんと、二言三言なんですが、前よりは読みやすくなってるかな、と自分では思っています(^^;)
ほんとうに拙い文章ですが、お読みいただけたら幸いです。
よろしかったら是非感想お願いしますm(__)m真黒でした。