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『花畑の記憶』 作者:真黒 / ショート*2 恋愛小説
全角1624.5文字
容量3249 bytes
原稿用紙約5.5枚
僕の思い出をたどっていくと、なぜだかいつもここに終着する。2つの記憶が交錯する、暖かい花畑で。
 街から30分位郊外へ車を走らせると、森がある。
 さらに林道を抜けたところに、花畑が広がっている。
 脇道につけた車から、思いの外しっかりとした足取りで彼は降りてきた。
 「……いい風。気持ちいい」
 外出用にあつらえたトレーナーとジーンズは、この季節には暑すぎる気もしたが、彼は  本当に気持ちよさそうだった。
 「大丈夫か?」
 「大丈夫。体が大分軽いみたいだ……父さん」
 僕の問に少しはにかんだように答えると、花の中に力無く寝そべった。
 「おい、そんなコトしたら、虫が……」
 「全く、過保護だなぁ。……うーん、暖かいし、それに、いい匂い」
 彼は楽しげにくすくすと笑う。
 もっと早くに連れてきてやれば良かった、と思う自分に驚いた。そんなことは不可能だったのに。
 だが、そう思ってしまうのも仕方がないかと思う。
 初めて病室の外に出た彼に見せるには、おあつらえ向きのいい天気だ。
 空の青さは透き通るほどだし、強い日差しが2人に濃い影を落としている。
 花は穏やかに、彼を迎え入れるかのように鮮やかに輝く。
 「ねえ、父さん」
 僕は、太陽の眩しさに目を細めつつ、彼を見た。
 「母さんと来たことあるの?ここ」
 言われるまでもなく、思い出していた。
 「……ああ、母さんとはデートなんてあまりしなかったんだけどね」
 少し、深く息を吸い込んでみた。
 「でも、ここには何度も来たよ。母さんもそうして、寝ころぶのが好きだった」


 「あの人のね、子供がお腹にいるのよ。だから、多分あなたの気持ちは受け入れられない気がする」
 僕は俯くようにして、大の字で花に埋もれる彼女を見た。
 「あいつが死んだばかりなのに、こんな事を言う俺を、ダメな奴だと思う?」
 「ううん。あなたの気持ちはしっていたから、そんなことないよ。今は支えになってくれることが素直に嬉しいかな」
 彼女はよく笑う。
 夏の日差しに彩られた花の中でも、彼女は一際綺麗だった。
 「好きって言ってくれたこともね」
 「前も似たようなことを言われたな」
 「あれはねぇ、あなたが言い出せなくてウジウジしてるから、先にお断りしたまでよ」
 「進歩した?」
 彼女はくすくす笑って答えた。
 「前は好きの『す』の字も言えなかったからね。大進歩じゃない?」
 僕もがっかりしたように笑って見せた。
 「あれは、君が言わせなかったんだろう」
 「あなたは昔っから、すぐ顔に出るから」
 困ったような僕の顔を見て、また彼女は笑う。
 「……今は俺、どんな顔してる?」
 彼女が立ち上がって、一瞬間が空いた。
 「フラれた顔。泣きそうね」
 「……かなわないな」僕はわざとらしく肩を落としてみせた。
 「帰りもお送りしますよ、お母さん」
 その時、突然彼女が僕の手を取って、お腹の上にそっと重ねた。
 からかうように笑う彼女が何を考えていたかなんて、僕は今も昔もよく分からない。
 「……ねえ、それでも、私と同じくらいに、この子のこと愛してあげられる?」
 「君にそっくりならね」
 僕は意外と落ち着いてそう答えた。そしてそのまま引き寄せて、彼女を抱きしめてみた。
 「きっと似てるわよ」僕の肩に顔を埋めるようにして彼女は続けた。
 「だって、男の子は母親に似るものだから」
 もう、10年も前のことだ。


 帰り際、彼が思いきったように聞いてきた。
 「……お父さん、僕を産んで、お母さんが死んだとき、悲しかった?」
 何時の間に、彼はこんな大人びた表情を覚えたのだろうか。
 「いいや、ちっとも」
 僕はこの質問には、答える準備はずっと前から出来ていた。
 「どうして?」きょとんとした顔で、彼は尋ねた。
 当然のように僕は答えた。
 「お前がお母さんそっくりだからさ」
 

 彼が亡くなった後も、僕はよく花畑に来る。
 だが、まだ花の中に寝ころんでみたことはない。
 3人で来るまでとっておこうと思っていたから、できずにいるだけなのだが。
2006/12/10(Sun)14:37:20 公開 / 真黒
■この作品の著作権は真黒さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
突然夢で見た光景をそのまま書いてみたら、こういう小説になりました。
みなさんの意見を参考に少しだけ推敲してみました……?ほんと、二言三言なんですが、前よりは読みやすくなってるかな、と自分では思っています(^^;)
ほんとうに拙い文章ですが、お読みいただけたら幸いです。
よろしかったら是非感想お願いしますm(__)m真黒でした。
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