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『NOIRという犬』 作者:snowstorm / ショート*2 未分類
全角4401文字
容量8802 bytes
原稿用紙約16.8枚
春。

ぼくが小学校にはいったばっかりのときお父さんが、まっ黒で、大きな犬を連れてきた。

どうして犬がぼくの家に来たの?
ぼくは何度もお父さんに聞いたけれど、お父さんの答えはそのたびに少しづつ違っていた。

ぼくは考えるのがにがてだったので、名前は見た目どおりに、『クロ』にした。

クロはそのとき7さいで、ぼくよりひとつお兄ちゃんだった。

ぼくは『ひとみしり』をする子だったので、学校ではまだ友だちが出来ていなかった。

帰るときも、休み時間も、給食の時間もひとりだった。

お母さんはよく、
お友だちはいっぱいいたほうがいいのよ
と言ったけれど、ぼくはみんなが遊んでいるところにはいっていけなかった。

でも、クロとはすぐに友だちになれた。

クロは会うなりすぐにぼくの顔をぺろぺろなめてきた。

最初ぼくはおどろいて目を丸くしていたけど、クロが笑っているのに気づいたら、ぼくもいつのまにか声を出して笑っていた。

それからはクロがただ一人の友だちになった。


ぼくは学校から帰ってくると、夜ごはんまでずっとクロと遊んでいた。

クロはほんとうに大きくて、ひとつ間違えたらぼくは踏み潰されてしまいそうなくらいだった。

でも決してクロはそんなことをしない。

クロはいっぱいはしゃいだけれど、ちゃんとぼくのことを考えてくれていて、踏まれたことなんて一度もなかった。


クロはぼくと遊ぶ時、いつも笑っていた。
ぼくもクロと遊ぶ時、いつも笑っていた。


学校のさくらはふつうの木になって、ぼくは半ズボンをはくようになった。

この頃、初めてぼくに友だちが出来た。

ぼくがクロのさんぽをしていた時に、その友だちは庭のえんがわから一人でスイカの種とばしをしていた。

同じクラスのけん君だった。

おまえ犬飼ってたのかぁ。かっこいいなぁ!
けん君はそう言って、はだしのままこっちに駆け寄ってきた。

クロは愛想よく笑って、なでられるままにしていた。

そのあとぼくはクロと、けん君といっしょにさんぽをした。

こうえんでクロをはなして、けん君とブランコで遊んだ。

そのときクロは草むらにおとなしく座って、見守るような、お母さんのような目をしてぼくらを見ていた。

また遊ぼうな!
家に帰るとき、けん君はそう言ってくれた。


学校の帰り道にあるイチョウが黄色くなり、ときどきはなの奥がつんと冷たくなるような風がふくようになった。

この頃、ぼくとクロはあたらしい遊びをするようになった。

ぼくの家の前を焼いもやさんが通ったときだった。

わふっ!わふっ!
クロは大きな声でなきはじめた。

いままでクロがないたことなんてなかったから、ぼくは怖くて泣いてしまった。

ぼくがお母さんになぐさめてもらっていると、クロは寄ってきて
ごめんね
といった顔をしてぼくの涙をぺろぺろとなめた。

けれども次の日、またもや焼いもやさんの笛のおとがするとクロは
わふっ!わふっ!
と大きな声でないた。

だけど、ぼくは泣かなかった。

クロにはそうゆうくせがあるのよ
きのうお母さんがそう言っていたからだ。

しかたがないことなんだ。

次の日も、また次の日も、クロは大声でないた。

何回も聞くうちに、だんだんぼくはその声が好きになっていった。

ある日、ぼくはきょとんとしたクロの正面に座って
わん!わん!
とさけんでみた。

するとクロは、ぱぁっと笑って
わふっ!わふっ!
とないた。

その声は
うまいうまい!
と言っているようにぼくには聞こえた。

そのあと、何回も何回もクロとやりとりをした。

クロとお話ができるようで、とても楽しかった。

もちろんけん君ともいっしょにやった。

うまいなぁ。犬のまねの『ぷろ』だな!
とけん君は言った。

『ぷろ』の意味はぼくも、けん君も分からなかったけど、ぼくはとにかくうれしかった。

ぼくがなきまねをするとクロがなき
クロがなくとぼくがなきまねをした


イチョウの葉っぱはなくなって、外に出ると手があかくなるようになった。

その頃、けん君が別の遊びをするようになった。

いっしょに帰ろうよ
放課後、けん君がこうていにいるのを見つけたからぼくはそう言った。

ごめん、今日はいっしょに帰れない。
けん君はもうしわけなさそうな顔をして、ぼくに言った。

学校の校舎から、いっぱい人が出てきた。
けん君の友だちだった。
けん君の周りに集まって、いろんなことをしゃべっていた。

お前もいっしょにやらないか?野球、おもしろいんだぞ
笑って、けん君はそう言った。

けん君の周りにはたくさんの人がいて、何かをけん君に話しかけていた。


ううん
ぼくは首をふった。

けん君、いっしょに帰ろうよ
ぼくは少し泣きそうになりながらそうもう一度、言った。

けん君はおれらと野球をするの!
友だちの一人がぼくの方をにらんで、そう言った。

けん君だって、そうしたいよな!
友だちはけん君のほうに首をねじって、そう聞いた。

けん君はだまってじめんを見ていた。

友だちがもう一回おなじことを聞いても、けん君はだまったままだった。


ぼくはうらぎられたような、みすてられたような、悲しいきもちになって独りで帰った。


家に帰っても、ぼくは悲しいかおをしていた。

何かあったの?
お母さんがそう聞いたけど、ぼくはまた
ううん
と首をふった。

クロはいつもどうり、元気にぼくのそばにやってきて
わふっ!わふっ!
とないた。

遊ぼうよ
と言ったようにも、
元気をだして
と言ったようにも聞こえた。

けれど、そのときぼくはだれとも話したくなかった。

もちろん、クロとも。

それでもクロはまた
わふっ!わふっ!
とないた。

ぼくは胸の中がきゅっとちぢむような感じがした

うるさいよ!
次の瞬間ぼくはそうさけんでいた。

クロをにらんだとき、クロの真っ黒い目とめがあった。

クロはいっしゅん首をすくめた。
今までふられていたふさふさのクロのしっぽは、ゆっくりと畳の上に下がっていった。


そのあと、クロは一度もなかなかった。

けれども、決してぼくのそばを離れようとはしなかった。

クロのごはんはこっちよ。
よるご飯の時お母さんがそう呼んでも、『ふせ』のかっこうをして、ぼくのそばから動かなかった。

でも、さすがにおふろのときはそばにいることが出来ない。

一人でおふろにはいっていると、お母さんが遠くで何か言っているのが聞こえた。
おふろ上がったらクロにえさをあげてちょうだい。食べようとしないのよ。

おふろ上り、ぼくはずっとそばにいるクロにしぶしぶえさをあげた。

しゃがんでえさを目の前に置いたときに、クロはえさなんかに目をやらないで、ぼくのことをぺろぺろなめだした。

初めて会ったときよりも、クロのなきごえで泣いてしまったときよりも、やさしくぼくのほっぺをなめていた。

ぼくは、今まで冷たかったなにかが急に暖かくなるのを感じて、クロの首に抱きついた。

クロはぼくをなめるのをやめて、おとなしくしていた。

クロのからだはあったかくて、気持ちよくて、犬のにおいがした。

わふっ。
ぼくはクロにそう言った。

わふっ。
クロはぼくにそう言った。


次の日、けん君とぼくは仲直りをした。


真っ白いゆきがふって、家ではストーブをだした。

ぼくとクロは一日中雪の中で遊んだ。

クロは体中に雪をつけて、真っ白になっていた。

そのころけん君はかぜをひいてしまっていて、いっしょに遊べなかった。

この頃かぜがはやっているからね、あったかくしてあそぶのよ
お母さんは何度も何度もぼくにそういった。

そして、クロが急に息をいそがしくするようになった。

つかれたの?
ぼくがクロにそう聞くと、クロは
なんともないよ
とないた。

けれどもだんだん息を早くする時間が長くなってきた。

お医者さんのところにつれていったけれど、お医者さんは
ちょっとしたかぜだよ
と言っただけだった。

お前もけん君といっしょかぁ
とぼくがクロに話しかけると、クロはかなしそうに目を細めた。

ぼくらがそとで待っているあいだ、お父さんとお母さんはまだびょういんの中でお医者さんと話をしていた。


とうとうぼくもかぜをひいた

そして、クロのかぜもひどくなっていた

ときどきクロは体をびくびくとふるわせるようになって、歩くときには『よっぱらい』みたいにふらふらするようになった。

ぼくのかぜは『ねつ』がふつうよりいっぱいあるらしくて、お母さんはぼくにつきっきりになった。

ある日、お薬がなくなったのでお母さんはびょういんに行った。

そのとき、クロがとなりの部屋からふらふらと歩いてきた。

それだけならこの頃のクロとおんなじだ。

ふらふらとやってきて、ぼくのそばにこてんと寝る。

けれど、そのときのクロの足もとには血のあとがあった。

『ねつ』のせいでぼやけた目をこらしてよく見てみると、クロの口から血が流れていた。

クロの歯にはかわいてぱりぱりになった血もたくさんついていて、まだそのわきからゆっくりと、どろっとした血が出てきていた。

クロ。
ぼくはさけんだつもりだったけれど、思ったほど大きな声は出せなかった。

クロはぼくのわきにこてんと座ると、初めて会った時のように、ぼくの顔をぺろぺろとなめ始めた。

そのときはクロのなまあたたかい舌でなかなか気づかなかったけれど、ぼくは肩をふるわして泣いていた。

クロが怖くて。
いつもと違うクロが怖くて。
クロがどこかにいってしまいそうで。

クロはぼくのなみだをやさしくなめとってくれた。
あの時みたいに。

血がふとんのすそにたれた。

一滴
二滴

そのうち大きなセキをして、また血がいっぱいたれた。

息をたくさん吸った。


ひゃんっ!ひゃんっ!

クロがないた。

それは声になっていなかった。
聞いているほうまで苦しくなるようななき方だった。

けれども、クロは笑っていた。

ひゃんっ!ひゃんっ!


ひゃんっ!ひゃんっ!


何度も、何度もクロはないた。

そのたびに口から血があふれてきた。

その後、ぼくの顔をジッと見つめた。

ぼくがなきまねをするのを待っているように。


ぼくがなきまねをしないと思うと、また

ひゃんっ、ひゃんっ

とないた。


もう…やめてよ……
ぼくがそう言ってもクロはなかなかやめようとしなかった。


ひゃん、ひゃん

クロのなきごえも小さくなっていく。


クロ!もういいってば!しんじゃうよ!!

それでもクロはやめない。

ひゃん…


クロ!!

クロの足もとはがくっと崩れて、たおれた。

クロは顔だけを起こして、たおれてもぼくのほうを見つづけた。


気づいたらぼくは、大きく、ふるえる声でないていた。


わふっ!わふっ!

わふっ!わふっ!


それは、ぜんぜんクロのなきごえに似ていなかったかもしれない。

けれどもクロはそれをきいて、最後に優しい目で笑った。
2006/11/15(Wed)17:42:26 公開 / snowstorm
■この作品の著作権はsnowstormさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、snowstormと申します。

優しい絵本のような雰囲気と、しっかりとした描写を目指しました。

拙い文ですが、どうぞ感想、ご指導のほど宜しくお願いします。
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