- 『スクープ 』 作者:コーヒーCUP / 未分類 未分類
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全角16608.5文字
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原稿用紙約48.1枚
実家の近くで殺人事件が発生した。神崎龍也はそれほど気にはしていなかったが、その後、第二の被害者がでてくる。その第二の被害者の第一発見者の知人が死亡したため、里帰りをする事にした。 マスコミの姉、いじめにあう弟、恨みのある刑事、知人の姉弟、化学好きの同級生、などと事件を追う事になる。 そして第三、第四、第五の被害者たちが出てくる。
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プロローグ
その死体が発見されたと同時に、一つの命が失われた。いや、もっと正確に言うと、一つの命が失われていたのだが、悲しい事にその亡骸を発見した女性、事件の場合は第一発見者という。とにかくその第一発見者が命を落としたのだ。
彼女は昔から心臓が弱かったらしく、そのせいで幼いときから入退院を繰り返していた。正直いうと死体を発見する一週間前までは入院していた。
しかし彼女は心臓が弱くても、朝の散歩が日課になっていて、退院した後も毎朝五時に家を出て近所を歩いていた。
その日も特に何の様子もなかったように、家人が全員起きていない五時ごろに家を出た。恐らくはいつも通りに歩いていたのだろう。彼女は五時という時間にこだわっていた。彼女は人見知りが激しく、道であまり人と会いたくなかったので、まだ町が静かな五時ごろに歩いていた。
彼女は散歩の途中で公園を通る。特に何か変わった事のない、ごく普通の公園で、近所の子供たちの遊び場に使われていて、昼間は賑やかな公園である。彼女もその公園が好きだったらしく、その日も公園を通って散歩をした。
朝五時ということもあって、外は不気味な薄暗さで包まれていて、人などほとんどいない。彼女はそんな不気味な公園を横切ろうとした。しかし、ジャングルジムに絡まってあった異様な物を目にした瞬間に足を止め、顔色を変えて、そしてガクガクと足を震えさした。彼女はその異様なものを見て、すぐに目をそらした。長い間見れるものではない。
一体なんだ、と彼女は思ったに違いない。
ジャングルジムには異様なもの、正式にいうと死体が絡まってあった。女性の死体であった。彼女はもう一度死体を見て、今度はジャングルジムから目をそらせなかった、あまりの恐怖のせいで。
ただの死体なら叫び声でもあげれたかもしれないが、彼女が発見した死体は普通の死体ではなかった。死体に普通も何もないかも知れないが、とにかく普通ではなかった。どう考えても、異常なものだった。悲鳴をあげれないほど、不気味な死体だった。
ジャングルジムの真ん中に絡まっていた女性の死体は、ちゃんと服を着ていた。緑色の服と、青色のズボンだ。しかし、ズボンがおかしいかった。左足は確認できたが、どうも右足が無かった。その死体にはズボンの右足の部分と死体の右足自体が無かった。
右足の切断された側面からおびただしい量の血が出たのだろう、いつもは薄い緑のジャングルジムが死体のあるところだけ血で赤かった。
彼女はジャングルジムに絡まった死体の顔を見つめた。その顔には生気が感じられず、目も白目をむいていたし、鼻水もよだれも涙もでていて、実に気持ちが悪かった。
首をしめられて死んだ人間はそのようになるのだが、彼女そんなことは知らなかった。
「い、い、い……や……」
彼女は恐怖で震えた声でこう言ったに違いない。残念ながら、その現場にいたわけではないので彼女が本当にそう言ったかどうかは分からない。確認したければ天国にいる彼女に直接聞いてくれ。
彼女は死体を見つめたまま、一歩後ろに下がった。そしてゆっくりとまた一歩と後ろに下がる。これを数回繰り返して、彼女はやっと公園から出た。そして自分の心臓が今までに無いほど強い力で鼓動をしているのを感じた。発作だった。
「どうかしたんですか?」
彼女に隣にいつの間にかいたスーツ姿の中年の男が心配そうに彼女に訊いてきた。男はきっとこれから会社に出勤でもするのだろう。
彼女はそうとう顔色が悪かったのだろう、彼女の顔を見たその男も顔を青ざめた。
「し、死体が……」
死体がある、と言おうとしたが彼女は言葉を続けようとしたが、それはできなかった。彼女はあまりの苦しさに自分の左胸を抑えた。心臓が痛い、そう感じた。彼女はそのまま膝から倒れこんだ。発作が激しいしくなっていく。
「だ、大丈夫ですか!?」
倒れこんだ彼女を中年の男がさえた。男のほうは何がなんだかわからない、という顔をしていて本当に混乱していた。
彼女は今までに無いほどの心臓の痛みを耐えながら、自分の意識が遠のくのを感じていた。自分はここで死ぬのか、などとのん気に考えていた。中年男が大丈夫かと叫んでいる声が彼女の最後に聞く人間の声だ。
あの死体はなんだったのだろう? と今になって考え出した。死体を見つけた直後はあまりの衝撃とショックでなんも考える事できなかったから、今考えようとしたが、時はすでに遅かった。いや、遅すぎた。
彼女の意識はそこで、まるでテレビの画面が消えるような感じで途絶えた。先ほどまで大きな鼓動をしていた心臓が急に静かになり、止まった。彼女は、死んだ。
心臓が悪くて、散歩中に何かの拍子に発作を起こす事は想像していて一応発作を抑える薬も持っていたが、それを飲む事もできなかった。まさか死体を発見してそのショックで死ぬとは想像していなかったし、したくもなかった。
彼女の死因は、心臓発作で、彼女は中年の男が呼んだ救急車で一応病院まで運ばれたが、救急車がついた頃には彼女はとうに死んでいた。
ちなみに彼女が見つけた死体は、数分後に彼女を心配していた中年の男に発見された。そしてその死体の死因は、窒息死。死体は三十四歳の近所の主婦だった。
それが全ての始まりであった。いや、この死体が見つかる前から事件は発生していたが、この死体が発見されてから事件が発覚したのだ。実はこの死体が見つかる前に、似たような事件が起こっていた。その死体は年齢は三一歳の主婦で、死体が発見された時には首から上が無かった。
そして事件は日本中を轟かす事なり、全ての三十代の主婦が恐怖する事件ともなった。ついた事件の名前は『三十代主婦連続惨殺事件』というものだ。
先に言っておこう。この事件はとても、無意味な事件である。この事件で亡くなったか、もしくは怪我をした人たちは、かまりにかわいそうな被害者たちである。
この事件にかかわった者の中でかわいそうじゃない者など、一人もいないと思う。
第一章【右足と首と発覚】
1
十日に一度は新聞の一面を飾る大きなニュースがある。それは殺人事件であったり、誘拐事件だったり、政治のことであったりと、色々だ。その新聞の一面を飾るニュースは、テレビなのでも大きく取り上げられる。
つい数日前までは新聞でもテレビでもある誘拐殺人の事件の話で盛り上がっていたが、今はその事件を忘れたかのように別のニュースを報道している。事件は時と共に風化されていくもので、それを止める事はできない、テレビなどを見ているとそう痛感させてくれる。
今は日本の近くの国が核実験をしたという政治関連のニュースをしている。どうせ一週間もたてば別のニュースが出てくるのに、と思う。
狭いアパートの一室にはちゃぶ台とその上に置かれたポット、部屋を見渡せばテレビやゴミ袋、学校用の鞄や教科書などもある。それらは全て整理されていなくて、部屋中に適当に置かれている。部屋の隅で重ねられていた教科書たちを見ていると、これに火をつけると良く燃えるだろうな、と危険思考に走ってしまった。
ちゃぶ台に肘をついて手に持っていたトーストかじった。パサパサとした感触がしたので、コーヒーを飲んだ。
少しだけ寒くなってきたのでコーヒーを二週間前からホットにした。やはり朝のホットコーヒーは目がさめていい。
部屋の角に置かれているテレビでは朝のニュースをしていて、やはり隣国の話題で盛り上がっていた。いんちき臭い評論家たちのいんにくさい話しが繰り広げられていて、それはそれで笑える。
けど別にそんなニュースを聞きたくは無い。俺がテレビをつけている理由は天気予報を見たいからだ。それなのに中々天気予報をしてくれない。
トーストを食べながらテレビを見ていると、やっとニュースの話題が変わった。それはこの間、飲酒運転で三人ひき殺した上にひき逃げをしようとした男の裁判のニュースだった。それほど興味は無いが一応ニュースに集中する。
その男に下された判決は、懲役二十五年。当然だろう、と思いながらコーヒーを一口飲む。一口目ではわからなかった甘味が口の中に広がっていく。砂糖が溶けきれていなかったらしい。
テレビの画面にメガネをかけけて灰色のスーツを着た男の弁護士が出てきて、きわめて遺憾な判決である、と言った後、上告する、と言った。その途端に弁護士に報道陣のカメラのフラッシュが浴びせられる。
この弁護士もつらいだろう、と少しだけ弁護士がかわいそうになる。別にこの弁護士もひき殺した男の味方などになりたくないだろう。しかし金のためには弁護しなければならないという社会の悲しい仕組みがある。
テレビの画面にひき殺された一人の遺族が出てきた。カメラは遺族の首から下だけを撮っていて顔は決して写さなかった。遺族は、何故、懲役二十五年なのか、と怒りに震えた声で言った。何故死刑ではないのか、とまた震えた声で言う。あなたの言うとおりだ、と視聴者の俺は思う。
何故かニュースを見ている視聴者はいつも被害者の気持ちなってみている。ニュースを見ながら、可愛そうに、とか、ゆるせない、などとまるで自分が被害者か遺族のような口ぶりで言う。これはきっと、ごっこ遊びなのだろう。ニュースを見ながら俺たち視聴者は、被害者ごっこや遺族ごっこをしているのだ。
よく考えれば分かることだが、被害者の気持ちなど分かるはずも無いのだ。俺たちのような第三者が分かるような簡単な気持ちではないからだ。それと同様に遺族の気持ちなど分かるはずも無い。なのに分かったふりをしているのだ。
俺だって、被害者や遺族の気持ちはわからない。何故なら被害者や遺族になったことが無いからだ。なりたくもない、と思う。
テレビのチャンネルを変えてもやはりニュースしかやっていなかった。しかし今回のニュースは別のニュース番組では、見逃してしまったニューだった。
首から上の無い女性の死体が山の中で見つかったらしい。俺は少し気になったので、そのニュースを見る事にした。
『中野さん、現場の様子はどうですか?』
アナウンサーがスタジオから中継現場に声をかけた。テレビの画面は半分ではスタジオの映像で、もう半分は現場にいたリポーターの映像だった。雨が降っているらしく、リポーターは傘をさしていた。このリポーターが中野なのだろう。すぐに中野というリポーターがスタジオの質問に答える。
『はい、こちらの現場では今朝から少し強めの雨が降っています。この雨は午後にはやむらしいです。現場では死体が発見された所は山の中を一本をだけ通る道路の脇だったそうです。そこに首の無い女性の死体があったのを今朝、通りすがりの車のドライバーが発見したそうです。死体の身元は分かっていません。女性は三十代程度で、指にはダイヤの指輪をつけていたといいます』
リポーターが聞き取りやすいスピードでちゃんと事件の詳細を説明してくれたのだが、俺はほとんどその説明を聞いていなかった。いや、耳に入らなかったのだ。
リポーターがいる現場には、見覚えがあった。そこは間違いなく実家の近くの山だった。
俺は去年から高校通学のために実家から離れて、今は東京のボロアパートに住んでいる。そのボロアパートがここだ。実家は東京から少し離れたY県にある。その実家の近所の山で首なし死体が発見されたのだ。
俺は食べかけのトーストを口に詰め込み、噛みながらコーヒーを喉に流し込んだ。トーストなどを飲み込むと、急いで立ち上がって電話に向かった。
受話器をとると実家の電話番号を急いで押す。急いでいたせいで二回間違えたが、三回目でようやくかけれた。
別に両親が事件に巻き込まれているとは思っていない。発見された死体は三一歳の女性だと言う、俺の母の年齢は五年程前に四〇をこえている。それでも何か心配だった。
受話器を耳に当てて両親のどちらかが電話にでるまで待っている間もテレビのニュースを見ていた。死体のニュースはまだやっていて、数少ない情報を繰り返し言っていた。そんなニュースを見ていると受話器の向こうから母の声で、もしもし、と聞こえてきた。寝起きなのか、眠そうな声だった。
「あっ、母さん。俺だけど」
「俺じゃわかんないよ」
詐欺対策のためか母は少しだけきつめの口調で言い返してきた。詐欺に気をつけるのはとてもいい事だが、息子の声くらいは覚えておいてほしいものだ。
「おれだよ、龍也だよ。息子の声くらい覚えといてくれよ。まだそんなに年じゃないだろう」
「あらっあんただったのかい? いやぁ声変わりしたの? 声だけじゃわからなかったわ」
声変わりなら中学校の時に終わっている。母親の苦し紛れにいいわけだ。しかし今はそんなのは無視しておこう。
「母さん、そっちで事件がおきたらしいな、大丈夫なのか?」
「あらっあんたが私たちのことを心配してるの? 珍しい事もあるもんね。今日は洗濯物を干さないほうがいいかしら」
「冗談はいいよ。それにそっちはもう雨降ってるんだろう。洗濯物は元々干せないよ」
「じゃあやっぱり、ニュースを見たんだね?」
電話の向こうで母が小声で言ってきた。俺は、ああ、と言ったと間を置いて、今見てるよ、と付け加えた。母の溜息が電話の向こうから聞こえてきた。
「物騒な世の中だってわかってはいたんだけど、まさか近所でこんな事件が起きるとはね。あたしもニュースで事件を知ったんだよ、初め聞いたときは、ものすごく驚いたわ」
母は、ものすごく、の部分を強調していった。
「首がとられた死体でしょ。怖くて仕方が無いわ」
「父さんとか達也はどうしてる?」
達也とは小学生五年の弟だ。仲良くした記憶が無いほど、俺と達也は嫌いあっている。それが何故だか分からない。知らない間に俺は達也を嫌っていたし、知らない間に達也は俺を嫌っていた。両親はそんな俺たちを見て困っていたが、仲が悪いのはもう直せない、と考えたらしく俺と達也の事に関してはほったらかしたにした。
「父さんはニュースを知ってるのかしら? だって昨日の夜は泊まりだったから。達也にはさっき学校の帰り道とか気をつけなさい、とは言っておいたんだけど」
父は家の近くにある駅の鉄道会社の職員で、二日に一度は会社に泊るのだ。家ではそれを、泊まりと呼ぶ。昨日がその泊まりが昨日だったらしい。
「事件がおきたのっていつ?」
「……あんたはニュースをちゃんと見てないの? そうよねぇ、あんたは昔から人の話を聞かない子だったから」
母が説教をする時の口調になった。すこしばかりそれが懐かしかった。
「朝から説教はやめてくれよ、ニュースをちゃんと聞いてなかったんじゃなくて、聞けなかったんだ。事件の現場がそっちだって聞いた後、すぐに電話をかけたんだから」
「言い訳はいいわよ」
まったく、という母の呆れれている声が聞こえてきた。
「事件がおきた日にちはまだ報道されてないけど、死体が見つかったのは今朝らしいはわ、朝の五時ごろだって」
朝の五時か……。俺は部屋の壁にかけてある円形の針時計を見た。時計は八時半をしめしていた。つまり死体が発見されてまだ三時間半しかたっていないわけだ。
「それより、ちょっと相談があるんだけど」
母がこう言い出すと、まず間違いなく相談とは、達也に関すことだ。俺は正直、達也の話を聞くのは嫌だったが、母の願いということもあって、仕方ないので相談に乗る事にした。
「達也がね、いじめられてるのよ」
母は心配そうな声で言った。すると電話の向こうから、よけいなこと言わなくていいよ! という達也の罵声が聞こえてきた。懐かしみのある、弟の声だった。達也の罵声が聞こえた直後に電話はきれた。達也がきったんだろう、と推測していた。
一応、もう一度実家に電話にかけたたが、母が電話に出る事は無かった。達也が母に電話に出ないようにと釘をさしたに違いない。
仕方が無いので受話器を置き、また時計を見ると、時刻は八時三十五分をさしていた。これはまずい。学校に遅れる心配は無いが、一人の人物を待たせている。その人物はいつも三十分ごろに家に来るが、今日は着ていない。と言っても、彼は家のチャイムを鳴らさないので、来ているか、来ていないかは分からない。いつも玄関の前で立って待っているのだ。
俺はいそいでテレビの前に行き、テレビのコンセントを抜いた。電源を切っただけでは火事になる恐れがるし、こっちのほうが電気代の節約になるからだ。
そのままテレビの近くに置いてあった教科書と弁当の入ったリュックを掴み、玄関に走っていった。玄関には俺に靴が三足だけ並べられていて、その中の青い靴を履き、家を出た。
玄関に出たらすぐに、笑顔の高校の制服を着た青年が立っていた。西条零夜だということは、顔を見なくても分かる。俺はいつも彼の事を零夜君と呼ぶ。彼は俺より一つ下で、今年の春に俺と同じ高校に受かった後輩であり、友人の弟だ。
「今日はずいぶんとゆっくりしていらしたんですね」
零夜君が笑顔で言った。彼はいつもにこやかに笑っている。笑わなければいけない訳ではないが、彼の中では日ごろから笑顔をキープしとかなければならないのだろう。
「ゆっくりしてたって……君はニュースを見てないのかい? いや、見てないはず無いよな、那美がみてるはずだ」
那美というのは俺の同級生で、零夜君の実の姉だ。彼女の自由気ままの性格のせいで俺は意図色と迷惑をかけられている。現在彼女は零夜君と近くのアパートで二人暮しをしている。零夜君の話によると家事はほとんど零夜君がしているらしい。
「ニュースといいますと、あの首なしの女性の死体が見つかったニュースですか? 見ましたよ。というより、僕は姉に教えられただけですが」
「という事は事件の事は知ってるわけだ。よくそんなにのんびりとしてられるね」
嫌味のつもりだったが、彼にはそんなことは通用しない。
「のんびりとはしていませんよ、事件を聞いた時は焦りましたが、一応実家に連絡をとって両親の安全も確認取れましたから、もう心配いらいと考えてるんです。先輩もおばさんたちに連絡はしたんですか?」
俺は彼の問いに頷きで返した。彼と俺の実家は同じだ。彼も俺と同じのY県出身で、同じ小学校にも同じ中学校にも通っていた。もちろん俺が先輩である。ついでに言うと那美も同じである。
「それより早く行かないと遅刻しますよ」
「そうだな」
俺は家の鍵を閉めると鍵をポケットの中に入れた。そしてアパートを出た。
俺たちの通う学校は徒歩十分の所にある。なのでのんびりする事ができるが、今日は少し早歩きになっていた。
腕時計を見ると八時四十分になっていて焦った。学校には八時四十五分には着かなければ遅刻である。
「零夜君!」
俺が、走ろう! と叫ぼうとしたが彼は笑顔で俺を見たまま、冷静に言った。
「走るんですね」
……頷くしかなかった。何故だか分からないが、妙な屈辱感を感じた。それでも遅刻しないため、俺と零夜君は走った。
母がの電話の最後の声で、達也がいじめれてる、と言っていたが、そんなことは気にしない。弟など、俺とは無関係だ。そう思いながら走った。
まに合いますかね、と零夜君が走りながら呟いたいたが、走っている間はあまり体力を使いたくないので、さあね、と短く返事をしといた。
2
俺と零夜君が高校の門をくぐったのは、丁度、八時四十五分だった。その時には教師の一人が校門を占めている途中だったが、電車で言うと駆け込み乗車の様な感じで校門をくぐった。遅刻は免れたものの、教師から、明日からは早く来るように、と注意をされた。
「久々に走りましたよ。いやあ、疲れますね」
教室に向かうために階段を上がっていると零夜君がまったく疲れていない声で言った。その横で俺は零夜君以上に久々に走ったので、かなりに息が乱れていて、それを整えていた。
「君は本当に疲れてるのか?」
手すりで体をさえながら階段を上り、横にいる笑顔の零夜君に訊いた。彼はさっきまで走っていたとは思えないほど爽やかな笑顔で答えた。
「疲れてますよ、多分、先輩以上に」
嘘をつくな小僧、と言ってやろうか思ったが止めた。言う気にもなれない。どうせ言ったて、彼の事だから笑顔で何か言い返してくるに違いない、そうなると面倒だ。
零夜君とは二階で別れた。彼は別れ際に、姉のテンションが高いので気をつけて下さい、というありがたい忠告を残して一年生の教室に行った。彼の立ち去る姿に向かって俺は、忠告ありがとう、と心の中で言った。
二年生の教室は一年生の教室の一つ上の三階にある。俺のクラスのC組は三階の端にあって、教室に行くには他のクラスより少しだけ長く歩かなければならない。少しだけ長いと言っても数メートル長いだけだが、それが毎日続くと面倒に感じてくる。
そのC組に入った途端に俺は一人の友人の女子から蹴りを入れられそうになったが、それを何とか避けた。当たっていたら、朝食を吐くところだった。
「遅い!」
蹴りをいれようとした女子の今日の一言目だ。女子の顔を見たら、金髪のロングヘアーとセルリアンブルーの瞳が目に入った。この容姿がクラスでは中々、人気である。
女子はなぜかファイティングポーズをしていた。朝から元気のいい奴だ。どうやら零夜君の言っていた通り、今日はかなりテンションが高いらしい。こいつがテンションが高い時は何するかわからんから怖い。
「遅いんだ! 一体、何時だと思ってんのよ!」
「少なくと遅刻ではないので、遅くはない」
「黙れ!」
俺は女子、本名を西条那美というやつの罵声を聞きながら自分の席に座った。やかましいやつめ、と小声で呟いた。これが聞こえていたら死活問題である。
席につくと、俺は鞄を机に置いた。俺は自分お隣の席に目をやると、隣の席に座っていた那美がこちらを睨んでいた。朝から少しばかり波乱万丈すぎる。
「あんたが遅いから、話をする時間がほとんど無いじゃないの」
それは良かった、と口に出してしまいそうになったが、それは、まで言ったところで自分で口をふさいだ。
「それはって何よ?」
俺は片手で口をふさぎながら、もう片方の手をヒラヒラと振って、なんでもない、と那美に伝えた。
「もう何でもいいわ。それより、ニュース見たわよね?」
やはりその話か、と少し嫌気がさした。こいつにニュースの話をさせたら、話が長くなるどころの騒ぎじゃない。
那美は将来の夢はマスコミだ。とにかくマスコミ関連の仕事につく、と言い張っており、今もその夢を実現させるために日々起こる数多くのニュースを調べている。大きな事件などは新聞記事などを切り取って保存している。
彼女が何故、マスコミを目指しているんかというと、ある一人の迷惑な女のせいである。
「ニュースは見たよ。どっかの国が核実験したんだろう? やばいなしばらくの間は日本海の魚を買わないようにしないと」
「そのニュースじゃないわよ……」
「じゃあ、ひき逃げの事件か? 懲役二十五年って話か。あれは遺族がお気の毒だよな」
俺が言い終わると、那美に胸倉を掴まれた。彼女の顔を見ていると、零夜君とは正反対の怖い笑顔をしていた。本当に、怖い。
「馬鹿言ってないで、さっさと言いなさいよ。私が言ってるニュースっていうのは首なしの女性が見つかった話よ。知ってるでしょう?」
那美は笑顔で優しい口調で言った。言い終わった後、襟首を離して、開放してくれた。ああ、怖かった。
「死体の話なら零夜君ともすこしだけしたけど、もういいじゃねぇか」
「よくないわよ。地元よ、地元。事件が起きたのは私たちが生まれ育った町なの、分かってる?」
「分かってるけど、何もできないじゃないか。ニュース見とけば情報が入ってくるだから、それで満足しようぜ。また現場にこう、なんて話だけはするなよ」
「えっ、今週の土曜に里帰りするのよ」
「行ってらっしゃい」
笑顔で彼女に手を振ったが、その手はすぐに叩かれた。中々痛かったが、次の瞬間、彼女が俺の目の前に厳つい顔を寄せてきたので、痛みなんてふきとんだ。
「あんたもよ」
何で俺が行かなきゃならならんのだ、と嫌気がさした。今週の土曜? 俺は今日が何曜日が思い出して、少しだけ焦った。今日は水曜日で、土曜といえば明々後日だ。急するぎるだろう。
「ところで、綾音(あやね)さんはこの事件についてなんか言ってた?」
ほらきた。この話題が嫌だったんだよ。
綾音というのは俺の実の姉だ。今年で二十二歳になる彼女はある週刊誌の記者だ。その週刊誌はコンビニなどでよく目にするもので、姉の書いた記事もちゃんと載っている。
彼女はよく殺人事件について詳しい事を調べている。それは記者として活かせているのだから、いい事である。彼女が何故、殺人事件をなどを調べているかという、俺と達也に理由がる。しかし、その事は思い出したくないので、記憶の中に封印している。あの忌まわしい出来事は。
「ねぇ聞いてる? あんたまさか、綾音さんに連絡とってないの?」
那美が追い詰めように言ってきた。嘘をついても仕方が無いので、無言のまま頷いた。殴られるのは覚悟のうえだった。
那美は去年、新聞部という部活を造った。彼女からしてみれば暇つぶしの場であり、将来の夢をかなえるための修行場なのだ。那美がマスコミになると言い出したにのは、姉のせいである。
姉は那美を可愛がっていた。恐らくは実の弟の俺以上に可愛がっていた。姉は昔から妹がほしいとぼやいていたので、那美は姉にとっては妹みたいなものなのだ。
もちろん姉に可愛がられていた那美は、姉が大好きである。そして姉がマスコミ関連の仕事についた二年前から、マスコミになる! と言っている。新聞部だって、そのために造ったものだ。ちなみに新聞部の部員は那美と零夜君と俺の三名である。
「なんで連絡とってないのよ! だって綾音さんだって事件の事を知らないはずないじゃない。どうして連絡をとらなかったのよ」
「俺だって事件の事を知ったのは、家を出る十分くらい前で、実家に連絡してると時間がなかったんだよ」
「じゃあ綾音からあんたに連絡はなかったの?」
俺はお手上げのポーズで首を横に振った。実際に姉から連絡など一度も無かった。期待が外れて那美は残念そうに溜息をついたが、俺はそれでいいと思う。姉がまた那美に妙な事を吹き込むと俺が苦労するんだ。
半年前、俺は新聞部部長である那美の命令で、近所のプラネタリウムで起こった殺人事件の現場に行く事になった。その殺人事件は犯人は捕まっていなくて、警察の捜査も難航していた。
俺が現場にくと、そこには偶然にもその殺された被害者の恋人がいた。俺は彼女が使ったトリックを警察に話して、彼女を逮捕させた。後で零夜君に聞いて分かった事なのだが、この事件を那美に教えたのは姉だったらしい。
この事件を思い出すと、虫唾が走る。俺は世の中で一番嫌いなものは警察だった。しかし、俺はこの事件のせいで警察署に呼ばれたりして、警察と接してしまったのだ。もうあんなことはしたくない。
「じゃあ、今日学校帰ったら綾音さんに電話してよ。綾音さんも実家に帰るのかって」
「聞いてどうすんだよ」
「いいから聞いといて」
そう那美が言った瞬間に学校中に始業のチャイムがなった。那美は座っていた席を立ち上がると、聞いといてよ、と釘をさしてきた。
それとほとんど同時に担任の教師が教室に入ってきて、今日の連絡だけして、すぐに教室を出て行った。
後五分すると、一時間目の授業が始まる。一時間目は英語だ。俺は席を立ち上がり、教室の扉に向かった。
クラスの男子から、どこに行くのか? と訊かれたので、斎藤の所に行って来る、と言った。その後で一時間目はサボるから、と言った。
「先生はうまくごまかしといてやるよ」
男子は親指を立てて俺に笑顔を向けた。俺は、サンキュウ、とだけ言うと、教室を出て行った。教室の近くにある階段を上り始めながら、俺は首なし死体のことについて考えていた。
何故、犯人は首を切ったのだろうか。首を切らなければならない理由があったのだろうか。そうだとすると、その理由とは一体なんだ。
そういう事をするのが趣味なのか? そうではない気がする、この事件はただの猟奇的殺人事件ではないはずだ。何か裏がある。
そう考えていると、知らない間に四階のある教室の前にいた。俺はその教室の扉をノックすると、扉を開けた。
「神崎か?」という声が教室の中から下とに「何の用かな?」と訊いてきた。
その教室、化学室は真っ暗だった。朝だというのに蛍光灯も点けていなし、それに暗幕カーテンで室内を締め切っている。化学室はほとんど光が差し込んでいなくて、真っ暗だ。
化学室に入って、扉を閉めると俺は壁に設置されている蛍光灯のスイッチを押して、蛍光灯を点けた。化学室は明るくなり、中に一人の人物がいるのを確認できた。
その人物は白衣を着ていて、俺に背を向けていた。後姿でも確認できるが、まちがいなく俺の友人である斎藤だった。
「斎藤、昨日貸したゲームを返しにもらいにきたんだが」
背を向けていた白衣の男が振り向いて、俺を睨みつけてきた。寝癖のような髪型、銀色のメガネをかけた男は、片手に試験管を持っていて、その中には黄緑色の液体が入っていた。
「電気を消せ」
斎藤が、試験を感持っていないほうの手で俺を指差し言った。
そういえば、斎藤は暗闇が好きだった。いつも暗い所にいて、幽霊化何かの友達がいるんじゃないかと疑った事もあった。
俺は彼の命令どおり蛍光灯のボタンを押して、蛍光灯を消した。化学室は再び暗闇に包まれて、無気味な感じになった。
暗闇が好きでも嫌いでもない俺は、別に化学室に来るのは苦じゃない。しかし、那美は昔から暗闇が嫌いで、化学室に来るのを拒んでいる。彼女が化学室に来る時はいつも蛍光灯を点けているが、今日は俺しかいないので、暗闇でもよかった。
斎藤は試験管を試験管立てに置くと、すぐに暗幕カーテンを少しだけ開けた。いきなり光が差し込んできてまぶしかった。俺がドラキュラなら今ごろは灰になって消えていたかもしれない。
化学室の適当な椅子に腰掛けて、鼻で息を吸うと、アンモニアの匂いがした。また化学実験をしていたらしいが、斎藤のやる化学実験はアンモニアを使う事が多いと感じている。ついこの間も化学室にきたらアンモニアの華を刺すような匂いがしたのを覚えている。
「さっきまで実験してたから、少し匂うぞ」
少し匂う? いや、だいぶ匂っているが……。まあ、その事は気にしないでおこう、話が長くなりそうで嫌だ。斎藤と口論をすると、非常にややこしくなる。化学的な事などいっぱい言ってきて、何を言っているのか分からなくなる。それが嫌なのだ。
斎藤は俺と向かい座ると、テーブルの上に、この間、俺が斎藤に貸したゲームを置いた。このゲームはサバイバルゲームで敵のアジトに侵入するというものである。中古で安く売っていたので買って、やってみたところ、そこまで面白くなかった。その話を斎藤にすると、それを課してくれ、と頼まれたので二週間前に貸したのだ。今日はそれを取りに来た。
「中々面白かったが、少しばかりリアリティーがないな」
「ゲームにリアリティーなんか求めるお前が悪いんだよ」
そうかなあ、と斎藤は愚痴った。しかし、リアリティーが無いのは事実だ。否定はできない。
「それで、さっきまで何の実験をしてたんだ?」
「アンモニアを作ってたんだよ」
そんな物作ってどうすんだろうか、という疑問が出てきたが、それを訊いたところで、理解できない答えが返ってくるに決まっている。
「アンモニアを作って、性質を調べるんだよ」
斎藤が話を続けるので回答が聞けた。斎藤がさっきまでいた机の上を見てみると、試験管やガスバーナー、丸底フラスコやマッチ箱などが目に入った。他にも薬品の入っている茶色の瓶などあがり、瓶の表面には『フェノールフタレイン溶液』とどこかで聞いた事のある薬品名が書かれていた。
「次はガラス管でスプーンを造る実験をしてみようと思ってる」
「がんばれよ。応援しとく」
「心にも無い事を言いやがって。それで、今日はサボりに来たのか?」
斎藤がいきなり核心をついてきた。嘘をついても仕方が無いので、正直に頷いた。
俺はいつも授業をサボる時は化学室を利用する。ここは斎藤以外、教師さえよりつかない場所なのだ。斎藤は一日中ここで化学のことばかりやっているが、退学にはならない。なぜだか分からないが、退学にはならないのだ。
教師が寄り付かないのはいいことなので、俺は良くここで寝て授業をサボる。割る事だとは分かっているが、眠気や欲望には勝てない。だって人間だから。
席を立ち上がると、斎藤が睨んできて、座れ、と命令口調でいった。何かに腹を立ててるような、いらついた口調だった。俺は何故、さきほどまで普通に話していた斎藤が怒っているか分からなかったが、刺激しないために素直にまた座った。
「俺をごまかせると思うなよ神崎」
斎藤のこの一言で、彼が何を言いたいかは、分かっていた。どうせ死体の話だろうな、斎藤には俺の出身地を教えているし、一度だけ実家に連れて行ったことがる。
しかし、俺はしらばっくれる事にした。
「何のことだ?」
斎藤が俺をまだ睨んでいたので、目をそらして、化学室の黒板を見た。黒板には実験の様子を現した図が書いてあり、ガスバーナーで試験管を暖めている絵が書かれていた。何の実験化は分からないが、そんな実験を中学の時にした記憶があった。
「何のことだだと? しらばっくれるな。俺だって朝のニュースくらいは見てるんだよ」
「……死体の話は、も零夜君とも那美ともしたんだよ」
「俺とはまだしてないだろう。俺はこう見えても、ニュースを知ったときからお前や西条姉弟を心配してたんだぞ」
心配してくれるのはありがたい。しかし、さっきまでお前は普通に話していただろう。どうせ、心配していた、というのは嘘だ。適当に言ったに違いない。
「心配してくれてありがとう。でも安心しろ、俺や那美達には地元ということ以外は、何の関係も無い」
少し言い方が悪かったかもしれない。斎藤は何も言い返して来なかったが、しばらくすると小声で、
「……なら、いい」
と言った。その声を聞き、少しだけ罪悪感を感じたが、斎藤には謝らなかった。
何か空気が重い、そう感じた。少しばかり斎藤といるのがつらくなってきた。化学室を出て行こうとおもい立ち上がった瞬間に、マナーモードにしていた携帯がポケットの中で震え出した。どうやら電話がかかってきたらしい。
ポケットから携帯を出して、折りたたみ式の携帯を開くと、誰が電話をかけてきたかすぐに分かった。液晶画面には『西条零夜』と書かれていた。
「もしもし……」
電話に出ると、あっという零夜君の声が聞こえてきた。
「やっぱり授業はサボったんですね」
それを言いたいから電話をかけてきたのか、と思う。
「サボったんじゃない、休んだんだ」
「言い訳はいいです、僕は別に先輩を咎めるつもりはありませんから」
「君だって電話をかけてきたということは、サボってるんじゃないか。人のことを言えるのかい」
言い終わった後、後悔した。零夜君にこんなことを言ったて、何か屁理屈を返されるに違いない。それを聞くのは、たとえ電話でも面倒だ。
「僕はつい先ほど授業を抜け出して、今はトイレで電話緒をしてるんです。だから授業をサボっている先輩とは違います」
ほら、やっぱり屁理屈で返された。もういいや、とにかく電話をかけてきた用事を聞こう。そして早く電話を終わらそう。
「で、わざわざ授業中に何の用だい?」
「実はついさきほど。僕の携帯に綾音さんからメールがきまして」
その言葉に俺は驚いて、顔をビクッと震えさせた。それを見ていた斎藤が、どうした? と訊いてきたが、何にもない、と口パクで伝えた。
「姉貴からメールが! 何で君宛に来るんだ?」
「知りませんよ、そんなこと。それでメールの内容なんですけど、今日の夜の七時ごろに携帯に電話をかけてこい、との事です」
今日の夜の七時頃に……か。用件は死体のことだろうが、何で俺に直接言ってこないんだ? 姉が昔から変わっている事は承知していたが、この行動は理解できない。
「零夜君、姉貴は他に何か言っていたか?」
「メールに書かれていた事はそれだけですね、他には何にも書いてありませんでした。本当に何も書かれていませんでした」
書かれていなかった、の所をやたら強調した零夜君。これは何か隠しているな、と思い、何を隠しているのか訊こうとした所で電話は切られた。逃げやがっな……。
それより姉は何で俺じゃなくて零夜君にメールをしたんだ? よく分からない。俺に直接メールすればいいものを、何で遠まわしに零夜君なんだ?
それに零夜君も何か隠していたし、これは何か俺に仕掛けられた罠があるに違いない。気をつけよう、そう肝に銘じておいた。
「じゃあ斎藤、俺は寝る」
携帯電話を折りたたみ、ポケットにしまった。斎藤は電話の内容が気になっているようで、誰からだよ、と訊いてきたが、知らないふりをした。これは斎藤に零夜君からの電話だと隠したからではなく、単に説明するのが面倒だからだ。
「寝るのは構わないが、ここで寝るなよ、まだ実験をするからな。寝るなら、あっちの部屋で寝てくれ」
斎藤はあっちの部屋という時に、部屋の隅にある化学準備室の扉を指差した。化学準備室は寝るのに適してないから嫌だ。あそこは人体模型や骸骨などがあり、心臓に悪い。六十代のおばあちゃんを連れてきたら、心臓発作を起こしそうな場所だ。
「化学準備室は嫌なんだよな……」
俺はそうぼやきながら、化学準備室の扉に歩いていった。扉の前につくと、深呼吸をして部屋に入った。化学室とは違って変な匂いはしなかったが、ほこりがたくさん舞っていた。
化学準備室も暗幕カーテンが閉められているうえに、蛍光灯も消されていて真っ暗だった。すぐに扉の近くの蛍光灯のスイッチを押して、蛍光灯を点けた。
明かりがついた部屋には、部屋の真ん中に大きな机が設置されていて、その上には薬品の入った瓶やガスバーナーやアルコールランプなどの実験用具が置いてあった。
近くの棚にはフラスコなどが並べれていて、その横には気色の悪い人体模型と骸骨があった。
「いつ見ても気持ちが悪いな……」
机の周りに置かれていた椅子を何個かつなげて、その上に横になった。ゆっくり目を閉じて、寝ようとするが、やはり死体のことを考えてしまう。
何で首だけが切り取られていたんだ? そしてその首はどこにあるんだ? ニュースでは発見されたなどとは言っていなかった。ということは、まだ見つかっていない。何故見つからないのか? 山の中に転がって落ちていったか、それとも犯人が持ち去ったか。
可能性としては、後者のほうが高い。犯人が持ち去った……、何のためにだ?
もう一度ニュースを見て、詳しい情報を得てみよう。とにかく、今は眠りにつこう。そう思い、まぶたに力を入れる。
この事件は恐らく、また被害者が出る。これは勘だが、当たりそうな感じがする。そして、次の被害者が出た時に、犯人が絞り込めるのだ。被害者が出なければ、一人目の被害者の人間関係を調べれば分かるはずだ。まあ、被害者が出ないのがベストなのだが。
それより姉は何で零夜君に電話をしたのだろうか? 零夜君は何かを隠していた、それは間違いない。何を隠していたんだ? 事件の事か? 確かにマスコミの姉なら情報を仕入れているはず。公開されていない情報を知っているかもしれない。
もう考えるのは止めよう。そう思って、さらに目蓋に力を入れる。寝たいのに、余計な事を考えてしまって寝れない。
……そうえば、彼女は元気にしてるだろうか。俺はふと実家の近所にいた、ある女性を思い出した。彼女は俺より三つ年が上で、今年で二十歳のはずだ。名前は確か、橋本香澄といったはずだ。
最後に会ったのは去年のお盆に里帰りした時だ。その時は元気だったが、今年の正月に里帰りした時は、入院していた。
彼女は昔から心臓が弱く、押さない事から入退院を繰り返していた。俺や那美は小学生の頃に彼女と公園で何度か遊んだ記憶がる。彼女は体が弱くても、明るく優しい人だった。
元気にしてるだろうか? 土曜に那美の言う通り里帰りするなら、彼女に挨拶に行こう。そう決めておき、俺はそこで眠りについた。
彼女に挨拶ができなくなるとは、想像もしていなかった。
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2006/11/08(Wed)22:25:26 公開 / コーヒーCUP
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■作者からのメッセージ
自分が連載していたに作品を消してみた所、何故スッキリしました。【News】はトリックがいまいちだったし、【硝子の〜】の方は当初の予定より長くなりそうだし、書いていて面白くないのでやめた。
この作品は以前投稿した【リバース】という作品を書いている最中に思いついたものである。なので気持ち悪い。これから気持ちの悪い死体がぞくぞくと出てくるに違いない。心臓の悪い方は読むのをおやめください。物語内の女性のようになりますよ。
この作品は恐らく、自分が書き続けたら原稿用紙四百枚はいくと思いますが、読んでくれる方は長くても読んでください。お願いです。
※この作品は【News】という作品と同じ登場人物が出てきますが、気にしないでください。
十一月七日 更新&甘木さんの指摘を元に、一部訂正。