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『別れのミサンガ』 作者:風神 / リアル・現代 未分類
全角19845.5文字
容量39691 bytes
原稿用紙約62.05枚
ごく普通の女子高生の高島夏希は、青春を楽しむ事が出来なかった……。
 私は、学校の近くの公園で、呆然としながら燃え続ける学校を眺めている。燃えると言っても、一階の空き教室の所しか燃えてないけど。
「夏希、夏希ってば。聞いてるの?」
「聞いてない」
 訝しげな顔で私を呼ぶのは、後藤真奈。せっかくの可愛い丸顔が、眉間に皺を寄せていては台無しになっちゃうぞ。
「夏希、ぼーっと学校見ちゃって……」
「当たり前じゃない。私達の学校、燃えてるのよ。そりゃ、大火事じゃないし、もう消防車だって来たし、そろそろ消えるわよ。でもね、私達学生にとって、当然の場所である学校が燃えてるの。実感、湧かないよ」
 学校が、今燃えているんだ。不思議な気持ちになる。でも、別に学校大丈夫かな? とかは、あまり思わない。だって、学校嫌いだし。いっその事、派手に燃えて当分授業なくなれば……。いや、そんな事思っちゃいけないか。
「ねぇ真奈。私達、これからどうすればいいの?」
「うーん。とりあえず、先生の指示に従って近くの公園に逃げて来たけど……」
「一年F組! 全員いるか?」
 大きい声で呼びかけているのは、担任の大野。
「今日はもう帰っていいぞ。明日は、通常通り登校だからな」
 よっし! 心の中でガッツポーズ。まだ二時間しか授業やってないのに、帰れるぜ!
「ねぇ夏希。私の家に寄ってかない?」
「うん、そうする」

「にしても、驚いたよねぇ」
 真奈がそう言うので、私は咥えていたタバコを灰皿の上でもみ消し、缶コーヒーで口を潤す。
「だよねぇ。授業中寝てたらさ、いきなりサイレン鳴ってさ、先生達がアホ面で騒ぎ出してさ」
「そうそう。最初は皆、爆笑してたもんね」
「でも、校内放送で火事って事が伝えられた時、私達も含めて、皆かなりのアホ面してたと思うよ?」
 先入観なのかどうかはわからないけど、どうも火事と聞くと、建物全てが燃えていて、人が窓から顔出して助けを求める場面を想像して、ゾッとしてしまう。
「それから、皆でわーわー公園に逃げて、改めて学校を見たらさ、バカみたい。燃えてるの空き教室じゃない。しかも強烈に燃えてる訳じゃなかったし」
「ま、いいじゃん。こうして授業中止になったんだし」
「こう言うとなんだけど、確かに授業が無くなったのは嬉しいね」
 でも、まだ興奮が治まらない。毎日、だらだらと学校に行って、本当なのか嘘なのかもわからない数学の計算やって、覚えたって絶対意味が無いのに織田信長の事について勉強して、何やら怪しい化学の実験やって、家に帰ってタバコ吸って、テレビ見て寝る。
 そんな、幸せであると同時につまらない日常を送っているある日、突然学校が燃えるという非日常な事が起きたのだ。
実際は、大した火事じゃなかったら、別にそんな騒ぐ事じゃないかもしれないけど、やはり人間の野次馬根性というか、なんというか。どうも落ち着かない。
「あ、そうだ。夏希、相談があるんだけど」
「相談? この高島夏希さんにかい?」
「はい。高島さんに相談があるのです。聞いてはいただけますか」
「宜しい。話たまえ、後藤君」
 すると真奈は、姿勢を整えて、語りだした。私はまたタバコに火をつける。
「私、ストーカーにあってるみたいなの」
 思い切り吹き出した。いきなり予想もしない事を言われたので、咥えていたタバコが口から落ちた。そして、吹き出したせいで、思い切り灰が飛び散った。
「きゃ! ちょっと夏希何やってんのよ!」
「ご、ごめん」
「もう馬鹿馬鹿、夏希の馬鹿。女の子がタバコを口から落としてむせ込んで……。そんなんじゃお嫁に行けないわよ」
「じゃあ、真奈がもらってよ」
「もう……」
 私は、真奈と同じく、姿勢を正した。
「えっと、なんだって? ストーカー?」
「うん。毎日、私の家の郵便受けに、こんな物が」
 真奈は、机の引出しから何枚かの写真を取り出して、私に差し出した。
 それを見て、マジで驚いた。真奈の学校の行き帰りの姿が写っている写真だった。
「……マジ?」
「マジよ」
「嘘じゃない?」
「そんな訳ないじゃない!」
 今日は、なんという日だろうか。どこにでもいる、ただの女子高生である私の日常に、たった一日でこうも非日常な事が二つも起こるとは。火事で授業中止になって、友達の家に行ったら、「私、ストーカーにあってるみたいなの」だ。
「詳しく、話してくれない?」
「もちろん、そのつもりよ。この写真が始めて郵便受けに入れられたのは、今年の九月三日なの」
 九月三日か。今日は十月の中旬だから。もう約一ヵ月半もストーカー行為は続いているのか。もっと早く行ってくれれば良かったのに。
「九月って言ったら、真奈が黒田君と付き合い始めた頃じゃない?」
「うん、そうなのよ。直樹……。黒田君と付き合うって事が、クラスの皆に知られたのが、九月一日の始業式の日だったの。そして、九月三日に、今言った通り写真が郵便受けにあったのよ」
 黒田君は、何か関係しているのかな? でも、それよりも気になることがあったので、聞いてみた。
「もちろん、親は知っているんでしょうね?」
「知らないよ。お父さんは、いつも帰り遅いし、郵便受けなんかチェックしないの」
「親に言わないの?」
 真奈は、寂しそうな顔で言った。
「心配、かけたくないんだ」
 そうか。そうだよな。真奈の母親は、真奈が小学校の頃に死んだんだ。親に心配はかけたくないのは、わかる。真奈は性格が良すぎる。おとしやかで、本当に良い子だ。だからこそ、悩みを人に言えない。でも、私にだけは言ってくれる。
「九月三日以降は、どう?」
「三日に一回ぐらいのペースだよ。絶対に、私の後姿を写した写真をね。顔が写ってる写真は、一枚も無い」
「後姿だけってのが気になるけど、やっぱ女子高生を狙う変態親父が犯人かな」
「私なんか狙っても、しょうがないのにね」
 真奈が怒りを込めて言う。真奈の顔に、「どうして私なのよ!」と書いてある。そりゃ、そうだ。なんでごく普通の生活を送っている真奈が、ストーカーなんてされなきゃダメなんだ。
「よし、真奈。夏希お姉さんが何とかしてあげるからね」
「本当? 有難う!」
 真奈が私に向けて拍手をしてきた。腕には目立つ赤いミサンガ。
「明日からは、毎日真奈と帰るからね。犯人っぽいのいたら、蹴り飛ばしてあげる」
 蹴り飛ばしてあげると言ったはいいが、実際問題、空手をやっている真奈が蹴った方が威力がありそうだが。

 翌日、私は何年ぶりかに張り切って学校へ向かった。自分でも信じられないぐらい張り切っていた。あの、大嫌いな香蓮高校へ、朝から強い意思を持って向かっているのだ。
 校門近くに行くと、生活指導が渡部が怒鳴り散らしている。朝から怒鳴り声を聞くのは、かなりうざく感じる。
 この香蓮高校は、十八年前までは女子高で、それはもう恐ろしい程に荒れていたらしい。その時についた香蓮高校の別名が「泣く子も黙る香蓮高校」だと言うのは、有名な話。香蓮は私立だから、先生の移動は少ない。だから、当時の先生達がまだ何人かいる。実際、今の校長と教頭は、ずっと昔はこの高校で教師をやっていたんだし。
 だから、先生達は生徒を警戒している。そんな高校で、火事騒ぎがあったんだ。まだ火事の原因はわかっていない。先生達はいつも以上にいきり立っている。「あんな荒れた高校には絶対にしてはならん!」という教師達の意気込みが伝わって来る。
 そんな事を思いながら、私はF組の教室に入る。
「おはよう、真奈」
「……」
「真奈?」
 どうした事でしょうか。俯いて席に座ったまま、固まっている。
「夏希、放っておきなさい」
 ぶっきらぼうな声で話し掛けてきたのは、西木香りだ。
「真奈ったら、朝からこんな調子。何も喋らない。馬鹿みたい」
「そこまで言わなくてもいいじゃない!」
 真奈の事を悪く言ったので、何か言ってやろうと思ったけど、止めた。今、真奈と香りは喧嘩中だ。理由は知らんけどさ。喧嘩相手が朝から様子がおかしいもんだから、喧嘩中なのにも関わらず、心配して話し掛けた香りは、良い子だと思う。
 結局、真奈は昼休みなって、やっと話してくれた。
「昨日ね。また私の写真が郵便受けにあったの。これまでは一枚だけだったのに、今回は十枚も入ってて……。ねぇ、夏希。どうしよう、怖いよ」
 真奈が今にも泣きそうな顔で話す。
「私、香りとも喧嘩しちゃってる。さっき、香りが心配して話し掛けてくれたのに、無視しちゃった。どうしよう、小学校からの付き合いなのに!」
「ま、真奈、落ち着いて。ね?」
 真奈はついに泣き出した。周りがこちらを見ている。
「見てんじゃねぇよ!」
 怒鳴ると、皆は一気に他の所に目をやった。
「真奈、その犯人見つければ、大丈夫だよ」
 結局私は、昼休みはずっと真奈を慰めた。

 そして五時間目。
 授業って、なんてつまらないんだろうか。決められた授業日程を、一週間ずっと続ける。毎日、同じ事を続けるんだ。私はまだなりたい職業とか、未来に夢とか希望とか持ってない。ただ、未来に見えるのは不安だけ。授業中は、どうしても「私は汚い教室に閉じ込められて、こんな固い椅子に座って、日本史の教科書を開いていていいのだろうか? 本当にいたのかわからない豊臣秀吉。本当に太閤検地なんかやったのかわからない豊臣秀吉。実際にいたとしても、大変な女好きな人だったかもしれない。なのに、必死こいて豊臣秀吉の事を頭に詰め込んでる。もっと、学ばなければいけない事、やらなきゃいけない事が、あるんじゃないかな。つーか、ある。親友の真奈をストーカーから助けないと!
 ふと横を見ると、男子が何やら笑っている。寝ている男子の背中に、消しゴムのカスを置いて遊んでる。あぁ、幼いなぁ。絶対にこういう男子、クラスに何人かいるんだよな。
 私は、この幼い人達の中にいるのが、嫌だ。私も、周りから見たら幼いガキなんだろうけど、どうしても思ってしまう。奴らは幼いと。私は、こんなクラスにいていいのだろうか。私は、奴らよりかは、幼くは無いと思うんだけどな。
 ……つーか、暇だな。私の筆箱には、ボールペンと蛍光ペンしか入ってない。勉強する気ゼロ。右手に持つべきペンは無い。右手に持ってるのは、携帯。メールで暇潰し。
 友達に真奈の事について相談する事が暇潰しなら、それは真奈にとって失礼だけどね。

 チャイムで起きると、私はさすがに声をあげて驚いた。教室には誰もいない。
「おはよ、夏希」
「おはよう、真奈。……じゃなくて! 私、いつから寝てた!」
「五時間目の途中から寝てたよ。右手に携帯持ちながらね。隣にいた香りが気づいて、さりげなく携帯を机にしまってたよ。で、放課後の今、やっと起きたの」
「という事は、私は五時間目終わった後の休み時間も、帰りの会も馬鹿みたいに寝てたんですか!」
「そうですよ。高島夏希さん。私が悩んでいるっていうのに、全く……」
「ごめん、真奈」
 私はつい、頭をガリガリと掻いた。
「また、頭掻いてぇ。夏希の可愛い癖よ」
「そう? じゃあ、また掻く」
 私はまた頭を掻いた。
「もう、夏希ったら……。じゃあ、私帰るね」
「え、待ってよ。一緒に帰るんでしょ? 一緒に帰って、ストーカーっぽい人、二人で探すんでしょ。そして、逆に写真に収めて警察に突き出すのよ」
 私の携帯は、画質が素晴らしく綺麗だ。えっへん。
「でも、夏希はバレー部でしょ。一年のエースだって期待されてるんだから、やっぱり出ないとダメよ」
「真奈とバレーだったら、私は真奈を選ぶよ」
「もったいないなぁ。夏希、可愛いから中学の時からモテるよね。何人に告白された?」
「イケメンから告白されたのは覚えてるけど、イケメンじゃない人は覚えてないからなぁ」
 付き合うんなら、真奈みたいにおっとりした子の方が良いんじゃないかな。私なんか、男っぽいもん。
「可愛くてバレー部の一年エース。サラサラのロングヘアーが自慢の高島夏希か。羨ましいなぁ」
「何よ。いきなり」
「なんでもないよ。夏希見てて、ふと思っただけ。……じゃあ、私行くね」
「私も行くよ。絶対行く」
「……わかった」
 なんか私、駄々っ子みたい。
 外に出ると、私と真奈を、良い風が出迎えてくれた。
「わ、涼しい!」
 真奈が笑顔でくるくると回りだした。その嘘の無い素晴らしき笑顔に見とれる。もう十月になると、日が落ちるのが早くなってくる。夕日を背景に、真奈は私に笑顔を向けつづける。風景と人間を比べるのは価値観からしてちょっとおかしいかもしれないけど、真奈は夕日よりも綺麗だと、私は思った。
「ねぇ夏希。私、秋が好き」
「どうして?」
「北海道って尋常じゃないぐらいに寒いじゃん。もう十月の中旬になると、冬の匂いがするじゃない? あ、ていうか二日前に初雪降ったんだってね。ほんのちょっと。」
 確かに、そうだ。私達の済んでいる北海道は、信じられないぐらいに寒い。真奈の言う通り、十月の中旬になると、冬の匂いがする。そして朝の寒さには、挫けそうになる。つーか、中学三年の最後の方は挫けた。
「うん。わかるよ、それ。冬の匂いって、すぐわかるのよね。普段、外歩いてて匂いなんて感じないのに、秋は匂いを凄く感じ取れる」
「外でなら、いつも夏希の香水の匂い感じ取ってるよー」
「うるさーい!」
 真奈、一言多い女の子。そこが、真奈の面白い所かも。
「もう、早く行こうよ、真奈」
「うん!」
 明るさを取り戻した真奈と一緒に、警戒しながら歩き続ける。まるで、森で獲物を探してるハンターかのように、周りを警戒する。怪しい奴はいないか。真奈を狙う変態親父はいないか。
 ずっと警戒心を抱いていた私は、真奈の声に気づくのに時間が掛かった。
「夏希!」
「あぁ、ごめん」
「特に、怪しい人いないね」
「うん、そうみたい」
「もう私のマンションまで着いたらから、じゃあね」
 あら。気づけばもう真奈の家だ。
「うん、バイバイ」

 昨日から、私は女子高生から護衛兵になったんだ。か弱い女の子を守る、誇り高き護衛兵だ。そんな妄想を膨らませながら、バレー部の部室でタバコを吸っていると、扉が開いた。慌ててタバコを消して灰皿を机の中に入れて隠す。
「やっほー夏希」
「なんだぁ、真奈か」
「何よ。私じゃ、ダメなの?」
「そういう訳じゃないよ。あーあ。タバコもったいない」
 まだ二口しか吸ってなかったのに!
「またタバコ? もう、せっかく運動神経抜群なのに、体力落ちるよ」
「いやいや、毎日アホな教師に苛ついてる可愛そうな子なのよ、私は。だから吸う」
「なーにそれ。全部先生達のせいにしてさ。タバコ吸う口実でしょ、それは」
「真奈先生厳しいなぁ」
 さりげなく、鋭い事を言う真奈。
「ていうか、どうしたのよ。ここ、バレー部の部室よ。貴方は空手部でしょ」
「だって、この部屋好きなんだもん」
 バレー部の部室は、一階にある。中庭に面していて、中庭の広々とした風景が窓から見える。体育館から渡り廊下を渡り、一階の端に行くと部室がある。更衣室でたむろっている生徒がほとんどだけど、私と真奈はこのひっそりとした部室が好き。
「あ、真奈。お湯沸いたし、コーヒーでも飲む?」
「飲むー!」
 真奈が椅子にちょこんと座る。夕日に照らされているショートヘアーを、櫛で整えている。
「はい、どうぞ」
「有難う」
 真奈は小さい手でマグカップを触ると、手を引っ込めた。
「熱い?」
「ううん。大丈夫」
 机に置いてあったタオルでマグカップを包み、両手でマグカップを持ち上げて、口に持っていく。
「やっぱ夏希の淹れたコーヒーはおいしいね」
「誰が淹れても同じだっての」
「いや、そんな事ないよ。こういうのは、気の持ちようなの」
 真奈は、人差し指を私に向けて、言った。
「わかる?」
「いまいちわかんない」
「夏希は、オタクみたいな男が淹れたコーヒーと、イケメンが淹れた男が淹れたコーヒー、どっちを飲む?」
「……どっちも飲まない」
 すると真奈は、「何よそれー」と言いながら、大袈裟に机に倒れこむアクションを起こした。
「もう、夏希ったら」
「男の淹れたコーヒーなんか、飲めるもんか」
「また、頭掻いてるよ」
 気づくと、私の右手は後頭部を書いていた。
「あ、本当だ」
「本当に、癖だよね。その綺麗な長い髪を自慢してるの?」
 真奈が悪戯っぽい笑顔で言う。
「違うもん。気づいたら掻いてるんだもん」
 そう、特に困った時にね。
「私、小学校の時に、好きな男の子に告って、ふられて、その男の子にその後しばらく、いじめられたのよ」
 タバコを一口、大きく吸う。
「普通ならね、私をいじめようもんなら、百倍返しよ。でも、相手が好きな子じゃ、何も出来ないの」
 私は、男子が怖い。
「そっか。じゃあ、今度は私が淹れてあげるね」
「有難う」
 窓に目をやると、綺麗な夕日が見える。窓から見えるその風景は、四角いガラスに描かれた夕日の絵みたいだった。それ程に、素晴らしい。そして、昨日一緒に帰ったときの真奈を思い出した。
「……そういえばね」
「なぁに、夏希」
「ストーカーの事、友達に相談したんだ」
 心の中で、授業中に。と付け加える。
「……それでさ、真奈は、犯人はどんな人だと思う?」
「夏希も言ってたじゃない。言うまでもなく、変態親父よ」
「そうよね。私もそう思ってたわ。でも、その友達は、それは無いんじゃないかって言ってる」
「え?」
 真奈は小鳥のように首を傾げる。ショートヘアーの髪がふさっと揺れる。
「その友達は、その先入観から間違ってるって言ってた。その友達が言うにはね、ストーカーの犯人、川野亮子なんじゃないかってさ」
「は?」
 真奈は目を大きく見開いた。元々大きい目が、更に大きくなる。
「黒田君と付き合うことが周囲に認識されたのが、九月一日。そして、写真が始めて郵便受けに入っていたのが九月三日。そして、黒田君の元カノは?」
「……川野亮子」
「うん。そうなんだな。真奈って、黒田君と夏休み中に付き合いだしたんだよね。で、亮子は夏休みが始まる前に黒田君にふられた。だから、その友達が言うには、亮子の嫌がらせなんじゃないかって」
「待ってよ。普通、そこまでする? だったら、亮子……」
 真奈は、その後を言おうとしないから、私が代わりに言った。
「狂ってるね」

 何日か経つと、ストーカー事件は解決に繋がり出した。
「真奈!」
「何、夏希? ていうか、あっちで彩が呼んでるよ」
 彩。私の友達。
「あぁ、そうだね。それでさ」
「ちょっとぉ。何、彩の事無視してるのよ。かわいそうじゃない」
「ん。いいよ、別にどうせ大した用事じゃないと思うし」
「夏希ったら……。他人に少し冷たいよ」
 そうかな。そうかもしれない。ていうか、そうだ。私は冷たいんだ。彩の事は好きでもなく嫌いでもなく、という感じだ。
普通、と言ったら聞こえが良いけど、実際はどうでもいい存在だ。相手はどう思ってるかはしらないけど、私は彩と話が合わない。私は、友達は多い方だと思う。多い方が良いと思ってる。でも、話の合わない人と、作り笑顔で、無理やり話を合わせるなんて、そんな事は面倒だ。上っ面は嫌い。
 つまり、真奈とは上っ面なんか一つもない、清き正しい関係なんだ。素晴らしき友達なんだ。
「うんとね、友達から聞いたんだけどね」
「うん」
「その友達、亮子の後をつけたんだって。そしたら、コンビニでインスタントカメラ、買ってたってさ」
「本当なの、それ?」
 真奈が疑ったので、亮子がコンビニでインスタントカメラを買っている様子を写した写真を見せた。その友達が、携帯で撮ったものだ。……ていうか、これって盗み撮りって言うのかな?
「うわっ。なんか生々しいね、こう言うの。でも、本当だね。これ、亮子だ」
「うん。写真好きの真奈ならカメラを買っていてもわかるけど、あの亮子よ?」
 そう、あの亮子だ。いかにもミーハーで、将来はあの自慢の抜群のルックスを武器に、男とブランド物に埋もれながら生きていくんだろうな。その亮子がカメラを買うなんて、あり得ない。
「……ねぇ夏希。どうして、その友達は、私のためにここまでしてくれるの?」
「簡単よ」
「何?」
「だってその友達、西木香りだもん」
 真奈が、最高に嬉しそうな笑顔になった。

 放課後、誰もいない事を確認して、教室に入る。
「真奈はドアの所で見張ってて」
「うん」
 連携プレーは完璧だった。私はさっき亮子に、「香りが呼んでるから放課後視聴覚室に行って」と言っておいた。今頃、亮子は香りの他愛のない雑談攻撃をくらっているはずだ。
 私は、亮子の席に駆けより、おもむろに鞄を開けた。心臓の鼓動が早くなる。
「よっしゃ! ビンゴォ!」
 完璧。趣味の悪いデザインのインスタントカメラが鞄に入っていた。
「あった? 夏希」
「あったあった! これで後は亮子を問い詰めるだけよ!」
 連携プレーは続くのだ。私が香りにメールを送るのが合図になる。合図を受け取れば、香りは亮子を連れて教室に戻ってくる戦法だ。三対一で蹴散らしてやる。
 メールを送ると、すぐに香りは亮子を連れて教室に戻って来た。亮子は、すぐに険しい顔になった。
 もう少しだ。もう少しで、真奈を苦しめたストーカー事件は終わる。亮子は、性格が悪すぎる。黒田君にふられて、気づいたら黒田君は真奈と付き合っていた。その腹いせに、真奈に嫌がらせをしたんだ。その嫌がらせは、ストーカーと同じ行為だったのだ。絶対に許せない。
「亮子、話があるんだけど」
 私は、机に座って、キツイ口調で言った。缶コーヒーを一口飲む。
「何よ。三人共厳しい顔して。私がモテるからって、いじめようって?」
 ぶん殴ったろうか、こいつ。
「このカメラは、何かな? 川野亮子君」
「……っ」
 爆笑。マジで大爆笑。あまりにも図星を突かれた顔をするもんだから、三人で笑ってやった。
「おい! 返せよ!」
「そんな訳にはいかないね。これは大事な大事な証拠品ですもの」
「夏希、かわいそうじゃない。本当に、貴方は他人に冷たいわね。川野さん、怯えてるじゃない」
 真奈が笑顔で言う。いつもの屈託の無い笑顔ではなく、完全に嫌味を含めた笑顔。
「おい、お前ら何がしたいんだよ」
 亮子がほとんど叫ぶように言う。
「アンタが何したいのさ。真奈に嫌がらせして。ストーカーじゃないの」
「何の事だよ」
「何の事かわからないのに、なんでカメラごときで焦ってるの?」
 香りが援護してくれた。香りは、あの亮子がコンビにでカメラを買っている様子を盗った写真を見せた。携帯を、これでもかってぐらいに、亮子に見せつける。
「……何よ。後藤さん、意地汚い」
 後藤真奈が、意地汚い? こいつは、何を言い出すんだろうか。本気で殴ってやろうか。
「私の直樹を誘惑して、最悪!」
 直樹という名前を聞いて一瞬考えたが、そうか。黒田君の下の名前は、直樹だったな。つい忘れてた。
「何よ、それ。告白してきたのは直樹だもん!」
 童顔の丸顔が、紅潮する。
「絶対嘘だ。アンタみたいな、子供っぽくて消極的で地味な子に直樹が惚れるわけ無い。私の顔と、見比べてみなよ」
 次の瞬間、亮子の顔面に香りの鞄がぶつかっていた。
「さっさと謝れよ! 警察沙汰にするぞ!」
 香りがついに爆発してしまった。女の子なら「止めましょうよ。落ち着きましょうよ」と言うべきかもしれないが、生憎私はそういう女じゃない。止める気は無い。
「何をやっているの!」
 突然、ドアの方から声がした。教室の真ん中にいた私達は、ギロリとドアの方に目を向けた。
 そこに立っていたのは……。あれ、おかしいな。あれは、川野亮子?
 違う。ドアの前に立ってこちらを見ているのは川野麻里菜。そう、亮子と麻里菜は双子。麻里菜は姉。
八つの目に睨まれているのに、麻里菜は全く動揺しない。
「麻里菜、酷いのよこの人達。私がストーカーだっていうのよ」
 すると麻里菜は、無言でカメラを手にとると、そのまま去っていった。一同、呆然。
「……あ、カメラ!」
 声を発した時には、もう遅かった。亮子は姉を追いかけて教室から出て行った。教室に残ったのは私と真奈と香りだけ。あまりにも自然で、あまりにも凛々しかったので、つい動きが止まってしまった。
 悔しい。後もう少しで自白させられたのに。

 数日後、学校の昼休みに私は麻里菜に呼び出された。場所は誰もいない空き教室。
「何よ。貴方が私に用なんて」
 川野麻里菜は、キツイ性格をしていると聞いた。クールとも聞いた。とにかく、そういうキャラなんだ。顔は、亮子には劣るけど、美人と言えるレベルかな。
「単刀直入に言うわね」
 どうぞどうぞ。
「亮子に関わらないで欲しいんだけど」
「そのままそっくり返すわ。真奈に関わらないで欲しいんだけど」
「何? 亮子が何をしたって言うの?」
 なんだろう。この威圧感は。真っ直ぐと私の目を見てくる。その鋭い目には、強い感情が篭っているように感じた。
「真奈の写真撮って、真奈の家の郵便受けにその写真いれたじゃない。気持ち悪い」
「……そう。亮子、そんな事言ってたわ。冗談だと思って無視してたけど」
「わかってるんなら話が早いじゃない。止めるように言ってくれない?」
 麻里菜の行動に、私はつい目を目開いた。やはり姉妹は同じ生き物だ。こいつも狂ってる。驚く事に、真菜の写真をスカートのポケットから出して、私に見せつけた。
「これ、後姿だけど、後藤さん人気あるから、男子に売れるんじゃないかしら。そうね、一枚五十円って所かしら」
「姉妹そろって狂ってるね。それ、返せよ」
「嫌よ。交換条件しようって言ってるの。貴方達はもう干渉しないでくれるかしら。そうしてくれたら、写真は絶対に皆に公開しないわ」
 理不尽だ。あぁ理不尽だ。こんな事、あっちゃいけないだろ。最近、どうもおかしい。学校は燃えるし、真奈は同級生に嫌がらせされるし、壊れた女が今、私の目の前にいるし。
 いや、そんな事考えている場合じゃない。この女、本当にやりかねない。ここはとりあえず、素直に従うしかない。
「わかった。わかったから止めてよ」
 麻里菜は、ニヤリと笑うと、写真をポケットに戻した。

 放課後、私はまた、バレー部の部室にいた。
「夏希!」
 はい、なんでしょう。
「真奈、空手部の方はどうしたの?」
「今日はね、休みなの。……夏希は?」
「この制服姿見て察してよ。サボりよ。サボり」
「もう……」
「あ、またコーヒー淹れようか? しょぼいインスタントだけど」
「いや、今日は私が淹れるよ」
 真奈は、椅子につまづきながらも、ポットの置いてある所へ向かう。
「……あれ、いつのまにパソコン?」
 そう、パソコン。最近、パソコン室のパソコンが全て新しいもの変わったのだ。
「ん。それ、古いパソコンだよ。ちゃんとネットに繋がってるから、自由に使いたまえ」
「わかった」
 私は真奈の所に近づき、電源を入れる。
「……それでさ」
 真奈がコーヒーを入れた熱いマグカップを持ちながら、私の方を振り向く。私の顔面スレスレをマグカップが通る。
「うぉ! ちょっと真奈気をつけてよ危ないって!」
「ご、ごめん!」
 白い顔が一気に赤い顔になる。
「もう……。で、何?」
「あ、うん。川野さんの事なんだけど」
「あー。あのバカ姉妹には疲れるね。さっきも話したけど、写真見せないから、何もするなだって。本当、あいつら狂ってるぜ」
「女の癖に、変な言葉遣い」
 突然、男の声でそう言われた。ドアの方に目をやると、そこにいたのは……誰だ?
「アンタ、誰よ」
「俺か。この学校の生徒だけど」
「帰れ」
「冗談だ。神田俊だ。一年J組」
 全然知らない。真奈もポカンとしている。
「いきなり入ってきて悪いな」
「そうだよそうだよ。ここは私と夏希の秘密の場所なのに!」
「なんだ。お前らはその気があったのか」
「違うもん!」
 真奈が消しゴムを投げて必死に否定する。
「冗談だ。えっと、後藤さん。今、困ってるんだってね」
「え……。そうだけど、なんで知ってるのよ」
 真奈の顔が一気に曇る。しかし、神田は顔色一つ変えずに喋り続ける。
「そんな顔するな。俺、黒田の小学校からの友達。中学は別だけど」
「あ、そうなんだ」
 真奈が漫然と答える。私と真奈と黒田君は、同じ中学だ。
「それでさ。黒田が、亮子を説得してくれるらしいんだ。黒田の言う事なら、聞いてくれるかもしれない。だから、今はとりあえず、何もしないでいてくれないか。結果出たら、教えるから」
 引っかかりを感じた。黒田君が、直接やればいいんじゃないのかな。
「なんか、おかしいわね。どうも話が綺麗すぎる。説得じゃなくて、脅しなんじゃないの?」
 すると神田は、苦笑いしながら鼻の頭を掻いた。
「さすがだな、高島さん。頭の賢さにおいては、こんな頭の悪い学校にいるレベルではないね。黒田には口止めされてたけど、言うしかないか。そうだよ、脅すんだ。これでもかってぐらい、脅すんだ」
 怖いねぇ、男って。それだけ言うと、神田は部室を出て行った。去り際に、一言残していった。
「くだらない事は、嫌いなんだ」
 どういう、意味なんだろう?
「……あ、そうだ。ねぇ夏希。また写真が入ってたの」
 またか。でも、何故か笑顔だ。
「どうして笑顔なのよ」
「この写真、見てみて」
 見てみると……。なるほど。写真に亮子の中指と薬指が写っている。で、その中指には、亮子がいつもつけている黄色い指輪があった。
「あら。これは証拠になるじゃない。色々と、使い道はあるね」

 翌日、また面倒な事が起こった。
「高島さん」
 いきなり、亮子が話し掛けてきた。
「私の筆箱が無くなったの。ねぇ、どうしてだろうね?」
「知らないよ、そんなの」
「さっき鞄を見たら、私の筆箱が無かったの。もしかして、貴方じゃない」
 こいつは、何を言っているんだろうか。何故、私?
「いや、待てよ。なんで私なんだよ」
 亮子の友達の、加藤が口を挟んできた。
「最近、亮子と仲悪いみたいじゃない。麻里菜から聞いた話だと、少し前の放課後に、教室で西木さんと一緒に、三人亮子をいじめてたんだって?」
「ストーカーを、ね」
 すると加藤はポカンとした顔になった。そりゃあ、そうだろう。
「ねぇ、高島さん、貴方でしょう。何処に隠したのよ」
「だから違うって」
「あれ、見せていいの?」
 私は、短気です。高島夏希は、カルシウム不足です!
「お前いい加減にしろよ! 真奈の写真撮るわ麻里菜に妨害させるわ、本当に最悪! 何よ、そんなに黒田君にふられたのが悲しかったの? アンタみたいな性格の悪い悪性女より、真奈みたいな良い子の方が、男は惚れるわよ。そんなのも、わかんないのかよ」
「ちょっと! 亮子が可哀相じゃない。どうして、そういう事言うのよ。察しなさいよ。そんな事もわからないの?」
 加藤は椅子を蹴飛ばしてきた。
 うーん。この学校は、結構おとなしい女の子が多い印象なんだけど、何故うちのクラスは血の気が多いのが集まってるんだろうか。
「これ、なーんだ」
 私は、昨日の黄色い指輪が写っている写真を亮子に見せた。
 すると、加藤はすぐに気づいた。
「……っ」
 なんと。亮子が私に猛突進してきた。
「危ない!」
 真奈の悲鳴が聞こえる。私は不意を突かれて、その写真を盗られてしまった。
「あ、おい!」
 私は机に座っていて、思い切り机を吹っ飛ばして亮子に突撃した。誰かが「止めなよ!」と叫んでるけど、私は友達に嫌がらせを加える亮子を放っておくわけには行かない。
 突撃したけど、周り女子に止められてしまった。亮子は、そのまま廊下に駆け出していった。やってらんねー。
 気づくと、ドアの所に麻里菜が立っていた。
「おーい亮子。私の鞄にアンタの筆箱入ってたぞ。……なんだ、いないのか。ていうかアンタ達、教室でそんなに騒いでると、先生に怒られるわよ」
 一同、沈黙。

 苛々は止まらない。私は放課後、部室でタバコを吸いながら、パソコンで気晴らしをしていた。
「夏希ちゃん、また頭掻いてるわよ」
「描いてないもーん」
 と言ったは良いものの、左手が頭にあった。
「もう。あんまり掻くとハゲるわよ」
「女の子だもん。大丈夫だもん」
「ていうかさ、あの写真盗られたのは痛いよねぇ」
「痛い痛い。マジ、いきなり突進してくるなんてありえねーよ。なんだよあいつ、マジ狂ってるぜ」
 あの姉妹、見た目は美人だけど、中身は超ブサイク。
「黒田君が亮子を止めてくれればいいんだけどね」
「そうだよね。事は穏便に済ませたいよ。私、人生は自由気ままに生きたいの」
 そう言いながら、両手で持っていたメロンパンにがぶりつく。ポロリとメロンパンの欠片が落ちる。
「真奈、子供みたーい」
「子供だもん」
 いきなり、扉が開いた。神田だ。
「今、いいかな?」
「大丈夫よ。で、どうだった?」
「あぁ。亮子、止めるってさ」
 神田に拍手!
「本当? じゃあ私、もう写真撮られない?」
「大丈夫だと思う。黒田、かなり厳しく言ったからな」
「そっかぁ。私のために、そこまでしてくれたんだ」
 その時、神田の顔が一気に険しくなった。
「あのさ」
「何?」
 真奈がまた、メロンパンにかぶりついて言う。
「俺、前にさ、くだらない事は嫌いって言ったじゃん」
「うん」
「だから言うけどさ、君達、とてもくだらないんだ」
 ……は? こいつは、何を言い出すんだろう。
「後藤さん、そんなに喜ぶなよ。駄目だ。そのままじゃ駄目なんだ。アンタ、気づいてない。そのままじゃただの人形なんだ。くだらない事は止めるんだ」
「え、ちょっと。どういう意味よ」
「……黒田は、後藤さんの事は好きじゃない。黒田が好きなのは、高島さんだ。黒田は高島夏希が好きなんだ。アイツは高島さんとくっつくために、委員会で接点があった後藤さんにさりげなく近づいたんだ。別に、付き合うまでは考えていなかったらしいけど……。くだらないよ。後藤さん、黒田に惚れちゃった。でも、違うんだ。黒田は本気じゃない。黒田から見て後藤さんは、高島さんと付き合うための存在なんだ。後藤さんと仲良くなれば、高島さんと仲良くなれると、アイツは思ったんだ。止めようよ。本当にくだらない。黒田の事で喜んで笑うなんて、虚しいよ」
 そうか。そういう、事だったのか。私は、なんて声をかければいいんだろうか。普通なら、慰めるんだけど……。
「……私、黒田君の事、好きなんだけど」
 私と真奈の間に、とてつもなく大きい壁が出来たような気がした。

 あの、なんとも残酷な告白から数日後、学校にはパトカー二台と、消防車一台が来ていた。
 昼休み、いきなりサイレンが鳴り響き、最初は誰かの悪戯かと思ったけど、違った。一階にある掲示板に張ってあった学校新聞が、燃やされた。幸い、先生達が早めに気づいたので、大火事にはならずにすんだ。
 これまでの事を、思い出してみる。
 まず最初、学校の空き教室が燃えた。その次、真奈のストーカー事件。そして、今回の放火事件。二回の火事に、真奈のストーカー。これほどまでに非日常で、残酷な事は続くものなのだろうか。
 私は、右にならえの人生を送ってきた。人と同じ。型破りな事はしない。堅実に、確実に、そつなく生きてきたつもりだ。まだ十六年しか生きてないから、大きい人生の分かれ道といえるものは、やはり高校受験か。
 残念ながら、激戦の末に私は負けた。あっけなく落ちてしまった。そして今、香蓮高校にいる。これで人生が良くなったか悪くなったかはわからないが、あまり変わりは無いのかもしれない。
 そんな、ごく普通の人生を歩んできた私の目の前には、三つの非日常。まず、短期間に二回も火事なんて、これは大事だ。ましてやここは、十八年前で「泣く子も黙る香蓮高校」と呼ばれていた、悪名高き香蓮高校だ。今は、平和だけどね。その歴史があるから故に、教師たちは十八年前の姿に戻るのが怖くて。香蓮が荒れていくのが怖くて、現在全校生徒が教室に押し込められて、全校アンケートを行っている。
 ……教室って、生徒を閉じ込める缶詰なんだなと、私はふと思った。
「今回の火事は、ぼやですんだからよかった。しかし、皆。前回の火事はどうだ。消防車を呼ばないと消えない程の火事だった。これは言うまでも無く放火だ。うちの生徒だ。誰か、何か知っている事があったら隠さずに書け」
 こんなの書く奴、いるのかなぁ? ていうか、一階は体育館や理科室や、そういう特別教室ばかりなので、昼休みは一階に生徒はほとんどいない。見てる奴なんか、いないと思うんだけどな。
 昼休みが終わっても、授業は開始されない。急遽ホームルームになった。そして、真奈が職員室に呼ばれてしまった。
「高島さん」
 最近やたらドアの前に人が立っているなぁ。今回は神田だ。
「何?」
「さっき、校内放送で後藤さん呼ばれたよね。犯人って、後藤さん?」
「そんな訳ないでしょ。どうせ、書いたの亮子よ。絶対に亮子よ。あいつ、マジで狂ってる」
 私は気づいた。右手が頭を掻いていた。この癖、全然治らないなぁ。
「そうかな。そこまで人間狂うのかな。さすがに放火の犯人を他人に押し付けるほど、狂う事は出来ないんじゃないか」
「亮子、昼休みに教室にいなかったよ」
「マジ? じゃあ、もしかして、川野亮子が犯人で、後藤さんに罪を被せたのか?」
 いつも爽やかな顔をしている神田の顔が、一気に紅潮して、怒りの顔に変わった。
「……でもさ、放火だぜ? さすがにそこまでやるのかなって、思っちゃうよ。それに証拠が無いんだから、絶対に後藤さんのせいにするなんて事は出来ない事ぐらい、川野亮子はわかるじゃないか。後藤さんのせいにするのは、難しいよ」
「馬鹿ね。こんな状況下で、校内放送で一年F組後藤真奈さん、第三職員室に来て下さいなんて言われてみ? 気分悪いじゃない。怖いじゃない。腹立つじゃない。これだけで、亮子は十分かもよ?」
「……まぁ、確かにそうだよな。結局は、本当の事はわからないけど。あのストーカーまがいの嫌がらせの件もあるし、やっぱり川野亮子は関わってるのかな……」
 本当の事は、わかってる。だって、私は犯人知ってるもん。
 三時間目と四時間目は体育があった。私は昼休みに、更衣室に携帯を忘れたから、一階の体育館に行くために体育館に行った。そしたら、もうビックリ。一階のひっそりとした廊下に、ニヤリと笑う真奈を見た。
 そして、燃え盛る学校新聞。この学校新聞を書いているのは、生徒会の麻里菜。
 いつものんびりな真奈。笑顔が可愛い真奈。子供が大好きな真奈。優しい真奈。そんな真奈が放火を二回。こんな事があっていいんだろうか。多分、一回目の放火も真奈だろう。一回目の放火事件が起きる以前から、亮子からの嫌がらせを真奈は受けていたんだ。
 ありえない事だ。あんなに優しい真奈が放火なんて、ありえない事なんだ。それだけ、亮子は真奈の心を乱したんだ。許せない。絶対許せない。亮子のせいで心がズタズタになって、優しい真奈は放火魔の真奈になってしまった。なんであんなに良い子が、こんな人生を歩まなければならないのだろうか。歩むべきじゃないんだ。
 どうしよう。私は、友達の真奈のために黙っているべきなのか。いや、友達だからなんとか自白させるべきなのか? どうしよう、どうしようどうしよう。わからない」
 ……いや、悩む事は無い。誰かのせいにしなくても良い。とにかく、真奈を守らないと。もう、あんな真奈は見てられない。
 真奈が戻ってきた。あの告白があってから、あまり話してないけど、そうもしてられない。
「真奈! ねぇねぇどうしたの何言われたの? 全く酷いよね。真奈がやる訳ないのにね。ねぇ、教えてよどんな事言われてどんな事聞かれたの?」
「後藤さんどういう事? まさか後藤さんが犯人じゃないよね? そういえば昼休みに後藤さんいなかったけどどこで何してたの?」
 他の女子生徒も喋りまくる。
「ちょっと待ってよ! 私、聖徳太子じゃないんだから、そんないっぺんに答えられないよ!」
 ごもっともです。
「お前がやったのかって言われて。違いますって言ったら、ちょっと色々と聞かれただけ。先生、後藤がやる訳ないって言ってくれた。それに、証拠だって何もないもん」
 良かった。真奈は白になったんだ。
「あの、夏希」
 久しぶりに、真奈に名前を呼ばれた。
「今日、久しぶりに放課後、部室で話そう」
「うん。いいよ」
 良い気分になった途端、亮子がこちらに近づいてくる。お、後ろに麻里菜もいるじゃないか。何、自分の教室から出てきてんだ、こちは。
「ねぇ、後藤さん」
「何よ」
「貴方、放火の犯人なんですってね?」
 麻里菜が嫌味な声で聞いてくる。
「貴方の妹さん、ストーカーまがいの嫌がらせをやっていたそうね」
「おい。お前、これ見せるぞ」
 亮子の手を見て、驚いた。沢山の真奈の写真を持っている。
「放火魔さん、今ここでバラまいたら、どうなるかしら」
「何よ。私じゃないもん」
「そうだよ。どうせ、亮子がやったんでしょ。最悪。根暗」
「何よ高島さん。こんな、男に騙されてた女を庇うなんて、優しいじゃない」
 その瞬間、ついに真奈の目から、涙が溢れてきた。
「ま、真奈!」
 反射的に亮子を蹴飛ばそうとしたけど、麻里菜の態度を見て、足を引っ込める。
 明らかにおろおろしている。なんだ、こいつ。涙に弱いのか。
「泣かないで欲しいわね。高島さん、後で売店でジュース買ってきてね。そしたら許してあげる」
 チャイムが鳴った。もう、放課後だ。

「理不尽な事この上ねぇー!」
「ご、ごめんね夏希」
「いいのよ真奈。悪いのは全部あの川野姉妹なんだから。それにしても、なんで私があんな目のキツイ女のためにジュースを買いに行かなきゃならないのかしらね!」
 私は、缶コーヒーを一気飲みする。
「だよね。人生、嫌な事ばかりだね」
「そう、人生なんかつまんないわ。だって、考えてみてよ。私達、この先の事想像出来る? 高校出て、社会に出ている自分を想像出来る? 私は、出来ない。何もしないで、バイトに明け暮れる日々なら想像出来るけど」
「夏希は可愛いしモテるから、すぐに結婚出来るじゃない。結婚は、人生の逃げ道よ」
「私、モテないもーん」
「夏希人気あるじゃない。これまでに何回ぐらい、告白断った?」
「告白なんか、された事ないもん。私、男子と話さないもん。最近話したと言えば、神田ぐらいだけど、神田は事情があっての事だしさ」
「せっかく共学なのに……。もう少し、他人に心開いてみたら?」
「うーん」
「ほら、また頭掻く」
 真奈は、私の頭を指差して指摘する。腕には、前も付けていた、赤いミサンガ。
「うるさーい」
「まだ私達十六歳よ。……いや、もう十六歳よ。人生で一番楽しいは、学生時代だと思わない? 私、どうしても社会人が楽しそうには見えない。まず、面倒そうでしょ。それに、今まで以上に人間関係が苦しくなりそう。一番人生を楽しめるは、今だと私は思うよ。そりゃ、まだ私達みたいな子供にはわからないだけで、社会人の生活の方が楽しいのかもしれないけどさ。せっかく、この世に生まれてきたんだから、なるべく楽しく生きなきゃ、損だと思わない?」
 いつもほんわかしている真奈が、そこまで深く人生に語るとは、少し驚きだ。
「うーん。でも、男は怖いよ。私はね、そつなく無難に人生を過ごしたいの。なのに、最近悪い事が多すぎる」
「私なんか、もっと酷いよ」
「え?」
「私、小さい頃はね、アパートに住んでいたの。で、隣の部屋が燃えたの。その時、隣には誰もいなかったの。ボロアパートだから、すぐに火は私達の部屋に飛び火したわ。部屋にいたのは幼い私だけ。母親は、アパートの近くのコンビニに、軽い買出しに出ていてね、戻ってきたらもうアパートは凄い勢いで燃えていたわ。そりゃ、ビックリしたでしょうね。その燃えているアパートに、まだ歩けるようになったばかりの私がいるんだから。当然、助けに来てくれたわ。でも、でもね。死んじゃったの。意味わからないよね。なんで死ななきゃ駄目なんだろう。ここからはアパートの大家さんから聞いたんだけど、なんと、母親は私を外に投げたの。そして、見事あの大きなマットに着地。もう、来るの遅いわよね。私だけ、助かっちゃった」
 そんな、過去があったなんて。間一髪で真奈は助かって、間一髪で真奈の母親は死んだんだ。……やっぱり、人生って理不尽なんだな。人生なんて、やってられない。
 でも、真奈が次にこんな事を言った。言わないでいて欲しかった。
「……火事が起きた隣の部屋の人、担任の大野なんだ」

 あれから一週間が経った時の放課後、私は黒田君に一緒に帰ろうと言われた。多分、亮子の事で色々と話があるんだろうと思ったので、一緒に帰る事にした。別の理由が、無い訳でもなかったけど。
「それでね、三日前に真奈の大事な赤いミサンガが盗まれたの。絶対犯人亮子よ」
「全く……。あの女、怖いねぇ。真奈がミサンガ盗まれたって騒ぐもんだから、新しく赤いミサンガ買ってやったよ」
「お、黒田君優しいねぇ」
 なかなか、これといって大した話を持ち出してこない。神田の、「黒田が好きなのは、高島さんだ」という言葉が、頭から離れない。
「あれ、なぁ高島。あれって……」
 黒田君の指差す方向を見ると、そこには人気の無いひっそりとした公園。そこには、亮子がいた。……泣いてる。
 よく見ると、何かを燃やしている。あれは、写真かな?
「……昨日、もう一度説得したんだよ。もう、嫌がらせは止めろって。ずっと話してたら、わかってくれたみたいだな。やっと、反省したかな」
「亮子、なんて言ってたの?」
「そうだな……。そうよね、後藤さんは悪くないよね。後藤さんは……。とか言ってたな。他にも色々と言ってたけど」
「そっか。もう、大丈夫そうね」
「あぁ、そうだな。川野亮子、最近は神田と付き合い始めたんだぜ」
「え?」
 私は、完全に思考が停止した。
「わからないな。人間って。俺、最近疲れてきた。まさか神田と川野が付き合うなんて、想像もしなかったよ」
「私もだよ、そんなの!」
「結局、川野は男なら誰でも良かったんだな。目の前から黒田消えて気が狂っても、また新しい男が現れたら、もう黒田の事で気が狂う事はないんだ」
「……それこそ、狂ってる」
 私は、どんどん後ろに離れていく公園を眺めながら歩いていた。……後ろを見ながら歩いていたのがいけなかった。後ろには、同じ帰り道の真奈がいた。
 これは、やばい事になった。見られた。絶対誤解された。真奈は、悲しい顔になるかと思いきや、昨日黒田君にプレゼントしてもらった赤いミサンガをじっと眺めた後、真奈の顔には、怒りの顔が浮かんでいた。つい一歩後ろに下がってしまう程に、恐ろしい顔だった……。

 あの真奈の恐ろしい怒りの顔が、頭から離れない。
 私は、金曜日の夕方を、一人で帰っていた。そして、このまま平和に家に帰るはずだったのだが……。
「きゃあ!」
 私は派手に道の端によろけた。体制を立て直して、一目散に走り出した。
 ありえない、絶対にありえない。人の気配がして後ろを振り向こうとしたら、何か鈍器のような物で殴られそうになった。
私は、なんとか避けたのでかすった程度で済んだけど、今のは何? 通り魔か
 こういう時、人は正確な思考が止まる。私を殴ろうとした人の顔なんて、見ようと思わなかった。ただ、とにかく逃げろ。生きるために逃げろ! こう反射的に感じて、とにかく逃げた。
 怖かった。本当に怖かった。
 何が怖いって、一瞬見えた右腕に、赤いミサンガ見えたからだ……。

 その数日後、学校帰りに、また私は後ろから鈍器で殴られた。
 今回は、クリーンヒットした。痛い。激痛だ。こんな痛みは初めてだ。
 私は、気づくと血を流して地面に横たわっていた。私、死ぬのかな? まだ十六歳なのに。せっかく生まれてきたのに、殺されて死んじゃうんだ。人の手によって、私の人生は終わるんだ。なんだよ、それ。理不尽極まりないじゃないか。なんで、私が殺されなきゃならないんだ。
 もう、意識が曖昧になって来た。そろそろ、考える事すら出来なくなりそう。
 私は感じた。助からない。私は死ぬんだ。生まれて初めて、死に直面しているんだ、私。死ぬ時って、そうか。こんな感じなのか。嫌だな、死にたくないな。
 この、凄まじい絶望感が嫌だ。とてつもない恐怖が私を包んでいる。もう、いいよ。私の人生、終わっていいよ。早く終わってよ。この絶望感と、痛みから逃げたい。楽になりたい。



 最後に見えたのは、不気味な笑顔で私を見ている亮子だった。
 そして亮子は、盗まれたはずの真奈の赤いミサンガを、ゆっくりと投げ捨てた。
2006/11/04(Sat)23:55:34 公開 / 風神
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