- 『私には貴方、胸には輝き』 作者:弥生 / ファンタジー 恋愛小説
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原稿用紙約9.7枚
まさかこんな事になるなんて思ってもみなかった。今までずっと探し続けてきた『カゾク』が現れて。炎の精霊とかいう変な奴につきまとわれて……。でも、何より驚いたのは。私が彼に恋をしてしまった事。ただ、それだけ。それだけの事なのに、どうして胸がこんなに痛むんだろう?
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〜プロローグ〜
コツ、コツという靴の音が、夜の通りに響いた。
静寂な雰囲気を漂わす町を、女が一人歩いていた。
その豊かな胸には、炎色の首飾りが付いていた。
いや、『憑いていた』のかもしれない。
とにかくそれは、月明かりを受けてキラキラと輝いていた。
「……ククッ」
不意に、女の口から笑い声が漏れた。
そして、女はある一軒の小さな家の前で立ち止まった。
「もうすぐ……もうすぐよ、アロン。貴方の主が誕生するのは」
彼女は誰に話しかけたのだろう?
それらしい影は、何処にも無かった。
女が見つめるその家の中には。
可愛い顔をした、可哀想な女の子が住んでいるのだった……。
第一章 炎の精霊 1
朝日が、全開された窓に差し込んだ。
ベッドにうつ伏せになって寝ていた少女が、音を立てずに起き上がる。
大きなあくびをしてから、呟いた。
「……もう朝か」
少女の名前はリル。
小さな町の外れの小さな家に住んでいる、孤児の女の子だった。
リルは、物心がついたときから、親がいない。
近所の人に食べ物を分けてもらったりしながら、一人で生きてきた。
しっかりとした性格なので、もう完璧な人間と言っていいだろう。
彼女が親がいないために枕を濡らす事は、決してなかった。
リルは、半開きの目をこすりながら、台所へ向かった。
「今日の朝ごはんは……どうしようかな」
散々悩んだ挙句、彼女はパンとゆで卵とコーヒーだけで、朝ごはんを済ませた。
リルは学校に行ってないので、一日中好きな事をやりたい放題だ。
けど、彼女には友達もいないし、兄弟もいない。
庭の花に水をやり、買い物に行ったら、あとはもうどうでもいいのだ。
いつも、同じ時が過ぎていく。
それは彼女にとっては普通の事。
だけど、周りから見ていると、とても残酷な光景だった。
リルが庭に出ようとすると、ドスッ、という鈍い音が聞こえた。
それと同時に、男の子のうめき声も聞こえる。
「いってぇ〜〜〜!」
リルは慌てて庭に出た。
そして、彼女は声が出なくなるくらい、驚いた。
「だ、誰!?」
最初にリルの瞳に映った色は―――――紅。
紅い瞳の男の子が、涙を浮かべて自分の頭を擦っていた。
リルは恐る恐る地面を踏みしめ、男の子に近づく。
「君は誰……!?」
リルが尋ねると、男の子は顔を上げた。
途端に、その紅い瞳と目が合う。
その目は宝石のように輝いていて、リルは思わず見惚れてしまった。
「あ、えっと……。俺は」
男の子は最初戸惑ったような顔を浮かべた。
そして少し何かを思案してから、リルに向き直った。
「俺はアロン」
「アロン、かぁ。見かけない顔ね。どこから来たの?」
リルの冷静な対応に、アロンは少し驚いた顔を見せた。
金色の髪が、風になびいてサラサラと揺れる。
アロンは俯き、口ごもりながら言った。
「えっと……遠い所」
「……そっか」
リルは顔を曇らせた。
「……なんでそんな悲しそうな顔するんだ?」
「だって。遠い所から来たのなら、帰らなければいけないでしょう?」
ならば友達になっても意味が無い、と言ってリルは花壇に植えてある花を見つめた。
しばらくアロンはリルの横顔を見つめた。
そして、沈黙を破った。
「いいじゃん。友達になっても」
「え……」
「俺と友達になろう」
リルはびっくりしてアロンを見つめた。
最初はからかっているのかと疑ったけど、アロンの顔は真剣そのものだ。
今まで友達がいなかったリルには、今の言葉がくすぐったく感じられた。
そしてリルは、顔を輝かせてアロンの手を握った。
「―――――うん! ありがとう!!」
手を離して、リルは改めてアロンを見つめた。
(……変わった格好)
アロンは、本当に変わった姿をしていた。
まず、異端の紅い瞳。
そして、金色に輝く艶やかな髪。
何より変わっているのが、服装だ。
まだ暑いのに白のコートだなんて、ありえるのだろうか。
しばらくしてから、アロンは立ち上がった。
「ワリ。もう行かなきゃ。また来るよ」
「あ、うん」
不思議と寂しくはなかった。
彼が、『また来るよ』と言ってくれたからだろうか。
本当にまた会えるような気がする。
リルは、笑顔で彼の背中を見送った。
2
アロンが見えなくなるのを見届け、花に水をやると、リルは買い物に出かけた。
リルが毎日通っている市場は、人が多くてにぎやかで、活気溢れる場所だ。
親の愛情を注がれてないリルにも市場の人たちは明るく声を掛けてくれる。
「よっ、リルちゃん。今日は活きのいいのが獲れたよ!」
「じゃあ、これ一匹ください」
魚屋や八百屋を回り、リルは重い袋を両手で抱えながら家に向かった。
いつの間にか、太陽は西の方角へ沈みかけている。
あの先には何があるんだろうと、リルはいつも太陽を見つめながら考えていた。
「……あれ?」
玄関先に、誰かが立っているのが見える。
リルは目を丸くして、女をまじまじと見つめた。
(すごい美人……)
艶やかな黒い髪は、アスファルトに溶け込むように長く伸びていた。
背はスラリと高く、肌は雪のように白い。
夜空のような黒い瞳は、リルの家を見つめていた。
リルはおずおずと女に歩み寄る。
「あのぉ……私に何か用なんですか?」
リルの声を聞いて、女はゆっくりとこちらを振り向いた。
真っ黒の瞳と目が合う。
口紅を塗ってないのに真っ赤な唇は、女のリルでもドキッときた。
女は、小さいがよく響く声で言った。
「久しぶりね、……リル。私のこと、覚えているかしら?」
「えっ?」
リルは女をじぃっと見つめた。
(私、この人と会った事あるのかしら?……見覚えがないけど)
リルの表情を見て、女は微笑を浮かべた。
その微笑みは、嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。
「やっぱり覚えていないのね……。私はあなたの姉、シャインよ」
「……えっ!?」
リルは思わず口に手を当てる。
いきなりの言葉で、頭の整理ができなくなった。
リルは深く唸り、しばらく黙り込んだ。
(えっと……この人が私の……って事は)
リルはパッと顔を上げ、目の前に立っている『姉』を見つめた。
「あなたが……私の、お姉さん?」
「えぇ、そうよ。久しぶりね、リル」
確か最後に会ったのはあなたが三歳の頃だったわ、と言って、シャインは笑った。
リルはしばらく呆けていたが、やがて胸の底から何かが込み上げてきた。
よくわからない衝動に駆られ、気が付けばリルはシャインを抱きしめていた。
「姉さん……!」
初めて会った人に抱きつくなんて変だと、リルはふと思った。
けど、目の前にいる姉も、リルのことを抱きしめてくれていた。
リルは、今までで一番、幸せな気分だった。
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2006/10/22(Sun)19:28:56 公開 / 弥生
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