- 『輪ゴム』 作者:こーんぽたーじゅ / ショート*2 リアル・現代
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全角2307.5文字
容量4615 bytes
原稿用紙約6.5枚
時間は何かに夢中になっているときは早く過ぎて、どうでもいいときはゆっくりと退屈に過ぎていくものですよね。それをしみじみと感じられる、そんな作品です。
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俺は今、自分の住んでいる六畳一間のアパートを五ヶ月ぶりに掃除している。というのもつい昨日、二年間続けたレンタルビデオ店のアルバイトを急にクビになった。そして今、気まぐれで思いついた掃除を気分転換に行っている。
俺の部屋にあるのは、毎週買っている漫画雑誌の山、テレビゲーム、主にカップ麺の容器等のゴミの山、そして日常品くらいだ。
バイトだけでは生きていけないので、親から仕送りをもらっている。口実は「専門学校の学費は稼げているけど、生活費が足りません」だ。もちろん専門学校なんぞ行ってない、高卒で上京してきたフリーターである。
昼はサバイバルや残酷系のゲームで楽しんで、夜はバイト。これが俺のライフスタイル。それにしても、サバイバルや残酷系のゲームを好み、二十歳になっても選挙に行かず、税金も滞納している俺の心は我ながら病んでいると思う。そんな生活を三年ほど続けて今日に至っている。
そして俺は、アパートを掃除中、酒とお惣菜の残りくらいしか入ってない冷蔵庫と、その横に置いてある、主にカップ麺をストックしておくための段ボールとの隙間にあるものを見つけた。
「何だこれ?」
俺は手を伸ばしてそれを手にとってみる。
「輪ゴムか」
俺は茶色から色あせてしまったそれを、両手の親指と人差し指でびよーんと伸ばしてみた。どうやらまだまだそれは切れそうに無いようだ。
輪ゴムを両手で伸ばす、そして縮める。そして徐々にその速度を上げてみる。輪ゴムは微妙に震えながら、逆にまるで俺の両手を操ってるかのような動きを見せる。なんともその動きは憎たらしかった。
気が付けば俺は気まぐれで始まった掃除を中止して、まだ散らかったままの部屋の隅で三角座りをしながら輪ゴムと戯れていた。辺りには先ほど食べたばかりの昼食のカップ麺の容器や割り箸が散乱している。
俺は掃除のことなんか気にも留めず、動かしていた両手を止め、輪ゴムをじっと見る。微妙に埃がついた輪ゴムはまだ微妙に震えながら、その独特の匂いを醸し出し、俺の視覚と嗅覚に不思議な懐かしさを思い出させた。
「遊んでみるか」
そうして暇な俺の輪ゴム遊びは気まぐれで始まった。
「まずは定番の輪ゴム飛ばしだな」
張り切った様子でそういうと、右手で持った輪ゴムを左手の小指と薬指で挟むようにし、その後左手をピストルの形にしたら、輪ゴムを親指にかけ、そして小指の先に引っ掛ける。実に単純な作業だ。小指と薬指の力を弱め輪ゴムを飛ばす。すると輪ゴムはぴゅーんと飛んでいき、部屋の真ん中に積んである雑誌の上に落ちた。
「端っこまでは届かないなー」
そこから俺の挑戦は始まった。高卒で、高校でもろくに勉強なんぞしなかった俺だが、一度はまった事は止められない人間である。「確か飛ばす角度は斜め四五度が一番飛ぶんだったな」や「もっとピンと伸ばしてみようか」と試行錯誤の末、部屋の端っこまで届くようになった。今更なぜこの研究心が学問に向かわなかったのかが不思議でたまらなくなった。「もしかしたら俺はけっこうな逸材だったのかも」と自分自身が少し誇らしくなったりもした。
輪ゴムを拾うべく、俺は自慢の長身を持ち上げて、部屋の隅っこのほうへと歩いていった。輪ゴムを拾うとまた定位置につく。そして飛ばしては拾い、定位置につくという一連の動作を何回か繰り返していると、さすがに飽きてきた。
「的を作ってみるか」
俺はそう言うと、処理に困っていた昼ごはんのカップ麺の容器を手に取り、ハサミやテープで的を作ることにした。
「そういえばこの部屋に、ハサミやテープなんてあったっけ? たぶん一人暮らしには必要ないものだから無いだろうな」
俺は少し頭の中で練っていた的のアイデアを削除し、机の上にぽつんとその容器を置いた。
「敵兵はカップ麺の容器一名! 撃てー!」や、「くそっ、手ごわいな」等と言いながら、六畳一間の戦場で黙々と戦った。最初のうちは外すことも多かったが、コツを覚えればゲーセンとかでやるシューティングゲームと一緒のようなものだ。
ぴゅーんと飛んだ銃弾は、ターゲットの心臓付近で、「パチン」と音を立てて当たり、ターゲットはくるくると三回転ほどした後で地面に崩れていく。俺はその様が愉快でたまらなかった。もしも日本で戦争が起きたら、俺はこんな気持ちで人を殺すのか? と考えてみると、容器に人の面影が浮かんで撃つのをためらった。そして、自分の病んだ性格が嫌になった。
少しはためらったが、楽しいことに変わりは無かったので、次は昨日の分のカップ麺の容器を二つ並べて敵兵を三人にしてみた。
まずは一人目、ぴゅーんと俺の人差し指から離れた銃弾は敵兵の足元をかすり、そして倒した。「楽勝!」等と歓喜の声を上げると、敵兵は牙をむく。油断は禁物である。そして敵兵の足元に転がっている銃弾を素早く捕ると、移動中の一連の動作で左手に銃弾を込め、二人目を狙い、そして撃つ。次は上を掠めて倒した。「あと一人」俺は呟くと、自分とは反対の方向へ飛んでいった銃弾を拾い、「これでチェックメイトだ。」と少し気取った台詞を残し、左手に銃弾を込めようとした。しかし、銃弾は「プチン」と音を立てて、切れてしまい、俺の足元にぽとりと落ちた。
「あと一人だったのになぁ……」
俺は小さくため息をつき、窓の外を眺めてみた。この遊びを始めたときはまだ真昼間だったのに、今の窓の外の景色はオレンジ色に染まっていた。
「コンビニでも行くか」
俺はそう言うと、残りの一つの容器を手で倒して、財布と携帯を手に玄関の外に広がるオレンジへと消えていった。
――了――
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2006/10/25(Wed)23:30:05 公開 / こーんぽたーじゅ
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■作者からのメッセージ
SSは二作目になります。今回は初めて現代物にチャレンジしてみました。何か不自然な事や誤字脱字の指摘やアドバイスを頂けたら大変ありがたいです。
十月二十四日 書き出しを甘木さんのアドバイスにより、付け加えました。
十月二十五日 改行を訂正しました。