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『手紙』 作者:織方誠 / リアル・現代 ショート*2
全角3590.5文字
容量7181 bytes
原稿用紙約11.5枚

 窓辺に手紙があった。

 目の前に海の見える窓からは、時折潮風が届く。風はとても穏やかなもので、窓辺に飾った造花がふわりと揺れる。
 手紙がわずかな風にも飛ばされぬよう、上に置物が重石の代わりに置いてあった。小さな黒猫の人形で、目には紫色の石がはめ込まれている。
 だからすぐに、手紙の主はわかった。
 少し迷ったあと、迷った自分に苦笑を浮かべながら、そっと黒猫を動かして手紙を手に取る。
 白い封筒には宛名がなく、封もされていない。中身を抜き取ると、罫線も何もない真っ白な紙に、小さな文字がいくつか並んでいた。
 彼らしいなと思う。そして、彼らしくないと思う。
 人と言葉を交わすのが苦手で、口下手な彼は、何か大切な用事があるときにはこうして何かに言葉を託すことで思いを伝えることが多かった。そんな彼と、すぐに感情を高ぶらせて我を見失ってしまう自分との相性は、だから良かったのだろう。
 けれどいつもの彼ならば、直接手紙を手渡すはずだ。そしてその場で答えを聞くまで待っている。こちらが手紙を読み、思いをめぐらせて、そして言葉を返すまでずっと待っている。
 もちろん、時には置手紙だってあった。その時は彼の代わりに黒猫が手紙を守っていて、そしてその猫は、こちらが手紙を読み終えるまでじっと待っている。
 置手紙は普段の手紙以上に簡潔で、出かけ先と、帰宅予定が必ず書かれていた。
 そして文末には『必ず帰る』と、お決まりのように書かれていた。
 まるで何かの誓いのように。



 少し上を見上げると、造花の飾られた窓辺が見える。
 あそこからの景色を自分はよく知っていて、朝も夜も関係なく、何度も眺めたことがあった。目の前の海を一望することができるその場所は、部屋の主が一番気に入っている場所だ。
 だからその場所に、手紙を残してきた。
 あと数時間もすれば部屋の主は帰ってきて、そしてあの手紙に気付くだろう。宛名も差し出し人の名も書かなかったが、それでも相手は必ず気付くはずだ。今までも置手紙は決まってあの場所に置いていたし、印となるものも置いてきたのだから。
 手紙を書くのは好きだった。口ではうまく伝えられないことも、文字にすれば伝えることが出来る気がした。何度も考えて、気に入らない言葉は削除して。そうして選んだ言葉だけを相手に伝えることは、とても素晴らしいことだと思っていた。
 けれど、歯がゆさもある。あの手紙を読んだ時、相手はどんな表情をするのだろうか。何を思い、何を自分に伝えようとするのだろうか。
 直接言葉を交わせば、相手の反応はすぐに帰って来る。手紙ではそうはいかない。だからいつも、手紙を読む相手の傍にいたのだけれど、今日はそれが出来そうにない。
 もう、時間がない。
 伝えたいことは、もっとたくさんあったのだけれど。
 全部伝えようとしたらとても分厚い手紙になってしまうし、言い訳のようにも見えてしまうし、未練がましいと思われるのも不本意だった。
 だから何度も書き直しながら選んだ結果、残った言葉はとても短いものになった。



 きっかけは、とても些細なことだったのだ。
 いつものように、片方は言葉が足らず、片方は言葉が多すぎて。
 誤解を生んで、すれ違って、意地になって。そして離れていた時間がいつもより少しだけ長くて。
 だから、もう終わりにしようと思った。
 今の状況を続けることは、互いに良いことではない。
 他者の理解を得難い関係であるというそれ以上に、このままで居続けることは不可能だと、どちらからと言うこともなく互いに感じていたのだから。
 永遠なんてあるはずがない。人はゆっくりと、見えない場所で変わってゆく生き物だから。
 だから今は一緒にいても、誰よりも近くにあっても、いつかは離れてしまうのではないかと。気付いた時には、もうどうしようもなく離れてしまっているかもしれないと。
 そんな恐怖を、確かにどちらも抱いていたから。
 だからこそ自分たちには『きっかけ』が必要だったのだろうと思う。何でもいい、今の状況を変えるような、何かが必要だった。将に今が、そのときなのだろう。
 問題は、どちらが先に動き出すか。



 口下手であまり話さず、それでも他人には親切で、困ったように笑うことの多い男だから、誰もが彼の性質を誤解する。
 おおらかで、心が広くて、優しくて善良な人間なのだろうと。
 けれど自分は知っている。そして、こんな手紙を残す相手が善良であるはずがない。
 こんな、人を試すような真似をする底意地の悪い人間の、どこが善良であるというのだろうか。
 無性に腹が立った。
 何もかもが気に入らなかった。先を越されたことも、彼の行動も、手紙の文面も、すべてに腹が立って仕方ない。
 手にした紙を切り裂きたくなる衝動をなんとか押さえて、何も乗っていないテーブルに叩きつける。
 それから一時間ほど部屋中を歩き回って、再び窓辺に立った自分のそばにあるのは人ひとり入るような大きな鞄だった。
 テーブルの上にある問題の手紙を、もとあった場所に元の形で戻す。それからゆっくりと、窓の外に視線を向ける。
 眼下に広がる海は、いつの間にか赤みを帯びていた。青から赤へ、そしてムラサキに変わっていく海と空の様を、自分は幾度この場所から目にしたことだろうか。
 お気に入りの場所だった。海が好きだったし、時折流れてくる潮風が好きだった。
 なによりこの場所には、彼がいた。
 誰にも言わない、誰にも言えない、ただ寄り添っているだけの関係。それだけで自分は良かったし、相手もそう思っているのだろうと思っていた。実際、そうして何年も過ごしていたのだから、そのとおりだったのだろう。
 けれどもちろん、そのままではいけないとも思っていた。どうしたってそのままでいられるはずがなく、だからいつかは変えなければいけないと思っていた。思っているだけで、今までどうすることもできなかったのだが。
 とても些細なことではあったけれど、変わるための『きっかけ』は確かに起こった。そして彼は動いた。
 ならば自分も動くしかない。
 大好きな海の見えるこの窓辺は、お気に入りの場所だ。けれど、隣に彼がいなければ意味がない。
 何度も何度も書き直しながら、一番大切な言葉を手紙に書き綴る人。その手紙を読んだ自分のたくさんの言葉を、いつまでも待っている人。
 美しい景色を見てその美しさを饒舌に語るのではなく、何も言わずにいつまでも一緒に眺めていてくれる人。
 そんな彼がいなければ、この場所に意味はない。
 だから自分は、夜でも使うことのなかったカーテンを初めて閉めた。
 そして大きすぎる鞄を持ち上げて、玄関に向かおうとして不意に立ち止まる。
 薄暗くなった窓辺には、彼の黒猫がいた。姿勢良く背を伸ばし、しっぽをぴんと立たせたその猫は、紫色の瞳でじっとこちらを見つめている。
 さてどうしたものかと悩んだのは数秒のことで、すぐに鞄を置いて再び窓辺に近づく。
 そしてようやく、いつもの靴を履いて部屋の外に出た。
 


 彼は待っているだろうか?待っているだろう。
 彼は本当に来るだろうか?確かに来るだろう。
 あんな手紙を残したのだから、時間の許す限り待っているに違いない。
 あんな手紙を残したのだから、出来る限りのはやさで来るに違いない。
 今を変えるきっかけが欲しかった。
 今を変えるには今この時しかない。
 どちらが先に動いたかなど、この際どうでも良い。
 どちらが先に動いても結果が同じならそれで良い。
 いつも待たせているのだから、今日も彼は待っているのだろうと自然に思う。
 待つことには馴れているから、いつものことだと思いながら今も待っている。
 けれど、いつもとは違うから。
 だから、どんな時よりも早く。
 彼のもとに辿り着いて。


「とりあえず、思いっきりぶん殴ってやる。話はその後だ」
(とりあえず、思いっきり殴られそうだな。話はその後か)


 そうして、離れた場所に居る二人がゆっくりと言葉を選んでいる頃。
 閉じたカーテンは半分だけ開けられており、力を失い始めた夕日が室内に差し込んでいる。
 窓辺には造花。そして手紙を守る黒猫が、その瞳と同じ色に染まっている海を眺めていた。
 一度床に落とされたことがあって、小さく欠けてしまった彼女のその耳に、騒がしい打撃音と怒声と、それに続く泣き声は届かなかっただろう。
 けれど彼女の美しい毛並と同じ色になった空に星が瞬いても、そして再び光が部屋に差し込んでも、部屋の主たちは帰ってこなかった。もちろん、一通の置手紙を守っていた彼女は、彼らが帰ってこないことを知っている。



『 君が好きだから僕はここを離れることにした。もう帰らない。
  ―――君はどうする? 』


2006/10/12(Thu)02:00:27 公開 / 織方誠
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/5263/
■この作品の著作権は織方誠さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは。読んでくださってありがとうございます。
久しぶりにコテコテしたオリジナルものを書いたので、投稿してみました。
数年前に何度か投稿したことがあるのですが、久しぶり過ぎてちょっと緊張しています。今はあらすじも書けるようになったのですね。

ところで、二次創作ではないのですが元になった歌はあります。
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