オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『未来色手紙』 作者:シキ / リアル・現代 ファンタジー
全角37315文字
容量74630 bytes
原稿用紙約109.5枚
 どこにでもある平凡な町に、それは舞い込んできた。気配も無く、音も無く、前兆も無く。未来を予告する手紙が。 それを受け取った俺たちは馬鹿みたいな現実に頭を抱え、体を苦役し、日常を取り戻そうと頑張る羽目になってしまった。ああ、俺のキャンパスライフはどうなってしまうんだよ。これは俺たちの未来を巡る、変わってしまった日常の物語。 そして。変わらないモノは無い、それを思い知らされた日々の物語。※一切の役職、個人名、その他は現実に関係ありません。これはフィクションです。
 プロローグ


 
 陳腐なドラマのように桜が舞う中、俺は晴れて高校に入学した。
 その高校へ行く為には長い坂を上らないと駄目だった。なんでこの学校のお偉方はこんな山の上に立てたんだか知らんが、毎日通う俺たち生徒にとっては非常に辛いという事を理解してもらいたい。そんな訳で俺はえっちらおっちら額に汗を浮かべながら、この憎たらしい坂を上っているところだ。
 ここの高校に来たのは俺の学校で僅か四人。別に人気が無いイコール、校舎がぼろいとかレベルが低いと言うわけではない。桜の木の合間から少しだけ見える校舎は二年前に再建されたばかりだというし、学校のレベルも中の上。校舎自体に嫌われる要素なんて微塵もない。
 やっぱり自宅から遠いからなのかなと俺が一人で納得すると同時に、真新しい制服を着込んだ俺の背中に声がかけられた。
「誠……なんで私の事おいてくのよ……」
 ふわふわで軽そうなショートの髪を撫で付けながら、話しかけてきた女子はそう言う。服装は新品のブレザーで柔らかい色を主体としたシンプルイズベストを物品にしたようなものだ。
 ちなみにこの女子の名前は坂本麗といい名前だけなら可愛いと言ってやってもいいのだが、俺はそんな赤面ものでやぶへび的な事は絶対にしない。名前だけ、なのだから。中学や小学を含め何回こいつに足蹴や打撃を貰い受けたか。断じて俺は悪くない。だって弁当忘れたから俺の弁当を半分クレ、といって来たこいつにヤダといって何故なぐられなければいかんのだ。
 まぁそうゆう不条理なことも年を経るに比例して少なくなってきたが。ぶっちゃけると名前だけでは無く外見も結構いい線いっているのだが……。
「入学そうそうお前と顔を合わせていると疲れるだけだ。それに忘れたか? 俺は中学の入学式でお前に突き飛ばされた挙句に壇上から落とされたんだぞ?」
 これは忘れるなんて出来やしない三年前。新入生代表として俺は体育館の壇上で発表することになってしまった。俺と同じ羽目になった麗も原稿用紙を片手にパイプ椅子で発表の時を待っている。
 予想通りに何のハプニングも無く発表は終了した。だがここからが事の始まりだったんだ。
 俺、麗、その他の新入生の順で壇上から降りる筈だったが途中で麗がずっこけてしまったのだ。
 その時に麗の原稿用紙が宙を舞い、都合よく俺の足裏にふわっと来てしまった。それに気付かず俺は歩を進め見事につんのめった。だが転ぶまでには行かずギリギリのところで体のバランスを保っていられたのだが……。起き上がった麗が、自分の原稿用紙でもう一度すっころびやがった。その細い指先が俺の背中を押して、バランスをギリギリで保っていた俺は――……。
 以上が事の顛末である。俺はこれを事あるごとに麗に語って聞かせ、あの時の恥ずかしさや痛さを事細かく教えてやっているのである。
「だからあれはワザとじゃないって何度も説明したじゃん! そりゃ私が悪かったと思うけど……、あーもうしつこい男は嫌われるぞ!?」
 なんか逆切れしている奴がいるぞー、と第三者ぶりながら坂を上る。
 第一お前が家から出てこないのが悪い、とは口に出さない。なぜなら今の俺は第三者ぶっているからだ。なんともくだらないと自分で思うがこれくらいの神経じゃこいつとは付き合っていけん。
「お、やっと校門が見えてきたか」
 棒読みでそう言い少しペースを上げる。靴裏に桜の花弁がついていて、なんとも微妙な歩きごこちだ。
それにしても桜が凄い。お偉方はこの坂を桜の景色でチャラにしろとでも言ってるかのようだ。
「待ってって、誠!」
 小走りで遅れを取り戻しながら麗が声をかける。それを今度は無視せずに、ちゃんとした返事を返す。
「そんなこと言うなら遅れるなよ」
「はいはい、これだから自分主義は……」


 
 隠さずに言えばこの俺、篠原誠は麗が好きだ。
 そんな麗を、その笑顔を自分のモノに出来たら、と何度も考えた事もある。
 だけどそれは叶わぬことだ。今の笑顔はきっと恋人同士という関係になっても変わらないだろうが、やっぱり微妙にかわってしまうだろうから。
 それに俺が麗を求めていても、麗が俺を求めていてくれるかなんて分かりやしない。
 臆病者の俺はいつまでも煮え切らないまま、友人という関係で満足してしまうのだろう。
 そんな事でもよかった。いや、その方が良かったと後で強く願うことになるとは夢にも見なかった。
 これは、とある町で起こった物語。
 平凡で、凡庸で、くだらなくて、ありきたりな日常にノックも無しに舞い込んだ、物語。




 一話     予言事項。




 校門を潜って俺と麗は自分たちのクラスを確認するために、昇降口の張り紙を確認しに向かった。そこは人ごみでごった返しており通勤ラッシュの電車のイメージを、自然と抱かせるほどだ。目的の張り紙を見つけ俺は眼を凝らし、自分の名前を探す。
 無い。無い。な……、いやあった。
 小・中学校連続一組の記録はくしくも破られてしまい、俺は一年三組となった。
 自分のクラスに向かう最中で、俺と麗以外でここに来た奴とすれ違った。薄い茶色の髪で身長が高く、堂々としたイケメン男子。名前は木之本秋一という。
「お、誠じゃんか。久しぶりだなー、麗と一緒にらぶって元気してたか?」
「まったくもって愉快な奴だなお前は。東京湾にコンクリで固めてぶち込んでやろうか?」
 秋一は中学の頃に知り合った友人で、親友とも呼べる仲だ。見ようによっては悪友なのだろうが。
 ちなみにこういうやり取りも中学の頃からの通例で、俺の言い返す言葉の内容も回数を経るたびにエスカレートしていった。今度はなんて言い返してやろうか。鉈で首ぶった斬るぞ、とかも良さそうだ。
「冗談だよ、冗談。ところで誠、お前何組なった?」
「あー、三組だ。秋一の方は?」
「俺かぁ? もーやだ、涼子と同じクラス」
 ため息を零しながら真剣に悩んでます、という表情でそういう秋一の後ろには一つの人影があった。俺は友人を思い、あえてその事を言わずにいると秋一は独白を始めてしまう。
「俺だってさ、たまには自由にことをしでかしたいんだよ。だけど涼子が近くに居ると速攻でとめられるからさぁ……。この前なんか酷いんだぜ? せっかく万引きした犯人をボコって止めたのによ、涼子に殴られたし。やりすぎだ、ってよぉ……なんで俺が殴られんダヨ! って言い返したらもっと殴られたし……そういや蹴りもくらったな。アイツの脳みそは筋肉だ。あの長い黒髪には筋肉の繊維が詰まってるんだ」
 ちょうど言い終えると同時に、ぐわしっ! と効果音を付けてもいい位の速さで秋一の頭が掴まれる。そしてみるみるうちに青ざめていく秋一。はは、これは愉快愉快。
 その右手の持ち主は、無論涼子。本名は逸勢涼子といい、長い黒髪がトレードマークでその艶は、シャンプーのCMに出ても通用するんじゃないか、と思うほどだ。
「色々君の本音が聞けて面白かったよ……ねぇ秋一?」
「……あはは、なにここ? 僕は今までありもしない白昼夢を見ていたっぽいなぁー」
 必死で壊れかけた笑みを作る秋一とは対照的に、涼子はもう心からの笑みを浮かべていた。頭を握る右手は白く繊細。これでどんな力が出るかは、喰らった本人に聞いて欲しい。
「じゃ、今度は私が本音いうね?」
「いや、丁重に遠慮させてもらいま――」
 ぐっと涼子の右手の指が動くと同時に、言葉を涼子は叫んだ。
 周りの新入生がめちゃくちゃ見ているが、俺には関係ないことなのでさっさとクラスに行くことにする。
「ざけんなぁ!! アンタはおとなしくしてくれてればいいの! 大体万引き犯を骨折させといて何気取ってんだ、正当防衛にも範囲って言うものがあるんだよ!」
「うおぎっ、あうわあああああああああ!!」
 悲鳴が聞こえるが俺には関係ないんだ、うん。
 第三者のふりを再び発動させ、俺は足を進めた。涼子の奴、握力どんくらいあるんだよ……。少々ばかり畏怖の念を抱き秋一の悲鳴を背に受けながら、俺はその場を後にした。


 辿り着いた教室内は、戦乱の世の中を凌ぐような騒がしさだった。雑談、笑い、突っ込みで溢れそうだ。どうやら席順も指定されているらしく、黒板に一枚の紙が張り出されていた。
 近づいて見るところ、俺のポジションは窓際の最後尾。やったね、最高の位置じゃんか。授業中は寝れるし心地よい風に当たれるし、喧騒からも離れられるしな。だが指定された席の方に視線を向けると、一人の人物と視線が交錯した。……まじか? 俺はまた離れることが出来ないのか? 何故か心にわき上がる、残念という感情と嬉しさという感情が競り合う中、俺は窓際最後尾の席へ向かった。
 な、なんと前にはあの麗が。ああ素晴らしきかな高校生活。また麗に味噌汁ぶっかけられるのかな。
「……何? その残念そうな顔は?」
 後ろ、つまり俺の場所であるはずの机に肘をつきながら、不服そうな表情で言う麗。
 べつに不服という訳じゃなく……俺はただね、君から受ける厄介ごとの心配をしていたんだけど? 忘れやしないぜあの味噌汁の熱さは――。
「別に、ただ味噌汁思い出しただけですが?」
 そんな長ったらしい説明なんかしなくても、長年の付き合いにある麗は分かったようでため息を一つ零した。そしてふるふると首を振って、心機一転したような表情で一言。
「……誠ってさ、この高校の先生となんか、認識? コネみたいなのあるの?」
 突飛に何を言い出すんだこいつは。まったくもって予想できん。いや、麗の行動を予想するだけ時間の無駄だが。
「ある筈ないだろう。なんで俺が高校の先生にコネ持たなきゃいかんのだ」
「だよね……、じゃあ偶然かな」
 何が偶然なんだよ、と聞こうとした所でチャイムが流れた。耳タコになりそうなキンコンカンコンという音に引きつられるようにして教室前方のドアが開き、先生が入って……きた? 周りを見ると大衆も俺と同じような表情で固まっていた。見れば、疑問形になってしまった事も理解できるだろう。
 その人は、とても先生という職に似つかわしくない格好をしていた。
 まず白色のスーツ。そしてスーツによくマッチした革靴(勿論白色)。ついでに美形。オマケに髪型は流行を取り入れていてモデルのように決まっていた。とどめと言わんばかりに、胸元には一輪の赤いバラ。微妙に散っているのがマイナスポイントだが。それにしても酒臭い。こんなに離れているのに臭う。
「あー丁度だな……よしお前ら席に着け」
 唖然とした表情のまま固まっていたが、一人座るとつられる様に次々と席につき始めた。
 俺もその連鎖反応に混ざり着席をする。麗は既に席についていたが、大衆どもの驚きとは裏腹に全然驚いていなかった。どうせお昼はどうしよーかなー、とでも考えているんだろう。
「俺が今日からお前らの担任の、只見介一だ。よろしくな。じゃあ学級委員長はお前、副委員長はお前。あとは勝手に自己紹介でもしていてくれ、俺は寝る」
 それだけ一気に言い終わると職員用の机に腰を下ろし、寝息を立て始める。いびきを想像したが、そんなことは無くおだやかだった。ってなんだよこの横暴先生。生徒の人権を後半無視してねぇか?
 カワイそうに指名された生徒は、とぼとぼと前に歩み出て「とりあえず自己紹介してください」とだけ小さく呟いた。男子が副で女子が委員長。まさかこんな適当な方法で抜擢されるとは夢にもみなかっただろうが。
 それぞれで適当に自己紹介が進み、あと三つで俺の番というときになった。何故か自己紹介の順番が右上から左下へと進むのではなく、左上がスタート地点という事に文句をだらだらぐだぐだ突きつけたいが、こらえておく。とりあえず、俺が内容を考えているときだった。窓の外の犬走りでガタン、という音が聞こえ全員の視線が窓の外へと向く。なんだなんだ、強盗でも押し入ったか?
 新入生の教室は一回で、犬走りから直接校庭が一望できる構想だ。
 聞こえてきた声に聞き覚えがあるのが嫌になり、俺はすこーしだけ身を乗り出して外を見た。直後に背の高い茶髪のバンダナ男。紛れもなく秋一だ。
 今朝はつけていなかったが、秋一は額にバンダナを巻いている。それがトレードマークといっても申し分はないだろう。何十種類かあるようで今日は赤がメインのバンダナだ。
「なんで涼子が怒るんだよ! 俺は好きなように自己紹介しろつったから火を――」
「五月蝿い! 好きなように、って言っても常識の範囲内でよ!」
「いいじゃん! なぁ皆の衆!?」
「そっちは三組でしょう、何女の子たぶらかしてるの!」
「だぁーうるせぇ! いいからお前は教室もどれ! 俺は正々堂々サボりを慣行する――っお!?」
「いい加減に……っ!」
「おい助けろ誠! ってお前ら席が前と後ろか! こりゃ授業中もラブれる――ぎゃあああああ!?」
「死ねくたばれ落ちろ腐れ砕けろ弾けろ割れろ逝け堕ちろ炸裂しろ――!」
 終止傍観。なんかもう、突っ込む気力すらないよ?
 後半のラブなんたらでつい、お前らは夫婦漫才だろ、と言い返しそうになって生命の危機を感じ、咄嗟に口を封印した俺の判断は正しかった。今現在の秋一は生きているんだか死んでいるんだか分からない程に衰弱しているからな。ていうか頭掴んで男を右手一本で持ち上げる女もそうそう居ないだろう。
「ねぇ、誠……。みんな君の事見てるよ?」
 その声で現実に戻れば視線が俺に集中していた。なんか秋一の友人という事だけで俺まで変人扱いを受けそうな雰囲気だ。俺の名前出すなよな、匿名にして欲しかったよ。自己紹介を中断された気の弱そうな女子生徒に、無言で続けろ、の合図を送って数秒後に自己紹介は再開された。クラスの雰囲気は然程変わっておらず、代わりに別の話題が教室を占めていた。秋一と涼子のことである。
 主に男子の間で涼子が、女子の間で秋一のことが。この二人、顔はモデル並みだからな。時々小声で俺や麗の名前、苗字が上がるがどうせそんなにいい内容ではないのだろう。後であの二人のアドレスとか紹介してくれ(ください)等を受けるだけっぽい。でも何で麗の名前も挙がるんだろうかな?
 色々と考えているうちに俺の番が来てしまった。
 さっさと終わらせようと思い椅子から立ち上がって、思考済みの言葉を発声する。
「名前は篠原誠。出身は――中学。趣味は音楽、特技は――――」
 が、途中で中断されてしまった。その原因は教室前方のドアが開いたせいだ。
 入ってきたのは黒色の髪を一つに括り、ポニーテールにした女子生徒。視線が鋭く、オタク文化で言うところのツンデレっぽそうだ。ツンの部分しか想像できないがな。しかし結構な美貌の持ち主で、前方の男子数名が背筋を伸ばしたのが視認できた。一体なんなんだコイツは、遅刻したのにどうどうとしてやがって。大層な肝の持ち主だな。
 取り合えず中断した自己紹介を始めようとするが雰囲気が許してくれない。許してくれそうにもない。だから俺は親切にもその遅刻女が席に着くまで待ってやってから再開した。ああ、なんて寛大なんだろう俺は。だが先ほどとは一転し教室内の空気は重くなってしまった。
 その微妙な雰囲気は、放課後まで続いた。


 今日は午前中が終わると放課になる。いわゆる短縮授業というやつだ。先生が馬鹿みたいに眠っていたので余った時間は、表向きは生徒たちのコミュニケーションというただの雑談で潰れた。別にほとんど俺は麗と話していたから、新しい知り合いなんて一人も出来ちゃいないけどな。ちなみに麗も俺と同じ状況である。一方で秋一と涼子が在住する二組は終止静かだった。秋一がぼろぼろになっている姿が簡単に浮かんでくるが、あえてそこは無視しておいた。当然だろ? 教室で火使う馬鹿はそうなって仕方がない。
 そして教室から開放された俺は、行く先すら定まらずに校庭で漠然と時を過ごしていた。腰を下ろした地面は椅子のように出っ張ったコンクリート。この出っ張った部分は座るためにでも作られたのだろうか?
 気付けば、俺の目の前には影が落ちていた。もう雰囲気で分かる、麗だ。
「これからどうしよっか? お昼ごはんでも一緒にどう?」
 暇人である俺にとっては願ってもないお誘いだ。少し財布が気になるが、一食分ぐらいあるだろう。どうせ家に帰れば銀行でもATMでも現金は下ろせる。これも姉貴と兄貴の仕事のおかげか。
「ああ、いいぞ。でどこで食べる?」
「えーとね、最近出来たところ。あの坂を下ってすぐの場所とかは?」
 そういや新装開店とかの張り紙が大きく張ってあったっけ。俺の記憶に頼るに、どうやら全品一割引だったと思う。結構有名な店のチェーン店だったはずで、店も大きかった……筈。
「じぁあ善は急げと言う事で、早く行きましょう!」
 目をキラキラさせながら微妙に敬語の麗は、戦闘に入ったバーサーカーの如く先陣を切って歩き始めた。別に文句は無いんだが……女に先を歩かれるというのも尻に敷かれているようで何か嫌だ。
 という訳で俺も小走り気味で麗に歩幅を合わせ、校庭を横断する。なんでこの高校はこんなに校庭が広いんだよ、軽く横幅だけでも一kmは超えているだろう。
「おい麗! 少しゆっくり歩け!」
「やだ。お腹減ったからさっさと胃を満たしたいの! ああ、何にしよう……? ラーメン、牛肉……」
「…………」
 もはや突っ込みを与えることをやめてしまった俺の前で、麗は次々と突っ込みをかましたくなる様なことを口に出してくる。もう勝手になんでも頼めよ、その結果残しても俺は知らんからな。
 坂を下る最中で、麗がちらっと腕時計に視線をやる。そのデザインは円。複雑な歯車が盤の下でカチカチ言っているのが目に見て取れる、クリアタイプの物だ。文字表記はローマ数字。それは一時十三分を示していた。秒針は三十秒あたり。
「どうした、これから行くファミレスにはタイムサービスでもあるのか?」
 どうやら俺の予想は違ったらしく、否定の返事が返ってくる。
「んー、違うよ? 少し気になることがね」
 なんなんだ、と聞いても教えてくれそうにない。目を見ればもう一発だ。
 早々に諦め俺は空を見上げた。どこまでも飛んでいけそうだけど、現実には飛べない空。無理やりに飛ぼうとしたら落ちて命を危険にさらすだけ。いつか、もう忘れてしまった昔には俺も人間の体一つで空を飛べるときが来る、と頑なに信じていた。でも今はそんな事は考えられない。もうただの虚像に過ぎない。でも空の青さ、透き通るような色合いを綺麗と思う気持ちは変わらなくて、俺の隣りにいる人物も変わらなくて。ちらっと俺は視線を麗に移した。
 僅かに不思議そうで、それでいてしかめた様な表情で腕時計とにらめっこをしている麗。小学校と変わらないなぁ、と思っていると不意にこちらを麗が見た。
 うわ、見ているのがばれた!? と思って、心であたふたしているとちょっぴり驚いたような顔で一言。
「……あ、本当なんだコレ。で、誠よ前を見たら?」
 言われたとおりに前を見ると、灰色が超度アップで移りこんでいた。それは硬い、とても硬い電柱。
 次の瞬間には俺の意識は真っ青な空に埋もれていた。そして同時に灼熱感。
「うぉ、あ!?」
 自分が電柱に頭をぶつけるという古典的な事態に陥った、と理解するのに三秒。そして俺がアスファルトに頭を衝突させる直前で麗に頭を支えてもらっている、という事に気付くのに四秒。オマケにおでこから伝わる液っぽい感覚。それが血だと気付くのに二秒。
「……だから言ったのにさぁ」
 遅い、と喋ろうと思ったが声が出ない。いつの間にか押し寄せてきた痛みの波に飲まれてしまう。こ、これが電柱に頭をぶつけた時の痛みか! うわぁすげぇ痛ぇ。
「……てめ……遅い…………」
 かろうじて言葉に変換できたが、もうダメだ。俺はのたうち回るという視線的にも痛い行動を取った。
ごろごろとアスファルトの凸凹が体に伝わってくる。くそ何処かに水道はないのか!? 血を流したい、そして出来たタンコブのような物を冷やしたい。
 だが都合よくそんなものはある筈もなく、俺は五分間蹲った後に、麗にハンカチで血を拭われ(もちろん手加減皆無の力で。染みるどころの話では無い)常時持ち歩いているという救急セットの中からガーゼを俺のおでこに被せ、包帯を巻きつけられた。あと髪を茶色っぽい色にして伸ばせば秋一みたいだ。
「はい、これでいいでしょ? ファミレスじゃ場所が悪いなぁ……そだ、あとで誠の家にお邪魔するから。それと誠に否定権は無し、応急手当のお礼だと思って家に上がらせなさい」
 いや、否定権とか言うなら俺の基本的人権を無視しないでくれ。発言すらさせしてくれないしプライベートとかそのあたり完全無視ですか。
 俺が衝突した十五分後に、俺たちは再びファミレスへと歩を進めた。
 ちなみに本当に麗はラーメンと炒飯を頼みやがった。おまけにパフェもである。結構な量の人間が往来している通路から、麗に向けられる視線は物凄い量だった。観葉植物の陰から子供が、あのお姉ちゃんどうして太らないの? という事を言っていた気もするが、麗の耳には届いていなかったようなのでよしとした。このお姉ちゃんはいつもはしゃいでてドジしてるから太らないんだよ、と言いたかった俺の心境も理解してほしい。




 俺の在住している住居はとあるマンションの一室である。ちなみに階でも上の方で部屋数も多く、眺めもいい中々の部屋である。ちなみにこの部屋は兄貴が買ったものであって、俺と姉貴がお邪魔して住まわしてもらっているという状況。だが決して兄貴も嫌そうではないので、住まわしてもらっているこちらとしても気が休まる。ちなみに食事や掃除は当番制。二日交代でローテーションを組んでいる。
 俺個人の部屋も兄貴から貰い受けているのだが、基本的にはあまり友人を呼んだりして騒いだりしたことは無い。というか皆無である。つまり麗を始めてこの部屋に入れる、という事になってしまった訳だ。嫌という気持ちは無いが、姉貴に目撃されたら一ヶ月以上はこのネタでからかわれるだろう。
 兄貴の職業は弁護士。若いのにやり手だという良評を受け仕事の依頼が爆発的に増えた、と本人の口から悲鳴混じりに聞いている。そのせいで最近は事務所泊まりらしく家には帰ってきていない。姉貴も学会の教授たちから、論文に素晴らしい評価を貰ったのよ、とか言いながらるんるん踊っていた。
 その点、俺は何も社会に評価される能力なんてない。本気になればテストで一位など簡単に取れるのだろうけど、十番ぐらい取っておけば後の人生にも余り支障は無い。
 俺って将来どんな職業になるんだろう、のナーバスになりながら俺は自宅のドアを開けた。
 迎えたのは無人の部屋の孤独感と、無機質感。広めの玄関で靴を脱ぎ居間へと上がる。ローテーブルの上に、ココにいるよと主張しているかのような時計は午後六時十八分。麗とファミレスで別れた後、ゲーセンでいく当てなく格ゲーをやっていたらこんな時間になってしまった。しかし惜しかったな、あと二人倒せば三十人切りだったのにさ。
 放り捨てた鞄を掴み、部屋へとぶち投げた後で俺はシャワーを浴びることにした。どうせ今日も兄貴は事務所どまりだろうが姉貴は律儀にも帰ってくる。晩飯の用意をしなければな。
 疲れた体は制服をハンガーに掛ける事すら拒み、俺はじゅうたんを踏み締めながらバスルームへと向かった。
 熱いお湯が体に掛かると、自然とどっかのオヤジみたいな声が出てしまう。素晴らしきかな日本の銭湯文化。年寄りが銭湯へ行く理由が分かったような気がするよ。
 白い湯気が満ち始めた頃、体を洗い終えた俺は湯船に身を沈めていた。
 俺の脳内でリピートされる今日一日の出来事。それは面白くもあり下らないことでもあった。麗と同じクラスになった。秋一が涼子に懲らしめられていた。遅刻した女に俺の自己紹介を中断させた。クラスが騒がしかった。先生が酒臭かった。秋一が教室で炎を使った。帰り道で電柱に額をぶつけた。麗と一緒にファミレスにいった。ゲーセンの格ゲーで二十八人切りをした。
 そんな風な事が走馬灯のように過ぎる中、瞼がだんだん重くなってきた。こりゃヤバイかもな、と思っていたらいつの間にか、俺の意識は白い湯気に溶けるように消えていった。
 
 
 目が覚めるとバスルームの様子は然程変わりなかった。指を見るとお湯でふやけ、なんかこう、ごわごわ? になってしまっていた。出ようとしたところで、気付けなかった一つの異変に気付く。
 誰か、居る。
 それは足音を隠そうともせずにとたとたとバスルームへ歩を進めているようだった。そういや帰ってきたときドア閉めたっけ……? よくよく思い返せば鍵を掛け忘れたような気もする。くそ、俺は馬鹿だな。普段なら閉め忘れなんて絶対無いのに――。
 カタンと音がして、その音は謎の人物がガラス扉の向こうに居ることを告げる。
 バスルームは室温が高いが、それが急に下がったような気がした。同時に全身が強張り、緊張で汗が噴出す。もうお湯は、お湯であってお湯じゃない、体感温度は水ですらあった。
 汗と水が混じったものが、首筋を零れ落ちる。それは僅かな波紋を水面に浮かべ消えた。
 ――もし相手が俺を殺すつもりできたら? 本当にダメだな俺は、何もアイデアが浮かばない。ただ漠然と動かして余計にオーバーヒートさせているだけだ。本当にそうなったら、もう逃げるしかないだろう。必死に走って着替えを引っつかみ、裏拳で謎の人物をバスルームへ叩きこんでからガラスを箒で叩き割り……。
 必死こいて俺が打開策を練っている間にも、そいつは体を動かしていた。もう扉の向こう、目と鼻の先だ。やばいぞ、本当に――!
「おい誠、生きてるか!?」
 開け放たれた瞬間、本当に時が止まったかと思った。実際に俺は現実逃避気味に一瞬だけ気を失ったし、雲みたいな湯気も静止した後、開いたガラス戸から逃げるようにして消えた。
 でもこのオチはなんなんだよ、一体。滅茶苦茶すぎやしないか?
「…………なんで、お前が、俺の家に、勝手に入ってるんだよ」
 少し外側に跳ねたセミロングの髪。そして僅かながらに低い目線にある瞳。ついでに言えば声も。
 完全無欠に麗。お前の行動原理はギネス記録ものだぜ、俺が認めてやるよ。
「はぁ……ハァ、間に合った?」
 何にだ、と突っ込みそうになってから麗の表情を見てやめた。目が本気だったから。
 今更だが麗は、非常に大雑把な性格である。だが実はこの娘、世界レベルの企業を展開するグループ『坂本財閥』の一人娘なのである。ちなみに、帰り道よったファミレスも坂本財閥が経営するレストランのチェーン店だというから驚きだ。なぜそんな娘がこんな地方の公立の高校にいるかというと、親父さんが余りにも娘ラブなので、母親の方が勉強になるでしょといいココまで来たのであるらしい。だが仕送りは必要な分だけしか貰っていないのであるからして、バイトもしている。あの店の店長、この麗が坂本財閥の一人娘だと知ったらどんな顔をするか。見てみたいものだね。
 だから麗はそれなりに常識を(それなりに、だが。言い方を変えるならば必要最低限)持っている。本当に急いでいたからこんな荒っぽく人の風呂場に参上したのだろう。しかも土足で。まぁ俺は寛大だから優しい処置を下すことにした。
「……とりあえず後で話だけは聞いてやる。だから即刻この場から出て行け」
「なんで?」
 ……こともあろうにこの女、なんで? だと? それを素でやっているんだから俺も驚愕の領域に達してしまうほか無い。ていうか素じゃなければ相当の精神力だな。褒めて遣わしてやりたいよ。
「ココは風呂場。俺裸。そしてお前土足」
 それだけ言い終わると自分の靴を見た後、風呂場をじっくり回して赤くなってきて、一言。
「きゃあああ!? な、なんで裸なの!?」
 るせーよ。まぁ浴槽の中だから安心だけど……シャワーで髪の毛洗っている最中に来られたら民事裁判で訴えてやるほか無い。弁護は兄貴に頼めよ、麗。
「悲鳴上げる暇あるならさっさと出ろ! あと三秒で出ないとこれからお前のことを変態野郎と呼び続けてやるぞ!?」
「はい無論勿論退却いたします! ていうか野郎って私は女だよ!?」
 いらんツッコミを残し、まさに光速の速さで麗は退却していった。数秒後着替えが風呂場の中に投げ込まれ、それは見事に水分が蒸発した場所へと着地。見事だなおい、微妙に感動ものだ。
 さぁ何があったか。それを聞き出さないと。
 さっさと下着を着込み、ジャージに袖を通して俺はバスルームから上がった。


 
 リビングへ向かうと麗がちょこんと椅子に腰を降ろしていた。何の味気も無いリビングが、人一人増えるだけで暖かく感じるとは、結構以外だ。テーブルの上に飾ってある一輪の造花も、心なしか笑っているように見える。
 兄貴が買ってきた大きな古時計がチクタクと音を重ねていく中、俺は麗の正面に座り込んだ。
 姉貴が作ってくれていたゼリーと適当に飲み物を選んで卓に並べる。
「……誠、落ち着いて聞いてね?」
 なんだか麗の表情が、少し紅潮して見えるのは気のせいではないのだろう。原因としては、先ほどのバスルームでの出来事が妥当だ。というかそれしか考えられない。
「いいから。早く本題に入れ」
 俺の返答を聞くと、ほっとしたような表情と取り、すぐに首を振って手元の学校指定の鞄から一通の封筒を取り出した。既に封は切られてある。
「これ、見て」
 何の変哲もない封筒を受け取って、中身の本文が書かれた紙を引っ張り出す。そこには前置き的な内容が記された手紙と、なにやら時刻が書き込まれた手紙が入っていた。
 まずは順序に従い、大きい前置きの方から読むことにする。
『やあ麗君。ご機嫌麗しゅうとでも言っておこう。まぁ君は私の顔など見たことは無いだろうがね。さて、一番重要なことをここから書いていくぞ。心して読み取れ。まず坂本麗。君はゲームに選ばれた人間だ。それだけは自覚を持ってもらおう。そして次に、未来の決定的変更が確定された時点でゲームオーバー、何が自分の身に起こるか予想して欲しい。そして三つめ。精々頑張ることだ。それではまた会おう』
 まず簡潔に言うと、俺はこの手紙を握りつぶしたくなったということだね、うん。
 そんな感情を胸に保留しておき、二枚目に手を伸ばす。
『本日午後一時二十一分。篠原誠、電柱と衝突』
 ……意味が分からない。いや意味は分かるが、意図が分からない、だな。確かにこの時間帯だったような気がするが、それを何故に手紙という形にまで変えて保存しておく必要がある? だが、俺も馬鹿では無い。ただテストとかでは本気で頭を使っても疲れるだけだから手を抜いているだけだ。昔は、周りから天才とか神童とか要らん評価を貰っていた実績もある。
 だから、理解してしまう。この矛盾点に。
「……なぁ麗。この手紙がお前ん家に来たの、いつだ?」
 そして恐れていた答えが。的確に。寸分違わずに。帰ってきた。
「今日の朝、だよ。ちなみに誠が、電柱とぶつかったのは午後一時二十一分。携帯で見た」
 ちっ、どういう事だ。それが事実ならこの手紙の内容は“未来を予言した”という事になる。よくテレビで予言者とかが扱われるが、そいつらはあやふやな事しか喋らない。だがこの手紙に記された内容は、時刻等を正確に言い当てている。これは完璧な予言といっても差し支えは無いだろう。突然だが、俺はオカルトとかには興味は無い。だから魔術や占い。挙句の果てに未来予知なんて信じられやしないんだ。
 だから俺は、何かの冗談だと思った。麗が俺を驚かそうと、こんな下らないドッキリみたいなのを仕掛けたんだと思った。それを麗に告げようとし、口を開いた所で。
 この一文が目に焼きつくように、鮮明に。視界にもぐりこんできた。
『本日午後七時。篠原誠、バスルームにて死亡。原因は強盗犯による頭部強打』
 刹那、俺は手紙を破り捨てていた。俺が死ぬ? んな馬鹿な事あるか。
 どうやって俺の頭を強打するんだ。どうやってバスルームまで行くんだ。……待てよ、待ってくれ。この手紙が本当に未来予知が可能な代物だとする。勿論名前や消印などは無いので誰が出したかも分からないがな。とりあえずはそういう設定にしておく。するとまた新たな矛盾点。
 ここに表記してある未来は、絶対では無いのか?
 現に俺は電柱とぶつかった、それは認めよう。だが殺されてないない。俺は生きているんだ。
 つまり一番に疑えるルートには、予言された未来には実現するための条件がある、というものがある。
 電柱を例にするなら、条件は俺が前を見ていない、かこの手紙を見ていない。それくらいだ。それを基準にして考えると、俺が死ぬための条件は、鍵を掛け忘れる、麗が助けに来ない、の二つ。
 本来の未来を、この手紙が予言しているとしたら。実際の俺は死んでいて、こうやって思考することはありえなかったのだろう。
 世界にはいろいろな説がある。まずはここで“俺が死んでいる世界”と“死んでいない”世界が同時に存在するということだ。これは無数に未来があり、曲がり角一つで新しい未来が生まれる事になる。右に行く未来と左へ向かう未来。
 そしてもう一つ。先ほど説明した、木の枝のように伸びていく未来とは別に、固定された未来、というのも存在しえるかもしれないということだ。つまり未来は曲がることの無い一本の鉄の棒のようなもので、すべての選択はあらかじめ決まっているというもの。
 説明しといて何なんだが、俺はどちらも信じるに値しない、と思っている。どちらも百パーセントの立証があるわけでもないからだ。
 とりあえずは、この手紙を参考にすれば未来は変えられるのか、というところ思考は落ち着く。
 悩んでいても仕方が無い。ただ薮蛇なだけだ。本当に謎が謎を呼びやがる。
「……麗、とりあえずこの手紙は俺が預かっててもいい――!?」
 俺の言葉をとぎらせたのは、カタンという郵便受けに手紙が落ちる音。再びバスルームでの震えが、俺の体の自由を奪い始める。
 なんだよ、俺。全然らしくないじゃないか。
 ゆっくろした速度で俺は玄関へ向かった。綺麗にグラスが整理された棚。カレンダーが掛けられている壁。そして俺のスニーカーが鎮座している靴棚。そして、落ちている手紙。
 その手紙は茶封筒。まるでワープロやパソコンでも使ったかのような行書体。宛名は俺、篠原誠。
 そっと慎重にそれを拾い上げた。ぽたっ、と茶色の封筒に染みがうかんだ。それは髪から垂れた水か、それとも恐れによる冷や汗か。その場で封を破る。
 ガシャンと同封されていたらしいビデオテープが床へ向かって行き、衝突音を奏でた。
 そんなものよりも、今は手紙だ。……未来を予知しやがる、この手紙。
 恐らく外見からしてこれは麗と同じものだろう。消印も差出人の名前も書かれていないが、宛名はきちんと表記してある手紙。そして見覚えのある……いや、先ほど見た茶封筒。そっくりというか、同じ。
 それから察するに内容も同じ。つまり、この封筒の中の紙が指し示す内容も同じ、未来での出来事。
 指を突っ込んで、その先に紙を捕らえる。掴んだときに紙同士がこすれるような感覚が伝わってきたので、麗に来たものと同じ二枚組みだろう。
 俺は手紙を、暗い玄関で読む。明かりはリビングからから零れた数かな光。
『始めまして、いや。もう既に私の事は知っているか。そうだな……私は謎のヴェールに包まれた人物という設定で、友江良沙希(ともえらさき)とでも呼んでくれ。性別はこの際だから関係ない、なんせ私は謎の人物だからな。君にも参加してもらうし無論、拒否権なんか存在し得ない。さて、ここでゲームの要項だ。目的は未来の変更。別に何度失敗したって、被害をこうむるのは君たちだからね。そこはよくよく理解して置くように。最終的な指示はこちらで出す。それと未来の変更が確定された時点で、君の元に手紙が届く。それにテープを同封して、だ。そのテープには、本当の未来の様子が映し出されている。見ても見なくてもいいが見るのを推奨する。もしかしたら次へのキーワードがあるかも知れないしなぁ? それでは今回のネタバラシはここまで。頑張りたまえそれと手紙を受け取った以外の人物への口外は違反、その場でゲームオーバーだ。事実を教えた君も、事実を知った相手も数秒後になんらかの偶然で死ぬ。テレビ、インターネット、手紙などを使った行為も同じ。見た人たちが全員、偶然の出来事で死ぬ。よく覚えておくことだよ。それではまた会おう』
 こいつの名前は沙希か。ま、そういうことにしておいてやるよ。
 俺は肝心の二枚目に、手をつけた。
『本日遅刻してきた生徒(男女問わず)、明日の午後六時一分に出血多量で死亡』
 過去を回想する。当てはまる人物は一人。俺の自己紹介をさえぎりやがったツンデレっぽい奴しかいない。しかし、男女問わず? これは確実に未来を予想できるんじゃないのか? いや、それとも手紙が来た日以内なら百パーセント的中させられるが、それ以後は出来事だけとか? ……違うな。遅刻したのは今日の出来事だ。だったら予想できないはずが無い。どうやらこの想定も外れだ。
 俺はテープを冷たい床から拾い上げ、光が差し込むリビングへと向かった。



 リビングに入ったと同時に、なにやらチカチカしたものが目に入ってくる。それと同時に教室での笑いとは違う、笑い声も耳に届いてきた。必死に自分をアピールし、番組に使ってもらおう。そんな意図が込められた、決して素ではない笑い。
 まったく、本当に麗は遠慮が無い。人の家のテレビを無断でつけて、あからさまに平穏な生活がぶち壊されようようとしている時にバラエティ番組を見るか?
「おい麗、テレビ消すぞ。いいよな?」
 少し強い口調になってしまったような気がするが、麗は何の反論もせずに何かを小さく呟いてテレビのリモコンのボタンを押した。ぷっ、と音がして目に触る光がリビングから消える。光と一緒に音も消えたかのように静寂が訪れる。それは何気ないものだが今の状況ではそれすらに恐怖、畏怖を抱いてしまう。
 そんな静寂に小さなひびを入れたのは麗の、今にも壊れそうなガラス細工を彷彿とさせる声。余りに小さくて、壊れそうで、思わず俺はここにいる麗が普段の麗と別人のような気がした。
「ごめん、勝手にテレビつけて……私だって怖いんだよ。誠が死んじゃうかと思ったら」
 泣き声ではない。ただ自分の弱さを見せていてくれてるだけ。
 もし俺もこの手紙の予言が完全なものであると見せ付けられ、その後に麗が死ぬなんて書かれていたらどうなることやら。ドアを蹴り破ってでも助けに行くさ。それで助かって、その助けた本人が家の中とはいえ、自分の目の届かない場所に消えたら――? 
 誰でも不安になる。頭の中が、もし死んでしまったら、という事で一色になる。
 そんな不安の中に、俺は麗をおきざりにしてしまったのか。
「……気にすんな。俺も悪かったな、こんなことで強く言い過ぎた」
 謝罪の言葉を口にしてみるが、余り効果が無いように思える。所詮はただの言葉、極論を言うならごく僅かな間の空気の振動。でもそれで不安が消え去るなら俺は、なんだって言ってやるよ。
 顔面が赤一色に染まるような恥ずかしい言葉でも。
 俺が一世一代的な考えを展開していると、麗はぱちんと両手の手のひらを打ちつける。
「そうだ。誠、手紙は?」
 僅かに言葉が震えている。それを俺が見逃さないと思ったか麗め。でも言わないということは心配して欲しくないという事。本当に辛いことがあるなら先ほどのように、言葉にして伝えてくれるだろう。
 手に持った手紙を、暖かい色をした木製の机の上を滑らすようにして麗へと渡す。ビデオテープは俺の左手に収めたままだ。
「……ふーん、そうか。遅刻した生徒、と来ましたか」
 一読し終えると手紙を机の上に投げ出して、そう宙へと呟いた。机に放り出された手紙を見ると友江良沙希という奴からの、本文より長い前置きの紙に皺がいくつも刻まれていた。そうか、そうだよな麗。この前文、なんか読んでてむかっ腹が経ってくるよな。人を馬鹿にしたような感じがひしひしと伝わってくる文だったよな。
「ちなみにその生徒の名前は、矢島瑞葉。髪型は確か、後ろで一つに括ってた気がする」
 そう後に続けて麗は言った。って、よく覚えてるな。俺なんか何一つ覚えちゃいないぞ。覚えているとすれば髪が長いなー、という事と、目付きが鋭いイコール性格が悪そう。つまりツンデレっぽいな、という事ぐらいだ。ちなみにツンデレという用語は秋一の自宅で吸収してしまった。誰でもあの部屋に行けばこういう知識が無駄に叩き込まれるさ。しかし凄かったな、あのポスターと棚に詰まったCDとDVDの数は。しかも自室にPC二台とは贅沢なやつめ。
 って、秋一のことはどうでもいい。それより状況整理に脳細胞を使ったほうが健康にもいいさ。
「その矢島が明日の午後六時一分に死ぬ、か。どうにも信じられんが……事実なんだろうな」
 変更が目的、ならば矢島を助けるという道以外は残されていない。もし目的が変更でなくても助けるだろうがな。見捨てるなんて後味悪くて出来やしない。
「それで麗、今日はどうするんだ? ……なんなら泊めることも出来るが」
 思いっきりそっぽを向いて俺はそう告げる。まさかこの俺が、こんな言葉を口にするとはな。だけど少しでも不安を取り除けるなら、どんな赤面もののセリフでも吐いてやる、と決めたのは俺自身だ。
 麗は少し悩む仕草を見せ、口を開く。
「じゃあ、そうさせてもらいます。……そこで一つお願いなんだけど」
「なんだ?」
「着替え、取りに行くのにさぁ……一緒に来てくれる?」
 どんな難題を言うかと思ったらこんな簡単なことか。
 とっくに、俺が返す言葉なんて決まってるさ。
「ああ、行ってやるよ」


 
 既に日が落ちていて、余り街灯も設置されていない夜道は暗くて、恐怖心を煽るものだった。だけど絶えずに人と話していればその時間はあっという間に過ぎてしまう。実際、俺んちから麗の家までは十分位掛かる筈なのだが、俺が感じた時間は五分ちょい。楽しい時間は早く過ぎる、というがこの場合にもその法則は適用されているのだろうか?
 麗もマンション暮らしで、その部屋は三階にある。彼女の家の財力なら最上階を丸ごと借りるのも楽勝なのだが、坂本財閥の娘という事が知れ渡ったら怪しげな勧誘、怪しげなダイレクトメール、怪しげで挙動不審の男等が腐るほどに沸いて出るだろう、という親御さんの心配で平凡な三階、という事になっている。バイトまでしている女の子を、誰が超有名、一流企業グループの一人娘だと思うだろうか? いたらそれは非常に想像力豊かな奴であろう。
 その部屋の玄関で、現在俺は待たされ中。家からはうわぁ!? とか何でないの!? とか悲鳴が聞こえている。予測だがどうせ無くし物だろう。だいぶ改善されているが、そのなくす癖は無くなる事は永遠にない、と思う。どうしてただっぴろい何も家財道具が無い部屋でCDを紛失するかな。
「ゴメン誠、あと五分待って!! あーもう、なんで無いのよ!?」
 言われなくても待ちますよ。なんの為に来たと思っているんだよ。お前の送り迎えの為だろうが、それなのに俺が先に帰ってどうするんだよ、とは言いたかったが口の中で封殺しておいた。きっと二、三倍の言葉の数で言い負かされるだろうからな。
 適当に相槌を返して俺は携帯をいじくり始める。ちなみにこの携帯、最近出たばっかりの最新機種。ボタン一つでカシャンとスライドするとこが気に入って購入。今では着メロや着うた、そしてオーディオ再生の為の曲が詰まっていてメモリはほぼ無いに等しい。ちなみにメモリーカードも入れてあるのだが、そのカードもついに五枚目だ。よくここまでダウンロードしたよな、俺。
 麗の携帯は、粉雪のように淡い色彩のホワイト。パカッと開く一番この世の中に満ち溢れたタイプのものだ。だがこれも新機種で、シンプルなデザインが斬新だ、秋一が言っていた。どうやら麗もメモリは少ししか残っていないらしく、いつも画面の右上に赤色で囲まれたMの字が映されていたのを覚えている。Mは、メモリーのMだ。
 麗が玄関に、なんなんだこれは、というほどに膨らんだバッグを持ちながら着たので、適当に言葉をかけた。 
「じゃ帰ろうか」
 

 だが気に食わない事が一つだけある。まったく本当にどうやったらそんなに膨らむんだと思うほどに膨らんだ、バッグ。どうやら手で持つのもキツそうなのだが。
「……おい、なに詰め込んだんだ。そんなにたくさん」
「んー? まぁ色々。ゲームとかお菓子とか着替えとか」
 やっぱり麗は麗は困った奴だ。ゲームなら俺んちにもあるだろう。
 そこで一つ、俺は発見した。というか、これは普通察しなきゃおかしい。
「重いなら片方持とうか?」
「……お願いします」
 その帰り道は俺と麗で、バッグの取っ手を二人で一つずつ持って帰った。
 重みは二人で仲良く半分こだ。





 二話    事実参照。





 昨日は俺んちに着いた後で麗にシャワーを貸し、俺は晩飯を作り仲良く麗と卓を囲んだ後に就寝した。
 自室のベッドは麗に貸し、俺はリビングのソファーに布団一枚を掛けて夢へと潜り込む。今思い返すと結構いい夢だったかもしれない。なぜ疑問系だというと、起きてしょっぱなに記憶を吹っ飛ばすような出来事があったからだ。本当に心臓がどっかに行ってしまったかと思ったぜ。
 な。なんと起きたら麗の寝顔がすぐ横に超隣接。うおああぁぁ! と叫びそうになったが必死で堪え、ソファーをバシバシ叩くという行為に収めた。よく他人から、寝相が悪い、と言われていてソファーから落っこちるというのは嫌と言うほどに予想がついたが、麗の寝顔までは予想できない。予想できたらそいつはただの大馬鹿か恋愛ゲームのやりこみすぎだと思う。
 そんな大混乱な朝を迎えた俺はキッチンで料理に専念する事にした。まぁ専念と言うほどの事でもないが。ただの朝食作りだしさ。
「……うわ」
 目玉焼きを作るつもりだったが、力加減を間違い卵の中身を流しにぶち込んでしまった。ねっとりとする指先を雑巾で拭きつつ、昨日でけっこう堪えてるんだな俺……、と思った。誓って言うが、俺はこんなミス普段なら絶対にしない。これでも料理には結構な自負を持っている。そんじょそこらの主婦にも負けない腕だ……と。それは兄貴も姉貴も承認している事実で、中学の家庭科では俺一人に飯を作らされたという馬鹿馬鹿しい自実もある。ちなみに俺の作った飯は、先生に食べられた。ひとかけらも残さず。料理人としては喜ぶところなのだろうが残念ながら俺は料理人じゃないから喜びやしなかった。逆に半分くらい残せよ、と切れ掛かった位だ。だが通知表で家庭科が5という最高評価を貰えたから良しとした。
「…………卵、これで最後か」
 新たに冷蔵庫から卵を取り出すと、冷蔵庫内の卵の残量はゼロ。買い足しておかなければ、と自分の心にメモを残して、意識を目の前の料理へと傾けた。





「……これ、誠が作ったの?」
「ああそうだ。なんかおかしいか?」
「間違ってるって。……間違ってる」
 俺もそう言いたいさ。だが言えないんだ。これは宿命ともいう事象だからな。
 リビングの机に並べられたのは、これでもかと言うほどの堅実な朝飯として代表的なものだ。パンに目玉焼き、サラダ、牛乳。そしてすき焼き。……そう間違いも何も無く、すき焼き。
 その物体はテーブルの片隅に鎮座していて、まだかまだかと食べられるのを待っているようだ。大きさは丼三杯分もあろうかという大きさ。朝からすき焼きを食す学生はいないだろう。あ、食うのは俺たちじゃない。俺の姉貴だ。
 姉貴にはどれほどの嫌味、皮肉、懇願をしても意味は無い。台風の前の砂のお城と同じだ。
 俺が10の力で言ったら50の力で言い負かされる。5の皮肉を言ったら25の皮肉を返される。100の懇願をしたら、一つの願いも聞き取れませんと言い返される。
「……間違ってないさ。これは姉貴のぶんだから」
「あ、そっか。……今日、お姉さん帰ってくるの?」
「そうだよ。研究が休みで一週間だけ帰れるそうだ」
 丁度言い終えたその時に、バンバンと扉を叩く音が聞こえた。その音は平静を保っていた食卓に土足で上がりこんだ末に飯をかっさらう狼のような乱暴さ。粗雑さ。これは姉貴に違いない。
 席から立ち上がり、麗に一言言ってから玄関へと向かう。
「すぐ戻るから。待ってろ」
「うん。……そのまえに一ついい?」
 質問を麗からされるのはなんだか新鮮な気分だ。
「いいけど何?」
「……お姉さんに私の事、説明した?」
 さっ、と血の気が引いたような気がした。眩暈もする。これは貧血か、という思考が、姉貴への説明という思考で埋め尽くされる。
 くそ、やばい。姉貴は一つのネタを最長三年、最短一年の間は使いまわす非常なる人間だ。
 俺は素早く視線を麗に送り、服装を確認する。
 まず桃色のパジャマ。高校生でどうかと思うが似合っているのでよし。状況的には全然ダメだけど。そして髪の毛。ところどころハネた髪は用意に寝起きを連想させる。そして大きいバッグ。そこからはみ出した今日身に着けるはずの私服。
 完璧に、麗が家に泊まったといってるようなもんじゃねーか。
「くぉら、誠ぉ! ここ開けなさい!!」
 急かすような叫びが、俺の脳を揺さぶる。本当にやばいんじゃねーか? この状況は。
 とりあえず麗だけでも隠そうと思い、麗に今の状況をてっとりばやく伝える。
「ふぅん、それで私に誠の部屋に隠れてろ、というんだね?」
「おう、早く隠れてくれ、時間がないんだ!」
 そうしたらこの女、なんて言ったと思う? 滅茶苦茶な笑顔で言い返しやがった。
「やだよーん」
 もう麗には期待できない。だったら俺が姉貴を適当な宿へと先導するしかない! とか考えていたところで、終止符を打つかのような非常なる一言。
「へっ篭城する気か誠め。私の弟ながら恥ずかしいぞ。だがこちらには鍵があるんだよ、それをしれ馬鹿な弟よっ!」
 鍵ぃ!? なんで姉貴が鍵持ってるんだよ、いつも職場に忘れたんだよとか言う癖して……そして姉貴の道を切り開くかのようなカチャ、という鍵が開いた音。考えろ思考を止めるな。まだ策はある筈なんだ! 藁をも掴む気持ちで神様へと願ったが、残酷にも無常にも奇跡なんか起こりやしなかった。
 玄関のドアを開けた姉貴が、リビングへと通じるドアを開ける。
「おー私のリクエストどおりのすき焼きか。それでいいのだよ我が弟よ」
 ニコニコ顔でそう喋った後に自分の席に着こうとした姉貴が、先客がいるのに気付き目を見開く。あーあ。もうどうでもいいや。やったね、噂ばんざーい。勝手に広めてくれ、姉貴。
 半ば世界に絶望しかけている俺に追い討ちをかけるかのように、麗の自己紹介が始まる。
「始めまして、坂本麗です。誠と同じクラスで、ただいま誠と付き合ってます!」
 おい待て。なんだその、嘘を織り交ぜた自己紹介は。呆れるを通り越して怒りすら沸いてくるぞ。大体告白した覚えも無いし、された覚えも無い。いやでも自然と付き合っている、という状態になっているのか? ここらへんは恋愛経験が一回しかない俺には分からない。取り合えず姉貴の反応をうかがうと……げ、目がキラキラしてやがる。生肉を差し出された百獣の王みたいな目だ。
「うちの弟と付き合ってる!? よくやってくれた、弟が人間不信じゃないかと本気で悩んでたところなんだよ。……しかしなんだ、よく馬鹿弟にこんな可愛い子が落とせたもんだ」
 突っ込みしたい事が山々と積み重なっていく中、俺は一つの選択をする。諦めると言う名の現実逃避。だってさしょうがないじゃん。俺、姉貴に勝てる気しないもん。前歯向かった時は背負い投げで失神させられたし。
「いえいえ、それほど可愛くないですよ」
「……お、あのバッグは。まさか昨日、泊まってた?」
「はい、誠が泊まってけって言うので遠慮なく泊めさせてもらいました」
「誠、お前もそんな年か! じゃ私はお邪魔虫じゃないか……しょうがにゃい、どっかのホテルに泊まってるからな。まあ頑張れよ!」
 ……話の内容は置いておくとして、状況はいい展開へと進んでる? 姉貴がいなくなるのは都合がいい。言っておくが断じて麗に手を出すためではない。手紙の件もだ。間違って姉貴が手紙をみたら、その時点でゲームオーバー。俺と姉貴の死が確定する。いや、恐らく麗も巻き込まれてしまう可能性もあるだろうな。
「はいはい、分かりましたよ。そんな言うなら飯食ってさっさと出て行け」
「うわぁーん麗ちゃん、誠が苛めるー」
「こら誠、お姉ちゃんを苛めるとはなんていうことです!?」
 どうやらこの家に、俺の味方はいないようだ。それを思うと少し寂しいような気もした。
 姉貴が飯を食っている時間で俺と麗は着替えを済ませ、学校へと行く準備をする。手紙は見られないように鞄へとしまいこんだし、小説のブックカバーと本自体の表紙の間に挟みこんでおいたから見つかる心配は無いだろう。
 俺が鞄を背負うと同時に姉貴の、ご馳走さま、という声がリビングから聞こえてきた。そしてかちゃんと食器が流しに置かれる音がして、リビングから玄関側へと通じるドアが、勢いよく開かれる。
「お邪魔虫は退散するから、あとは宜しくねぇ」
 やはり食器を洗うという殊勝な行為はしないか。ていうか朝っぱらからすき焼き作らせといてそれか、という突っ込みは言わない。どうせ薮蛇だ。
 家を出た姉貴の背中が見えなくなるまで待ってから俺と麗は家を出た。
 時間は十分に間に合う計算。たとえ不測の事態が起きてもギリギリで間に合うようにしてある。生命が脅かされるようなことはないだろうが、手紙というイレギュラーな存在があるからにはいつどんな場所でイレギュラーな事態が起こるということは十分にありえる事だからな。
 朝日が照らす景色は生き生きとしている様に見えるのは、ただの錯覚か、それとも実際に活動が活発になっているのか。
 桜はまだ木の枝に残っていて、昨日と変わらない美しい景色を俺らに提供していてくれていた。寝ている間に小雨でも降ったのか、少し地面が濡れて水溜りが出来ている。それに浮かぶ波紋は、桜が落ちたときに生まれるものだろう。
 そんな景色を眺めつつ、俺は麗がある事を言うのを待っていた。昨日から画策していて、絶対に気付かれてはならない事。もし見せても支障が無いというのなら見せるが、グロテスクでスプラッタ的な表現が含まれているのならば、それを見せる訳にはいかないからな。
 俺が間違って水溜りに足を踏み入れた時、ついにその言葉が来た。
「……誠、ジャージとか入った鞄は?」
「いや、持ってるだろって――あ!?」
 分かってるときの演技ほど白々しくなるものだ。どうせ麗のことだから、家が遠くなってから言おうとか考えていたに違いないだろう。
「すまん、先に行っててくれ、俺は鞄を取って来る!」
「わかった。遅刻はしないようにねー!」
 俺は濡れたアスファルトを蹴って走りだした。



 もちろん学校へと速攻で帰るつもりは無い。家に俺以外の人物がいない状況――つまり今の状況が俺の望んだ最高の状況だ。目的は、あの手紙に同封されていたビデオテープ。
 そのテープの存在すら麗には教えていないしな。バレても人にはプライバシーの権利があるんだよと丸め込むことは出来るだろう、それにもともとこれは俺宛だから。
 外部からの視認を防ぐためカーテンを閉める。もちろん家のドアの鍵を閉めることも忘れない。昨日は閉め忘れのせいで俺が死ぬはずだったんだからな。窓の鍵も同様だ、何が起きるか知れたもんじゃないし、安全に気を配るのはいいことだろう。
 薄暗い部屋でテープをデッキへと差し込む。暗いせいか、手が震えるせいかは分からないが何度も入れるのを失敗し、リビングにテープとデッキのぶつかる音が響く。テレビの電源を入れ、出力をビデオに設定した。
 そして映像が、音が流れ始める。
 ……これは監視カメラの映像か? 少し荒いが、表紙から俺の部屋だと分かる。時刻は午後六時五十五分。俺が死ぬはずだった未来まであと五分だ。時々ノイズが走るように画面が乱れるがたいした問題ではない。そんな事が二分続き、唐突に状況は変化した。
 コートを着込んだ人影。マスクだけをつけていて、画質が汚くなかったら表情も視認出来ただろう。結構大柄な男で、推測するに三十代後半。そして手荷物は金属バット。あまりにもありがちでな光景に、今俺は恐怖を覚えていた。麗が助けに来たという状況になったら、ここらへんで麗の足音が聞こえてこの男が逃げていくのだろう。だがそんな足音は聞こえない。
 男は家の扉を開け、容易に進入した。
 そして画面が切り替わる。丁度この部屋、リビングを映し出すカメラのようだ。……? まて、この部屋にカメラなんて設置した覚えは無い、つまり。
「……本物だな、これは」
 自然と言葉が零れる。それにブラウン管の中の状況は全てが昨日と一致だ。脱ぎ散らかした制服。普段なら絶対に脱いだままにはしない。正確な電波時計の表示も、画面右下に映されている時刻と一致。午後六時五十八分。あと二分で俺が死ぬ。
 その男は棚やローテーブルを、金目の物が入っていないかどうか探して歩いた後で、シャワーの音に気付く。耳を澄ませば雑音交じりの音から、僅かながらにシャワーの音が聞き取れた。
 そして男はバスルームへと歩を進めた。だが今度は画面が切り替わることなく、リビングを映し続ける。時間は五十九分。
 そしてバリン、と硝子が叩き割れる音がして、変な音が聞こえてくる。
 ばき、どか、がす、ぐしゃ。耳に痛い不協和音。
 それは普段は絶対に耳にしない音。でも感じで分かる。これは人を殴り殺した音だって。
 時刻は――午後七時。
 気付けばテレビは砂嵐を映していた。ただ無為に、ノイズとともに。手が震えて、テープを取り出すことも出来ない。足に力を込めフローリングの床から腰を浮かせようとするが、それすらも意味を成さない。そして何より、怖かった。俺が死ぬという事実に、恐怖を感じた。これほどの感情は今までに一度も沸いたことが無い。
「……受けてやろうじゃねーか、友江良沙希……」
 俺はこの手紙に関する全てを戦線布告と受け取ることにする。こんな現実を否定してしまいたい部分もあるが、目の前にリアリティが満ち溢れているので否定すら出来ない。
 ならば勝つだけ。こちらの勝利条件は死なないこと。覚悟、決めてやろうじゃんか。
 だけど体は思った以上に正直で、立つことすら俺には出来なかった。時計に目をやれば、もう七時五十分。登校時刻が八時の学校には走っても十分は掛かるだろうから、学校は諦めた方がいい。むしろ諦めるしかない状況だな。
 冷たい床に背をつけると、急激に眠気に襲われた。寝るまいと堪えていたものの五分と持たなく眠りについてしまった。 
 



 三話    陰謀拡散 



 目の前がかすむ。まだ寝たり無い、体をゆっくりと休ませたい。そう思って寝返りをしようとして重大なことに気付く。手紙の内容、あの女子生徒……麗がいうには矢島瑞葉の死亡という予言。
 冷や汗をかきつつ時計に目をやると、まだ十一時半で予定の時刻まではまだ時間があった。ほっと胸を撫で下ろして今までねていたフローリングにまた背をつけて寝ようとした、が。目が覚めてしまったのか全然眠りにつけなかった。それほどの緊張を、手紙は俺に与えたのだ。
 俺は少し汚れた制服を払い、鞄を持って学校に行くことにした。
 柔らかな春の景色でも見て、この荒んだ心を癒しながら行くとしますよ。走ってきたせいで水が跳ね、微妙に汚れたスニーカーに足を突っ込んで、本日二度目となる景色を眺めながら俺は学校へと向かった。
 
 そしてついたのが十二時ちょうど。家を出るときにまごまごしていたのが時間を食った大きな要因だ。雨上がりの校庭はどこもかしこもぬかるんでおり、その上を歩くのを躊躇わさせた。だが無数の足跡が広がっているあたり我慢して歩くしか道が無いのだろうと思い、結局歩くことにするしかない。茶色い泥に落ちる桜の花びらが少しだけ可哀想に思えた。
 遅刻した時ほどクラス内に入るのが辛いときは無い。だが俺はどうせ友人と言える友人もいないので余り何かをとやかく言われる心配も無い。だから麗の、何やってんの遅いぞバカ、という罵倒を予想していたのだが現実はそれを裏切った。
 ドアを開けて皆が俺の方をいっせいに振り向く。そして麗がこちらを見て俺だと視認し何か喋ろうと口を開く。ここまでは予想通りだが、一つだけ違うものがあった。
 例の、遅刻女。名前は矢島瑞葉。そいつが俺に満面の笑みでこういってきやがった。
「遅かったじゃない、何してたの?」
 動揺は光よりも早く頭脳から四肢全体に伝わり、その結果として手からぶら下げた鞄が床へと強行ダイブして、やけに響く寂しい音を奏でた。
 なんで俺がこいつに馴れ馴れしく挨拶をされなきゃいけないんだ? 俺と同じことを考えているかどうかはしらんがクラスの連中も交互に俺と遅刻女を見比べている。驚きの表情でな。麗にいたっては物凄いとしか形容しがたい表情で俺を睨み付けている。……なんで俺がこんな事になるんだ? 誰か助けてくれ。
 俺の願いも虚しく散り、状況は適当に流され、俺は席に着いた。流れたのは状況だけであって、人々の渦巻く感情は流されていないが。そんな中での授業はあっという間に終わり、麗が俺を問い詰めよとうと後ろを振り向いた瞬間に、俺の腕が遅刻女に掴まれる。
「少し話があるから、屋上にでもいきましょう?」
 脳裏に告白という文字が浮かんでしまった俺が恥ずかしい、俺が好きなのはお前じゃなくて麗だ、と口にはとてもじゃないが出せそうに無い言葉を思い浮かべながら俺は、遅刻女に引きずられていった。ちなみに麗の表情は見ないようにしておく。もし見たら三日三晩はその表情だけで罪の意識に纏わりつかれそうだからな。
 屋上のドアを開けると、冷たい風が吹き込んできた。それは前に居る遅刻女の長い一つに括った髪を揺らす。そこからは何か良い香りがして来た。そして俺と遅刻女が屋上に出るとその冷たさは容赦なく増す。ドアを閉めるため俺が振り向いてドアを押そうすると、ばぁん、というとてつもなくでかい音が屋上に響き渡っていく。遅刻女が扉を蹴り閉めたのだ。どうやったらその細い足でこんな扉から、あんなでかい音が出るんだと思わせる。
「いい、篠原誠。貴方否定権とか拒否権の類は用意されていないされていないつもりで聞いてくれる?」
 凄まじい蹴りを放った足を引きつつその遅刻女は、俺に高々と言い放った。なんなんだコイツは、自分は女王様だとか勘違いしてんのか? 俺の思考には目も触れずにその遅刻女は言葉を続けた。
「今から貴方は私と付き合ってる、という設定にしてもらいます。その理由はしつこいストーカーを追い払うため。いいわね?」
「……日本国民には基本的人権が保障されているはずだが? プライベートとか無視ですか?」
 一度、麗に向かって言った言葉をもう一回使う羽目になった。一体全体なんなんだこの遅刻女は、麗よりワガママじゃないか。親の顔が見てみたいもんだ。
「第一に遅刻女、お前は他人に恋人ゲームのようなものを頼んで恥ずかしくないのか?」
 考えるような素振りを見せた後で遅刻女の顔は急激に赤くなっていった。それは水銀式の体温計を熱湯に突っ込んだくらいの急激さだ。ちなみに水銀は触ると、まるで触れていないような感じだ。押しても触れても皮膚の表面に濡れたようなあともつかない。勢いよく上から押すとぷよんと分裂するが。……断じて水銀式の体温計の硝子が割れたとかそういう事ではない。基礎教養だこんなもの。……本当に割って無いからね?
「うううう五月蝿い黙れ! 貴方は私の言う事を守っていればいいの、従えばいいの! それと私は遅刻女と言う名前じゃなくて矢島瑞葉です!」
 とんでもないなこいつは。呆れて何も言えない。
「……そうですか」
 盛大なため息を零し、たった二日の間に二度も現実から逃避するのか俺は、と考えて硬いコンクリートに俺は寝転んだ。それを見て矢島はスカートをバッと抑えたが、その中身なんかに興味は無い。ただ眠たくて現実から逃避するために寝転んだだけだ。
「……やっぱり駄目?」
 先ほどより幾らか弱くなった口調で聞いてくる矢島の声は、か細くて弱々しくて、でもどこか美しさと綺麗さ、そして繊細さを思わせる声だった。いつもその声でもっとおとなしい性格だったらなぁと一瞬だけ考えたあとで、どう応えようかと思い黙っていると、寝転んでいる俺を覗き込むようにしてしゃがみ込んできた矢島が予想も出来んことをいった。
「ごめん」
 それだけを言うと矢島は腰を上げ屋上から校内へと戻るための、灰色で鉄製の扉へと向かってしまう。それを目の前で見ている俺の脳内には、覗き込んできた矢島の顔が明確に残っていた。
 澄んだ青を背景にして少し苦笑いした矢島。僅かに俺の頬を撫でる彼女の髪。
 矢島を止めようと勢いよく起き上がり叫ぼうとしたところで、もう慣れっこの予想外の事態が。
 扉の目の前で足を止めた矢島が、こちらを振り向いてなにか話そうとした瞬間に扉が勢いよく開いてガンという音が屋上にこだました。その原因は盗聴を敢行していたと想像に難くない秋一と麗、そして矢島のファン(おそらく麗のファンも居るだろう)的男子連中。見るに後ろには秋一目当てでついて来た女子。
「……お誠、偶然だな! お前もサボりか。まったく女はどうしてこんなにも騒がしいんだろな、涼子とかは俺がサボろうとして昨日、図書室でぼーっとしてたらいつの間にか後ろにいてさぁ……気付いたと同時にあの右手だよ。前回はそれに手刀も追加されてたっけ、気付いたら教室に居るんだ」
 なかなか愉快な体験だ。前回は手刀なら今回はなんだろうね秋一?
 俺が意味ありげな笑いを浮かべると秋一は悩むように腕を組んで、素早く答えを出す。
「ああ俺の後ろに涼子がいるとか?」
 秋一はまだ笑っている、何故だろうか。いつもはあんなに怖がって逃げ出すくせしてよ。俺が疑問に感じていると、自らその答えを明かしてくれた。
「実は二日前から、PCゲームのやりすぎでよく寝ていないんだ。だから明日は一日中屋上で寝てようか、と昨日の時点で考えてたんだよ。だがそれは涼子に妨害される、ならばどうすればいい? 答えは涼子の動きを封しるだ」
「……それで?」
「だったら事は簡単だ。昨日の放課後に涼子家にお邪魔した俺は、いつもの牛乳に睡眠薬を仕掛けておいたのだ。長年の付き合いからして、涼子が毎朝一杯だけ牛乳を飲むのは知っていたからな。それに涼子の親御さんは牛乳を飲まない。そしていつもどおりに牛乳を飲んだ涼子はそのまま眠りこけ遅刻。俺はその遅刻するまでに雲隠れして睡眠時間を確保する仕組みだ」
 秋一の奥の方からおーっ、とかいう歓声が聞こえてきた。でもそれは犯罪じゃないのか、という突っ込みは塵ほども出ない。警察や教師が今の話を聞いたら真っ青な顔をするね。
「だから秋一? 後ろだって後ろ……」
 少し怯えたような麗が、小さく秋一に耳打ちした。その光景は何故か俺に焼きもちを抱かせる。なんで秋一の傍に麗が居るんだよと。
「あぁ後ろ? 後ろに何が――っ……」
 声すら出せなくなったらしい秋一の顔が、見る見るうちに青ざめていく。
 無論原因は涼子。
「おー涼子……。なんでここに居るの?」
「なんでかな、想像してごらん?」
「人間は生きてる上は行動をするから、かな……?」
「今朝やけに眠いなぁ、と思ったら君のせいだったんだね?」
「だから、あー、何のことだって?」
「昨晩私はね、捨てられていた猫にミルクをあげにいったんだ」
「それはそれは。素晴らしい動物愛護心だ」
「ウチのお母さんはね、少しだけ余った牛乳パックに、新しい牛乳を継ぎ足すのが癖なんだ」
「ああ素晴らしきエコロジー、そのお母さんは尊敬に値する!」
「だから睡眠薬が薄まってこうして学校に来れてるんだよね?」
「睡眠薬? なんの事?」
 かみ合っていない会話が場を占めた後、訪れたのはあまりに気まずすぎる沈黙。若干一名、冷や汗脂汗を浮かばせていて顔色が悪い男子生徒。そしてその静寂は怒りによる叫び声で粉々に破け散った。
「ふ・ざ・け・ん・な、死ねぇ――!」
とんでもない音量の怒声が屋上を揺らした、ような気がした。距離が開いていても耳が痛くなるほどの声を浴びせたと同時、涼子の凄まじい蹴りが秋一の太ももへとめり込んだ。なんか変な声を出してうずくまる秋一。大丈夫かオイ? そんな秋一の状態を心配するでもなく涼子は襟首をぎゅっと掴んで、下の階へと繋がる階段を下りていく。引きずられていく秋一の体が段差に会うたびに、がんごんと音を出していた。
「……なんなんだよ、あいつら」
 そう自然と口に出して気付いた。扉の影から起き上がり、ゆっくりとこちらへ向かってくる生徒。
 そういえば矢島の事をすっかり忘れていたぜ。
「……ごめん、ちょっと聞いていい?」
「ん、なんだよ」
「さっきこの扉開けた奴の名前、フルネームで教えて」
 おでこを赤色に染めた矢島は俺にそんなことを聞いてきた。俺にあいつをかばうはさらさらない、というか矢島に手を貸したいくらいだ。尾行、睡眠薬、さぼり――。それそろ天罰……いや、物理的制裁が下ってもしょうもない頃だろう。
 という訳で俺は、秋一に情けの欠片も渡しはしなかった。
「木之本秋一。クラスは二組だ」
「有り難う……五分待ってて」
 それだけを言い残し、矢島はドアを砕かんとする勢いで駆け出した。
 しばらくした後に男の悲鳴が聞こえてきたような気がするが、俺には完全に無関係……ところが望んだ現状なので止めるなどという野暮な行動はしないさ。
「秋一、ご愁傷さま」
 言の葉が、屋上に消えていった。悲鳴は聞こえないが……違うな、上げることすら出来ないのかもしれない。


 そして五分を少し過ぎる頃に矢島は戻ってきた。見ると手が濡れていて、何かを洗い流した感が嫌という程に漂っている。ルミノール反応が出てもおかしくないとと思うが、少し怖いので、そこについては聞くことをやめた。
「待たせたわね、篠原誠」
 矢島は恐ろしい程の笑みを、その端整な顔に携えている。その笑みが俺には恐怖に感じられた。
「で、なんだよ」
 それをなるべく悟られないように俺は、短い言葉で聞き出そうとした。これなら内心の動揺も悟られまい、と自我自尊している所に、予想の範疇を超える出来事が起きた。神様、あんたは馬鹿か? と何百通の手紙を書きたくなるほどの出来事がな。
 俺の目下に、矢島の髪が見える。彼女の柔らかい髪が風に吹かれ、一斉に流れていく。腰に回された彼女の手からは、暖かさと、強さを感じた。俺の心臓の位置あたりに矢島は顔を埋めている。
「……や、矢島?」
「お願い、付き合って。嫌なのは分かる、でも少しの間だけでいいから――」
 言葉がこんなにも重く感じるのは初めてだ。
 矢島の手は、指は。俺が答えを出すまで離れそうにも無い。かといって言葉にするのも恥ずかしすぎる。だったら、アレだ。だがそれも言葉と同じくらい恥ずかしい。
 そして色々と考えた末の結果が、どうにでもなっちまえ、ということだった。
 つまり抱きしめ返した。
 意外と暖かいもんだな、と考えていると腕の中の矢島が震えだした。そして震える声でこう言った。
「……くく……」
「おい、どうした?」
「それは、付き合ってくれるということだよね?」
「まぁ、少しだけならな」
 俺はこの女、矢島に対して興味を持ち始めていた。本当に僅かな興味だが、滅多に他人事に関心を持たない俺にとっては、大きな事だ。姉貴あたりなら、弟が二度目の社会復帰だぁ、とか微笑みをばら撒きながら言うのだろうがな。
「誠、貴方って単純ね」
 矢島は手を解き、俺から少しだけ距離を開けた。その顔は少しだけ赤く、少しだけ笑っていた。
 どうせ演技とかいうオチだろ、と言おうとした所を矢島に遮られた。
「でも抱きしめ返してくれた時は、意外と嬉しかった」
 ……は? 俺は今何を聞いた? 矢島からそのような言葉をかけられたのは、これから一生あるまいと思っていたのに。
「矢島、お前そんなキャラだっけ……?」
「う、う、五月蝿い!」
 そういって矢島はそっぽを向いてしまった。黒髪が艶やかに揺れ、その隙間から白いうなじが垣間見えた。何か言い返そうとしたが、結局は反論が思い浮かばず黙り込んでしまう俺。
 すると矢島はくるっと振り向き、右手を差し出してきた。そこには俺の、教室にあるはずの弁当が。よくよく見れば、矢島の左手にはこじんまりとした弁当らしきもの。
「…………」
 何も喋らない下を向いた矢島の顔からは何もうかがえないが、仮の恋人だとしても、本当の恋人を再現しよう、という事らしい。
 その矢島から俺は弁当を貰いうけ、一言。
「一緒に弁当、食うか?」
「――うん」
 顔を上げた彼女と視線があった。はにかんだような笑みを浮かべた後、矢島は優しく一発、俺の胸を叩いた。
 俺が矢島詳しく、そのストーカーの話を聞こうとした所で、灰色の扉がパタンと音を立てる。素早く俺が振り向くとそれは閉まっていて、人の気配も無く、ただの空耳だったとしか思えない程に静寂を保っていた。
「誰なの?」
「さぁ、知らん。それよりストーカーの話を聞かせろ、そいつさえとっちめれば大丈夫だろ?」
「うん、わかった」
 会話はお弁当を食べながら進んでいった。かなり余計な話が混じったが、どうにか昼休みが終わるまでに全てを聞き終えた。補足するが、余計な話は、ストーカーに対する悪口が大半を占めている。矢島の奴どう育ったら女がそんな言葉を連呼できるようになるんだ、と思うほど凄まじい言葉遣いだったぜ。
 全様を簡単に言う。ストーカーの名前を太郎君としよう。その太郎君はある日、矢島に告白をしたんだ。だがそれを光速の速さで断り暴言を投げつけ、見事にフッた矢島。その日を境に太郎君のストーカーは始まったらしい。携帯への無言電話は基本、幾つもの本文が白紙なメール、携帯への無言電話、ファックス、軽く百通を超える手紙など。ちなみに手紙には、愛しているよ、と言う文字が紙一杯に羅列していたという。そこで矢島が太郎君に、いいかげんにしないとボコるわよ、と言ったところ太郎君は、じゃあなんで断ったんだ証拠を見せろ、と要求したのだ。これに矢島はもうあきれ果て起こる気力も無くし、この高校へと転校してきたという。
 だが悪質メールは今でも続いており、一つのアドレスを拒否すると別のアドレスからまたメールが来る始末。自分のアドレスを変えても、二日後にはまたあのメールが来るという、救いがたい状況。
 そこで誰かと付き合っているという事にすればそれが証拠となり、あの馬鹿も黙るだろうと言う事で……全然めでたくなく何の偶然か俺が抜擢されてしまったわけだ。
 俺としては興味が少しだけあるので、もっと知ってみたいという心もあるが……まぁいい。とりあえず矢島の頼みを承諾しちまったからやらないと。
「矢島も大変なんだな……・お前の性格だとストーカーなんて軽々ぶっとばしそうだけど」
「ぶっとばしても良かったけど……お父さんが営業している会社の上に、あの馬鹿の親が営業している会社があるから。契約打ち切られると非常にまずいんだよね」
「そうなのか。苦労してるな、お前の親父さんも」
「まったくだよ。あの馬鹿のせいで幸せな中学卒業式が、いかにしてあの馬鹿を振り切るか考える式になっちゃったし」
「……ご愁傷様」
 最後のご飯を箸で挟んで、もぐもぐ咀嚼したあとで俺はそう応えた。
 もっと直接的に恥ずかしい思いをした俺にとっては、微妙な出来事だしな。
「ねぇ、五時間目はどうするの?」
「んー……次なんだっけ?」
「……忘れた。そんぐらい覚えときなさいよ」
「人のことを言う前に、お前も実行したらどうだ?」
「うるさい。先に聞いたのは、まこ――っ、……篠原でしょう」
 矢島の言い方は、名前で呼ぼうとしてハッとし無理やり苗字にしたものだった。まぁこういうところが初々しいというかなんというか。
 勿論俺は苗字でも名前でも構わないのでこう返した。
「俺の事は好きに呼べ。ただ変なのは勘弁しろよな?」
「……うん、じゃあ誠で」
 ――しまった。次に出すべき言葉が見つからない。この場を支配する微妙な空気、それが毛穴に入り込んで俺の神経をチクチクしげきしているんじゃねという感じだ。
 一分くらい俺も矢島も喋らないでいると、あっちが最初に口を開けてくれた。
「じ、じゃあ私の事も、瑞葉でいいから」
「お、おぅ」
 なんで言葉を噛むのかね? 色々と感情面での問題とかがあるだからなのだろうが、あえてそこは深く考えないことにしておこう。
 さりげなーく横を見ると矢島……じゃなかった、瑞葉と目が合った。
 すると瑞葉はふふっと笑い出しやがった。なんだ、俺はそんなに変な顔をしていたか?
「意外と誠ってとっつきやすいんだね」
「おい、意外は余計だぞ」
「はいはい。でも誠、クラスで浮いてるよ?」
「……今更ながら、――そうだったのか!?」
「馬鹿? 気付かない方がおかしいよ」
「俺が馬鹿なら、お前はもっと馬鹿だろ。こんな恋人ゲーぐはぁ!?」
 言葉を最後まで続けることは出来なかった。なぜなら瑞葉の肘が俺の脇に炸裂したからだ。
 ……やばい、本気で痛い。俺が苦悶の声を漏らしていると、瑞葉は涼しい顔でこう言いやがった。
「あれどうしたの? 急に黙ると馬鹿みたいだよ?」
 なんで急に黙ると馬鹿なんだよ、と言い返双とおもったが止めた。もういいやどうでも。
 俺は緑色のフェンスに背中を預けた。腹が膨れると眠くなるのは本当のことだったんだな。
「……もしかして、怒った?」
「いんや、別に……。ただ面白い奴だな、と思っただけだ」
 本当に最近の俺は、こんな出来事に恵まれている。俺の死を予告した手紙。そしてこの矢島瑞葉。秋一にしても睡眠薬をあの涼子に仕込むなど、とんでもなく細いロープを渡るような事をしてくれる。
 ――いや待て。……矢島、瑞葉?
 とんでもなく恐ろしい、そして論理的で理にかなう想像が形を整えていくのが解った。もし瑞葉が友江良だったと仮定しよう。そうしたら現れる時期も丁度一致するし、俺に取り入ってくる行動も理解できる。問題は俺の未来をどうやって手紙と言う形にしたのか、ということだが……なんらかの方法で俺の行動を制限した上で起こりうる状況を書き記せばなんとかなるかもしれない。それに手紙には確実性が無く、俺の死亡も現実のものとならなかったから『俺の行動を制限した上での起こりうる事象』を書き記せば当たるのかもしれない。だがそうすると電柱に頭をぶつける、なんてマイナーすぎる出来事は無謀すぎる。だが考え直せば恋人ゲームの理由となるストーカーも、俺が実際に見たわけでもないから捏造なんていくらでも――
「なんだか顔が青いよ、大丈夫なの?」
 瑞葉の声で我に返る。気付けば汗が額を湿らせていた。俺の顔を覗き込むようにする瑞葉にも気付かないなんて相当な深さの思考の沼に沈んでいたのだろう。平気だ、と一言瑞葉に告げて、俺は天を仰ぐようにして雲が僅かに浮かぶ青色の空を見上げた。五時間目が体育のクラスは、校庭でサッカーやらなにやらに興じている。その声援や支持がこの屋上まで届き、平凡な学校生活を強調しようとしていた。
「……少し休ませてくれ」
「どうせ授業には間に合わないから、ここでサボるのもいいんじゃない?」
 ……それは先生に告げ口をしないという事なのか? それとも自分もここにいていいか、という問いなのか? どう返せばいいのか分からず言葉を濁らせていると、矢島が――じゃなくて、瑞葉が扉へ向かって歩き出した。
「じゃあ私は授業に戻るから」
 俺はその背中を止める事が出来なかった。それは、どこか拒絶しているふうに感じたからだ。灰色の扉を静かに開けて行く瑞葉。言葉を出してとめようとするが、喉で突っかかっているかのように言葉は出なかった。それは、どこか拒絶しているふうに感じたからだ。灰色の扉を静かに開けて行く瑞葉。言葉を出してとめようとするが、喉で突っかかっているかのように言葉は出なかった。
 そして俺は屋上に一人取り残される。……よくよく考えれば瑞葉があの友江良というのはどうなんだ?
 午後の授業の喧騒から遠い場所でそんな事を考える。もう一回だけ冷静になって考え直そうか。
 半分以上忘れていたかもしれないが瑞葉は今現在、あの手紙によって死ぬ事を予言……違う、予想された状態なのだ。このまま俺や麗が何もしなければ恐らくは……あまり良い結末は待っていないのだろう。そこから瑞葉を友江良と断定するのはまず無理だ、不確定な要素がばら撒かれすぎている。それに手紙も絶対という訳じゃなかったし、せめて何か法則あるいは手紙による予言の成功率も知りたい。
 まるまる一時間をつぶして俺が手に入れた回答は「相手がどうでるか」というものだった。幸いというかなんというか、瑞葉を守る為には近づく必要もあったので省けてよい。まぁ問題は麗が納得してくれるかだからさ。


 堂々とサボりを慣行した俺を待っていたのは教師の説教だった。さすがにペナルティ無しという訳ではなく、我等が担任の只見先生に有り難くも無い掃除という命令を押し付けられてしまった。無論適当にやってはぐらかすさ、掃除と瑞葉という存在を天秤にかけたら掃除なんてサヨナラだ。
 というわけで俺は教室の自分の席について放課後を待っている。掃除が終わった後のクラスの喧騒はどこに行っても健在のものだろうな。
「……誠」
 しかしなんだろうね、この迫りくるような気迫は。まるで目の前に摩訶不思議な怒りオーラを立たせた人物が立っているみたいだ。……現実を直視すれば座っているなのだろうが。
「…………麗さん、なんでしょうか」
「野島さんとなんであんなに親しいのか、話してくれるよね?」
 その笑顔が怖いです、なんて言おうものなら拳が飛んできそうだったので言わずにおいた。
 だが説明しようとして少し俺は迷う。あいつはクラスメイトの周りではおしとやかに振る舞い俺を狡猾に屋上に呼び出してきた。という事はあまり周りには知られたくないのでは、そう考える。……なんにせよ入らぬ地雷は踏みたくない。
「……知らん、あっちに聞いてくれ。一つだけ言うのなら俺に非はないぜ」
 そう言い切ると麗はこちらへとジト目を向けてくる。あからさまに信じてない顔だな、非常に分かりやすくてよろしい。だが俺も嘘はついていない、
 ふと周りを見ると近くの席の連中が俺らのやりとりを横目でちらちらと伺っている。……この中に友江良がいあたらどうするのだろうね俺は? いかんせん答が無いのでそんな事を思考しても時間の無駄だろう。
「本当に? 誠と野島さんの間には何もないんだね?」
「ああ、無いぜ。大体なんで俺があんな暴力女と。……まぁ興味が無いわけじゃないがさ」
 最初の一言で麗は安心したような素振りを見せたが、後半の俺のセリフを聞いて再びにらめつけて来やがった。まるで視線で俺の心臓をえぐろうとするくらいの鋭さだ。
 だがその視線も突然としてふっと収まり、少し戸惑いを持つような瞳になる。いったいどうしたんだ――、そう問いかけようとしたところで思わぬ所から答えは降ってきた。
「……ねぇ誠くん。だ、誰が暴力女……ですって?」
 思わず振り向きたくなる衝動を堪えて全身を凍らせる。少しばかりクラスが静かになったのは、俺の耳に異常が発生したせいではないのだろう。今すぐ席を立ち逃げ出したい」
「やぁ瑞葉か、もう放課後だ席についたらどうだ?」
 少しばかり棒読みなってしまうのはしょうがない。確か今日こいつと屋上に行った時にはその右足で屋上の灰色の扉を蹴りあけていた気がする。あいにくその現実から逃避したいんだが、記憶に残っている扉の軋んだ音がこれは現実だと突きつけてきやがっている。
「…………誠くん、少し時間をくれないかな? 大丈夫よ、決して悪くはしないわ」
「なんでだろ、俺にはこれが死亡ENDの前兆な気がする」
 襟首をつかまれて強制的に連行される。襟首を捕まれたま廊下を連れて行かれるというのは、誰の視線が無くとも恥ずかしいものだと痛感した。


 再三屋上の扉が開けられる。無論瑞葉の蹴りによってだ。
 バガン、という破壊音のようなものが混じったものを聞きながら俺は今日何度目になるか分からないため息をついた。いつかこんな状況に慣れる俺、それを考えるとそれはそれで怖い気がするな。
「さっき言い忘れてたけど、昼休みのここでの会話は誰にも言わないことね?」
「……教室ん時もそれを考えて口ごもってたんだよ、……瑞葉、お前は周りをもっとよく見たほうがいいぞ」
 俺がそう注意した瞬間にどこからか、疑問を投げかけるような声が聞こえてきた。
「……周りをよく見るのは君のほうじゃないかな、篠原誠」
 発生源を探ろうと聞こえたほうを向けばそいつはいた。
 屋上と階段を繋ぐ階段、それを覆い隠すコンクリートの上に。簡単に言えば真上から顔だけを出して俺たち二人を除きこんできているのだ。
「……あんたは?」
 怪しい、怪しすぎる。なんなんだこいつは、帰りのLHRの真っ最中なのに屋上の、普通の人間なら行かないような場所にのぼっているなんてどこからどうみても変質者だ。長い髪を邪魔そうに払いながらそいつは答えた。
「少年、君の隣のクラスの神埼由井だ。以後お見知りおきを」
 神崎、由井。記憶の中を回想していくがそこにそのような名前など一切出てこない。というかこんな不思議そうな奴なら、幾らなんでも俺の知識の中にあるはずだ。……疑惑の目で神崎とやらを見ていると先にあちらが口を開いた。
「……少年、私には君がここに来ることはわかっていたのだよ」
「…………」
 思いっきり断言したがその予想は外れている。俺は自分の意思ではなくて瑞葉にここまで連れて来られたのだ。つまりはそこに俺の意思、という一番に考えなくてはいけないパズルのピースがかけているのだ。結果のみを言えばあいつは起きた事象にあとから事実を付け加えているだけとなる。
「まぁつまりはだ、私は君と話がしたい。隣の彼女さんが許してくれるなら、少しどうだろう?」
 ちらりと俺の隣の瑞葉に目を向ける。彼女はといえば唖然としていたが神崎の言葉を聴くなり、赤い表情をこぼして少し戸惑った後に俺を殴ってきた。
「……何するんだよ?」
「ばか。この大馬鹿」
 それを言うと彼女はそっぽを向いてしまう。取り次ぐ暇も無い。……ったく、たかが恋人ゲームでそこまでむきになる必要もないだろうに。ここにある他人の目といえば神崎の奴ぐらいしかいないんだしさ。
「……私、帰ってる」
 扉を開けようとする瑞葉。俺はその背中に声を投げた。
「ああ、待てよ。……放課後、良かったら一緒に帰らないか?」
 少し驚いたような表情を作り、それはすぐに微妙な笑顔へと変わる。笑顔といっても満開では無く三分咲き、といったところだ。彼女の満開の笑みを見たくない、といえば嘘になってしまう。
「……うん、待ってるわ。でももしこなかったら……」
「ああ大丈夫だ、絶対に行く」
 俺の言葉を聴き遂げると彼女は軽く手を振って灰色の扉を開けて、屋上から出て行ってしまった。閉めるときに大きな音はしなかった。……扉もそう何回も何回もばしばし蹴られてては持たないだろうなぁ。
「さて、邪魔な奴も居なくなったことだし本題に入ろうか、篠原誠」
 すっと目の目に神崎が飛び降りてきた。そんな所から飛んだらスカートがめくれるぞ、と突っ込もうとしたのだが、神崎の瞳を見たら何も口に出来なくなる。……嫌な予感、というより嫌な直感だ。
 俺は無意識のうちに半歩下がってしまう。
「……なんだ、神崎。物騒なことはお断りだ」
「なに、簡単な事よ。そんな難しいことじゃないわ」
 そして神崎が口にしたのは予想外の事だった。思えばこんなどこかの歯車が壊れた日常で、予想外という事象はさも当然のことなのだ。ありとあらゆる可能性を想定しなければいけない。そしてこの現実もその結果の一つなのだろう。
「……友江良沙希。篠原誠、あなたに知らないとは言わせない」
 まさかここでその名前を聞くことになるとは。俺はすぐさま頭の中に論理を展開していく。
 パターンとしてはあの手紙という伝達方式。手紙というなら住所さえ分かれば誰にでも出せる、という利点があるだろう。それから推測するに神埼も手紙を受け取った、というもの。そして伝達方式から選出できるパターンの二つ目は誤送。可能性は低いがありえない話ではない。
 ……一番考えたくないのは神前由井が友江良沙希であるということだ。もしもそうが事実であるのならここで神崎由井、彼女の行動を制限する、もしくは謎を解き明かすという必要があるのだろう。
「……待て、なんでそう決め付けるんだ? 神埼には悪いが俺はそんな奴は知らないぞ」
 ここで俺が選べる選択肢、それは俺が友江良沙希を知らないという事実を作ることだ。これでもしも俺が知っている事実、それ以上のことを神崎が把握しているようならば少しずつを話して状況情報を共有。もしも相手がそれ以下ならばこの事実は隠し通す。そしてもしも、もしも彼女が友江良であるようならば……なんとかしてふんじばる。
「しらを通す気? 残念だけどそうはさせないわ」
「……どういう意味だ」
「まずあなたの返事、それからは違和感が感じられる」
 ……くっ。相当こいつは頭が切れる。まさか返事だけでそれを感じ取るとはな。
「普通の人なら、そんな奴知らない、だけで終わる会話だわ。だけどあなたは自分が何も知らない、という事実を強調して言葉にした」
 まずい、このままだと神崎の思うままのペースで持っていかれる。
「待て待て、それはさすがにあてつけだろ。無茶もいいところだ」
「……篠原誠、今日ここであなたと会話するのは私の想定した状況よよ。下調べもすべて終わってるわ。……あなたの性格もね。」
 鋭い。
「人と話したがらない……会話を意識的に短くしているあなたが、一文節だけで終えられる際に二文節も使うはずはないわ」
 こいつは人をよく見ている。上辺だけを見て話す奴とは大違いだ。これはとんだ奴がこんな学校にいるもんだ、久しく言論で追い詰められたよ、神崎。
「…………神崎、お前は何者さ」
「あえて言うならばヒーロー気取りの偽善者よ。……貴方は?」
「しいて言うならば……そうだな、ただの被害者というところだ」
 無言が時間を埋めていく。数分後、なんでかしらないがお互いに声を出して笑い出していた。なんでだろうな、この気持ちというか感覚というか。本当に久しぶりにこんな切れ者と出会えた気がする。
「嘘ついて悪かった、確かに俺は友江良を知っている。……立場としては敵対してるがな」
2008/02/07(Thu)01:01:08 公開 / シキ
■この作品の著作権はシキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めまして、シキです。色々間違いが多々あると思いますがよろしくお願いします。
 これから頑張っていくつもりです。
 それではよろしくお願いしますです。

 十月十七日 章に名前を追加。
 十一月十一日 久々に僅かだけ更新。書かないと鈍るものです。


 
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除