- 『 オヤジたちの創立記念日 〜くろしお小学校創立130周年』 作者:碧 / リアル・現代 ファンタジー
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全角6849文字
容量13698 bytes
原稿用紙約20.7枚
くろしお小学校6年2組の仲良し悪ガキ四人組。
巨漢のヤマちゃん。
喧嘩っ早いマサちゃん。
工作が得意なタケちゃん。
運動神経抜群のケンちゃん。
喧嘩もした。いたずらもした。一緒に笑って、一緒に怒られて、一緒に泣いた。
あれから、30年が過ぎた。
そして皆、「オヤジ」になった。
そのうちの一人は「ジイジ」にもなった。
「ヤマちゃん、お前また太ったなー 」
ヤマちゃんが振り返ると、懐かしい面々があった。
「タケちゃんか? ケンちゃん、マサちゃん! 」
40歳を過ぎた元悪ガキ4人組は、爽やかな秋空の下、くろしお小学校の正門の前で懐かしい再会を果たし、笑い合った。
海のすぐそばに建つ校舎は、彼らが入学した年に、築百年近い木造校舎から鉄筋コンクリートに建て替えられた。真新しかった校舎も、今ではすっかりくたびれた感じではあったが、あの頃と変わらずに彼らを見下ろしていた。
祭日だというのに、小学校はお祭りのように賑やかな活気に溢れている。運動会ではない。
校庭一面に敷き詰められた白い紙を、大勢の生徒とその保護者が取り囲んでいた。
海からの風さえ感じない、穏やかな日和に恵まれたのは幸いである。
朝礼台に立つ先生の指揮に従って、皆は紙の端を持ち、一致団結して動いている。
彼らは、大きな鶴を折っているのであった。
小学校創立130周年を記念して、大きな鶴を折り上げ、皆で記念写真を撮る。誰が考えたのかは分からないが、そういった創立記念行事が行われていたのである
記念行事の企画と説明は、事前に子どもたちに配布された「学校だより」に記載されていた。
かつてヤマちゃんと呼ばれていた男は、3年生の息子からから渡された「学校だより」を読んで、嫌な顔をした。一家庭につき一人、保護者が参加するようにと書いてある。参加したって、疲れるだけで、ちっとも面白くないに決まっている。
「私、パートがあるから、アンタ行ってね」
妻は、彼が予想していた通りのセリフを言った。
そこで彼は、この機会に元6年2組の悪友たちと、懐かしい母校で集合しようと思いついた。
小学校卒業以来、それぞれ進学したり、就職したり、結婚したりはしたが、現在もマサちゃん以外は同じ校区に住んでいる。そのマサちゃんも、住んでいるのは隣の学区である。
結婚式や葬式、地元の祭りなどで二年に一度くらいは偶然顔を合わせたりするのに、思えばこの30年、理由なしに四人だけで集まったことはない。
タケちゃん、ケンちゃんは、ヤマちゃんと同じく、自分の子どもをかつての母校、くろしお小学校に通わせている。
喧嘩も早かったが結婚も早く、結婚するよりさらに早く、十七歳でパパになったマサちゃんの子どもだけは、とっくに小学校を卒業していた。彼は既に3歳の孫娘の「おじいちゃん」である。
四人の男は、児童たちに混じり、校庭いっぱいに広げられた紙の端を持ち上げながら、昔話に花を咲かせた。
「俺らの時は100周年だったよな」
タケちゃんがヤマちゃんを見た。
「あんときは、やってられなかったよなー」
マサちゃんもヤマちゃんを見た。
「校長、まだ怒ってるかもな」
ケンちゃんもヤマちゃんを見た。
「なんだよ、俺ばかり見るなよ」
ヤマちゃんは、自慢の太鼓腹を揺らして悪友たちを見回した。四人の中年男たちの目は皆笑っていて、6年2組の悪ガキだった頃に戻っていた。
30年前の100周年記念行事では、校庭に「祝100周年」の人文字を生徒と保護者で描き、航空写真を撮った。現在のようにデジタルカメラなどない時代。ほとんど一発勝負である。失敗は許されない。じっと立ったまま我慢するだけの、人文字の練習は長時間に及んだ。
「1」の文字の端でひいたすら文字の一部になることを強いられた四人は、ヒマをもてあまし、うんざりしていた。
最初に言い出したのは、ヤマちゃんだった。
「なあ。俺ら、点になろうぜ」
「点? 」
他の三人は何のことやら分からず聞き返した。
「小数点」
ヤマちゃんの計画はこうだった。
さていよいよ、航空写真撮影という瞬間に、四人の立っている巨大な1の一番下の角から飛び出す。そして、四人で固まって立ち、そこにあってはいけない小数点になってやろう、というわけである。
「祝1.00周年」という、間抜けな記念写真を想像して、四人はくすくす笑った。
チャンスは1回しかない。リハーサルもなしである。四人の心を一つにしなければ、成功しない。
そう思うと、立っているだけのつまらない時間が、ヤマちゃん、タケちゃん、マサちゃん、ケンちゃん悪ガキ四人にとって、ワクワクするような時間に変わった。
「はい、止まって! 」
朝礼台の上から号令をかける先生の指示に従って、皆、止まる。
「はい、折って! しっかり踏んでください! 」
折るべき場所には印がつけられていて、そこを皆で踏んで折る。
巨大な折鶴は、着々と折り進められていく。
四人の中年男は、久しぶりに汗をかいた。額にうっすらとにじむ、爽やかな汗だった。
子どもの頃から太っていて、今も人より随分太めなヤマちゃんだけは、爽やかを通り越してダラダラと汗を流し、ハァハァと肩で息をしていた。
「しっかし、あのときの校長、怖かったよなー」
マサちゃんが言った。彼は校内一のやんちゃ坊主で、喧嘩っ早く、強いことでも有名だった。いつも誰かと喧嘩ばかりしていた。
一度頭に血が上ったら最後、先生にも暴れる彼を止めることは難しい。そんな彼をを止めることができたのは、校内一の巨漢のヤマちゃんだけだった。そのマサちゃんが恐れたほど、校長の怒りは彼らが今までに見たこともないようなものだった。
「俺なんか、びびって泣いたもんなぁ」
ケンちゃんが相槌を打った。彼はずば抜けた運動神経の持ち主で、高鉄棒では体操選手のようにぐるぐる回ってみせ、運動会のリレーのアンカーを6年連続勤めた。もちろん、逃げ足も一番速かった。四人でやったいたずらでも、彼だけが怒られずに済むことが時々あった。それは彼の逃げ足が早かったからであるが、他の三人は、そんなケンちゃんをズルいと思ったことは一度もない。いつも、逃げ切る彼を憧れのまなざしで見つめていた。いいなぁ、ケンちゃんは逃げ足が早いから怒られないもんな、と。
大抵の場合、一番最初に怒られるのは、言いだしっぺのヤマちゃんであった。彼はどんなに頑張って走っても、6年生で既に三桁を超えていた体が重くて、他の三人に遅れをとったものであった。
「まさか、あんなに見事に成功するとはね」
タケちゃんが静かに言った。彼は四人の中ではいつも目立たない存在で、周囲からは何故ヤマちゃんやマサちゃんみたいな問題児と一緒にいるのか不思議がられていた。お調子者のケンちゃんならまだしも、という具合に。
「祝 1.00周年」の航空写真は、彼の職場である「竹山内科」の壁に今も飾られている。訪れた患者が、「おや? 」という顔をするたびに、
「この小数点の部分がワタシなんですよ」
6年生だった頃に戻って、得意げにそう説明する竹山医師であった。
「改造ワリバシ鉄砲で学校中の蛍光灯割ったときより、校長、怒ってたよな」
ヤマちゃんが思い出したように言った。
「あれはやっぱり、タケちゃんが悪いよな」
マサちゃんは言ったが、当のタケちゃんは、冷静に言い返した。
「確かに、より強力なものにしたのは俺だけど、誰が一番蛍光灯をたくさん割れるかやろうって言い出したのは、ヤマちゃんだったぞ」
「そうだそうだ! ヤマちゃんが悪い。俺は一本しか破壊していないしな」
ケンちゃんが嬉しそうに相槌を打った。
ワリバシと輪ゴムだけを使って、輪ゴムを飛ばす鉄砲を最初に作ったのは、ヤマちゃんだった。最初はクラスの女子を狙ったりして遊んでいただけであった。
マサちゃんが、「もっと強力なやつ作れないのか? 」と言うのを聞いて、工作の得意なタケちゃんが、牛乳瓶の蓋を飛ばせるワリバシ鉄砲を開発した。
縦に回転しながら飛ぶ牛乳瓶のふたの威力は意外に強かった。最終的には、牛乳瓶の蓋を2枚張り合わせて間に細工をし、少し重くするなどの改良を加え、蛍光灯を破壊できるほどになっていた。
最初にそれで蛍光灯を割ったのは、ケンちゃんであった。狙って打ったわけではない。掃除時間に掃除をサボって遊んでいたら、たまたま当たっただけである。
パアン!というものすごい破裂音と一緒に、砕け散ったガラスが降って来た。
「うわ、また怒られる」
ケンちゃんが舌打ちすると、
ヤマちゃんがまたもや言い出した。
「誰が一番たくさん蛍光灯を割れるかやろうぜ? 」
ルールも決めた。先生に割った現場を見られたらアウト。制限時間は、掃除の時間が終わるまで。自分で割った蛍光灯の数は自分で数える。ズルはなし。
「よーい、ドン! 」ヤマちゃんの掛け声で、四人は一斉に駆け出した。
足の速いケンちゃんが一番に飛び出した。彼は勢い余って校庭まで走っていってしまい、そのまま高鉄棒で遊び始めてしまった。だから彼が割ったのは最初の一本だけであった。
足の遅いヤマちゃんは、ゆっくり確実に破壊活動を進めた。開発者のタケちゃんも、もちろん負けてはいなかった。
マサちゃんは、隣のクラスの蛍光灯を割った際、止めに入った体格の良い男子と喧嘩を始めてしまった。蛍光灯自体はあまり割れなかったが、喧嘩の相手を投げ飛ばして、廊下と教室の間の窓ガラスを2枚割った。
ヤマちゃんとタケちゃんは、それそれ自慢のワリバシ鉄砲片手に、学校中の蛍光灯を割って割って割りまくった。
ヤマちゃんは途中で自分が割った蛍光灯の数が分からなくなってしまったので、この勝負はタケちゃんの勝利となった。
その日以来、ワリバシ鉄砲は全学年禁止、持ち込みも製造も禁止になった。
以前、ヤマちゃんの息子が父直伝の普通のワリバシ鉄砲を学校へ持っていったら、担任の女性先生が血相を変えたという。
「そんなものを学校に持ってきてはいけません! 」と。
「ワリバシ鉄砲による蛍光灯破壊活動事件」は、伝説の事件として、三十年来くろしお小学校に語り継がれているのかもしれなかった。
思い出話に夢中になって、自分たちが何をしているのかすっかり忘れていた四人の中年男であった。
最後の仕上げの折り目につまづいて、ヤマちゃんは転んでしまった。
そして、彼は誰にも知られずに紙の中に押しこまれ、皆に踏み固められ、折鶴に折り込まれたまま、出られなくなった。
しばらくして、折鶴はヤマちゃんごと、何かで持ち上げられたような感じがした。それから、子どもたちの歓声が聞こえてきた。
折鶴は、小学校の屋上から海の方向へ、飛び立っていたのである。風にのって、どこまでもどこまでも飛んでいった。
ヤマちゃんが、自分が織り込まれた場所から苦労しながら這い出して、折り目の隙間から下界を眺めたときには、すっかり夜になっていた
「タケちゃーん、マサちゃーん、ケンちゃーん! 」
ヤマちゃんは、泣きそうになりながら叫んだが、誰も返事をしなかった。
「校長先生ー! 」
ヤマちゃんは、思わず叫んでいた。
昔、お寺の墓石を、四人で片っ端から倒して遊んだ時のことを思い出していた。ヤマちゃんは、その時、、お寺の灯篭によじ登り、倒れた墓石と、灯篭のスキマに挟まって、身動きが取れなくなってしまったのである。丁度今、巨大折鶴にに挟まったまま、出られないのと同じように。
タケちゃん、ケンちゃん、マサちゃんは、それぞれこの遊びに夢中になっていて、ヤマちゃんが消えたことに気づかなかった。
夕暮れ時になり、次第に辺りが暗くなってくると、三人はお互いに手を振り合って、それぞれの家に帰ってしまった。三人共、ヤマちゃんは腹が空いて先に家に帰ったんだろうと、勝手にそう思い込んでいた。
ちょっとやそっとのことでは泣かないヤマちゃんも、このときばかりは一人で泣いた。あたりは暗くなるし、寒いし、ひもじいし、何より寂しかったのである。
その彼を、夜も随分更けてから、一番最初に見つけてくれたのが、校長先生だった。
ヤマちゃんの両親から、夕飯の時間になっても帰らないなんて絶対に何かあったに違いないという連絡を受けたのである。
懐中電灯片手に、校長先生自ら、ヤマちゃんを血眼で探し回った。
その時の校長先生は、記念すべき「祝 100周年」の航空写真を、ヤマちゃんたちに「祝 1.00周年」にされたことなど、どうでもよくなっていた。大人気なく叱りつけ、四人の6年生を泣かしてしまったことを、少し後悔しさえもした。
怒られるとばかり思っていたヤマちゃんは。
「良かった、良かった、生きていた」と繰り返す校長先生と、大勢の人が、力をあわせ、彼を救い出す姿を、ぼんやり見上げていた。
自分が助かったことを知り、ほっとしたヤマちゃんが最初に言った言葉は、謝罪でも感謝でもなく、「腹減った」であったが、それでも校長先生は、うんうんと、嬉しそうに頷いていた。
後日、四人はそれぞれの親と校長先生と一緒に、お寺に謝罪に向かったが、住職はというと、御仏に仕える身とは思えないような、鬼のような顔をしていた。
校長先生は、彼らのために何度も何度も頭を下げた。その背中を見ながら、ヤマちゃんやタケちゃん、ケンちゃん、マサちゃんは、早くこの時間が終わればいいのにと、そんなことばかり考えていた。
「おい、ヤマちゃん! 大丈夫か?」
タケちゃん、ケンちゃん、マサちゃんの声で、ヤマちゃんは我に返った。
折鶴に躓いて倒れ、日ごろの運動不足がたたり、一瞬意識を失ってしまっていたようである。
今や、くろしお小学校創立130周年を記念して完成した巨大折鶴は、堂々とその姿を校庭の真ん中に現していた。
その時、海から突風が吹いた。力強いその風に、ふわりと巨大な折鶴が浮き上がった。運動神経の良いケンちゃんが、とっさにその翼にしがみついたが、ケンちゃんごと、折鶴は空に浮いた。
慌てて、タけちゃんが、地上から50センチほど浮いたケンちゃんの足にしがみついた。
しかし風は強く、さらにタケちゃんまでも道連れに空へと旅立っていきそうであった。そんなタケちゃんの体に、すかさずマサちゃんが飛びついた。
「ヤマちゃん! 」
マサちゃんが叫んだ。マサちゃんの体が浮いてしまってからでは、ヤマちゃんがその巨体でマサちゃんを掴むことはできないと判断したからだった。
ヤマちゃんは、間一髪のところでマサちゃんを掴んだ。
秋の風は意地悪く、このときとばかりに強く吹き荒れ、折鶴と四人の元悪友たちを翻弄したが、ヤマちゃんごと折鶴を空に舞わせる力はなかったようであった。
しばらくすると、静かに折鶴は地面に落ち、見守っていた児童とその保護者多達が、折鶴を、二度と風に飛ばされないように、しっかりと押さえつけた。
再び「小数点」のように固まった四人は顔を見合わせて、安堵した。そして、いつでもそうしたように、四人で笑いあった。
「ありがとうございました」
ヤマちゃんの息子の担任の先生が、老人を乗せた車椅子を押しながらやってきて、礼を言った。
教育大学を出てまだ2年目だという、若く美しい女性教師に、ヤマちゃんは思わず鼻の下を長くした。
「当然のことを、したまでですよ」
ヤマちゃんは、柄にもなくそんなことを言ってみた。己の身を省みず、最初に飛びついたケンちゃんが、ここでは一番の勇者なのかもしれない。しかし、美人の前ではそんなことはどうでもいいのである。
「お前たちでも、役に立つことがあるんだな」
彼女が押している車椅子の、90歳近い老人が、可笑しそうに口を開いた。
「祖父からいつも、皆さんの武勇伝を伺っていますよ」
うら若き女性教師は、笑いを抑えたような顔をして言う。
「校長!? 」
元6年2組の悪がき四人組は、口を揃えて言った。
「全くあの頃のお前たちには、寿命が縮む思いをさせられたぞ」
老人は、言った。
「でも、皆、いい子たちだったよ。あの頃は本当に楽しかった。「小数点」だけは今でも許していないがな」
ギネスブックに申請するという巨大折鶴は、くろしお小学校130周年を記念して、元6年2組の悪ガキ四人組と、当時の元校長先生を含め、全校生徒とその保護者とともに、笑顔で記念写真に収まった。
くろしお小学校の校医でもある、「竹山内科」。
その壁には、くろしお小学校「祝 1.00周年」の記念写真の隣に、「130周年記念巨大折鶴」の記念写真が並べて飾られているのをご存知でしょうか。
もしもあなたが、くろしお小学校の卒業生であるか、くろしお小学校の生徒か、あるいはその保護者であるならば、知らないはずはないでしょう、ね。
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2006/10/08(Sun)19:47:50 公開 / 碧
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■作者からのメッセージ
読んでいただいた方に、お礼申し上げます。
どこまでが実話で、どこまでが私の作り話か、読む人には分かってしまうでしょうか。
私が聞いて面白いと思った実話をアレンジしています。
これは「二次創作」に近いかもしれません。