- 『朝の世界』 作者:泣村響市 / リアル・現代 ショート*2
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全角2413文字
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原稿用紙約8.7枚
読書好きな少年、哉秋秋雪を可笑しくさせるのは朝だった。今日も今日とて突発的に可笑しくなって、早すぎで来た塾の待合室。…――彼は名探偵に出会った。
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ぎしりと安っぽい椅子が軋む。
哉秋秋雪(かなあきあきゆき)は大きく溜息を吐いた。文庫本を閉じる。
何を好き好んで夏休みの朝っぱらから勉強をしなきゃならんのだ、と小さく呟く。
受験生の性なのか。それはともかくそんなわけで秋雪は塾に居た。
しかも待合室。
何の因果で待合室なんぞに受講生の秋雪が居るのか、という問いに答えよう。早く来過ぎた。
朝の彼はどうかしていたらしい。何を思ったのか一時間に一本の電車をいつもより一本早く乗ってきたのだ。
閑散とした電車の中でふと我に返ると、またやってしまったかと人の疎らな車両の中でぼすんと座席に倒れこんだ。
何故かテンションが上がってしまうのだ。突拍子もないことを朝は行ってしまう。
小さな頃から、育った今でも。
何かを考え、何かを感じ、朝の高揚した気分は暴れだすのだ。
「……ちっさい頃の癖が治らねぇってなんかめっさ情けねぇなぁ……」
癖というか性質というべきなのだろうか。
そんなことはともかく、早く来過ぎた塾は、開いてこそいるが相手はいなかった。
小さなビルのようなつくりになっている其処は、何故か余っている部屋がいくつかあるため、待合室(正確に言うと学習室)なるものが存在していた。が、正直存在している理由はあまり見られなかった。
しかして、こういう場合ばっかりは役立つよなぁ、と虚空に呼びかける。
返事はない。
帰ってこない返事に溜息を吐いて本に眼を戻す。
典型的な推理小説で、謎的に人が殺されて其れを探偵が解き明かして解決ハイ終わり。な本。
駄目じゃないか、と秋雪は思う。
本当の探偵なら、事件なんて怒る前に解決してくれなきゃ。
人の思考さえ推理し、先回りして、止めてくれなければ。
誰かが死んでしまってからでは、遅いじゃないか。
そこまで考え、肩を落とす。
どこまで考えても栓無いことだった。
「……寂し」
「寂しいの?」
返事が返ってきた。
「……っ?!」
バッ、と若い十代の瞬発力で勢い良く後ろを振り返る。
無意識の行動だが、視界に人は居なかった。ならば後ろだろう。
「やーだぁ。なんかかっこいい振り返り方ー。漫画の主人公みたいダネっ」
ロングヘアの少女が立っていた。
「……は?」
色素の薄い長い髪は、彼女が動くたびにふわふわと揺れる。
服装は至って普通のそこら辺を歩いていそうなブレザーの制服。ここの塾は制服を着てこなければならない規則があるからだろう。
ならばこの塾の受講生なのかもしれない。と、いうかそうなのだろう。
しかして、何故にこんな時間に。
「いやね、なんか凄い振り返り方だったからさ。」いいつつガタガタと秋雪の隣の席の椅子を引っ張り、とす、と座る。「格好いいなってね」
「えぇと……? 誰?」
素直に言ってみた。
すると面白いように少女は口を開ける。
「えぇ?! ……あぁ、まぁそうだよねぇ……」
「え? 何、何なんですか。勝手に満足されても」
困惑して秋雪が言うと、更に少女は溜息をはく。
「まぁ、わたしが勝手に思い込んでただけみたいなもんだしね……。でもケッコ傷つくなー」
「いやだから何?」
「覚えてないかなー? 名雪ちゃんだよー?」
「なゆき?」
そんな名前に覚えは無かった。
「まぁ名乗った事無いけど」
覚えどころか聞いたことさえなかったらしい。
聞いたところによると壱早名雪(いちはやなゆき)と名乗る彼女は、秋雪と同じ教室の受講生らしい。
「君よくわたしの知ってる本読んでたからねぇ。何となく親近感沸いちゃって」
親近感が沸いたらしい。
「こっちは全く存在に気付いてませんでしたが? 何か変な感じだな。知らん奴に親近感沸かれるとは」
「酷っ。……あ、今日も読んでるね。何々? 愛と死? 真理先生?」
「何故に武者小路?」
「わたしの気分が武者小路だから。……あぁ、なんだ、壊れた公園か。渋いの読んでるね」
「古今淘汰な。あんまり好きじゃない感じ」
「わたしは太宰治が好きだよ。私はその男の写真を三葉持っている」
「人間失格か」
「初めて読んだときは吃驚したね。こんな人間が居たのかって。」
「そうか? 俺はどっちかって言うと親近感が、」
にこ、と名雪が笑う。
まるで悪戯が成功した少年のように。
「……、何?」
「あは」
「気色っ」
「ひどー」
茶化すように呟くと、むっと頬を膨らませる。が、すぐににこりっ、と笑い出す。
いや、笑い出す。
にししー、と何か嫌な感じの笑い声。
「やっぱ君も親近感沸いてるじゃない。人間失格の主人公に」
「はあ?」
俺が人間失格だと言いたいのか。
ちーがうよ。
じゃあ何だよ。
あはは。
何。
「ヒントだよ」にしし、と笑いながら名雪が笑う。「二分ちょい前」
「あ、」
【何か変な感じだな。知らん奴に親近感沸かれるとは】
そういえば。
「多分主人公さんもこれを知ったら変な感じだと思うよー?」
「……」
呆れた。
そんなこと、覚えてないじゃないか。と。
だが、いや、と秋雪は思考する。
もしかしたら、コイツは名探偵なのかもしれない。
俺の思い描く、理想的で。誰もの思考さえ読める。
先回りし、犯人が罪を犯す前に事件を解決する。
そしたら、もしかしたら、と。
「……そんなわけ無いな」
呟き、首を振る。
だとして、俺はどうするよ? そう更に付け加えた。
「ん? どうしたの?」
名雪が首をかしげていた。
「なんでもない」
名雪と喋り、時間を潰した。
授業を受けていると、遅刻をしてきた友人が教室に現れた。
「お前何してたんだよ、大槻が遅刻なんざ珍しい」
にしし、と自然、名雪の笑い方が写った。
「世界と救ってたんだよ。こっそり」
人を喰った答えをする友人に向かって、
「俺は名探偵と出会ったような気がするよ」
とこっそり呟き、名雪のほうをちらりと伺ったが、すぐに目をそむけてしまった。
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2006/09/06(Wed)18:03:25 公開 / 泣村響市
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■作者からのメッセージ
ミステリモノが書きたかったのですがかなりかけ離れたものになりました。
出てきたミステリっぽいものは名探偵っぽい少女だけでしたね。