- 『真紅のジル ―a vampire story―』 作者:紅の豚 / ファンタジー 未分類
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全角12089.5文字
容量24179 bytes
原稿用紙約40.9枚
ヒューマンとヴァンパイアンと呼ばれる二つの種族の戦いの物語。決して打ち解けあう事の出来ない二つの種は生き残りを懸けた最後の戦いを繰り広げようとしていた。立ち塞がるモノには容赦せず、弱気を助ける(?)男ジル。復活の鍵と呼ばれる少女レイン。愉快な仲間たちと共にジルは忌わしき因縁に立ち向かう
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第1章 出会い
1
満天の星空。
終わり無き線路。
その上を駆ける、一本の列車。
それは夜の深い闇を槍の様に、冷たい風を引き裂きながら一心に突き進んで行く。
冷たい風は嵐と化し、列車に吹きつけるがビクともしない。
列車のあちこちに在る窓から漏れる小さな光は外の闇を照らす。
少女は居た。
その列車中に。
少女は悲しげな目を一枚のガラス窓の外に広がる漆黒の海へ向ける。
飽きてしまったのか、それとも初めからそうするつもりだったのかは分からないが、悲しげな瞳を上へ向けて漆黒の夜空へと場面を移す。
少女は無限に輝く小さな、小さな、あめ玉の様な星へ手を伸ばした。
触れることなど出来ない。
何故ならあのあめ玉の様な星達は少女の居る列車からは限りなく遠い場所に在るのだから。
そんな事、少女は理解している。
だが、少女は星空へ向けて手を伸ばす事を止めようとはしなかった。
少女が目指すのは限りなく近く、限りなく遠い世界。
列車が目指すのは少女の望む場所ではなく、定められた終着点。
少女はそれをようやく理解したのか手を下ろし、泣き崩れた。
二つの目から流れる小さなしずくが少女の頬を通り、そして地面へ目掛けて落ち、弾ける。
近くに人影はない。
だが、涙を見せるのは耐えられないと考えたのか両手で顔を覆い尽くした。
絶えず流れる涙は指と指の間から溢れ出し、手を濡らす。
そして、泣き崩れたひどい声で少女は確かにこう呟いた。
「私は羽を折られた醜い小鳥。もう、自由に外の世界を駆け巡る事など許されない……」
少女は小さな声を上げて泣き始めてしまった。
2
先の見えない闇へと続く一本の線路。
時刻は深夜。
この時間帯に走る列車など一本も無い、筈だった。
列車が通るはずの無い時間に悲しみの姫君を乗せた列車はそんな事お構い無しに走り続けている。
列車は急いでいるのか、徐々に速度を上げながら駆けている。
その列車から少し離れた場所に男が居た。
黒いコートに身を包み闇と同化する男。
列車の汽笛の音が耳に入った途端、男は笑みを浮かべた。
……まるでそれを待ち望んでいたかのように。
男は一歩一歩、線路へと近づいて行く。
線路との間隔を開け、動きを静止した。
腕を組み、ひたすら待つ。
走らない時刻に走る、自分勝手な列車を。
微かだが、列車の車輪と鉄の線路が擦り合う音が少しずつ近づいてくる。
やがてその音は大きくなり、列車は姿を現した。
行き先を照らす為のライトが線路を照らすと同時に男の姿も照らした。
強烈な光に男は一瞬目を片手で覆い隠す。
確信の笑みを浮かべ迫り来る列車へ挑まんとする。
列車が男の目の前を通り過ぎ始めた。
長い、長い大蛇の様な列車は駆ける。
男になど目もくれずに。
そして大蛇は男の居た場所を通り過ぎた。
……確かにいたはずの男の姿は無い。
残されたのは粉々に砕け散ったガラスの破片だけだった。
3
列車は走る。
夜空の下を。
目指す物は定められた終着点。
その列車は六つの車両に分けられ、その中はお世辞にも綺麗と言える物ではなかった。
各車両に設置された座席は木製で、がたが来ているのか、それとも客の扱いが悪かったのか所々に割られた様な箇所があった。
座れば一瞬にして木片と化してしまいそうだ。
そんなオンボロ列車の最も一番後ろにある第六車両にあの男が居た。
男の周りにある物は砕け散ったガラスの破片と、原型を完全になくした座席の砕け散った無様な姿だった。
男は首を縦横無尽に振り、両手を大回転させる。
そして軽くフットワークを弾ませながら拳を前に突き出していく。
拳は風を切りながら、前に突き進む。
次に蹴り。
隙の小さい小振りの動作から、隙の大きい一撃必殺の大降りの動作を繰り出した。
「異常なし」と男は頷く。
そして列車に侵入した際に頬に負ったかすり傷に流れた血を手で擦り、あとを消す。
あれだけ猛スピードで駆けていた列車の窓に己の身を放り込み、ガラス窓を突き破って車内に侵入するという自殺行為を行ったはずなのに、男を待っていた運命は死とは遠く離れた頬にかすり傷を負うという物。
万が一、生きたまま車内に侵入する事が出来たとしても普通の人間ならば間違いなく、瀕死状態に陥るはずだ。
となればこの男は普通の人間とはかけ離れた何かを持っていると考えるしかない。
男は破壊尽くされた周辺を見渡す。
そして、安心したかのように一人で呟いた。
「囚われのお姫様はっと……居ないな。居たら困るんだけどね。」
そのまま辺りを見渡しながら一歩、一歩列車の中を進む。
男は車両と車両を繋ぐ扉に辿り着き、ノブに手を掛けた。
しかし、男は扉を開かずに、激しい蹴りで吹き飛ばした。
扉は一瞬にして木片と化し、車両内に散らばって行く。
その音が合図となり、奴らは現れた。
男を殺す為に。
男は扉が在った場所を通り、次の車両に足を踏み入れた。
刹那。
一つの黒い影が男を遮るかのように現れた。
それを筆頭に次々と奴らは姿を現し始めた。
鮮血の死神、ヴァンパイアン。
人々は奴らをそう呼ぶ。
大きさは様々。
共通しているのは不気味な紫色の肌。
生きる為に人の血を摂取する事を強いる。
その為に自然と造られた獲物を切り裂き、仕留める鋭くとがった牙と爪。
極めつけには悪魔の代弁者とでも思わせるような翼。
そんなヒューマンの天敵が今、男の目の前に居る。
それも一匹ではない。
太刀打ちなど、出来る筈が無い。
ヒヒヒとヴァンパイアン達は不気味に笑い合う。
獲物が現れ、喜んでいるのだろう。
男の目の前に立ちふさがるヴァンパイアンは引き裂けそうな笑みを浮かべながら言った。
「イヒヒッ、現れたな。出来損ないめぇ!お前が来る事は解っていた。袋のネズミだな。」
ヴァンパイアン特有の甲高い声が男の耳に響き渡る。
「遺言は終わったか?その耳障りな声、二度と出せなくしてやるよ!」
男が最後の言葉を叫んだ瞬間、電光石火の如く放たれた二つのコブシがヴァンパイアンを連打する。一瞬にしてヴァンパイアンの顔は元の形が分からないほどまでに砕かれた。
そして、フィニッシュ。
全身全霊を込めた右コブシが腸を抉る。
まるで紙切れを貫くかのように、いとも簡単に大きいな風穴が開かれた。
今まで吸ってきたと思われる人の赤い血とヴァンパイアン特有の紫色の血が混ざった不気味な色の大量の血が当たり一面に散った。
男は手の甲に付着した血を下で舐め言った。
「不味い。」
残ったヴァンパイアン達は一斉に男に向かって襲い掛かった。
その数、4匹。
普通のヒューマンならば一匹倒すだけでも命がけなのに対し、この男はその一匹をいとも簡単に抹殺した。
そんな男には恐怖などまるで無く、むしろ笑っている。
「ホラ!来いよ!全員まとめてぶっ殺してやるよ!」
男は挑発する。
「出来損ないめぇ!」
声と共に次々と男に向かって襲い掛かって行く。
だが、男の手によって次々と葬り去られて行く。
あまりにも悲惨で、圧倒的な戦い。
最後の一匹が葬られる時には、あたり一面が赤紫色に染まっていた。
「……何故だ……出来損ない……ジル=バ、ウト、よ……貴様は、な、ぜ……」
微かに息があったヴァンパイアンが最期の言葉を言い放つ前に男は頭を踏みつけ、命を断った。
男は哀れむかのような目で無残に散ったヴァンパイアンへと小さく呟いた。
「また会った時に俺に勝てたら教えてやるよ。会いたくは無いがな……」
そして、男はその車両を後にした。
ジル=バウト。
それは男の名であり、ヴァンパイアンが最も邪魔とする存在。
ヴァンパイアンハンターの中でもかなり腕の知れた男。
その強さゆえヒューマン達は鮮血の救世主と呼ぶ事も多い。
秘めたる謎も多い。
4
「おらぁ!」
ジルの一言と共に、一匹のヴァンパイアンが吹き飛ばされ、ガラス窓を突き破って列車の外へと散って行った。
何匹ものヴァンパイアンがジルの命を狩ろうと襲い掛かったが、並みのヴァンパイアンではジルにかすり傷一つ付ける事は出来なかったのだった。
ジルは不適な笑みを浮かべながら、更に前へと進む。
そして、列車の先頭に位置する車両へとジルは辿り着いた。
ここがジルの目指した場所。
この場所に何かがある事は間違いなかった。
刹那。
ジルを歓迎するかのように、高く、そして、美しい声が響いた。
「乱暴なお方だ。私の部下をあなたは何人葬った?」
突然響く言葉にジルは耳を傾け、周りを見渡す。
不意の攻撃に対応出来る様に戦闘の体制を作る。
再び言葉は響いた。
憎しみのこもった声。だが、美しさは失われてはいない。
「姿、形、意思は違っていようとも貴方たちヒューマンと何の変わりない一つの命。
貴方には『情け』という言葉が無いのですか?」
ジルはそれに反発するように叫んだ。
「ふざけるなよ?だったら俺にお前らの餌食になれって言うのか?笑わせる!
何の変わりない命なら人を襲うのを止めたらどうなんだ?」
「我らヴァンパイアンが貴方たちを襲うのは生命持続のため。貴方たちが生きる為に生き物を殺し、それを喰らうのと同じですよ。」
「言ってる事、無茶苦茶だな。お前みたいな馬鹿と話していても決着がつくはずもねぇな。とっとと面、出せよ。」
ジルは笑みを浮かべる。
刹那……
黒い影がジルの正面に現れた。
その影、一つ一つが徐々に一つの姿を構成し始めた。
やがて、銀の長髪と整った美しい顔を持つヴァンパイアンがその姿を現した。
背には光をも飲み込むような漆黒のマント。
そして、そのヴァンパイアンの周りを漂うおぞましいほどの殺気と威圧感。
只者じゃないな。
ジルは心の中でそう呟いた。
先手必勝と、ジルはコブシに力を込め、それを放った。
だが、ヴァンパイアンの動きはジルの予想を遥かに超えていた。
ジルがコブシを解き放とうとする前に悪魔の手はジルの首を鷲づかみにしていたのだった。
ヴァンパイアンは笑みを浮かべ言い捨てた。
「初対面の相手を全力で殴ろうとするなんて、貴方は乱暴なお方だ。」
「ぐっ……てめぇ、言ってる、事と、やってる事が、無茶苦茶だ。」
「そうですか?」
ヴァンパイアンは更に力を込め、首を絞めつける。
激しい痛みの苦痛がジルを遅い、戦意を喪失させて行く。
視界は徐々に薄れ、生きている事すら苦痛に感じさせる。
その時、ジルの目に一人の少女が映った。
視界は霞んで、よく見えないが座席に座ったままこちらを恐怖の眼差しで見つめている。
ジルは両足でヴァンパイアンを全力で蹴り飛ばした。
怯んで手を離した隙を突いて、腹部に向かってコブシと足の乱打を繰り返す。
そして、ヴァンパイアンの整った顔に遠慮なくコブシをぶち込んだ。
ヴァンパイアンは隣接する座席を巻き込んで倒れた。
だが、まだ息はある。
そんなことジルにも分かっていた。
ジルは吹き飛んだヴァンパイアンを横目で見て、怯んでいる事を確認すると一気に前進した。目指す場所は少女のいる場所。
少女は迫りくるジルの姿に恐怖を感じた。
だが、ジルはそんな事お構いなしに、少女を片手で抱きかかえ言った。
「おい、イケメンヴァンパイア!いったん引くが、俺は負けちゃいないぜ?」
ジルに吹き飛ばされたヴァンパイアンはよろよろと立ち上がり、言った。
「いったん引く?笑わせてくれる。一体、何処へ逃げるというのだ?」
「あそこさ。」
ジルはガラス窓の外を指差した。
その先には広大な川が流れている。
列車は丁度、陸と陸を結ぶ橋の上を駆けていたのだ。
だが、列車の走る位置からその下に流れる川までは約3、40メートルの間があったのだ。
落ちてしまえば生身の人間ではただでは済まないだろう。
しかし、ジルは勝利の笑みを浮かべ、言った。
「神は俺の味方のようだぜ?」
そして、少女を両手で抱きガラス窓へと身を放り投げた。
ジルと少女の二人は砕かれたガラスの破片と共に落下して行った。
列車に取り残されたヴァンパイアンは無言で指を鳴らした。
生じた音が消えると共に一つの影が姿を現した。
「お呼びでしょうか?ヴィムセント様。」
「奴らを追え!舐められたままでは終わらさんぞ、ジル=バウト!」
銀髪のヴァンパイアン、ヴィムセントの表情には物凄い憎悪を怒りに満ち溢れていた。
5
夜。
それは世界の主導権が光から闇へと変わる瞬間を示す。
微かな光の存在さえも闇は許さず、容赦なく襲い掛かるのだ。
深い闇に包まれた大河にそれが落下したのはほんの数十分前の事だった。
落下したそれは何かを抱きかかえる様にして、必死に陸地を探して泳ぎ続けていた。
何とかそれは陸に這い上がり、抱きかかえた何かを陸地へと下ろした。
その下ろされた物とは一人の少女だった。
美しい毛並みを見せる茶色の長い髪は、今は水に濡れて美しさを失っている。
横たわった少女を見下ろしながら凄腕のヴァンパイアハンター、ジル=バウトは素っ気無く言い捨てた。
「いつまで寝てんだよ。とっとと行くぞ。」
だが、少女は気を失っているのか、全く反応を見せない。
あの高さから落下したのだ。ジルに身を守られていたとはいっても、気絶するのは無理も無い話だ。
眠れる美女、か。
ジルは微かに微笑み、少女につかみ掛かった。
「おい、女!のんびり寝てる暇はこれっぽちもねぇんだ……!?」
何かの気配を感じ、とっさに空へ顔を向ける。
そこに在るのは、月光を背に空を舞う5つの影。
甲高い悲鳴の様な笑い声が当たり一面に波の様に広がっていく。
それは不気味な紫の肌と悪魔の翼を持つヴァンパイアンに間違い無かった。
ジルはその中でも最も大きな体格をしたヴァンパイアンを凝視し、愚痴るように呟いた。
「上級鬼……面倒なやつがいるな。」
ヴァンパイアンには5つの階級が存在し、それぞれの立場、一部を除き役割は全く違う。
群れを作り戦闘を中心に行う下級鬼。
下級鬼と立場的には大差は無いが、戦闘に優れた中級鬼。
下級鬼、中級鬼に指示を出し、まとめる上級鬼。
下級鬼、中級鬼、上級鬼全ての頂点に立ち、『王』の護衛を任された数少ない貴族鬼。
そして、全てのヴァンパイアンを統べる吸血王(ヴァンパイアン・キング)
今、ジルの目に映るヴァンパイアン達はその中の中級鬼と上級鬼。
ジルほどの腕を持つヴァンパイアンハンターならば眼中には無い存在である。
ただ単に面倒くさいというくだらない理由でやる気が出ないだけだろう。
一般に上級鬼に分類されるヴァンパイアンはジルに向かって言った。
その声は落ち着きを保っており、上級鬼という貫禄を見せ付けるようだ。
「ヴァンパイアンハンター、ジル=バウトよ。わが主の命により、お前の抹殺を行う。」
ジルは笑みを浮かべ、言った。
「この女は必要ないのか?」
「お前の様な邪魔な障害を無くしてしまえばヒューマンの女一人の誘拐など簡単なものよ。」
少しの沈黙を空けて、ジルは言った。
「そうだよなぁ。誘拐するのは簡単でも、俺みたいなクールでパワフルな勇敢な男を殺すのは簡単じゃないよな。お前らの様な雑魚じゃ傷一つ、つけられないぜ?」
ジルは双方のコブシを構える。
二つのコブシは空を切るように素早く交互に放たれた。
それを合図に4匹のヴァンパイアンはリーダー格の上級鬼を一匹残し、一斉にジルへと襲い掛かった。
風と一体化した四つの影は容赦なく突き進む。
ジルの周辺に広がるのは闇。
唯一の頼りである月光では素早く動く敵影を突き止める事など出来ない。
暗闇の中での戦いを最も得意とするヴァンパイアンと、闇の中では何も見えないヒューマンとでは勝敗は明らかだった。
だが、忘れてはいけない。
男、ジル=バウトはたった一人で数多のヴァンパイアンの黒き命を刈り取ったのだ。
何らかの秘策、あるいは何らかの能力があるに違いない。
ジルに最も早く接近したヴァンパイアンは奇声を上げ、鋭い牙を露にした。
ヴァンパイアンが目標を刈り取るときによく見せる習性のようなものだ。
ヴァンパイアンは右手を振り上げ、ジルの首筋を切り裂かんとそれを放った。
だが、その一撃がジルへと直撃する事は無かった。
目標を見失った右手は空振り、勢いのついた胴体はそのまま地面へと直撃した。
生じた砂埃は黒煙となり、広がる。
刹那。
ヴァンパイアンの腹部に大きな風穴が作られた。
一瞬の出来事であるがゆえに、何が起こったのか本人でさえ理解できていない。
ヴァンパイアンは恐る恐る背後へ顔を回した。
そこに在ったのは、右腕を紫色の血に染めたジルの姿だった。
奇声を上げて、再び襲い掛かろうとするがそれも叶わない夢だったようだ。
悪魔のような笑みを浮かべ、ジルはヴァンパイアンが行動を起こす前にとどめの一撃を顔面に食らわし、跡形も無く吹き飛ばした。
無残に散る肉の塊と血吹雪はあたり一面に広がり、地面へと落ちていった。
その残骸は一つの命を犠牲にして作られた芸術的な絵の様だった。
6
間奏 誓い
1
それは落ちた。
落下した黒い影は大地を抉り、砂塵を巻き起こした。
落ちた影……上級鬼は何とも無かったかのように立ち上がり、周辺を見回した。
「なかなかの瞬発力だ。」
「お褒めの言葉ありがとう。」
上級鬼の背後に現れるもう一つの黒い影、ジル。
表情には何の感情も込められていない。
上級鬼の顔から笑みが消えた。
浮かび上がるのは焦りと恐怖。
だが、もう遅い。
ジルは背後からコブシの乱打を繰り返し、地面に叩き付ける。
そのまま背に飛び乗り、顔面を乱打。
最後に頭を鷲掴みにして宙に持ち上げた。
余裕の笑みを浮かべ、鮮血の救世主は言い捨てた。
「相手になんねぇよ、雑魚が。お前の様な鼻くそ野郎じゃ俺に傷一つ付ける事さえできねぇよ。もっと骨のある奴連れて来い、バーカ。」
上級鬼は不自由な口を震わせながら呟いた。
喋る事すら叶わない口から発せられる言葉は断末魔の叫びの様だった。
「自惚れるな……出来損……無い、が……貴様、は特別などではない。ただの、出来そこ……ないなのだ。その力は……お前の……実力……などではない。」
「言ってろ。さて、馬鹿の遺言を聞くのももう飽きた。」
ジルが止めをさそうとした瞬間に上級鬼は再び口を開き、語り始めた。
最後の力を振り絞っているせいか、先ほどよりもわずかだが聞き取りやすいものだった。
「間もなく、我々、ヴァン、パイアンは、ヒューマンとの最後の、戦いを始める。
我らが王、ヴァンパイアンキング・レグレス、様が復活する時。
世界は我らヴァンパイアンの物と化すのだ。その為には……その……」
そこで言葉は途切れた。
完全に力尽きたヴァンパイアンの体からは全ての力が抜け落ちた。
ジルは力尽きた上級鬼を横目に見つめ、呟いた。
「最後の、戦い。王……レグルス。復活の、鍵……」
ジルの表情は曇り始めた。
何処からともなく現れる恐怖。
そして、胸騒ぎ。
何かとてつもない事が起ころうとしている。
ジルの第六感がそう訴えかけていた。
夜が明けようとしている。
世界の主導権は闇から光へ移り変わろうとしている。
闇の中に伸びる一筋の微かな光は血まみれのジルを寂しく映し出しているようだった。
2
「名前、聞いて無かったよな?」
ただ広いだけが取り柄の平原を二人で歩く中でジルは立ち止まり、言った。
少女も足を止め、ジルヘ振り向く。
今更?というような表情を浮かべ、深いため息を一つ。
「……レインよ。レイン=ローズクラウン。」
「レイン、ね。クク、覚えやすくていいねぇ。」
ジルは微笑む。
そして、立ち止まる少女を置いて再び歩き始めた。
そんなジルの姿を見て、レインは頬を少し赤くして怒鳴りつけるように言った。
「ちょっと。私もあなたの名前を知らないわ。……と言うよりね、詳しい話をまだ聞いていないわ。全く、話にならない人ね。」
ジルは突然立ち止まった。
再び振り返りレインの方へと振り向く。その時のジルの表情は普段の冷静な物ではなかった。笑顔を作ってはいるものの、かなり焦っているようだ。
冷静な態度を振舞いながらジルは言った。
「俺の名前はジル=バウト。どうだ?お前の名前と同じ様に覚えやすいだろ?」
レインの表情は変わらない。何か反応を期待していたジルはレインの反応にショックを受けた。
気を取り直して再び話を始めた。
「……。取り敢えず、今回俺が受けた指令の内容を説明する。まあ、簡単に説明すると凶暴で冷徹なヴァンパイアンによって家族を皆殺しにされてしまった上に捕らえられてしまった悲劇の姫君を助け出し、ヴァンパイアンハンター協会の本部ダイグラフェルトまで連れてこいとのことだ。何でお前みたいな餓鬼を助け出さなきゃならないのかは俺には理解できんが……。」
ジルは深いため息をついた。
と、その時レインは突然叫んだ。
「何で……誰よ?そんな事依頼したのは!……余計な事を。」
その声は怒りに満ちていた。表情もまた、強張り、そして、抑えきれない怒りの感情によって埋め尽くされていた。
ジルさえ一瞬、その表情に恐怖を感じ取った。
(何なんだ?この餓鬼は……)
ジルは気を取り直し、レインの感情の高まりを抑える事に徹する事にした。
まずは話し合おう。ジルは心の中で決心し、レインの元へ駆け寄った。
「そう怒るなって。あのまま捕まったままだとお前は間違いなく殺されていた。死後の世界の事はしらねぇが、死んだら何も出来ないと思うぜ?」
「あなたってホント、ふざけた人ね。」
どうやら逆効果のようだ。
そんなレインの態度を見たジルは反論した。
「ふざけてんのはお前じゃないのか?お前の私情なんて知ったこっちゃ無いんだよ。こっちはな、指令を受けた以上それを達成する義務があるんだ。だからな、お前がなんと言おうと俺はお前を連れて行く。……どんな手段を使ったとしてもな。」
ジルの声は冷静そのものだったが、聞く者の体の芯から恐れさせるような気迫が込められていた。
「……と同時にだ。お前の命も守り抜いてやるさ。どんな手段を使ったとしても、な。」
ジルの表情に微かな笑みが浮かび上がった。
それを見たレインの表情からは怒りが消化されていった。どうやら我を取り戻したようだ。
そして、小さく呟いた。
「……そんな事じゃない。……でも、その言葉だけは信じるわ。誓って、ジル=バウト。どんな事があっても私を守って。どんな事があっても……私を……信じて。」
ジルはその言葉の一言、一言に悲しい感情を感じ取った。
優しく頷き掛け、微笑んだ。
「何だよ。急に開き直りやがって……。焦るじゃねぇかよ。
……ああ。守ってやるし信じてやるよ。だからお前も俺を信じろ。契約って奴はお互いが心の底から納得して初めて成立するものなんだ。」
レインもまた、微笑む。
その表情はまるで荒野に咲き、希望が消え去った大地に再び希望の光を灯す為に生まれた花のようだった。
ジルとレイン、ヒューマンとヴァンパイアンのそれぞれにとって悲しみ深い物語は静かに動き出していた……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
騙されたと思って歓喜の街ケイスから南へ歩き続けてみな。
途方もなく広がる荒地を越えるには一苦労するが、『歩いてすぐそこ』という立て札を見つける事が出来れば俺達の家はすぐそこだ。
地面にぽっかりと開けられた薄暗い穴は誰でも大歓迎してる。
胸の高鳴りを堪えながら穴より先に続く長くて暗い道を歩いていけば、楽園に巡り合うだろう。
少々酒臭いのは我慢する。上の人には挨拶を。人は騙しちゃ駄目。
それが礼儀ってもんだ。
コワーイおじさんたちもいるが皆根はやさしい奴らばかり。
マナーさえ守ればそこは誰にとっても楽園の場所。
それが紅の穴だ。
た、だ、し、ヴァンパイアンはお断りだぜ?
とある自称勇敢なハンターより
第2章 頼もしき愉快な仲間と
1
荒れ果てた大地の地下深くに築かれた大空洞。
薄暗くて、かび臭くて、酒臭くて、男臭くて……欠点を挙げればキリがないその場所はヴァンパイアンハンター達の溜まり場『紅の穴』であった。誰が作ったのか分からないほど古すぎる長い歴史を持っている。
遥か高みにある天井から吊るされた幾多モノの電球のお陰で地を這う男達―まれに女―を照らし出す。
飲み食いするスペースがあれば、剣から銃器、用途不明な物を売りさばくマーケットもある。情報屋でバンパイアンの情報を得たり、依頼を受ける事も可能だ。壁に開けられた沢山の小さな穴に作られた部屋で休む事も出来る。ただし、ベッドの快適さは保障できない。
紅の穴には言い出したらキリがないほど様々なスペースが展開されている。
マーケットでは沢山の商人達がテントを張り、ご自慢の商品を売りさばいている。
大在のハンター達が珍しい品はないか色々と見回っていた。
ハンター達の歓喜の中、二人の男が歩いていた。
一人は半端ない体格の持ち主で2メートルは軽く超えている。背には使い古された大きな剣。身に付けている革の鎧も使い古されている。両方とも変え時なのに変えないのは愛着があるためなのか、それともお金がないだけなのかは分からない所だ。伸ばされっぱなしの癖の強い髪に、前髪で覆われた薄汚れた顔。鋭い眼光がマーケットにある品物をジロリと探っている。
もう一人の男は大柄な男とは正反対で小柄で、まだ幼さが残っている。肌は薄暗いこの場所でもはっきりと白く見える。黒く染められた白い肌とは明らかにミスマッチと思わせる革の鎧はまだまだ現役のようだ。何故、黒に染めたのかは本人に聞かねば分からない。両腰にはそれぞれ一本ずつ小剣が携えられている。
はたから見たらこの二人、まるで親子のようだ。
「おいヴァスパー。いい加減その古臭い剣買い換えろよ。鎧もなんだか臭いし……個人的なこだわりがあるのか知らないけど、俺の美に反するよ」
小柄な男は透き通った声で大柄の男に言った。見た目に寄らず強気なようで、悪戯な笑みを浮かべている。とても生意気な様だ。
ヴァスパーと呼ばれた大男は頭を書きながら小柄な男を見下ろす。
「レイス、それは勘弁してって言ってるじゃないか。この剣と鎧は譲り受けたものなんだ。俺にとっては最高の財産なんだ」
黙れ、とでも言うのかと思いきやヴァスパーは小柄な男レイスを必死に説得するように言った。
人は見かけでは判断できない物だ。
「お、あれなんか良さそうじゃない?」
レイスはヴァスパーの言う事を完全に無視して幼さの残る無邪気な笑みを浮かべながら一本の大剣を指差した。その大剣は研ぎ澄まされた銀の刀身を静かに輝かせている。中々の代物なのか、何人かのハンター達が一本の剣をジーっと見つめている。
「ヴァスパー行ってみようよ」
「興味ないよ……俺はこれ一本で十分だし」
「いいから!」
レイスはお得意の無邪気な笑みをヴァスパーに見せつけ、筋肉の塊の様な太い腕を引っ張る。
振り解こうと思えば簡単に振り解く事は出来るがレイスの笑みに負けてしまいヴァスパーは導かれるまま剣のあるテントまで歩いて行った。
「お客さんがた、お目が高いねぇ。これは……」と商人がハンター達に必死に説明しているのが二人の耳に届いた。
レイスはハンター達の間を潜って先頭に立った。そして注目の的となっている剣を見つめた。
そして、値札を手に取りレイスを不満そうに見ていた商人に見せつける。
「あーあ、時間の無駄だった。おっさん! なまくらのポンコツな剣をこんな値段で売りつける気? 詐欺だよ詐欺!」
レイスはため息をつき、値札を商人に投げ捨てた。
なまくら?騙されるところだったなぁ、等とハンターは口々に言ってその場から早足に立ち去った。
「ふざけるなよ糞ガキ! 変ないちゃもんつけて商売の邪魔するとはいい度胸じゃねぇか!」
商人は怒り狂った様に喚き散らす。
するとレイスは剣を抜き、大剣に向かって思い切り斬り付けた。
その瞬間、大剣の刀身に一筋の亀裂が走り、音をたてて粉々に崩れ去った。
「安い鉄使ってるんだなぁ。2割の力しか込めてない俺の一撃でこのありまさだ。ハンターの全員が糞以下の目しか持ってないと思うなよ。中にはな、俺みたいな鋭い奴もいるんだよ。今日は勘弁してやるから今度からはちゃんと仕事しな!」
レイスは剣の先を商人に向けて言い捨てた。
あの無邪気な笑みと共に。
商人はちくしょう、と小さく呟きその場に座り込んだ。
「レイス、そこまでだ」
突然、ヴァスパーが静止に入った。
もういいだろう、と首を横に振る。そこに弱気な瞳は無く、強い威圧感が込められていた。
少しの沈黙の後にレイスは大人しく剣を収めた。悔しいのか苦笑している。
「あーあ詰まんない……いこかヴァスパー」
ヴァスパーはうん、と頷き二人は肩を並べてマーケットを後にした。
マーケットを出ようとした時、二人の耳にハンター達の会話が入り込んできた。
「ジルが歓喜の町にいるらしいぜ。それも少女と」
二人は顔を見合わせ、ハンターの近くまで歩み寄った。
ハンターの一人が二人に気付き、ん?と首を傾げる。
「その話、聞かせてくれない?」
レイスは無邪気な笑みを見せた。
ああいいよ、とハンターは話の続きを聞かせた。
数分後、二人は礼を言いその場を後にした。さっきまでは苦い表情を浮かべていたレイスからは想像できないほどの笑みが浮かべられている。ヴァスパーも微笑んでいる。
「勝手に消えたかと思ったら……やっと帰ってきたかあの馬鹿兄貴」
「レイス。行くんだろ?」
当たり前だろ、と微笑むレイスを見てヴァスパーも微笑んだ。
「じゃあ出発だ。歓喜の町ケイスへ。とその前にあいつもさそっとくか」
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2006/08/26(Sat)20:45:37 公開 / 紅の豚
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■作者からのメッセージ
第1章はずっと昔に書いたモノなのでとてつもなく自信がありません。
2章は最近書いたのでちょっとはマシになっているとは思いますが……
文章力向上のため、描写などアドバイスを頂けたら嬉しいです