- 『苺蝋燭―Strawberry candle―』 作者:鞠喪 / ファンタジー 未分類
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原稿用紙約8.2枚
大きな大きなお屋敷で、小さなおとこのこが独りぼっち。そんなにしょんぼりうずくまって、泣いているの?震えているの?おとこのこのお友達は、そばに置いた木のオルゴール。でも注意して。オルゴールの螺子は運命の螺子だから。
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――そのこは、ただなきながらつぶやくのでした。痛い痛い痛い痛い……
苺 蝋 燭 ―Strawberry candle―
1
『大きな大きな、白いレンガの素敵なお家がありました。
そこには、大きなとうさまと賢いかあさまと優しいねえさまと名前のないおとこのこがおりました』
何処にあるのか、どの国なのか。
そんなことはどうでもいい、一言で言ってしまえば「関係ない」。
今から話す物語に何の支障も利益も生まないし、現在地などというものを知ったからといって、これから辿る道が明確に分かるわけではない。
唯、そこは美しく広大な家ばかりが立ち並ぶ場所であり、そこらじゅうから花の香りと小鳥のさえずりが聞こえてくるような優雅な所、ということだけははっきりさせておく。
その壮美な家の一つに、思わず眼を見張るような純白の屋敷があった。
第一幕の舞台は、その大きな屋敷の最奥にある、小さな一つの部屋である。
◇ ◇
真新しく、明るい屋敷。
透き通ったオルゴールの音が、明るい廊下に響いていた。
その音を聞くと同時に、屋敷の使いであるメイド達の表情は曇る。
「まただわ……。旦那様もいい加減にすればよろしいのに」
「可哀相にねぇ、何でもこの家の将来を、無理やり担わされているって話よ」
「お姉様がアレじゃあねえ……」
不意にオルゴールの音が止まる。
恐らく螺子が切れたのだろう、止まる寸前の音は掠れ、まるでゆっくりと堕ちる様であった。
オルゴールは、一日に二度は響かない。
まるで本と埃に埋もれるようにして、少年は蹲っていた。
藍色の髪が僅かに漏れる風に揺れると、少年は頬を掠める髪と風の感触にびくりと肩を震わせる。
少年の傍らには、色々な装飾が施された木箱が一つ、蓋の開いた状態でぽつりと置いてあった。
「僕は悪い子だね。がんばっていい子になれば、父様はきっとまた贈り物をくれるよね」
顔を上げずに、少年はまるで傍らのオルゴールに話しかけるように呟く。
「頭を撫でて、お前はいい子だって言ってくれるよね」
するとオルゴールが、まるでその言葉に反応したかのように、ポロンと一瞬だけ響いた。
拙い部屋に一瞬だけ生気が戻ったような、同時に自分がオルゴールに励まされたような気がしたのか、少年は初めて顔をあげた。
藍色の髪よりも薄い色をした碧眼が細まり、少年は隣に寄り添うオルゴールに笑いかけた。
……分かっている。頭の隅では、ただ螺子が完全に切れていなかっただけなのだ、と。オルゴールに微笑んでみても、それは何でもない、唯、憂鬱な自分の気まぐれな気晴らしのようなものなのだ、と。
少年は賢い。
だから、自分が両親に愛されていないことを、十分承知している。
「……眠い……」
少年は膝を折り、両手で自分を抱きしめるように、真っ白なブラウスを握り締めた。
眠ろう。
眠れば、醜い現実から少しだけ逃れられる。束の間の幸せに飛び込むことが出来る。
少年はこの時、まだ十一になったばかりであった。
カタリ。
小さな小さな物音で、少年は薄く眼を開いた。
涼しい風がまた頬を掠めるが、その風は先程とは違い、どこか気持ちの良いものだった。
その風が生暖かい部屋の空気を清めてくれるような気がして、少年は少しだけ気が軽くなる。
カタン。
「……なに?」
少年は寝ぼけ眼で、背後にある大きな罅割れた窓を、振り向くように肩越しに見る。
「プロローグは終わった?」
何処からか、声が聞こえたような気がした。
◇ ◇
人を寄せ付けぬ、古びた屋敷。
月影色の長い長い髪を持つ少女が、一人の青年の様子を背後から観察するように見つめている。
その瞳は美しい白銀で、身に着けている、薄い桃色のフリルのついた純白のワンピースに良く似合っている。
少女の前に立つ、藍色の髪を無造作に胸の辺りまで伸ばした澄んだ碧眼の青年が、不意に何かを拾い上げた。
「……もうソレは、唯の木箱よ」
少女は透き通った鈴のような声で、青年に言った。
「音を奏でる術が無いのだもの」
「螺子を巻いても?」
「螺子を巻いても」
青年は木箱を引っくり返し、底にちょこんとついた小さな金色の発条を、親指と人差し指で抓む。
カチカチカチ……
◇ ◇
声が聞こえたような気がして、少年は急いで立ち上がる。
背伸びをして窓の外を覗き込むが、そこには何も無く……いや、花の咲き乱れる壮大な庭が、遙か下方に広がっているだけだった。
「…………」
少年は安堵とも落胆ともつかない溜息を一つ漏らした。
そしてまるで糸が切れたようにまた同じ場所に座り込み、さり気なく隣の木箱を手に取る。
木箱を引っくり返し、柔らかい光を放つ小さな金色の発条を、親指と人差し指で抓む。
カチカチカチ……
そして。
少年の手に抱かれた木箱が、音も無く光を放つ。
「……え……。えっ?」
思わず木箱を握る手に力を込める。
何故だろう、怖くはない。寧ろわくわくする。この怪奇現象に驚いていない自分に、少年は心の隅で毒づくのだった。
――僕は悪い子だな。
ふわり、と、オルゴールの光が徐々に一点に集まっていく。
何かの形を成すかの様に。
なにかのかたちをなすかのように。
「な、なに……えっ」
「驚かないで」
その時だった。
少年の目の前に、遊戯の傍観者が現れ……絶望の道を廻っていた彼の運命の歯車が、方向転換したのは。
――オルゴールは、二度は響かない。
『レンガのお家の奥の方から、小さな音楽が聞こえます。
でも、ある日を境に、その音楽はぴたりと聞こえなくなってしまいました。
かわりにその日からお部屋には、綺麗な綺麗なおんなのこが一人。
きらきら、きらきら。きらきら、きらきら』
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2006/08/23(Wed)19:57:30 公開 /
鞠喪
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■作者からのメッセージ
こんにちは、初めての投稿です。鞠喪(まりも)と申します。
一話目にしては少し短いかな、なんて思ったのですが……自分の実力の程を知りました……。まだまだ未熟ですので、小説を書いていくにつれて、もっと良いものが書けるようになりたいと思います!心理描写とか……。
これはジャンルはファンタジーに入るのか?なんてことは投稿者である私自身が一番曖昧に思ってますんで……:;
一応この物語、ラストは自分の中では決まっております。それまでこの無能にアドバイスなど添えて、お付き合いいただければありがたいです……!(切実。