- 『ホームレスリング 序−1』 作者:時貞 / リアル・現代 お笑い
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全角9671.5文字
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原稿用紙約29.15枚
都会の片隅で逞しく生きるホームレスたち。そんな彼らが織り成す、勇気と感動の物語(ストーリー)
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立て、ホームレスたちよ。
叫べ、ホームレスたちよ。
叩きつけられても、打ちのめされても、歯を食いしばって立ち上がれ。
飛べ、ホームレスたちよ。
突き進め、ホームレスたちよ。
その手に輝かしい勝利をつかむまで。
その手に真新しい乾パンをつかむまで。
さぁ、ホームレスたちよ。今こそ闘志の炎を燃やせ!
『第一回ホームレスリング、レディ……ゴ――――ッ!』
序 「ホームレス集結の日」
今年の夏、日本列島は記録的な猛暑に襲われていた。
ゆうに三十度を超える真夏日が、首都圏でももう三十日以上続いている。連日のように水の事故が相次ぎ、熱射病などによる突然死のニュースも数多く報道されていた。外回りの営業を担当しているビジネスマンの多くは、こうなったらもはやクールビズもクソもないとでも言わんばかりに、客先に海パン一丁で出向くという暴挙にまで走った。彼らが勤務先を解雇されたことはいうまでもない。
殺人的な熱波。凄まじい日差し。このモンスター級の猛暑が、ある一人の人物を狂気に駆り立てた――。
亀梨一郎は、全身から大型肉食獣並みの凄まじい臭気を放ちながら、大きな栗の木の下で立小便をしていた。この日も凄まじい猛暑である。栗の木にかけられた小便が、あっという間に水蒸気となって立ち昇っていく。
「うう、暑いなぁ。俺たちホームレスにとっちゃ、厳寒の冬も厳しいが、この猛烈な暑さもまたたまらんぞな」
放尿を終えて振り返った亀梨の前に、いかにも高級そうなスーツに身を包んだ男が立っていた。大きなサングラスを掛け、じっと腕組みをしながら亀梨の様子をうかがっている。一見クールに見せかけているようだが、オールバックに撫で付けられた黒髪の生え際からは大量の汗が流れ落ちている。本当は海パン一丁になりたいところを、必死でやせ我慢している様子がありありであった。
その男に不快感を抱いた亀梨は、いかにも苦々しげな調子で声を掛けた。
「おい、そこのアンタ。なーにジロジロ見てるんだよ。そんなにホームレスが珍しいか? ああ?」
その一言で、はじめて男の顔に表情が浮かんだ。口元がニヤリとほころんだのである。そして、亀梨の側までツカツカと歩み寄ってきた。
「あなた、やはりホームレスですね? どっからどう見てもホームレスだろうとは思いましたが、百パーセントそうだろうとは思いましたが、やはりあなた、ホームレスに間違いありませんね?」
ねっとりとした男の口調に、亀梨は思わずカっとなった。
「て、てめえ! バカにしてやがんのかッ」
躍りかかった亀梨の右ストレートを軽く交わして、男は亀梨の足を蹴り払った。もんどりうって倒れこむ亀梨。そこへすかさず男が手を差し伸べて、
「こ、これは失礼。つい反射的に足が出てしまいました。謝罪いたします」
流れる汗で顔をビシャビシャに濡らしながらそう言って、深々と頭を下げる。
「い、いてててて……一体アンタ、何なんだよ」
男はスーツの内ポケットから、ねっとりと汗に染みた一枚の書状を取り出した。そして、亀梨を立ち上がらせるとそれを手渡す。亀梨は腰に手を当てながら書状に書かれた文面に目を通すと、思わず素っ頓狂な声をあげた。
「な、なんじゃこりゃあ!」
「はい。あなたにも是非、ご参加いただきたいと思います。優勝賞金一億円のこの企画、《ホームレスリング》に――」
*
亀梨が、男から手渡された書状に記されていた建物に到着すると、既に数多くのホームレスたちが広いロビーにたむろしていた。若い者で二十代前半。一番の年長者で六十代後半といったところか。ざっと数えてみたところ、およそ三十名以上ものホームレスたちが集まっているようだ。その場の臭いたるや、筆舌には尽くし難い。常人ならば、数分間その場に居ただけで急性心不全を起こすであろう。
年かさの一人のホームレスが、腰まで伸びた蓬髪を掻き毟りながら声をあげる。
「おーい、約束どおり来てやったぞ。いつまで待たせるつもりなんじゃ」
それにつられて、他のホームレスたちも口々に声を上げ始めた。
「優勝賞金一億円って本当だろうな?」
「ところで、《ホームレスリング》って一体何なんだ?」
「どうでもいいから、何か食わせてくれよ」
「俺も臭いけど……、こいつらみんなマジくっせー!」
「ぶったねッ! 親父にだって殴られたこと無いのにッ!」
みんな、暑さと空腹とで苛々しているようだ。このロビーには本来空調が効いているようだが、ホームレスが三十名以上も集まるとひとたまりもない。亀梨は所在無く周囲を見回していたが、やがて、ホームレスの群れの中から一人の見知った顔を見つけ出した。
「あれ? お前、滝沢じゃねえか?」
「――あ? ……おお! お前、亀梨かよ? ずいぶん久しぶりじゃねえか」
そこに居たのは亀梨の中学時代の同級生、滝沢英二であった。長く伸びた蓬髪と、顔中を覆うヒゲとでだいぶ面相が変わっているが、その独特な鋭い目つきと大きな鷲鼻は中学時代となんら変わらなかった。
「なっつかしいなぁ……ってか、お前がここに居るってことは……、やっぱりお前も……」
「おおよ! ホームレスやらせてもらってます! そういうお前も、やっぱり?」
「ああ、完全なるホームレスだ」
二人はがっしりと硬い握手を交わした。
中学時代の二人は、ともに三年間サッカー部で汗を流した仲であった。亀梨一郎と滝沢英二――中学時代の彼らの夢は、将来Jリーガーとして活躍することであった。
「ところで滝沢。一体この集まり、《ホームレスリング》って一体何なんだ?」
「さぁ、俺にも良くわからん。ただ俺は、参加資格がホームレスであるということと、優勝賞金が一億円ということくらいしか知らされていない。……確かにこの条件、ホームレスであれば完全に食いついてくる夢のような条件だもんな」
滝沢の呟きに、亀梨も同調してうなずいた。
「ああ、確かにな。しかし、優勝賞金一億円って、一体俺たちに何を競わせようっていうんだ?」
亀梨の問い掛けに、滝沢が遠い目をしながら柔らかな口調で呟いた。
「俺たちの昔の夢、覚えているか?」
「昔の、夢?」
「ああ、中学時代の俺たちの夢――二人揃ってJリーガーになりたい! ……って夢だよ」
「そいつは覚えているが……まさか、サッカーで優勝賞金を争うとでも?」
亀梨の問い掛けに滝沢はゆっくりと首を振った。そして、少しだけ寂しげな眼差しを向けると、静かに口を開いた。
「いや、それはありえない。何故なら、優勝者は一人だって話しだからな。サッカーは十一人でやるスポーツだ」
「……じゃあ、今お前が言った昔の夢の話しは一体何だったんだ?」
「――ふッ。そいつは風にでも聞いてくんな」
「…………」
亀梨は、ロビーの温度が更に上がったかのような感覚を受けていた。不思議な雰囲気と感性とを併せ持った男――滝沢英二。この男は中学時代から何も変わっていない。ただひとつ変わったところといえば、限りなく不潔になったことくらいであろう。
年かさのホームレスが痺れを切らしたのか、甲高い声で叫びだし始めた。
「おいおいおいおいおいッ! おいいッ! ワシはもう、こんなところに居る暇はないぞな。ワシだってこう見えても忙しいんじゃ。これから上野公園に行って、鳩の餌の残りを回収しなければ……」
そこまで言ったところで、動きがピタリと止まった。
前方に据え付けられていた重々しい扉がゆっくりと開き、それと同時に若い女性の声によるアナウンスが、広いロビーに響き渡ったのである。
「ホームレスの皆様、大変長らくお待たせいたしました。それではこれより、本大会責任者による《ホームレスリング》のご説明に移りたいと思います。前方の開かれたドアよりお入りください。なお、入り口に置いてあるスリッパは、絶対ご使用にならないでください」
ロビーに居るホームレスたちが、それぞれに互いの顔を見合わせる。その表情には、おのおの困惑の色が浮かんでいた。戸惑う彼らをよそに、滝沢英二は飄々とした足取りで室内に入って行く。亀梨も慌てて後に従った。
「皆様、ようこそいらっしゃいました。私がご案内役の木村と申します」
そこは、ゆうに百人以上収容できるほどの洋風な大広間であった。
豪華な調度品が数多く並び、天井にきらめく大きなシャンデリアが柔らかな灯りを落としている。空調もロビーより数段良く効いており、ゾロゾロと足を踏み入れたホームレスたちはいっせいに汗が引いていくのを感じた。
「うっひょー、涼しいねえ」
滝沢が口笛を吹きながら暢気な声を出す。
「それでは皆様、いま少し前にお進みください」
木村と名乗った男が手招きをする。ゆっくりと前進しながら、亀梨の口から思わず「あっ」という声が洩れた。
「あいつ、俺にここへの招待状を手渡した男じゃねえか」
ホームレスたちは、それぞれに一定の間隔を空けながら木村の側へと集まった。騒がしかった空気が、いっせいにシンと静まり返る。
木村が口を開いた。
「本日は皆様、お暑い中ご足労様でした。ただ今より、今回の我々の主旨である《ホームレスリング》に関しまして、大会責任者よりご説明差し上げたいと思います……が、えーと、申し訳ございません。ただいま本人が着替えにてこずっております。大変恐縮ですがこちらをご覧頂いて、しばしご歓談ください」
そう言うと、木村の背後に大きな白いスクリーンが降りてきた。シャンデリアの灯りが消え、室内は暗闇に包まれる。静かな機械音と共に、白いスクリーンに鮮やかな映像が浮かび上がってきた。
「なんじゃこりゃ?」
それは、ハリウッドのB級アクション映画であった。
主人公の胸毛がやたらと濃い。
ホームレスたちは皆ポカンと口を開けながら、この良くわけのわからない状況に流されるかのように、ただただじっとスクリーンを見つめていた。
同じB級アクション映画を三回ほど見終わった頃である。
突然室内が明るくなり、半分眠っていた亀梨たちはいっせいに目をしばたたいた。
スルスルと音を立てて、スクリーンが上方に回収されていく。それと同時に、あの木村という男が満面の作り笑いを浮かべながら現れた。
「皆様、大変長らく……本当に長らくお待たせいたしました。ところで、映画のほうは楽しんでいただけましたでしょうか?」
誰も返事を返す者はいない。
「あ、ははは。もう一度お聞きします。映画のほうは、楽しんでいただけましたでしょうか?」
投げやりな口調で滝沢が吐き捨てた。
「つまんねーよ、あんな映画」
すると突然、それまでずっと低姿勢だった木村が、こめかみに青筋を浮かび上がらせながらまくし立てた。
「なんだと、コラァ! この映画はなぁ、俺様が生涯で一番感銘を受けた作品なんだよッ! それをつまんねえとは、一体てめえらどういう神経してやがんだッ! ええ?」
「――ひッ! す、すんません。は、はい。大変素晴らしいB級……もとい、エンターテイメント作品でしたッ」
滝沢は、半泣きでそうこたえていた。他のホームレスたちは、皆あっけにとられて互いの顔を見つめあっている。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……、そ、そうだろ? 最高だよな? な?」
「は、はいぃぃ――!」
木村はしたり顔で頷くと、すっかり緩んだネクタイを直し、大きくひとつ咳払いしてからこう続けた。
「さて、素晴らしい映画を楽しんでいただいた後は、皆様に先ず自己紹介をしていただきましょうか」
亀梨は思い切って、ツッコミを入れてみた。
「あ、あのぉ……。その前に、大会責任者の方から説明があるんじゃなかったんでしょうか?」
木村は自分の額をわざとらしくペチンと叩きながら、
「あっはっは、こいつは一本取られましたな。そうでした、そうでした。えー、そろそろ本人の着替えも終わったようですし、それでは今から本大会の説明に移らせていただきたいと思います」
ホームレスたち全員が心の中で思っていた。
一体着替えに何時間掛かるんだよ――と。
「さぁ、それでは登場していただきましょう! 《ホームレスリング》大会総責任者、赤西徹平様でございますッ!」
「――ひッ! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ――――!」
その人物が登場した途端、ホームレスたち全員が大きな悲鳴をあげていた。
小柄な男が満面の笑顔で立っている。
しかしその髪型は、見事な文金高島田であった。
1 「赤西徹平」
「ようこそ、ホームレスの皆さん! 私が大会総責任者の赤西徹平でございま――す! わぁ――、ドンドンドンドンドンッ! う――、マンボッ! う――、マンボッ! う――、ウダダッ! う――、ウダダッ! いや――ん」
やけに高いテンションで登場した男、赤西徹平は、見る者すべてを驚愕させるいでたちでぐるりと周囲を見渡した。
髪型は文金高島田。上半身は裸の上にピンクのブラジャーを付け、サスペンダー付きのゴールドのホットパンツを履いている。サスペンダーの背部には白鳥を思わせるような白い翼が付いており、ホットパンツの股間部分には、かなりリアルな白鳥の首から先が突き出していた。白いハイソックスに学生風の革靴を履き、両手には何故か松明が握られている。一見する限り、かなり精神的に病んだ人物であるように思われた。
「あ、あれが……大会総責任者? どう見ても完璧な変態じゃねえか」
呆気に取られた亀梨が、蓬髪を掻き毟りながら思わず呟いた。滝沢はその隣で、まるで熱病にでも冒されたかのようにブルブルと震えている。
赤西徹平はホームレスたちを一通り見渡すと、満足げに大きく頷いた。そして、何やら不明瞭な鼻歌を口ずさむ。その鼻歌はやがて徐々にボリュームアップし、亀梨たちの耳にもはっきりと聞き取れるようになった。
闘う男の流す涙は
苦いか、甘いか、しょっぱいか
知りたかったら舐めてごらんよ
ほら、世界中が君を待っている
ゴー、ファイト! ゴー、ファイト! ホームレス!
スタンダップ・トゥ・ザ・ホームレス!
愛する者のために
ラララーラララララー
ルルルールルルルルー
ホホホーホホホホホー
ウ――……ウォンチュッ!
不思議な歌であった。
亀梨と滝沢の二人は、思わず蒼白になった互いの顔を見詰め合っていた。しかし何故か、幾人かのホームレスはこの歌を聴いて感動の嗚咽を洩らしている。
赤西徹平は三回ほどこの歌を繰り返し口ずさんだ後、余韻を噛み締めるかのように静かにじっと目を瞑っていた。
「うう、感動的な歌じゃったのぉ」
「ああ、まさに天から降りてきたかのような歌声じゃッた」
二人の老齢のホームレスが、涙と鼻水を手で擦り上げながら頷きあっている。
亀梨はあらためて、赤西徹平という変チクリンな男の姿をまじまじと見た。年の頃はおそらく、亀梨や滝沢と同じく二十代半ばといったところであろう。妙に小柄で色が白い。少しぽっちゃりとしたその体系から、亀梨は大福もちを連想して思わず腹の虫が鳴いた。典型的な一重瞼の垂れ目で、低い鼻におちょぼ口といったその顔立ちは、まるで正月の福笑いのようである。
赤西徹平はゆっくり瞼を開くと、「ごほん」とひとつ咳払いをした。
「ああ、皆さん非常に香ばしいですねえ――! さて、それでは早速、二十一世紀最高の大イベント、ホームレスリングについての説明をさせていただきたいと思います」
その場全体の空気が水を打ったように静まり返った。しわぶきの音ひとつ聞こえない。赤西徹平は更に一歩前へ身を乗り出すと、胸を張って自信満々に言い放った。
「簡単に言えば、皆さん――いわゆるホームレスである皆さんに、プロレスをやっていただくわけであります」
一斉にざわめき始めるホームレスたち。
「プ、プロレスぅ?」
「ホームレスにプロレスやらせて、ホームレスリングって……そのまんまじゃねえかッ」
「しかし、何故にプロレスなんじゃ?」
「いーのーきッ! いーのーきッ! いーのーきッ!」
「ぶったねッ! 親父にだって殴られたこと無いのにッ!」
亀梨は滝沢の顔色をそっとうかがった。その視線に気付いた滝沢は、口元にニヤリと薄笑いを浮かべながらゆっくりと頷いてみせた。
亀梨が問い掛ける。
「滝沢、お前、うすうす気付いてたんじゃないか?」
「ああ、まあな。……あいつの……、赤西のいかにも思いつきそうな企画だ」
滝沢の一言に、亀梨は思わず目をむいて聞き返した。
「えッ? お前、あの赤西徹平っていう男のこと前から知ってたのか?」
「いや、知らね。今日はじめて知った」
亀梨は思わず、ガクーンと膝を折るという昭和のギャグをやってみせた。そのときふいに、一人の五十年配のホームレスが二人に話し掛けてきたのであった。
「ほっほっほ、お若いの。お前ら二人とも、あの赤西徹平という男の素性について何も知らないようだのぉ」
見るからに筋金入りのホームレスであった。
長い蓬髪はそれぞれが絡み合い、ひとかたまりとなって、その頭上にドリル状に聳え立っている。様々なゴミにデコレーションされたその髪は、さながら悪魔のクリスマスツリーといった趣である。その下には真っ黒に日焼け――もとい、埃焼けした顔。ヒゲは股間の辺りまで伸びながらそれぞれが絡み合い、顎の下からドリル状にぶら下がっている。元々は淡いブルーであっただろうウィンドブレーカーは斑模様の紺に変色し、ところどころが破れ、そこから針金のような体毛が飛び出していた。
「あなた、赤西徹平をご存知なんですか?」
亀梨が思いっきり鼻をつまみながら、その男に問うた。
「おう、知ってるも何も、結構有名な男だぞ。あの赤西徹平という男は――」
筋金入りのホームレス男が語り始めた。
赤西徹平――現在二十四歳。無職。
世界に名だたる家電製品メーカー、ジョニーズ電機の会長である堂本信一が愛人に生ませた子供が彼である。
幼い頃から堂本の寵愛を受け――実際、正妻に生ませた子供たちより、赤西母子のほうが堂本の恩恵を強く受けていたといわれる――我がまま放題に育った彼は、大学を中退した後定職にも就かず、有り余る金と時間と使用人とを湯水の如く使いまくっては、とんでもないイベントを次々と繰り返してきたらしい。要するに、お金持ちお坊ちゃんの酔狂な暇つぶしである。
「それで今度は、俺たちホームレスたちによるプロレス大会をやらかそうっていうわけかい」
亀梨は吐き捨てるようにそう言うと、くるりと踵を返してドアの方へと足を踏み出した。
「お、おい。どうしたんだよ、亀梨」
滝沢が背後から声を掛ける。亀梨は振り返ると、
「こんな馬鹿げたお坊ちゃんのお遊びに、いちいち付き合ってられるかッ」
そう言って滝沢の目を睨みつけた。
友達思い――もとい、一人だと心細い小心者の滝沢は、なんとか亀梨を引き止めに掛かる。
「ちょ、ちょっと待てよッ! お前、プ、プロレスは好きじゃねえのかよ?」
「嫌いだね。男同士で絡み合って何が楽しい」
「わッ、で、でも、優勝賞金は一億円だぜ! い、ち、お、く、え、ん! 周りを見てみろよ。みんな俺たちより弱っちそうな奴ばっかじゃねえか。俺たちのどちらかが優勝する可能性は高いぜ! そうすりゃ、二人で五千万ずつ山分けでもいいじゃねえか」
亀梨は顎に手を当てながら、滝沢の目をじっと見つめた。
「な、なんだよ。亀梨だって金は欲しいだろう?」
「……そういう問題じゃねえんだよ」
滝沢は決心を固めた。亀梨を引き止めるためには、もはやこの手を使うしか無いと判断した。
「なぁ、お前、中学ん時同級生だった、長瀬智子って覚えてるか?」
亀梨の心臓がドキンと躍った。長瀬智子とは、亀梨が中学時代にずっとあこがれていた女の子だったのである。
「お、覚えてるけど、なんでいきなり長瀬智子の名前が出てくるんだよ」
「ふっふっふ、実はな」
滝沢の双眸がいやらしい光を帯びていた。
「この前偶然彼女に合って、携帯のメールアドレスを聞いておいたんだよ」
「なッ、なに!」
滝沢は口から出まかせを吐いていた。一方亀梨は、思いっきり動揺していた。滝沢がにやけ笑いを浮かべながらゆっくりと切り出す。
「もし、お前がここに残るんだったら……、ホームレスリングに参加するんだったら……、後で教えてやってもいいんだぜ。長瀬智子のメールアドレス」
亀梨は滝沢の両手を強く握り締めた。
「わかった、ここに残ろう! ホームレスリングに参加しよう!」
何故この時点で亀梨は、ホームレスである自分が携帯電話など持っていないことに気付かなかったのであろうか――?
「え――、皆さん。お静かになさってください。これからルールについてご説明……は面倒くさいから後回しにしまして、開催日時と場所を発表したいと思います」
赤西徹平の澄み切った天使のような声に、ざわめいていたホームレスたちが一斉に沈黙した。
「先ず、開催日時は来月の一日。十五時に開会式を行ないますので、皆さんはその一時間前までにはお集まりください。開催場所は、東京国立競技場になります」
再びホームレスたちがざわめき始める。
「こッ、こッ、こッ、コケコッコー! じゃなくて、国立競技場だってぇ!」
「そ、そんな大掛かりなイベントなのかよ」
「こういっちゃなんだが、たかがホームレスたちの……、思いっきり素人たちのプロレスだぜ」
「ぶったねッ! 親父にだって殴られたこと無いのにッ!」
赤西徹平はその反応を楽しむかのように、しばし黙したままにこにこと笑顔を振りまいていたが、突然指をパチンと打ち鳴らした。それに合わせたかのように、どこからかドラムロールのような音が聞こえてくる。
木村がスーツのポケットから何やら携帯電話のような物を取り出すと、おもむろにボタンを押し始めた。どうやら携帯電話ではなく、何かのリモコンのようであった。――と思う間もなく、赤西徹平の足元の床がせり上がり、大きなテーブルのような物が現れた。
「な、なんじゃありゃ?」
テーブルの上に、大きなジュラルミンのケースが置かれている。
「ま、まさか、あの中に一億円が」
赤西徹平がジュラルミンのケースに手を掛けると、カチンと音を立てて留め金を外した。そして、おもむろに口を開く。
「うふふ、皆さん。きっとこの中に、優勝賞金の一億円が入っていると思っているでしょう? ノーノーノーノー。残念ながら、まだ賞金の方はここではお見せ出来ません。ただ、ささやかながら皆さんに、この私からのプレゼントをお渡ししたいと思います」
そう言って勢い良くケースの蓋を開け放つ。すると中には、色とりどりの覆面とレスラーパンツがぎっしりと詰まっていた。
一斉にドタドタと、昭和ギャグばりに倒れ込むホームレスたち。
そんな彼らを尻目に、赤西徹平はまたもやあの名曲を口ずさむのであった。
闘う男の流す涙は
苦いか、甘いか、しょっぱいか
知りたかったら舐めてごらんよ
ほら、世界中が君を待っている
ゴー、ファイト! ゴー、ファイト! ホームレス!
スタンダップ・トゥ・ザ・ホームレス!
愛する者のために
ラララーラララララー
ルルルールルルルルー
ホホホーホホホホホー
ウ――……ウォンチュッ!
呆然と立ち尽くすホームレスたちの中にあって、亀梨一郎だけはふつふつと熱い闘志を燃やしていたのであった。
「絶対優勝してやるぜ! そして、そして……ふっふっふっふっふ」
一方滝沢英二も、拳を強く握り締めながら何やら思惑ありげな言葉を呟く。
「一億円……そう、一億だ! 一億円さえあれば、一億円さえあれば、俺は――」
つづく
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2006/08/16(Wed)16:31:20 公開 / 時貞
■この作品の著作権は時貞さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
拙作をお読みくださりまして誠にありがとうございました。
過去ログに置きっぱなしの連載の続きはどこへやら、性懲りも無くまたもや新たな連載物を投稿してしまった超ダメ人間の時貞です(汗)
夏なので、暑いので、無性にこのようなお笑い系を書いてみたくなってしまいました。
小説などとはとても呼べないようなシロモノかも知れませんね(焦)
何か一言でも結構ですので、お言葉をいただけたら泣いて喜びます。坊主にします(笑)
8/9:人名を一部変更。些細な事でUPしてしまい、誠に申し訳ございません。
8/16:ようやく第一話をUPすることが出来ました。序よりも枚数が少ないような気がするようなしないような……(汗)暑さで僕の頭もショートしまくっております。いやぁ、それにしてもコメディって難しいですね。つくづく実感させられます。どなたか良きアドバイスをッ!!