- 『地獄の円舞曲』 作者:隻眼 / ファンタジー アクション
-
全角5776文字
容量11552 bytes
原稿用紙約17.25枚
200X年。吸血鬼達が徘徊する日本へ突如、救世主として現れた吸血鬼ハンター・黒桐 真。だが彼は、自分の持つ武器によって、呪いという契約を結び、過去も未来も一切の感情さえも失われてしまった。そして彼は殺戮という秩序に従い、吸血鬼達への残虐に至るまでの殺戮を繰り返すファンタジー・アクション。
-
20XX年…。
今、深夜へと入る日本は危険の二文字に尽きる。それは、各々の土地に数え切れない程の吸血鬼達が屯しているからだ。だが、深夜へと移り行く日本の危険度よりも遥かに超えている、彼らが最も危険視している一人の人間がいた。吸血鬼等の対極である、彼らをハンティングする側の者がいるという事実が存在するのであった。その吸血鬼ハンターは過去が呪われており、感情さえも呪われていた。
名は黒桐 真という…。
深夜…。
深夜となっても街明かりで照らされている渋谷に黒桐と吸血鬼らは偶然にも遭遇した。しかし、吸血鬼側の方は武器やら防具とやらを万全装備し、自ら吸血鬼ハンターである彼の下へ近づいた事が分かる。
悠々と刀を鞘から抜き出す黒桐は不適に笑った。
目の前に広がる吸血鬼の数を見て観念して笑ったのではない。
それはこれから「あの数の吸血鬼を殺すことができるという」いびつな考えからの笑いであった…。そして、黒桐の手には日本刀の類いであろう武器がしっかりと握られている。名刀とか神刀類いの剣ではなく、明らかなほどその武器からは邪気が立ち昇っている。
それは日本刀・村正の邪気にも勝りうる、新たな進化を遂げた妖刀・邪一文字(よこしまいちもんじ)である。
刀の魂ともいえる切れ味。
邪一文字の切れ味は恐ろしいが故に鋼さえもいとも容易く両断してしまう。又、いかな武具であっても、たったの1合打ち合えば確実に破壊できる脅威的な特性を備えている。
だが持ち主は常に、呪いという因果を背負っていかなければならない…。邪一文字を手にした者の行く末を潰し、身体を蝕み、そして精神をも滅ぼす…。だが、呪いというものは、妖刀と妖刀を手にする者への一つの掟であり、妖刀への永遠なる忠誠心を誓う意味を表している。そんな邪一文字を黒桐は愛刀と証し、相棒とも呼ぶ。
黒桐は肝胆の溜め息を吐くと地を蹴り、吸血鬼軍団に鮮烈な睨みで肉迫した。そして、焦りを瞬時に感じた吸血鬼軍団の一人の頭目が命令を下す。
「後方隊! 目標に向けて射撃しろぉっ!!」
後方隊は頭目の命令に従い、黒桐に目掛け、嵐のような矢の雨が容赦なく降り注いだ。矢は黒桐の眉間、右目、脇腹、右脚、つま先、喉、胸あらゆる個所を物凄い衝撃とともに見舞いされ、瞬時にして地獄針の山と化した。黒桐の口部からは、徐々に滝のような鮮血が流れ、傷口からも大量出血している。
「コノ、イタミ…、『過去の世界』二イタコロヲオモイダス…」
黒桐は血の泡をたてながら呟く…。
「ツギハ、コチラガ殺戮スルバンダ」
針の山と化した黒桐は複数の吸血鬼達へ奮迅ラッシュを繰り出す。その速さは、視点が置けられないほどの壮絶たるスピード。いつしか、吸血鬼達の戸惑いの声がやがて、悲鳴へと変わり果てる事となった。
黒桐の腕と身体が竜巻の如く振り回される度、邪一文字に吸血鬼達の血液が徐々に吸われていく事が分かる。これぞ血戦。その吸血鬼達の絶命たる光景は、絶叫と苦悶の血肉パレードを思わせ、黒桐は地獄の円舞曲をいとも容易く奏でたのである…。
今更、吸血鬼ハンターである彼の猛襲を止めることなど誰も考えてもいないであろう…。
肉は鮮血、臓器は血だまりと化し、血の螺旋を起こして巻き上がらせる様は吸血鬼達の視点にどう写ったものか。それは−枯れ果てる種族存亡、それを引き換えに新たに生まれうる絶望−というテーマに屈するものにあったであろう。返り血と自身の血で血盟した黒桐は、次第に螺旋から赤い羅刹を起こさせ、更にヒートアップしてゆくのであった。
そして、一直線に目指すは吸血鬼リーダー・天瀬。
未だ、黒桐の殺戮というハンティングは止まる事を知らない。彼の周囲、前方に存在していた吸血鬼達は邪一文字でなぎ払われ、鋼と化す腕で顔を百列連打の如く殴られ、次々と命を吸収されていく。辺りから発せられる悲鳴は、黒桐の高揚心を徐々に上昇させる。
「今だっ! 鎖を放て!!」
金属がお互いにこすれ合わさる音と共に空間を切って、黒桐の身体に巻かれた。肉と鎖がきしむ音を立て、黒桐の身体に刺さった矢が何本か折れ、締め付ける。
黒桐は殺戮を中断された。
だが黒桐は、さもつまらなさそうに自分の身体に巻きついた鎖を眺めやると、それを彼の最大のほんの一部の腕力で引きちぎる。鎖を冷や汗と共に握っていた数人の吸血鬼達は、黒桐によって手繰り寄せられ、空中を飛んでいる事実に恐怖で慄き、絶叫をあげる。
そう…まだ、生き残っている吸血鬼達に助けを求めるかのように…。
黒桐は口元を歪め、矢が刺さっていない左目で隙なく、天瀬を見て三度、突進を開始した。
とそこへ四神吸血鬼、坂崎、神籐、蜂ヶ崎、武倉が立ちふさがる。
「悪いが、ここからは立入禁止だ…」
四神吸血鬼の内、最も好戦的な坂崎が神速たる槍撃を繰り出す。
ぞぶっと生々しい音を立てながら槍の矛先は、黒桐の胸骨を切断し、心臓を刺し貫いた。
黒桐は思いもよらぬ衝撃波を受け一瞬、気を失った。
「へっ、まさかな…。 生きてるわけがない…」
だが、それでも黒桐は生きていた。彼の心臓の鼓動は今でも高鳴りつづけている。呪いの効果により永遠と言っていいほどの生命力を会得している黒桐はある意味でハンターとしての心得を入手していた。
気を取り戻す黒桐…。
手にしっかりと握っていた邪一文字で槍の中央部分を切り落とす。
そして、返す手で坂崎の胴をなぎ払う。
「あぶねっ!!」
坂崎は後方に飛び下がり、邪一文字を避ける。それは正に紙一重の差だった。
黒桐は追い討ちをかけるように咆哮を上げると坂崎を一刀両断しようとした。
そこへ巨大な岩石が投げつけられたような重い衝撃を黒桐は右肩に受ける。
それは矢であった。毒矢でも麻痺矢でもなく、ただの普通の矢。
白羽の矢が白い煙を上げて黒桐の右肩中心部分に深く食い込む。
その矢を射たのは神籐である。神籐は矢継ぎ早で次々と黒桐の身体へと矢を射続けた。
矢はどれも命中したが、黒桐はそれでも生きている。弓道の達人とも言える神籐であったが最早、矢程度の威力では彼を止められないという事実が、これで証明されたという事になる。今の 黒桐の表情は、正に悪鬼。まるで、深い眠りから目覚めた者のよう…。
「これは馬鹿げた吸血鬼ハンターですね…。正直、何本射ても無駄な気がしてきましたよ」
そうも言いながら矢を射る手は一向に緩めない。
「とどめはわしがやる! 情けはかけんぞっ! くらえっ!!」
そこへ大刀を装備している武倉が黒桐の胴体を斬り裂こうと突進した。
それで勝負がつくと誰しもそう思った。そう思いたかった…。
だが、黒桐はその大刀に矢の雨を浴びながらも打ち落とし破壊する。そして、武倉の豪腕とも言える左腕を難なく切り落とす。
「ぐぬっ…!!」
武倉は溢れ出す痛みの本流を歯を噛み締めながら耐え続ける。大刀を操る武倉だが、こうも左手を切り落とされてしまったら、重傷という程度のものでは済まされなかった。
「武倉さんっ! お…お前の相手は僕がしてやる!」
そして、両手に小型の二斧を持つ蜂ヶ崎が黒桐に詰め寄る。黒桐は新たに現れた吸血鬼を目前に斬りかかった。
完璧に首を捕らえた一閃!!
だが、空を切る。
少年身なりの蜂ヶ崎は目にも止まらぬ速さで黒桐の攻撃を避け続け、隙あらば、両手に握っている二斧で滅多斬りを見舞いし、地獄の円舞曲を見事に奏でた。だが、その速さにも劣らぬ速度で邪一文字が蜂ヶ崎に襲い掛かる。まるで、飢えた猛獣の如く…。
それは、黒桐自身の判断ではなく、邪一文字自らの本体が黒桐を操ったような速さだった。
蜂ヶ崎は想いもよらぬ猛攻撃を受け、古来より受け継がれてきた神器とも謳われる斧を永遠に失い、ことごとく砕かれた…。
神器が妖刀に砕かれる瞬間。
それは、邪一族が神一族に打ち負かした一瞬の光景ともなろう瞬間でもあった。
邪一文字を真っ向から受けて、持ち主である蜂ヶ崎の代わりにその二斧は犠牲となったのである。
そして、黒桐は左腕で蜂ヶ崎を殴り飛ばすと、矢を射続けている神籐に猛然と突進をした。神道はその猛牛めいた突進を軽快に飛び上がり避ける。
だが、黒桐は半ば予期していたかように空中を飛ぶ神籐を斬り裂く。辺りは大きな紫色の邪炎を撒き散らし、又、軌跡をも描いた。
神籐は本来、足で着地するはずの地面に腰だけで着地した。その横に彼の切断された血まみれとなった下半身が血と肉を撒き散らしながら落ちてくる。この光景は、吸血鬼リーダー・天瀬をも絶句させるほどのものであった。
神籐は即死だった…。空中に飛び上がった神籐は灼熱を浴びたかのような痛みを感じ、漆黒たる闇の中へ意識を鎮めていったのであった…。
それが神籐のせめてもの救いだったのかもしれない。
「し…神籐…。テメェェェッ!!」
新たに槍を構えた坂崎が黒桐に怒号の矛先を向ける。坂崎の槍は寸分たがわず黒桐の急所を貫く。眉間、心臓、喉元…。
それは矢より速く、神籐の仇を含め、大斧よりも重い一撃を与えた。黒桐は初めて後方へよろける。それを千載一遇の好機とみた坂崎は、背を低くかがめながら後方へ疾走し、砲弾をも思わせる一撃を黒桐の身体へと目掛けて放つ。黒桐も負け時と邪一文字を放つ体勢に構える。
勝負は一瞬だった…。
坂崎の放った槍の一撃は、黒桐の左肩から左腕を吹き飛ばし、黒桐の放った邪一文字は坂崎の心臓を貫いた…。永遠とも思わせる静寂の中、坂崎がその静けさを打ち破るように倒れる。黒桐は、邪一文字を坂崎の胸部から引き出すと彼に近ずく。
「へっ…、ま…だ動けんの…かよ、何食えば…そ…んなデタラメな…身体つくれんだ? 教えろよ黒桐」
坂崎の疑問の答えは横に払われた、邪一文字の鈍い光を以って永遠に機会は失われた…。
黒桐にとっては、致命的な傷であった。
元より彼の身体は、呪いにより不死体となっている。大傷を負おうが痛みを感じない身体、流血しても寒さをものともしない身体…。そのような身体が羨ましいと思える者がいれば、それは、浅はかな考えしか持たない奴か、不死者に対して特別な思い入れがあるものだけなのであろう…。
自分自身の身体が斬られ流血している。それなのに痛みはなく、又傷口が腐っていくことも感じない…。あるのは、彼の心の奥にある溶岩のように真っ赤に煮えたぎった闘争心…。
そして、それさえも邪一文字の呪いの一環であった。
邪一文字を振るうたびに、彼の身体と精神は呪いという透明の鉤爪により裂かれ、えぐられ、穿れ、斬られる…。気が付けば、彼は邪一文字のオブジェと化していた…。
今、彼の身体を占めているのは、邪一文字の呪いにより何倍にも膨れ上がった病的なまでの闘争心だけ…。
言わば、邪一文字に洗脳された戦闘殺戮兵器……。
そんな、黒桐にとって坂崎の放った一撃は、目を覚ますに足りる痛恨の一撃だったのだ。
それがわずかの間だけ男に許された最期の自我だった…。
「麗華…」
黒桐の目の先には、どこで静かに暮らしているはずの銀色に輝く剣を持ったもうひとりの吸血鬼ハンターだった女性が立っていた。
それがかつての吸血鬼が侵略しようとした−東京占領戦−とも言われた争いで黒桐が唯一背中を預けた戦友であり、又、恋人でもあった。
黒桐は自分の身体が満足に動かせないことに気付き自身を省みる…。
そこで黒桐は自分の身に何が起こったのかを知った。
右手に握っている邪一文字…。
まがまがしいというより神々しいに近い輝き…。
それが見る者を誘惑し、地獄へと突き落とす為の巻き添えだということは、黒桐には十分すぎるくらいわかっていた。
それを理解しながらも黒桐は剣を取った。
東京占領戦を早く終わらせる為に…。
苦しむ人々を一人でも多く救う為に…。その後の記憶は思い出すことができない…。
右目から突き刺さった矢が脳を傷つけた、傷ついた場所は記憶を司る場所…。つまり彼は、過去を思い出すことができないそれは、不可能という範疇である。それでもかすかに傷つかず残っていた脳が、黒桐の記憶を呼び覚ます。
決して笑うことのなかった吸血鬼ハンター…。
想像を絶する苦悩を持ちながら泣き言一つ言わない吸血鬼ハンター…。
そして、誇り高き理想たる吸血鬼ハンター…。彼女が今、無表情で俺を見つめている。否、他人から見れば無表情に見えるだけ…。
(おい、おい…やめろよ。 そんな顔するなよ。 これは自業自得なんだってば! 沢山の吸血鬼達を本来狩るはずなのに、殺戮してきた奴の哀れな末路…。 だからお前がそんな顔することないんだってば…。 そっか…。 お前のことだ、責任感じてるんだろ? バカだなぁ。 まぁ、お前をそんな顔にさせちまった俺が一番バカか…。)
坂崎は口元に微笑を浮かべた。それは麗華の知っていた男の顔だった。
「…坂…崎?」
口汚く互いにののしりあったが裏を返せば、それだけお互い気の合った者同士だったのかもしれない…。黒桐は昔からの悪友であった吸血鬼・坂崎の槍を受け、一時の自我を持つ事ができたのだ。だけど、それが麗華にとって無性に悔しかった…。
坂崎は何事か呟き自分の身体を見下ろす。
そして、空を見上げる。坂崎の目には理解の光が灯っていた。
(そうか、俺やっぱり剣に飲まれちまったんだな…)
その目がそう語っていた。麗華が幼かったとき立てた誓いに、うむを言わずに着いて来てくれた。
いつの頃からだろう…黒桐が麗華にとってなくてはならない存在になったのは…。
いつの頃からだろう…麗華を愛しいと思い始めたのは…。
(できることなら、俺もお前と一緒に暮らしたかったよ…麗華)
そして、黒桐はゆっくり麗華を見つめ、微笑を浮かべると右手に持った邪一文字で自身の身体を斬り裂く…。
二度と立ち上がれないように…。
二度と剣を握れないように…。
二度と目を覚まさないように…。
麗華は唇を噛み締め、そして叫ぶ。
「吸血鬼ハンター・黒桐は敗北を認め、自ら命を絶った! 我々、吸血鬼の勝利だ」
そして今、吸血鬼ハンターがいなくなった日本に欺き笑う天瀬の姿が、月光に照らされていた…。
-
2006/08/02(Wed)16:22:13 公開 / 隻眼
■この作品の著作権は隻眼さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
黒桐の暴走振りを自分の表現力で最大限まで引き出しました。
最後まで読んでくれた方、ご指摘やご感想お待ちしております。