- 『真夏の夜の悪夢』 作者:時貞 / ショート*2 ショート*2
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原稿用紙約8.9枚
夏が来ると思い出す。
あの、一夜の出来事を……。
あの、恐ろしい出来事を……。
あの…………。
*
霊感少女――私が小学生の時につけられたあだ名である。
私は物心ついた時から、他の子たちには無い特殊な能力を持っていた。それは、死者の姿が見えること。死者の声が聞こえること。死者の思いを感じ取ることができること。
その能力の所為で、近所の人たちからは気味悪がられたり、同級生の男の子たちから酷いいじめを受けたりもした。私だって死者の霊は恐ろしい。それは、いくら経験を重ねたところで変わらない。それでも今日までめげずに生きてこられたのは、両親が私のこの能力を理解してくれ、深い愛情をもって育ててくれたからであろう。
そんな私も高校生になり、仲の良い友達もできた。相変わらず私に近づいてくる霊の姿にわずらわされることも多かったが、皆の前では努めて自然に振舞い、普通の女子高生として学校生活を過ごしていた。
私が成長して手狭になったからと、我が家に引越し話が持ち上がったのは、ちょうど高校二年生の夏休み前のことであった――。
「どうだ、美由紀。ちょっと造りは古いけど、なかなか立派な家だろう?」
白亜の壁に囲まれた、瀟洒な邸宅。
新しく住むことになる我が家の前に立った瞬間、私の背筋になんともいえない嫌な悪寒が走った。
「どうしたの、美由紀ちゃん。なんだか顔色が悪いわよ? 夏風邪でもひいたんじゃないかしら?」
母が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「ううん、大丈夫。ちょっと暑さでぼーっとしちゃっただけなの」
私は無理に笑顔をつくると、まじまじと新居を見つめた。口の中がからからに乾いてくる。一歩足を踏み出すと、まるでその場の空気が私を拒んでいるかのように重く感じられた。
「今日は簡単に下見だけして、父さんの会社が夏休みに入ってから本格的に引越しだ」
そういって私の肩に優しく手を置くと、父は嬉しそうな笑顔でスラックスのポケットから新居の鍵を取り出した。いかにも古めかしい、派手な柄のついた鍵だった。
私は父と母に促がされながら新居に足を踏み入れた。無意識に身体が強張ってしまう。
――いる……。
私の直感が私自身に訴えかけてくる。
「どうしたんだ、美由紀? 今日はなんだかおかしいなぁ……」
「ううん、何でもない。こんなに広い家に住めるんだって思ったら、なんだか緊張しちゃったの」
「はっはっは、そうか。じゃあ、早めに荷造りをはじめとかなくちゃな」
「……うん」
楽しそうに室内を見回す父と母の姿を見つめながらも、私はただならぬ気配を感じていた。
――この家には……恐ろしいものが……いる。
大きな出窓から差し込んでくる夕陽が、広いリビングをオレンジ色に染め上げている。私にはその色が、ひどく禍々しいものに感じられてならなかった。
――いる……いる……いる……。
*
引越しが済んで、新居での暮らしが三日を過ぎた。
あの時感じた嫌な悪寒は何だったのであろう?
実際に住んでみると、多少古びてはいるが何ということもないただの広い家であった。私にあてがわれた部屋は、間取りでいうと八畳間ほどの洋室で、南に面した明るい雰囲気の部屋であった。朝には小鳥のさえずりが聞こえ、夜になると虫の鳴き声が夏を感じさせる。私は最初に訪れた時の印象も忘れ、すっかりこの家が気に入ってしまっていた。
部屋には勉強机と大きな本棚、OAラックがずらりと並び、その反対側にはちょっと贅沢な白いソファーとシングルベットが並んでいる。
日中は学校の課題をこなしたあと、近所の散歩に出掛けたり、友達と待ち合わせてプールやショッピングに繰り出したりして過ごす。そして夜になると、ベッドに横になりながら大好きなCDを聞いたり、インターネットを楽しんだりして過ごした。
たまにワープロソフトを立ち上げ、趣味である小説を書いたりもする。誰に読ませるわけでもないが、小説を書いていると無性に楽しい。ジャンルは主にホラー小説である。こんな時、霊感が強い自分の経験が役に立ったりする。
「さて、今夜も少し書いてみようかな」
私は読みかけの本を閉じてベッドから起き上がると、机にむかった。
ノートパソコンを立ち上げて、ワープロソフトを起動させる。《作品3》と名付けられた文書ファイルを開くと、書きかけの小説がモニターに表示された。ざっと前回までを読み返し、次につなげる文章を考える。
「うーん、なかなか良い文章が浮かんでこないなぁ」
私はモニターを睨みながら腕組みした。
「この前はすらすら書けたのに、今夜はだめだなぁ。もしかしてスランプ?」
気分だけはいっぱしの作家気取りの私は、ついついこんな独り言を洩らしてしまう。
今夜はあきらめて早めに寝ようかと、パソコンの電源スイッチに手を伸ばした――その瞬間であった。
――なに……?
私の首筋から背筋に掛けて、この前感じたときとまったく同じ、なんともいえない嫌な悪寒が走った。
――い、いる……。
身体が硬直してしまったかのように、ピクリとも動かせない。そして、足元からゾワゾワと毛が逆立つような恐怖が湧きあがってくる。
――いる……。
――いる……。
――いる!
背後から感じられる、禍々しいモノの気配。
――い、いや。
全身に鳥肌が立っている。額から一筋、冷たい汗が流れて頬を伝った。
――いや、いや、いや、いや!
瞼を強く閉じる。
そのとき……、私の……、首筋に……。
「――いッ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!」
ばたばたと階段を駆け上がってくる足音。
やがて勢い良く私の部屋のドアが開き、父と母が血相を変えて室内になだれ込んできた。
「ど、どうしたんだ美由紀! いまの悲鳴は一体!」
「美由紀ちゃん! なにがあったの?」
私は顎ががくがくと震え、言葉がまるで喉から出てこなかった。母がまわりこんで、私の背中を優しくさする。父は私の瞳を覗き込み、ゆっくりと幼児に言い聞かせるようにこう言った。
「美由紀、大丈夫だよ。落ち着きなさい。……また、出たのか……?」
私は強く頷いた。
背中をさすっていた母の手が止まり、震えを帯びた声で私に問い掛けてくる。
「ま、まさか……、この家にも……、ゆ、幽霊が……?」
私は左右に激しくかぶりを振った。そして、震える指を伸ばしてフローリングの床を指し示した。
「――ゴッ、ゴキブリがぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!」
無言で殺虫剤を取りに向かう父の後姿が、私に何かを語り掛けていた――。
*
夏が来ると思い出す。
あの、一夜の出来事を……。
あの、恐ろしい出来事を……。
あの…………え?
――了――
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2006/07/31(Mon)18:57:52 公開 / 時貞
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■作者からのメッセージ
拙作をお読みくださりまして、誠にありがとうございました。
お久しぶりです。といいますか、ほとんどの方が「はじめまして」ですね。時貞と申します。
いよいよ夏本番ということで、なんとか夏っぽいショートx2を書いてみたい! っと思ったのですが……(汗)
何でも結構ですので、皆様のご意見をうかがえたら幸いです。
それでは、よろしくお願い致します。。