- 『給水塔』 作者:PAL-BLAC[k] / サスペンス リアル・現代
-
全角3866文字
容量7732 bytes
原稿用紙約12.85枚
夏になると思い出す。友達のアパートの水道から、赤い水が流れるようになった。タンクの中に「原因」があったが、それは、友達の浮気相手だった……。
-
夏になると、思い出す話がある。友達のアパートで起きた事件なんだけどな。
猟奇的な事件が多いから、忘れられているかもしれないけど……。覚えているかな?
数年前、随分と騒がれた「給水塔殺人事件」を。
あれに、俺も巻き込まれたんだ。
俺の友達――仮にMとしておこうか。俺とMは高校が一緒で、別々の大学に進学したんだけど、お互いの大学が近所だったため、高校を卒業してからも、ちょくちょく遊んでいた。
Mは当時、ある古いアパートに下宿していた。
7月のある日の夕方、Mの住むアパートの水道から、赤い水が出てくるようになったんだ。
流しの水も赤。
トイレの水も赤。
シャワーは、湯気の立つ生臭い赤いお湯が出るようになった。
アパートの住人は、パニックを起こした。単なる赤い水ではなく、鉄臭い血の混じる水だったからだ。
住民から通報を受けた警察と管理会社が調べたら、給水塔の中に、「原因」はあった。
両手を縛られて、喉を刃物で真一文字に斬られた若い女の遺体が、浮いていたんだ。
若い女は、鋭利な刃物で喉を斬られていた。凶器は、タンクの底に沈んでいた文化包丁だった。どう見ても、殺人事件。しかも、遺体の後頭部に殴られた傷があったため、無理やり拉致されて、タンクに沈められた可能性も出てきた。
給水塔の水は全部抜かれて洗浄されたんだけど……しばらくの間、各部屋に伸びるパイプからはピンク色の液体が出て、錆みたいな臭いがなくならなかったんだ。どこの部屋でも、ミネラルウォーターを料理に使うようになった。
被害者の身元は、所持品から簡単に割れた。都内の某大学に通う、Rという女性だった。
ショックだった。俺は、Rに会ったことがあった。
Rは、Mと付き合っていたんだ。
夜、被害者がRだと確認されると、Mは重要参考人として、刑事に任意同行を求められた。
もちろん、夜のニュースで事件の事はトップで報道された。アナウンサーは、事件の重要参考人として、被害者と交際していた男性が取調べを受けていると、感情のこもらない声で言っていた。
その日の午後、俺はMと一緒にいた。講義が終わって帰ろうとした俺は、暇だというMからの誘いの電話を受け、俺の気に入りの喫茶店で会ったんだ。日も暮れたから、いいかげんに切り上げて家に帰ったんだが、部屋のテレビを点けたら、いきなりRの写真が大写しされていた。驚いてMの携帯に電話をしたんだが、電源が切られていて、Mとは話せなかった。
署に半ば強制的に連れて行かれたMは、自分のアパートで起きた事件について、執拗に調べられたらしい。いや、調べられたなんてもんじゃなかったらしい。「お前がやったんだろう、吐いてしまえ」って感じだったそうだ。
事件は、Mにとって不利なことばかりだった。
まず、現場がMの住むアパートの給水塔。それに……実は、Mには別に付き合っている女がいた。その彼女――Sは、Mと同じゼミ生で、大学に入ってすぐに付き合いだした。でも、数ヶ月前から、MはSと別れようとしていた。Mが言うには、Sは独占欲が強く、講義で他の女性と話していただけでも嫉妬して大変な騒ぎになったんだという。
そうやって疲れている時に、ゼミにRが入ってきた。Rと仲良くなり、それもまたSとの別れ話へ発展する要因となったんだそうだ。今日、喫茶店での会話もSについての愚痴だった。
昨晩、Sがいきなり部屋に来てベタベタ張り付いていたが、昼ごろ目が覚めたら、酔っ払いに付き合っていられないから帰るというメモを残し、床に寝ていたMを放って、Sは帰ってしまったらしい。
警察は、別れ話のもつれからMがRを殺して、死体の始末に困って給水塔に沈めたんだろうと、何時間もしつこく問い詰めた。
Mは、自分じゃないと言い続け、遺体が見付かった時は友達と会っていたと、俺の名を挙げた。
そのために俺の身元も調べられ、夜中近くに覆面パトカーが家まで来て、参考人として俺も連れて行かれた。
Mとは別の取調室で、髪の薄くなった刑事が「お前も共犯になって殺したんじゃないか」と、すごい目つきで睨みながら言ってきて、辟易したもんだ。
そうこうしているうちに、検死解剖の結果が出た。
血の混じった水が出始めたのは、午後4時。給水塔には予備のタンクがついていて、その水が優先的に使われるため、死体が放り込まれてすぐに血混じりの水が給水されたわけではないらしい。そういった事と死体の状況から、犯行は午前10時から12時の間に行われたのだろうと推測された。
この時点で、俺の共犯容疑は消えた。その時間には、大学で講義を受けていたからだ。だが刑事は、いよいよMのアリバイは無くなったなと、呟いた。そう言えば、俺と喫茶店で会うまで、Mはアパートに居たと言っていたんだった。
ようやく俺は解放された。署を出ようとしたら、報道陣が玄関前に陣取っているのがロビーから見えた。俺は、警官に案内されて裏口から出て、タクシーで家に帰った。
家に帰ってみたら、玄関の前でニヤニヤしたスーツ姿の男が俺を待っていた。テレビ局のリポーターだと名乗る男が、事件についてインタビューに応じてくれないかと擦り寄ってきたが、具合が悪いから休むといって、返事を待たずに家の中に入った。
一晩中取調べを受けたために眠い目をこすりながら、テレビを点けた。テレビでは朝のワイドショーをやっていて、大々的に事件の事を放送していた。現場からのリポートとやらで、「重要参考人をよく知る知人も取調べを受け、取材に応じてくれなかった」と言っていた。
……俺のことか。まるで、俺まで犯罪者みたいな口調で報道されていた。その続きで、Mはまだ取調べを受けていると言ってもいた。
徹夜で限界に来ていた俺は、テレビを点けっぱなしで寝てしまった。
数時間後、テレビの音で、俺は目を覚ました。
ちょうど、午後のワイドショーが放送されていた。まだ働かない頭でボーっと眺めていたら、臨時ニュースのテロップが画面に流れた。
「殺人と給水塔に死体を遺棄した容疑で、警視庁は女を逮捕」
テロップを見ても、俺の頭はまだ働かなかった。
女? Mが逮捕されたんでなく?
すぐに、スタジオのアナウンサーが、犯人逮捕のニュースを早口でまくし立てだした。
「警視庁は、Rさんを殺害し、給水塔に死体を遺棄した容疑で、Rさんと同じ大学に通う容疑者を逮捕したと、発表しました。繰り返します。警視庁は……」
ゾッとした。
まさか、本当にMがやったのか?! いや、待て。テロップでは、容疑者は女だと……。
テレビに釘付けになっていると、やがて画面が変わった。
俺とMが取調べを受けた警察署の玄関が映し出され、俺が出るときに使った裏口にカメラが切り替わった。
白いワンボックスが丁度停まったところで、中から、ジャケットを被せられた人間が出てきた。よく見えないが、男には――
署に入る瞬間、カメラが容疑者の顔を捉えた。
Mの本カノ、Sの横顔だった。
夕方のワイドショーで、犯行の動機についてアナウンサーが解説をしていた。
容疑者(S)の彼(M)が、被害者(R)と浮気をしており、自分と別れるつもりでいたため、被害者の殺害を決意。彼に対する見せしめとして、犯行現場に彼のアパートを選んだという。
Sは、隠すことなく自供したらしい。警察の発表では、むしろ自分の手際を自慢げに得々と語ったらしい。
前日からMの部屋へ行き、アルコール濃度の高い酒に、精神科で処方された導眠剤を混入したものを彼に飲ませたんだそうだ。その薬は、欝で眠れないと精神科に掛かって処方してもらったもので、自分で飲むためではなく、犯行に使うためだけだけだったという。
その薬入りの酒をMに飲ませ、完全に眠り込んだのを確認してから、お互いの関係を話し合うためとして、Mの携帯からRに電話をし、翌朝の10時に、Mのアパートの屋上に来るように言った。
翌朝になっても、一服盛られたMは起きなかった。薬の効能からして、昼間では起きないだろうと、ちゃんとSは計算していたのだ。
階段の死角からRが屋上に登ったのを確認してから、音を立てないようにRの背後に近づき、ストッキングに缶ジュースを入れたもので後ろから頭を殴りつけた。うまいことRを気絶させたSは、意識のないRの両手を縛り、給水塔上部にあるメンテナンス用の扉まで彼女を引きずり上げ、水の中に落とした。それから、水の中に頭を沈め、水の中で首を斬った。そうすれば、自分に返り血がかかることがないからだと、得意そうな顔をしたそうだ。
作業を済ませたSは、給水タンクの扉を閉めた。この時、うっすらと血の混じった指紋を残したのに、Sは気づかなかった。
取調べ中にMの部屋を捜索した鑑識は、タンクの扉に残る指紋と一致する指紋を発見。だが、Mとは違う人物の指紋。そこで、Mの交友関係が洗われて、Sにも任意同行が求められた。
初めは、朝方帰ったから事件とは何の関係もないと言い張ったSだったが、指紋が一致したことを聞かされて、一転して犯行を自供したのだという。
この事件の後、Mは大学にいられなくなり、自主退学して地元へ帰った。
Sは、弁護側が精神鑑定を要求し、検察側と争っている最中だ。
今でも、古いアパートを見るとこの事件を思い出すんだよな。
この事件、一番罪深いのは、MなのかSなのか……この話を読んだアンタは、どう思う?
-
-
■作者からのメッセージ
「登竜門」への投稿は初めてになります。その割には、えらくえぐいものになった気がします……(汗)。初めは、怪談にするつもりでしたが、こんな流れとなりました。
ビルの給水塔なんて、そうそうお目にかかるものではありませんが……見掛けた時に思いついたものです。