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『紅のシン〜Shin of Crimson〜』 作者:明山憲告 / リアル・現代 ファンタジー
全角6126文字
容量12252 bytes
原稿用紙約19枚
【プロローグ】


 その日は雨が降っていた。
降る雨の一粒一粒が、行き交う人々の心身を打った。
打たれる度に、その身体はうな垂れ、打たれる度に、その心は荒んでいった……。

時を同じくして、しかし異なる心で、この雨に打たれている少年がいた。
彼のいる場所はどこかのビルの屋上だろうか、とにかく、そこが高い所だという事は一目でわかった。
「行くぞ、イフリート」
少年は、周りには自分一人しかいないにもかかわらず、短くそう言い放った。それに、どこからか別の声が続く。今度は少年への応答である。
「良かろう」
これもまた、短い。が、それだけで十分である。
低く篭もったこの声がした直後、少年の身体は紅蓮の炎に包まれた。濡れていた身体が一瞬で乾く。
少年はおもむろに上空を見上げると、そのまま跳躍し、
「これで終わらせる」
言い残し、消えた。
少年の名は、誰も知らない……。

 誰も知らない、

 知る由もない。

 一般人には、

 知る事など叶わない。

彼の心に映るのは 戦いに生きる者か 戦いを語る者か 戦って死んだ者か あるいは全てか

雨の中に、漆黒の翼が、雑じり始めていた。
彼の崩壊は、近かった。







               第一話   【変動】





  例えばこの、今生きている世界に裏側があると聞いて、皆はどういった反応を示すのだろうか。大半の者が「何の話だ」「何訳の分からない事を言ってるんだ」と思い、耳も貸さないだろう。そう、人には基本的に目の前に実際ある現実しかまともに受け入れる事が出来ない。そんな、見た事も、聞いた事もない事に対して、興味を持つ、詳細に至るまで調べ上げる、論議する等という事は全くしない。せいぜい、「あいつがあんなこと言ってたぜ」位にしか、話として上げられない。しかし、もし、現実に、己の目で、『それ』を見てしまった場合、それでいて、毎日何時も通りに生きていけるだろうか。知り、見た全員が、恐怖し、不安感を持ち、世界という『厳然たる不動の空間』を、疑い、見失うだろう。


           西暦2006年・4月20日・木曜日

 彼女は駆けていた。
優美な空気の流れる早朝を。彼女の履くランニングシューズが規則正しく地面を蹴ると同時に、彼女の額から少量の汗が零れた。その姿は美しく、息を呑む事もあった。
その、まだあどけなさが残る少女の名は───
「お〜い、平沢〜!」
「あやめー! こっちこっち〜!」
───平沢あやめ。
「ああ、菊池君、真里!」
今、あやめの名を呼んだ二人はあやめのクラスメイトの菊池亮平と石川真里。彼等は今年の春からこの平塚市に引越して来たあやめの、今現在最も気を許せる友達である。彼等の通う平塚高校に転校した彼女の住所を聞いて近い事を知ったのが切っ掛けである。
「ここら辺ってのは知ってたけど、実際こうして会うのは初めてだな」
「てゆーかちゃんと起きれたんだ、感心感心」
彼等は今日の早朝、三人で朝のランニングを計画していた。
言い出したのは石川で、まだ自分達ともそんなに話さないあやめを気遣い ──当のあやめがそんな状態であるにもかかわらず石川の事を名前で呼んでいるのは石川自身にそう呼ぶように強制されたからである── 『健康的な理由の集まり』というキーワードから極端な例を引っ張り出して来たのだった。当初、計画の内容よりも計画自体に反対を示していた菊池は、 「あやめがこのままクラスで浮いても良いって言うの!?」 という石川の言葉に反対が出来なかった為に渋々付いて来るという形となっていた。
「お前が言うか? 俺が行くまで寝てたくせによ」
計画者である石川はあやめのクラスメイトの皆に聞き込むという情報収集の結果、(すなわち石川の心配は既に杞憂に終わっている訳なのだが)極度の寝坊癖があるらしい。
「うるさいなぁ〜…」
そんな聞き込み調査の最中、同時にある噂を聞いていた。その噂というのは、菊池と石川、二人は付き合っているというものだった。実際、二人は一緒に登下校をしているし、家にはわざわざ菊池が迎えに言っているというのだから間違いないだろう。聞いた時、彼女は全くの興味本意であった。しかし聞いた直後に自分でもそんな馬鹿なと疑いたくなるほどの感情に驚いた。何とか落ち着いて探ってみるとどうやら『菊池と付き合っている石川』に対してではなく、『付き合っている』という事柄に対してのものらしかった。
完全なる、嫉妬。
自分も彼氏くらい欲しいと思ったのは今でも鮮明に覚えている。
「みんな揃ったんだからさ、そろそろ走らない? この公園の外周を四周、タイムを競うってのはどう?」
見せ付けられるのが嫌で、こんな事を言った。言って、後悔した。自分の情けなさに。しかしそれでも良かった。少しでも二人から離れられれば、少しでも見なければ。全く、見なくてどうなるのか、湧いた感情はずっと残っているのに。
そんな事を未だに考えながら、二人の前を、あやめは走り出した。

  漆黒の羽が、数枚その公園に、散っていた。

三周が終わろうとしていた。
この、赤羽公園は公園面積を大きく分けて三:二で二つのゾーンに分けられている。
三を多目的グランド、二を遊具域としている。遊具域は更に真ん中で二つに分けられていて、グランド側が巨大遊具、もう一方を幼児用遊具としている。万が一グランドからボールが飛んで来ても巨大遊具で防御する為である。よって、必然的に公園自体も大きくなり、ただ子供達が遊ぶ為だけならば有り余る位だった。
となると比例して外周も長くなり、一周約600メートルもあり、周囲の学校からは走り込みに使う部活等が来る為、夕方辺りは学生で結構な人だかりとなる。
「あと一周っ!」
石川が全くペースを落とす事なく後ろを走る菊池に対して言った。菊池は自分に対して言っている事を判ったうえで返答するのを拒絶した。
「あやめに追いつかないとねっ!」
菊池に合わせて(本人はこう思っているが菊池がペースを遅めにしているだけである)走っている石川が彼を促す為にワザとらしく言った。
「だるいっての……」
菊池が小さく愚痴を零し、
「何か言ったっ?」
石川がワザとらしく聞き、
(地獄耳……)
またも返答しないで菊池が今度は心の中で呟いた。
「なんですかっ!?」
「!」
そうしたやり取りの直後、突如として女性の叫び声が聞こえた。
菊池が石川を抜いて全力疾走し、それに釣られて石川も菊池の後を追うように『得意ではない』全力疾走をした。
行き着いた先にあったのは、二人の男に挟まれた女性の姿だった。
「いいじゃねぇかよ、俺等にちょっとでイイから付き合ってくれよ」
柄の悪い二人組みの男がその女性に対してのしかかるように体を前のめりにして脅していた。完全に女性は恐怖に身を縮めている。時間が経って増えてきた大人達は自然と通り過ぎてゆく。皆、我が身が大事なのである。他人の為に仕事を投げ打ってまで体を張るにはリスクが大き過ぎるのだ。そんな事は判りきっていた。仕方がない。そう割り切るしかない。しかし、その考えに飲み込まれ、そういった大人達と同じ事をしようとしている自分に、同時に腹が立った。
「ちくしょ……」
菊池が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「仕方がないよ……」
それを見ていた石川が慰めた。しかし、
「なんだてめぇ!!」
それでは済まされないようだった。
「いい加減にしときなさいよっ!!」
あやめが、二人組みの男に、絡んでいた。

  羽は溶けるように消え、代わりに、黒い靴がそっと降りた。

「ああ、もぅ!!」
石川が予想外の出来事に頭を掻き毟り、
「くく…はははははっっ!!」
菊池が諦めたかのように笑い飛ばした。
「ああ!? 三人なのかよ!!」
男の一人が振り返り、
「二人は女か……」
もう一人が後の事を考えて笑った。
柄の悪い男二人組みは形として高校生三人に挟まれている状態だった。これには見て見ぬ振りを決め込んでいた大人達も思わず足を止め、珍しい状況に見入っていた。
いつの間にか、女性は逃げていたようだった。
代わりに、黒いカラスが何羽か、電柱の天辺に止まっていた。


《其の二》

 この状況は見るからに異質だった。『これ』の反対ならまだしも、今、現時点のこの光景は事情も何も知らないままこの場に辿り着いた者にとって思わず足を止めてしまっても仕方なかった。初見では、三人組(男一人、女二人)が二人組みの男を恐喝、もしくはカツアゲしているように見える。しかし、それはあくまで初見の話であってよく見るとそうは考えられない。三人組はまだ幼く、せいぜい高校生と言ったところである。それに比べて囲まれている二人組は体格も良く逆にこの二人が先の事をしていてもおかしくない。そう言った考えに思考が行き着いた瞬間、通行人は思わず足を止めてしまうのだった。
「何だか俺らがこの二人を脅してるように見えないか?」
そんな事は勿論知らない三人組の唯一の男、菊池亮平が隣に立って同じく二人組を囲む幼馴染、石川真里に訊ねた。彼とは対照的に周りなど気にしないといった風に堂々と立ちはだかる彼女がやはりそうだった事を裏付けるように言う。
「バカ、そんな事気にしててどうすんのよ。 あたしらは正しい事をしてるんだから誰が何と言おうがシカトしてればいいのよ」
全く、彼女は自分が第三者だった事をすっかり忘れているようだった。まさにこっちが絡まれて来たかのように言う。もし彼女がこの状況を周りの通行人と同じ立場で目撃したのなら、確実に中心で囲まれた状況の男二人組を助ける行動を取っていただろう。相手の立場に立つ、状況を冷静に分析するといった事が出来ない彼女らしい言葉だった。
「あのなぁ、そんな事が出来たら苦労しねぇっての」
心中で思い、しかしそれを呑み込んで(別に直に言う気もないのでそんなつもりではないが)菊池は彼女に言った。
「まぁ、あんたがそれを出来るなんて元から思ってないけどね」
彼が彼女との性格のバランスを『考えてそうしない』事など知らずに石川は鼻で笑って言った。言われた菊池も彼女が知らない事を前提で言っているのでこういう言い方をされても別段頭にくる事はない。
(あの二人、またやってるし……)
その彼らの反対側、一人で二人組の壁となるもう一人の少女、平沢あやめが心中で、しかし顔には出さずに呆れた。
(何もこんな時にまで惚気なくても……)
彼らの『あの』会話はあやめが彼らの通う平塚高校に転校して来た時からあった。転校初日、後ろの席になったクラスメイトにコソコソと聞かされたが二人はどうやら付き合っているらしい。当の二人はその事を隠しているようだが、毎日のようにあんな会話を聞いていれば言われなくても自然と判ってくる。現にあやめ自身も聞かされたその日から聞いていたが本当に毎日やっているのであっという間に理解したのだった。聞く度に苦笑いが零れる彼らの会話を、石川と仲良くなってからは特に頻繁に聞くようになった。正直、慣れてしまった。
「何だ…あいつら……」
そんな関係の三人の中心、三人に囲まれる形で立つ二人組の男の一人がキョトンとして呟いた。誰に言ったわけでもないその言葉に返事が返ってくる。もう一人の男である。
「あれがバカップルってやつじゃないのか?」
彼らの会話に対して抗体のない彼らがまともな考えに行き着く事は出来なかったらしい。最初の頃のあやめと同様に苦笑いで片付ける事に決めた。
「とりあえず」
先程呟いた男が今度はもう一人に対して呟く。
「ああ」
そのもう一人が何を言いたいのか判っているように言う。彼らの、『ここを抜け出してついでにあの二人の女を戴く』という考えは一致していたのだった。彼らの考え、もとい作戦は、勿論今一人で自分達の前に立つ女、平沢あやめを捕まえる事が第一目標である。そうなれば取るべき行動は一つだった。あやめを捕まえるだけではない、同時に石川おも手に入れようと彼らは目論んでいる。ならば二手に分かれれば簡単に捕まえる事が出来る訳である。石川側には菊池と言う唯一の男がいるが相手は子供、大した問題ではない。万が一に備えて強い方を向かわせればいい。合図に合わせて一斉に突撃し、怯んだところでどちらかの腕を掴む、軽く殴って気絶させ、人気のない所まで走って、それで終わり。何とも単純な、それでも普通に考えれば成功率の高い作戦だった。しかし彼らは考慮に入れていなかった。狙われている三人が彼らの作戦を完全に読んでいた事を。

 黒い靴は、おもむろに、歩き出した。

二人は確実にあやめと石川を狙ってくる。恐らく二人の内どちらかの強い方が石川の方に向かって来るだろう。理由は俺が近くにいるから。それ以外に理由はない。万が一に備えての事だろう。しかし向こうは俺達がこのまま特に何もしないと思っている。あいつらの作戦は対象が動かない事を前提に組まれている。ならば簡単な事だ、動いてやればいい。それもただ動くだけではいけない。相手の意表を衝くような、突拍子もない事が必要なんだ。それは何か?二人は俺達が動いてもせいぜい逃げる程度だと思っているはず。逃げられても直ぐに追いつけると思っているからだ。だったらそんな二人の意表を衝けるのは、これしかない。『こっちから突撃する』。
三人の考えも一致していた。二人組の誤算は彼ら三人が頭の切れる高校生だという事、特別仲のいい三人組だという事、アイコンタクトが通じるという事の三点だった。
「1…」
そうとは知らず、小声で合図を送る男の一人。
「2…」
そうとは知らず、小声で合図を反す男の一人。
「さ…!」
三つ目の、最後の合図が切られる前に、一足先に三人が一斉に中心に向かって走り出した。
「何だと!!」
一の合図を送った男が驚きのあまり叫んだ。
「なっ…!」
二の合図を送った男は驚きのあまり声も出なかった。
「くそっ!」
そして一人で突撃してくるあやめに向かって腕を伸ばした。とりあえずは捕まえさえすればいい。このまま彼女を捕まえて向かってくる二人に対して人質として突きつければ石川も手に入ると、即座に思った。しかし、捕まらないを大前提として作戦を組んだ彼らにすればこれは予想済みだった。
「!?」
突然、あやめが今走っていた道をUターンした。それと同時に後ろで男の叫び声がした。仲間の男の声である事は明らかだった。彼はどうやら向こうの二人に対して怒鳴っているらしいが今はあやめの方に集中していて聞き取る事は出来なかった。しかし、
「じゃあね」
その自分の脇を、石川が通り過ぎた。その顔は男二人を嘲笑っているようだった。彼女はあやめに追いつくと直ぐに曲がり角を曲がり二人同時に姿を消した。少し呆然としていた男は直ぐに我に帰ると同時に菊池が通っていない事に気付いた。バッと振り返ると相棒が追いかけているのが見える。看破した。つまりこれは、
「この…クソガキがぁ!!!」
策にはまった。それも年下の高校生の策に。
二人の男は別ルートで彼らを探す事にした。

 公園の出口に向かって、黒い靴が、足音を重ねていた。


2006/07/14(Fri)15:35:48 公開 / 明山憲告
■この作品の著作権は明山憲告さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
明山です。

第一話を更新いたしました。
其の二です。続きです。長さはコレくらいでいいのでしょうか?
とりあえずプロローグよりは長い事は確かです(当たり前だ

テスト期間中だったので更新できませんでしたが今日やっと出来ました。どうか皆様飽きず見てくださったら嬉しいです。

では、次回でお会いしましょう
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