- 『あいす』 作者:付け根 / ショート*2 恋愛小説
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全角4018文字
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原稿用紙約11.95枚
ある蒸し暑い夏の昼、僕の彼女が僕の住んでいるアパートにやってきた。無表情で色白で、一切の感情を宿さない瞳を僕に向けながら
「拾ったの。」
と、少年の生首を僕に差し出した。
まあいつものことなので、僕はホルマリンを適当な大きさのようきに入れ、その首を保存した。
「どこで拾ったの?この前は左手だったっけ。そんなにしょっちゅう落ちてるものかな?」
もう何度目になるのか、僕はその台詞を口にした。
「たまたま。」
何度目になるのか、彼女はその台詞を口にする。
僕のほうも、もう慣れきってしまっている。僕のアパートには、密封された、昔は元気に動いていたであろう人体のパーツが所狭しと乱雑している。今回つれてこられた少年の首も、今日から彼らとともに暮らす住人となったわけだ。その少年のように、首だけというのは今回で三人目だったが、歳は全てのパーツのなかで一番若いようだ。まあ、手や足で年齢を推測しているから、あくまで推測ではあるが。
「なんにしても、誰かに見つからなかった?この前なんて、警察がうちに来たんだから。部屋に入れないようにするのにどれだけ苦労したか……。」
「大丈夫。走ってきた」
僕は半ばあきらめていたが、どうやら今回もこのコレクションを隠さなければならないらしい。慣れてはいるが、面倒なことには変わりない。
彼女が最初にこのコレクションを持ってきたのは、僕たちが付き合い始めて二日目のことだった。
「拾ったの。」
そういって、おそらく女性の身体の一部であろう左手を僕に差し出した。僕はもちろん驚いた。ほんの数日前に付き合い始めた人が、僕に誰かの左手をプレゼントしたのだから。しかし僕はどうしようもなく彼女を愛していた。彼女がたとえ殺人を犯していたとしても、世界規模の指名手配犯だとしても、僕は結婚し、幸せな家庭を築こうと心に決めていた。
そういうわけで、彼女からのプレゼントを腐らせてはならないと使命感をありったけ燃やして、ホルマリンを買いに走ったのだった。
しかし、まさか次から次に彼女からプレゼントがあるとは思いもしなかった。最初のプレゼントがあった一週間後、彼女は右足を持ってきた。その三日後には左足を。さらにその二週間後には、性別も年齢も分からない目玉を持ってきた。
ガラス容器やホルマリン代は全部彼女がお金をだした。しかしそのコレクションはいつまでも僕のアパートにある。気味が悪いことこの上ないのだけれど、彼女のプレゼントを捨てるわけにもいかず、この部屋の同居人として住まわせてある。
そんな彼女が今日は生首を持ってきたわけだけれど、僕のほうもほとんど驚かない。それどころか、彼女にお茶をだして、今日は本当に暑い日だねと、普通の日常を再開する。彼女はお茶を飲みながら、無表情な顔を僕に向け、
「暑い日はきらい。」
と、返事をしてくれる。僕は彼女のその一言で幸福に包まれる。僕は彼女のすべてを愛しているのだから。彼女の一挙一動を溺愛している。彼女の言葉一言一言を渇愛している。
僕は彼女の返答に満足したので、外で何か食べに行かないかと、誘った。
「暑いのはきらい。でも、アイスクリームを食べたい。」
どうやら行く気みたいだ。今日は本当に幸せな一日のようだ。
値段が微妙に高いファミリーレストランに到着した。僕はグラタンのセットを注文した。彼女はカキ氷とバニラアイスを注文した。いつものことだ。
注文が届くまで、僕らは最近の大学での講義について話し合った。といっても、僕が一方的にしゃべるだけなのだけれど。それでも僕としては満足だ。彼女も嫌がっているそぶりも無い。
そうしているうちに食事が運ばれてきた。彼女はカキ氷とアイスを交互に食べている。本当においしそうに食べている。彼女はアイスが大好きなのだ。
彼女をじっと見ていると、やがて視線に気づいたのだろう、スプーンを僕に差し出した。どうやら僕がアイスを欲しがっていると思ったのだろう。そこにはアイスとカキ氷がのっていたので、食べろという合図なのだろう。
「食べていいの?」
僕は野暮ったい質問をした。もちろん確信犯である。
「はやく食べて。じゃないと私が食べる。」
彼女の表情は変らない。でも僕はその微妙にはずかしさをはらんだ声色を聞き逃さない。僕は彼女の勇気ある行動に甘えることにした。アイスとカキ氷は合わせてもイケルということが分かった。
彼女は感情をほとんど表に出さない。たとえ出したとしても、よほど注意して見ない限り分からないほど薄いものだ。僕も付き合い始めの頃はあまり気づけないほどだった。しかし今はどんなに些細なものでも見逃さない自身がある。なぜなら僕は彼女をどうしようもなく愛しているからだ。
僕は彼女よりも先に食事を終えた。彼女はちょうど折り返し地点である。またじっと彼女を見ていると、もうあげない、と彼女は言った。
彼女の死体コレクションにはある共通点がある。そう彼女が話してくれたのは、僕が彼女と付き合い始めてから2ヶ月が過ぎ、僕のアパートの同居人が二桁を超えたあたりだった。僕はその共通点を探そうと、そのコレクションの数々を眺めた。しかしこれといったものもない。同居人は一つとして同じような形はないのだ。僕は観念して彼女に聞いてみた。
「どれもばらばらだよ、二重の意味で。共通点なんてあるのかい?僕にはいまいち分かりかねるな。」
そういうと彼女は、
「そう。」
と、一言だけ言ったあと、彼女は、アイスが食べたいと続けて言った。
今でもその共通点は分からない。きっと彼女なりの美学があるのだろう。でもまあいい。これから分かっていけばいいのだから。
そんなふうに過去の回想をしていると、どうやら彼女は食べ終えていたようだ。僕はもういいのかいと尋ねた。彼女はもういいと言った。今日は本当に本当に幸福な一日だ。
帰り道、彼女は用事があるといって、僕の部屋の前で別れた。一体どんな用事なのだろうか。
僕は彼女を愛している。これはどうやったって変えようの無い事実だし、真実だ。だから彼女の喜ぶ姿を見られるのなら、なんだってするつもりさ。一体何度目の自問自答だろう。でも何度確認したって答えは同じ。なぜなら僕は彼女を愛しているのだから。
次の朝、彼女の声で目が覚めた。どうやら今日は朝から暇をしていたらしい。化粧っけのない彼女の顔は、透き通るような白。真っ白な雪をどう生物に融合させたのか、神様はやはり全知全能らしい。そんな彼女の顔を見ていると、
「アイスを食べに行きましょう。」
と彼女からのお誘いが来た。予定も無いのでさっそく準備。まあ、断るようなことは、僕が今すぐに死んで生き返って蟻なって踏み潰されたってありえないことなのだけれど。
昨日とは違う、今回は喫茶店でのアイス会。といっても僕はアイスを一つ。彼女は3つ。彼女はなぜか、どんなにアイスを食べたって太らないのだ。特に病気をしていると言うわけでもないのだから不思議だ。本人曰く、
「アイス好きの才能。」
だそうだ。他のお菓子類ではまだ試していないらしい。彼女はアイス以外は甘いものを食べないのだ。
僕は早々とチョコミントを食べ終えた。チョコミント以外のアイスは邪道だと思う。でもそれは彼女には言わない。絶対に、怒ると思うからだ。
彼女の好みは、未だによく分からない。死体コレクションも彼女なりの好みで選ばれているはずなのだが、いまいちそれがのみこめない。
「あげる。」
彼女がスプーンを差し出してきた。彼女のスプーンはまだ温かかった。
帰りがけ、彼女が今日はうちに泊まると言い出した。こんなことは珍しいことではなかった。彼女は時々、自分のコレクションを夜の月明かりで眺める。そうしているときの彼女の表情は、薄く微笑んでいるのだ。僕はそれを見て、これ以上ないというほどの幸福感に包まれる。包み込まれるのだ。
夜、彼女はいつものように月明かりでコレクションを観賞している。そのとき彼女が言った。
「共通点、気づいた?」
どうやらずっとそのことを考えていたらしい。僕の目をしっかりと、ひんやりと、あたたかく見つめる彼女の眼が、そう訴えかけてくる。しかし僕に答えられるわけも無いので、正直に分からない、と返事をした。彼女はそう、とだけ言って寝てしまった。僕は答えをはやく見つけなければならないと、いまさらながら焦った。
次の日、彼女はもう出かけてしまっていた。これも珍しいことではない。僕は今日一日、共通点について考えてみることにした。
長く考えているうちに、ある仮説を思いついた。さっそくそれが正しいかどうか、試してみることにした。考えてみれば、これ以外になかったのだ。
夕方、彼女が一人の少女の顔を持ってきた。僕は当然慣れていたので、ガラスの容器を用意し、ホルマリンを入れて、首を保存した。
「気づいてくれた?」
彼女は言った。わずかに、その吸い込まれるように深い色をした彼女の眼に期待の色が宿る。
「ああ、分かったよ。」
僕は満面の笑顔で答えた。
「今まで持ってきてくれたパーツは全部、僕がばらばらに殺した人たちのうちの、僕の指紋がついていたものだったんだ。」
そう。僕が今まで趣味で殺してきた人には、一箇所だけ僕の指紋を残すようにしていたのだ。なんと彼女は、その一箇所を的確に選び取ったのだ。僕と彼女は通じ合っていたんだ。彼女は、太陽のような、なんて表現が陳腐に思えるような満面の笑顔を僕に向けて言った。
「やっと分かってくれたんだ。」
僕は彼女を愛している。彼女は僕をこんなにも愛してくれていたんだ。僕が触れたものを、自分のものにするほど。僕と彼女はどこまでもつながっているんだ。
僕と彼女は愛し合っているんだ。
僕と彼女は愛し合っているんだ!
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2006/05/22(Mon)21:36:12 公開 / 付け根
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