- 『無題』 作者:Srik / ファンタジー 未分類
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全角6113.5文字
容量12227 bytes
原稿用紙約20.6枚
ある日、一人の少女が一人の少年の死体を見つける。その残滓のようなナニカと会話し、望みを聞いた少女が少女なりにその望みに答えるように行動を開始する……というお話。
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鉄筋コンクリートで造られた一つのビルがある。窓は割れ、壁は所々ヒビ割れている。使われなくなって久しいのだろう。漂う空気に生活感はなく、ただ冷たい。
そのビルの一室。
やや暗く、じめじめとした場所に、一つの死体があった。
それは少年の姿をしていた。入り口から見て真正面にある壁によりかかり、足を投げ出して座った格好で、その左胸――ちょうど心臓の辺りには一本の黒い棒が生えていた。その根元からは血が流れたのだろう、床には紅い染みが広がっていた。
そして、その様を静かに眺める人影が一つある。
それは死体と同じ年頃の少女だった。
少女は目の前の光景を見て吐息を一つ吐き、
「こりゃまた良い所を見つけたもんだね」
言った。
部屋を一通り眺め、少女は死体と自分の間、染みの上を見据えた。
一呼吸分の時間を使い、少女は見たいものに焦点を結ぶ。
「間に合ったか」
少女が視ているのは個人が死体から幽霊へと変わるまでのほんの少しの間にだけ視ることができるナニカ。少女はそのナニカを常に人の形を象ったモヤとして認識し、今もそう認識していた。
少女はそれに死体の――知人だったものの面影を重ねながら呟いた。
「どうして死んだ……?」
それはモヤへの問い。
答えはすぐに返って来た。少女の頭の中に、少女の知る言葉に変換されて響く形で。
『自分に価値が無いということに耐えられなかったから』
その答えに少女は軽く目を見開いて驚き、すぐに眉根を寄せた。舌打ち一つで表情を戻し、言う。
「君が望んだのはただ終わるだけの終わりか? そんなもの、今の世のどこにも無いぞ。君は明らかに未練を持っていて、故に俗に言う幽霊となる。終わることが望みなら終わらせてやるが?」
しばらくの間をおいて、モヤはゆっくりと首を横に振った。
少女はわずかに微笑み、そうかと頷いた。
「ならいい。その代わりでは無いが、君の望みを聞いてやろう。何かあるか?」
『私のことを伝えて。私のことを知る人に』
「ああ、わかった。伝言サービスもあるがどうする?」
少女の笑みの問いに、モヤは首を横に振って答えた。
少女はしばらくモヤを眺め、そして同じ時間死体を眺め、踵を返し歩き出した。
その時だ。
『君はいったい何物?』
少女の頭にモヤの問いが響いた。
少女は驚愕の表情で振り返り、モヤを見た。
「さしずめ、君の先達といった所だ」
その表情のまま口元に笑みを浮かべ、その場を後にした。
少女はその足で死んだ少年の家へと向かっていた。
少年を知る者ですぐに思い浮かんだのが家族だったからだ。
少年の家はビルのあった地区から少し離れた住宅地にある。少女はその中の家々の間にある路地を歩きながら、どう伝えたものかと思案を巡らしていた。
いきなり『あなたの家族は死にました』などと他人に言われたら、どんな反応を返すか。想像できる分かなりイヤなものがあった。
「……ホントどうするかね」
少女が溜め息混じりにそう呟いた時だ。
「何やってるんだ、赤野?」
少女の背に声がかかった。
名前を呼ばれた少女――赤野は首だけを動かして後ろを見て、一人の少年を認めた。
「……三島くんじゃない。どうしてこんな所に」
赤野は驚いたように呟いた。
「俺の家はここらにあるんだよ。というか、それはこっちのセリフだろ。赤野の家はここらじゃねぇよな。何でまたこんな何にも無い所に来たんだ?」
赤野は本当のことを言いそうになり、一瞬思案して、
「いやー……ちょっと、佐山くんの家にね。最近学校来てなかったでしょ、彼。気になって」
言いつくろった。
三島はその言葉を疑わず、なるほどと納得。
「そういやもう随分になるな。でも、あいつ家には居ないみたいだぞ、今」
「……え?」
「昔からの癖みたいなもんでな。あいつ、家出まがいのことしてやがるんだ。今回もそうだろうと思ってる」
それにしても随分長いが、と三島は付け足した。
赤野は一瞬渋い顔をしたが、すぐに表情を戻して、話題を変えるように尋ねた。
「三島くんって、佐山くんと仲が良かったんだ?」
「ん? まぁ、それなりに。腐れ縁でな、付き合いだけは長い。そのせいか、佐山の親御さんから電話がかかってきたりもした。随分心配してたぜ。いったい何やってんだか」
三島はやれやれと肩を落とした。
赤野はそれを見て驚いたように言った。
「もしかして、彼を探しに行った帰り……?」
「……まぁ、気になるしな」
「そう……」
「? どうした? なんか暗い顔になってるぞ」
三島が俯き黙り込んだ赤野に声をかけた。だが、赤野は応じることなく黙りこんだままだ。
「……」
その行為のあまりの長さに三島が首を傾げて顔に疑問符を浮かべた時だ。
赤野は弾かれたように顔を上げた。
「うおっ。何だ、どうした」
赤野の頭を覗き込むようにしていた三島は驚いて跳ね退いた。
「三島くん」
「な、何だ?」
赤野は一息の間をおいて、ゆっくりと言った。
「私ね、佐山くんらしき人を大通りで見かけたよ。幽霊通りに入っていく所まで、見たんだ」
「ホントか、それ!?」
三島が赤野の肩を掴んで聞いた。
「嘘じゃないよ。そこに行ったのは、嘘じゃない」
赤野は三島の目を見据えて言った。
三島はそうか、と何度か呟き、やがて赤野の肩から手を離した。
「この情報をどう扱うかは君に任せるよ、三島くん」
「あ、ああ……。ありがとうな、赤野」
「こちらこそ。そして……ごめんなさい」
「は……?」
「気にしないで。じゃあ、私は帰るから。また学校でね、三島くん」
赤野は三島の肩を軽く叩き、三島の後方へと抜けた。
その背に、三島は振り返って言った。
「赤野。知らせてくれて、ありがとうな。また学校で」
赤野はそれに手を振って応じ、足早に去って行く。
「礼を言う必要は無いさ。……まったく、私も残酷な事を思いつくものだ」
呟きは空気に紛れて、誰の耳に留まることなく消えた。
陽が落ちて、街を色とりどりの街灯が彩り出した頃。
赤野は佐山の死んだビルの屋上の縁に座ってビルの前の路地を見ていた。
路地は光が乏しく薄暗い。しかし、何があるか程度は見える暗さだ。
「……」
だから、今その路地を駆け去る一つの人影があるのも捉えることができた。
その人影が視界から消え、足音の残響も聞こえなくなると、赤野は立ち上がった。
その背に声がかかる。
「契約は履行されたか、赤野千代?」
赤野は背後を見て、暗闇の奥に一つの人影を認めて視線を路地へと戻した後、言った。
「そんな大層なものではないさ。そろそろ潮時だと思っていてな、ついでだったんだ」
一息。溜め息を吐くことで間を空け、
「……で、何の用だ、監視者殿? 群体の結論でも告げに来たか」
「定時報告は一日の終わりでね。あいにくと、君のしでかした事はまだ上に知られていない。……報告しないでくれ、って頼んでみるかい?」
赤野はまさかと笑い飛ばし、声の響く方を見た。暗がりの中には一人の青年が立っている。顔の細かな造りは見えないが、口元に苦笑が浮かんでいるのが見えた。
「言った所でどうにもなるまいよ」
「ま、確かにそうだが。あんたが足掻く様は面白そうだと思って、ちょっと提案を」
「処分はどうなると思う、監視者殿?」
「うちは結構悠長だからね、除名程度で済むと思うけど」
無理に区切ったように言葉を止めた青年に、赤野は笑みを向けた。
「けど、と言うからには続きがあるのだろう? 言ってみなよ。今の私はとても寛大だ。どんな失礼な質問でも笑って答えてやれると思えるくらいに、な」
だから言え、と赤野は付け足した。
青年は苦笑した後、言った。
「なぜ禁忌を犯したんだ、赤野千代?」
畳み掛けるように、早口で付け足す。
「あんたも知っている筈だ。動物の死に関ることが暗黙の了解、禁忌であり、どの群体もそれを犯した者に対してやり過ぎだと思えるくらいの処罰を与えると。それが判っていながら、なぜ?」
まぁうちは違うけどさ、と言い、青年は答えを待った。
赤野はしばらく青年の答えを待つ姿を眺めて、苦笑を浮かべた。
「マジメだな、監視者殿。マジメだから判らないんだろうな、きっと」
「はぐらかすのは止めてくれよ?」
赤野はそんなことはしないさ、と笑い、言った。
「簡単な話さ、監視者殿。やりたいと思ったからやったんだ。私はフマジメだからな、時々決まりをやぶりたくなる」
「もしかしたら……いや、もしかしなくても極刑に処される可能性があるのに?」
問う声には驚きと――多分に呆れが含まれていた。
赤野はそれに笑みを深めて、ああと頷いた。
「……バカだな、赤野千代」
「バカって言う方がバカさ。そもそも、その意義を忘れられた禁忌など、意味の無い決まりさ」
「……どういう意味だ?」
「その意味は自分で考えな。私の捉え方を伝えたところで理解できまい。できたとしても一部だけだ」
赤野は意味が無いことはしたくない、と付け足し立ち上がった。伸びをして、青年と向き合う。
「他に何か聞きたいことはあるかい、監視者殿?」
「……いいえ」
「そうか。一応女だからな。体重の話でも聞けば良かったのに。女に体重を聞いて素直に答えてもらえるなんて、けっこう稀有な体験だと思うんだが?」
「普段女性と関らないもので」
「なるほど。この状況も珍しいのか」
赤野は屋内へと続く扉の方へと歩き出した。扉に手をかけたところで、何か思いついたらしく、足を止めて青年を見た。
青年が首を傾げた。
「そういえば聞き忘れていた。ここでは結論が出るのにどれくらい時間がかかるんだ? いつ頃来るか判っていた方が心構えが出来ていいんだが」
青年はしばらく首を傾げて考え、言った。
「明日の朝。あんたが学校とやらに行く前までには出るだろうよ」
赤野はそうかと頷き、扉をくぐった。
その背に、青年の問う声がかかる。
「で、あんたの体重っていくらなんだ?」
「バーカ。答える訳がないだろ。一応女だぞ、私は」
赤野は閉まっていく扉の向こうに立つ青年に笑って言った。
死体を見つけたその翌日。
赤野は終礼の後、学校の屋上へと出ていた。
扉の脇、扉が開いても当たらないようなところに腰を下ろして、朝方に監視者の青年から手渡された新聞に目を通していた。地方の、無銘の新聞だ。群体に属していない同類が出しているという話だった。
「……?」
赤野はその新聞の記事の一つにチェックが付いていることに気付いた。それを読み、赤野は吐息を一つ吐いた。
「……あれも余計なことをする」
やがて扉が音を立てて開き、一人の少年が出てきた。
「やっと来たね、三島くん」
「悪いな、わざわざ来てもらったのに遅れてきて」
三島は赤野と反対の扉の脇に座り込んだ。赤野からは扉の前にある階段に隠れて三島の姿は見えない。
そして、何の前触れも無く、呟くように言った。
「……あいつは死んでたよ」
「見に行ったんだね、知らせる前に」
三島はああ、と力無く頷いた。
「そしてすぐにあいつの親御さんに知らせた。二人とも悲しんでた」
「そう」
三島は溜め息を吐いた。
「なあ、赤野。あいつが何で死んだのか判るか?」
「何でそんなことを私に聞くのよ?」
赤野は苦笑して聞き返した。
三島は少し間を置いて言った。
「お前なら答えてくれそうな気がしてな。俺以外にあいつを気にかけたお前なら」
赤野は佐山だったモノからその理由を聞いていたが、
「……私にも判らないよ、そんなこと」
そう言った。
三島はそうか、と何度も呟き、溜め息を吐いた。うなだれ、頭を下げた。
「……悪かったな、赤野。時間をとらせた。用事はこれだけだ」
「別に謝る必要はないよ。知らせてくれて嬉しかった」
赤野は立ち上がり、階段の陰に座る三島を見ようとして――見れなかった。やり場の無くなった視線を空に向けた。ただ最後に聞きたいことだけを聞いた。
「三島くん。死体を見つけたことを後悔してる?」
答えはすぐに返って来た。多少の震えを伴った声で。
「いいや。……人から知らせられるよりは良かったと思いたい。いずれ判ったことだしな」
「そっか」
赤野は階段を上がり、扉を開いた。そして、今度こそしっかりと三島を見据えて言った。
「私ね、明日よそに引っ越すのよ。急な事情でさ」
「……」
「だから、今しか言う機会が無いと思うから言っとく」
一息。
「彼は望むことを成しただけ。だから、あなたも望むことを成して。あなたにもそんな力がきっとあるから。……きっと、彼もそのことを望んでると思う」
「……そう思うか?」
「ええ、少なくとも私はね。じゃあ」
赤野は扉をくぐった。
扉がゆっくりと閉まっていき、その動きに合わせて、大きく耳障りな音が響く。
赤野はその音に紛れて泣き声が聞こえた気がして、何か声をかけようとしたが、
「……っ」
歯を強く噛み、何も言うことなくその場を後にした。
その夜。
赤野は駅のホームにある席に座っていた。三島には引越しだと言ったが、実の所は追放されてここに居られなくなっただけだった。予想していたことなので、特に気落ちすることもなかったが。
「……後味が悪いんだよな。いつもそうだが」
赤野は溜め息を吐いた。
と、その横に一人の青年が座った。
赤野は視線をやり、呆れたように溜め息を吐いた。
「今更何の用だ、元監視者殿」
「見送りだ。……何だ、その目は。嘘じゃないぞ。見届けろという指示があったんだ」
「わざわざ出てくる必要はないだろ」
「出ちゃいけない訳でもないからな」
「……そうかい。あー、早く電車来いよ」
赤野は脚を組み、膝の上に頬杖をついた。
二人は何か会話をすることもなく、静かに時間は流れ、やがて騒がしい音と共に電車がホームに入ってきた。
赤野は無言で立ち上がり、足元に置いておいたバックパックを肩に担って電車へと歩き出した。
それを追うように青年も立ち上がり、歩き出した。
赤野は電車に乗り、扉をくぐってすぐに振り返る。
目の前には青年が立っている。
「気持ち悪ぃな、お前……。誰かが見たら勘違いされるだろうが、離れろよ」
赤野は三白眼で青年を見た。
「最後に一つ聞いてもいいか?」
何の脈絡も無く言われた言葉に、赤野は反応できなかった。
「いいか?」
青年が催促するように言い、赤野はしぶしぶといった感じで頷いた。断ってもしつこく言ってきそうだからだ。
「何でわざわざ死に触れ、その後を担おうとするんだ? 本当のことを言うこともできないし、さっきも言ってたように後味の悪いものなのだろう?」
「お前、聞いてたのかよ、独り言。趣味悪いな……」
「何でだ?」
入ってきた時と同じ音が響き、扉が閉まる。
その間際、赤野は目を伏せ、笑みを浮かべてぽつりと言った。
「私が気に入ったからさ、そいつのことを」
赤野は伝わったかね、と思い、前を見た。が、既に青年の姿はそこには無かった。
「……変な奴だったな」
感慨深げに呟き、手近な席に座る。窓の縁に肘を乗せ、頬杖をついた。
既に電車は走り出し、景色は流れていた。
「何年だっけね」
自分が住んでいた町。その見慣れた風景が流れていく。
赤野はそれを見ながら、次は何があるだろうか、と考えていた。
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2006/05/16(Tue)16:23:07 公開 / Srik
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■作者からのメッセージ
初投稿です。始めに書いた紹介みたいなのはあれでよかったのか良く判りませんが、正直何書けばいいかよくわから(略)。
まぁそれはともかく。
これを読んで、これに目を通してくださっている方には本当に感謝を申しあげます。読むことに費やした時間が無駄だったと思われなかったなら幸いでございます。