- 『おはようが鍵になる(現在4章)』 作者:ZOX / リアル・現代 未分類
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原稿用紙約125.75枚
現実、日常、日々。どんなことにも興味をもてない少年は鍵となる少女と出会い、日常は動き出した。
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おはようが鍵になる
つまらない。
くだらない。
面白くない。
なんにかんしても深い関心をもてない。
これ以上の苦痛はないというぐらい何も面白くない。
普通に生まれ、幼稚園に行き、小・中も同じことの繰り返しだった。高校に入学した今でもそれは変わっていない。
そんな高校生活も1年が過ぎ、クラス替えの時期がやってきた。1年のときも今まで通りおもしろいやつはいなかったし、面白いことも起こらなかった。
今までに何回か親の都合で転校したこともあった。その何回かの転校も転校前と変わらない。
自分の興味をひく人は現れなかった。自分自身もおもしろくないやつだとは思っていない。だから余計むなしい。余計に悲しくなって自分が惨めでしょうがない。
それでも友達はいる。彼女はいない……いやいないんじゃなく必要ない。
みんなの前では普通の姿で、こんなことを考えていること悟られたりはしない。
おもしろくもない友達をつくった理由、それはみんなにも友達がいるから、1人になるのが嫌だからみんなに自分に友達がいるって言うため。見せ掛けのもの。
別に友達がいなくても孤立してるとか1人で寂しそうなんて思われないならたぶん友達なんて作ってない。それに僕は1人のほうがむしろ好きだと思う。
周りに、人にあわせて服装や話をあわせるのなんてくだらなくてしょうがない。だけど周りの目が気になるからそれを我慢してあわせたりする。
キゲンをそこねて友達を失わないように相手のゴキゲンをとりつつみんなにほぼ平等に接し、自分にデメリットが少ないように生きているつもり。
だから本当の自分は見せない。こんなことを考えているのを知ってるのは自分だけ。いや、知られてはいけない。知られれば
今まで作り上げてきた僕は壊れ今の状態がなくなってしまうだろう。それがとても怖く恐ろしかったから。
麻環高校2年1組、出席番号8番、木葉新二(コバ シンジ)16才
これが一応自分が生きていくために現在必要な個人の情報。今まで作り上げてきたみんなからも少しは頼りにされるような自分、僕。そう、この木葉新二は今までの僕のやってきたことの結果、成果そのもの。
だけどコツコツつみあげて、大人になって親からも、学校というものからも離されるのに、なんでこんなことしている僕がいるのかがよくわからない。
面白くない、くだらないと言っているくせになんでこんなことやっているんだろう?
この矛盾といえるかどうかよくわからない今はこう表すことしかできない矛盾≠ェいつも頭に引っかかる。
たぶんこの矛盾、疑問が今一番自分なかで興味があるものと言える。それ以外は何もない。からっぽそのものの自分。
やっぱり頭のどこかで考えていたとおり、本当の僕はとても弱くて、それこそおもしろくない、くだらない人間だった。
どうせまた面白くない1年間という苦痛を過ごすのだろうと思いながらクラスをかえた初日、教室へ行き、席へ座る。
「おはよう」
初めは何も思わない、興味をもたない他人の言葉。だけど―――
いつからだろう? この隣から聞こえてくるおはよう≠ェ
自分の求めていた1番の興味、面白さ、そして矛盾を解く鍵になったのは。
1章 An encounter with unrest.
「おはよう」
隣からまだ聞いたことないような鮮やかな、今まで聴いたことないような、すこし耳にするだけで振り向いてしまいそうになる声が席の隣からした。
もうすでにその時から少しずつひかれていたのかもしれない。その後どうなるかも知らずに、いつもと同じように見せかけの自分を出す。
「あぁ、おはよう」
少し笑顔で挨拶を返し、またこのクラスで木葉新二を作り上げていくのか、と考えながらカバンを机の横にかけ、教科書をしまう。
今までの木葉新二はこの後初対面の人にどう接するか? と毎回始めてくる環境での自分の作り方を頭の中で考えながら座る。
「君、前5組だった木葉君だよね?噂はきいてるんだ。よろしくね」
また隣からあの声がする。でもさっきより冷めたような感じがした。どうでもいいことだがそんなことをつい考えさせられてしまい、さっき考えてた自分の作り方を忘れてしまう。
そのことでめずらしく、いや初めてかもしれない。すこしいらだってきた。なんでこんな女に自分の考えを邪魔させるんだ? 今まで作ってきた木葉はこんなものか? もっと頭ではいつもの自分になれ、
こんなこと考えているのは見せかけの自分だけで十分だ。考えるな。どんどんいらだっていく。
「木葉君?私の名前しってる?」
女―私―そのキーワードを聞いているうちにはじめて気がついた。あの声は女性の声。今まで平等に接してきて、男女差別なく
やさしく接してきたはずなのに、初めて女と認識させられたのだ。
また自分が悔しくなってしまう。なんでこんな女≠ノ……
僕を邪魔させられているんだ? このままでは今まで作り上げてきた木葉新二が壊れてしまう。
だからあの声がもう一度聞こえる前にチャイムがなる前だというのに計画的な僕が時計も見ずに席を立ち、周りの目も気にせず走って教室を出た。
いつもは周りの目を気にして、突然勢いよく席を立ったり、急いでドアを開けろうかを走るなんて事はなかったのに。後から何やってたの? 何で走ったの? なんて
めんどくさくて無意味な質問を興味もない仮の友達に聞かれないように。
だけど走ってしまった。そしてろうかをしばらく走って急ぐように屋上へ行く。顔が熱い。それに汗もかいていた。いつもきれいな制服も走ったおかげでしわになっている。
今まで通りの木葉新二にもどろうと胸を撫で肩を下ろす。ちょうど落ち着いた時、チャイムが鳴った。そして完全に正気に返った。
「まずい……!」
なんでだろう普段1人のときは頭の中でしかしゃべらないのに。声が出てしまって、またさっきと同じように心臓が焦る。
どうしてだろう? 今まで計算しているかのようにうまくいっていたはず。でもそれが今での事になってしまいそうでまた冷や汗が出る。むしろ恐怖さえ感じた。
やっと息を切らしながらドアをあけた。入ったときはじめてみたのは先生の怒り、ではなくめずらしいという感じの目線。首を先生の横に向ければ、意外、遅刻かよ、という目、声。
あの僕を邪魔したことになっている女もクスクスと笑っている。これ以上に恥ずかしい、悔しいと思ったことはない。
「木葉か。どうした? 腹でも痛くなったのか?」
聞かれたことなかった質問。なぜなら以前の木葉新二はチャイムがなる10分前には席に着き、机には1時間目の授業に必要なものを置いて、静かにまっているからだ。
遅刻は人生で1回目。初めてだった。あの女におはようといわれてから何回人生での初めてに出会っただろうか? それも1日で。
「はい……保健室に行ってました。遅れてすいません」
先生に頭を下げて、顔を赤らめながら席に着く。朝の会が始まった。何事もなかったように。
これでいい。本当の僕が創った木葉新二はこういうやつじゃなくてはいけない。
そのはずだった。安心したのに、
「……木葉君おなか痛かったの? 私にいってくれれば先生に伝えてあげたのに。
急に教室出ていくからビックリしちゃった。おもしろい人だね木葉君って」
まただ。あの初めてこの女に話しかけられたとき、ろうかを走ったとき、その時に感じた心の乱れ、心臓の焦りがまたやってきた。
この女がこのよくわからない動揺のスイッチなんだ。そう思った。
だが先ほど言われた言葉を頭の中で考えてみる。今までの木葉新二ではおもしろいなんてよく言われていた。
言われても別に通常の反応をしていた。しかしよく考えると
あの女は僕の焦っていた今までありえることのなかった木葉新二いや、たぶん本当の自分をおもしろいと言っていることになるんじゃないか?
ありえない、あくまで自分の考えだが本当の自分はくだらない、よくわからない矛盾を唯一興味を持ち、
それをどこかで探しているようなほかのみんなとは違う周りの目を気にして、仮の自分を創らなくてはやっていけないような惨めで情けない人間だ。
なのにその僕がおもしろい? 頭がこんがらがってしまう。
もはや疑問と驚き、動揺しかない。すっかりこのクラスで仮の木葉新二を創る計画なんて忘れて。
「木葉君? 返事してほしいなぁ。私の名前は川口唄(カワグチ ウタ)。改めてよろしく」
手を差し出された。今度は考えることすら忘れて、今までにないほど顔を赤くし、
「よろしく」
と、あの澄んだ声の女性が差し出した手に触れる。なんでだろう?普段何も感じず触っていた人肌が、
やわらかい。
そう感じてしまった。また悔しくなった。でもさっきとはちがう悔しさという感じがした。だがまた僕は気がついた。
そう、あの声に対する目、意識が女から彼女に変わっていた事を。
今日は本当におもしろくない日になりそうだ。
思い出せば苦痛でしかない。考えすぎて頭が疲れてしまうくらいに。なんだろうか?この今まで感じたことのない感覚は。
クラス替え初日、木葉新二は完全に壊れてしまったといえるだろう、彼女の前では。
ほかのやつらの前では今まで作ってきた木葉新二だが、以前なら本当の僕は1人のときにしか出てこないのに彼女の存在のおかげで彼女の前だけ本当の僕がでてしまう。
引きずり出されているっていったほうが的確だろう。
なんでだろう? 僕は今まで感じたことのない恐怖を覚えた。
計画、考え、そして自分自身が壊れていっている。これは一生の不覚になるだろう。そう確信した。
こんなことを考えているとまた彼女からの不意打ちが来る。
「さっきからしゃべらないね。ほかの子とは話してるのに。私のこと嫌いなの?」
違う。ほかのやつらとは違うんだよ。あんたが。だから今まで通りの木葉新二が通用しなくなっている。嫌いとかそういうものじゃなく、対応ができない。
まるで赤ん坊が始めてみるものに恐怖を感じるようにどうしたらいいかわからない。だからやはり逃げるしかない。本当の臆病な自分を出すしかない。
「いや嫌いとかじゃなくて、その……」
言葉にならない。
「?」
今気がついた。しゃべったら負けてしまう。そうだ、よく考えろ。
今までの木葉新二がダメなら新しく対応できる自分の器を作ればいいだけのこと。
だけど、どう考えていても仮の自分ではなく本当の僕で接することになってしまう。仮がつくれなくなった。封じられてしまった。
これは餓鬼の時、学校の馬鹿馬鹿しさを語っていて突然先生がきて本当の僕がバレそうになった時、近所で道を聞かれたとき、
偽善者ぶるために知っているとウソをつき偽の道を教えて後悔したときよりも追い詰められている。
また人生で初めてのことが今、ここで、彼女のせいで起きてしまった。
もはや無視するしかないのか? だが、それは彼女だけではなくほかのやつらにも影響が出る可能性がある。彼女を大切に思うものや、親密なものに彼女を無視することで嫌われてしまうということだ。
だからどんなに気に食わないやつに話しかけられても無視なんてしたことはなかった。
明らかに此方に負が大きすぎる。僕のやりかたではない。
ありえない……
汗が流れてくる。またこんなことしていると彼女の奇襲が来てしまう。
次の対応を考えよう。後で後悔してもしょうがない。
だからこそ木葉新二を創れ! 心の中で叫ぶ。だが選択肢などはない。こうなったら。とふっきれた。この女、彼女の前では本当の僕で対応するしかない。
そうさ、深く考えることはない。世の中広いんだ。こういう状況におかれてもおかしくはない。本当の僕で彼女をうまく対応すればいいんだ。それでまた新たな木葉新二は誕生する。
「ちょっと考え事してただけだから。気にしないで川口さん」
手にも汗がでてきていたがこらえて平然としているふりをして話しかける。
「そっか。あ、川口さんじゃなくて唄って呼んでね? 重苦しくて嫌だから」
普通の対応といえるだろう。だけどこれほどこういう会話が成立して素直にうれしいと思ったことはなかった。うまくいった。成功した。喜びが頭の中をよぎっていく。
また気がついた。彼女は今まで自分の求めてきた矛盾と疑問の答えを解く鍵なのかもしれない。
おもしろくないと思っていた日々、人生、自分を変えてくれるんじゃないだろうか?そんなことさえ思えた。
周りから見れば普通のこと。それがおもしろくてしょうがない。これは……目の前に可能性が出来た。
たしかに苦痛だった。頭も疲れた。だけどそれを背負うのに値するくらいおもしろかった。
人生でまたとないチャンスだ。そう感じた。だったらすることは1つ。自分の答えを解くためのカギが目の前に落ちているんだ。
だったらそれを拾うために全てを賭けてみよう。
明日はいつもよりおもしろくなっているはずだ。確信した。その喜びと確信を胸に。
ベットに横たわった。明日が遠足でそれをまちわびている子供のように笑いながら。
僕、木葉新二は常に自分を守る術や、偽りの自分の作成方法を考えている。なぜなら、僕はずるい生き物だから。弱い生き物だからだったから。裏切られ、周りに見放されるのが怖い。だから偽ってでも周りとの関係を保ってきた。
だが、そんなこと考えてすごしているクセにそれが死ぬほど退屈で、苦痛だった。
僕はそんなことやっている自分がバカらしくていやになっていた。それでも偽りの自分を創るのはやめない。これが矛盾ってやつだろう。
どうしてくだらないと思っていることをやり続けている自分がいるのか? これが矛盾であり、疑問だと僕は考えている。
しかし、ただ日常をそうやって過ごすだけでは何にもならないと考えていた。誰かにもっと本当の自分を見せ、解決できる策を増やすっていうのも頭にはあったが本当の自分を見せる勇気はなくただただ日常をおくっていたわけだが……
高校2年のクラス替え初日。僕は見つけたんだと思う。あくまで自分の考える可能性を。
川口唄。僕の隣の席の女子。彼女を見つけた。最初はやはり、対応しきれなく意味もなく動揺していたが、
僕はこう考えた。彼女は僕の矛盾、疑問を解決するための鍵なのではないか? と。その可能性を感じたとたんに僕は今までにないくらい心が舞い躍った。まるで餓鬼の頃に帰ったみたいだった。寝るのもままならぬくらいに。
そう、あの「おはよう」が鍵になるんじゃないかと。
だからベットで考えていた。どうやったらあの彼女をうまく鍵として利用できるかを。
人をもののように考えるのは多少気が引けるがそれよか僕の疑問を解決するのを優先したい。この退屈で、偽りの自分を創り続ける日常が終るかもしれない。だとしたら僕はこれ以上はないこのチャンスを見逃せない。いや、見逃したくないんだ。
どうすれば彼女は僕の鍵になるのか、それを考えるのだが難しいものだ。いつもの木葉新二では対応できないのが事実。あの時はかなり動揺していた。となるとやはり本当の自分で挑むしかないわけだがこれは危ない方法だ。
周りのやつらには本当の木葉新二は見せたくはない。これまでの木葉新二でいい。つまりは彼女の前でだけ本当の自分を出す必要がある。
だがこれは難しいというのが事実だろう。1人の人にだけ違う反応で接することはやったことがない。今までは老若男女平等に接してきたつもりだから初めてのことになってしまうわけだがかならずうまくいくほど自信はない。
ここからはある意味ゲームと言っていいだろう。鍵をつかって最後の扉を開き、GAMEOVERこれが攻略する順序であり目標だ。
でもまぁとりあえず様子を見るしかない。
だがそう思い通りに事は進まないと思える。なにせ今までやったことないことばかりをすることになる。
どこでつまづいて、どこでコケるか。それで違う意味でGAMEOVERなんてたまったもんじゃないだろう。
慎重にやる必要がある。だけどやろうとする気に変わりはない。ある意味これは賭けだ。僕の人生でまたとないであろうチャンスを取るか、逃すか。逃がしたくない。ここで逃せばこれから先あの日常を過ごし続けることになる。そんなの冗談じゃない。
今までこんなに何かに期待したことはない。ならやれるだけやってやる。
後悔を残さないために。
そんなことを考えつつ僕は家を出て電車にのった。
2章 Daily life to change.
朝の通勤ラッシュだ。相変わらず人だらけ。一人でいることの方が好きな僕からいわせれば邪魔な物だ。毎日同じ風景。違うのはその邪魔な物の動きだけ。
僕は変わっていない。毎日同じ券売機で切符を買って同じ駅の場所で待って、そして同じ車両の同じドアから入る。さすがにつり革や椅子までは人の動きによってかわるが、そんなことはどうでもいいし変わったところで何も得られない。
だからおもしろくない。人と接しているときよりも面白くないかもしれない。
こうしていつもとほぼかわらぬ時間に高校付近の駅についてまた同じところから出ていつもと同じ数だけの階段をのぼる。こんなに上ってるんだから時々は段数変わってもいいんじゃないか?
なんて思うこともしばしばだがそれがかなうわけでもなく、がっくりと肩を落としながら高校の校門をめざし歩く。
信号や人の動き意外は何も変わらず、また同じ風景のまま。歩く速度も変わらないから余計におもしろくないよな。かといってわざわざノロノロ歩いたり、イソイソとあせるわけでもない。
なんだろうね、本気で飽き飽きしてしまう。
あの彼女のとの出来事を考えると余計に今までの出来事がどれほど退屈だったかわかるような気がする。だからまた彼女を求める。鍵として。
あ、速く歩けたじゃないか。知らないうちに速く歩いていた。もしかしたら変わらないかもしれないけど気持ちは確実に速かった。これはやっぱり彼女にはやく会いたいって事なんだろう。体までが僕に協力しているのかもしれない。
やっぱり彼女は僕にとっての鍵であってほしい。こんなこと何度も何度も願っている。馬鹿見たいに。それでも僕は願う。夢でなく、現実であってほしい。このとき表情がたるんでたのかしらないけどふいに後ろから肩をたたかれ、
「よう木葉。なんだ?めずらしくごきけんじゃないかいつもと違う笑い方してるぞ」
一瞬その言葉を疑ったけどたぶん知らないうちに笑ってたんだろう。
なにせ人生で一番の疑問を解決できる可能性ができたんだ。無理もないさ。今までの偽りの笑顔とはわけが違う。
「うん。ちょっとね。」
僕がそう言い返すと「そうか」という感じの笑顔を返してきて足早に前で僕より先に校門へ入って行った。君とももうしばらくの付き合いになるかもしれない。
謎が解決できたらもはや友達も必要なくなるかもしれない。その謎の答えによってかわるんだろうけど。
そして学校へはいり、階段をのぼってクラスを間違えないようにしっかりと確認してあの鍵がいるクラスへとはいっていく。急いで周りを見渡す。まだきていないようだ。
すこしがっかりしてまたいつもと変わらぬように動いて、なおかつ木葉新二を保つため周りに軽く挨拶をし、話しかけられたらそれに答えていた。で、ひと段落してめずらしく何も考えずボーっといすに座っていた。
「おはよう」
来た。彼女の声がする。間違えようのないくらい澄んだ声だった。
「おはよう川口さん」
昨日のようにテンパってはいけない。今度は心で準備をしていたのでうまく会話というか挨拶が成立した。まずはこういうことでしっかりと経験値をためよう。
「もう木葉君ってば唄って呼んでっていったじゃない。」
ちょっと頬を膨らませてそれでも笑顔は絶やさずに彼女は僕にまた話しかける。やはりまた心臓にスイッチがはいったんじゃないかとばかりにドキドキする。期待していたとおり。うまく進んでいる気がする。
「ごめん、唄さん」
基本的に呼び捨ては男にしかしないっていうくだらない僕の中の決まりごとどうり下の名前+さん付けで呼ぶことにした。機嫌を損ねられるのは危ないからな。
「ん、よろしい。じゃあ改めてよろしくね木葉君。」
さっきとはまた違う笑顔で言葉を返す彼女、いや唄さん。でも頭の中でまでさん付けするのもおかしい、ということで唄と呼ぶことにした。
唄は僕との会話後、席を離れ別の人と話している。たぶん中学の知り合いか何かだろう。妙に親しげに笑っている。こうやって観察するのも攻略のためには必要だろうが
なんだかストーカーみたいな感じがしてきた。下手すると周りから何か言われそうだ。ほどほどにしておこう……さすがに人として見られる目まで失うのはまだはやいだろう。
朝のホームルームが終わり担任が登場だ。この先生もたいして面白くないとわかっているから特に興味はない。
「なにか用があるの?」
優しい声でこちらを見ながら問いかけてきた。あれ? 無意識に見てたんだろうか……なぜ唄を見たのか自分でもわからなかった。
「え……いや別になんでもないよ」
「そう」
言葉につまってしまった。なんか怪しまれたのではないかとヒヤヒヤする。
なんか会話が成立しないと少し悲しい感じがした。これも彼女の影響なんだろうか?
そして1時間目がはじまった。
1時間目は学活で今回は自己紹介らしい。あまり意味はない。名前と挨拶だけでいいだろう。
僕は唯一唄の何か情報が得られることを期待し、ほかのやつらのは聞き流す。唄の番だ。
「川口唄です。んーっととりあえずみんなと友達になりたいです。さっそく1人目の新しい友達ができました」
ほかの女子が「誰?」などと聞いている。するとふいに僕の方を見てこう言った。
「木葉新二君。私の隣の席でもう話すようになりました。ほかのみんなともはやく友達になりたいです。」
拍手がまきあがる。中には僕と唄をからかうような発言も混じっていたがいちいち反応する必要もない。ただ友達として紹介されただけだ。しかしよく考えればこれも一歩進んだということではないか? と感じてこれた。
この調子でいろいろやっていけばいつかは扉は開かれるはずだろう。たぶん順調なはずだよな? こんなことを考えつつ僕の番が来た。
だが別に周りがちょっと拍手するくらい内容の薄い自己紹介だったからあえてここでは言わないことにする。なにせおもしろくないから。
こう考えると僕は唄に楽しませてもらってばかりかもしれない。なんだか複雑な気分だな。
自己紹介も終わり、今度は体育の授業。一番最初は学習というより交流を目的としたドッチボール。
基本的に運動は下手なほうではないが、スポーツはあまり好きではない。事故が起きやすいし、あれはもともとのテクニックや理解のよさで決まるもので偶然っていうのがおきにくいものだと僕は考える。
そうなると勝負の勝ち負けに目安がつき、チーム戦のときもどちらに入れば勝ち、どちらに入れば負けるかすぐわかる。これじゃなんの面白みもないだろう?
まぁこんなこと言ったらあらゆる競い合うものがそういう風にとらえられてしまうが別にかまわないだろう。面白かった経験はない。こういう時こそ今まで創り上げてきた木葉新二を出すときだ。
さぁ思う存分にドッチボールをやってこい。
で、やっている最中に僕はよけてばかりいたせいかあっという間に残り5人になっていた。だから面白くないんだよ。そろそろまた僕が狙われる。そして同じチームの唄に話しかけられる。
「あと木葉君と私たちだけね。どうしよっか?」
唄も運動はそこそこ得意らしく、男子の投げる球もよけていた。
「どうするって……そりゃ一応よけたり取ったりしなくちゃダメでしょ?」
話す言葉は自然とでてくる。これが会話というやつなんだ。いまさらそんなことを思っていると
「あぶない木葉君!」
ふいに唄の声がした。「え?」なんて言おうとしたがそんな間もなく体育館に鈍い音が響く。当てられた。しかも顔面にだ。そのまま衝撃で倒れて顔を抑える。痛すぎるな。
さすがに高校生のなげるボールは小学生のお遊びドッチボールのレベルではく、もはや凶器にもなりうるだろう。だからスポーツってやつは。
しばらく起き上がるのがツラくて倒れたままだったがやがてみんなが最後のケリをつける中、僕は隅の方で壁に寄りかかって休んでいた。
ピーっと笛の音がしてゲーム終了。逆転するわけもなく僕のチームの負けだった。
終わったすぐに唄が駆け寄ってきて
「大丈夫だった?あーはれてるね。あはは面白い顔になってるよ木葉君」
笑われてしまった。ちょっとだけ気に触ったので
「なんだよ唄さん、笑うなんてひどいよ」
「ごめんごめん……あはは」
最後の最後まで笑われていたが別に馬鹿にされているとかそういう感じはしなくてむしろこんな笑顔もあるのかとなぜだが感心してしまった。
この判断は正しかったのか?よくわからないけどやっぱり唄と話していると退屈がまぎれる。さすが鍵候補。やってくれるよ。
そして放課後。校門を出ようとする。
「木葉君っ」
肩を軽く叩かれ振り向くとあの笑顔がまっていた。唄だ。
「やあ。唄さんも今帰りなんだ?」
何気ない会話。しかし込めている感情が違うのかもしれない。
「うん。私電車で東駅のほうなんだ。木葉君は?」
「僕は西駅なんだ。へぇー唄さんも電車登校だったんだ」
ほんの少しだが共通点があった。これも重要なことなんだろう。それを聞いた彼女は落ちかけている夕日をみながらこう言った。
「私ね、あなたと出会った事後悔したくないんだ」
……? って感じだった。意味的にわからなくもないけどこの場面でだす言葉じゃないだろうと思った。なにか違う意味ありな言葉だったんだろうか?
そして西駅方面と東駅方面への別れ道で最後に交わした言葉は
「また明日、登校するとき会えたらいいね」
「そうだね。会えるといいね」
言葉的にはつまらない答え方だったけど唄は気にせずに笑ってこう言った。
「バイバイ、木葉君!」
僕も挨拶を返そうと思ったけどバイバイといったとたん唄は駆け出して人ごみにまぎれていった。
今日は昨日より面白かったかな。
やはり川口唄は今僕の中でもっとも重要な人物になった。そう、鍵として。
唄の前では素直になれる。今までの木葉新二をださなくても大丈夫。となると背負っていたストレスみたいなものも消えてものすごい楽になった気がする。
これはいいこと尽くしじゃないか。なにせ唄がいることによって退屈が減るしストレスも消える。おまけに僕の最大の疑問を解く鍵の可能性大。すばらしいことじゃないか。
でもこれではあまりにも唄を利用しすぎているかなとも思えた。ほんの少しだが罪悪感がただよった。これも今まではなかったことだった。
今までの木葉新二は所詮偽りで、他人のことを考えているフリをしていただけで本心はどうでもよかった。だけど他人のことでわずかでも罪悪感を感じたのは初めてだった。
なんだか本当にゲームのように思えてきた。だって僕は唄のおかげで成長しているじゃないか。いわゆるLvUPってやつだ。したことない体験や心の感情を覚えて成長しているんだ。
なんどもくどいけどやっぱり唄は僕にとって重要な人だ。
こうしていつもより退屈だった日は終わった。ああ、退屈だったさ。だけど……唄と話した時間以外はの話だ。これでやっとまともな学校へ行く理由ができた。
それと同時に初めてこの高校でよかったなんてことも思ってしまった。
翌日。
またつまらない通勤ラッシュにまきこまれて電車に乗る。今日は昨日のこと考えていたら遅くまで眠れず結局30分寝坊。これまた時間を計画的にすごしていた木葉新二にはめずらしい出来事だった。
おふくろもおどろいていたっけ。あんな顔も久々に見たなぁ。
そして西駅をでて昨日唄と別れた道にさしかかる。ほんのちょっとだが期待していたのは事実。
だが姿はなく、やっぱりかと肩をおとしそこをすぎさろうとする。すると
「おはよっ」
あの声、唄だった。走ってきたらしく少し息が荒い。挨拶を返そうと思ったその時、
「あのね木葉君……」
この時、唄の長い髪の毛からだろう。とてもいい香りが風に乗せられて僕に届いた。
僕はこの世界がどれほど退屈かって事をある日を境に気がついた。それ以来面白いと感じたことはなかった。
こんな事考えているやつは周りからも孤立しているんじゃないか?とも思うだろう。なにせ普通のやつらなんて一緒にいても1つも面白い要素など持ち合わせてはいないのだから。だが孤立はしていない。
なぜなら周りのやつらは知らないからだ。僕のこの考え、そして本当の僕を。教えてといわれて教えられるようなものではないし、言ってくるはずもない。
周りのやつらを相手しているのは偽りの自分なのだから。本当の僕が持ち得る限りの情報を試行錯誤し作られたもう1人の木葉新二。このもう一人の木葉新二がいるからこそ、僕は孤立することなく、世間一般でいう普通を保ってこれた。
なぜこんなことをする必要があるか? その答えは簡単だ。怖いから、1人になりたくないから。
そう、僕は独特の考えをもっているといえるだろう。周りのやつらが僕と同じ事しているとは思えない。
だから友達もいらない。1人がいい。どうせ面白くないならうるさくないほうがいいだろう。だが、そんなことを周りに言えばきっと僕は自然と避けられて、孤立し孤独を味わうだろう。普通だったらそれを望んでいるのだから問題はない。だが僕は違う。
周りや世間の目が気になってしょうがない。もし、世間が孤立のものを見ても何も言わず、普通に接してくれるのなら間違いなく全校生徒の前でもいい、友達はいらないと言うだろう。
でも違うんだ。現実はそうじゃない。思い通りにもいかないし、やっぱり面白くない。
それを僕は自分の中の矛盾と考えている。面白くもない、つまらないやつらと思っているくせに友達を作ったり、偽りの自分を創っている。なぜだろう? この矛盾は疑問でもある。
僕はこの矛盾という疑問を解くことができず、今の今まで1人で挑戦し続けていた。
助けもなく、終わりもないこの疑問という名の謎の扉に。
そう、今までは……
川口 唄
彼女、唄が現れたんだ。高校2年のクラス替え初日に。
僕はこの日初めて他人に興味をもった。そう、今までに聞いたことのないあの澄んだ声に。
「おはよう」
この時の僕は今までにないほどに感情がゆれていた。はっきりいって冷静にはなれなかった。
今まで他者を相手にしていた木葉新二では対応しきれなかったのだ。
長くてさわるとサラサラしてそうな髪をして、澄んだ声、目薬を差してるみたいな潤んでいる瞳。
唄が現れてから、初めて味わうことが増えていた。そう、今までの日常が面白くなっていた。これは僕の待っていた出来事と言える。
正直にいうと待ってはいなかった。この世の中というのは大げさだが、僕は自分の今のような人生のままでは面白いことには出会えないと思っていた。そう思っていた通りこの16年間、1回も面白いことは起こらなかった。
だからその思いは確信に変わっていった。しかしそれは消えた。唄の声で確信は消え、代わりに可能性を見つけたのだ。
今まで矛盾、疑問と思っていたことを解く鍵になるんじゃないか? という可能性。
「唄の影響の伸びはすごかった。僕の予想を遥かに超えていた。
今も伸び続けている。チャンスがきたと思った。
今までの僕ではこんなことを思うことはなかっただろう。だからうれしかった目の前に、鍵が落ちている。その向こうにはかたい南京錠で閉ざされた扉矛盾≠ェ見える。
普通はどうする? 暗い退屈という部屋から出るにはその鍵を迷わず拾って開けるだろう。
そう。僕はそうしたいんだ。扉を開けたい。唄という鍵を使って。
だがいきなりがっついても失敗に終わるのがオチだろう。そうさ今までだって考えてすごしてきたんだ。今までどおりに考えりゃいいだけ。
まずは唄を知る必要がある。可能性を確信に変えたい。確信したら扉の鍵としての使用方法を考える。だから僕は唄を見ているだけではなく話して、行動もできることなら一緒にしている。
監視、悪く言えばストーカーだ。しかし鍵を手に入れるためだこれくらいは我慢するとしよう。
今のところ唄との進行状況は安定している。だが油断は禁物。最後の最後まで気を抜くつもりはない。しかし唄と話しているとつい忘れそうになってしまう時がある。
これはどうなんだろうか?よくはわからないが以前無意識に唄のことを見ていたことがあった。それと関係しているのかもしれない。気がかりだな。
気がかりといえばもう1つ。鍵となる唄について。
「なんだか普通とは違う気がした。もちろん鍵になるんだから普通とは違うのだろうがそれとはまた別に他のやつらと唄の間に違いがある気がした。単に神経質になっているだけかもしれない。
まあ気にかけるだけならいくらでもできる。頭の中にいれておくとしよう。
ある意味、ずうっとつまらなくて偽りの木葉新二を創っていた時よりもっともっと考えているかもしれない。
真剣なんだろうな。頭も疲れてるし寝るときは夢もみなくなった。レム睡眠というやつを通り越して爆睡している。
夢を見るのは嫌いじゃない。なにせ現実離れした事だって可能なのだから。空を飛んだり、宇宙にいったり、面白いことのパレード状態。小学生まではそんな夢ばかりだった。
でもそんなのも中学生になり学年があがるうちに夢まで面白くなくなってた。
見る夢は友達と遊んだり、どっかにでかけているのばかり。夢にまで偽りの木葉新二が影響してる。その夢を見続けた僕は完全につまらない人生な上に、
頭の中でさえも退屈という苦痛を味わえと神様にでも使命を受けたんじゃないか?なんて考えていて、同時に肩を落とした。なにも夢までとりあげなくてもいいじゃないか。
そして高校1年になり、まったく面白くないまま2年。高校2年の最初に何があったかはもう言ったはずだ。
僕の歴史に唄という偉人が残るのを願いつつ今日もまたこれから2時間後の苦痛の通勤ラッシュへと挑む事にしよう。
そういえば、昨日のあれを考えなくてはいけない。
そのあれを手に取り、考え出す。同時に、昨日の出来事を思い出した。あれに関して説明するには昨日の朝、唄の言葉から始めなければならない。
3章 A station and a cherry tree and the white world.
登校途中で唄に会い、あの「おはよう」を言われ、唄は僕に何かを言いかけたんだ。
「あのね木葉君……」
いいにおいがした。彼女の長い髪の毛からだろう。ささやかな春の風にのせられて香りとともにこの言葉も。
「今日の放課後空いてる?」
「え? ああ、空いてるけど」
なぜか僕の放課後の予定をうかがう唄。顔にちょっぴり照れがある。
「じゃあ、ちょっと見てほしいものがあるから私の家によってくれる?」
見せたいもの?なんだろうか。よくはわからなかったがとりあえず唄との関わりだし
「わかった……じゃあ集合場所はここでいいね?」
「うん!じゃあ先言ってるね!」
そういうと足早に校門がある方角へと消えていった。見せたいものか。気になるな。考えながら歩いているとドン! っと誰かにぶつかってしまった。
「すいません!大丈夫ですか」
「いいわ、気にしないで」
表情は感情がなんだかなさそうなちょっと近寄りがたい顔だった。人のことは言えないのはわかってる。ショートヘアーで眼鏡をかけている。服はウチの高校の制服。
だがどこかのドラマみたいにぶつかって眼鏡がその衝撃で頭の上にズレて眼鏡……なんてうろたえて探しているような運命的な出会いを演出するわけでもなく、なんだか見下されているような目でこういった。
「今度は気をつけてね」
軽く頭を下げてその場を離れていった。僕も頭を下げたがたぶん見ていないだろう。
また考えながら歩き出し、学校へと向かった。
午前。
これといってなにもないが唯一気になることがあった。
次の授業にむかうため、今回は物理室。科学らしい。いちいち移動するのもめんどうくさいが実験の道具をちょこちょこ運ぶほうがめんどくさいんだろうと渋々移動していたときだ。
ドン!またぶつかった。
「すいません! 大丈夫です? あれ今朝の、すいません度々……」
今度は深々と頭を下げた。同じ日に同じ人に2回ぶつかるなんてな。唄の事考えてたらこれだよ。考えすぎるのもやはりダメなんだろうか? なんて思っていると
「あなた、名前は?」
ちょっと気の強そうな口調をしている。逆らわないほうがめんどうをさけられるか。
「2年1組木葉新二です」
「そう。私は日奈瀬明菜(ヒナセ アキナ)2回もぶつかるなんて何か運命かもね」
日奈瀬さん、かなんだか偽りの僕も本当の僕も苦手なタイプだな。もっとめんどうをさけたくなった。はやめにきりあげて物理室にいこう。
「あはは……そうかもしれませんね。それでは僕は授業なんでまたどこかで会えたら声かけます」
もう会いたくないのが本音か。ん? 待てよ。
一般の男子ならさっき俺がとった行動が普通だろう。もちろん偽りの僕もだ。ところが今こうやって考えている僕も彼女、日奈瀬明菜のことを気にかけた……? しっかり名前も覚えている。
おかしいな、唄以外はこんなことはなかったはずだぞ。
「じゃあ私も授業だからじゃあね新二くん」
気がついたらいなくなってた。唄のせいで僕も変わっているのか?
まあ変われば日常も面白くなるものかもしれないしいいとするかな。
日奈瀬さん、今度アンタとぶつかったと言うなら今度は奇跡ですね!とかいって握手しよう。不思議とそんな気分になった。
と、この日奈瀬さんとの出会いが妙に気にかかっている。なんていうか自分で言うのも実にくだらないことだが僕は唄との接触後、性格が若干かわっていないだろうか?
他人への関心が1Lv上がった気がしている。無意識のうちにそういう対応をしていた。今は唄の事でいっぱいいっぱいだし多少の変化は当たり前ということにしておこう。
午後。
授業はいつもどおり面白くなかった。まぁ唄との約束のことが気になっていたからということもあるが。
チャイムがなると僕は足早に教室を出た。唄の姿がすでになかったからだ。僕は出遅れたらしい。
最後は軽く走ってようやくいつもの東と西の分かれ道についた。
唄の姿がそこにぽつんとあった。表情がないみたいだった。
「唄さん、遅れてごめん」
僕は息を切らしながら軽く頭を下げて唄を見る。すると
「気にしなくていいよ。とりあえずに東駅いこう。私の家は電車乗ればすぐだよ」
無表情から水を得た魚のように活気があふれた笑顔をみせる唄。
「じゃあいきましょう」
唄とくだらない話をしながら駅にいく。くだらないと言っても内容がと言う意味で唄と話すことはべつに退屈ではなかった。これが鍵の可能性を確信させていく。
駅に着き、電車へのるためホームで座って待つ。周りはガヤガヤしているがなぜか僕と唄の座っているところだけ時が止まっている気がした。完全に本当の僕モードにはいっている。
「見せたいものってなんなの?」
ヒマつぶしがてら、唄に質問をしてみる。
「うん、見てみたらのお楽しみ。見ればわかるから♪」
最初戸惑った表情をしたようにみえた。がそれは一瞬だった。
次の瞬間にはそれを感じさせない声で唄は答えた。
電車が来て車両に乗り、空いてる席に2人で座った。
自分以外の人と電車に乗るのも久しぶりのことだった。中学時代、友達のつきあいでバーベキューをしたとき以来のことだ。あの頃はやはり無関心な僕で全然バーベキューの内容が思い出せない。やっぱりつまらなかったんだろうな。
こんなことを窓の外を見ながら考える僕に唄は
「木葉君、ごめんね。変なことにつきあわせて。でもどうしても木葉君に見てもらいたいものがあるんだ」
「いや、別に帰っても考え事くらいしかしないからいいよ」
ちょっと困った感じになっている。それを見た僕も少し困った。
そして電車に揺られ目的の駅につくと急いで電車を降りた。
駅から出て、騒がしい駅の近辺を歩いていく。やがて、静かな1本道に出た。
まだ春なのに、秋みたいにきれいな空が僕と唄の上にあった。
「桜、もう散っちゃってるね」
残りわずかな桜が桜吹雪となって風に乗せられ、唄の長い髪もサラサラとなびいていた。この時だけは僕は鍵の事を忘れていたのかもしれない。ただ唄と歩いていた。
「そうだね。もう春も中盤にはいるのかな」
「もう少しでつくから」
無言のまま桜が舞う道を歩き、唄は立ち止まり、青い屋根のごく普通な家を指差しその後僕の手を引いていく。
唄は「はいって」と言い、玄関へと導く。僕はドアをしめるバタンという音で目が覚めた感じがした。
「で、見せたいものって?」
階段を上りながら唄に聞いた。
「まって」
机の引き出しを開けてゴソゴソしている。なんだろうか?
「これなんだけど」
唄が差し出したのは1枚の絵。これを見せるためによんだらしい。
よくわからないがその絵には白い家の一部みたいなところに、白い螺旋階段がある。
そして螺旋階段の横に大きい植木鉢が置いてある。そしてその反対のところには窓があって白い壁の中、なんだか暗い夜ともくもっているともいえない色の空みたいなのがある。で、階段の上はもう紙の外で描かれてはいない。
「これは?」
「うん、これはねちょっとわけがあって私が今一時的にもってるものなんだ。それでこれを
私に渡した人が次にこれをとりに来るときまでにこの絵の足りないもの≠教えてほしいんだって」
足りないもの? そんな事僕には関係ないことだが、僕の鍵の頼みだ。
これから僕は唄にはお世話になるってんだろうしこのくらいは考えてやろう。最初はそんな感じたった。
「なんで、それを僕に?」
そうだ。なぜ僕なんだ? こういうのを解くのを好きそうな木葉新二を創った覚えはない。って事はうわさで判断したんじゃなく、僕と出会ってからこれを見せると決めていたのか?
「ううん、なんだか木葉君なら解いてくれそうな気がしたの。その絵の持ち主はどうしても知りたいんだって。
今日じゃなくてもいいからこれもってって考えてみて。お願い」
解いてくれそう……か。まさかこんな僕にお願いされるとは思ってなかったな。しかし、この絵の足りないものを唄に絵を渡したやつが聞いて何になるのだろうか?
この絵に何か思い入れがあるのか?そう思いながら全体的に白といえる殺風景な絵を見直す。
足りないものか。色とかなのだろうか? しかしそんな事誰でも感じる。
そもそも絵なんてのは描く人の自由で描くものだ。他人に理解できるのは学校とかで描かされる絵とかだけでプロのやつらが描く絵、芸術というのは完全にその人しかわからないような絵なはずだ。
その中でも共感できたりするものが美術館とかに飾られているものだと僕は考える。
しかしそれは周りのやつらが勝手に解釈しているだけでやはりその描いた本人しか、いや本人さえも無意識のうちに何か意思を込めているのかもしれない。
そんな本人でさえもわからないようなものを探せか。今までにないぐらい頭を使いそうな問題だな。
まあ、乗り気ではないがたまには唄や鍵、偽りの僕のこと以外のことも考えるのもいいだろう。
「わかった。家でじっくり考えてみる。何かわかったら報告するよ」
そういって僕は絵を学校のカバンに入れて、立ち上がる。
「じゃあ、もう遅いし帰るね。またね唄さん」
「え?もう帰るんだ。じゃあ駅まで見送るから私も……」
続きを言おうとした唄に僕はこう言った。
「いいよ。やっぱり暗いし。このまま部屋で休んでなよ僕は大丈夫だから」
あまりガラにもないことを言っている自分が内面少し恥ずかしかったが表情には出さず唄の反応をまった。
「うん、そっか。男の子だもんね。じゃあまた明日ねバイバイ」
笑顔で手を振る唄。僕も別れの挨拶と共に手を振りながらドアノブに手をかける。
ドアを閉める瞬間、唄の顔がさっきまでの笑顔とはまったく逆の、すごい寂しげな表情をしている気がした。
唄とはドアで仕切られて階段を下りる。家に入ったときは見せてくれるものが気になって気がつかなかったけどこの家、唄と僕以外、誰もいないのか?静かすぎる。両親は両働きなのかやはりいない。
玄関で靴をみても今僕がはきかけている靴と唄の靴、すみっこに何足かあるがこれは唄が休みの日などにはくやつだろう。
ドアをあけてまたバタンという音が来たときとは違い、静かに耳に残った。
そしてもう暗い空に唄の部屋から明かりが見え、それを横に、散った桜が落ちている1本道を一人で歩く。
絵のことを考えようと思ったけど日菜瀬さんの時みたいに誰かにぶつかっては困ると思い、ただボーっと前だけを見て歩き続け、駅へつく。そして電車に乗る。
夜は人が朝よりかは少ないみたいだ。朝出勤する時間はほぼ共通でも帰ってくる時間は遅いのか。
家の親父もどうせ帰ってこないだろう。サラリーマンだし接待でもやっているのがオチだ。
親父もつまらない男だ。毎日、朝僕より早く家を出て帰ってくるのは深夜か朝。休みの日は寝てる。
おんなじことの繰り返し。まあその親父のおかげで僕は飯を食ったり、一戸建ての家で生活できているんだが。
まずこんな大人にはなりたくない。何か面白い職業は無いのか?
金をある程度でいいから稼げて、なおかつ面白い職業。もう高校生だし仕事についても考えることもあるけど特に無い。やっぱりつまらない。興味を引かれるものなんて1つも無いのが現実。だがかといって無職もおもしろくないし、金がなくなってしまう。
となれば嫌々働くことになるんだろう。やりたくも無いことをやる、面白くないのは当たり前だ。
それでも僕はつまらないから働かないと宣言し、まわりからニートなどと言われることに耐えうる自信は無い。
悔しいって感じがするな。自分のやりたくないことに無理やり逆らうこともできずやり続ける僕自身が。暗い中に街の光が転々としている窓の外を見ながら深くため息をつく。
こうして自宅へ到着。母がご飯が冷めるなどと小言を抜かしている。時計を見るともう7時半。こんなにいたっけ? なんて思っていた。最近、時間も気にしてないな。
これも唄の影響か。あのチャイム前に飛び出した教室のころから、時間に関しての意識が薄くなった。となると、本物の僕も変わっているが、偽りの木葉新二も若干変わっていることになる。
少しマズイかな。変わるのは僕だけでいい。扉を開けるのは本物の僕だ。偽りの僕はそこまでの僕の代理。唄の影響が強すぎるのか。いったん距離を置いてみるのも手だな。
家に帰ってもこんなことばかり考えていてようやくベットに横たわる。
そしてカバンの中から例の絵を取り出す。何度見ても白い。まるで下書きみたいな絵だな。でもちゃんと植木鉢や窓の外は塗ってある。壁や階段にも影がある。白だって紙の色じゃなくてしっかり塗りつぶしてある。
なんだかさっき言っていたこととは違い何も思いや意思なんてこめられてないみたいな真っ白な絵。気になるのは螺旋階段と窓の外の後景、それと白い絵そのものの世界。
足りないものなんて僕から見ればたくさんあるさ。色の種類、本来部屋を描くときに必要と推測される家具や人の姿。ほかにもいろいろ。だけど唄が言っているのはそういうことじゃないんだろう。もっと違う足りないものを聞いているんだろう。
今、僕の考えではこれといったものが思い浮かばない。
ずっと考えていても答えにたどり着くわけじゃないだろう。そうさこれもきっと僕と同じ。
なにか鍵があればわかるはず。この絵を見た時やある感情のときにみなければわからないのかもしれない。
だったらふと見たくなったら考えてみよう。その絵の持ち主が唄のところに来るまでが制限時間だ。でも急いでるわけでもないみたいだし、気長にやっていこう。
僕は今夜ははやめに寝ることにした。
そう。これが昨日の出来事。そして今は僕が家をでる時間の2時間前。
いつもは1時間前には起きているが今回は絵のこともあるせいか自然とはやく起きた。まだ親父は家を出ていない。母は下の台所でガタガタと動いている。朝ごはんでもつくっているんだろう。
僕は自分の部屋のカーテンをあけ、僕は自分の部屋のカーテンをあけた。差し込む光が目をくらませる。僕は机の上に置いていた絵をとりベットに横たわった。
しかし、何度考えていても思うことは昨日と同じ。唄に報告するようなことは感想くらいしかない。もらって1日たっただけで答えが見つかるほど甘くも無いか。
ベットから起き上がり、僕は引き出しに絵を入れ、寝るとき用のジャージとTシャツ姿からいつも着てる堅苦しい制服に着替える
いつもと同じ時間に母が僕を呼ぶ。いつもと同じように返事をして階段を下りる。朝食を食べ終わり、親父が先に会社へと向かう。
どうしようもないくらい情けなさそうな親父の背中を見ながら僕はもう一度二階へ行く。
今度はカバンの中身を確認する。絵を持っていかないのはなくしたら困るし、昨日の日菜瀬さん事件にまた巻き込まれる可能性を1つでも減らしておくということだ。
家を出る時間になり、お袋のいってらっしゃいを聞き流してドアから出た。
西駅のホームで僕はまた考え事をしている。
あの絵、唄に頼まれたからにはやりたいというのもあるが、正直僕自身あの絵に興味を持ってる。
それに退屈しのぎにはなるだろう。そう考えてるうちに電車が来て毎度おなじみの通勤ラッシュへと挑む。
キツイ電車の中、しばしの我慢をして高校付近の駅へとおりる。
ここまではいつもとおんなじ。そうここまでは。
西と東の分かれ道。唄が見えてきた。唄も誰かを待っているように立ち止まっている。
「おはよう」
毎回毎回僕から挨拶をしようとするのだがいつも唄に先を越されている。
「おはよう唄さん」
このおはようももう何回目だろうか。僕が鍵を見つけたときの言葉が毎日繰り返される。
前にも言ったが僕は今まで同じことが繰り返される日々が退屈で嫌いだった。だけどこの「おはよう」は毎日少しずつ変化があったり、いう時の表情や受け取るときの気持ちが違って飽きない。だけど最近ちょっとのんびりしすぎているんじゃないか?なんて思う。
目の前に落ちている鍵を拾うのにのんびりしすぎている気がする。だけど鍵を拾うのだって方法ってものがある。本物の鍵なら手を伸ばしてつかめば手に入る。
ではこの僕の求めている鍵は、唄はどうすれば僕の手でつかむことができるんだろう? こうして唄と話しながら学校へ向かう日々を後何回繰り返せば扉を開けられるんだ?
僕は焦っている。ボヤボヤしててもいいのか?と。だけど、唄といて僕は損をしていない。証拠として退屈は減っている。頭の中がこんがらがってきた。でも、
「木葉君」
こうよんでくれるこの声にもう少しだけ耳を傾けるのも悪くはないと思ってしまった。
あの絵と同じで制限時間はあるけど、無理に急ぐ必要もないのかもしれない。しかしそうでないのかもしれない。
「木葉君ったら!」
「あ、ごめん何?」
あわてて反応する。今はこの唄と絵の足りないものを探してからでもいいのかもしれない。というよりそうしたい。自分の本来の目的が疑われる結論だというのはわかっている。それでも、そうしたい。
「あの絵、何かわかったの?」
「うーん絵に足りないものって言うのはたぶん唄も、その絵の持ち主も色の種類とかそういうのが足りないって言ってるんじゃなくてもっと何か違うものをいってるとおもうんだ。あの白い世界の」
唄はなぜか僕の言葉の最後のほうを聞くとなんだかよくわからない表情を一瞬だけ見せた。あの昨日のドアを閉めるときに見せた儚くて消えそうなあの表情みたいだった気がする。
「うん。私もそう思ってたんだ。私的には形って言うより想い≠ンたいに形じゃないんだけど絵で描けるものかな? って思ってるんだ。私が木葉君に言えるのはこれくらい。あとは何にもわかんないんだ」
想い=B形じゃないけど絵に描けるもの。若干矛盾しているようにも考えられるが、絵の表現の1つにそういうのがあったよな。感情や意思を表現させる絵の描き方が。あの白い世界に想いがたりないと言うのだろうか?
いや、そんなことを言いたいのではなく、あと2〜3段階奥のことを探しているんだと思う。
できればその絵の持ち主にあってみたい。なにかヒントが得られるかもしれない。
「その絵の持ち主に会えないかな?なにか気づくことがあるかもしれないよ」
そう聞いた唄は申し訳なさそうな顔をして
「ごめん、その人は今外国にいってるの。だから日本に帰ってくるまでに足りないものを探してっていわれたの」
外国ってことはこの風景の元はもしかしたら海外のものかもしれないな。
だったら質問を変える。
「その人はどこの国にいっているんだ?」
そう、もしかしたらそれでもヒントが得られるかもしれない。
「あ、それはねイギリスのロンドンっていってたわ」
ロンドンてのは確かシャーロック・ホームズで有名だったはずだよな。知識が間違ってなければ。
今度図書館にでも行ってロンドンの美術絵でも見てみるか。
「わかった。また何かあったら報告するよ」
「うん、あ!木葉君、友達がよんでるみたいだよ?」
ああ、伊施か……偽りの木葉新二と仲良くやってたっけ。しょうがない。こっちのほうの僕も少しは動かないとな。
「うん、じゃあまた教室で」
そう言うと僕は小走りで伊施のほうへと向かう。唄が遠くから手を振っているのがわかった。
「よう木葉! お前最近放課後何してるんだ? つきあいわりいぞ」
伊施裕樹(イセ ヒロキ)こいつは中学からの友達(偽りの木葉新二の)で高校では1年の時は同じクラス。やかましくてよくしゃべる。本当の僕はこんなやつ邪魔だな。と時々は面白いと思うときもあるけど。
「ちょっとな。気にするな今度はクラスも違うんだ」
「あーあの女が原因だな? 付き合ってんの? やるねえ」
くだらない。つきあってるんじゃない。僕が唄を利用しようとして近づいてるだけだ。それとあの絵のことで一緒にいる。それだけだ。
「別に。お前こそ彼女いないくせに」
「うるせーな。俺はいいんだよ現在募集中なのお前と違って積極的なの」
積極的ね。どうでもいいよ。お前のことなんか。僕はそんなどうでもいい話をしながら学校へつき、教室にいく。唄はどこかへいってるらしい。何もすることもなくただ1時間目、2時間目をすごしそしてその後も毎度毎度のつまらない授業を過ごし、昼食の時間。
ヒマだし、考えこともしたかったから僕は昼食は食べないことにして非常階段のところへ行くことにした。あそこは静かで考えごとするにはもってこいの場所だ。
僕は騒々しいろうかを歩いていき、非常階段へ行き、階段の手すりによりかかって空を見る。
今度の休日、市立の図書館に行こう。ロンドンについて調べよう。僕自身絵のことが知りたくなってきた。そんな事を考えていると階段の下から音がして、近づいてきている。
めずらしいな。ここはあまり人が通らないから僕はここに来ているのに。気にせず考えよう。
「あら、新二君じゃない。こんにちは」
聞き覚えがある声だ。振り向くと風になびく短い髪。そして光の当たり方のせいか不気味に輝く眼鏡が見える。日菜瀬さんだ。この人苦手だ。会いたくなかったな。
「こんにちは日菜瀬さん。どうしたんですか?」
手には本が2冊。図書室の帰りらしい。そういえばここの図書室もあまり見ていなかったな。
「図書室の帰り。あなたは?」
やっぱり図書室の帰りか。
「僕は考え事してただけですよ。日菜瀬さんは昼食食べないんですか?」
「私は本を見てたほうがすきなの。新二君こそ1人で考え事するのにこんなところでたそがれてるなんてずいぶんロマンチストなのね。意外だわ」
何が意外なんだか。それに僕はロマンチストじゃない。うるさいし面白いこともないから1人で考え事していただけだよ。って日菜瀬さん本人に言えない臆病な僕は
「いえロマンチストなんて。本が好きなんですか。今度僕市立の図書館に行きたいんですよ」
なんで図書館に行くことを日菜瀬さんに言ってるのかよくわからないけどなんでか言っていた。
「私もちょうど今度の休日に行きたいと思ってたの。どう? 一緒に行かない?」
眼鏡を人差し指でクイっと上げながらなんだかいやーな感じに笑っている。どうしようか?本当は1人でゆっくり行きたいところだけど、断りづらいタイプだな。偽りの僕も、本当の僕も。ある意味唄ににてるけど鍵とはまた違う。
「どう?」
「あ、はい。いいですよ」
気がついたら答えていた。ああ、僕は本当に臆病だな。絵の事もあるのに、いかにも邪魔されそうなやつをつれていくなんて。
自分が情けない。でもしょうがない。めんどうだけどこれ以上あんな眼鏡越しの鋭い目で見られるのは耐えられない。
僕がOKを出すと、集合場所と時間をのべて最後に高飛車に笑いながら
「じゃあまた休日に」
日菜瀬さんの姿が見えなくなったときホっとしたと同時にため息がひとつ。
もうお昼も終わる。教室に戻ろう。
こうして僕は人生で一番間違った約束をしてしまった。なにやってんだかな。
ちょっと期待していた図書館もくだらないことが確定したようなものだ。あの偽りの木葉と例えば伊施たちと遊んでるときみたいにおもしろくないだろう。
放課後、僕はいつものように学校を出た。今日は唄はなにやら友達と話していて早く帰りそうにない。別に待つ必要はなく、僕は家に帰った。いつものように電車にのって。
家につき真っ先に制服からいつものジャージ&Tシャツスタイルになり、絵をみつめる。でもやっぱり何も思い浮かばない。明日の悪夢の図書館にいってロンドンのヒントをもらうまでは最低でもなにも進まないような気がする。
明日か……期待していないんだが、やっぱりどこかで期待しておこう。じゃないと気分がのらなすぎる。苦痛に耐えうる精神と偽り木葉新二の準備でもして今日はさっさと寝よう。
翌日。
あまり目覚めはよくない。これから図書館行きのバス亭へ行く。そう日菜瀬さんに会うために。そして一緒の図書館へ行く。ため息が出る。どれほど日菜瀬さんが苦手かって言うと
第一印象からしてOUTだ。おまけにこうやって心の中でさえさん付け≠キるほど恐怖すらあり、苦手だ。苦手な上に面白くもない。まだこれなら伊施の時のほうがマシだろう。だけどばっくれたならそれはそれで何を言われるかはわからない。
僕は私服で家をでてバス亭で日菜瀬さんをまった。待ち合わせまでは後10分くらい。それから5分後、日菜瀬さん登場。
「おはよう新二君。もうすぐバスがくるわ」
「おはよう日菜瀬さん」
日菜瀬さんはまた本を持っている。バスで読むつもりなんだろうか?たって乗るかもしれないのにそれでももってくるなんてよほど好きなんだろうな。
僕はふと横を見た。ちょうど曲がり角からバスがきて目の前でストップする。
「きたわね。のりましょ」
さあ。悪夢の図書館へ出発だ。
毎日の同じ繰り返しの中、僕は退屈という苦痛を味わっていた。
僕が今ここにいる世界が退屈だと気づいたときから偽りの自分、木葉新二を創った、というより造らざるをえなかったというほうが正しい。
なぜ創らなければならなかったか? それは僕が臆病だったからだ。傷つくことや、本当の自分を他人に知られるのが怖かった。
この偽りの木葉新二はとても便利で、本当の僕をめんどうで面白くないことから遠ざけてくれていた。
だから、「心の中でこんなことしてもくだらない」と思っていてもやめることなく、創り続けていた。そう、今だって創られている。
でも、以前と少し違う。確かに偽りの自分は創られている。そこは前と変わらない。ならなにが変わったのか?
それはこの退屈な世界に偽りの自分だけでなく、本当の僕も出始めているということだ。
本当の僕が出始めたきっかけ、それは忘れもしない高校2年になった初日、僕は今まで聞いたことのないあの澄んだ声に出会った。
「おはよう、木葉君」
西駅と東駅の分かれ道で僕の名前をこう呼んでいる声の主、川口唄。
彼女に出会った事で僕は変わってきた。はじめは今までどおり偽りの木葉新二で対応するつもりだった。
だけど、唄にはなぜか僕の今までの経験を詰め込んだ偽りの僕では対応し切れなかった。だから、僕は酷く動揺していた。
何もかもが初めて出会う場面、感情で恐怖すら感じさせられた。
「なんでこんな女に――」そう思っていた。でも、それは違った。こんな女、だからこそ考えられる可能性を見つけた。
今まで僕は必要だから偽りの自分を創り続けた、なのに創る度に苦痛を感じていた。
この矛盾という名の疑問。これを鍵≠。川口 唄はこの疑問を解く鍵になるのではないか? という可能性を。
唄といると、初めて味わうことが多い、それは今まで退屈してきた日常という苦痛に面白さという刺激を与えてくれていた。
やがて、その鍵の可能性を確信へと変えていき、動揺すら忘れるくらい期待していた。
そんなある日、唄から謎の白い絵を見せてもらった。わけがあってこの真っ白い世界の足りないものを探しているらしい。
なぜだかその絵に、唄の頼みとは別に興味を引かれていた。不思議と何かを感じた。あの絵に。
その絵の持ち主はロンドンにいるらしい。だから何か手がかりがあるのかと思って僕は麻環市の市立図書館へ行くことにした。
ロンドンの美術絵に同じような背景を描いた絵があるかもしれないと予想したんだ。
少しでも情報があればいろいろ役に立つ可能性は十分ある。
もちろん1人で……のはずだった。だが日菜瀬明菜、この女がついてくることになってしまった。
人間的に苦手なタイプな日菜瀬さんに若干のリードをされながら僕は悪夢ともいえる図書館へ行くことになった。
4章T The eyes which were covered on glasses.
ふと横を見ると曲がり角からバスが向かってきている。
「きたわね。のりましょ」
こうして僕は今、バスにゆられながら図書館へ向かっている。
つり革をもって、なれないバスの揺れに足をとられつつなんとか立っていた。
そのすぐ目の前、僕のほうに体が向いて本に夢中になっている日菜瀬さんが時々顔を上げ僕を見つめている。本当に嫌な空気が漂っている。
特に会話を交わすこともなく日菜瀬さんはただ本を見て、そんな日菜瀬さんを見下ろして冷や汗をかいている僕の気まずい一日は始まった。
しばらくするとアナウンスが市立図書館前到着の知らせる。
ボタンを押そうと手をボタンに伸ばした瞬間、僕の目の前で本を読んでいたはずの日菜瀬さんがすばやくボタンを押した。
こんな感じでろくに話しかけることもできず、図書館に到着したわけだ。
「ついたわ」
ただその一言だけ言うとさっさとバスを降りて出遅れた僕をまっている。
「つきましたね、中に入りますか」
いつのまにか敬語が定着している。日菜瀬さんは確か僕と同じ学年だから同い年のはずなのにまるで大人と子供みたいな雰囲気になっている。もちろん僕が子供だ。
理由は苦手な日菜瀬さんにオドオドとしているのだから。ただ冷静に無駄な言葉もしゃべらない日菜瀬さんが大人に見えてしまう。
図書館の自動ドアが開き、開放的なロビーのような場所にはいる。
そこから図書館や、ほかにも公民館みたいな場所や勉強をする学習室、自販機がおいてある休憩所まである。なかなか充実しているようだ。
これならロンドンの風景の中にあの白い絵の場所ものっているかもしれないと期待しながらあまりきたことがない図書館の周りを見渡す。
「本探してるんでしょ?だったら本がおいてあるのはあっちよ」
そういうと本がおいてある場所を指差す。
入り口前からでも本棚が見えている。
「じゃあ、日菜瀬さんも本探してるんですよね?行きましょうか」
そう聞いた日菜瀬さんは黙って首を縦に振ると入り口へと歩いていく。
その背中を見ながら深くため息をついた。
入り口を過ぎるとそこには山のような本がぎっしりと並んでいた。
どこから探せばいいのかと考えていると
「何の本探してるの? 私何度もきてるからどこにどのジャンルがあるかは知ってるわ。言ってみて」
やっぱり本が好きらしい。しかしどこに何があるかを知ってるとは相当きたんだろうな。僕の場合学校の図書館室さえいまだに把握してるのは少ない。
まあもともと本で面白いものなんてなかったから図書館、図書室なんて足を運んだことは数少ない。もちろん借りたことも無い。
日常に退屈していたんだから本なんて興味をもてるわけは無い。
「はやく言って。私、自分の探しにいくわよ?」
ちょっと考えているとすこし怒ったように強めに言ってきた。
普通のときでさえ苦手なのに怒られてはたまったもんじゃないと僕はあせって
「えっとイギリスの美術の絵がのってる本なんですけど……」
ロンドンはあくまで国の中の地名だからイギリスから調べないといけないだろうと僕はイギリスの美術絵の本を探していることを伝えた。
「だったらここをまっすぐいって右のすぐ目の前に外国の美術絵ってのがあるわ」
そういうと僕の反応も待たず足早に本棚のほうへ向かっていき姿が見えなくなった。
言われるままにその棚にいくと「美術絵」という表札みたいなのが本棚にくっついている。
ホントに把握しているんだな、と感心しながらまず外国のジャンルから探し始める。
なかなか本を見つけるってのは大変なもので同じところを何度も見てしまう。おまけにろくに確認もしないまま次から次に目が進ませるという要領の悪い行動を繰り返す。
目が痛くなってきたころイギリスの名前が入った背表紙を見つけた。
一冊目を手にとりパラパラと眺めていると後ろから嫌な気配が近づいてくる。
「そこで読むと邪魔よ新二君。読むなら棚から出して向こうのイスに座って読んで」
また怒ったように僕にはき捨てていくとスタスタと本棚の影に消えた。
唖然としていた僕は日菜瀬さんが見えなくなるとため息を1つしてイギリス関係の本をもち、
テーブルやイスが並べられているところへ行き本を積み上げると、さっき見ていた1冊目をもう一度見始める。
残念ながらロンドンと表記されている絵を見ることは無く次の本へと手を伸ばす。
それから何冊も何冊も見た。ロンドンの名前はいくつか見るがあの白い絵の手がかりになりそうな情報はまったく見つからない。
そんなに簡単に見つかると思っていた僕が甘かったか。
この休日も結局無駄になってしまったわけだ。それに日菜瀬さんまで一緒となるとどうも調子が狂う。
なんでこんなことになっているんだろうな?と、いまさらそんなことを考えながら周りを見渡す。
結構高い天井、大きい窓、その窓の外には悪夢と感じている一日を忘れさせてくれるような青い空が広がっている。
そして図書館自体を見渡し、ふと人が少ないのではないか? と感じた。休日だというのに見渡しても、僕と日菜瀬さん、それと貸し出しカウンターの人ぐらいしか見当たらなかった。
いつもこんなものなのか? これだけ便利そうな施設だったら休日である今日はもう少しいてもいいと思うんだが。
まあ、とにかく絵の情報はほとんど無く、進展はまた先延ばしになった。
顔をうつむかせて3回目のため息をすると席を立ち、テーブルから積み上げられた本を抱えるともとあった棚の元へ向かう。
ちょっと足元が危なくてよろけながら歩いているとドンっと何かにぶつかり本は宙を舞った。
僕はよろついていた状態からぶつかった衝撃でしりもちをつくと同時に近くにあった棚に頭をぶつけた。そのぶつかった何かはこう言った。
「新二君、もうこれで3回目だわ。本当に運命なのかしらね? とりあえず本片付けとくのよ」
なんだか今度はちょっとうれしそうに微笑んだ日菜瀬さんはまた本棚の中へと消えていった。僕は頭をおさえながら本を再び積もうと本を1冊1冊手に取る。
何が運命なもんか。こっちは頭を強打。以前今度日菜瀬さんとぶつかったらキセキですねというつもりだったがやめておこう。こんなもんキセキだと思いたくない。
不満や愚痴でいっぱいの状態で腰を上げて積み上げている本をしばらく見つめる。するとあることに気がついた。見慣れない本が1冊あるのだ。
さっき僕はこんなのもってきたっけ?と考えていると自然と本を開いていた。
だが、僕はもう一度本をとじてまず本の題名を確認する。「White snow of revenge」と書いてある。
意味は多分だが「復讐の白い雪」と言う意味だろう。明らかにミステリーとかサスペンス系だな。悪趣味な本だ。
次は本を開いて中を見てみる。
内容をみると絵がのっているわけでもなく文字が敷き詰められている。確実に絵とは関係ない。じゃあどうしてここに?
さっき頭をぶつけたときに棚から落ちたのか? と棚をみるが棚には入る隙間もなく頭を抱えた。なぜだろう? 可能性はあとこれしかない。
日菜瀬さんがもっていたということになる。だがあの日菜瀬さんなら落とした本くらい気づきそうだと思うのだが。
本を読んでみると特に気にもならないがなにやら殺人やら死亡やらという気味の悪いような単語が目につく。こんなの読んでいたのか?
復讐というタイトルだけあって書いてある内容は予想がつくがまさか読む本までこんな気味が悪いのを読むとはますます苦手になったよ、日菜瀬さん。
まさか、苦手とはいえ決して不細工とはいえない顔立ちなのに読む本はこれだとはな。でも読む本なんて人それぞれだろう。
別に読んでいるのが僕にとって悪趣味でも実際苦手なだけでほかのやつらから見たらきっとかわいいとか思われているんだろう。本当に復讐や殺人なんてやるわけもない。本の中の世界の話。
日菜瀬さんの衝撃的な本と美術絵の本をもち、さきに美術絵のほうを棚に戻し、聳え立つ本棚の間を迷路の中にいるようにうろうろしながら日菜瀬さんを探す。
なかなか見つからずに戸惑っていると5つ目の本棚の間に日菜瀬さんはいた。本を探しているらしい。
「日菜瀬さん、この本さっきぶつかったときに落としたみたいですよ?」
気味の悪い本を差し出すとなんだかうつむいている様子で
「ありがとう。中身……読んだの?」
寒気がするような目で見たかと思ったけど急に子供みたいに小さくなったような気がした。彼女なりに恥じらいを感じているのか?
僕はそんな日菜瀬さんをぎこちない言葉でフォローする。
「いえ見てないですよ。題名も意味がわからなかったです。さすが日菜瀬さんですね。こんな難しい本読んでるんですね」
とりあえず褒めておけばなんとかなると思っていた僕の言葉を聞いた日菜瀬さんの眼鏡に隠れていた瞳がほんの少しだけ寂しげに見えた。
そんなに見られたのがショックだったのか? 悪いことしたかな?
僕は頭の中に何かが出てくるような不思議な感覚になった。あれ?この表情、どこかでみた覚えがある、そうあれはとても心に残る印象的な表情。
あの時の唄と同じ―――
ドアを閉める瞬間の……
なんだかあの瞳、表情を見ていると不思議な気持ちになる。そんな瞳を見てただ立ち尽くしていた。時間が止まったみたいに体の自由が無くなっている。僕は絶句した。
ここはどこだろう ?気がつくと僕は知らないところにいた。
よくわからないけど決して良いところではない。それは確信していた。
僕はひどく動揺していた。それはそうだろう?いきなりわけもわからないままこんなところに立っていたら誰だってこういうことになる。
とりあえず僕は渡りを見回した。すると横にはドアがあって逆のほうは階段がある。どこかの家のようだ。
ドアの奥から笑い声が聞こえた。進もうという気も無かったのに体がその声のほうへと動いていく。
するとそこにはある女性と幼い少女がいた。誰だろうか?
そんなことを思っているとその女性は家の外へ出る。やっぱりさっきいたのは誰かの家らしい。
少女は寂しげに手を振っていた。
僕の体は女性のほうへと向かっていく。女性はただ日が暮れそうな空の下、一本道を歩く。
この一本道、どこかで見たような気がした。すると突然、目の前で信じられないことが起きた。女性は倒れた。
まるでガラスが割れるかのように儚いようだった。白いコンクリートの道に赤い色が広がっている。
声を上げることも無く静かに、ただそこに倒れている。
唖然としているとそのそばで黒い人影を見た。まさかアイツがあの女性を? ちょうど日が落ちて顔が確認できなかったがただ何か言葉をはっしていたらしく太い声が聞こえた。
どうやら男の人らしい。僕はすぐそばで見ているのにそれには気がつかなかった。ということは僕は見えていないのか?なんでだろう。
そうするとその黒い人影は消えた。その一本道では僕と赤く染まった女性の2人がいる。
でもその女性は動かない。夕日が落ちて暗闇に変わる空の下で僕は恐怖を感じた。
なぜこの女性は……? そしてなんで僕はここにいる?
どうしてだ、僕は図書館にいたんだろ?こんな人殺しの現場にはいなかったはずだろ?それなのになぜ、あの表情の後ここにいるんだよ?
そんなことで頭の中がいっぱいになる。パンクしそうになった僕の意識が消失した。
それからどれだけ時がたったか、僕は目を開けると
その目の前はまた知らない場所だった。目の前では1人の少女が泣いている。
どうやらお墓の前らしい。あたりは墓がならんでいる。少女はお墓の前でなにかを泣き叫んでいるがうまくききとれなかった。
なんだかとても大事な人を失ったようなそんな泣き声だった。
すると少女はこちらを見た。すると僕はまた絶句した。なぜならあの眼鏡に隠れたかなしげな瞳をまた見た。
この知らない場所に来る前に見たのと同じあの瞳を……その少女は僕をその瞳で見つめると何かを口ずさんでいる。
その言葉は聞き取れなかったけど僕はまたあることに気がつく。
そして小さな腕をのばして何かを差し出している。よく見てみるとそれは、スケッチブック。絵の内容はわからなかったけど自然と浮かんだのはそう、あの白い絵だった。
直感というやつだろうか?何を迷うことなく答えは白い絵。
しばらく絵を見せていると少女はどこかへと歩いていき気がつくと消えていた。
僕は追いかけようとしたけど、呼び止めようとしたけど声は出ない、体は動かない。
もうすこしで届きそうな手は無常にも消えていく少女の肩には触ることはできず、気がつけば一滴の涙が頬に落とされていた。
自然と目を瞑った僕は
「新二君?ねえ新二君?」
この声で再びまぶたを開いた。そこにはあの悲しげな顔を確かにした日菜瀬さんがいた。
でも今はその表情は消えていて、めずらしく心配しているような不安な顔で僕に問いかけている。戻ってきた? あの知らない世界から体験したことないあの恐怖から。
「あ、はいなんですか?」
とりあえず適当に答えてあの世界のことを考える。まず整理しないとまともな会話なんてできそうになかったから。でも日菜瀬さんは話かけてくる。
「どうしたの? なんだかボーっとしてたけど。汗もかいてるよ?」
どうしていたのか聞きたいのはこっちのほうだ。
あの世界にいたとき僕はそういう状態になっていたらしい。そういや汗もかいてる。
「いえ、別にちょっと考え事してただけでいつものことですよ」
今はそんなことより今の出来事をうちに帰ってじっくり考えたいんだ。なんとかして帰ろう。
まだ何が起こったのかぜんぜん整理できてないし理解したくても動揺しすぎて何がなんだかわからない。
「あの、日菜瀬さん僕急用思い出したんで先に帰っていいですかね? すいませんが」
はやくこのことを整理させてくれ、そうしないとわけのわからない動揺で僕が壊れてしまう。
それを聞いた日菜瀬さんは何故だか一瞬何かに成功したような怪しげな微笑を僕に見せてその微笑から若干の間があり、今度は普通の笑顔でこう言った。
「わかったわ、またね新二君」
そういうとなんだかさっきとは違う普通の悲しげな表情で手を振り、また本棚の影へと消えていった。
その背中はどこかさびしげで何かを僕に訴えるようなそんな感じがした。
僕は一安心し、足早に図書館に別れを告げちょうど近い時間だったバスにのった。バスの中で僕はまたバスのゆれに足をとられながら整理を始める。
僕はまずあの「White snow of revenge」という本を偶然見つけて、それが日菜瀬さんのだと思いそれを多少中身を見てからわたした。
すると日菜瀬さんはなんだかとても小さくなった感じがしてそのすぐ後だ。
あの瞳、あの表情を見たんだ。それからおかしくなった。
知らないうちに体は動かなくて最初はあの家にいたんだ。そこには女性と少女がいてごく普通に暮らしていたようだった。するとあの女性は出かけて、それを少女が見送っていた。
そこで僕の体はあの女性についていって、そこであの女性は死んだ。
夕日が沈みかけた空の下、一本道を汚すように赤い血があった。
すると人影がいることに気がついた。僕は顔を確認しようとしたけどちょうど夕日は沈んで見えなくなってしまった。
だが何を言っているかはわからなかったけど声の太さが印象残っている。つまり男の人の可能性が高い。
おそらくはあの女性を殺したんだろう。だがそれをなぜ僕が見る必要があったんだ?なぜ、あの場面を。
そこで僕は気がついた、あの時の一本道は見覚えがある。どこだ? 一番近い可能性はやっぱりあそこしかない。唄の家に言ったときの桜がまっていた一本道。まさか、あそこで?
だとしたら調べようとすれば調べられなくも無いだろう。
あの一家の家はまだあそこにあるのか? いや、もしかしたらこれから起きることかもしれない。
そう確かに今とは背景が若干違った。それは昔だったからともいえるが、当然これから先の可能性も考えられる。だとしたらこれは僕にとめてほしい、または
この出来事に対して僕になにかしてほしいことがあるのか?
だがもしそうだとして誰が、何故僕にあの世界を見せたのか。もしかすると人の行為ではないのか?
神様とやらが僕に渡した使命だっていうのか?もう疑問しかない。
整理しようとしても見た映像の整理だけで僕の思いや疑問は整理できそうに無い。
唄とであった時ぐらいの動揺を感じていた。もはや一時的に絵のことなんて忘れていた。でも整理しているときにまた思い出させる出来事があったのに気がつく。
あの女性の事が起きて僕はパニック状態になっていた。すると意識が消失していて、また目が覚めるとそこにあったのは重苦しく並んでいた墓。
そこから聞こえてきた少女の声。女性のときにいた少女とは違うのはわかった。
少女はあの時僕になにか言っていた。それがなんなのかはよくわからない。
その後あのスケッチブックを差し出してきた。描かれていたのははっきりわからない。でも僕は直感というやつだろうか、唄から借りている白い絵を思い出した。今日図書館に来た理由でもある白い世界が描いてある絵を。
じゃあ絵をさしだしたのは唄か? いや違った。
なぜなら僕はこの世界に来る前に最後に見た日菜瀬さんの眼鏡に隠れた悲しげな瞳、表情をもう一度見たからだ。じゃあ、あれは日菜瀬さんなのか?
来た理由も日菜瀬さんとの出来事がきっかけだった。そういうことなのだろうか。
可能性は無くは無い、確信が無いからそこら辺はあいまいなままだ。
そして少女はその絵をしばらく僕に見せて消え去った。
僕の記憶はそこでストップした。それ以上は何かがあったとしても覚えていない。
……
わけがわからない。僕はどうしたらいい? こんなことを僕に見せてどうしろっていうんだよ。ただ退屈な日常に飽きていた僕に何を伝えたいんだ?
とりあえず僕が気になるのはあの白い絵が出てきたということ。出てきたというのは当然僕のあてにならない直感だが。
何かしら今絵を持っている僕と関係が無いともいえなくなるのか。
だがあの絵をもていたのは唄じゃなくてこれも直感みたいなもんだが日菜瀬さんだった。
でもじゃあどうして日菜瀬さんがあの絵を?
そういえば唄はあの絵は唄のものじゃない、といっていた。じゃああの持ち主は日菜瀬さん?いや、それはない。その持ち主は今ロンドンにいるんだからな。わけがわからないのはとっくに感じている。
だがあの女性と少女のはじめの出来事と後半の日菜瀬さん(?)との出来事は関連性があるのかもしれない。
あの女性が殺されたことであの日菜瀬さんかもしれない少女は悲しんでいた、と考えられる。
というか僕の見せられたあの世界の情報ではそう考えることしかできない。じゃああれは日菜瀬さんの大事な人なのか?
とにかく、関連性があることはとりあえず確信しておくことにする。
次の疑問は僕とその世界、というより事件の関連性だ。
関係しているのは僕があの絵を一時的にもっているということ。だがあの少女が差し出した絵が白い絵とは限らない。とはいえ今のところは関連しているということにしておく。
次に、あの女性が殺された一本道はもしかしたら唄と歩いたあの一本道ではないか? ということ。それも調べたほうがいいのかもしれない。
だけど調べる義務は無い。なぜなら関連性があってもそこまで深入りする理由なんて僕にはないさ。僕は絵のことと唄の、鍵のことで手はいっぱいだ。
でもなんだろうか、唄からあの絵をもらったときからのことが全て関連しているように考えてしまう。まるで僕は誰かの手の上で踊らされているみたいに。
あの映像を僕に見せたのは誰で、何故なんだろう。以前は誰かが見せているわけじゃないと思っていたが今はやっぱり誰かが見せている気がしてならない。
僕がするべきことは一体なんだろう?
僕はこのまま絵を調べて、唄を鍵として利用することで僕自身の目的を果たす。これはわかっている。だがこの時点でどうしても僕は絵を調べることをやめられない。
どうしてここまで絵に執着、興味を持っているのか自覚はしているがそれ以上に引かれている気がしないでもない。よくわからないな。
気がつけば僕はすでに家の目の前にいた。
ドアをあけ静かに自分の部屋へと歩いていく。部屋のドアを開けて4回目のため息。
とりあえず今はゆっくりでいいから絵のことを考えよう。
そうすれば今日のこともわかるかもしれないし。そうしよう。
だけどこれだけ頭使ったのに絵に関してはまともな情報は無かった。
日菜瀬さんには悪い事したかな?突然帰ってしまったし。一度謝っておこう。いくら苦手な人でも一応。
でも、気になるのはあの日菜瀬さんに似ているあの少女。あれが日菜瀬さんだったら、今日の出来事について知っているかもしれない。
学校の日、そのこともついでに聞きにいこう。ただ答えてくれるかが問題かな。
それにあの本の名前復讐の白い雪、復讐、僕は頭の中によぎった嫌な可能性をかき消した。
いや、だってあの少女が日菜瀬さんってきまったわけじゃないしそれに……
もう考えるのやめるか。これ以上続けると悪い方向にしか考えられない。
そうさ、ありえない。
僕はその後考えてしまった可能性を無理やりかき消して穏やかには程遠い眠りについた。
心のどこかで今日のことが夢であるようにと願いながら。
4章U Even if I forget it now.
目が覚めた。五月蝿い目覚まし時計をとめる。
やはり昨日の出来事は記憶に残っていて、それは夢でもなんでもなかったと確信させられる。
ベットからいつもより重く感じる体を出そうとすると
突然
頭に何かが浮かんだ。一瞬だった。でもどんなのが浮かんだかはっきり思い出せる。絵の場所とおんなじだ。あの白い世界。
螺旋階段や植木鉢があるあの場所だ。そしてそこにはまたあの少女。
日菜瀬さんかもしれない少女が階段の上のほうに向かって何かを求めているかのように、救いの手を差し伸べてほしいかのようにまっすぐに手を伸ばしていた。
僕はあわてて机にしまってある絵を取り出す。なんなんだよ一体。
昨日から頭が疲れっぱなしだ。少しは休ませてほしいところだ。
どうして今度はあの白い絵の世界だったんだろう。そしてあの少女。やっぱり白い絵とお墓の前にいた少女は関係しているらしい。
ますます悩まされる。朝からこんなことになるなんて目覚めは最悪だ。
時計をふと見ると驚いた。まだ深夜じゃないか。
ちょっとまて、僕はこんな早い時間におきる予定は無かったぞ。ただでさえ頭使って疲れているのに夜中に起きてたまるか。じゃあなんだ?
なんで目覚ましがセットされている? おかしい。忘れようとしてもこういう出来事があるから忘れられない。
今日は休日2日目。めずらしく何の予定もない。少しは落ち着いて昨日のことは少し忘れよう。
もちろん完全に忘れるわけじゃない。だけど今日は忘れさせてくれ。
もう一度、寝ることにしよう。
今度は目覚ましも起きたい時間にセットした。それを念蜜に確認して。
……「新二!」
誰かが呼ぶ声がして目が覚めた。目覚ましをチェックする。また予定より早い。深夜ではないが目覚ましはまだ鳴っていない。
「新二!」
母が呼んでいる。いつも朝ごはんで呼ぶときとは違う声だ。
「何?朝から五月蝿いよ」
頭をかきながらドアを開けて階段の下にいる母に言った。
「電話、川口さんから」
川口って唄からか?なんで家の電話番号を? それになんで電話をしてきたんだ? であった時みたいに心臓が高鳴る。
「わかった、今行くから」
高鳴っている心臓を押さえながらゆっくりと階段を下りる。
降りれば母がなにかまた小言をぬかしている。僕がいやな顔をするとため息をついて受話器を僕に渡す。そしてドアの向こうへと帰っていった。
「もしもし? 唄さん?」
受話器を受け取った僕は若干の恐れのまじった声で問いかける。
「うん。私だよ木葉君。ごめんね寝てたでしょ?」
どうやら本当に唄らしい。いったいなぜ休日に僕の眠りを邪魔することもわかっててかけてきたんだ?
「あの、どうして家の電話番号を?」
「あーそれは連絡網だよ。木葉君ももらったでしょ? だって木葉君携帯もってないみたいだし」
なるほど、連絡網か。そういえばもらった記憶がある。まあ僕は携帯なんてもってないから何か用件があるなら家にかけてくるのは当然のことか。
「あのねちょっと家に来てほしいんだ」
僕が何か用件があるかと問いかける前に唄は話しかけてきた。
家に来てほしいってまたあの絵のことか? 悪いけど今回は乗り気じゃない。
昨日のことでまだパニック状態なんだ。忘れたいんだよ今日だけは。
「もしや、絵のことかな? だったら今日は……」
「違うよ」
全部言い終わる前に否定されていた。声がなんだか弱弱しくなっている。
絵のことじゃないなら……僕の鍵となる唄が頼んでいるし、唄といれば退屈がまぎれるのは確かだ。
「そっかじゃあ今からいくからまっててよ」
行くことにした。逆に唄のことで少しは昨日のことも忘れられるんじゃないかとも考えていた。
「わかった、ありがとね木葉君♪」
それだけいうとプツリと電話は切れてしまった。じゃあ仕度するか。
Tシャツとジャージのズボンから外出の時にはよくきている私服と似合わないズボンをはいて念のための財布をポケットに入れて母に出かけることを伝える。
母は僕が2日連続で休みの日に出かけるのはめずらしいなどと感心しているようだった。
そういえば中学時代まで連続で出かけた日は数少ないな。いくら偽りの僕でもそこまで面白くないことに付き合ってられない。だから一日は最低でも休むことにしていた。
とりあえず家を出て唄の家に行くため学校に行くときと同じ駅の電車に乗る。
今日は休日だから電車もそこそこというくらいの込み具合だった。通勤ラッシュ時よりは多少少ない。
ふと目の前に座っていた女子高生を見た。携帯をいじっているらしい。そんなにいいもんなのか? 電車の中での携帯電話の使用はご遠慮くださいと書いてあるにもかかわらずみむきもせず、夢中であの小さい画面を見つめて小さなボタンを休むことなく動かしている。
僕には縁のないものかな。メールやカメラ確かに便利だけど使わなければ邪魔な機能でおまけにその機能があることで値段も大きく変動する。最近はデザインや小型化などが目立っているとニュースでも見たことがある。大金を出して買うまでのものじゃない。
それに僕にはメールや電話をする相手なんて数少ない。仕事をしていたりするなら買ってもいいかもしれないがまだ買うときじゃないさ。
そんなことを1人頭の中で語っているといつもの西駅に着くが今回はここでは降りない。一気に東駅方面までいってしまおう。
わざわざ歩いて時間を使うほど料金に大差はないし。
そしてあの時唄と乗った駅に着き、また電車は走り出す。今度は唄の家方面だ。
よく考えれば電車一本でいけることに気がついた。意外と近いのか?
あの時唄がいっていたとおり東駅から唄のうちの近くの駅まではすぐだった。
電車を降りて歩き続ける。するとあの静かな一本道に出た。せっかく今日は忘れようと思ってたのに。思い出してしまったあの一本道。
女性が殺されていた道。僕の胸がまた高鳴ってきた。もしもの話あれが本当なら今僕が歩いているこの道で人は死んだんだ。
そんなことを考えながら足元を見る。周りを見渡し、僕が見たイメージの一本道と比べる。それらしき家はあった。でも完璧にイメージと重なる家は見つからない。あの出来事がおこったのがどれくらい前なのかはわからないが時がたてば景色も変わる。
僕はそれを理由にここではないと思うことにした。そう、僕は目をそむけた。
気がつけば唄の家の目の前にいた。ためらうことなくインターホンを押すと唄が出てきた。
「おはようっ」
やさしい微笑であのおはようが耳に入ってきた。さっきまでの不安や恐怖は一瞬かもしれないけど消え去っていた。家の中に入りあの時とおなじように部屋へ行く。
「今日は何の用事かな?」
「うん、ちょっと相談に乗ってほしいの」
相談? だったら電話で言えばいいのに。わざわざ呼ばなくてもいいんじゃないかと思ったがそれは口に出すことなく心の奥にしまっておいた。
「何かな? 僕でよかったらできる限りのことはするけど」
「ありがとう、相談って言うのはね」
唄の用件をじっくりと聞いた。まさかまたあの単語を耳にするとは思っても見なかった。
唄は携帯を買いたいらしい。あの電話のときはなんか持っているような気がしたけど唄も僕と同じで携帯を持っていなかったのか。
最近の若者は高校生くらいならもっているとあの伊勢がいっていたのでもっていないのは買おうとも思っていない僕ぐらいじゃないかと考えてた。
「で、なんでそれを僕に?唄さんの好きなのでいいんじゃない?」
そのとおりだろう。携帯になんて詳しくないし役に立てそうな相談じゃない。
「そうなんだけど木葉君の意見も聞きたくて。それと後ひとつ相談なんだけど」
その相談の内容を聞いた瞬間また驚かされた。まさか
「木葉君も私と一緒に携帯買わない?」なんていわれるとはまったく想像していなかった。
正直迷った。唄が僕と買うのを望んでいるのならここで断れば間違いなく唄は僕のことを1歩さがって見ることになるだろう。関係が遠くなるのは確かだ。
でもかといって僕は携帯を買う予定なんてなかったしついさっき携帯を買うことを否定していた。
「だってそうすれば絵のこととかもちろんほかの連絡も取れるでしょ?それに……」
情報のやりとりにはもってこいなのはわかっているさ。でもそれなら家の電話でも十分じゃないかと考える。
唄は何かを言いかけていたことに気がついた。
「それに?」
「それにどうせ買うなら誰かと一緒のほうが楽しいじゃない」
その言葉を聞いた途端僕は迷いが消えたような気がした。楽しい≠ゥ。
面白いとはまた違う感情。唄とであって面白いとは少し感じていたけれど楽しいとは感じたことはなかった。
楽しいってなんだろう? いったいどんな感覚になるんだろう? とても気になってきた。だからこう答えてしまった。
「唄さんが言うなら……まあいいけど」
すると様子を伺っていたような表情から一気に喜びの笑顔にかわった。
「じゃあ買いに行こうよ。今から!」
なんて事を言い出すんだ。買うとはいったけど今から行くとは思わなかった。
だが無駄遣いというものをしない僕のサイフの中には携帯を買うぐらいのお金は十分ある。
それに親がいないのにどうやって買うんだ? 普通無理だぞ。
その疑問に唄は「大丈夫」と一言だけ言うと、戸惑っている僕を駅周辺の賑やかな広場まで連れて行った。
「唄さん、本当に今から?」
「うんっ♪」
かなり上機嫌な唄をとめることはできず振り回されるようにして店の中へと入っていく。
そこにはたくさんの携帯電話のモデル版がならんでいて値段が書いてある。
「私のいとこがここで働いてて手続きとかそういうのは全部やってくれるから私は大丈夫」
「じゃあ、僕はどうするの?」
そうだ、僕はどうするんだ。唄は可能でも僕はお金しかない。やっぱり親の了承がないとダメなんじゃないのか?
「うーん、そうだなあじゃあ、行こうか」
「え?」
「木葉君の家に」
勢いよく店を出たと思えば僕は唄に引っ張られながら道案内をさせられていた。
そして西駅で公衆電話の前でストップした。
「とりあえず、携帯の許可もらえるか電話してみようよ」
もはやいちいち質問するのはやめて言われるがままに電話した。
まあ、突然そんなこといっても許可は下りずそれどころか反対されまくった。
それを横で聞いていた唄は電話を切った途端、また腕をしっかりと掴んで道案内の続きをさせた。
「ここが僕の家だけど……」
無言で笑顔を返されたけど、どう対応すればいいんだよ。
そして台所にいた母に、
「木葉君のお母さんですね?お願いがあってきたんですが」
母は振り向いて驚いている。まあ当然だろう。
「えっと新二のお友達かしら?」
「そう、えっとこの人は僕の友達で川口さんって言うんだけど……」
紹介している途中で唄がわりこんでくる。
「木葉君に携帯電話を買わせてあげてください!」
驚いた。僕も母も。そこには深く頭を下げた唄がいて、口を開けたままの母と突然の出来事にあたふたしている僕もいた。
「携帯電話って言っても、さっきも電話で新二に言ったけど無駄遣いとかした事ないからダメってわけじゃないけど急すぎるしどうしてお友達のあなたが……」
「やっぱりダメですか……」
また驚いた。今度は唄が瞳を潤めている。そして泣き出した。
「っちょ、え? 泣いてるの!?」
情けない声を上げた僕は母と唄どちらから話をつけようか迷っていると
母はなぜだか微笑んで、ため息をついた。
「……女の子を泣かせちゃダメよね、いいわ。お母さん買いに行くのついていってあげる」
「ありがとうございます!」
唄は大きな声でまた涙を床に落としながら頭を下げる。結局家に来てから何にもしてない僕はもう何が何だかという感じだった。
「じゃあさっそくいきましょう!」
そう言って家を飛び出すと今日3回目の電車に乗り、駅周辺の携帯電話ショップにはいる。
「母さん、買うときになったら呼ぶよ」
「ええ、わかったわ」
それを聞くと母は化粧室に入っていった。
横でうかれきっている唄に
「どんなのがいいかよくわかんないんだけど……」
わからない。どれがどういいのかさっぱりだ。
「まってて、私が今持ってくるから」
唄はなにやら向こうのほうへ行き、すぐさまこちらへと走ってくる。
「これ」
見た感じはハデじゃない。だがシンプルすぎでもない。とりあえずダメとはいえないデザインだった。
そして突然手に持っている携帯の紹介をし始めた。
ただうなづくことしかできなかった僕は最後に
「じゃあ、何色がいい?」
「……白」
まるでセールスマンにのせられて無理やりかわされているような気分になった。
唄はさっきの携帯の色違いを買うらしい。僕はハデじゃない白にしたけどなんだかそれ以前の問題のような気がする。
母を呼ぶとその唄のいとこという店員と手続きを済ませた。案外あっという間に終わった。
唄のほうはいとこが保護者の変わりになっているらしい。店の外に出て小さな紙袋を腕にぶら下げている唄と僕はそのまま唄の家に、
母は電車に乗って僕より先に家に帰った。
唄の家に向かう途中、うかれきっている唄に色々話しかけられんじゃないかと考えてたけど、ただご機嫌にニコニコ笑いながら、歩いているだけだった。
家についてようやく唄が話しかけてきた。
「ほら私赤なんだーカワイイよねー木葉君も白より黄色とかのほうがよかったんじゃない?」
赤。その色をみてしばらく忘れていたあのことを思い出しそうになったけどどうやら今目の前にいる唄がストッパーらしく思い出すのはとどめられた。
「いや僕はハデなのはちょっと……」
僕も携帯を開けてみようかなと手を出そうとしたときすでに唄が開けていた。
そしてなにやら携帯を両手に持っていじっている。電車で見たの女子高生みたいに。
「はいっ」
白い携帯を渡された僕は唄がいじっていたのにどこも変わってないように見えた。
すると唄はいつもより少し大きな声で
「携帯の番号登録しといたよっ!お互いに一番最初の相手だね♪」
そうか、と電話帳を開くとなぜかそこには「唄さん」と書いてある。
僕がいつもそうよんでいるからといえ自分でさんをつけるのはなんとも微妙な感じだったんじゃないか?
その後は何気ない会話をして笑いながら手を振っている唄を後ろに今日は解散になった。
ドアを閉めるとき、前みたいにあの表情はなくて、今日ずっとご機嫌な笑顔のままわかれた。
帰りの電車でポケットに空っぽになったサイフと共にはいっている携帯をとりだして電話帳をみてみる。そこには一件だけしか名前はないけどそれだけでも十分な感じがした。
いろいろ機能をいじっているうちにトンネルに入った電車に気がつく。そしてふと小さな画面を見ている自分が窓に映し出される。
それを見た僕はあの女子高生と同じか――となんだか開き直ったみたいに窓に映るもう一人の僕に
「お前も少しは、退屈がしのげたんじゃないか?」と笑うと再び小さな画面へと目を向けた。
家を前にして僕は思った。まずお礼を言わなくちゃいけない。
すこし疲れたのか足取りは重くなっていた。それでもやっぱり台所へ行く。
「母さん、ホントに携帯買ってよかったの? あんな急な話だったのに……」
「いいのよ」
夕食の支度をしながら答えた母に
「え?」
返ってきた意外な答えに僕は驚く。
「いつか話してあげる」
それだけ言うと母はなんだか気分よさそうに食卓に皿を並べた。
「新二、ご飯よ」
「うん」
夕食を食べた僕は自分の部屋へ戻る。少し軽くなった財布をポケットから取り出す。
勢いで買ってしまった事も問題だが、1番の問題は財布の中身。携帯の代金を払いおつりを戻した財布の中身は雀の涙。僕の中学生時代の小遣いほどになってしまった。
しばらくその後悔をどうやってくぐりぬければいいかと真剣に考えていると静かな部屋にある音が鳴り響いた。それは携帯電話から。
メールではなく電話らしい。今日買ったばかりのこの携帯にかけてこれる人は1人しかいない。
川口唄。しかし鳴り響いている携帯の画面には「唄さん」と表示されている。電話にでると別れる前まで聞いていたあの元気な声のままで
「木葉君?初めてかけてみたよーどう?」
「どうってまあなんというかうれしい……かな?」
あやふやな答えを返すと
「私もだよ♪別に話すことはないからもう切るねバイバイ!」
通話時間30秒弱。短すぎる。本当に意味のない電話だった。
電話が切れてしばらくすると昨日散々しため息を1つこぼした。そしてあの声を聞くまで後悔ばかりしていた僕は思ってしまった。
今は自分の鍵を見つけるよりも
絵の足りないものを探すよりも
昨日のことを深く考えるよりも
全部忘れて
動揺のスイッチになっているあの綺麗な澄んだ声の「おはよう」に
耳を傾けていてもいいじゃないか――
退屈じゃない、日常を変えてくれる存在がいる喜びに浸っていると
自然とあの感覚にはじめてなった。
そうか、楽しいってこういうことだったのか。
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2006/05/21(Sun)17:01:16 公開 / ZOX
■この作品の著作権はZOXさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
今回の作品は「リアルに好感を抱けない少年と、それを変える少女」という言葉でまとめられる作品にしたかったのですが実際、達していたかは自分では判断できず、皆様の手を借りたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
現在、新たに4章を追記いたしました。