- 『sk8の赤』 作者:nil / リアル・現代 未分類
-
全角3813.5文字
容量7627 bytes
原稿用紙約12.35枚
【助けた相手とよく分からない自分の行動を確認する夏の初日】
とりあえず、ヤバイと思った。俺の短い人生の中でトップクラスのピンチでもある。
俺は特に何もしていない、けれどこいつらにそれは通用しない。不満があれば周りに当たる。俺は何も悪くない、だからこいつらは悪だ。
悪がいるならば正義は必要になる。少なくとも俺は正義になるほどの力も技も精神も持ち合わせていない。
誰かに助けを求めようとしても無理だろう。人は他に冷たい、それを俺は理解している。だから……諦めようとした。
/0 プロローグ
夏休みに入って初日の晩。俺はスケボーをやる為に近場のスケートスポットである駅へも向かう。ゴ――――とスケボーも音が回りに響く。都会とは離れた場所なので人と雑音が少ない、だからその音が余計に大音量に聞こえる。それはまるで世界に存在しているのが俺だけのような錯覚すら覚える。
そして、夏の暑さも既に始まっているの……
駅に着くと誰の気配もなかった。いや、道路の対岸で歩いている仕事帰りのサラリーマンが1人だけ確認出来た。
清清しくもある、今までは学校があったから夜遅くにスケボーをするのは躊躇っていたが今日はその心配はいらない。警察の巡回があれば職務質問ぐらいされるかもしれないがそれぐらいでは俺の行動を止める大した理由にはならない。
この空間で俺は優越感を感じる。そして、何も音が聞こえな―――――
違う。スケボーを止めて耳を澄ませば聞こえる不可解な音。話声、ではない。何かが叩かれる音、何かが壊れるような音。
周りを見渡す―――――――。何も見えない、先ほど歩いていたサラリーマンすら姿が見えなくなっていた。
目には見えない所で何かが動いている。
性格には何かが壊されようとしている。
俺は気が付くとスケボーを手に持ち、足音を殺し、音に向かって歩き出している。
何故か、音が何を意味しているかは理解できている。しかし、俺はあえて関わろうとしている。その行為にどんな得があると言うのか……
「得なんか無いよ、まったく。俺もバカだな……」
足を止めて理解する。この道を曲がった先で■■が行われている。
自分でも理解している、得なんか無い。
損をする事しかないに決まっている。
それでも俺は勇気を出して、通路の先へと足を動かす。
そして対象と数を確認して声を張り上げる。
「暴力はやめろよ!」
ああ、言ってしまった……
/1
その時、俺は諦めていた。不条理な暴力、痛み、大事に抱えているソレは赤いスケートボード。全てが終わらないかと思う。
こいつらは間違いなく”悪”だ。正義は存在しない。
「暴力はやめろよ!」
そんな幻聴が聞こえるぐらいだった……
/2
数は5人。予想よりも多いな。年齢は高校生ぐらいか?
しかし、今更後悔は出来ない。自分で起こした行動ならば最後まで貫くのが心情でもある。
俺の声に反応した5人が動きを止めて俺を見る。そして睨み付ける。
「あんたコイツの仲間か?」
声を掛けてきたのはその中の1人だ。地面に倒れている人をみると全く知らない人だと認識する。
「いや、まったくの他人だ」
「なら正義感で現れた勇敢な男だな」
それは違うだろう。正義の定義なんか俺は知らないし、知ろうとも思わない。そんなモノは不必要。スルかシナイか、それだけが分かれば十分だ。
「その勇気に免じて、コイツを同じ状況に遭わせてやるよ」
それは全く嬉しくもない物言いだ。
俺は被っていたメッシュキャップを深く被りなおしてスケボーを持ち上げる。
スケボーは十分な武器にもなりえる。足りないなら他で補う、卑怯と言われようと自分を保つためには必要な事を俺はする。
罵声を上げながら、威嚇しようとしているのか、俺に1人が近づいてくる。
腕を振り上げて俺の顔目掛けて拳が襲い掛かる!
ソレを確認して俺は反応する、スケボーを顔の前に横に持ち直す。
“ゴッ”と音と共に衝撃がスケボーを支えている腕に掛かる。それは痛みではない、十分耐える事が出来る範囲。本当の痛みを感じているのは殴った本人である。
スケボーは飛んだり、人を上に乗せたりするわけだから強度と弾力性は十分ある。人のパンチぐらいじゃ絶対に壊れる事はない。
「この野郎!」
俺のパンチを防いだ行為が想像以上だったのか無意味な声を出して次に蹴りを繰り出そうとする。
しかし、遅い。既に俺の蹴りがヤツの顔面にまで迫っているのだから――――
“バンッ”俺の蹴りは防がれることがなかった。一度の蹴りで倒れるほど人は弱くない。よろめいている瞬間に反対の足で腹部に渾身の蹴りをお見舞いする。
その二度の蹴りによって1人目が倒れる。意識があるだろうが暫くは動く事も出来ないだろう。
「なんだ……オマエは――――?」
なんだ?と言われてもそれに答えるだけの語呂を俺は持っていない。驚きを隠せないというのは分かる。ただ、それだけの事だろう?
「言っとくけど、正当防衛だからな」
俺の言葉が、ヤツラの枷を外した。
「調子に乗っているんじゃねえ!」
残った4人が走って俺に向かってくる。今度はその行動に反応して俺は地面にスケボーを置き、乗り、そして地面を蹴り、反対方向へ走りだす。
“ゴ――――”と音を出しながら走り出すボード。数メートル先の曲がり角を曲がる。ブレーキの無いスケボーは曲がる時は殆ど速度が落ちない、体重移動だけでスムーズに曲がることが可能だ。そして速度は自転車にも追いつくことが出来るほどだ。
そしてヤツラの死角に入るとボードを即座に降りる。ボードを持ち上げると曲がって来る気配を感じる。
そして曲がって来た1人目が見えた瞬間にボードを横に振りかぶった。
“ヒュン”と音を立てる、本気で振りぬいた訳だから当たればそれなりに痛いだろうと思ったがこいつらに容赦しようとは少しも思わない。
“ガンッ!”しかし当たったのはヤツではなく壁だった。
反射神経が良いのか咄嗟にしゃがむ事によって避けたのだ。しかし避ければ避けたで隙だらけだった。こいつは喧嘩にまだ慣れていないだろうと思う。
“バキィ!”屈んでいるソイツへ蹴りをお見舞いする。命中したのは顔だった。
うん、これは痛いだろうな……
そんな感想をのべて自分が冷静であると確認する。その間に残りの3人が更に怒りを上げている。仲間が2人もやられたんだ、諦めるか、逃げるかして欲しいが仇を取ろうとか考えているであろう限りは結束が思った以上に固いのかもしれない。
これ以上の小細工は出来そうにないな……
大事なスケートボードを握り直して状況を考え直す。
/3
気が付けば回りに誰もいなかった。開放されたのだろうか……?そうであればなによりも有難い。そして段々と思考がクリアになっていく。「暴力はやめろ」と声が聞こえたんだ。
あれは……正義の味方?
そんな筈はないだろう、正義を語る人など存在しない。悪が世を満たしている。だから俺は傷つけられてしまったんだ。
周りを見渡すと真っ二つに折られた俺のスケボーが転がっていた。そしてヤツラの1人も転がっていた。
何が―――――起きたんだ?
俺はヨロヨロと立ち上がり、スケボーを拾うと曲がり角へと向かった。
何故ソコへ向かったのかは分からない、けれど人の気配を感じたのは確かだ。
曲がり角の先にいたのは、正義だった。
俺を傷つけ、大事なボードまで折ったヤツラが倒れている。そして多少の傷を負いながら立っている人。メッシュキャップを被り、蛍光色のTシャツに程よく色落ちしているリーバイスのジーンズ。そして何故か赤く染まっているスケートボードを持っている。
「大丈夫かい?」
俺に近づきながら声を掛けてくるその人。顔は深く被ったキャップでよく見えない。でも優しい声に聞こえた。
「あんまり大丈夫じゃないけど、大丈夫です…」
言った後によくわからない事を言っていると気づいたが既に遅かった。
そして彼は俺の手に持っているボードを見た。
「折られたのか?」
「はい……。先輩から貰った大事なものだったのに……」
そう、これは大事なもの。学校の先輩であり、人生の先輩であった人から頂いたスケートボード、”形見”。
「そうか。それならコレをあげるよ」
ソレは、返り血で染まったボードだった。
「え、え?」
意味が解らなかったので聞き返してしまった。何故俺にボードを?
「その折れたボードの代わりに大事にしてくれ」
そして何故か俺は受け取ってしまった。名前も知らない、俺の救世主の大切なスケートボードを―――――
/4
俺はボードを渡すと気をつけて帰れよと言って帰ろうと反対側へ歩き出す。
やっぱり無傷でヤツラを倒すのは無理だった。殴られた傷が少し痛んでいる。まあ、自分で首を突っ込んだ代償か。仕方ないな、自分の不甲斐なさと弱さに後悔した。
「待ってください!」
声を出したのは先ほどの少年だった。いや、青年かな?よく見ても中学か高校かわからない。華奢な体つきの青年だった。顔には不条理な暴力の後。
「ん、どうした?」
「名前……教えてください」
よく解らないな。名前なんて聞いてどうするのだろうか?まあいいか、答えておこう。
「九条 ナナメ」
これは俺の夏の始まりかもしれない。
-
2006/05/11(Thu)21:49:43 公開 / nil
■この作品の著作権はnilさんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
はじめましてスケボーが下手なnilと申します。
読んでいただいてありがとうございます。
完結できるように書いて行きたいと思います。