- 『無常』 作者:銀 真 / ショート*2 ホラー
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原稿用紙約5.8枚
『死神』が魂を刈るお話。その魂を刈る際に、『死神』が抱いている疑問を『カミサマ』にに問いかける。当然、『カミサマ』からは答えは返ってこない。しかし、『死神』は問う。何故、人間の屑を貴方は生み出したのかと。暗にそう問うても答えは返ってこない。
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五階の屋上から見たそれは、ただのどす黒い紅の物体だった。
いかに死神といえど、流石に大体40メートルの距離からその物体が何かを確認することはできない。
ここからでは仕事はできないな……
そう判断して、私は屋上の腰の高さほどの塀を飛び越え下に墜ちる。勿論大事な鎌も一緒にだ。
そしてとんっと軽い音を立てて地面に降り立つ。
目の前には……ぐちゃぐちゃに潰れたもの。紅の狭間から真珠のように白がちらりと顔を覗かしている。
それはつい先ほどまで『人』と呼ばれていた。しかし、今は誰も……それを『人』とは呼べないだろう。
それは、5階建ての学校の校舎の屋上から落ちた『人』。まぁ、こんなぐちゃぐちゃになるとは本人も思っていなかっただろうが……
別に、私が突き落としたわけではない。
自分で、落ちたのだ。
私は……その背中を後押ししただけだ。一言で。
『そんなに生に絶望しているなら、ここから墜ちてみたら?苦しみもなく死ねるよ?』
その前に、いくらか問答をした。しかし、決定打はこの一言だった。
そして、それはあっさりと墜ちた。
それが自殺したのは大部分が私のせいだろう。しかし、それほど罪悪感はない。
何故かって?
それが私のお仕事だからだ。
手に持っていた私の身の丈ほどもある大きな鎌を手だけで支えるのは限界になってきたため、地面に下ろす。
少し紅く汚れるが、仕方あるまい。今の私のような少女の細腕には荷が重過ぎる。そう、今の私には。
「……死にたいと、言ったのは貴様だ」
見下しながら亡骸を足蹴にする。
靴が汚れる。しかし、それよりも僅かに胸が痛んだ。
今回のお仕事は人間界に増えすぎた雑魚のような魂の回収。私はそれを『カミサマ』とやらに献上しなければいけない。
「本当に、貴様みたいな屑は仕事の相手にはもってこいだ」
勝手に世界に絶望して、自分のことは棚に上げつつ他人のことを責めたてる。
『人生』というものをまったく味わえずに死んでしまった私から見れば腹立たしいことこの上ない。
ただ、この屑も将来には大物になる確立がなかったわけではない。
私はこの屑の命をつんだのだ。
心がまた痛みそうになる。
「貴様に理解できるか?
こんなに綺麗な世界を味わえずに赤子で既に死んでしまった私達の無念が」
人間というのは、あまりにも贅沢すぎる。
私達がいくら味わいたいと思っても、決して出来ないことを出来ることに何の疑問も抱かず、堕落した日常を送っている。そして、それを不幸として他人を羨むしかしないのだ。
いくら不幸でも、その不幸さえ味わえなかった私達『死神』。その無念すらこいつらは踏みにじる。
でも、そう思っても……心が痛むのは止まらない。
仕事の時はいつもそうだ。
「『死神』を見ることのできる人間の大半はこういう奴らばかりだ」
私は、ここにはいない『カミサマ』に向かって語りかける。
自分の心を誤魔化すため、あえて問いかける。
「何故、貴方は…私達にこんな屑の始末を押し付けるのだ?」
答えは当然ながら返ってこない。
溜息を一つ落として、私は少女の姿から本来の『死神』の姿に戻る。
この身体ならば大鎌は苦にならない。いや、私のために作られた鎌だ。苦になるわけがない。
先ほど少女の姿をとったのは、屋上に上ってきた屑に自殺を唆す為。
そして今、元の姿に戻ったのは魂を『カミサマ』に献上する為。
私は大鎌を操り、葬送の舞を踏む。複雑な半円を描いた上に円を描きなおすような舞。もう何十回と踊ってきたもので、次の動きを思い出す前に身体が動く。
それは死神の魂送りの儀式。
「…何故、貴方は私達に試練をお与えになる?」
舞終わって、私は『カミサマ』に問いかける。
当然、返答はない。
『カミサマ』に会い、言われた言葉が思い出される。
『貴方が死神であるうちに、3つの試練を与えよう。その試練を突破できたら人に転生させてあげましょう』
これは試練なのですか?
貴方が私に魂を刈らせること。私がその仕事に心を痛めること。いくら問うても、貴方からの返答はないこと。
どれが試練なのですか?
もう一度溜息を一つ落として、私は次の獲物を探して風と駆ける。
人になりたい。
ただそれだけの望みのために。
私は魂を刈る。
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2006/05/12(Fri)19:52:33 公開 / 銀 真
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■作者からのメッセージ
はじめまして、銀 真(しろがね まこと)と申します。
無常(つねなしと読んでくださると嬉しい)を読んでくださりまことにありがとう御座いました。
今回は『死神』・『カミサマ』『自分を不幸だと思っている人間』の三つを登場人物として出させていただきました。
この世界に今存在するということは、私はとても貴重なことだと思っています。
平凡に平和に一日を過ごせるのは幸せなことです。
それを不幸という方に向けた疑問が丸々この小説となっています。
この世界を見ずに死んだ人たちは、もしかしたらこの世界を一目みたいと思っていたかもしれない。
でも、それはかなわなかった。だったら、この世で世界を見れることは幸せではないのでしょうか。
だから、私はそんな幸せをもてる精一杯の力で書かせていただきました。
最後に、ここまで目を通してくださってありがとう御座いました。
五月十二日に頂いたアドバイスをもとに大幅加筆をしてみました。
それでは、失礼致します。