- 『爆弾魔』 作者:九宝七音 / ショート*2 未分類
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 突然電話の音が鳴り響いたので、シュンスケはあわててベットから飛び起きた。いつの間にか、うたた寝をしていたらしい。時刻を確認すると、午後の十一時四十五分である。当然ながら、窓の外に見える景色は暗闇だ。
 シュンスケは一度大きなあくびをしてから電話の前に座り、おもむろに受話器を取った。
 「はい、もしもし?」
 一瞬の沈黙……。
 刹那、
 『あけると爆発するぞ』
 電話の相手は一言だけそう言うと、一方的に電話を切った。
 シュンスケは硬直する。
 …ああっ、ついに俺か……。
 
 最近、日本中……、否、世界中を騒がせている『無差別連続爆弾魔事件』。
 この事件は、実に理不尽に満ちた、謎多き事件であった。まず、被害者となる者に必ず一通の電話が入る。話しの内容は『あけると爆発するぞ』の一言だけで、電話は一方的に切られるという。この電話を受けると、被害者となるものは、もう死を逃れことはできない。どの場所にいようと、その部屋のドアを《あけた》途端に爆発が起き、そばにいるもの共々爆死する運命にあるのだ。
 ではもし、その部屋のドア、もしくは窓がもともと開いていた場合はどうなるのか? というと、今度は車のドアを開けたり、弁当のふたを開けたり、缶ジュースのふたをあけたりすると、同じようにして爆発が起きてしまうのである。もっとひどい場合になると、満員電車の中で老人が立っていたので、親切に席を《あけたら》爆発した、という事例も出ている。
 こうなると、国家権力である警察の方も手も足も出ない。犯人が誰で、いつどのようにして爆弾を仕掛けたのか? さらに、被害者を特定する動機は何か? 本当にこれは人間の仕業なのか……? しかも、この爆破事件は世界各国で起こっていた。
 やがて、誰ともなくこれは神の警告だ、と喚き始めた。増え過ぎた人間を排除するために、神の仕組んだ罠……。それとも神の悪戯か……?
 
 シュンスケは静まり返った自分の部屋を見渡した。
 この電話を受けて生き延びたと言う例は、これまでただのひとつも無い。シュンスケは額の汗をぬぐう。
 …考えろ、考えるんだ!
 まずシュンスケは、この部屋から脱出しようと考える。
 …玄関は!?
 完全に閉まっている。あれを開ければ、確実にアウトだ。
 …窓は!?
 窓のほうも完全に閉まっている。それも当然のことで、今は冬という季節なのだから、この時期、窓を開けて寝ているほうが珍しい。
 刹那、シュンスケの頭に天啓がおりた。
 …そうだ! 窓を開けず、《割って》から外にでればいいんだ!
 名案だと思った。窓ガラスだけを割って、外へ出ればいい。
 …でも、
 ここは、マンションの最上階である。窓ガラスを割って外に出ても、そのままマッ逆さまに地上に叩き付けられるだけだ。
 …だめだ、逃げられない。
 シュンスケは肩を落とし、うな垂れた。まだ、二十五歳という短い人生しか生きていないというのに、なんと残酷な運命だろう。
 このまま部屋でじっとしているしかないのだろうか。しかし、人間にとって『何かをあける』という行動は必然なものであろう。この場でじっとしていても、いずれはトイレにも行きたくなる。そうすれば、トイレのドアを開けなくてはいけない。勿論、腹もすくだろう。そうなれば、冷蔵庫のドアだって開けなくてはいけないのだ。
 シュンスケには先ほどの電話が、ただの悪戯であることを願うしかない。
 …悪戯?
 そうだ。ただのたちの悪い悪戯電話かもしれない。そうだとすれば、部屋のドアを開けたところで爆発など起ころうはずがない。
 シュンスケは立ち上がり、玄関の前まで歩み寄る。
 …人間、いずれ死ぬんだ。
 シュンスケは少し開き直った気分でドアノブを握り、深く目を瞑った。
 心臓の鼓動が聞こえる。
 額から汗が流れ落ちる。
 ゆっくりとドアノブをまわしてみる。
 カチャン。
 …どうか、神様!
 シュンスケは意を決して、玄関を勢いよく開け放った。
 静寂……。
 沈黙……。
 しばらくシュンスケはそのままの状態でいたが、別段何も変わったことは起きなかった。
 「ああ、助かった!」
 シュンスケは腰が抜けたかのようにして、その場に座り込んだ。
 「ははっ……、ただの悪戯だよな」
 一人呟き、大きくため息をつくと、再び部屋に戻りタバコに火をつけた。
 しかし、どうも腑に落ちない。あの電話が悪戯にせよ本当にせよ、今まであの電話を受けて生き延びている人間は、一人もいなかったのではないか?
 シュンスケは、不意に壁にかけてあるカレンダーに目を向けた。
 「まさか!」
 思わず叫ぶ。
 …時間は!?
 午後十一時五十九分……。
 「ああ、なんてこった!」
 シュンスケは立ち上がり、駆け出そうとした。
 今日は十二月三十一日……。
 「いやだぁぁぁぁぁ!」
 
 ゴ〜ン。
 
 鐘が鳴る。
 そして爆発……。
 
 年が《明けた》。
 
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2006/04/17(Mon)21:01:35 公開 / 九宝七音
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■作者からのメッセージ
 このショートショート、実は随分昔に書いたものである。このアイデアを思いついた瞬間、私は車の運転中だったのだが嬉しさのあまり(?)、ステアリングをきりそこねてガードレールに車体を擦ってしまったという曰くつきのショートショートである…。