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『ほんの少しものがなしい』 作者:夢幻花 彩 / ショート*2 リアル・現代
全角3325文字
容量6650 bytes
原稿用紙約10.9枚
ほんの少しものがなしい。まだ頑張れる。まだ大丈夫。まだ、まだ、まだいける。

 ほんの少しものがなしい。


 
 誰もが笑っている。穏やかな、柔らかい笑顔を浮かべてそこに立っている。それは私を中心としている輪の中だ。みんなの浮かべているそれは、嘲笑でも何でもなくて、素直に私のことを祝ってくれているものだ。嬉しい。私は自分が認められているのだと判るから、この中で私は肯定されていて、私は必要だよって言われているようなものだから、心から嬉しいと思う。本当に本当に嬉しいと思う。だけど、私の今の感情をそのまま言葉にするとこんな感じで、別段胸が切り裂かれるようでも絶望に打ちひしがれるようでもないんだけど、でもどことなくかなしくて(この感情は哀しいのか悲しいのかよくわからない。だけどなんだかかなしい)、なんだか泣き出しそうになる。










 
『期待しているよ』
 誰かが言った。
『美緒ならできるから』『応援してるよ』『凄いね、頑張ってね』
 口々に同じ笑顔を浮かべた人々が私にそう激励の言葉をかけてくれて、私はだからもっと一生懸命になる。そうすると私のやらなくてはいけない仕事はもっともっと増えて、私はもっともっともっと頑張って凄いことをやろうとする。誰かに必要とされるから、私はそれに応えたい。期待してる、応援してる、頑張れ、頑張れって言ってくれた人たちのために、私は今以上に頑張ろうと思う。
 私は小さい頃から(自分で言うのもなんだけど)勉強が出来た。礼儀正しくて大人にちゃんとあいさつができた。だけど子供同士でもみんなの輪の中心で遊び、笑い、そして外れている子を仲間に入れてあげることもできた。もちろん、小さい子にだって優しかった。
 両親は私を可愛がってくれている。特に厳しい家でもないし、どちらかというと自由奔放に育てられた方だと思う。けれど私は夜遊びなんてしてないし、彼氏や友だちは親にちゃんと紹介できるような人としか付き合っていない。
 
 
 班長、学級委員長、学年委員長に図書委員長と放送委員長それから風紀委員。
 そして、私は中学校でとうとう生徒会長になった。
 誰もが私を褒めてくれた。落選した人まで、美緒ちゃんなら当然だよ、おめでとうと私を祝ってくれた。誰一人として、なんであの子がとか、私の悪口を言わなかった。
 
 だから私は、期待に応えなくてはいけない。
 
 面白そうな漫画が本屋さんに置いてあっても、私は問題集を買って一生懸命べんきょうしよう。そして定期テストで言い点数を取って、先生の激励の言葉に応えよう。だけど友だちともちゃんと仲良くしなくちゃ。皆に親切にして、いじめられたり、孤立なんかしてないよってお母さんも安心させなくてはいけない。引き受けた仕事はちゃんと頑張ろう。それから、弟や、近所の小さい子にだって優しくしなくちゃ。時々むっとすることも言うけれど、私を信頼して面倒を見て欲しいと頼むお母さんたちを裏切ってしまうことになる。
 辛くなんかない。
 大丈夫。まだまだ頑張れる。
 もう少し。
 あとほんの少しだけで良いから。
 良かった、美緒ちゃんにお願いしてよかったねって、みんなが思ってくれるように。
 


 生徒会長として、「夏休みに向けて」の説明をしなくてはならない朝だった。教室の学級文庫も整理する必要があったし、クラスのアンケート集計もしなくてはいけなかった。次の日に提出する予定だった古典のノートを尚子に貸してあげる日(昨日丁寧にまとめてきた)でもあったし、また次の服装検査についての生徒会議にもでなくちゃいけなかった朝だった。
 突然頭がくらりとして、目の前が真っ暗になった。足がぐらぐらして、私の世界はぐるりと反転した。



 
 気がつくと私は自分の家のベットの上で眠っていて、愛用のレモン色をした目覚まし時計がカチッ、カチッ、カチッと音をたてて時を刻んできた。
 頭の下に氷枕があって、頭の芯まで冷え切っていた。ところで、氷枕がしいてあるなんて私は熱があったんだろうか。そういえば体中がなんだかだるい。
 右側を見ると水色のカーテンが下がったわりと大きめの窓から太陽の光が差し込んでいて心地よかった。そのまま視線を左にずらすと壁に見慣れたセーラー服が干してあった。
 セーラー服。
 そうだ、今日は忙しいんだ。私、こんなところで寝ている場合じゃない。
 唐突に思い立って私は起き上がり制服を着る。髪の毛を束ねて、母のいるであろう居間に下りていく。

 知らない声が聞こえた。

 初老の男の人の声で、なんだか重々しい感じにも聞こえる。誰だろう。きちんとごあいさつしなくちゃ。私はそう思って居間に入ろうとして、

「もうこれ以上『頑張れ』って、言わないであげてください」
 声は、そう言った。
「今回倒れたのは頑張りすぎたせいです。いろんな仕事を引き受けて、人当たりも良くて勉強も頑張ってなんて、普通の人間はストレスで潰れてしまう。ただでさえそんな状態なのに、今の彼女に余計負担をかけたら、ますます悪化します。彼女は普通に生きて行けなくなってしまいます」
「……私たちが、あの子をこんなにしてしまったんですか」
 お母さんの嗚咽。

 しばらくして男の人のほうが私に気がついて、慌てたように目が覚めたかい、具合はどうだいなんて笑顔で聞いてきた。母は目の辺りをごしごしとこすって、今日は学校休んだら、とむりやりな笑顔で聞いてくる。私は胸がずきんとしたけれど、それでも笑った。
「そうしようかな」





 次の日初めて学校を休んでしまった緊張と、昨日あれだけのたくさんの仕事があったのに結果的にサボってしまった罪悪感でどろどろになりながら学校に行くと、意外にも皆優しくて、大丈夫って聞いてくれた。
「昨日、ごめんね。仕事一杯あったのに」
 そういうと、誰もがなんだそんなこと、といった表情をした。ちなみに私の体調が本調子になるまで、代理の人が全部やってくれるらしい。ますます申し訳ないと思って謝ると、みんなが苦笑した。
 美緒は無理しすぎなんだよ。あたし達でよければ、力になるからなんでも言ってね。
 その言葉が妙に耳に残って、私は誰にも聞かれない方に復唱してみる。
 ミオハムリシスギナンダヨ。アタシタチデヨケレバ、チカラニナルカラナンデモイッテネ。




 そのうち私は完全復帰して、前みたいに元気になったけれど、もう私に、誰も頑張ってとは言わない。
 期待してるよとか、応援してるよとか、凄いね、頑張ってね、流石美緒だね、なんて誰も言ってはくれない。
 私は必要とされなくなった訳じゃなくて、私がそのせいで倒れてしまったから、もうそんなことが無いようになのだと思う。私の為を思ってくれているからなんだと思う。
 だから私は、感謝しなくてはいけない。
 
 感謝しなくてはいけないのだ。本当なら、こんな風にいろんなことをでしゃばって引き受けておいたくせに、ある日突然倒れて人に仕事を押し付けた私なんか皆に嫌われて疎まれてしまうべきなのだ。ところが誰もが私を肯定して、良いよって言ってくれた。しょうがないよ、美緒は頑張っていたもん。美緒は悪くないよ、大丈夫だよ。
 だけど、誰も期待してくれない、誰も頑張れって言ってくれないのは、凄く怖かった。あんたなんかいなくてもいい、あたしたちはあんたなんかいなくても全然平気なんだよって言われてるみたいで、とてもとても、怖かった。
 だけど私は、きっとそれを口にすることは許されていない。



 






 ほんの少しものがなしい。


 
 誰もが笑っている。穏やかな、柔らかい笑顔を浮かべてそこに立っている。それは私を中心としている輪の中だ。みんなの浮かべているそれは、嘲笑でも何でもなくて、素直に私のことを祝ってくれているものだ。嬉しい。私は自分が認められているのだと判るから、この中で私は肯定されていて、私は必要だよって言われているようなものだから、心から嬉しいと思う。本当に本当に嬉しいと思う。だけど、私の今の感情をそのまま言葉にするとこんな感じで、別段胸が切り裂かれるようでも絶望に打ちひしがれるようでもないんだけど、でもどことなくかなしくて、なんだか泣き出しそうになる。



終わり
2006/03/30(Thu)00:27:21 公開 / 夢幻花 彩
■この作品の著作権は夢幻花 彩さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 連載中ですけど、こういう感じの話が書いてみたくなりました。
 一生懸命に頑張ろうとする人が物凄く好きです。無理をしても、自分なりに懸命にやる人っていうのは物凄く綺麗だし強いと思う。途中で壊れそうになったり、くじけそうになったら支えてあげようと思う。初めから何もしなくて私に迷惑をかけない人よりも、頑張って頑張って結果的に一杯私に迷惑をかけてくれる人のほうが好き。……とかって訳判んないことを口走ってる訳なのですが(汗)

多少の酷評(また中途半端な 汗)大歓迎です。レス、お待ちしています☆
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