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『すべての若き野郎ども』 作者:時貞 / ショート*2 未分類
全角3598文字
容量7196 bytes
原稿用紙約10.9枚
 耐え切れないほどの喉の渇きを覚え、俺は目を覚ました。
 ゆっくりと半身を起こす。目やにのこびりついた瞼を両手でごしごしと擦ると、頭にズキリとした鈍い痛みが走った。
 俺は額を押さえながら、なんとかパイプベッドから起き上がった。身体中がだるく、胃の辺りがムカムカする。完全に二日酔いの状態である。
 起きながら部屋中を見回した。酒の臭いがムンムンと鼻腔を刺激する。
 どうやらまだ、他の皆は眠り込んでいるらしい。ソファーの上ではケンが高いびきをかいている。テーブルの周りで雑魚寝をしているアキラとユウジ。巨漢のダイキは、壁に背を凭れ掛けながら大きな口をだらしなく開けて眠りこけている。
 アルコール臭と男たちの体臭とが混じり合い、なんとも言えない空気を作り出していた。
 俺は彼らを起こさないようにゆっくりと忍び足で部屋を出ると、キッチンに向かった。
 冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出し、直接口を付けてごくごくと喉に流し込む。良く冷えていてとても美味い。ふと、キッチンテーブルの上に置かれた時計に目を向けると、時刻はすでに午前十時半を指し示していた。
 昨夜はかなりの量を飲んだものだ。最初に缶ビールを何本も空けて、それからワイン、メキシカン気分でテキーラ、最後はケンが持ってきたシーバス・リーガルをロックで飲んで――そんなことを考えていたら、急に尿意をもよおしはじめた。
 いそいそとトイレに向かい、ギシギシと音を立てる木製のドアを押し開けた。履きっぱなしのジーパンのジッパーを下ろし、便器を見下ろす――その瞬間、俺の身体の動きが止まった。
「……こ、これは……」
 愕然として、しばらくその場に立ち竦む。
「……い、一体、誰が、こんな……」
 フっと我に返る。
 俺は慌てて水洗レバーを押し上げ、便器に水を流すと、ジッパーを上げながら急いで皆が寝ている部屋へと戻っていった。


 ――問題は、いつ? 誰が? 流し忘れたかである――。


 ビッシリと閉ざされていた遮光カーテンを一気に開け、ベランダに面した窓を開いた。外はまばゆいばかりの陽光が降り注ぐ晴天である。すっかり春めいたこの季節、空気が優しく暖かい。俺はわざと大きな音を立てながら、テーブルの周りに散らかった空き缶やスナック菓子の袋を拾いはじめた。
「……ん、んん……あれ? 今何時……?」
 物音に気付いたケンが、眩しそうに目を細めながら俺に問い掛ける。
「もう十時半だよ。さぁ、お前ら、いいかげんに起きた起きた」
 テレビを点け、ボリュームを上げる。やがて一人、また一人としぶしぶながら目を覚ましていった。最後まで粘っていた巨漢のダイキも、俺の必殺カラテ・チョップを浴びるとさすがに飛び起きた。
 ケン、アキラ、ユウジ、ダイキ――四人とも完全にアルコールが残っているらしく、不健康にむくんだ顔で生あくびを繰り返している。俺はそんな四人をテーブルの周りに座らせると、ソファーにどかりと腰を降ろして煙草に火を点けた。
 真っ赤な目をしたアキラが俺に問い掛ける。
「……ふわぁ、ねみぃ……。どうしたんだよ、リュウト? 朝っぱらからなんか機嫌が悪そうだぜ」
 俺の必殺カラテ・チョップをくらった巨漢のダイキも、大きく突き出た腹をさすりながら不満そうにぼやく。
「ああ、いくら散らかしっぱなしで眠り込んでたからって、なにもカラテ・チョップで起こすこたぁねえだろ。ったく」
 俺は悠然と紫煙を吐き出しながら、おもむろに話を切り出した。
「昨夜から今朝に掛けて、トイレを使ったヤツは誰と誰だ?」
「――はぁ?」
 皆が頓狂な返事を返してきた。
「トイレがどうしたって? なんだよ、いきなり」
 俺は四人の顔を順繰りに見回すと、硬い口調で言い放った。
「この中に、流し忘れたヤツがいるんだよ」
 一瞬だけ室内に沈黙が流れた。やがて、
「はぁ?」
「わっはっはっは! うっそ、マジぃ?」
「お、俺じゃねえぞ! 絶対に俺じゃねえッ」
「おいおいおいおい、きったねえなぁ。そいつは一体誰だぁ?」
 口々に言いながら、おのおのの顔を覗き合う四人の男たち。俺は短くなった煙草を灰皿でもみ消すと、少しだけ身を前に乗り出してこう語った。
「まぁ、別に野郎同士だからどうってことないのかもしれないけど、いくら酔ってたからって、人の家のトイレを使って流し忘れるって言うのは、ちょっとエチケットがなってねえよな。……さぁ、誰だよ。正直に言えよ。素直に言えば、笑い話で済むんだからさ」
 俺は四人の顔を再び見回した。しばらく黙って互いの顔を窺い合っていた四人であったが、やがてケンが発言し始めた。
「俺が最後に小便に行ったのは、確か夜中の一時過ぎだったと思うけど……、その後でユウジが入れ替わりに入ったはずだぜ」
 皆の視線がユウジに集まる。ユウジは真っ赤な顔をして憤然と身構えていたが、やがて皮肉っぽい口調でケンの発言にこたえた。
「最後に行ったのが一時過ぎだってケンは言うけど、その後で皆が寝てから一度もトイレを使ってないっていう証拠はないんだろう? まぁいいや。確かに俺はケンの後でトイレに入ったけど、小便をした後でちゃんと水を流したぜ」
 そのユウジの発言を裏付けたのは、以外にも最初の発言をしたケンであった。
「ああ、そういえば俺の後でユウジがトイレに入ったとき、俺、胃薬を飲むためにキッチンに水を汲みに行ったんだよな。そんで、部屋に戻るときにちょうどユウジがトイレから出てきたところだったんだけど、確かにあの時、トイレの水が流れる音が聞こえていたようだったなぁ」
 それを聞いて、ユウジがフンと鼻を鳴らす。そして、残る二人――アキラと巨漢のダイキに向き直った。
「で、お前ら二人はどうなんだよ?」
 アキラは一瞬顔が青褪めたが、やがて大きくかぶりを振ると発言をはじめた。
「お、俺は……、夜中にちょっと気分が悪くなったんでちょいと吐いたけど……、それだけだぜッ。大きいほうも小便も絶対にしてねえぞ!」
 そう言って、今度は巨漢のダイキの顔を睨みつける。
「お前はどうなんだよッ」
 巨漢のダイキは、相変わらず大きく突き出た腹をさすりながら呆けたように三人の話を聞いていたが、やがて自分に矛先が向くと、意外にも豪快に笑い声を上げはじめた。訝しげにダイキを見つめる三人の男たち。俺もダイキが何を言い出すのか、興味を持ってその発言を待った。
「はっはっはっはっは! いやいや、俺っちはトイレなんて一度も使ってないぜ。人呼んで《トイレいらずのダイキ》――どういうわけか、よそ様の家じゃあ全然トイレに行きたくならないんだよなぁ。まぁ、こりゃ特異体質の一種なのかもしれねえ。ちなみにお前ら、俺がよそ様の家でトイレに入るのを見たことあるか?」
 俺を含めた四人の男たちは互いに顔を見合わせていたが、やがて同時に首を振った。確かにこの巨漢のダイキ、俺の家でも他のヤツの家でも、トイレに入った姿を見たことは一度もない。
「はっはっはっはっは! そういうこと。で、一体誰が犯人……、おっと、犯人なんて言っちゃあそいつが気の毒だけど、一体誰がやらかしたのか、これじゃあ結局何もわからねえな」
 巨漢のダイキが、さも楽しそうな口調で皆の顔を見回す。すると突然、ユウジが俺に向かって口を開いた。
「そういうことだな。……もしかしたらリュウト、お前が寝ぼけて自分で流し忘れたんじゃねえか?」
 俺は冷静に首を振る。
「いや、そんなことはない。俺はお前らよりも先に寝たし、さっきトイレに入るまで一度もベッドから起き上がらなかった。……まぁそんなことはともかく、今までの皆の話で誰が流し忘れたのか大体わかったよ」
 ケン、アキラ、ユウジ、ダイキ――四人の視線がいっせいに俺へと注がれる。
「――えッ! わかったって?」
「マ、マジかよ?」
「一体誰だよそいつはッ」
「おいおいおいおい、そりゃほんまでっか?」
 俺はゆっくりとした動作で新しい煙草に火を点けながら、おもむろに口を開いた。
「流し忘れたヤツは、多分……、アキラ、お前だろ?」
 一瞬室内に沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは、他ならぬアキラの大声である。
「――なッ! なんで俺が! さっきも言ったけど、俺は皆より後には一度だって大きいほうも小便もしてねえぞッ」
 俺は紫煙を静かに吐き出しながら、アキラに向かってこう言い放った。
「だから俺は、トイレに《何が流し忘れてあったか》なんて一言も言ってないぜ」
 アキラの顔が一気に青褪める。
「そ、それじゃあ……」
「そう。便器の中に流し忘れてあったもの。――それは、大量の吐瀉物だ」
「あ、あああ……」
 窓から流れ込んできた春風が、俺たち五人の火照った顔を優しく撫でていった。


 All the Young Dudes
 
      
        ――了――
2006/03/28(Tue)15:49:58 公開 / 時貞
■この作品の著作権は時貞さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お読みくださりまして誠にありがとうございました。そして……も、申し訳ございません(土下座)
現在進行中の一方がかなりダークな路線なので、ちょっと軽〜いショートx2をと思って書き始めたのですが、相当に馬鹿馬鹿しい内容になってしまいました(汗)
ちょっとお下劣ですが、他愛ないジョークだと思って大目に見ていただければ幸いです。
このような拙作ではございますが、何かございましたらお言葉を残していただけるとありがたいです。
それでは。
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