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『拡張子.jotk@d  一話〜二話(前半)』 作者:Town Goose / アクション アクション
全角19696文字
容量39392 bytes
原稿用紙約60.8枚
 
プロローグ

 暗闇の中、一人の男が走っていた。
 いや、早朝と言うべきだろう。その光景に、少し、違和感を感じた。
 おかしい、この時間帯ならば走っている人を見るのは別段不思議なことではない。ならば、それに違和感を感じたのはなぜだろうか。
 その原因はすぐに解決した。なるほど、違和感は彼の右肩に刀傷があったことだ。それも昔のものではない、触れば痛みを伴うほどの現在に起きた傷跡である。
 なるほど。ならば、走っていた、と言う表現には少し語弊がある。一人の男が、逃げていたのだ。
 それを見たら、自然と彼の行く先も気になってくる。
 どうやら、彼の家はマンションの一室らしい。これは彼にとって幸いと言うべきなのか、もしや不幸というべきなのであろうか、かれの目指した部屋番号は101、マンションに入ってすぐ右の処である。ずぼらなのか部屋には鍵が掛かっておらず、その一人の男は転がるようにして自分の巣に逃げ込んだ。
 土足のまま部屋に向かおうとしたが、鍵を掛けていないことに気付き、彼はあわてて鍵を捻る。その行為にさして意味が無いことを分かっているのかチェーンは掛けていない。
 今度はフローリングの床に足跡が付くことを気にしたのか、彼は玄関に靴を脱いで上がって行った。
 自分の部屋に着くと、息つく暇も無く、何かに取り付かれたかのようにフラッシュメモリーをパソコンのUSBに差し込もうとする。そのフラッシュメモリーに付けられているストラップは可愛らしいニコチャンマーク、その場に似つかわしくない笑顔がとても皮肉だった。
 そして、その変わらない深く掘り込まれた模造の笑顔と対極に恐怖に彩られる彼の表情。相当、焦っているのだろう。彼の手は恐怖に震えていてフラッシュメモリーがなかなか差し込めなかった。
 一度、二度、三度……何度も何度も繰り返す。
 一度自身を落ち着けるため深呼吸をしようとするが、上手くいかず咳き込んでいた。そのたびに手の震えが酷くなり刻一刻とゲージが短くなってゆく。
 ああ、なるほど。きっと恐ろしかったのだ、こんな身近に死に至る現実が表れたことに。
「はぁ、はっあ……あ!」
 入った。
 常に付けっぱなしなのであろうか、既にパソコンの電源は入っていた。彼は恐怖を抑えることなど出来ないと気付き、震える右手に左手を支えにしてマウスを移動させる。画面上に表示される矢印が不安定に震えながら、デスクトップ上に出されたマイコンピュータのショートカットからリムーバブルディスクと書かれたアイコンをクリックした。
 新しく開かれたディスプレイにはブブブ、という電子音とともに二つのアイコンが表示される。
 その中の一つはインターネットのアイコンで、拡張子がhtmとなっていた。名前の部分はどうやら文字化けしているようで意味の無いカタカナと記号が映し出されている。
 ……そしてもう一つのアイコンは超能力という題名で保存されていた。しかし、何のファイルなのであろう。Exeでもmp3でもzipでもない。拡張子はjotk@d。つまりは「超能力.jotk@d」と書かれていた。
 彼はその超能力と書かれたアイコンを無視し、インターネットへのアイコンを強く、何度もクリックする。
 人気のあるサイトなのであろうか、なかなか、画像が表示されない。
 ―――そんな時である。パチ、パキ、という小枝が折れるような音が玄関でした。いや、違う、それは、高温の炎によって、何かが燃え盛る音。
 バキッ
 ―――彼の部屋の扉が、ボウと燃え破れた。
「ひっ……ぃ!」
 ドアを破壊し、進入してきた■は右手に日本刀を持っていた。
 そして左手に炎を持っていた=B
 ボン、という空気の抜けたような音。
 ひゅうん、という風のような軽快な音。
 頭、胴体、腕、足、手首。綺麗に5つに分割されて、それはもはや生物として表現できなくなる。あえて表現するならば焼肉≠ニいうものが一番正しく、適切だ。
 ―――それで、終わりだった。

怪物

 文章の表現さえも省略される最短でありながら人間性をかなぐり捨てた怪物≠ェそこには在る。
「ひゃははははははははぁ―――ッ!」
 狂った嗤い声と、目の前に広がる焼肉。じゅうじゅうとこんがり焼け、匂う香りは香しい。
―――ふぁ〜ん
突然パソコンから発せられるそんなチープな音に、■は少し驚き、振り向いた。
すでに主人亡きパソコン。そこに表示されるパソコンディスプレイ。―――それをみたとたん、顔が緩んだ。なぜならそれは、■のよく知っている、愛しいサイトだったのだから。
 ジョトック@D
 ―――パソコンには、そう、描(うつ)されていた。
 

第一話【拡張子.jotk@d】
■Log:01 ああなるほど、殺されるな、と思った■

 こうなったのには理由があった。
 きっと、俺には二人の親父とお袋がいた。
―――つまり、朱観静と呼ばれる俺は、養子である。だが、そんなことはどうでもよかった、だって1歳の頃から引き取られた俺にとって、本当の親以外の何者でもなかったのだから。
 たしか、最初に自分が養子であることを知ったのは小学生低学年のことであっただろうか。そのことを親父から告げられたとき、とてもショックを受けたのを覚えている。
 2日ぐらい、自分の部屋に引篭もり、泣いていた。
 だが、不思議と本当の親に遭いたいと思うことは無かった。其の時、俺は子供ながらにそのことを良く考えた。そこで気付いたのだ。俺がショックを受けたのは、ただ単純に、この二人との繋がりが不確かなものであったことに腹を立てたのだ、と。
 そのことを理解したとき、認めたくないけれど、認めてしまう。俺は本当にこの両親を愛しているのだと。
 部屋から出てきた自分は、素直に二人をお父さん、お母さんと呼んだ。そのときの両親の泣き顔は今のほうが鮮明に思い出せる。
 俺にとっての真実は。本当の優しいお袋に、ちょっとだけ頑固な親父、事実はどうあれ、ここまで深く《繋がった家族》はいない。俺は、きっと普通の家庭なんかより、薄かったけれども何倍も、いや何十倍も幸せな生活を送っていたと思う。
 ……ただ、親父もお袋も若くなかった。
 親父が死んだのは、丁度今から二年前、秋の始まりの、妙に涼しい日のことだった。死因は老衰、このとき既にお袋は死んでいて、最後まで病院に行くことは無く、親戚全員に看取られて未練無くこの世から綺麗にさよならをした。
 自分が言うのはなんだかおかしいが、親父は最後まで幸せだったのだと思う。最後まで頭はハッキリしていたし、俺みたいな養子を取るくらいなのだから、お金に困るようなことも無い。遺産については死後、親父の書斎の机の中から封筒に入った遺書が見つかった。
 俺が養子であったこともあり、よく分からない色々と面倒な相続問題が出てきた最中のことだった。見付かった遺書には、お金がほぼ均等に分けられるように書かれていたらしい。
 立つ鳥後を濁さず。死後の事もちゃんと済ましていた親父は、この世に未練もなく死ねたのだろう。
 だから、そのとき俺―――朱観静は、親父の死を悲しむより、少しだけ自分が可哀想だと思った。お袋は随分前に死んでいたから、一人になってしまったのだ、と言う事実が。
 でも、俺が悲しめたのは自分も恵まれた環境にいたからだろうと思うことにした。……決して今、恵まれているわけが無い。それは自分なりに前向きに生きようとしたのだと思う。
 その後、親戚に引き取られることになったのだが、断ることにした。多分理由など無かったけれど。ただ、誰もいないこの自分の巣(いえ)を想像したくなかったのだ。きっと、それは理窟じゃなかったのだと思う。
 別にお金には困らなかった。両親が残してくれた多くの遺産があったから。
 ―――以上が、親父が死んでから1年、現在この親父の残した大きな家に、たった一人で暮らしている理由である。


                ■


起きたのは、もう8時を回った頃のことだった。じりり、などという安眠を妨害するものは無く、実にすがすがしい朝である。
「ふぁぁ……ぁ」
 大きな欠伸を一つ。両手を上に伸ばしながらふと窓に眼を向けると、薄く自分の姿が移っていた。なるほど、その不確かなシルエットでも分かるほど髪の毛が寝癖で凄いことになっている。まるでパイナップルだ。そのパイナップルをなんとか寝かしつけようとその窓に映る自分を睨み付け、両手で撫で付けてみるがまるで効果は無かった。
しかし、何故だろうか。窓の外の健康そうな青空が妙に頭の隅に引っかかる。釈然としないが、寝ぼけた寝癖だらけの頭でそのことを考えるのは辛い。とりあえずは疑問を保留することにした。
 仏壇に行かなければ。
面倒くさそうにゆらゆらと体をベットから起こし、俺は親父とお袋の白黒写真が飾られたこの家の中で唯一の和室へと向かった。
 和室に着くと俺は蝋燭に火を付け、お線香を三つに折り蝋燭の灯を移し香炉におき、手を合わせる。親父が死んでから一人でするいつもの日課である。いつも和室独特の釈然とした香りが余分なものを洗濯し、クリアにしてくれる。
 だが、今日は何故か眠気が治まらなかった。酔ったように思考が白濁としていて、纏まりが無い。

 ああ。きっと、それは。あの、あまりにも懐かしい夢を見たせいだ。

自分の寝室に戻った俺は、洗面所にも行かず、目を覚ます試みをまったくしないままのんびりと既に鳴り止んでいる目覚まし時計をボウ、と眺めていた。朝の時計はボーとしているととても早く進むように出来ている。授業中に見る時計はとても遅く作られているのに、不思議だなぁ、などと思う。
「……授業?」
ピキン、と頭痛が走った。……はて、授業?授業って何だっただろうか。数秒考え込むがどうしても自分の頭は分かろうとしてくれない。一度はその疑問をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放棄しようとしたが、妙な胸騒ぎがする。
とても、―――とても嫌な予感がした。しょうがないので授業と言う単語から連想ゲームの要領で一つずつ探し出してゆく。そして俺はやっと学校、という単語まで行き着いた。
「……学校?」
「ええと……これは遅刻だ」
 そう、何も考えていない頭で一人呟いた。
「―――遅刻?」
 そうである。紛う事無く、遅刻である。
「遅刻って……―――あ、れ?」
―――全身の血が引いて行くのがわかった、目の前が真っ白だ。単純なことなのに理解が追いつかない。
「あれ?あれ!?」
一瞬にして冬眠した頭が覚醒した。
遅刻?なんだそれは。遅刻など許されない。単位制を取り入れた俺の高校は本当に遅刻にシビアなのはお前も知っているだろう。しっかりと思い出せ、朱観(あかみ) 静(しず)と呼ばれる俺は当然のごとく単位が危ない、そして8時15分までに学校に着かなければ1週間に1度しかない家庭科の単位にリーチが掛かってしまうことになるのだ。
 そう理解する前に既に俺は走り出していた。結構、泣きそうである。
「畜生!」
 吼えながら家の玄関に突進する。玄関を明けると既に太陽の昇った遅刻特有の明るさが家に差し込んだ。
 とにかく一人暮らしなんだから戸締りはちゃんとしなければ、急ぎながらも学生鞄にぶら下げた家の鍵を玄関の鍵穴に差し込もうとする。上の鍵穴にするりと鍵が入った。やはり2年間も繰り返していると鍵の狙いも定まるようになるのか、と余裕も無いくせに意味も無く得意げになる。
 その調子で、2つ目の鍵穴にも鍵を差し込もうとする、が
 ガツン
 一度、二度、三度……繰り返す。
「ぁ……れ?」
 約7回目の攻撃……下の鍵は諦めるしかないのか。
苦渋の決断であった。負けたようで悔しかったが、事情が事情だ。こんな事をやっている時間がもったいない。
 既に心が疲弊しきっていたが、意思に関係なく体は既に走っていた。
皮肉なことに地元にある高校は家からの距離は短かった。自分の家は肉眼ではっきりと高校の時計までもが見えるところに在るのだ。だがしかし、それは距離が短い、というだけのことで直通の一本道はどういうわけか潰され現在巨大なビルの建設が既に工事に入っていたりするのだ。見えているのに届かない、そのもどかしさが余計に頭をパニックにさせる。
「ああ……もぅ!」
 この頃になると、自分でもすでに何を言っているかわからなくなっていた。
 ―――だから俺は、一直線に学校に向かうことにしたのだ。
「―――」
 自分でも驚いた……だから≠チてなんだよ、と誰かさんが何突込みを入れている場面だが、幸いなことにそんな心優しき突っ込み人はどこにもいない。多分、何も考えちゃいなかった。いや、きっとそれはとっても間違っていることだと分かってはいたのだ。だけど、どうしようもなかった。だってパニックだった。本能だった。希望の第三の選択肢だった。
「よし……いくぞ!」「―――……!!」
 覚悟を呟いたときには既に走っていた。何かが聞こえたような気がしたが、とにかく今は走ることだけを考えていた。むしろ何も考えるな。工事中の看板を飛び越え、何故か作業中の工事現場の人に挨拶しながら一直線に走って行き―――……気が付いたときには俺はその工事現場の元一本道を走り抜けて学校の前である。
……恐ろしいことに、ところどころ記憶が抜け落ちていた。制服の端々に切り傷がついているのは不問にしておいた方がいいのかもしれない。
人間できないことは無い、貴重な体験であった。
「……あ、やべ。急がねえと!」
軽い放心状態を抜け出すと、校舎の中央についている大きな時計が授業開始2分前を指し示していたことに気付く。ここまで頑張って遅刻などというオチは無しだろう。間に合え、と何度も呟きながら自分の教室へと走っていった。


               ■

 
「……ふぅ」
 本気で―――あぶなかった。
 激動の朝を迎え終え、今は4時間目。なんとか一時間目に間に合った俺は窓際一番後ろの席で右手で頬杖をつきながら世界史の授業を聞いていた。
 この朝の出来事を誰かに伝えたくてしょうがなかったのだが、よくよく考えてみればたんなるおかしい人である。ああ、だが隣の田中君に言ってからそのことに気付いたもんだからどうしようもなかった。そっとしておいてあげて欲しかった。
 そして、黒板の前に立ち授業をする彼は坊主でメガネ、さらに顎ヒゲなどを生やしていて、伊藤というありきたりな名前である。もちろん教壇に立っている以上教師である。新任ではないものの25歳と若い教諭であった。話は面白く、その温和な雰囲気は勉強嫌いな俺でも楽しく聞くことの出来る、授業の上手い先生である。ただ、何故か会話の節々に「え〜……」と間を挟むのが口癖で、悲しいことに顎に生やしたヒゲとあいまって彼の若さを希薄にしていた。
 伝説の教師、伊藤―――である。
そう、かれは伝説を多く持っていた。
例えば一つ、彼……伊藤は、普段は温和な性格をしているのだ。だが、その恐ろしい事件は1学期の初めに起きてしまった。
ノリ、だったのだろう。もしくは会話の弾みか、ある男子生徒が授業中に伊藤に調子に乗って浣腸をしたところ、音がなったのだ。……いや、ぶ〜、とかならまだ笑えたのだ。なんか、ボキッ、という音が。「いてえ、いてえ」と喚き、その生徒は冷や汗をかきながらその場に倒れた。「ホモ殺し、伊藤」の名前が付けられたのは言うまでもない。
もう一つ語るべき伝説は最近のことで、ある男子生徒、ボクシング部所属の田中君が授業中騒いでいたとき、とうとうあの温和な伊藤が切れ、持っていたチョークを田中君に投擲した。だが、その田中君も血の気が多いもので「チョークがなんぼのもんじゃいなめとんのかワレ」と言わんばかりに恐るべき反射神経で勇敢にもルーズリーフ一枚両手にガードしようとしたのだ。が、なんとその白チョークは落書き塗れのルーズリーフを貫通しアタマに命中。田中君は泣きべそをかきながら、あの事件を後にこう語った「アイツはまだ本気じゃなかってん……」と。
なんでも、噂では伊藤はキレ度数によってチョークの色を変えるらしい。赤チョークになると机を貫通する威力だとか。
そんな噂のせいか、それから伊藤の授業にちらほらと居眠りするやつはいるもの、おしゃべりをしようなどをする無謀な生徒はいなかった。
 キンコーン……
 先生が何度目かの「え〜……」を発したとき、丁度良くチャイムが鳴り響いた。
 起立、礼、クラスの級長が全体に号令をかけ、授業が終わる。同時に周りの張り詰めた空気が弛緩し、みんなのおしゃべりが始まった。
 今からは昼休み、我ら学生たちの休息のひと時である。俺も一息付こう、本当に今日は疲れた。
「……アホですかあなたは。」
 スパコン!寝ようとうつ伏せになった途端、いきなりのそんなチープな音と共に後頭部に衝撃が走った。冗談の優しさを感じさせない痛さで泣き顔になりながら後ろを振り返ると、そこにはセミロングで黒縁メガネが特徴の女子―――コザクラ アヤがいた。
「まったく……もぅ。」
小さい桜に、亜種の亜に弓矢の矢と書いて、小桜亜矢。幼馴染と言うには少し付き合いが短すぎるが、彼女とは中学校からの付き合いだった。
と言ってみても、偶然高校が一緒になっただけで、中学時代はお互いに挨拶をするだけの付き合いだったのだが。そういえば、高校に入ってからのことだ。二人で話すことが多くなったのは。
……正直、悪い気はしない、顔は人並み以上に可愛く、頭も悪くない。十人が彼女の隣を通り過ぎて一人ぐらいは振り替えるかもしれない。いや、貶してるとかじゃなくて現実かなり真面目なはなしで、それって自分の中での最大の賛辞だ。しかし、問題なのは彼女の性質である。
最近になって気付いたことなのだが、彼女―――小桜は正義の人なのだ。
「……ちょっと待て、なぜ俺が頭を叩かれにゃいかんのだ。」
 が、とくに彼女にばれるような悪事に心当たりが無かった。
 その様子に小桜は怖い顔をしたかと思うと、急に哀れな子を見る顔を作る。
「静、だってあなた朝、工事現場に奇声をあげながら突っ込んでいったじゃない……いや、御免なさい、いい病院を紹介するわ、―――ちょっと来て。」
 右腕をもって廊下に引きずられる俺。そして彼女は声が少し大きかった。みんなの目が痛かった。
「……え?」
 それは違う。誤解だった。
「ちょっ……待て!信じてくれ!俺は普通だ!」
 みんな信じてくれなかった。世知辛い世の中である。しかも彼女の悪意が満ち満ちているのが分かる。だってメガネが光を放った。確信犯。コレでは俺が不利である。まずい。
 そして小桜は言うことは何も無いといわんばかりに無言で俺をずるずると教室から廊下へと引きずって行く。
「痛い痛い、耳痛い!」
 できる限り声を張り上げて訴えた。
 小桜は聞いちゃいなかった。みんなも聞いちゃくれなかった。


           ■

 
うちの学校は新館と本館に分かれていて、少し複雑な構造になっている。
説明するにも今でも迷うぐらいなので正確なことは言えないが、主立って美術室や体育館、パソコンルームなどの特別教室は新館の方にあり、職員室や教室は本館の方にあるのだ。しかし、新館と本館の建物がどういうわけか妙階ほどズレて建てられており本館の4階の連絡通路で新館へ行くと新館5階であり、本館の7階では新館の7階だったりする摩訶不思議建造物なわけである。因みに両方とも8階建てで、エレベーターは本館の方にしかない。
いつも昼休みになると何故か小桜に6階の新館のベンチのある廊下の拓けたところに連れて行かれる。いわゆる広場=Aだ。この習慣となった耳の痛さは一割忌まわしき、残り大半嬉しき日課となっていた。
この痛みを9割も喜んでいる自分はノーマルな道を進んでいるのか多少疑問に思うが、気にし始めたら本格的に色々と間違えてしまいそうなので考えない。考えちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。いや、むしろ逃げなきゃ駄目だ。
……しかし、まさか小桜が見ていたとは、不覚であった。……つか、お前も遅刻してんじゃん。
「ん?何か言ったかしら?」
「いってない。いや、悪かったって。俺が悪者です。自分が悪かったです。ごめんなさい。」
 言うが棒読みなどではない。きっと、この言葉を誠心誠意に謝ったのだ。
 だが、確かに彼女の怒った理由は正当だった、家庭科って二時間目じゃない=c…なるほど、確かにその通り、納得してしまう。いや、でも寝ぼけると不測の事態が起こることがあることもわかってほしい。
「静、あなた本気で病院行ったほうがいいんじゃない?それ。」
「失礼な!小桜だって今日遅刻したじゃん。」
「それが納得いかないの。なんで静は遅刻扱いじゃないのよ。そんなの理不尽だわ。」
 ぶー、と唸り声を上げる小桜。本音が出た。ああ、なるほど。俺だけが得しているのが許せないのか。
「なんて酷い―――」
「貴方の顔が?」
「――――」
「冗談よ。ほら、笑え。」
 強制ですか。
「だいたい、なんで遅刻したにも関わらず昼食があるの?」
 言い、呆れた顔をしながら小桜は俺の手にぶら下げてある袋に視線を移す。その中にはコロッケパンやチョココロネやらが大量に入っていたその数、実に12。無論全部食べるわけがない。
「ああ、俺は飯買いだめしてるからな。時間なかったから急いでて3日分持ってきちまった。……いるか?」
「ちょーだい」
 即答だった。……なんか嫌だった。
「お前はもっと慎みと言うものを知れ。」
「無理。朝ご飯食べてなくて、そろそろ限界だわ。」
 大げさにお腹を押さえ、お腹が空いたとジェスチャーをする。そして、嬉しそうに俺の持っている袋の中を覗き込んだ。……が、
「……許センスね。コロッケパンよりも焼きそばパンでしょ。」
 新密度を上げるぞ〜、などと密かに意気込んでいた俺の下心は大いに傷ついた。タダの物にまでケチをつけるか。どうやら小桜の目指す正義像には慎みやら礼儀と言うものがぽっかり抜け落ちている気がする。なんか俺に優しくない。
「俺はコロッケパンのが好きなの。だいたいそりゃお金持ちの考え。値段考えろ値段を。学生の身分でパン一個で120円は贅沢だ。」
 そっか。と呟き、やはり嬉しそうに勝手にガサゴソと袋の中を漁り、自分のパンを奪取する。しかもコロッケパン2つ。なんの嫌がらせかコノヤロウ。
「う〜ん、でもこれってコンビニプライス。スーパーで買うと100円だもの。学生たるもの贅沢しながら節約する術を身に付けるべきね。」
「ほっとけ、コンビニでパンを買うのはポリシーみたいなもんだ。」
 ……あ、なんか小桜がアホな子を見る眼になった。
「ば〜かば〜かば〜かば〜か」
棒読みで4回もばかとか言われた。
「このいじめっ子、心が弱いのに、俺。」
「頭が弱いの間違いでしょ?」
 そう、笑いながら、
 ふと、
 ふと、慣れた仕草で、眼鏡を取る小桜
「……あ」
 しまった、

―――しまった、不覚にも見とれてしまった。だって、不意打ちである。

「?……どうしたの、静。何か変な顔してるわよ?」
 あ、――――だめ、本当に何も言葉が出てこない。
「―――いや、あれだ、いい天気だなって思ったら顔が。」
 なんとか返した答えは、我ながら意味不明なものだった。
 駄目だ、いま絶対顔元に戻らない。
いや、なんて答えればいいんだろう。やだなぁ、なんだかこうなるといつも焦ってこちらが一方的に気まずいではないか。
 小桜は怪訝そうに、ジッとこっちを見ている。見つめている。顔が熱い。
「あ―――と」
困る。なにか話題、話題が……
「―――あっ、そういや近所で事件があったよな?どっかのヤクザの組が潰されたって」
あった。そうだ、この事件。ニュースで自分の街がテレビに映し出されたのに不謹慎にも大喜びしたことを覚えている。伝奇殺人≠ニか焼肉事件≠ネんて題を付けられて面白おかしく週刊誌に載せられていたのが印象的だった。その話題に正義の人、小桜の顔が少し歪む。
しまった。明らかに話題の選択ミスだった。
「ああ……なんでも焼かれた死体がばらばらに切り分けられてた事件でしょ?火の元が確認できなかったし、争った形跡も無し。しかも、切り刻んだ刀はその組の物だったらしいわね……犯人もまだ捕まってないし、本当に、嫌な事件。」
 嫌な事件、と繰り返す小桜、やっぱり話題ミスだったとすこし悲しくなったが、意外にも小桜はこの事件に詳しかった。女の子はあんまりこういうニュースに興味がないものだと思っていた俺は妙に感心した。まぁ、多分彼女は正義の人だから詳しいのだろうが。
「う〜ん、まぁ、相手もヤクザだしなぁ。いい気分はしないけど、死んだ奴らを悲しむほど俺は複雑な人間でないんでね。そうだな、自業自得だろ。」
「そうね。」
「だな。」
 そう、あっさりと同意する小桜。
 ………………
 ……………
……あれ?
それは、少し俺の知っている小桜の受け答えではないような気がした。今度感じたのは、感心なんかではなくもっと単純な違和感だった。ただ、なにか違うな、と。
「……ん?でもそれってさ、考えようによっちゃとんでもないことだよな。だって、その犯人、何にも持たないで事務所に侵入して、ヤクザを瞬間で殺しちまったってことだろ?」
 赤面した顔を誤魔化す為に少し大きめの声で、俺の笑いながら言った何気ない一言に、小桜は、
―――とんでもないものを見た顔をした。


……あれ?


ここは何気ない日常の会話だったはずではないだろうか。
俺は、何も間違えたことを言っていない筈である。
「……あれ?悪い、俺まずいこと言ったか。」
 あはは、笑いながら俺は小桜に謝る。
が、小桜は答えてくれない。
なにか違うものを見る眼でこちらを見ている。
驚く―――それは、疑いの目だった。
「え?」
 どくん、と心臓の鼓動が大きく脈打った―――なにかが、変わったような気がした。
怖い、何が変わったのかがわからない。周りを見渡すが、なにも無い、いつも通り、俺と小桜の周りには誰もいなく静かなだけだ。
―――違うだろう。勘違いするな、まったく違う。これは絶対にいつもの静けさなどとは違う。周りの風景は色彩が抜け白黒のようで、彼女を黒一色で表している。その白黒の世界でさえ映ることのない透明なぶよぶよが空中に渦巻いているような不快感。全てが変わっている。
 なんて、―――居心地が悪い。妙な、静けさが続く。
 カツ、と黒一色の人型が一歩だけこちらに近づいた。
「…………ぁ」
【ああなるほど、殺されるな、と思った。それは、ふと、単純に。
このまま疑いが晴れなければ俺は、殺される。腕力とかそういうものではない、彼女には殺す腫瘍みたいなモノができている。その腫瘍はきっと《殺させる》。多分、それが適切な表現だ。
そっか、きっと殺せる≠フだ。何故か、そう思えた。】
「……ぅ、ぁ」
 死にたくない。必死に逃げ場を探し走った。しかし、眼は彼女を見ていなければ。だって眼をそらした時点で自分はきっと無くなってしまうのだから。だから脳内に描いたこの擬似空間で必死に走る。……ない、どこにもない。
 全ての階段は見えないぶよぶよが邪魔をして通れない。窓から飛び降りようと思ってもその窓さえもが黒の鉄格子に囲われている。廊下には一面の白黒で表された闇が広がっていて、ワンクリック後には文字さえも現れず、黒のエフェクトに飛び散った血がスライドでさしこむバットエンド。
 逃げ場は、無かったのだ。気付く前に、ここに居てはならなかった。
「………ぁぁ」
 じゃぁ、 なんだ、 このままだと、 俺 は ……

ピンポンパンポン――――連絡します。高校一年D組の……

 ―――広場に設置されたスピーカーから、校内放送が流れた。
 小桜はハッとしたかのように眼を見開く。色彩が、ゆっくりと、戻ってきた。
「あ―――御免なさい。私、何考えてんだろ。」
 そう、あはは、と笑いながらばつが悪そうに呟く。
「……ああ。は、はは……。」
心臓は未だに大きく脈打っている。警戒心が解けない。
なんだったのだろうか、【あのイメージは】。なぜ、そんなことを小桜が出来るなどと考えてしまったのだろう。
「本当にごめんなさい。ちょっとボッとしてたわ、私。」
 ……うそだ。
ウソじゃない。確かに小桜はボウとしていただけで何もしていないではないか。と、理性が言う。
……うそだ。
ウソじゃない。確かに、よく考えればそんなことがあるわけない、どうかしていた、【あんなイメージ】を思い浮かべるなんて、本当に。朝の遅刻騒動でやはりどこか疲れていたのだろう。
「……あ、いや、何なのかわかんないけど俺が変なこと言ったのが悪かった。確かに気分のいい話じゃなかったな。うん、俺はもっと話のできるオトコになる。」
 あはは、出来る限り精巧に作り上げた笑いで、小桜に話しかける。
「顔の出来た男になりなさいよ。」
そう言って、小桜も笑った。
いつも通り、なにも変わってなどいなかった。この後、俺と小桜は昼休みが終わる寸前まで新館の広場で話をしていた。
あ、静、そういえばさ―――
話し、彼女は笑う。ウソじゃない。何も変わってなどいない。


 ―――時折感じる懐疑の視線は、きっと俺の勘違いだろう。


              ■


 それからの時間は思ったよりも早く進んだ。五、六時間目の授業が体育と言う偏った時間割のせいで、先月から実質の授業は4時間目で終わっているのだ。
そのことを最初は俺も田中君などと一緒になって喜んでいたが、よく考えてみれば違う曜日に手を抜ける授業が減ったことになる。そのことを考えるとこの体育2時間と言うのはどうなのだろうか、と最近になって少し疑問に思うようになった。
 そんなことを考えながら帰り道を一人で歩いていると、ふと空が目に入る。まだ3時過ぎなのに空は既に薄い赤味を帯びていた。
 ―――そういえば最近、涼しくなって気がする。
 そうか、もう秋か。たしか親父が死んだのはこんな頃だった。秋の始まり、妙に涼しい日の事。
 ブレザーの左ポケットに入っている携帯電話を片手でパチンと開き、日付を確認すると、親父の命日の1週間前が機械的に表示される。
無機質、多分親父が死んだその日さえも自分が特別と思わなければ、今日と同じように、ただ機械的に表示されなんの感情も無いただの日常になってしまうのだろう。そう思うと、何故か急に淋しさがこみ上げてくる。―――ああ、一人で暮らすようになってから約1年、時が立つのは早い。もう季節は一周したのか。
 俺だけでもこの特別を覚えておかなければならない。じゃないと、親父が死んでしまった事実までウソになる気がした。
 ガラにもない感傷だ。いけない、心が弱くなっている。しっかりしなくては。両手で自分のしょぼくれた顔をバシンと叩いた。きっと、家に戻る頃にはこんな気分も戻っているだろう。


 しかし、家に戻ってもやはり何もやる気が起きなかった。なんか、人の気分ってこんなもんなのかもしれない。知らず知らずのうちに自分の部屋のベットで横になって勝手に不貞腐れている。自分自分でも理由は分かっているだけにそれが悔しかった。……当たれる相手がいないのが、悔しかった。
 こんなことでは駄目だ。
 そう思い、俺は少し外を出歩くことにした。ベットから起き上がり、とりあえず自分の部屋から出てみる。
「……ん?」
 廊下を歩いていると、不意に右足の下に異物感を感じた。なるほど、何かを踏んづけたようだ。小さくてよく見えないが、踏んづけた感触から、なにやら長方形の立体物のようだった。消しゴムでも落としていたのだろう。
 そこから足をどかし、しゃがみ込んでその消しゴムを取ろうと顔を近づけてみる。
 だが、それは消しゴムではなかった。それは黒く、どうやらその黒の直方体から銀色の突起が突き出している。
「……これ、もしかしてフラッシュメモリーか?」
 そうか、これはフラッシュメモリーだ。電気屋さんの広告などでよく見かけるが実物をみたのは初めてだった。手にとってみてみた。思ったよりも重さはない。そして、右端の先端のストラップ用の空洞部分には、お菓子のおまけのような安っぽいニコチャンマークの小さな物が括りつけられていた。
 なんでこんなものが廊下に落ちていたのだろう。
 陰鬱な気分などすでに吹き飛んでいた。
 もしかしたら親父のものだろうか?家で唯一パソコンがあるのが親父の書斎であった。もともと親父のものであったが、親父が死んだ今では俺が使わせてもらっている。
 しかし、なるほど、親父の昔の所有物だったら納得できる。しかし、何故廊下に落ちていたのかは知らないが親父の持っていたものだとしたら。
 つまり、それは……なんなのだろうか?
 全然想像がつかない。何が入っているのか興味が沸いてきた。
 まずウィルスと言うことは無いだろうし、中身を視て見よう。俺は行き先を自分の部屋から親父の書斎へと変更する。
 着いた親父の書斎はリビングの半分ほどの広さで、秋になる床は冷たく、少し肌寒かった。周りは本で囲まれており、その中央に一つ、社長室の机みたいに馬鹿みたいに大きな机が置いてある。そこに我が家のパソコンはぽつんと置かれていた。暖房をつけようと思ったが、この広さではなかなか温まらないだろうと思い、蛸足でハロゲンヒーターを自分の所まで引っ張ってくることにした。
 パソコンは基本的にスタンバイ状態にしてあるので起動には時間は掛からない。キーボードの適当なキーを押し、コンピュータを起動させた。
 そして、先ほど手に入れたフラッシュメモリーを正面のUSBに差し込む。
 デスクトップ上に表示されているマイコンピュータのショートカットからリムーバブルディスクと書かれたアイコンをクリックした。
 そこに入っていたのは拡張子がhtmインターネットのアイコンが一つだけである。名前の部分はどうやら文字化けしてしまったようで意味の無い数字とローマ字の羅列であった。
 これは、もしかしたら親父の秘蔵エロサイトなのだろうか。期待していたものとは少し違うが、それはそれで興味がある。
 俺はそのアイコンをダブルクリックした。人気のサイトなのだろう、インターネットの画面は白くなったままでなかなか画像を表示しない。
 10秒後、パソコン画面にサイトが表示される。……が、
「なんだ?これ」
 ジョトック@D

―――パソコンにはそう映しだされていた。










第二話【ダウンロード】
■Log:02 しかし自分達はその止まった悲劇の瞬間を見る■


 ジョトック@D=Aパソコンの画面にはそう表示されていた。
 背景は柄の無い薄い茶色で、ジョトック@Dと書かれたその下には、リンクの張られた文字が8つほど、その内の7つには一つ一つにプレビューと書かれたリンクと説明書きのようなものが書かれている。
 
 注意書き
 
サーチ.jotk@d  プレビュー
 ジョトック達をサーチします。詳しくはプレビューを見てみましょう。

治癒.jotk@d   プレビュー
傷を5分の一にして、それを全体に散らします。詳しくはプレビューを見てみましょう。

強化.jotk@d  プレビュー
 力を強化します。一定の力を手に入れるのではなく今持っている力を倍加してゆくものです。
 
運.jotk@d  プレビュー
 貴方の運気を上げます。ただし、お金が絡むものには適用されません。
 
技術(刀).jotk@d  プレビュー
 刀の技術を手に入れることが出来ます。
 
技術(銃).jotk@d  プレビュー
 銃の命中精度がほぼ100パーセントになります。
 
超能力(5種の内2種ランダム).jotk@d  プレビュー
 氷(水)炎、雷、土、サイコキネシスの全5種類のうち2種類をランダムで選択します。何度再ダウンロードしても内容は変わりません。使用方法はプレビューで見てみましょう。

 ……ぇえ〜?なんだ、これ。
 思わず、そんな声が漏れた。
 よく見ればURLの部分も文字化けしている。こうなると流石にウイルスの危険も考えたが、親父もわざわざそんなサイトの入ったフラッシュメモリーを家に置いておくだろうか?いや、いくらなんでもそれはないだろう。もしかしたら変わった趣向のエロサイトなのだろうか。
 ここまで来てしまって後には引き下がれない……ことはないが、なんか引き下がりたくない。とりあえず、俺は注意書きと書かれたリンクをダブルクリックする。
 サイトの立ち上がりが遅かったので、表示に多少時間が掛かるだろうと思っていたが、意外にもスムーズに表示された。ふぁーん、というどこか間の抜けた電子音と共に注意書きと書かれたページが別窓で開かれる。

 注意書き《ダウンロードファイル ジョトック@Dについて》
 ようこそ、ジョトック@D≠ヨ。これから皆様の使用するファイル形式、jotk@dについて少しだけ注意があります。
 これはフリーファイルなのでいくらダウンロードしてもらっても構いません。しかし、jotk@d形式ファイル(以後、j@d)のファイルは今接続されているフラッシュメモリーにしかダウンロードが出来ない仕様になっております。
j@dファイルの使用方法は現在接続されているフラッシュメモリーに入れることです。入れておけるのは容量の関係で2種類までです。
しかし、今回はお試し≠ニいう形で有効期限をつけました。
お試し期間は2月12日〜2月22日まで、忘れないようにお願いいたします。
今回、7個のフラッシュメモリーが用意されております。お試し期間≠過ぎ製品盤≠フアップロードできるのは先着2名様のみで、2月12日から7日後の2月19日にその他フラッシュメモリーが破壊されていることが必要ですのでご注意ください。(使用方法はプレビューを参照)
                       管理人 Town Goose

「……なに?これ」
 苦笑が漏れた。よく分からないが、少なくとも、エロサイトではないことは分かった。
正直、拍子抜けだった。まあ、別に落ち込むことはない、自慢にもならないが既にこのパソコンの中にはお気に入りの中には数十件の安全なエロサイトが登録されているのだから。
 【あのイメージ】
「え……?」
 気分直しにお気に入りからエロサイトを開こうとしたとき、不意に、そんなものがアタマに浮かびギョッとした。突然すぎて、なぜそんなものが浮かんだのか意味が分からなかった。なぜこの場で?
「なんだ?」
 ぞっとしたものが背中を突き抜ける。
 だが、たしかに今感じたイメージは、今日、小桜と対峙したあの。
【あのイメージ】
 注意書きの窓を閉じ、もう一度topの画面を見る。そこには注意書きの下に7つのjotk@dの拡張子のリンクが張られている。
 サーチ
 治癒
 強化
 運
 技術(刀)
 技術(銃)
 超能力(5種のうち2種ランダム)
 もしかして、これは……
 だんだんと、このサイトの言っていることがどれだけ意味の分からない事を言っているか分かってきた。
 つまり、このサイトは特別な力を、お前にくれてやる≠ニ言っているのか?
 ああ、
 そんな
    馬鹿な。
 だが、気付くと俺は画面を食い入るように見つめていた。苦笑も嘲笑もなく、真剣に、何度も何度もtop画面をスクロールして読み返す。
「んなわけあるか」
 その通りだ、現実味がまったく無い。どう見たって怪しいサイトだ。
 だけど
 だけど―――押してみたい。押してみたくなった。このファイルを、ダウンロードしてみたい。
 面白い、コレを逃したら次は無い。心が断言するそんな強い衝動に駆り立てられたのは生まれてはじめてだった。【あのイメージ】を感じた瞬間に、囚われた。
 怪しいけれども、親父の残した物だし安全だろう。別にウィルスサイトならば既に感染しているはずだ。ダウンロードするのもフラッシュメモリーにだし、大丈夫決まっている。
 だから、ダウンロードしよう。
 ……下手な言い訳だ。だが、もはやウィルスの危険性だけでは自分の好奇心を抑えられなかった。決めたのならば、もうごちゃごちゃと悩むな。俺は強化.jotk@dとかかれたリンクに矢印を持って行く。クリックと共に表示される「このファイルを保存しますか?」の文字
 誰に見られているわけでもないが、周りを見渡し、一度だけ躊躇い
 だが真実、躊躇無くダブルクリックをした。
 どくん、
 ―――どくんと心臓が高鳴ってゆくのが分かる。表現、それはまるで初恋のようだった。時間の感覚が麻痺してきて、一秒を一時間と感じ、2秒を5時間と感じる。それでも、確かに画面上に表示されるメーターは刻一刻と溜まって行き、―――あと少しで満タンになる。





 ふぁ〜ん、




 ……保存完了
 味気ない、いつものパソコンの画面。それでも、いま、確実に何かがこのフラッシュメモリーに流れ込んだ。これは思い込みかもしれないが、フラッシュメモリーのチープな安っぽさがなくなり、まるで漆塗り細工のような重厚感と威圧感に満ちている。
「まぁ、試してみるだけ、ね。」
 言葉とは裏腹に笑みが漏れた。だが、それは歓喜のもののはずなのに、何かが違う。それが何を意味しているのか、少し興奮していた俺は、考える前にフラッシュメモリーを片手に家を飛び出す。鍵も閉め忘れた。
 外に出ると、もう辺りは暗くなってきていた。日は既に半分以上沈んでしまっていて今日一日の照明の役割を終えようとしている。
―――今なら判る気がする。それは中途半端な狭間、朝、昼、晩その日常の3分の2を越えたとき―――なるほど、朱観静も辛うじて残っていた3分の2の日常を踏み外したのだ。

                ■

 どん、めき、ばき
 地味な、小さな音が鳴り、響くほど大きさでさえ違う。ああ、こういうことってもっと派手な音がすると思っていたのだが、現実そんなに煌びやかなものではない。今こうして今まであったものが無くなった′景に対して驚愕などそんな激情よりも、ただ単に喪失感といった違和感のようなものが先立つ。
「―――――」
 ただ、―――正直に感想を言えば、歓喜しかなかった。恐ろしいなどと考えることも無く、単純に俺は感激していた。
「―――す……げぇ。」
 目の前には自分の体を10以上並べても足りない程の大きな木が横たわる。
 今、自分は家から少しはなれたところの公園に来ていた。この娯楽の少ない町で数少ない遊技場である。だが、こんな小さな娯楽さえその昔ここで殺人事件があったなどというわけの分からない、とって付けたような噂のせいで、午後6時以降には人が来ることは滅多にない。もちろんそれはただの噂にすぎないし、殺人事件など起きていない。町の偉い人も頑張って呼びかけているのだが、根付いた噂というものは真実なんかよりもずっと事実である。自分にとってそれはとても都合が良かった。
 まず、結果から言えば、あのサイト、ジョトック@Dは―――本物だった。
 色々と試してみた。公園についてから手始めに子供用の滑り台に少し強めにデコピンをしてみたところ、滑り台にはデコピンをしたところを中心に亀裂が走り、周りに薄いヒビが入った。
 多分、半信半疑などと言う言葉で人間は行動を起こさない。そう考えれば最初からこの力を信じていた前提で此処にきているのだからこれ以上ないし極論、信じている以上、此処に来る必要だって無かった。
 だから、これは確認作業だったのかもしれない。朱観静という俺が、どれほど違く≠ネったのか。
 次は、デコピンではなく上から少し強めに拳を鉄棒に振り落としてみた。
 バキ、と棒の部分が折れるを想像していたが、予想に反して棒はクッと形が歪んだだけだった。正面から見ると殴った部分がへこんでV字型、……というよりも鉄棒全体がしなって薄い半円を描いていた。
 そのとき殴ったこぶしには考えられない激痛があった。それは今までと多分等倍のもので、その鉄棒を撓らせるほどの衝撃≠手に受けたのだ。なぜか強化≠ネのに痛みは小さくなっていないらしい。だが、それは痛みだけで、体に傷は無かった。
 多分こういうことだろう。筋肉的に強くなるが、痛いもんは、痛い。
 その結果にはかなり驚いた。何故か痛みはなくなるものだろうと勝手に思い込んでいたのだ。コレなら最初に超能力を選ぶべきだったのかもしれないと少しだけ後悔した。なんで強化なんて選んでしまったのだろうか。俺だってファイヤーとか唱えてみたかった。
 だけど、有る意味、その大きさ≠ヘ適量だと思う。
 俺は人は壊せるものの大きさがあると考える。それは人の命だったりそれこそ街ひとつ潰せたり、世界またしかり。恐ろしいことに、今アメリカの偉い人が本気を出せば地球なんてボタン一つとまで言わないが、簡単に滅ぼせるのではないだろうか。
 それをしないのは自覚症状と経験。それをして許されるか許されないかの線引きが終わっているから、しない。
 その極論、線引きがなければ、する。自覚という線引きのされていない過大な力。そんなもの鞘の無い刀身むき出しの日本刀担いで歩いているようなものだ。ムカついて切れたとき、確実に相手を殺してしまう。
 このファイル≠ノ馴染むにはもう少し時間が掛かるかもしれないが、痛みを感じる以上、鞘が存在する。多分、自分が今全力で何かを殴ったとしたら壊せないものは無い変わりに、自分はものすごく痛い。
 自分のそのファイルの存在の受け止め方は多分、アニメやドラマみたいな誇張した感じではなく、もっと興奮して、意味も分からず嬉しくなって、声に出して叫ぶような……それでも現実な受け止め方だったと思う。
 俺の手に入れた力、強化
 それは、もしかしたら、心も、強くなったのか。
 そのあとも色々と試してみたが、鉄棒の件で少し懲りて大きなものを相手にすることは止めることにした。基本的に痛みが無いものをこなしていった。パンチの素振りをしてみたり公園を走り回ってみたり。
 笑ってしまう程どれもがおかしかった。パンチの素振りの残像が確かに残っているし、走り始めてみればどれだけ早く走っても息が切れない。
 ためしに強化状態での速度でどれくらい持つのか公園の周りを走ってみたが10分立っても息は切れなかった。呼吸器系の強化はどうやら力の強化よりも強いらしい。
 ジャンプした時は傑作だった。両足に力を思いっきりいれて飛んでみたらなんと公園に生えている木の高さも越えてしまい、多分30メートルは跳んだ。着地のことを考えていなかったので凄い衝撃が足に走り数分公園でのた打ち回ったのを覚えている。
 しかし、着地のときに足の筋肉が痛まないで足の裏だけが痛いのはなんだか不思議な感覚だった。
 ずれた感覚。
 いつもがなくなった感覚。
 感覚、―――【あのイメージ】。
 思えば色々と壊してしまった。ちょっと、最後に調子に乗って木を引っこ抜いてしまったのはやりすぎだったかもしれない。木は出来る限り正確に元の位置に戻しておくことにした。しかし残念ながら鉄棒のほうは曲がったまま戻りそうになかったので、そっとしておくことにする。ごめんね鉄棒好きな少年たち。そして喜べ、逆上がりの出来ない同胞たち。
 ふと、公園の中央に立っている塔の時計に目をやる。そのとき既に時刻は午前3時を過ぎていた。
「やっべ、学校じゃん……!!」
 夢中になりすぎて時間が経ったのに気付かなかったらしい。だが、なんだか、コレだけの力を手に入れて学校を気にしてしまう自分に悲しくなる。なんか小っさかった。それでも学生の俺にとって一番重要なことだ。
 走って家に戻ろう。今、おそらく数秒と掛からない。
 公園を出ると、俺は家へと向かい、走り出した。頬に当たる風が冷たい。エスカレーターの上で走っているときみたいに速度に意識が追いつかず、家が自分に向かってくるような不思議な感覚だった。
 世界で、特別になれたような気がした。
 多分、このとき俺はいろんな疑問を保留した。それがいけないことではない。むしろどうでもいい疑問なんて忘れてしまえばいい。ただ、その疑問の一つに保留してはいけない、大事な疑問が混じっていただけのことだ。
 少し色の違う「なにが」の省略された疑問のなかで、どれが重要なのかなんて分かるわけがない。―――



2006/05/21(Sun)19:23:14 公開 / Town Goose
■この作品の著作権はTown Gooseさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 現在試験4日前、ちゃんと2話を完璧に書ききってから投稿しようと思っていたのですが、自分の遅筆のせいで間に合いませんでした。絶対にこの作品は過去ログにいく前に終わらせたいです。
 しかし、一日で原稿用紙2枚分進まない執筆スピードというのはいろいろと終わっているような気がしてなりません(汗
 ご指摘、ご感想宜しくお願いいたします。
 
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