- 『Knight of State(第15話) 』 作者:シンザン / ファンタジー 時代・歴史
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西暦3000年、人類は初めて細胞を変化させて新たな生物を作ることに成功した。それからは次々と伝説上の生物や絶滅した生物が作られ、世界はまさにファンタジックとなった。しかし、新たな生物を作る人間を許すはずがなかった。神の手の一振りで人間は全ての文明を失ってしまった。その代わり、人間には新たな能力を与えた。それが〔イオ〕という能力。やがて、再び人間は権力を求めて争ってしまう。
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プロローグ
「踏みとどまれ! 逃げるな! クソッ! ま……グワッ!!!」
霧が立ちこめる草原では赤と紫の旗が入り乱れている。
戦いだ。
紫の軍のほうがやや数が多く、優勢のようだ。
紫の軍の後方で見張りをしている兵士は、大きな欠伸をして風に乗ってかすかに聞こえる歓声やうめき声の混じった音を聞いていた。
「全く、後方の見張りでよかった」
誰だって自分の命は惜しい。だが、逃げだそうなら今度は味方に殺されるだろう。それだったら自分は本陣の後ろで突っ立ってればいいだけだ。全く運がいいとは幸せだ。
そんなことを考えていながらまたもや欠伸をすると、ちょっと伸びをした。
その瞬間、前方10mほど前の森から何か音がした気がした。
だが、彼が急いで槍を構えて目を凝らしても何もいない。
気のせいだ。そう思いたいが、戦場では誰だって神経が張りつめている。本能が危ないと言っている気がした。
数十秒の緊張……
何も起きない。
そうだ。
気のせいだったんだ。
大きく呼吸をして恐怖を飲み込むとまた眠たげにうつむいた。
だが、目は大きく見開かれ、全神経を集中して注意を森のほうへと向けている。
手が震えだした。
つばをごくりと飲み込んでおそるおそるもう一度森を見た。
その瞬間、彼は目を見開いた。
叫び声を上げようにも声が出ない。
手から槍が滑り落ちた。
ありえない。
彼の目の前には赤旗を掲げた大勢の軍隊が列を並べていた。
目をつぶった。
そしてもう一度目をあけたときには、彼の胴体には数本の矢が刺さっていた。
「かかれ〜!」
赤い軍が本陣へとなだれ込む。
紫の大将は抵抗するヒマなく首を切られた。
平原で戦っていた紫の軍も総崩れとなり、逃げるところを背中から切り倒され、多くの死者を出した。
その先頭には多くの屈強な騎士の一団があった。
弧を描くように並んで馬を走らせ、中央の騎士を除いて全員が赤い鎧を着ていた。兜には黄金の馬の装飾がなされ、十字形の剣を振るって敵兵をなぎ倒している。
中央の騎士は、後方に旗印(部将が自分の位置を示すためにさす旗)をもった騎士を従えており、漆黒の鎧を着ている。
彼は手を挙げて周りに馬を止めるよう促した。
「全軍、止まれ!」
隣で馬を走らせていた騎士の1人が叫んだ。
王は留め具をはずすと、兜をとった。前髪に紅い髪が混じっている40歳代の男性で、髪と同じように赤い毛が混じった立派な髭を顎に蓄えている。
「御館様、戦場で兜をはずすはいささか……」
「ゼオ、よいではないか。こんなに暑いのだぞ。それより、ナキの策は大当たりだな」
「そうですな。やはりナバロン様の娘。才能を見事に引き継いでいる」
「よし! 帰るぞ。帰還じゃ!」
王が馬を返したとき、一本の矢が空を切って王に迫った。
「御館様!」
王は馬から崩れ落ちるように地面に落下した。
「クソッ! あの者を追え!」
騎士の1人が激しく叫ぶが、彼の手を王が弱々しく握った。
「無駄じゃ。それより……カイに……伝えて……くれ……」
「御館様! お気を確かに!」
矢は王の左胸を貫いており、赤い血が溢れんばかりに出ている。
「この……指輪を……カイに……。すぐに……王家を……継いで……」
「そのようにお伝えします」
騎士達が涙ながらに王の顔をのぞき込んでいる。
「伝えよ……我が……ガイ……ア……国の……旗を……大陸の……東海岸へ……たてよ……」
天へと掲げていた王の手が崩れた。
彼の息子が世界に動乱をもたらすなど、まだ誰も知らない。
悲しみに包まれた軍が、棺を抱えて首都アスカへと帰還した。
第1話 真紅の王
アスカ城を代々首都としてきた国がある。
それがガイア国である。
馬の士(つかさ)の国であり、他国にはない騎士という職がある。
彼らは戦に出ることはもちろん、町の警備、治安の維持、少数での山賊討伐なども行っている。
出身はほとんどが貴族や金持ちの子で、それゆえに数も少ない。
王の護衛ぐらいしか仕える人数がいないのだ。
しかし、彼らは馬術の達者な者が多く戦ではかなりの戦力になる。
それゆえこの国の騎馬軍団は騎士団と呼ばれ(実際は騎士は配属されていない)恐れられている。
彼らは幼い頃から騎士の養成をうけ、18歳の時に初陣が許されている。
此処までが今までのガイア国のシステムだった。
しかし、これを革新的に変えたのが第15代国王カルトである。
彼は高い身分の子息以外に、農民や町人の子息が養成学校に通うことを許した。
これにより、騎士は今までの50倍の2500人に増員、さらに年間300人が騎士として増員される新たな体制が確立された。
ユーラシア大陸の南中央に位置するガイア国は、屈強に訓練された騎士団の突撃と武力により勢力を拡大。
東の大国ヘリオパスと対等に戦える戦力を整えた。
やがて、国王カルトはヘリオパスと対決を決意。
1万の兵を引き連れて国境を越えた。
戦いは、軍師の策が成功し、紫の野獣の異名をとるヘリオパス軍は撤退し、3000もの犠牲を出した。
だが、ガイア国にも悲劇が起きた。
何者かによって偉大なる王カルトが逝去したのだ。
撤退したガイア軍は、すぐさまアスカ城にいる皇太子カイに即位を促した。
そして今日、その即位式が始まろうとしていた。
天空を優雅に飛ぶ黒い鷹がアスカ城の上空に舞い降りた。
円状の町の中央に位置する城の白いテラスには多くの花が飾られており、ついさっき水を与えられてのだろう、花びらに水の滴が輝いている。
鷹はスピードを落とし、テラスを通り抜けると部屋の中の止まり木に軟着陸した。
その部屋は赤いカーペットが敷かれ、天蓋付きのベッドが置かれている。
窓の横の机には読みかけの本が数冊乱暴に置かれており、書きかけの手紙の横には、この部屋には似合わない地味な羽ペンが置かれている。
急に鷹が首を横に向けた。
ドアが開いたのだ。
入ってきたのは二十歳前後の青年で、すぐに戦に出かけるかの如く真紅の鎧を着ている。
髪は色々な方向に飛び出しており、まるでワックスを使ったようだ。
腰の剣は鍔(つば)が無く、すらりと長い。長いと言えば彼の身長も180cmと大きく、若々しく力強い精力的な顔立ちを際だたせている。
しかし、もっとも目に付くことはその紅い髪だ。
父は前髪に混じっている程度だったが、彼は全ての髪が紅い。
彼が鷹に近寄ると鷹は何かを理解したのか、急に飛び立った。
それを見届けると、彼はゆっくりと振り返って部屋を後にした。
残ったのは静寂だけだった。
城からは四方に町を通る道が延びているが、そのなかでも北の大通り、通称ノースベルは祭りなどが開かれるため、道幅がなんと200mもある。
すでにその道の両脇には国民が集まって即位式を見るために集まっている。
彼らの多くは、幼少の頃の皇太子(もうすぐ王になるわけだが)をよく知っていた。
カイ皇太子の日常は城を抜け出すことから始まる。
まず、呼び鈴を鳴らして召使いが持ってくる杯に満たされた水でうがいをしたあと、その召使いが顔を洗うための水を持ってくるときには時遅く、皇太子の部屋には誰もいない。
普通に部屋からドアで出ていくこともあるが、政(まつりごと)や兵法の学習の日は必ずと言っていいほどカーテンから滑り降りていく。
重臣の筆頭で幼い頃のカイの養育係だったゼオは齢60近い高齢だが、彼はカイの脱走に正面から対抗した。と言っても、部屋に兵士を配置するにもカイがいやがる。自分が居座っても力ではカイには勝てない。城のいろんなところに滑り降りて脱走するので(時には女中の部屋に脱走したこともあった)、待ち伏せもできない。
仕方なく門を閉めて出られないようにしたが、まもなく苦情が相次ぎ、なにより皇太子が高さ3mの塀をよじ登って脱走するのを自分の目で見た後はすっかり降伏した。
カイが町の中央広場(城の周りを囲んでいる広い公用広場)に姿を現すと、まず町の子供達がやってくる。
普段は寝坊する子供達だが、カイがくるようになってからは早起きするので子供の両親としては大歓迎だった。
そこで適当な民家で食事をごちそうになると(代わりに子供をあやしたりしたため、その家では大歓迎だった)、騎士養成学校(通称KTS、つまりKnight Training school)の授業(武術のみの授業)に飛び入り参加したりした。
そんな彼は昔から周りに好かれるタイプだったので評判はよかった。
さて、話を戻すがその民衆の列を通り抜けると外門(町を囲む城壁)の祭壇を取り囲むように櫓が建っており、そこから貴族や金持ち達が即位式の会場である祭壇を見下ろしている。
祭壇は大理石で、そこには王の印である指輪を授ける宣教師がいる。
城の中では王の行列が準備を整えていた。
長さ100mの行列の先頭には旗を持った騎兵が並び、次に槍、矛、様々な武器を持った騎兵が通っていく。
列の中央には旗印を持った騎士がおり、その横にはさきほど鷹が入ってきた部屋にいた真紅の鎧の青年が愛馬にまたがっている。
その後ろには重臣達が重厚な鎧を着ていた。皆、王の死を看取った騎士達だ。
後方の列は前方と同じく武器を持った騎兵が並んでいる。
その列が、城門が開くのと同時にゆっくりと進み始めた。
皇太子は敵が攻めてくるかと思うほどの歓声が耳に響いてくるのに軽く頭を振った。
日の光が辺りを包み、紙吹雪が飛び交い、口笛のピューという音が時折響いてくる。
おそらく自分の姿は、高いところで見ている者以外見えないだろう。
そんな思いが、緊張を和らげていた。落ち着いてみると、普段の朝となんの変わりもない。
白い吐息も、冷たい風も、まぶしい日光も、全てが変わらない。
だが、なんとなく殺気を感じる。いや、気のせいかもしれない。気分が高まっているだけだろう。おそらく、これが終わればすぐに戦だ。父が死んだときけば周辺国が黙っているわけはない。
特にヘリオパスは、一回の戦で国力が衰えるほど貧弱な国ではない。
となれば大戦(おおいくさ)だ。
これからのことを考えると頭が痛い。
「殿。祭壇につきましたぞ」
後ろから声がした。
前を見ると、前方の列は既に祭壇の周りを囲み始めていた。
王と重臣の騎士達は、祭壇の階段の前まできた。
階段には王1人で上る決まりだ。
一歩、また一歩と背中を家臣達に向けて階段を上っていく。
やがて、5m四方の正方形の祭壇の頂まできた。
祭司の宣教師が両手で箱を持っており、その箱の中に王位継承の証である指輪がある。
宣教師はとても笑顔で、まるで自分が王位を継承するような感じだ。
全く、これからしなければならないことを考えると頭が痛いのに……
そんなことを考えながら、祭司が恭しく(うやうやしく)捧げ持った指輪を見つめた。
周りを赤い宝石で装飾されており、中央には黒い大きな宝石がついている。
その昔、初代の王が見つけた絶対に壊れないものだそうだ。
そんな言い伝えを信じることはできないが、父を入れて15人もこの指輪を手にした王がいたのだ。
その15人の誰かが壊そうと試したに違いない。それでも現在に至っていると言うことは固いと言うことについては間違いないようだ。
指輪を右手の人差し指に通した。
周辺は先ほどとはうってかわって静まりかえっている。
後は帰るだけだ。そう思った瞬間、カイは見た。
宣教師のマントの影に鞘が見えた。
「貴様!」
そう言った瞬間、宣教師が鞘から抜いた剣をなぎ払った。
瞬間、着れたマントが宙を舞った。
ギリギリでカイはかわしていた。
「何者だ?」
暗殺者は黙ったままだ。
「そうか。では、死ね!」
カイが剣を抜いた。
「殿!」
騎士達が剣を抜いて助太刀に入ろうとした瞬間、城門から一斉に数百の兵士が乱入してきた。
「手を出すな!お前らは城門の兵を殺せ!」
カイはそう叫ぶやいなや剣を振った。
暗殺者はそれを軽く回避した。かなりの手練れのようだ。
二人は激しく打ちあった。剣は火花が散り、汗が飛び散る。
見かけに寄らず、暗殺者は力も強く剣技もかなり達者だった。
苦戦は免れない。
「どうする?」
暗殺者が笑みをこぼした。
「しょうがないな。お前が悪い」
カイの声が急に冷めた。
「?。どういう意味だ?」
その瞬間、カイの瞳が黒から燃えるように赤く変わった。
「これが俺の……イオだ」
一閃……
飛び散ったのは鮮血……
宙に舞ったのは……
暗殺者の首だった
第2話 風林火山の軍略
逃げまどう国民達と武器を振るう騎士と乱入した兵士達が北門の広場で乱舞する。
乱入した兵士の1人は、必死の思いでやっと1人の騎士を倒した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
死にたくない!
死にたくない!
死にたくない!
右腕には剣のかすり傷があり、衣服が赤く染まっている。
こんな傷で死にはしないが、気が動転している彼はまるで致命傷のように激痛を感じた。
他に自分に向かってくる敵はいないかと辺りを見渡していると、祭壇の上から何かが落ちてきた。
「イテッ!」
なんだと思ってみると、それはカイに斬られた暗殺者の首だった。
「こ、これは……隊長の首……」
震えながらとにかく逃げようと走り出そうとした瞬間、目の前に誰かが飛び降りてきた。
彼は一歩も逃げる暇なく斬られた。
ゆっくり崩れ落ちる。
斬った男は紅い髪の王、カイだった。
赤い瞳をゆっくりと左右に動かして何かを確認したようにすると、走り出した。
まず、一番近くの兵を背後から斜めに切り倒し、右から斬りかかってきた敵の首を剣で貫いた。
鮮血で顔が赤く染まるのも気にとめず、180度回転して背後の敵の首を跳ね上げた。
その戦いぶりは鬼人の如く激しく、100人近い敵のうち30の命を奪った。
国民や貴族には怪我人は出なかったが、新米騎士3人が死んだ。
「殿、先ほどの活躍はお見事……」
不機嫌な顔をしているカイに家臣が口を開いた。
「馬鹿め!お前達は何をやってたんだ!」
カイが怒鳴った。
「まず、貴族の方々の命を第一として……」
「あいつらの足のとろいことと言ったら……今度からドレス禁止令でも出そうか」
そうぼやいていたとき、難民3000人が入城したいと言ってきていると兵士が伝えてきた。カイが入れてやれと言った時、城の謁見の間に鷹が一羽、飛んできた。
「来たか……」
カイはそれだけ言うと、ポケットから小汚い布袋を出した。
旋回しながら方に舞い降りた鷹の目の前に袋を出すと、鷹はくちばしで中の豆を啄んで(ついばんで)はき出した。
はき出した豆には86という数字が書き込んであった。
つぎにカイが足下に広げた地図の上に赤い豆をはき出した。
その不思議な様子を、まるで神聖な儀式のように、皆黙って見つめていた。
「数は8600。現在位置は……東の森か……」
しかし、すでに鷹は次の動作に入っていた。
既にもう一つ豆をくわえ、それを地図にはき出した。
「! 城から30kmの北の森! 兵数は3000……」
鷹は役目を終え、王の部屋に飛び去っていった。
一瞬の沈黙の後、諸将が口々に意見を述べ始めた。
「パルが敵の伏兵を見つけたのは幸い。すぐに出陣し、北の森の敵をたたきましょうぞ」
「いや、我が軍は今のところ3000しかいない。ここは籠城が上策です。パルに手紙を託し、西の砦から援軍を送ってもらいましょう」
「それがいいかもしれないな……」
「いや、我らの得意な野戦に持ち込んだ方が……」
こんな会話が20分ほど続いたとき、やっとカイが口を開いた。
「お前達、おれが今日、偶然パルを偵察に出したと思うか?」
カイが呆れたように言った。
「では、すでに!?」
「ああ、3日前にパルが教えてくれたんだ」
諸将が驚いてカイを見ていると、「驚くのは早いぞ」と王は笑みを浮かべてたしなめた。
「殿、先ほど入城した難民の長が謁見したいと……」
「待っていた。通せ」
間髪入れずに答えを返すと、何故待っていたのか問われても一切答えなかった。
昔から、何かで人を驚かせるのが好きだった彼が、今度は何をするのか、全員が緊張をもって貧しい身なりの男を迎えた。
男は思ったより若く、18代ほどだろう。顔はフードで見えないが、体つきも良さそうな男だ。
「待っていた。さぁ、みなに正体を見せろ」
フードをとった男を見て皆が驚いた。
彼は西の砦の守備副隊長のロイという騎士だ。
青い瞳、茶髪の頭髪、背も180cmと高い。彼は重臣筆頭の古参であるゼオの一人息子で、長刀を持ったら百人力の豪傑だ。
初陣で敵の部将3人を生け捕り、そのまま敵本陣に一番乗りした功で西の守備の副隊長を任されたのだ。
話を聞くと、3日前にカイの飼っている鷹のパルが手紙を運んできた。読んでみると、3000人の騎士を難民の格好をして連れてくるようにと書いてあったのですぐに出発して首都まで来たというのだ。
「さすが殿、その軍略は風の如く。まさに今孫子(いまそんし)ですな」
「褒めすぎだ。馬鹿者め」
少し照れながら部下をたしなめた。
「では、兵数はこれで5000騎となった。よし、まず北の敵を駆逐するぞ」
カイが剣を手に立ち上がったとき、パッと手が上がった。
「殿、それはいささか性急すぎると思います」
「ナキか。たしか、父の最後の戦の折りの大勝利はお前の策だとか……。よし、申してみよ」
周りが口々に「出鼻をくじくな」と野次るなか、意見を述べ始めた。
「北を攻めている間に、東の敵が動くとやっかいです。ここは、兵を二つにわけて迎え撃ちます。殿には今夜中に自ら4000の兵で東の敵を奇襲してもらい、北の敵は、私が軍を指揮して撃退します」
「ほう、たいした自信だな。3倍の兵に勝てるのか?」
そうだそうだと周りでも声があがり始めた。
「勝てます!」
一気に野次の声がやんだ。
静まりかえる中、カイが羽扇をナキに放り投げた。
「そなたに任せる。今孔明となって我が軍に勝利をもたらせ。それは、お前の親父殿が置いていった品だ。お前にやろう」
カイは口に笑みを浮かべながら玉座から立ち上がって奥へと歩いていった。
深夜、4000の兵が城からこっそり出陣した。
「全軍、いまから風の如き神速の早さで進軍し、林のように静かに進め。奇襲をかけたら火の如く攻めよ。北に憂いはない。ナキが山のように守っている。行くぞ!」
4000の騎士達は常闇のなかへと消えていった。
第3話 勝利
ガイア国はアジアの中央に位置する国だ。
東には紫の野獣と呼ばれるヘリオパス、東には蒼天の魔物アストックが互いににらみを利かせていて、ガイア国は常にどちらか一方に協力することで生き延びてきた。
両国にとって、屈強な騎士を率いるガイア軍は貴重な勝利への踏み台であり、この2大国の戦乱に巻き込まれてきたガイア軍だが、カイが即位する2年前に中立をの立場を表明。これにより、2大国はガイア国を使える踏み台から危険分子へと見方を変えた。
アストックは国力増強のため、西へ勢力を拡大し、ヘリオパスはガイア国を虎視眈々と狙い始めた。
ヘリオパスを倒さなければ、この国の未来はない!それが、父の口癖であった。
夢半ばにして倒れた父に代わって、ヘリオパスを討つことで、同時に父の敵も討てる。カイは国の危急存亡の時にも内心は胸を弾ませていた。
「我思う。故に我あり」
「殿、いかが致しましたか?」
隣で馬を走らせている重臣筆頭ゼオがカイの口から漏れ出た言葉に興味を示した。
「古の哲学者の言葉だ。この危急存亡の時でも、俺は何故過去の戦を楽しみにしている。それは、これが俺の乱世への飛翔の第一歩になるからだ。こんなことを思うからこそ、俺がここにいるのだと思ってな。……俺らしくないか?」
真面目な表情でいっていたことが、急に恥ずかしくなってきた。
飛び出た木の根をかわすために、馬を跳躍させながら問の答えを促した。
「おそれながら、殿は殿でよいと存じます。殿がそう思うなら、自分の存在を確かめるために殿が思う治世を布かれませ」
「私めも共についていきます」
後ろを振り返ると、声の主達が目をまっすぐ見開いてカイを見ている。
彼らは王を戦から守る重臣達で、みな優れた武勇・知略・政治力をもっている。
全員20代の若さで、すぐれた才能を持っている。ちなみに、全員農民や町人の出身だ。
美男子のハライ、剣術に優れたラロス、西洋風の槍で戦場を駆けるレンス、そして双子のコール、コルスといって、いざ戦場に出れば彼らほど頼もしいものもいない。
「そうか……! 行くぞ! 未来に向かって進め!」
赤いガイア国軍は、すさまじいスピードで東の敵に向かって進んでいる。
速いだけではなく、風がすぎるように静かだ。
まさしく人馬一体となっている。強兵として名高いガイア国兵が、幼少の頃から騎士として育てられてきたのだ。弱いはずがない。
ヘリオパスの東本陣は、いつものように明るい。武将達はばくちをしながら、よく食べ、よく飲んでいた。
見張りもたてず、自分たちの存在が察知されていることなど知るよしもない。
「敵もアホよのう。未だに気づかないでおるわ」
「そうじゃのう。明日には一斉攻撃を仕掛けて、あの城でガイア国の美酒でも飲み明かそうぞ」
「よし、それがし、いまから余興に見せ物でもするぞ」
「おお!やれやれ」
宴会はいつまでも続くと思われた。
それを妨げた原因が、真夜中を過ぎてからやってきた。
突然、陣の四方から鬨の声が響き渡り、雨のように矢が振ってくる。
「敵襲!敵襲!武器を取れ!武器を……グワッ!」
矢がやむと、馬に乗った騎士達が槍を持って馬の腹を蹴って走り出し、すれ違いざまに敵の腹めがけて槍を突き倒す。
逃げる者は馬に蹴り殺され、背後から槍を投げられ絶命した。
後方でそれを見ていたカイは、重臣達を振り返った。
「共に!乱世まで駆けるぞ!」
「殿と共に!」
カイは、剣を抜くと四方八方を斬りつけた。
剣を振るうたびに血しぶきが馬や鎧を赤く染め、馬の足は蹴り殺した敵の血で赤くなった。
敵をあらかたうち破ると、1人の騎士が縄で縛った敵を1人連れてきた。
「こやつは、ヘリオパスの5将軍の1人のガルバルでございますぞ」
「よくやった。褒美に、この刀をやろう。名はなんという?」
「私はレオナルドと申します」
「そうか、気に入ったぞ。おぬしに10人の騎士を配下につけよう」
「ははっ!」
レオナルドは頭を下げて、下がっていった。
「後は……北門だな」
月光が北門の近くの森に明るく降り注いでいる。
北の森に潜んでいた陣に1人の兵士が逃げ込んできた。
見張りの兵士が槍を構えてゆっくりと警戒しながら近づいた。
兵士は肩に切り傷があり、傷口からは血があふれ出している。
月光に照らされて見える鎧はヘリオパスの物で、息も切れ切れなところを見ると、遠い距離を必死に走ってきたようだ。
「おい!どうしたんだ!」
番兵が肩を担いで男を陣へと運んでいった。
男は、手当を受けるとすぐにこの軍の大将のラルムと話をしたいと訴え出た。
ラルムは知略に優れた将で、ハンサムな将だ。
その眉間にしわを寄せながら、ゆっくりと落ち着いて話を聞いていた。
「もう一回……ゆっくりと簡潔に話してくれ」
その静かな瞳が、目の前の兵士に降り注がれている。
「東の本隊は敵の奇襲により……全滅いたしました……ガルバル様は捕縛され打ち首。敵は戦場の後かたづけでそこに居残るようです」
「あの馬鹿め……村娘を犯し、酒でも飲んでいたのだろう?」
冷めた笑いを顔に浮かべながら杯の水を飲み干した。
「そ、それは……」
兵士は、上官の悪口を認めるべきか迷っていたが、やがて小さく頷いた。
「ふん、それより、敵が戦場に残るのは本当か?」
「はい、この耳で確かに聞きました」
「そうか、敵は我らに気づいていない。城は……手薄だ!」
勢い込んで立ち上がると、部下に出陣を命じた。
笑いが止まらない。
ここまで我が策が成るとは!
ガイア国王も、味方のガルバルも、皆うつけよ!
ガルバルなど、本当は自分が囮など知らないで、私が敵を引きつけると思っていた。
これで私は、5将軍に任命されるだろう。
これは私の出世の第一歩よ!
野望の炎を燃やすラルムは進軍していてもまるで気が違ったように笑っていた。
いつもなら兵法に習って静かに進軍する彼も、この時ばかりは、勝利したと確信して騒ぐ兵士達をとがめもせずに高笑いを続けていた。
やがて、目の前に掘と城門が見えてきた。城門までは堀の上に作られた幅40mの石橋が造られている。
城門も城壁の上も暗く、人がいてもわからないだろう。
「よし!破城鎚で城壁を壊せ。梯子で城壁を占拠せよ!」
一斉に兵士達が石橋を渡り始めた。
その時、城壁の上から女性の声が聞こえた。
「放て!」
矢が雨のように兵士達に向かって飛び、体中を貫いた。
「なに!城には兵はいないはず……」
城壁が昼のように明るくなった。
松明がともった城壁の上には弓を構えた騎士達が並び、馬に乗って羽扇を持っている女性がこちらを見ている。
「何者だ!?」
ラルムが叫んだ。
「この前のガストラル平原を勝利に導いた新米軍師よ」
なにげなく自分の功績を誇示するのが彼女の性格だ。
「ほう、このいないはずの兵士もお前の策か?」
「いいえ、これは殿の策。昼に来た難民達の正体よ」
「だが、これほどの軍で何ができる。どうみても1000もいないではないか」
ラルムはあざ笑うと攻撃再開の合図を出した。
今度は、城壁の下からも矢が飛んでいった。すさまじい矢合戦が繰り広げられる中、ヘリオパス兵の梯子が全て破壊された。
「クソッ!城門の突破を優先せよ」
城門がきしみ始めた。
「城壁を降りて、城門を守りなさい!」
城壁の兵士達は波が退くように退いていった。
破城鎚がついに城壁を貫いた。
その穴に兵士達が群がって閂(かんぬき)をはずしていく。
「門があいたら、騎馬隊を突っ込ませろ!」
門が開いた瞬間、騎馬武者達が槍を構えて突っ込んでいった。
門から離れたところでナキが槍ぶすまを構えさせていたが騎馬武者達も負けじと槍で突き合った。
「今よ!放て!」
「今だ!放て!」
二人が同時に叫ぶと、両陣営の後方から一斉に弓が放たれ、両軍の兵士が悲鳴を上げて倒れていった。
両者は互角の戦いをしていたが、このままでは数で劣るガイア軍が不利になっていく。
ここで、ナキが羽扇を振り上げた。
それを見たラルムは、なんだと思って後ろを振り向くと、そこには東にいるはずのカイ率いる騎士団が馬を並べて森から出てきた。
負けた!
彼はその瞬間、敗北を悟った。
引き上げの命令も出さずに、すぐに自分だけ馬を返して逃亡した。
「追わなくてよい。それより……敵をなぎ払え!」
挟み撃ちにされ、なにより大将が逃亡したヘリオパス軍は降伏した。
勝ち鬨が轟く中、カイがナキのもとへ走ってきた。
「お前、俺が来なかったらどうしていた?」
あきれているカイを見ると、ナキが笑顔で答えを返した。
「来ると思っていましたよ。でも、来なかったら石橋を落としていたかも……」
「気に入ったぞ!ナキ!」
大声で勝利を祝って凱旋したカイ達に対して、城で一番でかい酒場の奥さんが大声で叫んだ。
「殿様!夜中に演習はやめてくださいな!赤ん坊が起きちゃいますよ!最近、夜泣きが多いのに……」
第3話 春風
あの戦いから半月、ガイア国の王カイは久しぶりに外を散歩していた。
即位式のときは肌寒く吐息が白くなっていたが、今日は雲一つ無い穏やかな晴れの日でとても暖かい。
皇太子の頃の普段着はいつも布地の黒一色で地味だが、今日は同じ黒でも革製の服を着ている。
うんと伸びをすると、城門の櫓にスルスルと上っていった。
遠くに見える山脈の頂はまだ雪で白いが、城周辺の森には青々と葉が茂っている。
この景色がいつまで楽しめるか……。
彼の脳裏にヘリオパスの大軍が浮かんできた。
さきの戦でヘリオパス国王を完全に怒らせたろう。
なにしろ5将軍の一角を討ち取ったのだから。
ヘリオパスは小国に囲まれており、彼らが連合しているために大軍を挙げることはできない。だが、ひとたび同盟者を見つければ、彼等と長年争ってきた我が国は蟻の如く踏みつぶされてしまう。
「それにはこちらも同盟者を見つけなければ……」
頭の中の悩みがふと口から漏れだした。
こちらも同盟者を見つければ、すぐにでも軍を起こして東征ができる。
物量で持久戦に持ち込まれれば国力の差が出て負けが確実になるが、決戦に持ち込めば、こちらにも分がある。
最高なのはアストックと組むことだが、それは虫のいい話だ。
なにせ、10年前に国交断絶しているため、こちらからはどうしようもない。
もしかしたらアストックまでこちらを攻めてくるかもしれないのだ。
そんな不安が頭を巡っているとき、誰かが櫓に上ってきた。
寝そべっているカイの視界にナキの顔が入ってきた。
「なんのようだ?」
ため息をつきながら、理由など無関心なのにナキにきいた。
「殿、使者です」
ウキウキしながら城のほうを指さして、ナキが答えた。
言葉遣いは主君に対するものだが、城外での態度はまるで友達感覚だ。
彼女は美しくはない。どちらかと言ったら可愛いと言った方が彼女の容姿を表すのに適しているだろう。
ぱっちりした眼の奥に輝く茶色の瞳。宮廷の正装に身を包んでいる。
スタイルもなかなかよく、活発的な女性だ。
年は19で、カイより4歳下だ。
神の軍略と恐れられた父の才能を受け継ぎ、5年前に暗殺された父と入れ替わって宮廷軍師団に入団したときは未熟者と侮られたが、半月前の戦の功績で周りからも慕われるようになってきた。
その彼女のウキウキとした顔に、全くこの大変なときにと思いながら答えを返した。
「ヘリオパスから、降伏勧告でも来たか?なら、斬れ!」
「いいえ、アストックからです」
「なんだと?何の用できたんだ?」
「同盟したいそうです。なんでも、私たちがヘリオパスと再び組むと思っているみたいですよ」
「どういうことだ?」
その時、ナキの顔を見てカイはこの女が冗談を言っているのだと思った。
「……嘘なのか?」
「まさか!本当ですよ」
「では何故そんな顔をしているんだ?」
「え?顔に出てます?……じつは、アストックに噂を流したんですよ」
「お前がか?」
「ヘリオパスとガイアが手を組んでアストックを狙っている。しかし、ヘリオパスの同盟条件にガイアは納得していないようだ。こんな噂を、アストックの国王が聞いたらどう思うと思います?」
「いそいでガイア国と同盟して、身の安全を図ることにするだろうな」
「それできちゃったんですよ」
「わかった。すぐ行く」
カイは驚いた。
それだけの調略を、この女は戦後まもなくやってのけたのか? この国を救う最前の手だてを、こいつはいとも簡単に思いつき実行に移したというのか? それほどの奇才だというのだろうか……
カイは内心にナキの知略に対する恐ろしさを覚えながら、櫓から飛び降りると馬にまたがって城へと走っていった。
使者は内心とてもビクビクしていた。
なにせ、噂が本当なら自分の国は滅亡の危機に陥る。
待っているようにと一室に押し込まれているが、もしガイアがヘリオパスの条件(どんな条件かは分からないが)をのんでいたら、自分は殺されるかもしれない。
しばらくして処刑用の剣を持った兵士が数人きて、刑場につれていかれるなんてことがあるかもしれない。
まだ同盟を結んでいなかったら、大金を積むこともできる。
それでも駄目だったら君主が3日考えてようやく承諾したアレもある。
アレならばきっとうまくいくだろう。
相手を逆立てないような言葉を頭に浮かべているとドアが開いた。
ドアを開けたのは武装した兵士ではなく着飾った女官だ。
内心、ホッとして付いていくと謁見の間に通された。
両脇には武官と文官が並び、その奥には紅い髪の王が座っていた。
家臣達は、なぜ使者が来たのか不思議そうに見ている。
しかし、彼に周りの状況を観察する余裕はなかった。
「すまぬな、東から客人がいたもので」
カイはハッタリを言って反応を見た。
「して、用はなんだ?」
カイが短く、一語一語に力を込めて相手を脅すように言った。
通常は小国の君主は大国の使者に対しては礼儀を重んじるが、カイは使者を強気な態度で迎えた方が交渉が優位に行くだろうと考えたのだ。
「恐れながら……ガイア国王につきましては即位の儀、執着至極に存じます」
「それだけか?ならば……」
カイが剣の柄を握った。
「そ、それだけではございません。その後の戦での活躍、我が君は共に戦ってみたいものよと褒め称えておりました」
うまいぞ!と使者は思った。ここから同盟に持っていけばいいのだ。
「そうだな、おそらく戦場で顔を合わせるかもしれないな」
カイがあざ笑うように言った。
血の気がひいた。
吐き気がする。
「どうした?気分が悪いか?楽にしてやろうか?」
カイは、腹の中で大笑いしながら使者を揺さぶり、脅した。
「いえ……大丈夫です。それより、我らは共通の敵を抱えております。我が君と力を合わせて倒しませんか?」
ふるえながら、やっと本題を言えた。
「で、あるか。条件は?」
「占領した領地は全てそちらが領有し、こちらも援軍2万を出します」
ここで、王の反応を見た。
「他には?」
カイはそれに気づいて、それでは満足できないという風に促した。
「……軍資金として3000万ほど援助できますが……」
「あいにく、十分だ」
使者が愕然とする中、今度はどんなことを言ってくるか、かなり興味を持った。
「……我が君には、美しいご息女がおります。その方をあなた様に嫁がせたいと思います」
これには、カイも驚いた。
アストックには美姫がいると知っていた。
一国を手放しても手に入れたいほどの美女で、性格もおとなしく、イオの能力者だと聞いている。
幼い頃よりの教育で教養もあり、一度(ひとたび)戦場に出れば、戦場に咲き乱れる血に濡れた白いバラと称されるほどの働きをするそうだ。
「ほう、アストックの美姫を俺に?」
カイは、これには心動かされた。
「はい、姫は今年で18になります。嫁ぎ先が紅髪の猛虎と呼ばれるカイ様だとしれば、お喜びになれます」
ナキが口を出そうとした瞬間、カイは立ち上がって叫んだ。
「宴だ!使者殿をおもてなししろ」
使者はその夜、夢のように騒ぎ、もてなされた。
使者が帰ってから10日後にはアストックの美姫の輿行列が国境を越えた。
カイは居ても立ってもいられなくなり、国境の近くの村に軍を率いて泊まり、迎えに行く始末だ。
「遅いな……物見はまだ帰ってこないか?」
カイがぼやいていると、物見が息を切って陣に走ってきた。
「姫君の行列が、何者かに襲われています!」
第4話 決戦前夜
国境はまだ雪が残っている。というか、まだ雪が降っていた。
その白銀の世界を疾駆する一軍の先頭で、カイは馬を疾駆させていた。
「まったく、おもりまでしなくちゃいけないのかよ……」
そう呟いたものの、実際はそれほど嫌だとは思っていなかった。
彼等の軍の構成メンバーは、ほとんどが新米騎士だから、場数を踏ませて実戦を経験させたかったのだ。
山賊を適当にかたずけるより、一国の姫の護衛軍が苦戦するほどの敵と戦わせたほうがいい。
「殿、500ほどの手勢で本当に大丈夫でしょうか?」
隣まで馬を駆けさせてきた老臣ゼオが心配した。
「仕方ないだろ。ゴツい兵で迎えに行くより、若々しい雰囲気の騎士達で来た方が、印象がいいに決まってる」
その言葉通り、カイが連れてきた騎士達は全員10代後半から20代前半の若さで(ゼオを除く)、顔立ちも城の女性達のあこがれの的になっているほどイケメンだ。
だが、この中にあってなお、カイの顔のほうが目立っている。
すっと通った細い眉の下にあるくっきりした眼の奥には黒い瞳が輝いており、高いすっきりした鼻、精力的な顔立ちは実にたくましい。髭を生やさず清潔感もあるし、背も高い。
性格は、多少問題はあるが初対面には好かれるタイプだ。
「ん?全軍、止まれ!」
カイが手を少し挙げてスピードを落としながら前方に目を凝らした。
「……まずいな……」
前方30m先には矢が刺さった馬が数十頭死んでいて、雪は血で染まっていた。
「見ろ、あっちに足跡が続いている。追うぞ!」
馬を返してすぐに後を追うと、10分も追わないうちに前方に軍隊が見えた。
その軍の旗はアストック軍ではなく、ヘリオパスの北にある小国の旗だ。
「アレは……北西のレワルの旗ですな……」
その時、敵がこちらに気づいたらしい。頭を返してこちらを向いた。
「此処は我らの領土だ。覚悟しろ!」
カイが剣を抜いて叫ぶと、それに従って騎士達もおのおの武器を構える。
レワル軍の大将は何も言わずに剣を抜いた。
レワル国は強兵で知られたが、君主がヘリオパスに怯えているため、いっこうに勢力を拡大できない国である。
他国とは友好的で、常に中立を守っているため平和が続いていると聞いている。
何故そんな国が此処に……
しかし、状況的に一番怪しい。
しかも、ガイア国領度に入っている時点で攻撃は覚悟しているはずだろう。
「先手をとる!かかれ!」
輿行列を襲った相手だと悟ると、カイは敵より先に剣を振り上げた。
それと同時に相手も剣を振り上げる。
戦いはあっけなく終わった。
レワル国は少数で、徒の者がほとんどだったため、すぐに敗走した。
カイは馬にむちを当てて追いかけた。
ゼオ達も後を追おうとしたが、そこに一陣の強風が吹いた。
ゼオが顔を上げると、カイの姿も足跡も全て風にかき消されていた。
カイはそんなことにも気づかず、逆に相手はカイが1人とわかるとカイのほうに押し寄せてきた。
カイは孤軍奮闘したが、敵は100人近くいる。
4人ほどを斬ったところで、相手の槍に怯えて馬が棒立ちになり、カイは振り落とされた。
馬は走り去り、カイは起きあがると敵に向かって剣を振り上げた。
しかし、敵の剣を払って攻撃する前に、他の剣がカイを狙ってくる。
逃げるしかない。そう決めると、カイは一瞬の隙をついて走り出した。
雪が降るだけあって息は白くなっている。
雪で体が大きく沈むため、うまく走れない。
そんな状態で林の中を走っていると、木に囲まれた更地に出た。
そこには、ボロキレのフードを被った人が1人いる。
仕官先のない牢人なのか、腰には細長い鞘が見える。
「そこの方、助けてくれ。褒美は弾む」
カイが後ろを見た。
敵も此処にたどり着いたようだ。
フードで顔どころか着ているものもわからなかったが、そこから出した手は雪のように白い。
「女?」
フードの女性は、フードをとった。
「紅い髪……カイ殿ではありませんか?」
「おまえは?」
「ハルと申します。アストックの美姫と言った方がわかりやすいかもしれませんね」
彼女の手が、自分の剣の柄を握った。
「お迎えは……お一人ですか?」
ふと周りを見渡すと、スラリと細長い剣を抜いた。
「はぐれてしまったんだ。それより、奴らをどうする?」
既に敵は二人との間合いを確実に縮め、二人を囲み始めた。
1人の兵士が剣を構えて、ハルに突っ込んできた。
カイは瞬時に剣を握り直すと兵士の剣をはじき飛ばす。
それに怯んで逃げ出そうとする敵に剣を振り下ろそうとした瞬間、別の兵士がカイに斬りつけてくる。
ヤバイ!そう思った瞬間、ハルの細剣が敵の胸から腹にかけてを切り裂いていた。
二人は互いに背中を向けると、じっと敵を睨んだ。
「なにしてる!かかれ!」
敵の隊長が叫ぶと、敵兵士が武器を構えて突っ込んできた。
カイとハルは互いに頷くと、敵を迎え撃った。
片方が敵を斬る間に、もう一方が自分と相方を敵から守る。
二人は背中合わせのまま、回転しながら敵を1人1人血しぶきの中に絶命させていった。
やがて敵が逃げ出すとカイを見つけたガイア軍が敵を全て捕縛した。
カイとハルは互いに見つめ合うと互いに握り拳をあててそのまま寝そべった。
日が差し、雪はやんでいた。
二人の婚儀は戦いの7日後に行われた。
しかし、その水面下でヘリオパスへの出陣準備も整っていた。
婚儀の席でカイはグラスの酒を飲み干すと、物思いにふけった。
おそらく明後日にも出陣することになるだろう。
性急すぎるかもしれないが、既に援軍3万も到着している。
しかも、行列を襲ったレワル国も王自ら1万の兵と共にヘリオパス国内に駐在しているという知らせが入った。
いよいよ決戦だ!
カイの心には戦いのことしかないように思えた。
ふと隣を見ると、白いドレスに身を包んだ美女が頬を染めてカイを見つめている。
ナキとは違い、細くて魅力の感じる眼の中に青いサファイヤのような瞳が輝いている。
腰まで届きそうな長いウェーブした金髪は本物の金糸のように整った鼻、薄紅色の唇は見ているだけで美貌を感じる。
身長は170cmほどとなかなか高く、雪の中で共に戦ったときに見た剣と、とてもマッチしている。
肌色と言うより、白っぽい肌も魅力的だ。
共に戦った後のハルは顔に血が付き、聞いたとおり赤く染まった白いバラだった。
今は白いバラとして横に座っている。
「カイ殿、娘を頼みますぞ」
右隣に座っている白髭の中年の男が笑顔でカイの肩をたたいた。
彼こそ、アストックの国王だ。
「おまかせください。こちらこそ、白髭殿の直々の御出陣、執着至極に存じます」
カイは、心にもない言葉遣いで返事を返した。
アストック王は内政・軍事には定評があるが決断力に乏しい。
カイからすれば頼りない国王に見える。
「なに、娘が世話をかけたのだから当たり前じゃよ。それに、儂のことはゼビオと呼んでくだされ」
アストック王はジョッキで酒を飲み干しながら大声で笑った。
「では、明後日には出陣いたしますので、ご準備のほどを……」
カイは小声でゼビオ王にささやいた。
「ハル、お前も明後日、付いていくか?」
ゼビオ王がハルに呼びかけた。
「ゼビオ殿、しかし……」
カイはためらった。
今は自分の妃のことで心を乱したくなかった。
というより、すでにハルに心を奪われていた。と言った方が正確だ。
矛盾しているように思えるが、カイは他人が思っているより真面目だ。
戦いで心乱れるくらいなら、彼女を1人寂しく城に置いていく。
「私は……夫に任せたいと思います……」
ハルは、妃らしく謙虚に答えを返した。
「では、カイ殿に判断をお任せしますぞ」
ゼビオは白い髭をなでつけると、立食パーティーが行われている町の広場へと繰り出していった。
パーティーは次の日も続いた。
そして、ようやく終わりを告げるアストック王の祝いの言葉が終わると(30分は喋り続けていた)、全ての出席者は自分の家へと帰っていった。
その日の深夜、ハルはカイより先に寝室に着いた。
おそらく明日の打ち合わせでもあるのだろう。
ハルはドレスを脱ぐと、薄い衣を羽織っり、そこに立ったまま微動だにしない。
森での出来事を思い出していたのだ。
婚儀の話は、最初はあまり気が乗らなかった。
カイの勇名は聞いていたが、耳に入ってくる噂には色々なものがあった。
熊のような顔だとか、暴君だとか、前に妻を殺しているだとかだ。
実際は事実無根だが、やはり恐ろしかった。
だが、森で彼にあったときから彼女の心は彼の虜になっていった。
紅い髪だと聞いていたから、敵に追われてきた人物がカイだとわかったときには心底驚いた。
その直後の戦いを通して顔立ちもよく剣術に優れ、優しいカイに惹かれていったのだ。
窓から差し込む月光はとても明るかった。
何となくカーテンを閉めるとドアが開き、そこにはカイが眠そうに立っていた。
「このたびは、お疲れさまでした」
ハルは教わったとおりに言葉を発した。
「そうだな……」
「今後とも可愛がってくださいませ」
これもまた、形式通りのセリフ。
カイは首に締めていたリボンをとると、ようやく自由になったというように首を回し始めた。
どうしても宴会の服はピッチリして動きにくく、嫌いだった。
上着のボタンをはずそうとすると、それを察知したハルが両手で優しくはずし始めた。が、上段のボタンはきつく、なかなかとれない。
カイはハルの両手に手を添えると、手伝い始めた。
「ボタンを外してもらうのを手伝うとは変な話だな」
それを聞いたハルが微笑を浮かべて笑った。
「式のときは、ずっとこわばった顔をしていが、やっと笑った」
カイも微笑を浮かべると、その手がハルの肩に触れた。
手は滑るように首、顎、右頬、頭と移動し、後頭部に来たとき、カイは一歩踏み出すと彼女の唇と自分の唇を重ねた。
数秒間のキスの後、今度はもう片方の手をハルの背中に回すと目を閉じて3分ほどキスをした。
カイの目に月の光が差し込んだ。
風でカーテンが揺れたのだ。
ベッドの上でカイは、華奢な女の体を抱きしめていた。
ちいさく啼く声が何とも愛おしい。
これほどの美女と抱き合っていれば、大抵は情事のこと以外は頭からぬけるものだが、カイはその最中でも戦のことを考えていた。
しなやかだが、1週間前に多くの命を切り裂いた手がカイの背中を抱きしめている。
戦に連れて行ってもよいものか……
カイは再び強く抱き寄せながらハルの顔を見つめた。
「……殿……?」
か細い声が聞こえる。
「なんでもない」
そういうと、カイは優しくキスをした。
数時間後、月光が部屋を照らすなかカイは、疲れたのかグッタリしたハルを見つめていた。
「明日……いきたいか?」
「殿はどのようにお考えで?」
「……正直に言うのなら、連れて行きたくない。だが、白いお前も好きだが血に染まるお前を見てしまった。その時のお前もまた……美しかった」
天井を見上げながら呟くような声で囁いた。
次の日は晴天に恵まれた。
「これは、勝ち戦になるかもしれないな。天気まで味方しているようだ」
重臣で双子のコールとコラス兄弟が声を合わせて言った。
この二人は、声も動作もわざと同じことしかしない。
今も同時に背伸びをしながら欠伸をした。
「おもしろい家臣ですな」
ゼビオ王は笑いながら二人と談笑し始めた。
老臣ゼオは後方の補給準備の式に精を出していて、彼の部下を怒鳴りつける声がたまに耳をつんざいてくる。
軍で一番の豪傑のラロスは煙草を吹かし、美男子のハライはなにかとカイの横の人物を盗み見ている。
もう1人の重臣のレンスは妻を抱きしめて別れを惜しんでいた。
そして、カイの横にいる純白の鎧を着ている人物がカイを見てほほえんでいる。
カイは、彼女への笑みに答えて笑みを浮かべるが、内心は不安を隠そうと必死に笑っていた……
第5話 決戦〜軍師対軍師〜
決戦前日
春の暖かな日差しが野原に命の芽を吹き込んでいる。
雪が解けたため進軍は思うように進んだ。
総勢7万の兵士達の列の中央でカイ達は春の陽気の中で欠伸をしながら馬を進めていた。
ハルと初めて行為をしたあとから何故か皆が気遣ってカイとハルが二人きりになるように取りはからったり仕始めた。
初日には景色のいい場所になんと家を建て、二人にそこで寝るように勧めたりするのだ。
全く嫌になるが断る理由もなくハルはハルでそれを受け入れてカイに身をゆだねる。
そのため、これまで行軍した10日のうち、7日も彼女を抱いた。
自分も男だから性欲もある。しかし、戦が迫る中で女を抱くなどあまり気乗りしないのが本音だ。
「殿、今日はどこにお眠りになりますか?」
今日も重臣達が兵士を引き連れて尋ねた。
今日もだろ。と小声で皮肉ると、妃に決めてもらえと言って追い払った。
そこに、ナキが乱暴に足を踏みならしながら陣に入ってきた。
何も言わずに書状を長テーブルにたたきつけると、そのまま椅子にドスッと座って、読むように無言で促した。
「あなたの所の軍師さんはずいぶんおてんばなお嬢さんですな」
「ゼビオ殿、これは失礼しました」
ナキが慌ててカイの隣の人物に謝った。
だが、彼は何も言わずに、既にナキが持ってきた手紙を読み始めていた。
「これは……ヘリオパスの新しい筆頭軍師になったラルムの手紙ですな……」
ラルムと言えば、即位式の戦いのときに北の門に攻め掛かってきた知将だ。
「彼から挑戦状とは……なるほど、カイ殿の軍師はかなり優れているようですな」
驚いて読んでみると、ありったけの挑発の言葉が書状の端から端まで並んでいた。
罵詈雑言の文の最後には、この先の川で女狐を標的に狩りをするからいつでもかかってこいなどと書いてある。
ナキは全身に怒りをたぎらせて女性らしかぬ光景で座っていた。
「……怒った振りはよせ。お前がこんな挑発で怒りを覚えるわけないことぐらい、わかってる」
カイはゼビオ王に聞こえぬように小声でナキを諫めた。
「では、この戦の指揮を私に任せてくれませんか?」
期待を込めて彼女が聞いてきた。
こいつ、それが狙いでこんな演技を……
カイはゼビオ王に任せるというと、ゼビオ王は了承した。
まるで、孫に甘いおじいさんのような感じだ。
それを聞いて不満を持つものもいたが、ゼビオ王はこの連合の盟主だ。
彼の決定は絶対で、決して覆らなかった。
カイは今日もハルを抱いた。
行為はいつも通りに終わったが、彼女は多少慣れたのかグッタリ疲れたようにはならなかった。
「なあ、この戦が終わるまでお前を抱くのはやめようと思う」
それを聞いて、ハルは不安げにカイの顔を見つめた。
目が潤み、今にもその青い瞳から涙がこぼれ落ちそうだ。
「私には……もう飽きましたか?」
声が震え、顔がゆがんで引きつっている。
「そう言うことじゃない。これは俺のけじめだ。わかってくれ……」
カイは優しく頭を撫で、口付けをした。
彼女が落ち着くと、背中に手を渡して抱きしめた。
「ヘリオパスは俺の父の仇だ。そして、お前はもうアストックの美姫ではなくガイア国王の妃だ」
「わかっております。では、今度はヘリオパスの首都で私を可愛がってください」
彼女は最後に、長い時間キスをすると目を閉じて眠りに落ちた。
それから3日後、一行は川にたどり着いた。
「此処をこえれば、敵の首都ですな」
「ということは、相手は籠城を決め込んだのか?」
軍議は長引き、大軍がいる城をどう攻めるかに話が及んだ。
しかし、プライドの高いラルムが自分から仕掛けた勝負を放棄するなどあり得ないはずだが……
ナキは何もいわずに黙っていたが、その眼から何かを熟考しているのがわかる。
「カイ殿、策はないか?」
ゼビオ王がカイをほうを振り向いて尋ねた。
「この地図を見てください。敵の支城は、この付近に7箇所あります。そこを全て落とし、敵を孤立無援にして兵糧攻めがいいと思います。もし敵が打って出れば決戦を挑む。これが上策だと思いますが。」
ナキはきいてもいない。
「さすがガイアの虎ですな」
アストックの武将が感心して拍手した。
「うむ。儂はいい娘婿をもらったようだ。よし、明日から川を渡り敵の支城を落とそう」
次の日の早朝は霧が立ちこめていた。
「これでは河の深みにはまるかもしれないな。霧が晴れるまで、待つぞ」
カイは霧が晴れるのをじっと待った。
霧は乳白色で、10mしか視界がきかない。
突然、強風が霧を吹き飛ばした。
その風で、本陣の旗指物が飛ばされ、カイは危うくかわす。
振り返って対岸を見た瞬間、カイは自分の目を疑った。
幾千もの旗指物、黒い煙を立ち上らせる松明、そして10万近い兵士が発するときの声。
自軍を遙かにこえる軍が突如として目の前に現れたのだ。
武将達が走って川岸に集まり慌てふためいていると、対岸に鎧を着た部将が馬を走らせて川岸に来た。
「アレは……ラルム」
ゼビオ王が目を凝らして呟いた。
ラルムが何か叫んだ。
しかし、遠すぎて何をいっているのかわからない。
「聞こえないぞ〜」
コール・コラス兄弟が叫ぶと、どうやら聞こえなかったことを悟ったらしく、後ろを振り向くと、また何かを叫んだ。
すると、背後の兵士6万人が大音声で叫んだ。
「約束通り、狩りをしに参った。開戦は明日の正午だ!退却の用意をしておけ!」
その声が辺りを威圧し、森から一斉に鳥が飛び去った。
「あれほどの大軍相手に、野戦か……」
重臣のレンスが眉にしわを寄せて呟く。
カイを含め、全員が突如として出現した大軍に驚く中、背後でピリッとした声が聞こえた。
「軍議をします! 集まって!」
羽扇を手にしたナキが、陣に入っていきながら叫んでいた。
それに驚いた武将達は、目が覚めたように駆け足で陣へと入っていく。
それを見て、ゼビオ王が感心したようにカイにいった。
「やはり、ナキ殿は優れた軍師ですな」
この瞬間、彼の本当の力をカイは知った気がした。
軍議編
夕焼けが沈もうとする中、川を挟んで総勢10万の軍勢が互いに向かい合っていた。
東の岸には1万のレワル国軍と5万のヘリオパス国軍の連合軍。
これに対する西の軍勢の総勢は4万。1万余騎の騎士を率いるガイア国軍と3万のアストック軍だ。
両軍がにらみ合い明日の決戦を待つなか、西の陣営では綿密な軍議が進んでいた。
「この戦、作戦をナキ殿に一任する。先ほど言ったように、依存はきかぬぞ」
ゼビオ王が、険しい心情で会議の第一声をはなった。
「ナキ、どう動けばいい?」
カイの声に応じて、ナキは地図の上に駒を置き始めた。
両岸に赤と青の駒がバラバラに置かれるのを諸将は黙ってみていた。
「敵は知将で名高いラルムです。おそらく数で押す戦を仕掛けることはないでしょう。かといって、こちらが攻撃すれば数で包囲されて破滅は必定です」
青い駒を東の岸に置くと、それを囲むように赤い駒を置いた。
「このように包囲されないように攻撃を仕掛けなくても、長期戦の構えでは遠征中の我らの補給が途絶えてしまいます。そこで、敵を逆に包囲します」
この発言に、軍議は急にあわただしくなった。
数の少ない軍が包囲するなど、前代未聞だ。
「軍をわけます。敵は山を背後に陣を敷いています。ならば山の頂上に回り込んで、そこから騎馬軍団で逆落としにすることが有効です。敵が突撃によって陣が乱れたところで、こちらも川を渡り、6万の軍勢を一気にねじ伏せる」
諸将が目を丸くして地図を眺める中、カイは諸将とは違う落ち着いた眼で地図を眺めていた。
青い駒に挟み撃ちになった赤い駒の集団。
確かにこれなら敵は混乱に陥り、おそらく敵は半数も生き残れないだろう。
「山に回り込む別働隊は誰が?」
カイは唐突に質問した。
諸将は急に黙り込んだ。
敵の真横を、気づかれずに進むことなど可能なのだろうか?
カイは横の席を見て自分に使える重臣達を見た。
落ち着きのないコール・コラス兄弟は……無理だ。
しかし、その他なら……
「ゼオ」
ほとんど髪が白い騎士が立ち上がった。
「ラロス」
大刀をせおった長身で黒い髪にオールバックの髪型の大男が頭を下げながら立ち上がった。
「ハライ」
金髪で長髪の美青年がすっと静かに立ち上がった。
「レンス」
水色の鎧に茶髪の好青年が西洋風の槍を支えにして立ち上がった。
「ガイア国軍1万を率いて別働隊として敵の背後に移動、強襲せよ」
そのとき、白髪の老人騎士が進み出た。
「どうした?ゼオ」
「おそれながら、それがしは殿のお近くで戦いとうございます」
「……代わりの将を誰か推挙せよ?」
「我が子息のロイを推挙いたします」
「わかった。その旨を伝え、すぐに出立するようにいえ。お前達3人も行け」
4人の重臣はテントをでていった。
「では、軍議を終わります。後はそれぞれ陣立てをご検討ください」
ナキが陣を立ち去ると、カイは慌てて後を追いかけた。
「……もし、敵が総攻撃をしていたらどうするつもりだ?」
カイがずっと抱えていた不安。
敵の攻撃を、アストック軍だけで支えきれるのか。
これがナキの作戦の欠点である。
「……そのときは……別働隊を待ちます」
ナキの凛然とした背中を見送りながら、カイは自分の陣へと帰っていった。
〜決戦〜
早朝は昨日のように戦場一帯に濃い霧が立ちこめていた。
物音もせず鳥さえ飛び立たない。
そんな中で自分の不安が当たっているのではと、カイは思った。
数が劣性の軍をさらに別働隊の出陣で少なくする苦肉の策は、失敗の犠牲が大きい。
そんな策が通ったのは、ナキの巧みな弁術が敗北を考えるヒマを諸将に与えなかったからだ。
ポタッ、ポタッ
雨……この雨で視界はさらに悪くなる。
別働隊が無事に回り込む条件は整ったが、逆に敵が奇襲してくる可能性も高まった。
この戦の明暗は、この戦場を覆い隠すきりで隠されているように見えない。
本当に敵は動かないのか……
ラルムは今、どんな策をたてているのか……
柄に手を伸ばし、ゆっくりと剣を抜いた。
キィィィンという金属音が辺りに響き、やがて静寂の中にブゥンという風切り音が聞こえた。
自らの迷いを断ち切るように、剣を振り抜いたのだ。
ジャブ
水?
目を凝らした。
霧の向こうに何かの輪郭が見える。
その時、弦音と共に矢が一直線に飛んできた。
幸いはずれたが敵が川を渡ってきたのだ。
「敵襲!全軍、配置につけ!」
カイの雄叫びと共に先ほどまで静かだった全軍があわただしく動き始めた。
敵軍も、気づかれたことを察知してバシャバシャと音をたてて川を走ってきた。
カイはすぐには知って会議用の陣へと戻ると、敵の接近をその場にいた諸将に知らせた。
「殿、此処は撤退が賢明では?」
「そうだ。本隊が上陸する前に撤退が上策だ」
アストックの武将達が撤退を促し始めた。
「……しかし、婿殿の軍は取り残されることに……」
ゼビオ王が渋った。
ここでナキが反論した。
「別働隊は、敵陣が無人だったらすぐにここに戻ってくるはずです。耐えれば、必ず敵を挟み込める!」
「そうじゃ。お前ら腰抜けが逃げても、儂らは殿と共に此処で耐える!」
老臣ゼオも立ち上がってアストックの部将に反論する。
「……この決戦は、我がアストックの命運もかかっている。全軍、此処で耐えるのだ!」
方針は決まった。
さっそくナキが動き出した。
「今の陣形は、突撃のための攻撃的な鶴翼の陣ですが、この局面を乗り切るために本陣前方に密集する魚鱗陣を敷きます。すぐに、前線以外の兵の隊列を変えてください」
この号令で、諸将がまたあわただしく動き出した。
そのさなか、伝令が陣に走り込んできた。
前線からきたのだろう。矢が鎧に刺さっている。
「敵は全軍で攻めてきています。御味方の前線は敵の弓の一斉掃射で混乱、うち崩されました」
「ラルムの得意戦法ね……」
ナキが、北門防衛戦のときを思い出しながら唇をかみしめた。
「ゼオ!私と共に前線に!」
ナキが羽扇を手に陣を早足で飛び出し、その後ろをゼオが慌てて走り去っていった。
前線はものすごい激戦だった。
矢が飛び交い、武器は血で濡れ、雨は地に落ちると赤く染まった。
前線に築かれた大矢倉にナキは入っていった。
「ん?ガイア国の軍師殿!味方は崩れそうですぞ」
前線の隊長が中にいた。
矢倉は2階建てで、2階では弓兵が弓を放っているためのぼれない。
「ゼオ、あんたは此処でできる限り踏みとどまって!敵が怯んだスキに前線の兵を引き上げさせて、10の陣構えのうち8つ目で待機。本陣を死守して!」
「はっ!命にかけて!」
ゼオが槍を構えて敬礼するのを見ると、本陣へとナキは下がっていった。
カイは、しばらく落ち着かない様子で歩き回っていたが、やがて本陣の横にある矢倉に上り、戦況を眺め始めた。
こちらもよく戦っているが、数で押してくる相手に苦戦し、1人、また1人と討ち取られていく。
全滅は時間の問題だ。
〜5時間後〜
「報告いたします!敵は10の陣のうち、7つ目を陥落!敵の勢いは嵐の如く荒れ狂っております。8の陣の大将は、ガイア国軍ゼオ殿!」
伝令の報告で本陣は静まりかえった。
「残りの……軍勢の数は?」
「残りは脱走兵・重傷兵を除くと2万と9000ほどです」
カイは一呼吸置くと立ち上がり、前線へと行こうとした。
そこに、ナキが立ちふさがった。
「殿、ゼオ殿は大丈夫です。殿はご自身を大事に……」
ナキは口ではそう言ったが、目を見ると全く違うことを語っていた。
その目は、今ではなく未来を見つめているように感じた。
「天下を取るために……御自重を……」
小声で囁くと、剣をカイのベルトから引き抜いて取り上げた。
そうか……
あいつは俺に天下を取らせようと……
この俺に世界を制するようにと……
天下を武で治めよと……
そう言っているのか……!
カイは内心落ち着かないながらも席に着くと、祈るように手を合わせていた。
その頃、8の陣では激戦が繰り広げられていた。
窪地に作られた8の陣は守るにたやすく攻めにくい堅固な場所に作られており、配属されている兵も屈強な、守りの要である。
「踏みとどまれ!此処が敵に落ちれば、殿達が危ないぞ!」
ゼオが兵を鼓舞しながら戦場で槍を振るっている。
血潮に染まる戦場で槍を振るい、次々と敵を倒していった。
雨は容赦なく体力を奪うなか、老齢のゼオは疲れ切っていたが敵を一歩も通さなかった。
その時、泥でぬかるんだ地面に足を取られてゼオが膝をついた。
それを見て、一斉に敵兵がゼオを取り囲み、そして……
「第8陣は陥落!大将のゼオ殿は……討ち死に!」
カイが顔を上げた。
涙は流さない。
無理に取り繕った声で伝令に話しかけた。
「死に様は?」
「兵士達を鼓舞しながら、2時間以上戦い抜き奮戦。しかし、泥に足を取られ、その隙に敵に囲まれて……しかし、それを見たアストックの兵士達は敵に猛然と突っ込み、全員が討ち死に。彼は戦いの中で兵士達に……」
「もういい」
カイが制止した。
「あとは陣が二つ、どれも耐え切れそうにないな……」
ゼビオ王は苛立っていた。
やがて、第9陣も陥落し、残りの守りは1つだけとなった。
鬨の声が辺りに響き、諸将も不安を隠せそうになかった。
それから1時間、本陣に敵がなだれ込もうとしたとき、ついに戦局を大きく動かす報告が来た。
「……敵の背後が乱れました!……見えました!見えましたぞ!」
アストックの部将が見張り矢倉から転げ落ちながら本陣へと入ってきた。
「馬に乗った騎士の旗が……ガイア国の旗が見えました!別働隊が到着しましたぞ!」
「全軍、突撃!」
ゼビオ王が叫んだ。
「しかし……攻撃のほうに回す兵力が……」
「いえ、あります!」
ナキが手を挙げた。
すると、後方から鬨の声が上がって数千の騎士が本陣へと駆け込んできた。
「別働隊2000を後ろに伏せて置いたの」
ナキが剣をカイに投げ返しながらいった。
「コール!コラス!お前達、どこに行ったのか心配したんだぞ!」
「すいません」
馬から転げ落ちると、コールが跪いて頭を下げた。
「ナキの姉貴に後ろで控えてろって脅されて……いや、すいません。そう言われて後ろに控えてたんです」
コラスも頭を下げながら跪いた。
「誰が姉貴よ!後でひっぱたくからさっさと敵につっこんどいで!」
ナキは眉をしかめながら睨み付けた。
「よし!行くぞ!」
〜戦後〜
「くそ〜!勝ち戦だってわかってたら最前線で戦ってたのにな〜」
山を背後に布陣しているヘリオパス本陣の衛兵は悔しそうに顔をしかめた。
仲間も口から白い息を吐きながら同じようにした。
「ううっ、寒ッ!前線にいたら敵の部隊長クラスぐらい討ち取れただろうな〜」
「そうだな。でもさ、後悔先に立たずって言うしな」
彼等の目の前の崖の斜面のから小石が落ちてきた。
「ん?」
「どうした?」
「いや……なんでもない」
彼は偶然石が落ちてきたと思ったのだ。
しかし、実際は偶然ではなかった。
がけの上には8000のガイア国騎士団が整然と並び、今にも山を駆け下りて攻撃をしようとしていた。
最前列で槍を構えたレンスは下を見下ろした。
数人の兵士がヒマをもてあましている。
「レンス、何でお前が最前列なんだよ……?」
真後ろに控えていたハライが十字形の剣を構えて囁いた。
「軍師殿の命令だ」
「たしかにアイツは可愛いけどよ……なあ、ラロス?」
「……今は目の前の敵に集中しろ……」
「はいはい、年下の軍師の命令がそんなに……」
「もう黙れ。行くぞ!」
レンスが手を挙げた。
騎士達が剣を静かに抜いた。
彼の手が下がった瞬間、彼を含めた全員が一斉に馬の腹を蹴り、崖を下り始めた。
「殿の元へ!かかれ!」
レンス達は巧みに馬を操り本陣へと駆け下りていった。
「おい!ラロス!ハライ!」
本陣へと突っ込んだレンスが叫んだ。
「どうした?」
二人は馬を止めると他の騎士達が攻撃を仕掛けているのを後目にレンスに近づいた。
「本陣の敵が少なすぎる。もしや……敵は味方本陣に攻撃を……」
「やばいな!急ごう!」
「全軍!味方本陣の救援に行く!逃げる敵は馬蹄に駆け、近寄る敵は撫で斬りにせよ!」
3人は他の騎士を引き連れて馬を走らせた。
アストック・ガイア国本陣の周りは静まりかえっていた。
しかし、周りは徐々にヘリオパス兵に囲まれつつあった。
「いいか、総大将を逃さないように囲め!」
前線の隊長が手で合図を送りながら命令した。
「大変です!すぐに陣を引き払ってください!」
後方から伝令兵が勢いよく走ってきた。
「どうしてだ?勝利は目前だぞ!」
「後方の山から敵勢が!数は少ないながら勢いは万兵の如くです!おそらく……ガイア国騎士団!ラルム総大将はレワル国王サール様とすでに戦場を離れております!」
その瞬間、囲んでいた本陣から数千の騎士が飛び出してきた。
本来なら囲んですぐに討ち取るところだが、後方からも敵が迫っていると知った兵士達は混乱、統率を失った連合軍をガイア国騎士団が容赦なく討ち取っていった。
結果的にはアストック・ガイア同盟軍が勝利を収めた。
連合軍は6万のうち、3万が討ち取られ、3万が降伏した。
しかし、アストック兵は大きな打撃を受け3万のうち3万を失い、残りの兵も傷を負っていた。
そして、カイも大きな物を失った。
戦が終わった戦場。
すでに致命傷で呻く兵士はいない。
全てが肉塊となっていた。
カラスがその肉塊に群がり、ところどころが黒くなっている。
目的の物を見つけるのに、兵士500人を使って1時間かかった。
それは、既に動かない重臣筆頭ゼオの遺体だった。
顔も髪の毛も髭も全てが血に染まり、体中に矢が刺さっていた。
槍が脇腹を刺し抜いており、それが致命傷だったようだ。
右目から一滴だけ涙が出た。
大声で泣けない自分に腹が立った。
激しい憎悪がわき、息が荒立ち、近くの物を全て切り刻みたくなった。
しかし、力が抜けて剣を握れなかった。
どの水よりも冷たく、悲しく、儚く、重く、虚しい涙が頬を伝った。
もうここに見る物もさがす物もない。
かれもこの戦で死んだ1人の人間だっただけなのだ。
「……死……なんて無価値なんだ」
棺を作るように命じると、馬にも乗らずにゆっくりと歩き始めた。
「お!カイ殿」
アストック王が馬に乗ってやってきた。
人の気分も知らず、ゆっくりと話し始めた。
「此度は我らの損害が大きすぎた。降伏兵はカイ殿に任せる。だから我らは……本国へと戻る」
〜第5話最終章 降伏〜
大陸南部の中央から少し東に大きな城がある。
昔は火山だったが斜面を利用して螺旋状に町を作り噴火の跡の大きなくぼみには広い田畑が作られた。
木が茂っているのは一部で、町には30万人もの人が住んでいる。
町の中には多少広いスペースがあり、崖をくり抜いて作った大きな城がある。
標高は800mほどだが、この城は難攻不落として知られていた。
なにしろ普通に歩いて進んでも3時間はかかるのだ。
住民達は人力のエレベーターをつくって移動している。
夕焼けで赤く染まる山にそびえ立っている城の一室に多少年をとった初老の男が座っていた。
身につけているものは黄金尽くしで、いかにも王侯貴族のようだ。
頭には、立派な冠をしている。
よく見ると、日記を書いているようだ。
5月7日
この日誌も今日で最後となるだろう。
思えば7歳の頃からこれを書きつづってきた。
戦場でもこれを毎日書き、心の整理をしてきた。
誓って書くが、此処に書いてあるのは全て真実である。
恥ずかしい失敗談も書いてあるが、どうか笑わないで欲しい。
これを見ているものよ。
どうか、我が人生を正確に後世に伝えてくれ。
思えば全てが狂い始めたのは奴が即位したのが始まりだったのかもしれない。
奴は宿敵アストックと同盟してこちらを攻め、我が6万の連合軍は負けてしまった。
私は敗北の知らせをきいた瞬間、国民を救うために降伏を決意した。
家臣共も反論せずに賛成してくれた。
この難攻不落のヘリオパス城に立て籠もっても、こちらには500ほどしか兵はいない。
……明日の今頃は、ヘリオパスは国の名ではなく地名になっているのだな。
いや、これも乱世の習い。
私は今、安らかに逝ける気がする。
しかし、自刃は王の死に方ではないな。
……そうだ、毒を飲むか。
男は最後を書き終わると、ふっとため息をついた。
ペンを置くと後ろを振り返り、控えていた家臣に命じた。
「美酒に毒を入れて持ってこい」
無感情に、しかしどこか寂しげにその声は聞こえた。
家臣が持ってきたコップを見た。
とても澄んでいて、毒が入っているなどとは思えない。
「全家臣に命じよ。降伏のあとはあの二人に仕え、功名をたてよとな……」
男は一気に毒酒を飲み干した。
一瞬の緊迫
「ウッ!」
呻き声と共に男は床に倒れた。
この日、栄華を誇った大国ヘリオパスは滅亡したのだ。
アストック軍と分かれたカイ達はすでにヘリオパス城から100kmほどの所まで来ていた。
「殿、前方にヘリオパス軍が接近しております。何故か棺を持って進軍しております。」
カイは馬を止めた。
その顔は、どこか寂しげだった。
「ナキ、丁重に迎えに行け」
「はっ」
ナキは一軍を引き連れてすぐに戻ってきた。
「棺の中身は……ヘリオパス王です」
カイは馬から下り、棺を開けた。
「俺を恨んで死んだと思っていたが、安らかな顔だな……俺は、お前と一度話してみたかったのに……」
優しい眼差しで遺体を見ると、遺体の手に本が握られている。
「これは?」
「王の日記でございます。王は戦場でもこれを毎日書いて参りました」
棺の従者が答えた。
「そうか……お前の王は、これを俺に読まれると困るだろうか……?」
「……王は、あなたにしか読まれたくないとお思いでしょう」
多生迷いながらも、従者は本を差し出した。
「英雄の一生、俺が後世に伝えよう」
本を手に取ると、再び馬に飛び乗った。
ヘリオパス城にカイ達が凱旋してから3日後、城の前の広場には墓が二つできた。
1つには、偉大なる19代目ヘリオパス王 ジョン=ボクスタルと書いてある。
そしてその隣には老武将軍 ゼオ=ロウスと書いてある。
この二つの墓には、毎日多くの騎士や町民から花束が贈られている。
第6話 ある子供達の物語
ヘリオパス滅亡から3ヶ月が過ぎた。
ヘリオパス城はガイア国が入城してからは様変わりした。
新しい法律と新しい制度のもと、人々は笑顔のある生活を過ごし始めた。
市は活気に溢れ、産業も大いに発展した。
朝の市場は人に溢れ、店の客寄せの声や子供達が走り回って遊ぶ声、値引きの交渉の声も多く聞こえる。
夜ともなると市場の騒ぎが、酒場での景気のいい騒ぎ声や歌声、コップがぶつかる音、酒がこぼれる音に変わる。
この酒場の騒ぎは一般民衆だけでなく、非番の騎士達も多く参加している。
騎士達は戦がないときは町の警備などの役目が多い。
生活が変わったのは民衆だけではない。
半年後、カイの跡継ぎがハルの腹に宿ったのだ。
そして翌年、周囲の期待通りに、生まれた子供は男だった。
しかし、生まれた場所はガイア国領以外だった。
実は、アストック国王が娘の妊娠を知ると、自分の国で孫を生ませたいと言ったのだ。
本当ならそんなことはできないが、同盟関係を重視したナキの判断でそれは現実となったのだ。
子供のすり替えが行われ人質にされる可能性があったが、カイの一族には特有の遺伝があり、必ず紅い髪が頭髪に混じるのだ。
帰ってきた赤ん坊は紅い髪が前髪に混じっており、それがカイの子供であると言うことを示していた。
子供はカイトと名付けられ、すくすくと育っていった。
しかし、そんなガイア国に魔の手がのびてきたのをカイは知るよしもなかった。
カイト生誕から13年後、国境から急報が届いた。
東アジアの各国がまとまり、一国の大国となったというのだ。
すでに5方面より総勢8万の軍が進発しているというのだ。
カイの判断は迅速だった。
「全軍を率いて迎え撃つ!ロイは各都市の駐在兵の招集、ハライは各防衛戦の兵の招集、レンスは敵の予想進路を調査せよ。東のバルバラ砦に集合だ!」
ガイア国には10万の騎士が所属している。
彼等は大きく4つに分かれている。
主要都市を守る騎士、国境を守る騎士、砦に駐在している騎士、そして首都を守護する騎士だ。
最初の3つは下級騎士による交代制で行われており、1年置きに他の役目に就く。
しかし、首都を守る騎士達は近衛兵とでも言うべき中級階級の騎士で、任期は一生続くのだ。
ガイア国軍はほとんどが馬に乗っており、下級騎士は手柄のない騎士達の集団である。
中級騎士は首都を守護する腕に覚えのある騎士ばかりで、乗る馬も名馬とは言わないがなかなか優れた馬である。
さらにその上が上級騎士で、彼等は一軍の隊長や大将に命じられたりする。
彼等は武勇のみの騎士は中級騎士止まりであるが、彼等は知略にも優れた騎士である。
ほとんどは騎士養成学校(通称KTS)の出身で、名家の生まれである。
カイ達の出陣により、ほとんどの騎士がいなくなった首都には500の下級騎士と数人の上級騎士のみが残った。
KTSには今、3人の逸材がいた。
名はアレン=クルース、レイン=ジュピター、そして紅一点のアンナ=ウォーリー。
彼等はそれぞれ大きな個性を持ち、12歳と幼いながらも大人10人と戦っても勝つほどの武勇を持っている。
女の子のアンナはとてもお淑やかとはかけ離れた存在で、馬が合わない相手には大人であろうと容赦なく罵声を浴びせる。
成績は、外交術以外は全てトップクラスである(毒舌や短気が原因かはわからない)。
短い金髪の頭に白いバンダナを巻き付け、いつも革製の身軽な服装を身につけている。
青い瞳は吸い込まれそうになるくらい美しいサファイヤのようだが、顔をしかめていることが多いせいか誰も彼女に声をかけようなどとは思わない。
もっとも、声をかけた時点で裏拳を入れられているだろうが。
そのきつい性格のせいか友達と呼べる存在は少なく、生活は孤独とは言わないが多少寂しげにも感じられる。
レインは対照的に誰とでもよく喋る人なつっこい男の子だ。
成績は馬術、武術、戦術以外は全てどん底である。
黒い髪はさほど長くなく、ぱっちりしている目が相手に好感を与える。
瞳は多少紫っぽい黒で、腕には黒いスカーフを巻いている。
だぶだぶでポケットの多いズボンに黒いTシャツで町を歩き回っている。
たまにスリや強盗を捕まえるため、町ではかなり顔が広い。
だが、孤児だったため礼儀作法を疎い。
アレンもレインと同じく人気者だ。
何も言わなくても周りに人が集まってくるほど人望があり、全ての成績がトップでもある。
それだけではなく、今まででただ1人のイオの持ち主でもある。
性格も完璧で、友達思いの正義漢である。
ブロンドの髪に青紫の瞳の少年で、人を癒してしまうような微笑みが印象的だ。
普段は騎士らしく正装しているが、たまに1人で軽装の鎧を着て森に入っていくのを目撃されている。
レインが仲間を誘って後を追いかけても結局見失ってしまうのだが、直感が鋭いレインを撒くということは並はずれたことである。
いつもはよく見かける騎士達が朝起きたらほとんど見かけないことに気づいたレインは学校の宿をでて、隣の食堂にいった。
「おばちゃん、いつもの」
レインは欠伸をしながら辺りを見渡した。
いつもは騎士達が朝食を食べている頃なのに、今はがらがらだ。
「あの人達なら戦に行ったよ。何でも東から大軍が来てるとか。全く、こっちは商売あがったりだよ」
ふっくらした体にぴったりの白いエプロンをつけている食堂のおばちゃんは人の良さそうな作り笑いを崩してレインに愚痴を言い始めた。
「ああ、そうそう。いつものね。来る頃だと思ってたわ。はい、Bコース定食」
「気が利くね」
珍しいと言わんばかりに目を丸くした。
「暇なときはね。いつもは何百人もの食事を作ってるから、こんなサービスは滅多にできないんだけどね」
食堂のおばちゃんは多少皮肉を入れながら陽気に喋った。
レインはさっさと定食を食べ終わると厩舎に向かった。
生徒1人1人に馬が任せられているため、毎朝世話をしなければならないのだ。
馬を牧場に出して厩舎の馬の糞を掃除していると、誰かが柵を跳び越えて牧場に入ってきたのが見えた。
「アレン?なにやってんだ?」
レインが声をかけたのにも気づかず、アレンは策に手綱を縛り付けて置いた自分の馬にまたがると、そのまま崖に飛び降りた。
「そうか、だから城門を見張ってもいつの間にかいなくなってたんだ」
これまでの追跡劇を思い出しながらレインが納得した。
レインはすぐに自分の黒毛の馬に飛び乗ると、同じく崖めがけて馬を走らせた。
そこは他の崖より傾きがゆるく、馬術が得意なレインは巧みな手綱さばきで馬を落ち着かせると崖を下った。
滑り降りている途中、アレンが森に消えるのが見えた。
レインは森の入り口につくと、馬をそこに置いて森の中へと消えていった。
森は薄暗く、漏れてくる光だけを頼りに進んでいった。
時折枝を踏んでおる音や上空を飛ぶ鳥の声だけが耳に入ってくる。
アレンは此処で何をしているんだろうか?
疲労していく中、そんな疑問がふと頭をよぎったとき、遠くで何かの音が聞こえた。
より静かにゆっくりと音のするほうに忍び寄ると茂っていた木々が急になくなり、小さい水辺があった。
木々がないせいか、そこだけスポットライトを当てられたように明るい。
レインが近寄ろうとすると水辺から気泡があがり、レインが水面から顔を出した。
彼は岸に近寄ると、手に握っていた魚を地上に放り投げた。
「こんなもんか」
獲物の数を見て満足すると彼は草の上に置いておいた鎧のポケットから火打ち石を取り出すと、薪を始めた。
彼は捕まえた魚をあぶり出すと、ついでに体を乾かし始めた。
レインはそれを見てアレンを驚かそうとこっそり彼の後ろに回ろうとした。
だが、彼は見てしまった。
反対の草むらから、大勢の兵士が顔を覗かせている。
それに、何故かアンナがレインのすぐ後ろにいた。
「アンナか?」
レインは振り向かず、気配だけでアンナに気づいた。
「……どうする……?」
「此処まで何できた?」
「歩いて」
「じゃあ、このまままっすぐ振り向いて俺の馬に乗って城に行け。俺もすぐにあとを追うから、味方を連れてきてくれ」
「……あんたが行けば……?」
「お願いだ。俺とお前じゃ、俺のほうが生き残れる可能性が多い」
レインの多少無神経な発言に顔をゆがませながら、アンナは森の闇へと消えていった。
レインはそれを見届けると、腰に差した剣を抜いた。
「まだだ。アレンが鎧を着るまで……。少なくとも、アイツが武装する時間を俺が稼がなくちゃ……」
レインは、アレンに目線を合わそうと必死にアレンのほうを見た。
その時、アレンがかすかに目配せをした。
アイツも気づいてる。
レインがそう悟った瞬間、アレンが鎧に手を伸ばした。
その瞬間、レインが剣に手を伸ばして茂みから飛び出した。
それを見て、大勢の兵士が武器を握って彼等に斬りかかってきた。
アレンも、鎖帷子を着ただけで応戦し始めた。
レインが剣を振り回して敵を切り伏せていく中、アレンは卓越した剣技で相手の急所を次々と切り裂いていく。
二人は互いに背中を預けると、そのまま剣を構えて相手を待ちかまえた。
二人は互いにフォローしあいながら敵を確実にしとめていった。
アレンが相手の剣をしゃがんでかわすと、既にその敵はレインの剣の下で血しぶきを上げていた。
その隙をついて、レインに斬りかかってきた敵はアレンの剣で胴体を貫かれ、息絶えた。
二人のコンビネーションは次々と敵を肉塊にしていく。
「全員いったん下がれ。若造、俺はこの軍の大将。そしてこいつは副将だ。一騎打ちをしようじゃないか」
二人の屈強な大男がでてきた。
4人は構え、互いに間合いを縮めると一気に斬りかかった。
レインは相手の副将の剣を弾くと、腰を抜かした副将めがけて剣を突き刺そうとした。
その時、レインの左目を雑兵がはなった一本の矢が射抜いた。
「グワッ」
副将は、ここぞとばかりにレインと取っ組み合った。
レインは、左目の痛みに呻きながらも必死に抵抗する。
だが、相手は右手でレインの首を押さえるとレインの剣を握って振り下ろそうとした。
やばい!
レインがそう思った瞬間、反射的に薪の近くの魚を刺した串をとり、首を押さえていた右手に突き刺した。
首を押さえていた手がゆるみ、その好きに転がるようにして逃げると目の前に自分の剣が突き刺さった。
ふと目を上げると、敵は口から血を吐きながら倒れた。
背中には剣が刺さっている。
「アレン、サンキュ……」
横を見ると、アレンが立っていた。
だが、彼を見た瞬間、全てが崩れ去った。
彼の胸に何かが刺さっている。
そして、それを敵の大将が握っている。
銀色の刃に血が伝い、草にこぼれ落ちた。
アレンはふらつきながらゆっくりトレインの剣を拾うと、ゆっくりと振り返って剣を振り下ろした。
敵の大将は目に恐怖を浮かべながら崩れ落ちる。
それを見て、周りの兵士が一斉に二人の少年に群がった。
レインは、涙をこぼしながら目を閉じた。
終わった。
そう思った瞬間、一陣の風が吹き抜けた。
そして、悲鳴。
再び目を開けた。
豊かな金髪の髪の女性と、騎士達が敵を切り払ってゆく。
女性はガイア国の妃ハル。
レインは今まで見たこともなかった。
「君たち、大丈夫?」
ハルは、レインが抱えていたアレンに目を落とした。
「どうか、アレンを治してください。お願いします」
レインが必死に訴えた。
「……この傷は……私にはもうどうにも……出血が多すぎます。……残念ですが……」
「き、妃様、俺より……レインの目を……」
アレンがかすかな声で訴えた。
「アレン、しっかりしろ!」
「い、いいか。俺はもう……駄目だ。……お前は……生き残って……くれ」
「やめろ!そんなこと!」
「俺の……目で……こ、こいつを……」
やめろよ!そんなこと!なんどでも言ってやりたいけど……もう……俺には……気力が……
レインは意識を失った。
此処はどこだ?
白い天井……
頭が重い……
ベッド?
ああ、病室か……
そうか……俺は左目を……
そうだ……アレンが……
レインは目を覚ました。
アレンは?アレンはどこだ?
右を振り向いた。空のベッド。
左のベッド……誰かが寝そべっている。
いや、おかしい。
顔に白い布が……
アレンだ。
死んでいる。
死んでいた。
いきなり、レインは左目を触った。
ある。
見えてる。
そこに、アンナが入ってきた。
「……生きてたのね……」
「おい、何で俺の目が……」
レインがうろたえながら質問すると、いきなりアンナが叫んだ。
「アレンの目よ!それしかあり得ないじゃない!何であんたが生きてて……何で……。あんたにわかる?好いていた人が瀕死の重傷で、彼は生きながらに目を……目をくり抜かれて、あんたに何か……」
「それであそこにいたんだな」
アンナはアレンを好いていた。
些細な疑問が心の中で解決した。
だが、それはほんの少しの逃げ道にしかならなかった。
「……アレンの遺言よ。乱世の終わりを……見せてくれって」
アンナの涙は初めて見た。
彼女が泣きながら去った病室のあとには、孤児の時以来、感じなかった孤独感が溢れかえっていた。
第7話 若き息子 前編
カイトは今から13年前に戦乱のまっただ中に生まれた。
父は、一代で小国を大国へと昇華させた英雄{カイ=アスカール}
母は、父に大国の君主ゼビオ王をもつアストックの美姫と謳われた絶世の美女{ハル=アストッカー}
この二人を親にもつ彼は、幼いときから周りの期待を一身に受けて育った。
やはり、子供というのは親に似るものだ。というかのように整った顔立ちのカイは、父の厳しさと母の優しさにはぐくまれて育った。
髪はほとんどが黒だが、前髪に多少紅い髪が混じっている。
母親のようにサラサラした髪に、父の精力的か顔立ちはとてもかっこいい。
彼は今、父と共に東アジアの敵を征討するために出陣した。
敵は8万の大軍、味方は5万と劣性だが敵は統制がとれていないはずだ。
なにしろこちらに対抗するために一国にまとまったはいいが、噂では意見の食い違いで不仲が続いているというのだ。
敵は5手に分かれて進軍していたが、父と軍師ナキの軍略と策略によりこちらのほうにおびき寄せられたのだ。
あとは一気に片をつけるのみだ。
「若様、殿がお呼びです」
500の兵を預かっていたカイトは、前線から馬を走らせて本陣に戻った。
「父上、お呼びですか?」
13歳とはいえ、立派な跡取りだ。
ゆっくりと、横に並ぶ騎士達が話し合っているのを無視して父の近くまで歩いていった。
カイはいつにも増して真剣に地図を睨んでいる。
「単刀直入に言う。初陣は中止だ、すぐに首都へ戻れ」
一語一語の厳しさがカイの耳に響き渡った。
一瞬の沈黙のあと、カイは静かに答えを返した。
「……何故ですか?私はもう13歳です。ういじ……」
「首都に敵軍800が攻め込んだ。撃退をしたものの不安だ。お前には5000の騎士を率いて帰還してもらいたい。知っての通り、北のアルバスの国境の守備に5000。アストックに援軍を送るときのための予備兵力として2万。そして、ナキが南アジア討伐に向けて率いている兵力が2万と5000ほどだ。援軍に行けるのはこちらしかいない」
何も知らない息子を戒めるように、逆に答えを返した。
「しかし……」
カイトは渋った。
初陣を心待ちにしてきたのに。しかも、この戦はまさに決戦。自分の力を試す絶好のチャンスなのに……
「おそれながら、若の代わりに私が帰還します」
後ろにいた1人の騎士が立ち上がった。
「レンスか……いいだろう、一万の兵を率いて帰還せよ」
カイは目線でカイトの目を捉えた。
戻れと眼が言っている。
カイトは回れ右して本陣をでた。
「レンス、さっきはありが……」
「いえ、私はただ妻に会いたいだけです」
レンスは少し頬を赤く染めた。
「相変わらず愛妻家なんだな」
「よく言われます。でも、子供はできないんですよね……」
レンスは戦の合間に足繁く家に通うが、子供は1人もできていない。
「それじゃあ、首都で会おう」
カイトはレンスに別れを告げた。そこへ、誰かが背中をつついた。
振り返ると、自分と同じくらいの年の少年と少女が鎧を着て立っていた。
「お前……誰?」
黒髪の少年が問いかけた。左目には包帯をしている。
「どこかの騎士の家柄じゃない?」
バンダナをした少女は興味なさげながらも意見を述べた。
無邪気そうな少年とは反対に、どこか冷めた感じのする少女だ。
「お前達こそ誰だ?ガキのくせに戦場にいるなんて」
「あんたもじゃない」
「二人とも落ちつけって。俺たちは首都から敵が来たって教えに来たんだ。俺はレインで、こいつはアンナだ」
黒髪の少年が二人の間に割ってはいった。
「きいたことがあるな。たしか……KTSの3英傑の2人だな……」
「そうよ。いい加減あんたも名乗りなさいよ」
アンナが腕組みをしながら睨んだ。
「俺はカイトだ」
威張るつもりはなかったから、短めに答えた。
だが、この二人の反応は予想外だった。
「ふ〜ん。跡継ぎのおぼっちゃまか。道理で髪の色が……」
レインもアンナもまるでどうでも言いように言った。
「うるさいぞ!陣の前で何やってんだ!カイト!」
親父がこのタイミングで陣からでてきて怒鳴りつけた。
それどころか、優しいおじさんのように二人に接して(自分にこんなことはしなかった)、なんと俺の軍に組み込んで戦わせろとまで言ってきた。
父親の命令では逆らえない。
しょうがなく二人を従えて前線へと向かった。
前方3km先には8万の大軍がひしめいているのだ。
「あちゃ〜。相手は準備満タンだな」
レインは手をかざして敵を見た。
だが、カイトには何も見えない。
かすかに敵の軍勢が見えるが、遠すぎてぼんやりとしか見えないのだ。
「お前、アレが見えるのか?」
カイトがレインの方を振り向いた。
「こいつは……特別よ……」
アンナが短く答えた。しかし、どこか言葉が震えている。
目に涙がたまっている。
レインは左目の包帯をとっていた。
右目には黒く紫がかった瞳が輝いている。
しかし、左目には緋色の宝石のような瞳が輝いていた。
「その眼は?イオか?」
「親友からの贈り物だ」
レインも何故か声が震えた。
どうやら禁句のようだ。
「イオの眼を持つのは国中で親父だけかと思ったけどな」
「殿様はどんなイオなんだ?」
レインが再び包帯を巻き付けながら言った。
「眼が紅くなって、身体能力が上がるんだ」
「俺のは視力がよくなるんだ。あとは……秘密だ」
レインが包帯を後頭部で結んだ。
「秘密……ね。で、何が見えたんだ?」
「たくさんの馬防柵。それに落とし穴とか俺たちの騎馬による突撃の対抗策だ」
「本当か!?わかった。すぐに知らせよう」
敵の前線の防備は完璧だった。
戦いは膠着の様相を見せ始め、長期戦になることは間違いなかった。
彼等に会ってから1週間がたった。
その日の朝、二人が陣を尋ねてきた。
「どうしたんだ?」
カイトは目を擦りながら尋ねた。
「出陣だ!」
レインがいきなり叫んだ。
「とっとと鎧を着なさい!」
アンナが剣を放り投げてきた。
中編 突然の危機!?
俺は幼い頃から王位継承者としての訓練を受けてきた。
5歳の頃には馬を自在に操れるようになったし、7歳の頃には初めて酒を飲んだ。
そうだ、確か一度落馬して首の骨を折るところだったし、酒の飲み過ぎで1週間をベッドで過ごしたことがあったな。
10歳の頃に戦場にでて、捕らえた敵の断頭を父に命じられた。
これが俺が殺した初めての人間だ。
彼の顔を今でも俺は覚えている。
無言で威厳のある顔だった。幼い自分を見ても侮らず、ただ目を閉じて黙って首を差し出した。
そして……刀を振り下ろした。
あとでわかったことだが彼はレワル国の王で、俺が生まれる1年前に父に刃を向けたそうだ。
そして父に嫁ぐ直前の母を襲ったらしい。
それから父は、何を思ったのか3年も戦に俺を連れては行かなかった。
俺はただ、父に言われたとおりに刀を一度だけ振っただけだ。
何も悪いことはしていないのに、3年も城の中にいるなんてありえない。
しかも、やっと初陣に出してもらえたと思えば騎士見習二人のお守りだ。
そして今、俺は父と共に霧に包まれた山を登っている。
時々、馬具に盾が当たる音や鎖帷子が擦れる音、馬の蹄の音も聞こえる。
突然の全軍出陣命令にもかかわらず一兵も遅れずに来たことは、おそらく父の出陣が常に気まぐれで慣れてしまったからだろう。
自分以外は全員鎧を着て寝ていたらしいのだ。
父と馬を並べて走ることは一度もなく、これが初めてだった。
父とは会話もなく、こちらが一方的に父に気圧されている感じがする。
「ち、父上」
小声で話しかけたはいいが、父は情のかけらも見せずに呟くように言った。
「なんだ?」
親の言葉とは思えない、とても冷たい罵声のように感じる一言。
「レインとアンナは知っているのですが……後ろにいる他の4人は……?」
後ろには、やはり同い年ぐらいの子供達が後についてきている。
第一印象から話そう。
そっぽを向いている蒼色の髪の少女、その少女に夢中で話しかけている橙色の髪の同じく少女。
おそらく相手がきいていようと関係無しに話しているハイテンションなタイプだろう。
そっぽを向いている方は、まるで何も起きなくて寂しいように小さく欠伸をした。
隣であれだけ話されたら、俺なら確実に黙れと言っているだろう。
髪と同じく青い瞳はとても寂しく映る。
その前には同じく二人が談笑している。
1人はボサボサの黒髪と反対に、生気に溢れた黒い目を輝かせる少年。
顔はあまり品があるとは言えず粗暴な感じがするが、ちゃんと心がければかなり格好良くなるだろうと感じる。
斜めに刀を背負い、革のベルトには短刀がいくつも隠してあるのがわかる。
こんなことをする奴を、俺はもう1人知っている。
父の重臣の中で一番の腕を誇るラロスだ。
彼は戦に生きていると行ってもいいほど戦では生き生きとしていて、マントには様々な刃物がしまっている。
宴会の前にズボンの裾にナイフを隠しているのを見たことが一回あるが彼はそれを巧みに隠しているためマジシャンのようだ。
おそらく大道芸人でも成功しただろう。
そして隣にいるのは、茶髪のさっぱりした髪型をした少年。
腰には剣を差していて、向かい側とは逆に気品がある。
仕草の1つ1つが細やかで、おそらく気の利くしっかりとした性格だろう。
体つきはけっこう華奢そうだが、内面ががっしりしている感じがする。
二人が話しているのは、どうやら伝説のようだ。
粗暴そうなほうは「そんなものはありはしない」と言っていて、もう片方は「絶対ある」と言っている。
何を話しているのかはすぐわかった。
昔の伝説なのだが、仙術を身につけた1人の男が世界を旅をして伝説上の生物と戦ってことごとく勝利を収めた。
彼はその生物の最も優れたものを持ち帰り、この世界のどこかにある地獄の山と呼ばれる場所の焔を使って優れた武器を作った。
彼はその武器のあまりの破壊力に驚愕し、武器を壊そうとしたが結局世界のどこかにばらまいたのだ。
その武器は「タクティス」と呼ばれ、今でも存在しているという。
あくまでも伝説だが……
「ああ、こいつらは俺が拾ってきたガキ達だ。だが全員優れた才能がある。とくに、ナミとナナはナキの弟子だ。期待の新星と言ったところだ」
最後の言葉を満足そうに言うと、慌てていった。
「お前にはまだ4人の名前も教えてなかったな。ナミは喋っているほう、ナナは黙っている方だ。その前にいる二人だが、黒髪のほうがラーンスロット、茶髪はガラハットだ。全員、名前を付けたのは俺なんだがな」
上機嫌そうな父を見るのに気分が悪くなることはない。
だが、自分の息子のことで少しは嬉しい顔をしたっていいだろうに。
「話はそれだけか?」
ほら、息子に冷たい【厳格な父モード】に戻った。
あとは息が詰まりそうな無言な空気が漂うだけ。
ほんとに父親かよ。
そんなこんなで、いつのまにか山の頂上に着いてしまった。
そうか、ここから突撃すれば敵を意表を突ける。
父の作戦をやっと飲み込んだ。
「ここから敵陣へは傾斜も少なく、敵も油断している!ここから一気に敵の意表をつく!」
父が剣を抜いて味方を鼓舞する。
本来なら大声は出さないが、ここなら声は風で飛ばされて敵には聞こえない。
そして、父が消えた。急斜面に馬を走らせたのだ。
次々とあとに続く騎士達。
そして、馬を走らせようとした瞬間、誰かが手綱をつかんだ。
「行くな!やばいぞ!」
手綱をつかんだのは、レインだった。
(後編) 託される思い
「レイン、何するんだ」
カイトは手綱を持ったレインを見た。
黒い馬にまたがっているレインは鎖帷子の上に革の鎧をまとっただけの装備だ。
もう片方の手に包帯を握っていて両の目はカイトを見ておらず、周りの森を絶え間なく見ている。
「おい、いい加減はなせ」
すでに第一陣の6万の騎士が崖を下り始めていた。
初陣なのだから、ここは先頭に立って父に活躍を見せたかった。
今ならまだ、馬を飛ばせば先頭にでられるかもしれない。
それなのにレインの手はますます強く手綱を握っている。
周りを見渡すと、すぐに馬を下りてカイトにも馬を下りるように促した。
「なんなんだよ!」
説明どころか一切何も言わないレインに対して怒りがわいてきた。
このままでは初陣は残党狩りに変わってしまうかもしれない。
やっと戦に参加できると思ってこれまで胸を躍らせてきたのに。
「いいから、すぐに馬を下りて下を見て見ろ」
レインは崖の傾斜の目の前まで来て指を指した。
「あれがどうした?」
指を指した方向には敵がいる。
赤、緑、青の旗指物が隙間無く並んでおり、見る方向を帰れば何かを描いた絵に見えるかもしれない。
そこには敵の大軍がひしめいており、動く気配は見せない。
まだ気づいていないのだろうか?
カイは既に崖の中腹を過ぎていった。
そういえば、布陣してから敵が動いたところは一度しか見たことがない。
初日、敵は異様なほど鬨の声を上げ、剣をうち鳴らし、士気を上げていた。
夜には松明が陣を昼のように染め上げ、炊煙が空を白く染めたのだ。
しかし、次の日から陣は静かになり、巡回に動く兵も少なかった。
布陣から3日目にはまるで誰もいないような雰囲気で、遠くにわずかに見える兵達の鎧や旗で存在が確認できるだけであった。
「見ろ、敵は少しも動かないぞ。おかしくないか」
レインが言っているとおり、もう先陣は敵の200m手前まで来ている。
それなのに敵は前を向いたまま動こうとせず、まるでカカシのように突っ立っている。
こちらの兵の鬨の声は辺りを威圧し、剣は日の光で力を得たように輝き、馬は天馬の如き早さで敵に迫っていった。
突然、陣の前で味方が一斉に馬を止めた。
カイが止めたわけではないはずだ。
全てが静まりかえり、聞こえるのはたった一頭の馬が歩を進める音だけ。
カイはゆっくりと馬を歩かせ、最前列の敵の手前3m手前まで来て馬を下りた。
敵は微動だにせず、カイはゆっくりと敵に手が届くところまで歩いていった。
瞬間、カイは剣を抜いて瞬時に敵を切り捨てた。
「カイト、あれは敵じゃない」
レインが静かに呟いた。
カイトは目を凝らしてみた。
斬り捨てたのは敵ではなく、鎧を着せてあった人形だったのだ。
「じゃあ、敵はどこに……」
その瞬間、弦音が響いた。
数本の矢が近くの森から飛び出し、カイに向かって一直線に飛んできた。
「グッ」
短い呻き声と共に、カイは地面に倒れ込む。
「ち、父上……」
カイトは小さく呟くと馬に素早く乗って崖を下り始めた。
父上……
父の安否に心が動き、うまく崖を下れない。
しかし、カイトはそんなことにも気を止めずに馬のスピードを上げていった。
もっと速く……
もっと速く!
ガクッ
カイトの体が急に沈んだ。
急斜面に足を取られ、カイトの馬が転んだのだ。
地面に落ちる瞬間、誰かがカイとの鎧をつかんで彼を救った。
「早く上ってくれ。お前を支えるには右腕に力が足りない」
レインがカイトのほうを見て笑った。
「馬に乗り慣れてるからって、馬をなめたら痛い目に遭うぞ」
カイトが後ろに乗ったのを見るとレインが彼に囁いた。
カイは騎士達が集まってくると、息を荒立てながら仰向けになった。
パキッ
グチュ
カイは矢を折ると、自分の体から次々と抜いていく。
その間、声も出さずに激痛に耐える姿は実に雄々しい。
マントを傷口に当て、縛っているときに1人の騎士が駆け込んできた。
「殿、南アジア総司令官ナキ様より伝言です」
「言え」
声を荒げながらも、自ら黙々と止血を続けた。
「ナキ様は敵の大軍に大勝、南アジアを乗っ取りました」
これには多くの騎士が歓声を上げた。
ガイア国包囲網の一角であるパラス国にナキが進軍してから1年、ナキはこれまで苦戦していたが遂に決定的勝利を収めて南アジアを手中に収めたのだ。
「それに、これはナキ様が絶対伝えるようにと言ったことです。東アジア軍を率いる大将は元ヘリオパス家臣ラルムとのことです。そういえば、首都に向かうたくさんの軍を見かけたのですがアレは何ですか?」
ラルムと言えばヘリオパスと決戦をしたとき、大将だった男だ。
知略に優れる部将で、こうかつな男だ。
「ラルムがヘリオパスに!?あそこに兵はどのくらいいるんだ?」
「レンス殿が着いているとすれば、5000と数百ほどです」
「全軍、すぐに首都まで……ウグッ」
「殿!」
見ると、マントが見る見る紅く染まっていく。
意識がはっきりしているところを見ると、大事はないようだが動くのは無理なようだ。
「父上!」
カイトが父に駆け寄った。
「カイ……トか……クッ、いいか、お前に……首都救援を……命じる」
カイの苦しそうに言う言葉がカイトの耳に一語一語響いた。
「……了解しました!」
第8話 伝説の夜明け
1000年前……
歌にも文に記録がない暗黒時代……
きっかけは、二人の男達……
これから始まる昔話は老人達によって後世に伝わった。
昔、1人の男が旅に出た。
世界はまだ平和で明るく、戦など無く、夜明けの希望と夜の穏やかな静けさしかなかった。
かのものは、力強く、知識豊かで、大空のように優しい心の持ち主だった。
彼の歩くところは日が差し、雨が遠のき、作物が豊かに実った。
彼は世界に潜んでいる数多の怪物をことごとく敗り、怪物達の屈強な体で様々な魔力を込めた武具を作った。
世界のどこかの大いなる山の火口で……
それは彼に力をもたらし、老齢になった彼を生きながらえさせ、天命をもねじ曲げたのだ。
彼はやがて1人の弟子を連れ歩くようになった。
町の乞食だったが、彼の力量、才能、考え方に昔の自分を重ね始めたのだ。
彼に様々なことを学ばせ、魔力を込める技以外の全てを学んだとき、彼は弟子に裏切られた。
弟子は自ら冥王と名乗り、自らの師匠から奪った武具で身を固めて圧倒的な武力で領地を拡大した。
領地では絶えず噴煙が立ち上り邪悪な人々を集めて炎と暗黒で世を包み始めようとした。
しかし、冥王の師匠はまだ生きていた。
彼は、冥王から守った武具を1人の王国の王に与えて彼に呪いをかけた。
その内容とは、彼等に大いなるイオをその先祖に与える代わり、彼等の先祖の頭髪は常に紅く染まるというものだった。
彼は王を中心として残り少ない自由な国の人々と同盟をくんで、冥王が攻め寄せて来るであろう自分がいる王子の居城に招集した。
冥王が率いるのは西の二つの大陸の黒い色の野蛮人、南の体の大きい人間達、そして南アジアの象部隊。
赤髪の王カルトニアが率いるのは東の勇猛な刀使い、勇敢な馬の乗り手達、ヨーロッパの白人達。そして、自国に仕えている聡明なエルフと呼ばれる森の弓の使い手達だった。
そして、古にたてられた長城を挟んで両軍は向かい合った。
暗黒の鋼鉄に身を固める邪悪な冥王の軍勢は陣営で絶えず火を燃やし、黒煙で士気を上げた。
赤髪の王が率いている軍はミスリルと銀で着飾っていたが、アジアの馬の乗り手は赤一色で身を固めていた。
彼等は何かを待つようにじっと動かず、やがて東に陣を移した。
紅い髪の王を中心に、エルフの族長のエフロス、東の刀使い達の長オオキミ、ヨーロッパの覇者アレキサンダー、馬使いの王者カロカロスは夜明けと同時に攻撃を命じた。
東の白銀と紅の軍勢20万が冥王の強大な30万の軍勢に突撃を駆けた。
彼等は太陽を背に神々しく攻めかかった。
「放て!」
「突撃!」
「我に遅れずにうちかかれ!」
エルフの一斉射撃で敵を崩し、紅い騎馬武者達が敵をさらにうち崩し、屈強な歩兵達が波状攻撃をくわえた。
噴煙は夜明けの光の前に薄れ、火は弱まり、闇はうち払われようとした。
しかし、昼頃に差し掛かると太陽は巨大な暗雲でかき消された。
冥王が出陣したのだ。
エルフの弓は彼の鎧に弾かれ、馬たちは怯えて逃げてしまい、歩兵達は彼の一撃に怯え、立ち向かったものは無惨にも死んでいった。
そこに、それぞれの王6人が立ちふさがった。
エルフの王の矢は彼に弾かれ、王は最後に手に握った鏃(やじり)で冥王の鎧に傷を付けて絶命した。
刀使いの王は彼と1時間戦ったが、鎧にひびを入れる強烈な一撃と同時に、冥王の鎚によって砕かれた。
騎馬の王は馬上から槍で戦い、アジアの王は斧で冥王に立ち向かい、ヨーロッパの王は十字の剣で冥王に斬りつけた。
彼の鎧にはわずかに亀裂が入ったがその犠牲に3人の王の魂は打ち砕かれた。
紅い髪の王と冥王の一騎打ちが始まった。
一騎打ちから数時間、戦場に彼の師匠にして仙人となったものが現れた。
冥王はそれに驚いた。
仙人のいるところは日が差す。
太陽が再び現れたのだ。
日光は彼の目を射抜き、紅い髪の王のが振るった剣は冥王の体を貫き通したのだ。
彼等は冥王の武具を奪い、世界中に秘密裏に隠した。
世界には再び平和が訪れた。
死するさだめの王は老衰で逝ったが、仙人は未だ生き続けている。
魔力宿したものは、未だ世界に存在している。
世界統一に向けた新たな戦いが始まる1000年前の伝説になった昔々の話……
カイトが去った戦場には、カイと100人の騎士が残された。
砂埃が激しく、砂が舞い散る平原でカイは徐々に青白くなり始めた。
出血は止まらず、周りの騎士がいくら手を尽くしても一行に衰えないのだ。
おそらくは、鏃(やじり)に毒が縫ってあったのだろう。
その毒は止血を遅らせ、彼の体を徐々に侵し始めていた。
彼はやがて手に感覚が無くなったように思われた。
俺は死ぬのか……
カイトにはまだ荷が重すぎる。
「今まで……少し厳しすぎたかな?」
カイはまるで遺言のように囁くと、やがて目を閉じた。
耳も目も全ての感覚が失われていくのを感じた。
あとは、何かのざわめきだけが聞こえるだけ。
その時、いきなり暖かさが彼を包んだ。
腕に、足に、指の先に暖かさが流れ込み、活力が戻ってくる。
彼は再び目を上げた。
目の前には、小汚い衣を羽織った老人がたっていた。
「おお! 目を覚まされたか。ささっ、これをお飲みなされ」
老人は手に持った器を彼の口に流し込んだ。
そして、手に持った小さな葉を数枚、彼の傷口を包むように並べた。
「これで毒は中和されるじゃろう」
老人は胸まで伸びた白い髭を風になびかせて立ち上がった。
「殿を救っていただき誠にありがたい。この戦が終わったら、すぐに我らが帝都にいらしてください」
近衛騎士が、口がまだ利けないカイに変わって礼を言った。
「そうですな。では、近いうちに……」
その時、一陣の突風が吹いた。
風が過ぎ去ったあとには、老人は消えていた。
4万5000頭の馬と林立する馬上槍の煌めき、そして白銀、褐色、深緑など様々な鎧を身にまとった騎士が疾駆している。
ここはヘリオパスから東に600km以上離れたところの大きな森だ。
普段は夜行性の動物が静かに潜んで動き回っているが、今は馬の走る音や鎖帷子の擦れる音が森の静けさを敗っていた。
天空に突き上げるように高くのびている槍は月のわずかな光を受けて静かに光っていた。
軍の先頭の男は白馬に乗っている。
カイトの愛馬は並はずれた体力を持っていたが、他の馬はもはや嘶くこともできないほど疲れ切っていた。
なにしろ出発してからは一度も休まずに700kmを走破したのだ。
他の馬よりも優れたスピードと耐久力を兼ね備えたパルチック種の軍馬といえども、これにはさすがに参っていた。
騎士達は時折、自分の吸水袋から馬の頭に水をかけたりして馬を癒そうとしたが、ほとんど効果は現れず、脱落者がでない方が不思議なほどの地獄の進軍となった。
「カイ、落ち着け! 周りを見ろ」
レインは馬の頭に一気に水をかけながらカイトを咎めた。
「そんなことはない!」
「君とは今日初めてあったけど、少し落ち着いたら?」
ナミの言い方は、カイに意見するときのナキにそっくりだとカイトは思ったが、そんなことは今はどうでもよかった。
「だが、首都が……」
「5000も首都にいるんだ。それより、今は休息だ。見ろ! 馬も人も疲れ切っている! こんな状態じゃ、勝てないかもしれないだろ!」
ガラハットはカイの手綱をしっかり握った。
「全軍、止まって!」
ナナが手を振り上げて全軍に停止を促した。
待ってましたとばかりに騎士達は馬から飛び降りると、馬たちに与える水を探し始めた。
「あんたも……水でも飲みなよ」
ラーンスロットがぎこちなくカイトの方に手を載せた。
「……だが、これでは間に合わないぞ」
「この暗さじゃ、森の中の行軍は危険よ。……それに、松明を増やそうにも雨が降ってきたわ」
アンナは手のひらを天に向けてかざした。
彼女の手に雨の水滴が着いた。
「万事休すか……」
カイトはこの時ほど雨を憎んだときはなかった。
ヘリオパスの陽は西に沈んだ。
都の家々は明かりを灯し、たくさんの農夫や町人が酒場に溢れかえっている。
ヘリオパス城には3年前から外壁ができた。
アストックから運ばれた強固な意志が大量に運び込まれ、中央のヘリオパス城の半径1km半におよそ9kmもの長さの城壁がわずか半年で築かれたのだ。
その城壁には3つの門が作られていて、巨大な見張り用の楼閣が造られた。
その楼閣で、1人の女性が静かに夜空を眺めてるのには誰も気づいていない。
白い絹の服を着たハルが楼閣にいては目立つはずなのに、日常なら気づかない方が不自然だ。
しかし、現在はほとんどの騎士が出陣しており、城壁の周りにある無人の軍事専用の矢倉や倉庫が建ち並んでいるため、この頃は誰も立ち寄ろうとはしないのだ。
彼女は東の方向に振り返った。
東の方向には無数の星がきらめいているが、徐々に光が失われている星が1つだけ、彼女の目にとまった。
その時、突然一陣の風が吹いた。
やがてそれは、彼女の肩に舞い降りて止まった。
彼女はそれが、カイの鷹であることに気が付いたのだ。
「パル……どうしたのです?」
彼女が鷹の頭を撫でていると、鷹は片足に括り付けられている手紙を彼女に差し出した。
彼女は何も言わずに手紙をほどくと、静かに読み上げた。まるで、不安を隠すかのように……
「敵8万、首都へ進撃しつつあり。総大将殿負傷、替わってご子息が全軍を率いて追撃しつつあり。警戒怠るべからず……」
彼女は急いで城門から駆け下りると、馬を駆けさせて宮殿へと戻っていった。
彼女はしたたる汗をぬぐおうともせずに衛兵を押しのけて入城すると、騎士の招集を命じて自分の部屋に閉じこもってしまった。
彼女は鍵をかけると、ゆっくりと深呼吸をした。
「王国の大事のときに……」
彼女は、婚儀の前の日に父が自分に言い聞かせたことを思い出した。
ベッドの脇にしゃがむと、ゆっくりと漆黒で塗られた箱を取り出した。
箱は彼女の背丈より高く、かなりの重量があるようだった。
彼女はゆっくりと箱を開けた。
そこには、女性用に作られた漆黒の鎧が収まっていた。
彼女は服をしまうと、ゆっくり鎖帷子を被り、上に黒いドレスのように作られた服を着た。
これは丈夫な繊維で作られており、動きやすいように作られていた。
腰には剣をつけるベルトを締め、カイトに出逢ったときに握っていた黒い刃の長い剣を腰に差した。
彼女は戦場へと向かう決心を固めたのだ。
第9話 黒い女騎士
ラロムは軍の先頭を走っていた。
しかし、彼はもはや13年前とは違う。
彼の容貌が13年前のそれとは全く異なっていた。
13年前、ガイア・アストック連合と戦った時の彼は黒々とした髪を後ろで束ね、立派な軍服を着ていた。
軍服の左胸には金で刺繍されたヘリオパス国旗が煌めき、腰にはサーベルがあった。
男としての美貌に溢れ、知性と冷酷が第一印象から見て取れるほど氷のように冷たく知性をうかがい知れたのだ。
しかし、その瞳は野望というなの炎で燃えたぎっており、出世や権力を常に求めていた。
しかし、彼は敗北してしまう。
彼はヘリオパスを見限ってレワル国にとどまった。
彼は最前線で戦い、時には退却し、時には攻めてレワル国の居城を守り続けた。
そこで彼は初めての知遇の友をえた。
レワル国王は心労で死に、彼の息子ゲインが王位についたのだ。
新しい王は彼と年がほとんど同じくらいだったので意気投合し、彼等は共に戦場で並ぶようになった。
ゲインの武勇とラロムの知略は10年もガイア国に辛酸をなめさせ続けたのだ。
しかし、彼等の奮闘も虚しくゲインは捕らえられ、彼は処断された。
ラロムは復讐を誓って東に逃亡し、3年をかけて東アジア諸国を1つにまとめ上げた。
そして、自ら8万の軍を率いて13年前の敗戦の恨みと今は亡き友の復讐を果たすためにカイと対峙した。
彼は霧に紛れて首都を落とすために西進したのだ。
彼は13年前とは違って、髪を短く切って友を弔うためにいつも白い鎧を着ていた。
顔はやつれ、以前の美貌は失われたが目にはこれまで以上に強い炎が激しく燃えていた。
復讐の炎が……
彼はやがて、ヘリオパス城下の森に入っていった。
ここには泉があり、味方を潜ませていたのだ。
だが、彼等はいつまでも現れない。
気には切り傷があり、つい最近戦闘があったらしい。
「アレを探せ!」
彼は、ヘリオパスの頃からの部下に命じて泉の中の隠し扉を開けさせた。
すると、水位がどんどん下がっていき、やがて大きな鉄の扉が現れた。
数人の兵士に命じてあけさせると、中には鎧や武具が山のように積まれていたのだ。
これはヘリオパス軍が昔隠したもので、8万人分の武具が補えるほど大量にあった。
ラルムは進軍の際、早く歩を進めるために兵士達には食料以外全てを捨てさせたのだ。
8万もの兵士達は武器を十分に補い、戦の準備を進め始めた。
そして、ラロムは復讐の戦場へと歩を進めていった。
ラルムの復讐の矛先はヘリオパスの城門へと進み始めたのだ。
城壁には500人の騎士達が既に集合していた。
騎士を刺繍した旗が城壁にいくつも並べられ、大量の弓が騎士達の足下に並べられていた。
国民は既に山頂へと避難しており、町は暗やみに包まれ、彼等の前方も背後も暗闇で包まれていた。
不意に、宮殿から角笛が響いてきた。
それと同時に、常闇の町から一騎の騎士が馬を走らせてくる。
背景の暗闇よりも深い漆黒の鎧を身にまとい、腰にはとても長い細剣を装備している。
騎士の顔は色白く、煌めく金髪が闇にとても映えている。
その時、騎士が通り過ぎた騎士が叫んだ。
「お、王妃様の出陣だ!!!」
騎士達はあまりの驚きにしばし声を発せ無かった。
無音の中を彼女は城門の上の楼閣まで進んだ。
楼閣や城壁には荷車用の段差のない坂があり、馬でも城壁や城門の上の楼閣には上れるようになっている。
城壁には矢を防ぐための木の板が並べられており、楼閣には既に指揮官クラスの上級騎士が控えていた。
彼女は楼閣の上まで馬を進めると、黒い刃の剣を抜きはなった。
「勝利は、目前です!」
彼女の声は虚空を裂くように騎士達の耳に響き、勇気を奮い起こした。
「王妃様万歳!」
騎士達は一斉にそう叫ぶと、勝利の歌を大声で歌い始めた。
その声は何万もの声のように聞こえ、遠方にも声は響き渡った。
その時、角笛が歌を中断した。
しかし、それはガイア国の角笛の音だった。
「第弐騎士軍団長レンス殿、ご到着だ! 開門せよ!」
門が重いきしみ声を上げて徐々に開いていった。
すると、馬に乗った騎士達が次々と門をくぐって入城してきた。
騎士達は皆、中級クラスの騎士で大きな弓と大剣、そして中級騎士の紋章である朱雀の刺繍のはいったマントを着ていた。
「指揮官殿は何処に?」
レンスは城門を開けた騎士に尋ねた。
「この上の楼閣にいらっしゃいます」
楼閣に上ったレンスは驚いた。
そこには、鎧姿の王妃がいた。
いつもの微笑みは消え、ひどい緊張が青白い顔に表れていた。
「王妃、これは一体……」
「8万の大軍が戦場からこちらに向かってきます。総大将はラロム。それに殿は刺客によって負傷したそうです。それで、今はカイトが指揮を執ってこちらに向かっていますが……」
彼女が言葉を句切ると、ぽつぽつと雨が彼女に降りかかってきた。
「この雨では……間に合わないな」
レンスは呟いた。
それから彼等は、ずっと東を見つめていた。
数時間後、不意に大きな太鼓の音が雷のように響いてきた。
城門の周りには、8万もの軍勢が歩を進めてきた。
「ア、アレは……」
レンスは言葉を失った。
敵の掲げる旗は皆、ヘリオパスの旗だった。
「ヘリオパスの……亡霊なのか……」
レンスは不意に恐怖に心をとらわれた。
ヘリオパスの鎧を見たことがある騎士達も皆、恐怖心に襲われた。
ここに、ヘリオパス攻防戦の幕がきって落とされたのだ。
第10話 黒と白
「矢をつがえろ!」
レンスは剣を抜き放つと、声高らかに叫んだ。
楼閣、左翼、右翼の騎士達は一斉に矢筒から矢を一本とった。
レンスは剣を振り上げて狙えと叫ぼうと口を開きかけたが、ふと隣の騎士が震えているのに気が付いた。
彼だけではない。
周りの兵士も、城壁の両翼の兵士達も矢を持つ手が震えている。
騎士達の目は血走り、激しい動悸を感じている。
ヘリオパスは既に自分たちが滅ぼしたはずだ。
それなのに、今、目の前の軍は確かにヘリオパスの鎧を着ていて、軍旗を掲げている。
青紫の旗は既に城壁の100m手前まで来ている。
「矢をしっかり握れ!」
レンスが再び叫んだ。
しかし、彼等の震えは止まらず、敵は矢の攻撃がないことに勢いづいて城門へと迫りつつあった。
ヒュン
一直線に矢が楼閣から敵の首を貫いた。
ハルの手から放たれた矢はヘリオパスの鎧を貫いてアジア兵の命を絶ったのだ。
「我らが気高い騎士達よ! 敵は亡霊などではありません! ヘリオパスの皮を被ったアジア兵です! 恐れを捨て、敵に雨ではなく矢を降らせてやりなさい」
ハルの声は城壁の端まで響き、兵士達は彼女の矢より美しい声による鼓舞に大いに勇気づけられた。
「狙いをつけなさい!」
騎士達は矢を月の形のように引き絞り、ハルの号令を待った。
彼女は再び矢をつがえ、純白のように白くきゃしゃな手で矢を引き絞ると号令を下した。
「放ちなさい!」
寄せ手の喊声、雨が鎧に落ちるときにかすかに響く音と共に弦音が城壁を一瞬制した。
敵の戦闘は次々とくずれ、たおれていった。
続いて2回目の斉射。
しかし、敵は恐れを知らないかのように次々と城壁に梯子をかけようと梯子を持ち上げ始めた。
さらに、城壁の下からは時々弓が飛んで梯子を押し返そうとする騎士達を襲った。
はしごを登った兵士を迎え撃つべく騎士達が圧倒する音が時折ハルの耳に聞こえた。
「右翼の攻撃が激しいな……奥方様、私は右翼の援護に行きます。奥方様は中央で戦況を見守っていてください」
レンスは丁寧にお辞儀をすると、兜を被って右手の城壁に続く階段に向かっていった。
戦況は膠着し始めた。
寄せ手の猛攻を騎士達はあらん限りの力で押し返し、梯子は徐々に数が少なくなってきた。
矢合戦になれば、かなりの時間は稼げる。
ハルはこの戦に光明を見いだし始めた。
ふと下を見ると、敵は城門に丸太をぶつけて城門を突破しようと必死に破城鎚を城門にぶつけていた。
彼女は余裕の笑みを漏らした。
この城の外壁の門は全て堅い木材でできており、破城鎚では決して壊されないように分厚くできていた。
鎖で扉は完全に開かないようになっており、鉄の閂で完璧に閉ざされていた。
しかし、彼女はおかしなものを見た。
城門の下に、幾つもの球体が見える。
見る限り鉄でできているようで、大きさは直径30cmほどだ。
雨に濡れながら不気味に輝く十数個の鉄の球に、ハルは不安を感じた。
ふと、昔、噂で聞いた噂が頭をよぎった。
【その鉄球は雷を呼び起こすが如く破裂し、全てを崩壊へと導く】
「楼閣の部隊は城門に降りなさい!」
彼女は部隊を率いて一目散に城門の手前まで来た。
その瞬間、城門は爆発に飲み込まれた。
爆音と共に城門は木片のみとなり、閂の鉄の棒が彼等の頭上を飛んで後方の倉庫を破壊した。
楼閣は被害を受けなかったものの、城門は消え去って、敵の通行路がぽっかりと出現した。
「全軍、城門が破られました! 撤退しなさい!」
彼女が叫ぶのと同時に、敵は雪崩を打って城門から城へと歩を進め始めた。
敵は一斉に剣と槍をこちらに向けて走ってきた。
その時ハルは、腰にあった剣を楼閣に立てかけたままであることに気が付いた。
彼女は矢を構え、騎士達はそれぞれの武器を構えた。
彼女の周りの1000人の騎士が城門で立ちふさがった。
やがて、城壁を破棄したレンスが崩れかけたハル達の軍勢を救うために敵の中に突入してきた。
「奥方様、ここは本城へと退かなければなりますまい」
レンスはハルのそばの兵士をあらかた片づけた。
「レンス、あなたは本城へ戻りなさい。私は楼閣へと行かなければ……」
ハルは一目散に階段を上ると、楼閣にある剣を手につかんだ。
しかし、城門の下はすでに敵が溢れかえっており、下を降りるのは不可能に近かった。
幸いなことに、敵は誰1人ハルが取り残されたことに気が付いていない。
その時だ。
階段を上る足音が聞こえた。
ハルは剣を抜きはなって攻撃を仕掛けようと身構えた。
上ってきた男は1人で、やつれた顔にボサボサの短髪をしている。
白い鎧姿をしており、目は怪しく光っている。
ハルを見つけた男の表情は、一瞬驚きを見せたがすぐに満足そうな妖しい笑みへと変わっていった。
「これはこれは。ハル王妃様ではありませんか。感心しませんな、戦場の中を、しかも敵の真ん中を優雅に散歩などと……」
ハルは男の顔を見て、今にも剣を振り抜こうと身構えた。
「失礼、私は東アジア連合総大将ラロムと申します。王妃様と少しお時間を裂いてお話をしようと思いますが、如何ですかな? その間、こちらは城への攻撃を中止しようと思いますが」
ハルは剣を静かにさやに収めた。
「さて、あなたとお話しできるとは夢にも思いませんでした。そういえば、カイ殿は負傷されたそうですな。私の部下が毒矢を使ったときいて、こちらも嘆かわしい限りです」
彼は一語一語を楽しむようにほくそ笑んだ。
「私の夫は、決して毒矢などにくっしはしません」
ハルの声を聞いたラロスは、甘美な復讐という名の果物を味わっていた。
「アストック王はお元気ですかな? おや、どうなさいましたか。そう言えば、あなたとカイ殿の政略結婚の真実をご存じかな?」
ハルは目を見開いた。
この男は知っているというのか。
父と私だけの秘密を。
この男はここで……殺さなくては。
ハルの殺気に気が付かないほどラロスは雄弁になっていった。
「カイ殿が使者を問いつめて、アストックが婚儀を交渉の切り札にと提示した。これが今までの通説だ。しかし、実際はアストック王はこれを望んでいた。あなたを送り込んだのはあなたをスパイに使うためだったというものもいる。しかし、真実は違うのだ。カイは予想通りヘリオパスを滅ぼした。あの川で勝利してアストック王が帰国した理由は、被害を重く見ただけではない」
ラロスは言葉の効果を存分に楽しんだ。
彼女は少しも動かずに話をただ聞いているだけであった。
しかし、顔は青白くなってきたのにラロスは気が付いていた。
「そう、あなたがガイアに送られた理由はただ1つ、それは……」
ラロスは決定的な一言を言おうとしている。
ハルを剣をすさまじい速さで抜いた。
しかし、ラロスも速かった。
二人は対峙した。
その瞬間、夜明けは訪れた。
さらに、東から角笛が歓喜の声のように響き渡ってくる。
カイト達が率いる騎士4万が到着したのだ。
第11話 王
カイトの到着の30時間前、雨が森に恵みをもたらす中、ひときわ大きな木の下で雨宿りをしている6人の少年少女がいた。
雨が鎧を打つ澄んだ音がカイトを落ち着かせ、彼は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
馬たちは雨で体の疲れを癒し、騎士達は自らの水筒を補給して次の進軍に備えていた。
「ここから首都までどのくらいで着くんだ?」
カイトは上を見上げた。
木の上でレインが枝に腰を落ち着けていた。
この雨で視界は全くきかず、木の幹は葉っぱがためた水をゆっくりと下へ流していく。
葉っぱから落ちた水滴が目に入り、目を少し擦りながらレインは無言で空を見つめていた。
「……1日と半日ぐらいよ」
ナキは安座をして地べたに座り、幹に体を傾けて言った。
「ええ、それも戦に向けて体力を残して進む場合の時間よ」
ナミが後を付け足した。
カイトが見渡すと、ナミはレインよりさらに上の枝にいた。
彼女の腕の倍の太さの枝の分かれ目に座って足をぶらつかせている。
カイトが軽くため息をつくと、前方から1人の少女が馬を走らせてきた。
「1万の騎兵がこっちに向かってきてるわ。全員鎧が紅くいわ」
アンナは馬から軽やかに下りると叫んだ。
「敵か……」
カイトはここで、初めてガラハットとラーンスロットの場所に気づいた。
2人はすぐ上に枝にいたのだ。
だが、枝の影に隠れていたため今まで気が付かなかったのだ。
「レイン、お前の目で何か見えるか?」
「いや、この雨じゃ視界が全くきかない」
不意にガラハットが枝を飛ぶと、あっという間にレインの横まできた。
かなり身のこなしが軽いようだ。
「俺にはよく見えるぞ」
ガラハットは森を見渡しながら言った。
「北東の方向から騎兵が来ている。それもすごく強そうだな」
「戦うしかないな」
ラーンスロットが剣を抜いた。
10分後、ガイア勢は馬に乗って槍を構え、謎の騎兵軍団を迎え撃とうと身構えた。
雨の向こうからは蹄の音が聞こえ、すさまじい威圧が伝わってくる。
やがて、大勢の騎兵がこちらに向かってきた。
全員が紅い軍装で身を包み、太くて鋭い槍を屈強な手がつかんでいる。
しかし、ここで思わぬことが起きた。
「全軍、止まれ」
先頭の男の号令の元、1万の騎兵がゆっくりと彼等の目の前で止まったのだ。
先頭の男は紅い鎖帷子を着ていて、その上から同じく赤い鎧を着ている。
兜の先には白い馬の鬣(たてがみ)がつけられていた。
彼はカイトの目の前で馬を止め、馬を下りると一礼をした。
「やはり予言は正しかった!」
感無量とでも言いたげに彼は叫んだ。
「実は、我々はアジアの北に位置する騎馬民族なのです。私はそこの副族長のレオルと言います。我々が反ガイア国同盟を断った直後、1人の白い老人が現れまして予言を我々に授けたのです。我らの王は5年前になくなっており、嫡子は10年以上前に行方不明となっていたのです。実は、先王はある国に嫡子を人質に出し、アジアの情勢をその国に伝えていたのです。しかし、我らに王はそのことを明かしませんでした。老人は、嫡子がガイア国で元気にやっていることを告げ、彼が森にいるだろうと言ったのです。我らはすぐに準備をして、国のだせる兵力でお迎えにあがったというわけです」
レオルはそこで向き直ってレインの前に来て跪いた。
「王よ……」
カイトを始め、全員が唖然として驚いた。
「俺が王?」
レインは訳がわからなそうにつぶやいた。
「それに、俺はすぐに首都に行って戦わなければいけないんだ」
「それでは、我らも共に戦いましょう」
カイトは状況を簡単に説明した。
「なるほど……では、話は簡単です。我らはこの森の抜け道もその老人から教わっており、その目印がこの大木なのです。馬には我が国に伝わる薬を与えれば3日間走ることができましょう」
レオルは馬にまたがると、叫んだ。
「我が国の精鋭よ、彼等に我が国の馬の恵みを。王と共に戦いに赴こうぞ」
「全軍、すぐに城外にでろ! 新手を迎え撃て!」
ラロスはハルに目を離さずに部下に命令を下すと、彼女のほうへ一歩歩み寄った。
「それでは、我が軍とガイア国軍の最後の戦いをよく見納めていてください」
雨がやみ、夜明けの光に包まれた楼閣から男は去っていった。
彼女は無言のまま鞘に剣を収めると目の前に広がる荒野をじっと見つめた。
不安と疑惑の時間は過ぎたが、あの男は知っている。
危険だ。
彼女は決意した。
「姫! ご無事でしょうか?」
レンスが階段を急いで登り切ったときには、彼女はそこにはいなかった。
ラロスは馬を城外へと向かわせた。
既に軍勢はおのおのの武器を手に取り、陣形を完成させていた。
第1陣には槍部隊が剣山のように槍を並べている。
彼の目には串刺しになる人馬が浮かんだ。
その微笑と共に彼は後方に視線を送った。
第2陣の歩兵部隊は短い槍を構えて既に戦闘態勢にはいっている。
3陣の剣部隊、4陣の弓部隊も見事な陣形で彼の期待に添っている。
彼の目には勝利が見えていた。
野望の炎が一瞬、赤々と燃え上がる。
自然と手には力が入り、日の出に光りさえまぶしいとは思わない。
愛する友よ……
お前の復讐は私の天下取りへの足がかりとなる。
彼は叫んだ。
「全兵士諸君! これから全てがかわる。乱世は野望の炎に焼き尽くされ、流れる涙をも乾かすだろう。今、歴史が動くのだ。私たちの力で歴史を動かすのだ! ガイア騎士団を焦がし……滅ぼせ!!!」
兵士の鬨の声と、盾や武器をうち鳴らす音の中で彼は真正面にいる騎士団を見やった。
騎士団の先頭にはカイトが馬を進めており、横にはレイン、アンナ、ガラハット、ラーンスロットが静かに敵を見据えている。
ナキとナナは背後の高台で戦況を見守り、レオルは中央にいて自らに騎馬軍団を率いていた。
眼下には8万の軍勢がひしめき合い、鬨の声を上げてこちらを迎え撃たんと身構えている。
首都の城壁は無惨にも打ち砕かれ、城門の近くの建物からは炎があがっていた。
背後から夜明けの太陽が照りつけ、槍一本一本を光に満たしていた。
「おい、お前が指揮を執れよ!」
レインが彼の兜を槍で軽くたたいた。
「わかった。アンナ、お前達は左翼へ!ガラハットは右翼についてくれ。ラーンスロットには先陣を頼む。レイン、お前は私と王旗の下に」
彼をここで大きく深呼吸をした。
戦の直前に、総大将は兵士を鼓舞するのが習わしである。
これは昔から重要なことで、演説学というものまであるのだ。
演説のうまさによって勝敗が決まると言っても過言ではないかもしれない、重要なことなのだ。
「勝利は我らにあり!」
彼は轟く声で叫んだ。
何かが吹っ切れた気がする。
「首都は城門が破られ、国民は危機に瀕している。この国が崩れ、滅びるかもしれない。だが、今は違う! 私は知っている。城門が破れようとも城を守るのが人であることを。知っている。国民を救うのは城門ではなく、人であることを。知っている! 私の騎士達は勇敢で屈強だと言うこと、首都を救い出すと言うことを! いざ、首都へなだれ込め! 敵を蹴散らし、凱旋しよう!」
レインは隣の騎士から角笛をひったくると、カイトに渡した。
カイトはかすかに頷くと、角笛を吹いた。
角笛の音と共に、騎士達は馬に拍車を入れて動き始める。
そして、口々に叫ぶのだ。
「首都へ凱旋だ!」
5万の人馬はやがて猛烈なスピードで突撃を開始した。
「盾を上げろ!」
号令と共に、騎士達は盾を自らの頭上にかざした。
それと同時に、その盾に数本の矢が弾かれていく。
これはラロスには意外だった。
昔見た戦法とは遙かに違っている。
一斉掃射の矢はことごとく盾に弾かれ、ガイア国軍には被害を与えなかった。
「槍ぶすま、構え!」
アジア兵達は槍を構えた。
針山か剣山のような槍ぶすまで突撃してくる騎馬軍団を防ぐのだ。
軍勢がぶつかり合う瞬間、カイトの声が轟いた。
「放て!」
ガイア国の後方から、矢が一斉に放たれたのだ。
すさまじい一斉掃射の前に、槍ぶすまは崩れ去った。
逃げ出すまもなく、槍部隊を騎士達が襲いかかった。
馬の蹄にかけられるもの、槍で背中を突き刺されたり、すれ違いざまに斬りつけられたり、アジア兵達は逃げまどい殺されていく。
ここで、騎士達は馬の足を止めた。
正面から、7万のアジア兵が襲いかかってきたからだ。
ここに、激戦の火ぶたが落とされた。
騎士達は馬の上から槍を振り下ろし、斬りつけた。
逆に、馬から騎士を引きずり下ろして討ち取っていったり、下から槍で突き殺してアジア軍も応戦していく。
カイトはレインと共に剣を抜き、近づいてくる敵を遮二無二斬りつけていった。
二人は馬を下り、互いに肩を並べて体中が血に染まるまで斬り合った。
そこに、新手の騎馬軍団がアジア軍を蹴散らしていく。
見ると、レオルがその軍を率いていた。
後方にいた彼等は、槍部隊を殲滅させるとすぐにこちらに向かって突撃してきたのだ。
彼の兵はガイア国の騎士よりも強く、馬の扱いも上手だった。
やがて紅い騎馬は戦場を席巻し、倍の数のアジア軍を追いつめ、敗走させたのだ。
戦場には両軍の兵の死体が広がり、武器があちらこちらでうち捨てられていた。
戦から3日後、ラロスの死体が発見された。
場所は近くの森の中で、周りの木には多くの斬りつけた後が見つかった。
しかし、彼が倒したはずの死体は見つからず、騎士達は誰も彼とは戦っていないと言う……
死体は多くの突き刺された後があり、全ての傷が致命傷になるまで深く差されていた。
彼の最後の表情は恐れと恐怖に入り交じっており、彼の遺体はカラスが群がっていたという。
第12話 遷都
夜明けの輝く光。
砂埃にまみれた馬。
返り血を浴びた鎧。
強風にたなびく王旗。
壊れた城門の前で歓声を上げるガイア騎士団。
鬨の声はひとつにまとまり、やがて凱旋歌となる。
楼閣の上には1人の少年が剣を天にかざしている。
「我らの勝利だ! 宴会を開く! 中央広場の食料庫を空っぽにしてする!」
騎士達は列をなして首都へと入城した。
心地よい朝日が城の一室を静かに照らしている。
10m四方の広い部屋が漂わせるのは静寂と平和だけ。
紅いカーペットには騎士が刺繍されており、ベッドの横には乱暴に鎧が置かれている。
呻き声にも似た声と同時に白い羽毛布団が僅かに動いた。
彼は目を擦って寝返りを打ち、ゆっくりと上半身を起こした。
カイトはゆっくりと頭を整理しようと務めたが、色々な情景が頭を駆けめぐり、彼は胸を押さえた。
そうだ、あの戦いは?
彼は急いで部屋に面しているベランダに通じる扉を開ける。
扉を開けた瞬間、朝の冷たい風が彼の頭をはっきりさせていく。
彼の視線は中央広場へと向かった。
一瞬、彼は息をのんだ。
夢ではなかった。
広場にはたくさんのゴミが散乱し、たくさんの器が散乱している。
昨日の宴会騒ぎの証拠だ。
彼はゆっくりと深呼吸をして玉座の間へと足を進めた。
そこには誰もおらず、ただ玉座が日の光を受けているだけだ。
長方形形の部屋に作られている玉座から入り口までには幾つもの椅子が整然と並べられていて、これらに座っているものは誰もいない。
普段はカイの配下の上級騎士達がここに座し、国の情勢について論議する場だ。
彼は辺りを見渡し、誰もいないことを用心深く確認すると玉座に座った。
満足感とも違う、不思議なキモチ。
カイトはこの時初めて、騎士達を率いて戦ったと実感した。
それから3日後、手負いの王は心配そうに見つめる国民や騎士達に迎えられて首都へと帰還した。
毒は謎の老人の力ですっかり浄化されてはいたが、彼は馬に乗るのがやっとなほどの傷を負っていたため、大事をとるためにしばらくはここにとどまると決めたのだ。
彼は到着すると、前日に戻っていたナキ、それに総大将として戦った自分の息子と共に戦後の処理に当たった。
カイはこの時、上級騎士としての爵位と降伏したアジア兵を騎士とした5000の軍団の長となっていた。
すでに東アジアの諸侯は降伏し、彼は東南アジアの島々を除いてはアジアを手中に収めたが、新たな領地を安定させるためにカイトが2万の軍を率いて父の代官として統制することとなったのだ。。
降伏したほとんどのアジアの王は所領を減らされたが、命は助かった。
最後に彼は、一番の問題であるレインの王権問題のためにレオルとレインを呼んだ。
「……なるほど。まず重要なのは、レインの意志ではなく国民の意思だと思うがレオルはどう見る?」
カイはレオルを見やった。
がっしりした体格を持つレオルはどの騎士よりも威圧感がある。
「民は善政を望んでおります。民は帰国への帰属に抵抗はしないでしょう」
「レインはこちらの騎士です。こちらとしては帰属が一番ですが、レインが決めることが肝要です」
ナキの言葉を聞いたレインは複雑だ。
「……騎士でいたいですが……」
ここでカイトが助け船を出した。
「レイン、お前はレオルの立場を気にしているんだろ?」
的を射たカイトの発言に、レインはゆっくりと頷いた。
「そうか……では、こうしよう。レイン、お前は騎士学校を卒業してもらい、レオル率いる騎馬軍団の軍団長をしてもらう。俺はこれから南アジアの東にある穀倉地帯に新たな首都を築くんだが、お前にはそこの主力。つまり、築城の警備を任せる。民達もこの首都へ移り住むのがいいだろう。どうせ、全領地、特に貧困な民が多い東アジアから多くの民を集めて生活を保障する代わりに築城に従事させようと思っていたからな。もちろん、女や子供は働かなくてもいいぞ」
「ありがとうございます。では、レオル、よろしく頼む」
「新たな王と軍団長の思うがままに働きます」
握手をして互いの信頼を確認したかのように笑うと、レインとレオルは去っていく。
そこでカイは人払いをすると、ナキとカイトに目を向けた。
「今話した遷都のことだが、候補地はナキが決めた。カイト、お前には築城の責任を任せる。図面はほとんど完成した。アジア風の建築だが、お前なら大丈夫だろう。まず、外の堀と城壁を作ってもらう。すぐに多くの民と材料を送るから、速く、丈夫に頼むぞ」
カイは分厚い図面をカイトの手に託し、大きな欠伸をしながら部屋へゆっくりと歩いていく。
息子は黙って憧れの父の背中を見つめた。
彼は急いで出立の用意をしたが、次の日に思いもかけないことが起きた。
次の日、修復中の城門に1人の老人が現れた。
「カイ殿はお戻りだろうかな?」
見張りの騎士は小汚い老人を不快そうにみたが、王に逢いたいものは身分に関係なく会うことができる決まりがある。
「そうですか。では、ついてきてください」
「申し訳ないですが、この荷物も一緒にお持ちいただければ幸いです」
「もちろん、お運びしましょう」
内心では悪態を付いたが、騎士は老人の後ろの大きな荷車を引っ張って老人の後へ続いた。
カイはカイトとチェスをしていた。
その時、老人が会いたいと言っていると伝え聞くと、彼は玉座へと座って通すように言った。
入ってきたのは小汚い格好の老人だ。
左手には白い杖を握っていて、指にはたくさんの指輪をはめている。
「あのときの……」
カイは叫んだ。
自分を助けた老人だった。
「この方です。私に予言を託したのは!」
レオルが驚いて叫んだ。
「どうも、お加減はいいようですな。レオル殿もあなたの配下に入ったようですし、万事が順調そうですな」
「是非、お礼をしたいと思っていたんだ。食事でもどうです?」
カイは一騎に杯を満たしていた水を飲み干した。
「いや、それよりこちらにアストックの家宝があると思うのですが、見せていただきたいのです」
老人の目が光った。
「アストックの家宝?」
「私の剣のことですね?」
ハルがカイの背後の扉からでてきた。
彼女の腰には剣が差してあり、全てが漆黒のように黒い。
老人は剣を手に取ると、確信ありげに頷いた。
「ありがとうございます。この剣に勝る剣はこの国にはありますまい。そこで、私からあなたに渡したいものがあるのです」
カイはここで、老人の後ろの大きな袋に気が付いた。
「親切な騎士がここに運んでくれたのです」
老人は手を袋に入れると、炎のように紅い剣をカイに手渡した。
「この剣は不死鳥の炎を結晶にして作ったと言われております。遙か昔の仙人が作ったと言われていて、今でも刃には光がありますぞ」
老人は一礼して、すぐに去ってしまった。
カイは剣を興味深げに見て部屋へと帰っていったが、レインとアンナは二人だけで城外へとでた。
二人は亡き友の墓を作っていたのだ。
石を積み重ねた簡素なものだが、彼等はしばらく墓の前で頭を垂れて祈った。
やがて、二人は自分の宿舎へと戻っていった。
無言が彼等を包む。
そこで二人は思いもかけないものを目にした。
二人の寝室にはそれぞれ立派な鎧が置かれていた。
レインには真紅の鎧と剣、アンナには白い鎧と同色の細剣。
そして、二人とも共通のメモが置かれているのに気づいた。
「幼き英雄達よ、生き残るために力を与えよう。真紅の騎士と純白の騎士へ」
平原の中に1人の老人が立っている。
「幼き紅龍も白竜も力を手に入れた……紅き王も自らの剣を手に入れた。王の妃の剣……あの剣には紅きを食らう力がある。危険じゃ……王の破滅まで……時間がない」
一陣の風が吹き荒れ、老人は消えていた。
空には、一匹の鶴が西へと飛び去った。
第13話 帝都と亀裂
南アジアの東には広大な平野が広がっている。
見渡す限りの田園は国の食料庫といわれるほど広く、土壌が豊かな地域。
その地に目をつけたのがガイア国の国王カイだった。
ヘリオパスの戦いから半年後には1万を超す騎士を引き連れたカイト=アスカールが着陣し、大規模な工事を始めた。
海の目の前に巨大な堀を堀り始め、その掘り出した土で平地に巨大な山を作り始めた。
着工から半年たったころ、何十万人もの国民が現地に到着して工事に参加。
やがて、築城の増員人数は100万人を突破し、200万人近くが5年もの歳月をかけた。
堀が完成すると、30平方kmの、堀に囲まれた土地が田園地帯に出現。
さらに町並みや城門、城壁なども同時進行で作られていき、遂に巨大な城が僅か5年で完成したのだ。
幅が25mの堀が三重に連なっており、その内側には堅固な岩で作られた高さが20mの高さの城壁が侵入者への威圧感を放つ。
城壁の上は幅が7mもあり、高さ2,5mの漆喰塀が備え付けられている。
高さ10mの鉄製の城門を2つ越すと城内へと足を踏み入れることができ、2階建ての楼閣の見張り塔は不眠の監視をする騎士達が寝食を共にする。
中にはいると、一ノ丸の大農地が入場者の目にはいる。
ここで作られた莫大な量の食料は城内の国民の腹にはいり、残りは食料庫に納められる。
50万人の農夫が平等に土地を分け合い、協力しながら田畑を耕す。
そして、年で最も収穫量の多い農家には次の年の納税を免除されるなど農民のための法律によって農民は保護されている。
大農地は傾斜がほとんど無く、城内の3分の1の面積を占めるほど広い。
城外と同じ城壁が一ノ丸と二ノ丸を隔て、その城門を越えると大きな、人のうねりが目にはいる。
二ノ丸にはこの城の全ての領民が住む住宅街の他に、三ノ丸からのびる4つの大路の両脇には年中市が開かれているのだ。
ここはこの城の台所と言われ、多くの品物が並んで人々の目を集める。
この城には4つの大路があり、最もにぎやかなのが南大路である。
北、西、東は領内の舗装された街道につながっているが、南には大きな港がある。
この港には周辺の港や他国からの貿易船が溢れ、品物の取引が辺りを活気づかせている。
二ノ丸からは城の両脇の普通の港しか行けないが、三ノ丸からは軍事用の軍船が並ぶ中央港に行ける。
三ノ丸は二ノ丸から城壁を越えると行くことができるが、軍の関係者以外はそこからはいることができない。
なぜなら、三ノ丸には大規模な軍事施設がある。
馬の厩舎に放牧場、兵舎や上級騎士達の住まい、そして武器や武具をつくる腕利きの鍛冶屋。
カイの号令があれば、城内の五万の精鋭の騎士が半日で出陣の準備を住ませることができるのだ。
そして、選ばれた重臣の住む屋敷がある四ノ丸を通り過ぎると、カイが住んでいる本丸へと続く螺旋状の道が続く。
その先の本丸には、極東の島から連れてきた建築士達が設計した天守という塔のようなカイの住まいが作られている。
高さが20m、和式の建築様式の巨大な天守は遠く離れた地を見通し、その光は彼方の地の人々の目からもはっきりと見て取れるほどの輝きをはなった。
天守の最上階から王は城下を見つめていた。
星が輝く夜空の下、二ノ丸はまばゆい光と賑やかなざわめきが満ちている。
カイの手には書状が握られていた。
一回握りつぶしたようで、書状はしわくちゃだ。
一ヶ月以内に領内に返せだと!?
カイは憤怒の心にかられている。
アストックから、同盟の破棄とハルの返還を要求されたのだ。
しかし、いつまでも手をこまねくヒマはない。
カイは決断した。
彼はどこか寂しげに階段を下りていく。
乱世の習い……
悲しみの連鎖……
ハルの親をこの手で切らなければならない。
こちらが勝つのは必定だ。
この首都から出発する五万の騎士にくわえ、こちらにはまだ隠し球がある。
真紅の騎士団の全兵力の1万、……
アレを投入すれば、10万の敵が相手でも勝てるだろう。
カイは辺りを見渡した。
今日は夜市があるため、ほとんどの者が出て行っている。
カイは迷う様子もなくハルの部屋へむかった。
扉の前に立つと、開けるそぶりをしたが結局は開けられなかった。
「義父と戦うことになった。お前を……手放したくない」
無反応
扉をゆっくりと開けた。
彼女の部屋は一番広く作られており、装飾が一番少ない部屋でもある。
全てがハルの好みに作られており、美術品もなにもない。
大きな鏡が1つと壁に所狭しと並べられた武具以外は何もないに等しい。
そして、その部屋からは彼女の剣と鎧が無くなっている。
彼女の姿は闇に解けたように消え失せていた。
第14話 再会
東アジアの北。
ここはモンゴルとも呼ばれていたが、今ではモルスと呼ばれる平原地帯となっている。
そして、大きく起伏した丘には簡素な城が築かれていた。
周辺には馬が放牧され、自由に草を口に運んでいく。
そのなかで、一頭の雄々しい馬が嘶く。
その馬は他の馬と比べて格段に体が大きく、毛並みが実に美しい。
風に鬣をなびかせながら、利発そうな目で周囲を見渡す。
まるで、周りを見張って仲間に危害を加える者を見張っているような仕草。
しかし、その馬の特別なところはそんなものではない。
この周辺を治める王は、昔、冥王と戦うなど勇名をはせた。
その王の愛馬は、この馬の先祖なのだ。
つまり、この馬は馬の王家の血筋と言っていい。
そして、最も驚くことはこの馬の毛の色だ。
紅く、美しく、雄々しい。
その紅い毛は、今のこの地の領主の鎧と同じぐらい紅く、誉れ高い。
その馬に、1人の青年がゆっくりと近づいた。
青年は警戒よりも、何か慌ただしいような様子で馬に近づく。
馬は、それを全く気にしない。
自らの主人だとしっかりわかっているからである。
「パラディン、少し動かないでくれよ。剣をすっかり忘れていたんだ」
青年は馬の馬具につけてある剣の固定具を緩め、紅い鞘に収まっている剣を抜き取った。
「食事の邪魔をして悪かったな。でも、すぐに行かなくちゃいけない。本当は今行くはずだったんだが、城に大切な者を忘れてしまったんだ。もう少し食事を楽しんでくれ」
青年は馬の頭を丁寧に撫でる。
すると、馬は彼の鎧の裾をくわえて彼を引き留めた。
「乗せてくれるのか? じゃあ、すぐに行こう」
身軽に馬にまたがると、馬はすぐに素早く走り出した。
レインは、風を気持ちよさそうに浴びて城へと向かっていく。
それから1週間後、青年は首都の城門まで馬を進めていた。
彼の脳裏に、ここにいる仲間達の顔が浮かんでくる。
4年前、彼は仲間達を残して自分の先祖達が眠る地へと帰っていたのだ。
そのため、彼は完成した帝都に来るのは初めてだ。
堀に渡された橋の上を歩き、彼は城門へと近づいて叫んだ。
「開けてくれ! 開門!」
アンナは東の城門の上にある楼閣にいた。
周りには誰もおらず、全員が城門の警護をしている。
彼女は3000騎の隊長として、上級騎士の地位についていた。
楼閣の一階にはきれいに並べられた矢筒、弓矢、そして焙烙や城への連絡に使う発火材がある。
大きな欠伸と共に、心の中の僅かな憂鬱感を感じる。
彼女の周りには、あまり親しい人物はいない。
氷のように冷たい性格がその容姿に圧倒的に勝っているからだ。
僅かな仲間も、今は各方面にいるため、離ればなれとなっているのだ。
ナキとナナは帝都にいるが、忙しくて食事をする機会さえない。
ガラハットは異国の身内の所に。
ラーンスロットは前線の一軍を率いている。
カイトはいつでも会える身分ではない。
そしてレインは……遙か彼方で今も……
「開けてくれ! 開門!」
轟くような大声が彼女を頭の中から現実へと戻した。
あまりに腹が立った彼女は、弓矢をつがえて楼閣から下をのぞき込んだ。
下にいる人物に狙いを定める。
「うるさ……」
驚きで彼女は頭が真っ白になる。
レインがいる。
4年前は身長が150cmそこそこだったのが、今は確実に180cmはある。
昔と変わらず黒々した髪に色の違う両目。
そして、人を引きつける微笑み。
一瞬、彼女の手がゆるんだ。
矢が彼女の弓から放たれ、まっすぐレインの胸に突き進む。
レインは馬から落ち、辺りは静まりかえった。
アンナはすぐに楼閣から降り、レインの下へと走った。
「いてて……何すんだよ」
彼女の矢は確かに彼の胸に突き刺さったはず……
その時、彼女は急に思いだした。
あの鎧だ。
それは5年前に二人の寝室に置かれていた鎧だ。
見た目は簡素で、日常で着ていても不便がないほどだが使われている鉄が非常に堅固で、弓矢なら鎧に傷を付けることすらできない。
肩当ても胴丸も非常に軽く、その鎧に添えてあった剣ほどの名刀を二人は見たことがない。
「ご、ごめん。手が……」
「俺を殺そうと勝手に動いたか?」
その場で二人はしばらく笑いあい、アンナはレインを案内するために二人で城の中へと進んでいった。
レインと二人で会談したカイは、夜の月を見上げた。
三日月だった。
「準備ができました」
いきなりの呼びかけに驚く。
部屋の隅の安楽椅子にナキが心地よさそうに座っていた。
「500騎はすでに城門の外に待機しています」
ナキの目は静かな夜に青々と輝いている。
行くか。
「偵察だけですよ」
ナキは忠告した。
「わかっている」
カイは、西の空を眺めながら鎧を身に帯びた姿で部屋から過ぎ去った。
今は亡き旗揚げの時の重臣達の形見を手に、ナキを従えたカイは西の国境へと消えていく。
彼は少しだけ予感していた。
それが思わず口に出る。
「さらば、我が帝都と息子達よ」
この夜はとても輝いている。
アストックの王宮で、王とその娘は言い争っている。
「父上は、私がもたらした平和を壊すおつもりですか?」
ハルの声は怒りを秘めている。
「もう耐えられないのだ。わかってくれ」
「私の苦労を水泡に帰すおつもりですか?」
「……あの男と別れるのが辛いのか?」
的を得たと王は直感した。
「そうかもしれません。ただ……」
そこで言葉を句切るが、王はかまわず言葉を発する。
「お前を汚さずに勝ってみせる」
王の拳には力が入ってくるが、王はそれには気が付かない。
「勝ち目があると本気で考えているのですか?」
「どういうことだ?」
「……最強の騎士部隊が完成しました」
王は一気に脱力した。
「……本当なのか?」
「私がアストックに平和をもたらします」
彼女は議論の余地がないと感じた。
「……お前に5000の特殊部隊を預ける。お前はカイのもとへ行け」
彼女は小さく頷くと、王宮の闇へと溶けていった。
第15話 愛と最後、託される志
アストックとガイア国の国境を静かに渡る500の軍勢。
月夜の光に照らし出される鎧だけが、時折目に輝きをもたらす。
鎧の音を少し気にしながら、ナキは用心深く辺りを見渡した。
「大丈夫だよ。この川には何回も物見を放ったんだ」
そう言いながらも、カイの手は剣の柄を強く握りしめている。
それに気が付いたナキは少し笑いをこぼすが、その笑いもやがて治まっていく。
川を越えると、先にはどこまでも続く闇のみ。
「やっぱりおかしいわよ。国境に兵士が1人もいないなんて……」
ナキの心配をよそに、彼等は木の生い茂る森を抜け、使われていない様子の小さな古城を通り抜け、アストックの前線の拠点がある平野へとどんどん進んでいった。
やがて、平野を見渡す高い丘を見つけ、彼等は敵に見つからないように気をつけながらようやくてっぺんまで登り着いた。
「こ、これは……」
平野を埋め尽くす兵舎、闇夜を照らす明かり。
そして、多くの兵士が行き交いながら鋭気を養っている。
その数は5万や6万どころではない。
「10万……いや、15万以上はいるぞ。一体どうして……」
しかし、驚いている場合ではない。
急いで首都へと帰り、決戦の準備をしなければならない。
「ナキ、お前は真紅の騎士団の出動を渋ってたな……だが、使わなければならないようだ。楽しませてくれるな。乱世!」
カイの衝動的な笑いに気が付いたのか、四方から鬨の声が上がった。
「やばいな、退くぞ!」
カイ達は馬に鞭を当ててすぐに丘から駆け下りるが、行く手を変えても変えても敵が立ちふさがる。
カイはガラにもなく戦おうとせず、逃げるだけなのにナキがいぶかった。
「殿、ここは強行突破しかありません。一気に突っ切れば、殿だけでも助かるやも……」
「だめだ。お前達を連れてきたのは俺の責任だ。つまり、俺は身を犠牲にしてもお前達を助けなければならないんだ」
カイは一緒に走る騎士達を見つめ、大きく息をすると剣を抜いた。
「お前達は自分を守れ。俺はここで……果てる!!!」
「いけません! それならば先ほど見た古城へ隠れましょう。そうするしか……」
しかし、言い終わる前にカイの拳がナキの腹部を強打した。
「おとなしくしていろ。俺が古城に行く。お前達は回り道をすれば難を逃れられるだろう。行け!!」
カイの目つきに、騎士達は従わざる終えないと悟った。
カイは兜を捕ると、大声で敵に向かって叫んだ。
「俺がガイア国王、カイだ! 本物の証に、俺の髪は紅い! さぁ、俺に追いつけるか?」
カイは馬に拍車をかけると、群がる敵を斬りつけながら古城へと駆け込んだ。
驚いたことに、古城へと入っていくカイを敵兵は追わなかった。
カイは息も絶え絶えに肩で息をしながら、額の汗をぬぐった。
古城から周りを見渡すと、城の周りを松明がぐるりと囲んでいる。
「囲まれたか……」
カイの心に、今まで心を満たしたことがない感情が溢れた。
焦り。
しかし、今は時間がない。
カイは敵が来ないか耳を澄ませながら、城を隅々まで探し回った。
そして、最後に城主の間へと歩を進めた。
その場所には置くに椅子が一つあり、入り口からその豪華な椅子までは30mほどしかない。
両脇の壁には絵が飾ってあった形跡があるが、床は埃まみれ。
カイが後ろを振り返ると、埃のせいで足跡ができるほどだ。
床には大理石が使われており、どことなく豪華な雰囲気が漂っている。
カイは一番奥の壁をじっと見つめて、眉を寄せた。
その壁だけ、汚れがないのだ。
直感的に壁に手を当て、ゆっくりと押してみた。
すると、壁が動き始めた。
「どんでん返しになっていたのか……」
カイは壁の奥へと消えていった。
中は洞窟となっているようで、若干だが空気の流れを感じる。
肌寒い空気の中を、カイはただ黙々と先へと進んでいく。
洞窟は木で補強されていたが、土でできた壁は今にも崩れそうな感じがする。
音と言えば、カイの鎧の音だけ。
吐息が冷たくなるほど寒い中、ただ足を前へと出す。
歩いてから10分ぐらいたっただろうか。
やがて、とても広い広場のような場所に出た。
ジメジメした場所から一転、そこは実にすがすがしい空気が流れている。
隅には赤々と燃える火が燃えさかる暖炉。
そこには、1人の人物が黒い鎧を着ていて、黒い剣を手に握って立っている。
ハルは、その蒼い瞳をカイの方向へと向けた。
「来てしまったんですね……」
その一言は以前のように明るい声ではなく、この場所のように冷たい。
その声を聞いたカイは、安堵から一転して不安、そして驚愕へと変わっていく。
「お前……どうして……」
「これは……18年前からわかっていました。私は……あなたを狙う刺客です」
ハルは全く身動きしない。
ただ、彫刻のように立っているだけだ。
「時間がないわ。簡単に説明します。あなたとの結婚が決まる前から、私は剣術を磨き続けました。理由は、王の娘として敵国の重要人物と結婚、そして暗殺するためです。王に娘はいません。王の養子でした。やがて、あなたと結婚、そしてカイトを産みます。しかし、生まれたのは二人でした。男女の双子が生まれたのです」
ハルは一呼吸置いた。
それでも、カイは何も言わない。
ただ、じっと聞き入っているだけ。
「双子の片割れは王としてガイア国に。そして、もう1人は私と同じ宿命に立つために国が秘密裏に育てることになりました。名前はララ。彼女とは、一度も会っていません。私はすぐにあなたの元に戻りました。そして今、あなたの命を絶つためにここにいます」
カイは口を開いた。
「1つ、ききたい。どうしてすぐに俺を殺さなかった?」
ハルはここで、初めて動揺した様子を見せた。
「……あなたとは最後だから、真実を言うわ。あなたを……愛していたからかもしれない。感情を自在に操るすべを幼少から学んできたけど、あなたへの感情だけは抑えられなかった」
「それに、カイトのこともじゃないか?」
カイは刺すような眼差しで、ずっとハルを見つめ続けていた。
「……正解みたいね。そう、カイトが大人になるまでずっと待った。彼を……生き残らせたいから」
話は終わりとばかりにハルは剣を抜いた。
「……お前を殺したくな……」
しかし、言い終わる前にハルはカイの目の前まで迫っていた。
ガキィッ
金属がぶつかる音と共にカイの紅の剣が閃く。
その光は辺りを照らす太陽の如き光を発し、ハルの黒い剣と火花を散らした。
ハルはいったん間合いをとった。
それからの攻防はすさまじく、言葉では言い表せない。
激闘は1時間続き、両者は体力の限界まできていた。
二人は大きく間合いをとり、剣を構える。
カイもハルも心の中で感じていた。
これが……最後の攻撃。
二人は最後の力を振り絞って走り出す。
最後の一撃。
手からこぼれ落ちる剣。
ポタッ
血が床に滴り、僅かに血液が落ちる音がした。
貫いたのは……黒い剣。
「どうして……」
ハルは剣を抜くと、急いで倒れるカイを抱きかかえた。
彼女ははっきりと見た。
カイはわざと剣をそらした。
そして、ハルの剣はカイの胸を……。
「お前を……やれるわけないだろ……」
カイは呟く。
ハルはカイの胸に手を当てて目を閉じた。
が、カイはその手を押さえつけた。
「イオは……使うな。体力が落ちているときにやれば……命に……」
しかし、彼の胸からはすさまじい出血が流れている。
そして、彼女の手を握ると目を閉じた。
ハルはもう片方の手でカイを治療し始めた。
しかし、ほとんど効果はない。
彼女も、そして彼もわかっている。
致命傷だ。
死ぬ。
彼の目からは涙が一滴こぼれる。
ハルの涙がカイの額に落ち、静かにこぼれていく。
こうしてカイは逝った。
後に残されたのはただ涙を流すハルだけだった。
やがて、彼女は決意した。
彼女の両手にはカイに刺さったままの剣。
そして、紅い光を失ったカイの剣が握られている。
彼女は一呼吸置き、カイを抱き寄せた。
彼女の胸を剣が切り裂く。
そして間髪も入れずに、呻き声も発さずにカイの剣をカイの背中に、そして自らの胸へと突き刺した。
彼女はカイの顔を眺め、目を閉じると優しく口付けをした。
ハルはこうして、自らが最も愛した者の腕の中で死んだ。
それから数刻後、白い老人が二人の屍がある場所へと来た。
息を弾ませていることから、どうやら急いでここまで来たようだ。
「間に合わなかった……逝ってしまったか……」
老人は指輪がたくさんはめてある手を伸ばし、二人の剣を、そして鎧を背負っていた袋へ入れた。
「意志を継ぎし者に渡すのが私の役目。どうかご両人にはしばしここで眠っておられるように」
老人は目を涙ぐませながら広場を去った。
広場の暖炉の炎が消え、暗闇のみが見える。
しかし、そこには確かに、愛し合った悲しき運命の二人がいる。
乱世の悲しみがここにひとつ、生まれた。
カイトは目を覚ました。
部屋に風が入ってきている。
彼は目を疑った。
父の剣が、鎧がある。
そして、悟った。
父が死んだことを……
天守の最上階に飾られている絵に気が付く者は少ない。
しかし、絵は確かに描かれた時代の風景を残している。
ヘリオパスに入城したときに描かれたもの。
カイと重臣達、そしてカイに寄り添うハルが描かれている。
二人は絵の中で、幸せそうに、心からほほえんでいた。
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2006/06/08(Thu)23:09:21 公開 / シンザン
■この作品の著作権はシンザンさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
はっきり言って、前とはかなり文章が違うと思いますが、少しずつ最終更新まで書いていきたいと思います。
ストーリーも多少違うので、そこら辺を楽しんでみてください。