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『漆黒の語り部のおはなし・5』 作者:夜天深月 / ショート*2 未分類
全角5913.5文字
容量11827 bytes
原稿用紙約17.45枚
現実側の世の中と非現実側の世の中の遭遇。今回は、そのおはなしをお聞かせしましょう。
 御機嫌よう。またお会いしましたね。今日という日は皆様と会うのがとても待ち遠しかったですよ。何故私が皆様を此処に来させているかということが、皆様は解ったかどうかが気になりましたのでね。
 さて、いきなりですが何故私が皆様を此処に来させているかということは解りましたか? ……なんて質問は今しません。でも、ちゃんとおはなしが終わった後に質問しますよ。『今』この質問をしないだけですから。楽しみは最後にとっておきますよ。皆様がどんな解答を出すかとても楽しみですよ。
 さて、今回の世の中ですが私が見てきた中でも滅多にない世の中ですね。皆様、その『滅多にない世の中』が何か解りますか? ……どうやら解らないようですね。いえいえ、解らなくても結構ですよ。解らないだろうと予想して質問をしたのですから、寧ろ解る人がいたら驚きですね。
 えーと、話を戻しますが『滅多にない世の中』それは―――二つの世の中で出来た世の中です。簡潔に申し上げますと、現実側の世の中と非現実側の世の中の遭遇と言ったところでしょうか? おや、一部の人はまだ浮かない顔をしていらしているようですね。ふふ、説明のし甲斐がありますよ。
 それでは、もっと簡潔に申し上げましょうか。普通の生活を送ってきた少年と死ねない男の遭遇、と言ったところでしょうか? ……どうやら皆様理解したようですね。御理解頂けてなによりです。御理解頂けなかったら、おはなしを始めることが出来ませんからね。
 さて、そろそろおはなしを始めましょう。
 おはなしの始まり、始まりぃ。


第五の世の中『光と闇』


 光が在れば闇もある。
 才能や明晰な頭脳を持ち、光を放っている奴が光。なんの才能も無く平凡な頭脳しかない奴が闇。または、明らかに他者と違う奴も闇だった。そして、私は闇だった。
 光が在れば闇もある。だけど、闇しかなければ光はない。だから、私は望んだ。光を無くすことを。みんな同じになる。みんな同じなら遠慮することもない。みんな同じなら争うこともない。みんな同じなら欲望なんていう物も生まれない。
 良い世界だと思う。なのに、何故光は在るのだろう。光が在れば闇が生まれ、技能の差が身分の差へと変わり争いが生まれる。光があるから争いが絶えない。光は悪だ。
 なのに、なんで光は在るのだろうか?
 誰か、教えて。誰か、私に光を教えて下さい。



「こんばんは」
 不意に掛けられたその言葉。低くて、男性だと解る声だった。
 少年は俯かせていた顔を持ち上げて、声がした前方を見てみる。そろそろ髪を切ろうと思っていた長めの黒髪が視界を邪魔するが、髪を掻き上げて視界を開く。
 見ると、十字路の真ん中に立つ温和そうな男がいた。顔には笑みを浮かべている。
「…………」
 挨拶に受け答えず、少年は黒い瞳で男を睨む。深夜に外を出歩く奴は大抵狂っていると、少年は知っているからだ。だが華奢な体格のせいで、実年齢十七歳より幼く見える彼が睨んでも怖いというより可愛いかった。つまり、全く迫力がない。
「はは、怪しい者じゃないよ。凶器も持って無いよ」
「…………」
「……君、無愛想だなあ」
 男は無反応な少年に苦笑し、視線を少年から外し十字路付近にある街灯を見上げる。スポットライトを浴びているようで、その仕草は男のクセに見惚れてしまう程綺麗だった。
 少年は、男の服装が黒いコートに黒いズボンという黒尽くめだということに気付く。自然と容姿も観察してしまう。
 男の黒い短髪はサラサラと風に靡いていた。瞳はハーフなのか深い青色。とても整った顔立ちだ。一七〇センチ程の大人の身体と、若々しい容姿からすると二十歳程だろう。
 麻薬などに手を出している奴には見えなかった。寧ろ、好青年と言うに相応しい。
「君、なんでこんな深夜に出歩いてるんだい?」
 男は、少年を見ずに街灯を見上げたまま訊ねる。
 容姿を観察して幾分か信用したのか、少年は口を開いた―――相変わらず無表情だが。
「……つまらない毎日にうんざりしてたから」
「そうか……。昔の私に似ているな」
 少年は、男の口から出てきた意外な言葉に素直に驚いた。俺が昔のこいつに似ている? これが、率直な感想だった。
 男はそんな少年を見て、「やっと感情を出したね」と嬉しそうに微笑んだ。
「警戒を解いてくれて嬉しいよ。それとも、君は元々喜怒哀楽が激しかったのかな?」
「うるさい。感情なんて出してない」
「出してるじゃないか。現に今ムキになって言い返したじゃないか」
 笑み満面で巧く言いくるめた男に対して、少年は思わず眉間にシワを寄せる。その行動も感情を出しているということに気付き、少年は慌てて無表情をつくる。だが、無表情をつくることが馬鹿らしく思えてきて、つくった無表情を崩した。
 もう、どうにでもなってしまえ。ヤバくなったら逃げればいいんだ、と少年は言い訳じみた言葉を心の中で自分に言い聞かせる。
「……あんた、名前は?」
 気付いた時には、そんな言葉を知らず知らずの内に口から出していた。
「自分の名前から名乗るのが礼儀というものだろ?」
 男はからかうように言う。しかし、名前を聞いてきたということは完全に警戒を解いてくれたと男は解釈したのか、どことなく嬉しさというものが滲み出ていた。
 実際に少年は警戒を解いていた―――否、自棄になっただけだった。
「……亮。椿 亮(つばき あきら)。あんたは?」
「秘密だ」
「は?」
 少年―――椿 亮―――は思わず間抜けこの上ない声をあげる。当たり前だ。自分は腹を括ったのに、相手は名前を教えないのだから。拍子抜けもいいとこだ。
 亮の間抜けな声を聞いて、男は笑う。だが、今までの笑みと違っていた。見てると苛々する嘘の笑みだった。つまり、作り笑いという物だ。
「気にくわないな」
 亮は、呟くようにその言葉はポツリと言った。そして、射るような鋭い眼差しを男に向けた。氷のように冷たく、鋭い眼差しだ。その眼差しを射る瞳もまた、当たり前のように冷たく透き通っていた。まるで、雲一つ無い漆黒の夜空のように澄んでいる。
「気にくわない? 確かに君が名乗ったのに、私が名乗らないの気にくわないだろうけどそんなに怒れることでもないだろ?」
 男は作り笑いをまた浮かべながら訊ねる。
 男のその笑みを見て、亮は呆れたように溜息をつく。そして、嘲笑を顔に浮かべる。
「あんたが名乗らないことじゃないよ。あんたが今浮かべてる笑みだ。笑っておけば何とかなる、とでも言わんばかりの笑み。それが気にくわない。見ているだけで苛つく」
 亮は追い討ちを掛けるように、それじゃあこれで、と言い加えた。そして、茶色いコートをしっかりと羽織り直し、歩み始める。中断されていた夜の散歩を再開した。
 十字路の真ん中、そこで亮は男と擦れ違う。一瞬だけ、男の表情を亮は見た。笑みは無かった。笑みが消えた彼の顔には、なんの表情も浮かべられていなかった。無表情だった。
 亮はそんな男を見たが、別に何の感情も抱かないまま通り過ぎていった。
「そんな表情しか浮かべられないようにしたのは、お前ら―――光だろう?」
 男の声が、亮の背後に響く。まるで、呟くような声には憎しみが込められていた。
 亮は、ゆっくりと振り返った。無視してそのまま夜の散歩を楽しんでいれば良かったが、彼が呟くように言った言葉にどこか引き寄せられてしまった。
「亮。君は、光が好きかい?」
 亮が振り返った先に当然のようにいる男は、亮が振り返るなりそう聞いてきた。
 勿論と言わんばかりに亮は首を縦に振った。男は、それを関心の一欠片しか込められてない眼で見た。そして、「そう」と呟いた。
「私は光が嫌いだ。大嫌いだ」
「なんで?」
「光は悪だからさ」
 男は当然のようにその言葉サラリと言った。この世の原理をたった一言で言ったように。
 男の言った言葉に呆然とする亮を、男はフッと鼻で笑うと再び口を開く。
「光が在れば闇もある。
 才能や明晰な頭脳を持ち、光を放っている奴が光。なんの才能も無く平凡な頭脳しかない奴が闇。または、明らかに他者と違う奴も闇だった。そして、私は闇だった。
 光が在れば闇もある。だけど、闇しかなければ光はない。だから、私は望んだ。光を無くすことを。みんな同じになる。みんな同じなら遠慮することもない。みんな同じなら争うこともない。みんな同じなら欲望なんていう物も生まれない。
 だから、光は悪だ」
 これが私の考えだ、と男は付け加えた。そして、男は亮が俯き加減で聞くことに徹している様子を確認すると、また話し始める。
「私は闇だったから、当然のように光に疎まれた。最初は為す術なしだったけど、嘘の笑みを覚えて必死に光に近づいた。だけど、君みたいな奴に嘘の笑みを見破られた。簡単に。
 私の嘘の笑みを見破った奴は、私にこう言ったよ。所詮お前はお前でしかない、ってね。私は、知らぬ間にそいつを殺した。この手でギュウッと首を絞めて殺した。嘘の笑みを必死に覚えた私を嘲笑うそいつが許せなかった。だけど人間は脆くて、直ぐに罪の重さに気付いた私に思い浮かぶ道は一つしかなかった。
 自殺だ。首括って死んだよ。しかし、世の中トントン拍子に進むはずが無くてね。今私がここに居るように、私を死なせてくれなかった方が居た。誰か解るかい?」
 男は、どうせ答えられないだろうという態度を示しながら訊ねた。予想していたとおり、亮は素直に顔を左右に振った。
 それを全く確認せず、男は話を続ける。目的を達成するためだけにある機械のようだ。
「神様さ。神様が大罪を置かした私を死なせてくれなかった。しかも、その神様は私に呪いを掛けた。私が、いつも思っていた疑問を解き明かすまで死なせないという呪いをね。簡単に言えば今ここに存在する私は、生ける死人といったところだ」
「疑問? その疑問ってなに?」
「……なんで光は在るのだろうか? という疑問」
 男がそう言った言葉。その言葉には、様々な感情が詰め込まれていた。光に対しての怒り。嫉妬。羨み。そして、生きることに疲れたという疲労感。
「なあ、教えてくれ。なんで光は存在する? 光なんて悪だ。なのに、なんで存在する?」
 男のせがむような声を聞いた亮は気付く。ああ、そうか。そうだっなんだ。こういう奴も居るんだ。俺と同じ奴なんて居るわけないんだ。価値観が同じ奴なんて居ないんだ、と。
 亮をフッと息を吐き、カサカサに乾いた唇を舐める。
「ハッキリ言ってアンタは信用できない。神だの生ける死人だの、信じれるはずがない」
「ああ、そうだね。信じれるはずがないだろうね」
「……けど、アンタの闇と光の考えは勉強になった。俺はちょうどアンタの考えと逆でね」
 男の無表情な顔に驚きが広がる。亮は、それを見てフッと笑うと口を開いた。
「光だけでいいって思ってた。闇なんて無ければ全てが上手く進むって思ってた。ずっと、こう思ってたよ。ずっと、ずっと闇が邪魔だって思ってた。。けど、アンタみたいな考えを持ってる奴がいるって解った。まあ、アンタの疑問は解らないけど……」
 亮は、最後の言葉を特に悪びれもせず言った。どこか、突き放す感じも含まれている。
 男は、ハァと溜息を吐く。期待はずれという感じではなく、やっぱりという感じだ。
「いいさ。でも、私は深夜にいつもここにいる。答えを見つけたら教えてくれ」
「気が向いたら、な。ま、そろそろ帰るわ」
 亮は手を振り、踵を返して立ち去る。だが、二歩進んだところだろうか。そこで亮は立ち止まった。
「どうした?」
 不審に思った男が訊ねる。彼は首を傾げ、上目遣いに亮の背中を見ている。まるで、父親の背を見る子供のようだ。
「アンタの疑問の答えにはならないと思うけど、必要だからじゃないのか?」
「え?」
「光は必要だから在るんだよ。本当に不必要な物はこの世には存在しないと思う。在る物全てに存在理由があるんだよ。……まあ、その存在理由をアンタは解んないんだけどね」
 男は、亮が静かに苦笑したのを感じ取った。どこか自嘲的で、人を馬鹿にするようだった。でも男の嘘の笑みと違って、ちゃんと感情がこもっている。
「それと、なんで神様だの呪いだのといったことは教えたのに名前は教えなかったんだ?」
「……近いようで遠い。そんな距離を作っておけば、私の呪いが解けて死んでも誰も悲しまないだろ?」
「……そっか」
 じゃあな、と言い残して遠ざかっていく亮の背中。もしも、背中がその人の心の内を表すのならば亮の背中にはどんな感情が表されているのだろうか。結局、そんなことは誰も解らない。
「椿 亮、か……」
 そう呟いて、男は街灯を見上げる。人工的に作られている光が目を射るが、平気で目を開けられる。所詮、人工的な物でしかない。本物の光じゃないのだ。
「彼が私の呪いを解いてくれるのだろうか……?」
 十字路の真ん中でその声が響く。だが、十字路の真ん中には誰もいなかった。街灯の光で照らされる地面があるだけだった。





 皆様、どうでしたか? 今回の世の中は。私が話した世の中に登場した亮。彼が言った、在る物全てに存在理由があるという言葉。私も彼の言うとおりだと思いますよ。綺麗事だと思う方もいると思いますが、私は敢えてそう思う方に問いたい。ならば、何故貴方は存在するのですか? とね。きっと、その方は私が問うたことは答えられませんよ。
 さて、そろそろお聞きしましょうか? 何故私が皆様を此処に来させているかということは解りましたか? それでは……其方の貴男。貴男は解りましたか? …………。ははぁ、貴男は最後の最後で皆様に試練のようなものを与えると思ったのですか。おや、皆様笑ってはいけませんよ。どこまでも真っ白が広がる非現実的な空間に、皆様はいるのですから。なにがおこっても可笑しくはないですよ。
 それでは、次は……其方の貴女。確か貴女でしたよね。私に、何故あなた方を此処に来させたか? と質問されたのは。どんな解答を出すか楽しみですよ。…………。ほー。面白いですね。貴女は今話した世の中を聞いて、私もまた神様に呪われているのではないか? と考えたのですか。いやあ、実に面白いですよ。
 さて、そろそろお別れの時間ですね。え? …………。はは、何故私が皆様を此処に来させているかという答えですか? 何時私がその答えを教えると言いましたか? そんなこと一言も言ってませんよ。
 それでは、さようなら。また会いましょう。
2006/01/27(Fri)18:37:17 公開 / 夜天深月
■この作品の著作権は夜天深月さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは、夜天 深月です。
今回の作品ですが、冒頭の部分に詩(?)のようなものを入れてみました。
冒頭の部分で読者を引き込ませようとしようとしたのですが、どうだったでしょうか?
僕としては、も穏やかな感じを加えた方が良いかな? と思ったのですが……。
これについて感想を頂けると嬉しいです。
感想、批判、アドバイスは随時お待ちしております。
それではこれで失礼します。
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