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『密室殺人事件』 作者:時貞 / ショート*2 未分類
全角2094文字
容量4188 bytes
原稿用紙約6.2枚
 しんと静まり返った室内に、一人の男の骸が転がっている。
 遮光カーテンが隙間無く閉ざされ、真昼にもかかわらずその部屋はどんよりとした薄闇に包まれていた。
 冷たいフローリングの上にうつ伏せに倒れこんだまま、身動き一つしない男の体躯。奇妙な角度に捩れた首。その頭部は、凝固した血液によってドス黒く染められている。そして首筋には、青紫色に膨れ上がった指痕がくっきりと残っていた。大きく見開かれた双眸と不自然に捩れた口元が、断末魔の苦悶を物語っている。
 傍には、男の頭部と同様にドス黒く染まった金属バットが転がっていた。恐らくこの金属バットで頭部を殴打された後、首を締められて殺害されたのであろう。
 しんと静まり返っていた室内に、ふいにドアチャイムの音が鳴り響く。しばらく鳴りつづけた後、今度は力強いノックの音に変わった。
 男の骸は黙して動かない。
 すべてが静止したかのような室内で、遮光カーテンの端がゆらゆらと揺れている。
 やがて部屋の外廊下に、男の名を呼ぶ声が響き渡った――。

 通報を受けて、刑事たちがその部屋に急行した。
 形式どおりの現場検証がはじまる。
 一人の刑事が通報者である初老の女性に、事情聴取を行なっていた。その女性はどうやら被害者の母親らしい。
「――なるほど。息子さんは、先月勤め先の会社を辞められていたわけですね。それで、先週末に実家に戻ると言っていた。……しかし、予定の日を過ぎても息子さんは帰ってこないばかりか、何の連絡も寄越してこない。あなたの方から電話を何度掛けても連絡が取れない。そこで心配になって、今日こちらに出向いて来られたというわけですか」
 初老の女性は、真っ赤に泣き腫らした両の瞼をハンカチで押さえながら、
「はい。それがまさか……まさか、こんなことになっているなんて……。ああ、慎太郎ッ! 慎太郎ッ! ……うっ、うっ、うっ、うっ」
 そうこたえて悲痛な嗚咽を洩らす。
 刑事は女性が落ち着くのを辛抱強く待ってから、新たな質問を口にした。
「大変聞きにくいことなのですが、息子さんのことを恨みに思っているような人物に心当たりはございませんか?」
 女性が刑事の顔をまじまじと見つめる。気まずい空気が流れ、刑事は思わず空咳をした。どうやら何も収穫は無さそうだな――と刑事が思った瞬間、女性はきっぱりとこう言い切った。
「ありますッ! 息子を殺した犯人は、あの女以外に考えられません」

 被害者の母親が語った容疑者とは、息子の慎太郎が以前交際していた女性のことであった。
 表面上はまともなのだが、深く付き合ってみるとかなり性格が屈折した女性であったという。嫌気が差して別れ話を切り出した慎太郎に逆上し、カッターナイフで切りつけようとしたエピソードもあるらしい。その後も執拗に慎太郎の周囲を嗅ぎまわり、完全なるストーカー行為に及んでいたとのことである。
 慎太郎が勤め先を辞めることになった原因も、その女性――名を堀江孝子という――の奇行が絡んでいたとのことであった。すっかりくたびれ果ててしまった慎太郎は実家の母親にすべてを話し、帰郷するはこびとなっていたのであった。生前の慎太郎は母親に、「このままではあの女に殺される」としきりにうったえていたらしい。

       *

「警部ッ! たったいま鑑識から報告がありました。凶器に使われた金属バットから、堀江孝子のものと一致する指紋が検出されましたッ! それと被害者の衣類に付着していた長い毛髪も、堀江孝子のものに間違いないようです」
 若い刑事が息せき切って、捜査本部に駆け込んできた。報告を聞いた警部が、口元に不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。
「よし、これで決まりだッ! 犯人は堀江孝子に間違いないだろう。これはかなりのスピード逮捕になるな」
 実に単純な事件であった。
 現場は、ごく一般的なマンションの一階フロアにある一室。
 愛憎がエスカレートした犯人――堀江孝子は、深夜に被害者の住むマンションのベランダ側の窓ガラスを割って室内へと侵入、凶行におよんだ。最初に金属バットで頭部を殴りつけ昏倒させ、その後に両手で首を絞めている。直接の死因は銃殺であった。
 凶器は放置されたままであるし、指紋を隠蔽するような工作など何もなされていない。実にずさんで短絡的な犯行である。それだけ犯人――堀江孝子の精神が危うい状態にあったということであろうか。
「どの事件も、これだけ早く解決できれば良いものだが――」

       *

 堀江孝子は、虚ろな表情で玄関ドアを開けた。チェーンは掛かっていない。
 刑事の一人が素早くドアを押さえ、もう一人の年配の刑事が手馴れた動作で逮捕状を掲げる。
「堀江孝子さん、ですね?」
「…………はい」
 堀江孝子は無表情のまま、消え入りそうな声でそうこたえた。年配の刑事は大きく咳払いをし、よく通る太い声で目の前の疲れきった女にこう言った。
「密室慎太郎(みつむろ しんたろう)さんの殺人容疑であなたに逮捕状が出ています。今から我々と署の方にご同行願います」




     ――了――
2006/01/25(Wed)16:27:47 公開 / 時貞
■この作品の著作権は時貞さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりでございます。といいますか、ほとんどの方がはじめましてだと思います。すっかりご無沙汰しておりました。時貞と申します。
うーん、このところ本当に時間がありません(泣)一日48時間欲しいとすら思ってしまいます。
文章を打ったのも三週間ぶりくらいでしょうか。今回は今までに投稿させていただいた中でも最も短い分量ではないかと思うのですが、かなり疲れてしまいました(大汗)
ご意見、ご指摘、何でも結構です。皆様からのご感想を切にお待ち申し上げます。
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