- 『幸せの風』 作者:奏 / ショート*2 リアル・現代
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全角10306.5文字
容量20613 bytes
原稿用紙約30.55枚
一人の殺し屋と少女の出会い。それからの二人のやり取りがまた二人を変えてゆき心を通わすストーリーです
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星の輝く夜空、輝かしい光が降り注ぐ。そしてその点々の光を覆う闇
ただただ暗い闇が広がっていた
上を向いても何もない。ここにあるのは、汚れた地上と無口な怒り、不完全な平穏だった。ふと風が吹きぬける。夜の風が当たり肌寒く腕を手で擦る。もう大分暗くなってきた。太陽が沈んだのがよく分かる。
それでもここは明るかった。街頭のネオンが光り、店の看板がスポットライトに照らされている。
ここはとある街。変哲な街だ。昼にもなれば皆明るい顔で外に出ては買い物や遊びに行くだろう。服屋も飲食店やデパートもある。そして夜になれば眠りに付くだろう。家にこもり安らかな夢を見る。明日を迎える。
それでも俺は眠らない。依頼を受けたからだ。人手不足とかでここら一帯の見張りを頼まれた。以前仕事を請け負ったトコのヤマの一角だ。一人で見張りといっても今までの仕事から考えれば子供の遊び。そもそも俺の本業はこれとは別次元のものだからだ。それでもこの依頼を受けたのは、あること、一言で言えば人探しだが、それに行き詰まりに何もすることが無かったからだった。仕事ではなく俺個人の問題、今でも探している大切な人だ。
両側に店や建物が並ぶ大通りを一人歩く。一定の距離間隔に置かれた外灯が俺を弱々しく照らした。ふと見る横に飾られた三体のウエディングドレス。それらと俺を別つガラスの壁。そこに映る人影。紺のスーツに純度の高い黒い髪。俺と同じ。まったくと言っていいほどの人影が今まさに俺を睨みつける。……俺は、いつからこんな目つきになったのだろう。そんな自分を見つめ、過去の道のりに浸りながら自分の車に乗り込んだ。体格の良いコバルトブルーのスポーツカー。カギを回しハンドルを握る、そしてそのまま夜の街を走り出す。
幸せの風
日の落ちた街を疾走し、窓越しに街灯の光りや車のライトが点から線に変わり、そして消えていく。車の中はやけに静かで、特にラジオを聞くわけでもなく、時折対向車線の車と交わる時の風圧やタイヤが道路を擦れる音だけがこの車体の中に横たわっていた。それはとても味気がなく、確かにそこにあるはずなのにモノクロ映像のように淡々と流れていった。そこは無音に近い空間。ただそこにはそれだけがあった。
そんな時一本の電話が掛かった。無機質で規則正しく鳴るその電子音は、またこの寂しい空間に溶け込み一部となった。それをまた無駄な動き一つせず手に取る。
「ようブラッド。仕事は上がったのか?」
手のひらから伝わる音が徐々に広がる。この中にあるどれよりも味のある音だ。
「…………」
「ま、お前のことだからもう終わっているんだろうな。最後にボスに挨拶しとけよ」
目には見えない、声だけがダイレクトに伝わってくる。その陽気な声がここでは一番温かい。
「……………」
「……フ〜。まったく、無口だな。まぁいい、遅れることだけはするなよ、あの人は時間にはうるさいからな」
「…………了解」
そう言って電源を切る。その後にあの静けさがまたよみがえってきた。無色のような空気感が漂う、だが、この静けさも悪くない。落ち着くいい曲だ。そう考えればいいものだ。そして携帯のサブ画面を見る。デジタルの数字が並び、そして時折変わり進んでいく画面。まだ十分に時間がある。余裕だ、遅刻はしない。
そう油断し前から目線を逸らしていたその時、暗闇の中から小さな人影が現れ車のライトに吸い込まれた。慌てて急ブレーキを踏む。静かだった空間に嫌悪な音が鳴り響く。一瞬何が起こったか分からなかったが、自分の頭の中にあったのは先ほどの言葉。もし何かあったら遅刻するんじゃないか?
イヤになる。自分の所為なのは明らかだが、相手のボスへの挨拶遅刻、そしてその理由が人身事故などありえない。何よりその原因が自分だというのが腹立たしい。そんな自分勝手な考えが頭を回りながら、相手のケガの心配と自分の為に相手を心配した。
長かったようで実際は一瞬のスリップが終わる。反動で前に出たがる体をシートベルトが無理やりに食い止める。しなやかだが硬い質感が体に食い込んできた。勢いが収まると、すぐさま先ほどのことが頭に浮かび外に出たい衝動に駆られる。ベルトのスイッチを押しドアを開ける。そしてすぐに車の前に駆けつけると、そこには一人の少女が腰を抜かしたように座り、鼻先五cmほどのナンバープレートを驚愕の目で凝視していた。
その少女は見た目からは十歳前後で、暗い夜でもよく分かる白のワンピースを着ており、オリーブ色の髪をして肩を超える髪をやや縦巻きがけていた。その光景を目にしてホっとする。と、少女と目が合った。
「ちょっとアンタ、ちょ、あのその、バカ!」
何やら言葉にならないようだが、最終的に「バカ」で片付けられた。確かにその気持ちは分かる。だが、いきなりバカなど言われてうれしいはずもなく、その言葉に多少ムスッとした。そのまま少女はおぼつかない様子で立ち上がろうと必死になり、まるで生まれたての子ヤギのように立ち上がった。足が震えている。その全体像が車のライトに照らされる。
ふと、その時少女の片手にぬいぐるみが抱えられているのが見えた。それは自分自身良く知っているキャラクターだった。……あいつが好きなぬいぐるみだ。紫色でネコレンジャーのぬいぐるみ、ネープルだ。二足歩行で赤のマントをしており、目は×と黒の刺繍で縫い付けてある。久しぶりに見るそのぬいぐるみに郷愁のような思いに浸された。親しい人との思い出が頭の中を駆け巡る。懐かしい、以外なトコで共通点を見つけ少女と頭の中の女性がかぶる。……全然似てないが。とはいえ、そのぬいぐるみに少々釘付けになっていた。
そのぬいぐるみはまるで操り人形の糸が切れたように手足と頭をぶら下げ、力無しにやる気無しに左右に揺れていた。
「ねぇ、ちゃんと聞いてるの!? アンタのせいで死にそうになったのよ!」
「あ、ああ。すまない」
少し動揺している。目線を逸らし胸が微妙に高まった。いけない、とても似てないというのに、まるで彼女に言われているような気になっている。たったひとつの共通点にここまで慌てるなんて、俺も相当追い詰められているんだな。
「本当に怖かったんだから〜。何考えてるのよ!」
「…………」
それにしても、本当に似てないな。目の前で怒り狂う少女を呆れ気味に見つめる。今更だが目が覚めた。最近の子は皆こういう感じなのか? とてもうるさいな。謝罪の気持ちが段々と怒りに変わっていく、大人気ないとは思いつつ自分も口を開いた。
「悪かった、すまない。だが、どうして道路の真ん中なんか歩いていたんだ?」
まったくその通りだが、先ほどから思う疑念を聞いてみる。まぁ、俺だけでなく誰もが抱くだろう疑問だろう。……予想は付くが。
「そ、それは〜…………」
その問いに顔を逸らして目を泳がせている。どうやらお互い様らしい。
「そんな事はどうでもいいの! アンタ、責任取って私を家まで送ってよ」
「は?」
「だから送るのよ。その車で私を私の家まで」
少女の突然で乱暴な頼みごとに素で間抜けな声で返してしまった。少し恥ずかしい。だが、少女はお構い無しに猛然と頼み掛けている。こんな華奢な姿からはとても思えないほどの気合を感じる。何があっても食い下がらない感じだ。
「いや、意味は分かるが、どうして俺?」
「何? アンタこんな可愛らしい子供にあれほどの恐怖を与えといて礼だけで帰るつもり?」
「そうだ」
「チッ、即答かよ……う〜ん、いいでしょ! 減るもんじゃあるまいし」
俺の返答に少し戸惑ったようだが、それでも言い寄ってくる。気迫の込めた両眼が自分を捉える。少女の眼差しが痛い。
……ふーん。本当は面倒臭いんだがな。少女の意気込みに心が揺れ渋々携帯の画面を確認する。距離にもよるがそう遠くはないだろう。まぁ、多少なら大丈夫な時間だ。
と、目を離している間に少女は強引にも車のドアを力ずくに引っ張っていた。腕に抱えられたネープルのぬいぐるみが窮屈そうに抵抗もなく揺れている。顔は何が何でも連れて行ってもらうと言わんばかりに必死で真っ赤になっていた。
「おい止めろ、壊す気か」
「絶対連れてってもらうんだからね! してくれないと叫ぶわよ? このひき逃げ犯! ヘンタイ痴漢!」
くそ、すでに叫びやがって
「分かったよ、勘弁してくれ。乗せていってやるからもう騒ぐな」
「え、ウソ。本当? やったー!」
呆れたように答えたつもりだったが、なぜかこの子は打って変わって無邪気に喜んでいた。それをジト目で見つめながら、ポケットに入れておいたキーを取り出しドアを開けてやる。それに続いてうれしそうに後部座席に乗り込み、ワンピースの端が動きにそって揺れていた。
そんな少女が車に入るのを確認し自分も入ろうとした時、突然少女が顔をひょっこり出して、「ありがと」と言い放った。
なんだかな、こうして素直に礼を言う姿は可愛らしかった…………。ブン! ブン!
今まさに、とてつもなく不快な考え、というか思いが頭の中を流れたのを感じ強く首を振る。そしてそのまま上を見上げた。特にいつもと変わらない空気の空。日は完全に落ち、時間の経過を感覚で認識する。そして自分自身に呆れながら、俺も車に乗り込んだ。
何故だろう、俺は今まさに高速道路を走っている。それはこの少女の家が予想以上に遠く高速を使った方がまだ早いだろうと判断したからだった。一本道の一方通行。大きく広い幅軽自動車四台分。俺達以外はなにもない。昔はよく使われていたらしいが、衰えた、言い方を変えると落ち着いたこの町で高速を使うことなどあまりない。夜なら尚更だ。だからここの高速はいつも空いている。俺も数えるほどしか使ってない。
今まで通りの道。静かで見慣れた静粛の場。しかし夜でも明るくまばゆい道路。この道を走るのも何度目だろう。それはただそこにあって、そこになくてはならないもの。それを無情に通り過ぎていく日常。当然のものとして気にも留めない毎日。俺だけじゃない。多くの人々がそれが当たり前だと認識し、今日という一日を過ぎてきたのだ。そしてまた今日が始まり終わっていくリフレイン。
ただ、今日だけひとつ違うことは、後ろに只ならぬ存在感を感じることだけだ。それは、そこになくてもいいのにそこにあるもの。皮肉なことに、大切なものや常にあるものよりも、どうでもいいことのほうが意識を引き付けるらしい。やれやれだ。
「ねぇ?」
「なんだ?」
その俺にはとてもじゃないが身に余る圧倒的な存在が口を開き、閉まることが無い。
この子の名前はアリス・ルナフォード。なんでも、最近転地転校してきたらしく、学校で居残り授業をされた挙げ句暗くなった道に迷い右往左往していたらしい。……健気だね。ちなみに携帯非装備。
「ブラッドはどうしてあそこにいたの? どこか行く場所があった?」
「そうだよ」
ハンドルの片手を座席の肩部分に乗せ、ため息をつきながら街を見下ろした。いくつかの家々が並び中から明かりが漏れている。
「どこどこ?」
「どこでもいいだろ」
そして遠くに目を向ければ繁華街の強い光が密集している。赤や緑などの色々も少しだが視認できる。空ではどこかの娯楽店のライトが天を指す一直線の光が動き回っていた。
「ふーん。あ、それと聞いていい?」
「何を?」
この少女からの質問もこれで何回目だろう。耳にたこが出来る程聞いている。それにいちいち返事を返している自分が不思議でならなかった。無視できれば楽なのに。ただそれをしないのは無視をするのが一番うるさくなるのだと予期しているからだろう。そうでもなければ、俺がこんなことをするはずがない。少女の小うるさい声を聞くたびにイライラとした気持ちが蓄積されるのを感じる。
「ブラッドてさ、実はあぶない人?」
「! ……知っていたのか?」
いきなりだった。あまりにも突然の発言に頭がついていけず、最初は何か分からなかった。だが、少し経って頭にジワジワ馴染んでくる。それを完全に理解した時、その前兆も振りも無い発言に身を撃たれたようだった。それと同時にワケが分からなくなる。今更改めて言うまでもなく後ろにはごく普通の少女が乗っている。そのどこにでも転がっているような少女が笑みを浮かべながら聞いてきたのだ。常識では、もしくは自分の見方では怯えるか暴れるかが普通の場面に、無邪気な好奇心さえ見せる少女のその事実に、俺は素直に驚いた。
「うん、車に乗るときに黒いのがチラッ、と見えた」
その危機感ゼロの口調を聞いたときは驚きを通り越してただ呆れるだけだった。ここで暴れられるよりは幾分マシだが、他人事とはいえ知らない男の車に素直に、いや、自分から乗り込むなどいささか心配にさせられる。
「それで、それを知りながら何故付いて来た?」
「だって、ブラッド悪い人に見えなかったから」
「ハァー」
ため息と共に何故自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか、神でも仏にでも聞いてみたい。どうやらこの少女には常識も自分の見方も通じないイレギュラーな存在らしい。神よ、そんな存在を俺にどうしろと?
人を疑う気持ちを持たない少女の純粋な心に感心し、先にドが付くくらいのお人好しさにほのぼのとした平和感を感じる。
「……要するにバカだろ」
「今何って言った!?」
「何も言ってない」
「今言った! 何か言った!」
後部座席から耳元まで近づき大声で尋問させられる。うるさいと言うか、むしろ痛い。そのごっこまがいの小さな検察官が言いたい事だけ述べ終わると、席に飛び乗るようにボンッと座った。その様子をバックミラーで確認する。少し不機嫌そうだったが、顔は怒りや恨み等の表情ではなく、無邪気にスネて頬を膨らませている。が、こちらの視線に気付くとニコッと笑みを見せてくれた。……うーん、なんだかな。俺は一体何を信用されているのだろう。
それから少し時間が経った。特に会話は無い。言うまでもないと思うが、音楽も無ければラジオ放送の陽気な雰囲気もない。自分は今の方が静かで落ち着くから良いのだが、少女にとっては気まずいようだった。とはいえ自分には何の責任も義務すらないので放っておくことにしていた。
「ねぇ、ブラッドはいつもどんなことをしているの?」
「何?」
「だからさ、何をしているの?」
「お前、それがどういういう事か分かっているのか?」
「え、えーと」
「そんな事言えるわけ無いだろ。ふざけるなよ」
確かに気まずいとは感じていた。だが、これはないだろう。どうしてこいつはこうなのだ。俺のやっている事などおおよその想像くらい付くはずなのに、どうして知りたがる。それに対して無性に怒りが湧いて来た。そんなこと、一少女が知ることなんかじゃない。
「お前はもう黙ってろ」
自分でも分かってはいるが、声が多少大きくなる。会話の中に無加工な感情をストレートに入れるのは好きじゃない。だからなるべくは抑えようとするが、イレギュラーな存在なだけにどうしても気持ちが先に来てしまう。
「いいじゃん、誰にも言わないから」
そうやって俺がいろいろと考えているのに、コイツの意向は一向に変わらなかった。少女の何も考えていない嘗め切った態度に流石にどうもこうも出来なくなっていた。眉間に微かにシワが浮かびハンドルを握る手に力が入る。
「ねぇ、だから――」
「いい加減にしろ! こっちは遊びじゃないんだぞ!」
「!!」
気付いた時にはすでに言った後だった。大きく荒い声が車内の隅々まで響き渡り空気が揺れた。 俺の怒鳴り声が相当ショックだったのか、少女はそのまま下を向き黙り込んだ。先程の元気ハツラツな感じから一転して萎縮し、姿勢も足をきれいに並べ両手でぬいぐるみを包み込むように抱きしめている。突然の怒咆に怯えているのか、少し震えているようにも見えた。そういう姿は律儀そうで大人しそうだった。
やっと少しは理解出来たかと少々イラつきながらも俺も黙っていた。あの場合、例え怒鳴ろうが何しようが止めるべきだった。そう自分を正当化して。ただ、少女自身悪気があったわけじゃない。そう考えると何か心に引っかかる。怒鳴ったのはやりすぎだったのだろうか? 先程とは違う考えがすでにこうも簡単に浮かんでくる。鬼になりきれない。そういうことなのだろうか。もしくは少女のことよりも自分の方が大切か? 頭の中で葛藤が行われる、俺は何がしたいのだろう。そしてため息を吐いた。こんな風にしてゴチャゴチャ考えることしか出来ない自分に本日二度目の呆れを感じる。
少女の方を見る。未だに萎縮して目に見えぬ車内に漂う威圧的な恐怖感に怯えている。そんな姿が健気ながらも寂しく痛々しい。無理も無い。まだ十に達しない歳でたった一人なのだから。それでも少女は必死に耐えている。
「ハァー」
そんな姿見せられたら一層良心にひびが入る。頭の中の葛藤を途中放棄して重い口を動かした。
「……怒鳴って悪かった」
音は小さく誠意も感じられない大人気ないセリフ。それが俺の精一杯だった。結果がなんであろうがここで頭を下げるなどやはり恥ずかしい。故にこれが俺の出来る唯一の謝罪言だった。
その声が耳に届いた瞬間、少女は今まで暗く闇夜に沈んでいたような顔を素っ気無く起こした。その目は微かに恐怖に覆われ恐る恐るという感じだが、その目線の先にある男の背中に赤く、そして黒い怒気のオーラを感じることが出来ず、どこか安堵を得たようにニッコリと大人しく笑った。
「ううん、私の方こそごめんなさい。怒ってる?」
「いや、もう怒ってないよ」
そう言って、俺もやっと安堵を得たようだ。先程から重く圧し掛かる重圧から解き放たれ肩を撫で下ろす。心が軽い、そして何かを成し遂げたような無理矢理な達成感。めちゃくちゃだが、しかし、もはや理屈の問題でもなかった。
「俺も、初めから言っておけば良かったな。そういうのに関わりのある事は聞くな。それは絶対だ」
「うん」
不要なことだったかもしれないが、今一度念を押しておく。それに少女もすんなりと了承し顔にも不満な色は見られない。むしろ、自分から望んでいたような前向きな表情をしている。やってはいけないこと、それが分かって逆に満足しているのだろうか?
「ホントにごめんなさい。ただ、その、ブラッドのこと、知りたかったから」
そして、当の本人は言葉通り本当に申し訳無さそうに謝っている。ただ、そう言う姿はどこか照れ臭そうだった。
「俺のことが、か?」
「うん。だって、どうせなら仲良くなりたいじゃん」
自信を漲らせて、何の迷いも躊躇も無く言い切る少女の姿はまぶしかった。まるで光の衣でも着ているように。そして少女は微笑んだ。
……仲良く、か。仲がいいことは良い事なのだろうが、自分としてはどこか積極的にはなれない。ただ、そこまで自信満々に言われたら、拒む理由も意義もどこか薄らいで消えてしまった。
「……なら、別にいいぞ」
「え」
突然の許可宣言に少女は戸惑うみたいに表情を慌てた。
「ただし、さっきも言ったが仕事や内容に触れるのは聞くな」
「うん、わかった」
そう少女は目を見開き輝かせ大きく首を縦に動かした。そして何かを考えるように耽った顔つきになり「うーん」と車内を見回している。
「じゃあ、聞いてもいいかな?」
そして、早速少女が遠慮がちに体をもじもじさせながら聞いてくる。体を忙しなく動かし顔を下に向けるも上目遣いでこちらの返答を伺っている。
「いいよ」
だが、少女のそんな印象もすんなりと受け入れ返事した。先程までは警戒していたが、今では安心してこう言える。
「本当!?」
「ああ、ただしこれで最後だぞ。」
(こっちはもう疲れたんだ)
そう返事する少女はうれしそうだった。顔を上げ目を輝かせ。だがすぐに胸を動かす高揚を抑えるように一旦下を向き口を開いた。
「じゃあ聞くけど、……えぇと、えーと……」
だが、少女は口を開くもなかなか本題を言えずにいる。そんなに言いにくいことなのだろうか。その疑問に思いを走らせ少々不安になる。その思いを逸らすようにまたも夜の街に目を向ける。点在する光が今でもまぶしいようで弱々しい。ただそれでも拭い切れるものでもなく、またも思いが頭をよぎる。そこまで気を遣う事、もしくは、怒鳴った事をまだ気に掛けているのだろうか。やはり、やりすぎたのか。不安と後悔が静かに交じり合い心を鎮めていく。
「えっとね――」
そして、その次に言われたのは自分の予想と重なるかのようなものだった。
「ブラッドは、どうしてそういうお仕事してるの……?」
……そうきたか、確かに聞きにくい質問だな。きわどい。先程の事もあれば尚更だろう。
何故今の俺がこんな事をしているか、そもそも何故そんなものを気にするのか、少女の意図は掴めない。ただ、少女はそのことを気に掛け俺に尋ねた。俺もいいと言った手前無下には断れない、少女が恐る恐る勇気を出して聞いてくれたと言うのに。
「……知りたいのか?」
「うん。でも、大丈夫?」
「? ふん、構わないさ」
それに今のこいつなら、理解がありそうだ。なら、別に構わないだろう。ただ、こんな事を話すのはいつ以来だろうか。どこか遠くを見るように目がしぼむ。そして、ひとつ息を吐いた。
「昔、とは言っても二・三年前の事だけどな。とても大切な人がいたんだ。いつもそばにいてどこでも一緒だった」
そして語り始めた。ゆっくりと確かめるように口を動かし、目は視点をどこに合わせるわけでもなく、どこかとても遠くを見つめているみたいだった。
そして語るに連れて頭に浮かぶ大切な人。大切な人、頭の中を、太陽にも負けない微笑みでその人が、彼女が走っている。どこまでも澄み切った青い空、その下に広がる雄大な花畑。青や赤、黄色に咲き誇る小さな花々。無邪気に花と触れ合い会話をする彼女。その姿はとても楽しそうでまぶしいくらいにあたたかい。彼女は一人で花畑の真ん中に立ち踊っていた。そして振り返って最後は決まって言う言葉、『また一緒に来ようね』そういう彼女の顔だけが、今でも鮮明で新鮮に感じる。
――郷愁だった。
一瞬で、だけど永遠を思わせる幻。幻想。走馬灯。思い出。現われては消え、消えては浮かび現われるその人は、俺に、幸せの意味を教えてくれた気がした。その当然で日常で、毎日が永遠だと思っていた。だけど。
「その人はさらわれた、俺の目の前で」
「え……」
それを聞いた少女は小さな口を開け、そのまま固まっていた。瞳は、弱く霞んでいた。
「悔しかったんだ、あの時、何も出来なかった自分が」
もたれていたシートから身を起こし後悔にうなだれる。前かがみになった背中は小さく目線が下がった表情はおぼつかない。
「どうして、その人はさらわれちゃったの?」
少女のか細い質問にうつむきながら答える。その返答する声にも力が無い。
「人身売買さ、要するに人を売るんだ」
「名前……は?」
次の質問に、一瞬目を閉じた。それ以外の体部は動かさず、目の前は暗い。遠近感を感じない独特の暗闇はどこか居心地がよく、ずっとこのままでいたいとさえ錯覚させられる程になる。そしてうっすらと目を開いた。
――ジュリア
「ジュリアさん? それがその人の名前?」
「……ああ」
変わらぬ深遠の道を走り、窓を覗くその先に広がる暗黒林の木々に発色虫が止まっている風景。その光はピントが合っていないレンズのように淡くぼやけ、手を伸ばせば掴めそうで掴めない。
「でも」
「ん?」
突然、少女の声が強く聞こえてきた。先程の弱々しい口調とは変わって意志を感じる強い言葉。少女から発せられるその声を敏感に鼓膜が捕捉した。
「でも、ブラッドはこんなに頑張っているし、想っていてくれてるし、だから、多分、きっと、……許してくれると思うよ」
「…………」
「それに、きっと、そのジュリアさんて人も怒ってないと思うし、だから、そんなに落ち込まないで。元気出して」
「…………」
少女の必死の訴え。小さな口から飛び出すのはどれも強くて芯のある言葉。それらが自分に向け発せられている。俺は今、何をされているのだろう。慰められているのか? 少女に、何故? 今自分が置かれている状況が上手く理解できなかった。そもそも、こんな少女に慰められるほど、俺は落ち込んでなどいない。ただ、これは俺を想って言っているのだろうと、それだけは分かった。
「ありがとう」
「え、ううん。そんなの別にいいよ」
だから、ひとまず礼だけは言っておいた。別にうれしかったわけじゃない。救われたわけでもない。ただ、どこか心のほこり一つ分は軽くなれた気がした。だから、言ってみたのだ。
「それで、どこまで行くつもりだ?」
「え?」
「こんな遅くまで居残りさせたり、高速使うまで遠い学区があるわけないだろ。……家出か?」
「え、う、……うん」
俺からの急遽言われた事に目に見えるくらいの動揺を見せ少女は慌てていた。しかしそれも観念したのか、沈んだ表情で俯き返事をした。
「そうか」
「……聞かないの?」
「何故?」
「怒らないの?」
「叱られたいのか?」
「ううん!」
少女は強く横に顔を振り拒否を示す。そして少女はこれ以上語ることなく下を向いていた。
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2006/08/07(Mon)16:54:00 公開 / 奏
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■作者からのメッセージ
一見そんな風には見えないですが、ショートですので気が向いたら読んで下さい。