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『Works 第1章(修正版)』 作者:火桜 ユウ / ファンタジー 異世界
全角36189文字
容量72378 bytes
原稿用紙約118.1枚
 クラプフェンの町に伝わる風化しかけた伝説「塔の少女」。その謎を巡って、世界で唯一の『探索者(デモニオ)』ヴィオラデル・ヴォルフが不可解な出来事ばかりに包まれた町を駆け抜ける。 漆黒のマントを翻し、深紅の瞳で静かに見据える謎多き主人公ヴィオラデルが世界に挑むファンタジー。
<邂逅>
 どこにも救いは無いのだろうか?
 もしそうならば、何故自分はここに居続けるのであろうか?
 別の場所を探しても構わないだろうに。



     ◆   ◆   ◆   ◆



 遥かな高みには、影が二つ。
 支えも無く、足場も無いその星空に、彼は立っていた。そして傍らには少女が佇んでいる。……正確にはそれは少女とは言い難かった。
 霧、と表した方が正しいだろう。寒々しく肌を露出したその姿の向こうにある星空が、うっすらと白みがかって見えている。
 彼は嘆息した。それを示す白い吐息が、闇色の中に滲んで消える。
 足下に広がる街並は、既に光を落としていた。ぽつぽつと弱々しく灯った街灯が、ささやかな抵抗をしているだけ。
「―――ルナ」
 目も合わせないまま、彼は呼びかけた。
 だが、少女はそれは当然と受け取ったようだった。何のとがめもせずに、首を傾げて彼の顔を覗き込む。
「そろそろ諦めたくなってきた?」
「馬鹿を言うな。ここにはいるのかと、それだけだ」
「そうねぇ……」
 言いながら、ルナと呼ばれた少女はふわりと、彼よりも高い位置に上った。
 しばしの間、目を閉じる。何かを探るように顔を巡らせ、すぐに難しい顔で首を傾げた。
「いる……と思う」
「曖昧だな」
「仕方ないじゃない。解らないんだもの」
「ふん……まぁ、いい。いつもの事だ」
 頬を膨らませる少女に、彼はそう言い、彼女に向かって手招きした。
 少女は一つだけ頷き、すい、と彼の背後に降りた。そのまま彼の背中に抱きつくと、彼女の体は一層虚ろさを増してゆき、彼の体に同化してゆく。それと同時に、彼女の背中から異質のものが姿を現した。
 最初は絹糸の塊のようであったそれは内側から押し広げるように、徐々に形を鮮明に、明白にしてゆく。ゆっくりと、それは左右に大きく開いていった。
 やがて、月を覆い隠す程の翼が現れる。
 彼女が彼に完全に溶け込むと、まるで生糸が色水を吸い上げるように、翼が根元から夜の色に染まってゆく。
 漆黒の―――飛ぶ事を許された獣の羽。
『行こう。今度こそカミサマに会えると良いね』
 それは空気の震えが伝える声ではなかったが、彼にははっきりと聞き取れた。
 嘆息混じりに、彼は空から落ちた。




     ◆   ◆   ◆   ◆






 知っている?
 あの小高い丘の上にある塔の事を。
 大人は何も言わないの。
 そう、怖がって何も言わないの。
 知っている?
 あの塔に住んでいるものの事を。
 子供は何も知らないの。
 だって聞いた事もないんですから。
 知っている?
 あの塔から聞こえる歌声の事を。
 絶対に誰も聞かないのに。
 それでも歌い続けてる。
 あぁ、哀れな歌声の主。
 ローレライ。
 ローレライ。
 知っている?
 あの歌声の主の事を。
 何があっても止まらないの。
 だって他にする事がないんですもの。
 知っている?
 あの塔に住んでている女の事。
 ずっと歌い続けているよ。
 聞いている人なんかいないのに。
 あぁ、哀れな歌声の主。
 外を見る事も出来ない塔の中。
 ずっと歌い続けて人を惑わす美しさ。
 ローレライ。
 ローレライ。
 その肌は何よりも白くって。
 その唇はバラよりも赤く。
 流れる髪は空に溶け込み。
 二つの瞳は透き通って。
 ずっと歌い続けて人を惑わす妖しさよ。
 知っている?
 あの塔に女が住んでいる訳を。
 それはたった一つの事。
 それでも許せる事は出来ないの。
 ローレライ。
 ローレライ。
 人を惑わす魔性の花。
 人を狂わす危険な美。
 ローレライ。
 ローレライ。

 だからお前は塔の中。



 街の中は喧噪に満ちていた。白々とした空気と陽光の中で、足を急がせながら思う。
 ある程度まで大きくなった街は、治安機関と比例して犯罪が多くなる。
 現に、今彼が歩いている市場も、野菜や惣菜、工芸品に混じって、違法的な薬や物品の数々が隠れていた。
 それを知ってか知らずか、さほど広くない通りは人で溢れかえっている。肩がぶつかるのは良い方で、時には体半分、ついでに財布をすっていこうとする者もいる。先程寸前で手を掴み上げたのは、自分と大して変わらない年の男だったか。
 彼は嘆息した。
 身に纏った漆黒のマントから出した手の中に収められていた紙切れに目線を落とし、マントの合わせ目を直して手を引っ込める。
 人の隙間を縫いながら歩く、というのは、案外気を使う作業だった。視界の隅に映る黒い髪を疎ましく思いながらも、先を急ぐ。
 不意に、わぁっ、と小さく甲高い声が辺りを駆け抜けた。
 数人の子供が、路地から走り出し、大人のひしめく市場通りに、慣れた足取りで入ってゆく。
 不意に声が聞こえた。
 この喧噪の中では消えてしまいそうな中だったのにも関わらず、それはしっかりと耳に入ってきた。
 ――ローレライ、ローレライ。
 振り向く。
 その子供たちは、皆それぞれ、変わった形状のお面をかぶっていた。ぼろぼろの羽飾りが付いた物、角を生やした物、長い牙を剥き出しにした物……民族衣装の類いだろうか。
 彼は目を細めた。それらは子供が遊びで着けるにしては、どこか禍々しい。
 小さな手が、マントの裾を引っ張る。
 彼が振り向くと、彼の足の長さにも届かない程の少女が、小さな手でマントを掴んで無遠慮に引いている。その子供もまた狐の顔を変形させたような面をかぶっていたが、長い飴色のふわりとした髪が、その子供の性別を主張している。
 見下ろすと、少女はお面を外した。その顔を見、目を見開く。
 整った顔立ちに、髪と同じ色の大きな瞳……それらは全て、幼い子供と言うには似つかわしくない艶やかさだった。
「……何だ?」
 問いかけると、少女は花が咲いたように笑った。
「貴方は外の人でしょう?」
「……?」
 思わず,眉をひそめる。年端もいかない幼女が、自分の倍以上はある青年に対して使う言葉とは到底思えない。
「なら、大丈夫よね」
 それだけ言い、少女はお面をかぶり直して踵を返した。声を掛ける間もなく、走り去る。
 訳が分からず、彼は数秒、その場で立ち尽くした。
 消えてしまったかのように、少女の姿はもう見えない。




<歌う少女>

 街の中は喧噪に満ちていた。白々とした空気と陽光の中で、足を急がせながら思う。
 ある程度まで大きくなった街は、治安機関と比例して犯罪が多くなる。
 現に、今彼が歩いている市場も、野菜や惣菜、工芸品に混じって、違法的な薬や物品の数々が隠れていた。
 それを知ってか知らずか、さほど広くない通りは人で溢れかえっている。肩がぶつかるのは良い方で、時には体半分、ついでに財布をすっていこうとする者もいる。先程寸前で手を掴み上げたのは、自分と大して変わらない年の男だったか。
 彼は嘆息した。
 身に纏った漆黒のマントから出した手の中に収められていた紙切れに目線を落とし、マントの合わせ目を直して手を引っ込める。
 人の隙間を縫いながら歩く、というのは、案外気を使う作業だった。視界の隅に映る黒い髪を疎ましく思いながらも、先を急ぐ。
 不意に、わぁっ、と小さく甲高い声が辺りを駆け抜けた。
 数人の子供が、路地から走り出し、大人のひしめく市場通りに、慣れた足取りで入ってゆく。
 不意に声が聞こえた。
 この喧噪の中では消えてしまいそうな中だったのにも関わらず、それはしっかりと耳に入ってきた。

 ―――ローレライ、ローレライ。

 振り向く。
 その子供たちは、皆それぞれ、変わった形状のお面をかぶっていた。ぼろぼろの羽飾りが付いた物、角を生やした物、長い牙を剥き出しにした物……民族衣装の類いだろうか。
 彼は目を細めた。それらは子供が遊びで着けるにしては、どこか禍々しい。
 小さな手が、マントの裾を引っ張る。
 彼が振り向くと、彼の足の長さにも届かない程の少女が、小さな手でマントを掴んで無遠慮に引いている。その子供もまた狐の顔を変形させたような面をかぶっていたが、長い飴色のふわりとした髪が、その子供の性別を主張している。
 見下ろすと、少女はお面を外した。その顔を見、目を見開く。
 整った顔立ちに、髪と同じ色の大きな瞳……それらは全て、幼い子供と言うには似つかわしくない艶やかさだった。
「……何だ?」
 問いかけると、少女は花が咲いたように笑った。
「貴方は外の人でしょう?」
「……?」
 思わず,眉をひそめる。年端もいかない幼女が、自分の倍以上はある青年に対して使う言葉とは到底思えない。
「なら、大丈夫よね」
 それだけ言い、少女はお面をかぶり直して踵を返した。声を掛ける間もなく、走り去る。
 訳が分からず、彼は数秒、その場で立ち尽くした。
 消えてしまったかのように、少女の姿はもう見えない。


 彼は視線を一度巡らせ、すぐに諦めた。自分には用事があるのだ。理解不能なことを言う少女を探すよりも、そちらを優先させなくては。
 彼は再び歩みを再開した。先程よりもいくらか速度を上げ、目印を探す。
 紙片を握り潰さないように、固いブーツの底を鳴らしながら進む。
「いい薬が入ったんだ。一つ吸ってみなよ」
「高いな……もう少し」
 聞かないようにしてはいても、自然と周囲の音や声は耳に入ってきた。
「これ、いつ採ったやつだい? 保証はあるんだろうね?」
 ちらりと片目だけで見やる。何かの乾物と店主を半眼で睨む中年の女。
 その露店の横の薄暗いスペースに体を収めた、年端も行かない数人の少年少女。
「いいか? タイミングは逃すな」
「いてぇな、気を付けろ」
 肩に何かがぶつかった気もしたが、無視する。
「ねぇ、お兄さん。寄っていかないかい?」
 露店の間から手招きしてくる細い腕も、難なくかわす。
 また何かぶつかった。見ると、彼よりも若い青年だ。背中を丸め、頭を下げて適当な謝罪を述べて通り過ぎようとする。
 彼は細く嘆息した。先程のような面倒はもうごめんだ。青年を目で追う振りをしながら、すられた革袋を素早く手の中に戻す。青年は気付かずに、路地に入り込んだ。
 再度メモを確認し、露店肉屋の横の路地に体を滑り込ませる。怪しい臭いに顔を歪め、見渡すと、ダストシュートや小汚いアパートメントの入り口に、黒々と佇んでいる影が見えた。そこから奇妙な煙が立ち上っている。甘ったるいような、胃を刺激してくるような臭いが、鼻を掠める。
 路地の幅は狭い。彼はマントの襟を持ち上げ、口と鼻を隠した。
 足下に転がる空き缶や、何かの空き箱―――時折、何故か靴など―――を飛び越え、うずくまっている影を避けて早足に歩いてゆく。
 ブーツの底で、乾いた音が鳴った。視線を落とすと、新聞のようだった。ただ日付は相当以前のもので、しかも油の汚れがべたべたと付いている所為で文字もろくに読めない代物になっている。
 それでも一番大きな見出しだけは何とか読めた。
 この町を含める国の統率者の決断……何を決断したのか、そこまでは解らなかったが。
 靴底でそれを蹴り飛ばし、先を急ぐ。
 いくらか歩いたところで、彼はメモを確認し、それを握りつぶして適当に放った。
 この暗がりでは見分けも付かないような、薄汚れた看板。その扉のすぐ横に、男が一人、つまらなそうに薬を吸っている。
 構わずにその扉に向かって行くと、男が行く手を遮った。
「なぁ、兄さんよぉ、ここに入るにはなぁ、それなりにルールってものがあるんだよ」
「…………そうか」
 それだけ言い、彼はその男の目を見た。
 目が合う。
 赤と黒。
 黒は男のもの。赤は―――彼のもの。
 男は、彼のその瞳の色に疑問を抱いたその瞬間、男は意識を手放した。ぐらりと体を揺らし、倒れ込んでくる。
「……ふん」
 興味も無く鼻を鳴らし、彼はマントから手を出し、男の顎下に軽く掌底を打ち付けた。
 何の抵抗も無く男の体がその勢いのまま後ろへ傾き、壁で背中を打って弾ませ、うつ伏せに地面に倒れ伏す。
 男を飛び越え、彼は扉を開けた。すぐに階段がある。光源は何一つなかったが、彼は構わず早足で下りていった。







 しばらく下りてゆくと、また扉が現れた。
 今度は鍵が掛かっていたが、彼の放った蹴りの一撃で、蝶番ごと吹き飛ぶ。その音に、中にいた者が慌てて飛び起きた。様々な薬品や怪しげな植物―――時折、何かの機械やオイルの瓶などが見え隠れする、黒々とした森の中に埋もれた男が、彼を見て目を丸くする。
「……随分とまた、色々と揃えたものだな。情報屋ベック」
 歩く度に軋み音を出す板張りの床を踏みながら、彼はそのベックに近付いていった。
「ま……待ってくれって!」
 派手な音をたてて、ベックは椅子ごと床に転げ落ちた。
「昨日の今日で……いきなり来るこたぁないじゃないすか……連絡ぐらい入れてくれてもいいでしょう?」
 立ち上がりもせずに後退しながら、ベックは気味の悪い愛想笑いを彼に向けた。
 彼はマントを翻した。その下にあった刀をベルトから引き抜き、鞘に入れたままの状態で、その先を男の顎にあてがう。
「……連絡しても逃げないと、思っているのか?」
「て……手厳しい事で……」
 低いその声に、ベックは刀と男の目、両方を交互に見ながら固唾を飲み込んだ。
「表にいたのは、何だ?あれで俺が止められるとでも思っていたのか?」
「と、とんでもない!あいつはただの見張りで……」
「俺が来た事を知らせる為の見張りか?その間に逃げるのか、お前は」
「めめめ、滅相もない!」
 半ば泣きながら、ベックは首を大きく振った。
 彼の赤い目が、何かの光を反射する。それに反応してか、ベックは更に短い悲鳴を上げるが、彼は刀を元のベルトに戻した。
「それで、この町の事は解ったのか?」
「いや、それがどうも妙で……」
 ベックは倒れた椅子を立て直し、それにつかまりながら立ち上がる。
「こんなちっぽけな町だから簡単だと踏んでたんだがなぁ……歴史がすっぽり抜けてんでさぁ。魔女の話も、歌だけしか伝わってないみてぇです」
「歌?」
 言い慣れない単語を口にした後、彼はあの子供らが歌っていた歌を思い出した。
「……ローレライ?」
「あれ、知ってたんですかぁ?」
 ベックは僅かに驚いたようだった。確かに、彼がこの男よりも情報が早いのは珍しい話だったが、それは違うと知っているのは彼本人のみだった。
 ベックが、様々や薬品や埃の山の中から、一冊の古びた本を取り出す。
 日に焼けた褐色の革張りの、分厚い本だった。ただ、表紙に書かれている金の文字は、その本が辞書や文芸小説ではない事を示している。
 ただ一単語、わらべ歌とだけ。
「……これか」
「あぁ。しかしわらべ歌にしては妙に長くて――」
「貰って行く」
「あぁ。…………って、え?」
 ベックは目を丸くさせた。その時には、彼はもう既に本をマントの下に入れてしまっていたが。
「いいのか?本当にただの長い歌だよ、旦那」
 それが言い終わるや否や、男の顔面に布の塊があたった。鼻を思い切り強打し、涙目になりながらベックは布袋を手に取った。
 一言くらい、文句を言ってやろうと思ったらしい。情けなく目を吊り上げてくる。
 だが見た目とは随分と異なる固さ、重量に、情報屋は慌てて中身を確認する。そして中に入っていた金貨の枚数を目算し、口の端を上げる。
「毎度あり」
 それ以上は言ってこない。それは解っている。適当な町で拾った情報屋だが、仕事が良い割に行動が単純で予測をつけやすかった。
 彼はその場で本を開いた。不必要なページはどんどん飛ばし、目的のタイトルが書かれたページで手を止める。
 ――ローレライ。
 目で詩を追ってゆく。
 確かにやたらと長い。わらべ歌は、覚えやすいように短く、簡単な言い回しのものが多いが、これは明らかに異質だ。
「……おとぎ話の類いで、これと似たものはなかったのか?」
「いや、一応探してみたんすけど……どこ探しても誰に訊いても解らなかったんで……」
「ふん……」
 鼻先で呻いただけで、ベックは肩を震わせた。彼が機嫌を損ねたとでも思ったのだろう。この男を捕まえる時、少しばかり腕にものを言わせた事が相当効いているらしい。不本意な事だが、便利なのでもうどうでも良かった。
 彼は本をマントの下に入れ、足早に出口へ向かった。開け放ったままの扉の前で、ふと足を止める。
「――塔……」
「え?」
 男は布袋の中身を木箱を積んで作ったテーブルの上に広げた体勢のまま、彼の方を見た。
「この町に塔と呼べるものはあるか?」
「いや……ない、と思いますがね」
 不安げに、男は答えてきた。
 その不安の原因は、男自身が調べた歌の最後にある、塔の中という言葉。
 この町のわらべ歌。その中の歌詞にある単語――それが実際には無いというのは、どうにもおかしい。
 彼はもう一度鼻を鳴らし、部屋を後にした。







 今度こそ早足で歩いてゆき、最初にくぐった出入り口から体を出す。
 途端に、市場の騒がしさが戻ってきた。騒音に眉をひそめる。
 先程彼の前に立ち塞がろうとした男は、今もまだ倒れたまま口許から涎を垂らしていた。
 加減はしたつもりだったが……と彼は少しばかり首を傾げた。特に気になった訳でもないが、目元に触れる。もしかしたら不慣れなのかもしれない。そうなると、控えた方が無難だろうか。
 本を持ち直し、再び雑踏の中に足を踏み入れる。
「ローレライ、ローレライ」
 夜空に響く歌声に振り仰ぐ。
 吹き抜ける風に、彼は目を細めた。
「あぁ、哀れな歌声の主」
 何かの建物の屋上に、少女がいる。その少女は、仮面をかぶっていた。
「外を見る事も出来ない塔の中」
 歌が続く中、喧噪は消えていた。
 見渡すと、何も変わっていなかった。その市場に溢れかえっていた人間全てがいなくなった事を除いて。
「ずっと歌い続けて人を惑わす美しさ」
 屋台から上る湯気も、怪しげな薬も、誰かが落とした小銭も。
「ずっと歌い続けて人を惑わす妖しさよ」
 とん、と背中に何かがあたる。驚いた訳でもなかったが素早く振り向くと、マントから伸びた自分の足下に、白いゴムのボールが転がっていた。
「それはたった一つの事」
 見ると、やはり通りの向こうに少女の影がある。横目で屋上を見やると、既にそこには誰もいなかった。
 もう一度視線を通りに戻す。が、もう誰もいなくなっていた。
「それでも許す事は出来ないの」
 どこか物悲しげに、歌声は高らかに響く。今度はどこでもない、彼のすぐ傍らで。
「人を惑わす魔性の花。人を狂わさす危険な美」
 ぐるぐると、声が巡る。歌はこだまする。
「ローレライ、ローレライ」
「だからお前は、塔の中――」
 別の声がした。今度は少女が慌てて周囲に視線を巡らせたようだった。
「無駄よ。彼は、あなたでは惑わされない」
「あなたは外から来たんでしょう? それくらい知っている……」
 それだけ言い、少女は走り出した。それを追いもせずに、彼は視線を、最初に少女を見た屋上に戻した。
 そこには、あの仮面を付けた少女とは明らかに体格も服装も違う少女が腰掛けていた。
 金色の糸のごとくたなびく髪、それに映える緑の服は、季節柄凍える事は無いと言っても不適当なものだった。ナイトキャップを思わせる帽子も、服と揃いなのか全く同じ色。
 そしてそれらを最大まで引き立たせている、一対の碧眼。
 屋台からこぼれてくる橙色の光の中でも、その夏の海をそのまま閉じ込めたような青に変化は無かった。
 何もかもが、この状況や場面とは不釣り合いな少女。
 彼女はおもむろに立ち上がると、ふわりと身に纏った緑を舞い上げて宙に身を躍らせた。
 重力に従って落ちてゆき、地面に激突するかという寸前で、少女の体は重力から解き放たれたかのようにスピードを緩めた。
「ヴィオ、気を抜き過ぎじゃないかしら?」
「……俺がいつ困っていると言った?」



 




<踊る少女>

 少女は黙って歩いていた。
 夜の道を、ただ一人。市場の中に紛れてしまえば誰からも見えない程しかない背の高さでも、何とか気をつけてさえいれば踏まれたり突き飛ばされたりする事は無い。
 深夜に差し掛かり始めた市場は―――元々そういった連中が集まるには絶好の場だからか―――ひそめた交渉の声もちらちらと増え始めてきていた。
 その間を縫うように、歩いてゆく。
 顔に付けた獣の面はそのままに、獣道を行くように少女はするすると歩いて行った。
 路地に入る。ダストシュートや小汚いアパートメントの入り口に、黒々と佇んでいる影が見えた。
 かまわずに、少女はそのまま進んでいった。
 音も無く、静かに――それでもそこにいる事を主張するように、汚れた壁を細い指先で撫でてゆく。
「……いてぇ」
 不意に声がした。
 驚いて振り向くと、暗くて気が付かなかったが、男が倒れていたらしい。こめかみを押さえながら、小さく悪態をつき始める。
「くそ、何なんだ、あの野郎……」
 そこまで独り言で呟いた後、男は少女に気付いたらしい。濁った目で、睨み上げてくる。
 普通ならばそこで逃げ出すなり、身を縮めるなりするだろう。だが少女は黙ってそこに佇んでいた。面を取りもせずに、じっと男を見下ろす。
 それが気に障ったのだろう。男はおぼつかない足取りで立ち上がった。
「何だぁ? 何見ていやがる、ガキ」
 何やら苛々しているらしく、男は立ち上がるなり少女を突き飛ばそうと手を伸ばしてきた。
 肩に、手が触れる。
 少女は微動だにしなかった。
 少女は触れられた肩を見下ろし、細く開いた面の穴から男を見上げた。
 男から彼女の顔は見えない。もしかしたら、声もあまり届いていないかもしれない。掴んできたままの男のごつごつとした掌を一瞥する。
「……貴方は外から来た人?」
「あん?」
 男が、眉間にしわを寄せる。
 それを見てから、少女は面の奥で目を伏せた。悲しげに、切なげに、吐息を漏らす。解っているのに、何度も何度も繰り返してきたのに、どうしてこれ程悲しいのか、苦しいのか。
 もう一度、男の手を見る。
 男の手は――彼女の体に埋まってきていた。
 そんな事も気付かないのか……いや、気付けないのだ。この男だけではない。この男にあたってはいけない。こんな、可哀相な男に。
「でも、もうだめね」
 今にも泣いてしまいそうになるほどの苦しみ。
 誰にも伝える事も出来ない、伝わる事も無い、その悲しみ。
「はぁ……? …………あ?」
 疑問に顔を歪めてから五秒も満たないその時間、男は射すくめられたように体を強張らせた。ぶるぶると痙攣を始める。突然起こった事に、男は混乱し、恐怖した。
「もう、だめなのよ……貴方も」
 あぁ、どうしてこんなにも悲しいのか、苦しいのか、痛いのか、切ないのか……解っている、解っている、と何度自分に言い聞かせているのだろう。
 やがて、男は無表情になった。それと同時に、震えも止まる。だが目は虚空に泳いだまま定まらない。
 そのまま男は、踵を返した。
 まるで何も無かったかのように、ふらふらした足取りではあったが、少女の事など気にも掛けずに路地から出て人の波の中に消えてゆく。
 少女は面を外した。
 幼さの中に不釣り合いな艶やかさを含ませた、奇妙な顔つき。そこに悲しみの色を織り交ぜ、更に複雑なものとさせる。
 だが、少女を見る者は誰もいなかった。
 ため息はつかない。それ以上の悲しみも、ない。これ以上の苦しみなど、どこにあるというのか。もしあるのなら、そこまで連れて行ってほしい。
 少女は大きく息を吸った。
 無理に決まっているのに。
 「……あれ?」
 背後で声がした。
 振り向くと、また別の男がその場に立っていた。先程の男は屈強なものだったが、この男はいかにも力仕事は苦手そうな体つきだった。
「どこ行きやがったんだ?」
 舌打ちでもしたそうに、男は辺りを見回した。そこでやっと、自分の腰くらいまでしかない少女の存在に気付く。
 少女は黙って佇んでいた。
 やがて面を外し、男ににっこりと笑いかけた。
 その瞬間、男の顔色が変わる。何かに気付いたように、後ずさる。
「……そんな……馬鹿な……だってあれは……」
「貴方も、外から来た人?」
 少女の問いに、男は腰を抜かして地面に転がった。
「知っている? 私の事を」
「違う! そんなわけない! お前が捕えられたのは、二十年も前のはず……!」
 叫びながら、男はゴミバケツを蹴倒した。明らかに錯乱し、慌ててドアの中に戻ろうとする。
 途端に、少女は笑みを消した。深い悲しみの中に、落胆に色をにじませる。
「私は、ここにずっといる」






「……おかしいと思わない?」
 夜空に向かって腕を広げ、彼女が告げてくる。
「ローレライ、これは人の名前で間違いないわ。でも、どうして彼女は塔の中にいるのかしら? どうして歌い続けているのかしら? どうして出る事が出来ないのかしら?」
 止めどなく、彼女は続ける。誰に問いかけているとも解らない疑問に、彼は答える事も無くただ黙っている。
「そもそも、大人は知らなくて、子供には誰も話していないのなら、どうしてこんな歌がいつまでも残っているのかしら? そして、彼女は一体何をしたというの?」
 彼女はその場で優雅に一回転してみせた。
「興味を引かない歌は、たとえわらべ歌でも消えてしまうわ。でも、この歌は二十年以上ずっと続いている。どうして?」
 短く舞う。
 柔らかな月光の下、風にもてあそばれる木の葉のように。
 彼はマントを翻し、本を掲げた。
「これは……わらべ歌ではない」
「何で、そう思うの?」
「単純な事だ」
 彼は、黒革のグローブの爪の先で本の表紙を叩いた。
「長いだけの歌は好かれん」
 それだけ言うと、彼女は小さく吹き出した。
「それはヴィオでしょう?」
 しまいには腹を抱える少女に、彼は眉間にしわを増やした。
「ヴィオラデル、だ。何度言えば解る」
 言い直させようとする口調とは裏腹に、あまり力は入っていない。
 ヴィオラデル・ヴォルフ。それが彼の名前であり、誇りでもあった。それを略すという事は、彼にとってみれば何とも不名誉な事なのだが、彼女に関しては既に諦めが含まれている。
 事実、彼女は了承した素振りすら見せずにふらふらと周辺を歩き回っている。
「いいじゃない。『ヴィオ』の可愛いし」
「名前には理由がある。お前の名前にも理由があるように」
「確かにね」
 彼女はあっさりと頷いた。
 彼女が高く跳躍する。音も無く、重力の束縛すらも無い程、高く。
 そのまま、彼女は空中で静止した。空全体を示すように、大きく両手を広げる。
「貴方は全てを見てきた。だから絶望している。でもその中の僅かな光の存在の証したるものがその名前。……私の名前と同様に、意味がある」
 点在する星の瞬きの中でおぼろに浮かぶ月を仰ぎ、踵を回して体を回転させる。ふわりと、彼女の緑の服の裾と月と同じ色の髪が軌跡を描き、空を滑る。
「このクラプフェンの町、変だと思わない?」
「……どこがだ」
「さぁ、どこでしょう?」
 くすくすと小さく笑い、少女は建物の影まで跳んで姿を消した。
「気を付けて、ヴィオラデル。孤独な魔女は、どこにでもいればどこにもいない。見えるけれど決して見えない。そして貴方は――矛盾した存在。きっとひずみが生じる」



   ◆  ◆  ◆



 赤い、海が見える。
 ……否、それは海ではなく――
  私は……こんな事を望んでいるのではない。
 光を、睨む。
 暗い、光を。
  反逆とそしられようとも、私は――
 何度叫んだだろう。
 何度願っただろう。
 あの存在が自分の言葉に耳を傾けてくれる事に。
 自分の言葉を聞き入れてくれる事に。
  ……わたしは――
 こんな事は望んでいない。
 こんな事になると思っていたのではない。
 ずっと思い描いていたものは、現実とはほど遠い。
 何を恨めばいいのか、何を憎めばいいのか、それすらも解らないまま。
 重く、重く。
 深く、深く。
 連鎖する痛みの果て、もう一つの声を聞く。
 渇望の中、押さえ込む苦しみの先に、求め続けた光がある。
 赤い海も、赤い空も、見たくはない。
 小さな子供の小さな瞳が光を失ってゆく。
 やっと幸せを手に入れ女の手が、冷たくなってゆく。
 待つ者のいる男の足は、故郷に帰る事も無く。
 何度そこに行ってやりたいと思った事だろう。
 何度手を伸ばしてやりたいと思った事だろう。
  何故、貴方は救わないのですか。
 悲痛な悲鳴が聞こえても、堪え難い慟哭が聞こえても。
 信じてきた、信じていたかった存在は、ただ嘲笑うだけで、彼の言葉も鳥のさえずりと同じくらいにしか取られていない。
 行き場の無い怒りはどうしたらいいのか。
  ……私は貴方を信じていた。
 光を見上げる。
 ……冷たい光を。
  ……私は貴方を愛している。
 耳鳴りのように、何かがずっと鳴り響く。
  だが、貴方は……そうやって嗤うのか!


「私は……救いたい」



 その声は、届かなかった。



   ◇  ◇  ◇



 目を開ける。
(……私――いや、俺は……)
 闇の中に、ぽつぽつと明かりが残っている。ヴィオラデルは刀を抱いていた腕を緩め、立ち上がった。公園の木の上は不安定な寝床であったが、煩わしい事が無いので多用する場所であった。ぎし、と彼の体重に枝が悲鳴を上げる。
 不意に気付き、目許に指で触れてみる。
「…………」
 濡れている。
 眉間を寄せ、手を握りしめる。水分はすぐに散って解らなくなった。
 その手で反対の肩を掴み、マントと服の上から爪を立てる。しっかりとした作りのレザースーツは、肌に痛みすら伝えない。
(まったく……)
 そのまま開いた掌で、顔を覆う。
「……は、…………ははは」
 自然と笑いがこみ上げてきた。天を仰ぐ。緑葉の間から見える月と星。雲が出ているのかあまりよくは見えなかったが、それらを見上げてヴィオラデルは笑った。
 声を上げて、震える声で、悲しい目で。
「……夢を見たの?」
 高く、幼い声。
「また来たのか」
 振り向かずに、彼は口を開いた。刀をマントの下のレザースーツのベルトで止め、襟を整える。整えると言っても、落ちかけていた襟を口許まで上げただけなのだが。
 次の瞬間には、目の前に面を被った少女が現れる。枝はしなりもしなかった。
 まなじりに力を入れ、少女を見定める。
 その視線に、少女は面を外した。その下にある顔にはやはり、その外見には似合わない色がある。
 ヴィオラデルは素早く抜刀した。鞘の中で白刃を滑らせ、加速させる。大きく弧を描き、その鋭い切っ先で少女の手から面を取り払った。飴色の髪が、刀が起こした一瞬の風に揺れる。
 面が、木から落ちた。ただ――地面に落ちる寸前で、塵のように細かな粒子と化し、そのまま消える。
「お前は何だ?」
 その面を視界の片隅に、ヴィオラデルは少女を睨みつけた。少女は変わらず、ただ立ったままでいる。刀の刃を、ぴったりと少女の白い頬まで数ミリの場所で止める。
 沈黙の中、見つめ合う。が、最初にそれを破ったのは少女だった。
「……見付けて」
「…………?」
「私を、見付けて。私はここにいるけど、貴方の傍にはいない」
(……この子供は何を言っている?)
 意味が解らない。何もかもがさっぱりだ。
 ここでの面倒ごとはごめんだ。最近はまともに食事をしていない所為で力も落ちてきた。何とかならない事も無いが、気が進まない。
「私は、ここにいるの。ここにいるのよ!なのに、何で誰も解らないの……?」
 それまでずっと、面を被ったように固まっていた少女の顔が、悲痛なものに染まる。
 ヴィオラデルは黙っていた。頭の中で、少女の言葉を反芻する。
 その中で、ふとあの歌を思い出す。
「……そうか」
 それは単なる思いつきでしかないが。
 それだけで、ヴィオラデルは全てが見えた気がした。
「あの歌は、お前が歌い続けていたのだな」



 あぁ、哀れな歌声の主。

 ローレライ。
 ローレライ。

 あぁ、哀れな歌声の主。
 外を見る事も出来ない塔の中。
 ずっと歌い続けて人を惑わす美しさ。

 ローレライ。
 ローレライ。

 知っている?
 あの塔に女が住んでいる訳を。
 それはたった一つの事。
 それでも許せる事は出来ないの。

 ローレライ。
 ローレライ。

 だからお前は塔の中。




<嘆く少女>

 追憶の中に、埋もれた事実があった。
 世界の状態は不穏そのもので、いつ何が起きても不思議ではない状態が続く。
 天候の異常。それによる不作。続いて起こる大飢饉。奇妙な疫病。
 人の心は疲弊し、持たざる者は持つ者を憎んで争い、襲い、そしてまた新たな憎しみが生まれる。
 村一つ、時には町一つが焼けた事もあった。
 小国は互いに奪い合う。最後に残るのは死に掛けた女子供と、悟りきった老人と、目の曇った愚かな統率者。
 怨嗟は連鎖し、増大する。悪循環とは、悪ければ悪い程回りが早く、肥大化も他よりも群を抜く。
 誰かが言った。
 これは悪魔の仕業であると。
 悪魔が神の目を盗み、世界を滅ぼそうとしているのだと。
 誰もが皮肉混じりに笑った。世界の不穏は人を狂わせ、とうとう幻を見せた、と。
 それは単なる噂にすぎなかった。
 ―― 一人の女が現れるまで。



 名を呼んだ事に、特に意味はなかった。
 カマをかけるのと同じだ。本当にこの少女が二十年前に投獄されたとされる魔女なのか確証はなかったが、呼んでみてどんな反応をするのか、それが気になった。
 だから正直なところ、彼女が消えるとは思っていなかったので少々驚いた。
 微苦笑を浮かべ、ヴィオラデルは抜いたままだった刀を鞘に戻した。
 まるで最初からそこに存在していなかったかのような錯覚すら起こる。
 ――否、少女はそこにはいなかったのだ。
 月を仰ぎ見る。
 細く空気を肺に送る。体の隅々まで酸素を行き渡るのをじっくりと感じ入り、瞳の中に下弦の月が浮かぶ。
 せめて満月だったならば良かった。まったく、思い通りにならない事が多すぎる。
 月を眺めて細めた瞼の奥に潜む真紅の色が深みを増す。
 赤く――紅く――……人の血よりも深い、赫に。
 ブーツの裏で砂を擦る。二つだけつま先で地面を叩き、ヴィオラデルは駆け出した。薄闇とおぼろな靄が立ちこめる空気を漆黒のマントで裂きながら、適当な場所に飛び乗る。露店の樽か何かだったようだが、構わずに更に跳躍する。露店の屋根に飛び上がり、体重に屋根板が軋むよりも早く、その上に見えた民家のベランダの縁に手を掛ける。
 片手だけで体を持ち上げ、足を乗せる。雑草の多いプランターを蹴倒しそうになるが、すぐに隣のレストランの看板に狙いを定め、刀を抜き放ってその中間辺りにある壁に突き立てる。刀の柄を足場にして跳び、看板のその狭い厚みの上に立つ。
 そこからまた垂直に跳び、その屋根のへりに両手の指を引っかけ、体を上げる。
 木造の急な斜面を駆け上がり、頂上まで来たところでヴィオラデルは足を止めた。
 いくらか高い位置に来ても、月までの距離は縮まらない。
 彼は嘆息した。それを示す白い吐息が、闇色の中に滲んで消える。
 足下に広がる街並は、既に光を落としていた。ぽつぽつと弱々しく灯った街灯が、ささやかな抵抗をしているだけ。
「――ルナ」
 呼び掛ける。
 音も無く、緑を纏った少女が現れる。振り向くと、その両手に壁に突き立てたままだった刀を持って静かに佇んでいた。
「ヴィオ、忘れ物」
「……ヴィオラデル、だ」
 諦観を含めた口調で言いながらも、ヴィオラデルは刀を受け取った。鞘に納め、街並を見下ろす。
 風が、地面に立っていた時とは段違いに強く吹き荒れる。
 マントが舞い上がり、目にかかる程の長さの黒髪も風に煽られる。
「……昔話をしてやろう」
「昔話?」
 疑問符を浮かべる声とは裏腹に、少女――ルナは微笑んでいた。まるで正解を言い当てた子供を見る親の目のような、少々癪な表情だ。
 しかし、それを言っても仕方が無い事も解っている。
 ヴィオラデルはレザースーツのベルトの一つを外し、情報屋から買った本を手で掲げてみせた。
「ローレライ・ラッセル。……哀れな世界の…………儚き犠牲者」




 女は力を持っていた。
 それは権力でも、財力でもなく、ただそういう力としか言いようの無いもの。
 水脈のある場所、動物たちの水飲み場や寝床、天候などを予言してはぴたりと当てる。
 どんな医者もさじを投げた疫病をいとも容易く治療する。
 人々は彼女に感謝した。その奇妙な力に驚き戸惑いながらも、飢えや病から救ってくれた感謝の方がまだ勝っていた。
 そしてその見目美しさにも、人々は惹かれた。一風変わった、透けるような飴色の髪、白く瑞々しい肌。
 熟れた果実のような唇から紡がれる穏やかな言葉は、何にも比較出来ない程に魅力に満ち、人々を魅了した。
 穏やかな物腰の奥に潜んだ、静かな強さ……彼らにはないものを、女はいくつも持っている。それは力であったり、知識であったり、当時の人々には欠落しかけていた慈愛と、全てを包容するような優しさ、そういった、人間的というよりも、俗世から離れた悟り人のような内面のものであったりもした。
 美しく聡明で、未知なる力を扱う彼女を、住民たちは女神とすら思い崇拝した。
 力を頼る者も、その語り口に魅せられた者も、彼女を慕い、常に彼女の周りには人々の輪が耐えなかったという。
 だが。
 女が住んでいた町が、近隣の盗賊団に襲われた事が、悲劇の引き金となった。
 町外れの一家が犠牲になった事で、珍しく怒りを露にした彼女の力は……人々の目にどう映ったのかは言うまでもない。
 雷を呼んで盗賊たちの馬を散らせ、人形に命を吹き込み戦わせる。不死の相手に盗賊たちはなす術も無く、何の被害も受けずに町は救われた。
 町の住人たちは再び女に感謝したが、同時に恐怖を覚える。
 あの女は、今は自分たちに味方しているが、独裁者として目覚めたりなどしたら、どうなるのだろうか。
 無力な自分たちは逆らえない。逆らえば、どんな事になるか。
 あの未知なる力の前には、どんな兵器も、どんな兵士も通用しない。
 想像は容易に人々を震え上がらせる。膨れ上がる。
 時代柄疑い深くなっていた人々は、女に感謝でなく恐怖を抱くようになった。
 女が町の人々の様子に疑問を覚えて訳を尋ねても、彼らは適当にはぐらかすだけ。その時にはもう遅かったのだ。
 噂は悪いものへと変わる一方で、ついにはその国の王の元へ届く頃には、女は人の血肉を喰らい、天変地異を呼び起こす悪魔の使者とされていた。
 あの狂った言葉が、人々の頭に甦る。
『これは悪魔の仕業である。
 悪魔が神の目を盗み、世界を滅ぼそうとしているのだ』
 忘れられかけた単なる狂言は、予言として人々の頭に焼き付く。


「……不幸にも、その国の王女が病死した。波紋は更に大きな波となり、恐怖は凶器となった。……女は魔女として捕えられ、弁護もつけられぬ裁判を受けさせられた。当然……女は死刑。しかし更なる悲劇を生む言葉を、彼女は断頭台で叫んだ」



 以前は虚言だと嘲笑われた言葉―――
 神の目を盗んで世界を滅ぼうそうと企む、悪魔の仕業。
 それは、最初は天地の荒れを示していたが、いつしかそれは、その女の事だと噂されていた。
 全ての災厄の源。悪魔の使いの女―――魔女。
 夜な夜な怪しげな呪術でもって人々を苦しめ、残酷な儀式と生け贄で、世界を混乱と恐怖に陥れようと画策していた、恐るべき魔女。
 あの穏やかさと優しさの裏には、これまで以上の恐怖が身を隠している。それを出してはならない。それを解放してしまったら、今度こそ世界は滅亡する。
 また誰とも知らない誰かが囁いた。
 そんな噂だけで、彼女の断罪の過程は、残忍極まりないものとなった。
 度重なる拷問と、叩かれるだけの裁判、疲労だけが蓄積する牢獄生活……その間、女の髪は白くなり、美しかった顔も老婆のように変わり果てていた。
 だが不可解な事に、彼女は自分に備わっている力については、一切語らなかった。
 その事が、彼女に対する人々の恐怖をかき立てる。やはり、未知なる力は悪魔から授かったものだったのだと決定づけられ、異例の早さで刑は施行される事となった。
 国の首都の中央で、断頭台に現れた女を見、人々はその姿に嫌悪と憎悪を抱き、つぶてを投げた。
 かつては彼女が寵愛し、守り通してきた人々の目には、彼女は自分たちを苦しめるだけの魔女でしかない。
 額に石の欠片が当たって血が滲んでも、女は無言だったという。
 断頭台に頭を固定され、斧が振りかぶられた瞬間、女はそれまで開かなかった口を開き、血を吐く程の大声で告げた。
『お前たちは、何故私がこうも大人しくしていたのか解らないのか? 私は力をもう持ってはおらぬ。次の魔女に、もう力は継承させた!そしてこの恨み、決して忘れぬ! 私はここで死ぬが、恨みは消えん!』
 誰に継承させたのか、その方法とは何だったのか。
 それは決して解らないままだった。
 最後に残った女の力だったのか、それとも処刑人の手はもう自分でも止められなかったのか、その言葉を残したまま、女の処刑はなされてしまった。
 その国だけでなく、世界が恐怖した。
 恐るべき力を継承した魔女。それがどこの国の者で、どこに住んでいるのか、どんな人物なのか、子供なのか大人なのか老人なのか……何一つ解らないまま、曖昧な噂だけが蔓延する。



「……恐怖の連鎖は人の目を曇らせる。一度疑念という亡霊に取り憑かれた者は、狂気の化身となる。疑わしい者は全て魔女として裁かれた。幼子の戯れの言葉であっても、偶然だったとしても……おそらく、中にはただ相手が気に入らないからという理由で密告する者もいただろう。……幾百……幾千の命が散っただろう」
 ヴィオラデルは瞼を伏せた。整った顔立ちが蔭を帯びる。
 風はその時は穏やかだった。まるで彼に話を促すように。
「……魔女狩りは一世紀半も続いた。そしてその終わりの二十年前に、最後の魔女が捕えられた」
「ローレライ・ラッセル。もう彼女は、この世界では唯一無二の存在って訳ね」
 ルナが屋根の一辺の上で軽やかに歩くのを見ながら、ヴィオラデルは奥歯を噛んだ。ぎり、と僅かに軋む音が口の中に響く。
 一つ高く跳び、ルナが振り返る。やはり舞うように円を描いた動きで。
「ヴィオラデル・ヴォルフ。貴方と同じ――」
「……ルナ」
 それ以上は聞きたくないと言外で言っているように、ヴィオラデルは少女の名を静かに呼んだ。
 その呼びかけが示す意味を、彼女は二つとも受け取った。
 ただ、珍しく表情を曇らせる。動きを止め、真っすぐに彼を見つめる。いつの間にか、その姿はこの街並と同じように霧掛かっていた。
「いいの? ヴィオ。貴方はここしばらく『食事』をしていないわ」
 姿とは裏腹に、声ははっきりとしていた。
 ヴィオラデルはまた名前を略された事に眉をひそめたが、嘆息のすぐ後に断言した。
「……構わない」
 ルナは一つだけ頷き、すい、と彼の背後に回った。そのまま彼の背中に抱きつくと、彼女の体は一層虚ろさを増してゆき、彼の体に同化してゆく。それと同時に、彼女の背中から異質のものが姿を現した。
 最初は絹糸の塊のようであったそれは内側から押し広げるように、徐々に形を鮮明に、明白にしてゆく。ゆっくりと、それは左右に大きく開いていった。
 やがて、月を覆い隠す程の翼が現れる。
 彼女が彼に完全に溶け込むと、まるで生糸が色水を吸い上げるように、翼が根元から夜の色に染まってゆく。
 漆黒の――飛ぶ事を許された獣の羽。
『行こう。今度こそカミサマに会えると良いね』
 それは空気の震えが伝える声ではなかったが、彼にははっきりと聞き取れた。
 嘆息混じりに、彼は空に舞い上がった。



<問う少女>

 蒼穹の彼方に浮かぶ雲を眺め、そよぐ風をその輝かんばかりの大翼で受ける。
 それが何よりも素晴らしい瞬間と言えた。
 世界はこんなにも美しく愛おしい。それを実感出来るこの瞬間は、何よりもかけがえの無いものと言えた。
 そして更に愛おしい存在。
 これを守る為ならば何でもしよう。
 そう決意したのはいつだったか……それははっきりとは覚えていない。
 ただ――
 その決意は、今もここにある。



「また見ているのか」
 背後からの声に、彼は顔だけ振り返った。瑞々しい色の草の上を音も無く、金色の長髪を揺らしながら近付いてくる男に視線を向ける。
 黙っていると、彼の横に腰掛ける。それにつられるように、彼もまたその泉の縁に座った。双方共に、身に纏った白い衣が泉に触れる。だが気にせずに、彼は黙って両手の指を組んだ。
「君はいつも静かにしているな。まるで風と話しているようだ」
 そう笑いかけてから、男は不意に顔を上げた。林檎の林の向こうにそびえた白い建造物を見上げる。
 その横顔を眺めてから、彼は再び泉に視線を落とした。大きいが波も起きない透明な泉。そこに手を伸ばす。
 水面に指先が触れる。手が何の障害もなく泉の中に浸かってゆく。何かを掴み取るようにその中で指を曲げてみるが、何の感触も無いまま指先は自分の掌に当たった。
 突如、目の前に白い板が差し出された。横から見るとただの線にしか見えない程薄いそれを、条件反射のようなもので受け取って見ると、男は逆の手で同じものを持っていた。
 男は手でそれを軽く振りながら微笑んだ。
「上質のマナだ。今時そうそう無いぞ?」
 そう告げて、男はそれを頬張った。
「……どこで、これを?」
「お、本日最初の声だな。コズメアの辺りだそうだ。今の時期なら、丁度綺麗な花が咲いている」
「…………」
 彼は黙って、泉の縁に触れた。
 受け取ったものを食べないまま縁にそれを置き、その触れた場所を二回叩く。
 男も気付いたようだった。今まで笑みを浮かべていた顔を引き締め、彼の一挙一動を見守る。
 彼は背中の、純白の翼を広げた。六枚の大翼が一度だけ大きくばさりと羽ばたき、風を起こす。
 その風に目を細める男を横目に、彼は立ち上がって泉に手をかざした。
「おい、あまり勝手はまずい!」
 男が慌てた声で肩を掴んでくる。
 だが振り払わずそのまま、彼は自分の翼から一本羽根を抜き取って泉に投げた。抜いたばかりの羽根の根から、真新しい血が泉に混じる。
 途端に、それまで波も立てなかった泉の水面が揺らいだ。表面にあった羽根はゆっくりと沈み、透明だった泉の奥深くで霞んで消える。その一瞬後に、泉が沈んでいった羽根と同じ白に染まる。
 その白さの中に、じわりじわりと色が滲み出す。それは言葉で表現しきれない程様々な色に満ちていたが――全体的に一つの色の階層が多かった。
 やがて。
 白かった泉は、全く別の色に染まっていた。
 ゆっくりと、男の目が見開かれる。
 ゆっくりと、彼の目が伏せられる。
「これは……?」
 掠れた声で、男が泉に見入る。
 そのあまりにも酷な景色に、男は手で口許を覆った。
 花が咲き乱れていたであろう丘は焼け、元は整然とされていたらしき街並は崩壊しかけていた。
 男は気付いたであろうか。
 彼は悲しさに涙を流しながら、かざしていた手を引いた。それと同時に景色は消え、泉も元の透明さを取り戻す。
 気付いたはずだ。
 あの情景を、この男が知らないわけが無い。
「何故だ……どういう事なんだ?」
 彼は泉の縁に置いておいた『マナ』を取った。それを一口、口に含む。ほとんど歯ごたえも無い白い板は、口の中でふわりと溶ける。
 蜜を幾重も濃縮したような甘さが広がるのを感じながら、彼は翼を収めた。
 夏の海をそのまま閉じ込めたような青い双眸を細め、踵を返す。服と同じ素材で作られた靴の裏で草が音を立てるのを聞きながら、小さく嘆息する。
 問いつめてくるかとも思ったが……それを思い浮かべる事が出来ない程の衝撃だったのだろう。また顔だけで男を見ると、もう何も映っていない泉を凝視したまま凍り付いている。
 一口だけしか食べていないマナを眺め、彼は皮肉げに微苦笑を浮かべた。
「うまいな、ナサギエル。もう食べられない事が口惜しい」
 声は届いているだろうか。
 数少ない友人である男のその青い瞳には、炭化するまで焼かれて変わり果てたコズメアの景色が張り付いているのだろう。
 瞼を伏せ、そこから遠ざかる。
 空を見上げる。夜が来ぬ永遠の青空。光り輝く太陽。
 彼は拳を握りしめた。爪が掌に食い込み、肌を破る。草の上に真新しい血が滴り落ちた。
 世界はこんなにも美しく愛おしい。
 だからこそ、これ程身を裂く程の苦しみがある。
 吐くため息は、日に日に震えが増してゆく。知らぬ内にこうして掌に傷を作ったのは、一体何回目だろうか。
 幾度思っただろう。
 救いたい、と。



 ここには病も死も存在しない。
 許された者だけが存在する。
 許された時間を、許された行動で過ごす。
 それが不服に思った事は今まで無かった。
 不服など
 またあの泉を覗き込む。
 いつものように羽根をちぎって投げ入れて、浮かんできた光景を淡々と眺める。
 それしか出来ないと思っていた。むやみやたらに手を出す事は禁じられている。だからそれは事実だった。
 納得はしているつもりだ。手を差し伸べる事全てが優しさとは限らない。
 解っている。
 ……解っている。
 ―― ……解って、いる。
 …………。
 押さえ付けなくては、ならない。
 美しく愛おしい世界。創ったのは、仕えるべき主。だがそれを磨き育んでゆくのは主でも自分たちでもない。
 だから許されない。
 例え、その愛する存在が互いに殺し合い、壊し合うのであっても、見守っている事しか許されない。
 赦されない。
 解っている。
 解っている、つもりだ。
 押さえ付けろ。
 抑えろ。
 乱すな。
 揺れるな。
 見守っていなければ、ならない。
 信じてやらなければ、いけない。
 喉が、空気を吸い込む度に震える。冷たくも温かくもない、微妙な温度。それを体に染み渡らせる。
 とうの昔に納得しているはずの苦しみに常に苛まれていても、ここにいる事しか出来ない。


 解っていても、涙は流れる。


 硝子の箱に入れられたように、ただ黙っている事しか出来ない。
 その青い瞳で、見つめ続ける事だけが自分の義務。


 解っていても、苦しみは消えない。



 両手を握りしめる。
 掌の皮膚を爪が破るのは何度目か。
 赤い雫が泉に落ち、波紋を広げては霞んで消える。
  ……やめてくれ。
 何かが、悲痛な声を上げる。決して聞こえる事のない、痛すぎる悲鳴。
 見つめる先には、幼い少女。
 取り囲む人々の目は冷たく、化け物でも見るように凍てついている。
 少女は泣き叫ぶ。幼い声で、許しを請う。
 奥歯を噛み締め、彼はそれを見続けた。体が震えて仕方が無い。
 少女の母親だろう、一人の女が、我が子と同じように拘束された両手を振り上げて泣き叫ぶ。父親らしき男は、絶望の表情で否定を口にしていた。
 だが訴えは聞き入れられず、ただうるさいとだけ怒鳴られて殴られる。
 町の中央に設けられた設備は、冷たく親子を迎えていた。
 粗末な台の上には、十字に組まれた丸太が三つ。台の下には、町の総出で集めたと思われる大量の薪。
  ……やめてくれ。
 彼らがやっている事は、もう無意味だ。もうずっと以前に済んだと、思われていたのではないのか。
 あの殺戮はもう終わったのだと、彼自身僅かな安堵を覚えていたというのに。
 麻袋を被った男たちが、三人を引きずってゆく。抵抗して逃げようと体をよじっても、その傷だらけの体では無理な話だった。
  ……やめてくれ。
『やめてくれ!』
 その言葉にはっとなる。そんなはずがないのに、心を読まれたかと思い、息苦しさを覚える。
 たいまつを掲げた、顔を隠した男たち。
 縄で縛られ、ただそれを見つめるしか出来ない三人の親子。
 遠巻きにそれを眺める民草は、どこか精々とした表情で、時折囁き頷き合っている。
 よく見れば、母親の腹が丸く膨れている。まだ生まれてもきていない命がそこにあるのか……。
 唇を噛む。一瞬で血が滲み、口の中にその味が広がる。
 たいまつが、振りかぶられる。
「やめろ!」
 無意識に叫ぶ。
 届くはずがないのに。
 納得しているはずなのに。
 恐怖に絶叫する三人の姿。その光景に足がすくむ。
 泉の縁にすがりつき、彼はその場に崩れた。草の上に落ちる涙を止める事が出来ない。
「……ヴィオ?」
 いつの間にか友人が背後まで来ていた。全く気付かなかったとは、何とも情けない。
「ナサギエル……私は……」
 震える声で呟いても、友人は聞きつけてくれたらしい。疑問に眉をひそめながらも近寄り、泉に映った惨劇に喉の奥で悲鳴を上げた。
 これから新たに歩む命も、産声を上げるべきだった命も、それらを慈しみ育てるはずだった命も、全てが灰になって消えてゆく。
 すがりついた場所にあった土を握りしめる。不運にも、丁度そこには石があったらしい。爪が割れた。
「……もう、限界だ」
 それだけ言い切り、彼は翼を広げた。二、三度素早く羽ばたき、空に舞い上がる。
 純白の翼。それが彼が彼である証明だったそれは、先の方から別の色に染まってきていた。
 夜よりも深い、闇の色。
 友人は、それを見て驚愕したようだった。
「待て、ヴィオラデル! それだけはいけない!」
 手を伸ばす友人を見下ろし、彼は苦々しく口を開いた。
「ヴィオ、お前も解っているはずだ!私たちは公平でなくてはならない。それが主に定められた……」
 ――これでこの友人とは、もう会う事はないかもしれない。
「もう……限界なんだ」
「駄目だ、ヴィオ! やめてくれ!」
 まるで泣いているかのような友人に、目を細める。彼は自分に良くしてくれたものだ。その者を裏切るのも痛いが、これ以上は耐えられない。
 続く言葉を聞かずに、彼はそこを飛び立った。林檎の園の遥か上空まで来たところで、空を見上げる。
 変わらない晴天。吹き抜ける温かな風。これら全てが愛おしい。愛おしいと思う全てを守ってゆく事こそ、自分に授けられた仕事であり役目であると思ってきた。
 だが。
 彼はかぶりを振り、更に上空を目指した。いくつかの雲の群れの合間に見える輝きに向かい、ただただ真っすぐ飛び続ける。
 視界が白で支配される。黒くなりかけた翼は異質のものと見なされ、雷の刃が雨のように降り注いだ。火花が散る度に、体のどこかか翼に痛みが走る。
 痛みを紛らわせようとしていたのか、彼は叫んでいた。地を走る獣のように、刺さる刃の中を突き進みながら。
「……私は、こんな事を望んでいるのではない」
 もう既に半分まで漆黒に染まった翼を振るい、雲を蹴散らす。
「反逆とそしられようとも、私は……」
 それでもまとわりついてくる雲は、ゆっくりとだが確実に、彼の動きを封じていった。
「……わたしは――」
 完全に身動きが取れなくなる寸前で、彼は腰から刀を引き抜いた。刀は強風を纏って抜かれ、彼の回りに吹き荒れる風を生んだ。
 雲の檻が、一瞬だけ薄くなる。それを彼は見逃さなかった。
 再び大きく羽ばたかせ、上を目指す。最後に分厚く重なった雲の帯の一つが、行く手を阻もうと腕を伸ばしている。
 疾風を刀に絡め、彼はその雲を横一文字に薙いだ。一線に切られた雲の切れ目を、体当たりするように体で突き破る。
「主よ!」
 視界が晴れるよりも早く、言葉は口から出ていた。
「何故、貴方は救わないのですか」
 刀の切っ先を、主に向ける。頭が痛んだが、構わずに続けて告げた。
「彼らは救いを求めている。魔女狩りなどと言っているが、あれは無意味な虐殺だ。貴方が救いの手を差し伸べれば、流れる必要のない血は流れない!」
 額の傷から流れた血に滲んで見える、白い玉座。そこに悠然と座る主は、その金色の眉を一つだけぴくりと動かし、闇色になり続けている彼の翼をしげしげと眺めた。
 その主の様子に、憤慨を覚える。おそらく主は、彼の言葉には反応していない。自分に仕えている者が、自分に刃を向けている、それだけしか考えていないのだろう。
「答えてくれ、主よ!」
 翼が黒く変わるのが早まる。
 呼吸も荒く、答えを待つ。その過ぎる時間すらも腹立たしい。
 主は無言で、頬杖をついた。深々とため息をついてから、目許を掌で覆う。白い衣を撫で、首を横に振った。
 晴れ渡った空に、沈黙が訪れる。
 その沈黙を破ったのは――主の声だった。
 笑う、声。
「……ヴィオラデル、どうしたというのだ。お前はただ見守る事しか許されない存在なのだぞ?」
「見守るのももう限界だ、主よ。そもそも何故、魔女などという存在があるのだ。魔女の力は、他の彼らには脅威でしかない。恐怖で彼らは荒んでゆく一方。貴方が魔女の力を消滅させ、それを告げればすぐに澄む事でしょう?」
 一気にそう言うと、主は再び顔を伏せた。
 そして、僅かに肩を震わせる。
 ――また笑っている。
 それだけで、抱いてはならない感情に支配されるのを彼は感じた。
「浅いな、ヴィオラデル」
「……何?」
 静かな、黒い感情。
 抱く事は禁忌とされている感情が、彼の全てを満たしてゆく。
 主はそれに気付いたのか、顔を上げた。その顔に貼り付いていたのは、嘲笑。
「見ていれば良いのだ」
 その言葉の意味は、容易に知る事が出来た。
「……貴方は…………」
 刀を持つ手が、小刻みに震える。
 大翼から、黒く変色した羽根がバラバラと抜け落ち始めた。足の下で漂う雲の中で雷の刃に貫かれて散りながら、ゆっくりとだが確実に、羽根は彼の翼から落ちていった。
「……私は貴方を信じていた」
 空よりも青い瞳が、彼がまばたきをする度に曇り始める。
「……私は貴方を愛している」
 耳鳴りのように、何かがずっと鳴り響く。
「だが、貴方は……そうやって嗤うのか!」
 少し前までは何よりも汚れのない色だった翼を、大きく振る。それだけで黒い羽根は全て散っていった。
 散り行く羽根の奥に現れた、それまでとは形の異なる巨大な翼。
 開いた瞼の奥にあるのは、それまでとはまるで真逆の色。
「私は……救いたい」
 飛ぶ事を許された獣の翼。
 流された血と同じ色の瞳。
「貴方とは……道を違えよう」



 扉の前で、彼は振り返った。
 未練があるのではない。ただそこに、慣れた気配が現れた事に驚愕していた。
 友人が立っていた。何かを耐えるような表情で、口を固く結んでそこにいる。
「……ナサギエル、何をしている」
 言外に、自分とはもう関わってはならないという事を含ませる。
 もう彼と彼の友人は、相容れぬ存在同士に変わり果てていた。
 方や主に仕える純白の使者。方や主に離反した漆黒の反逆者。身に纏うは白と黒。風に揺れるのは金髪と黒髪。世界を見る目は青と赤。
 友人はその言葉にも黙ったままだったが、彼が目を伏せると近寄って手を出してきた。
差し伸べたのでも、握手を求めるのでもない。その手には、一本の白い羽根があった。
 彼は勘付いて、顔を上げた。よく見ると、友人の白い翼には血が滲んでいる。
「扉を抜けてから、これを翼に刺せ。そうすれば完全に堕天しないですむ」
「……いいのか?」
 友人と羽根を交互に見ながら、彼は表情を曇らせた。
 彼は主に反目したのだ。刃を向けもした。それに手を貸すなどすれば、この男も反逆と定めかねない。
「ラグエルが見ているだろう?」
 厳格という言葉を体現したかのような、彼らの監視役を思い浮かべる。彼の目によって追放された者の数は、決して少なくはない。
 だが友は自嘲気味に微笑んだ。こんな友の表情は見た事が無い。
「上は大騒ぎだ。最も主を愛していたお前が……堕天とは、とな」
「主の事は愛している。だが、私は……」
「解っている。解っているから……何も言うな」
 首を横に振り、友人は羽根を更に彼の方へ突き出した。
「だから、受け取ってくれ。お前が血をすする姿は見たくないんだ」
「……あぁ、助かる」
 頷きながら微苦笑し、彼は羽根を受け取った。
 数秒だけ友人は彼の姿を見つめてから、自分の純白の翼を広げて舞い上がる。
 それを見上げ、彼は目を細めた。雲の間から漏れる光を背にした友人の姿に、どこか皮肉なものを感じてしまう。
 その視線に、友人は苦悶の表情で見返す。拳を握り、肩を震わせている。
 いつも飄々としていた友のそんな姿を見ているのは忍びなく、彼は扉に向き直ってそこに手を当てた。少しの力を込めるだけで、音もなく開き始める。
「ヴィオ!」
 いくら言っても直そうとはしなかったその呼び名に、今度は顔だけをそちらに向ける。
「悔やみはしないか?」
 友の言葉は、出来れば思い返してほしいというものもあったのだろう。取り返しのつかない事をしたとは言え、悔やめば罪は軽減する。心からの懺悔は、彼をこの場にとどめてくれるかもしれない。
 だが。
「しない」
 問いに、きっぱりと断言する。
 扉に掛けた手は離さないまま、彼は友人を見上げて更に声を上げた。
「例え……お前と戦う事になったとしても、悔いたりはしない」
「そうか」
 友人は寂しげに、薄く笑ったようだった。だがすぐに、顔を引き締める。
 そして――腰から細い剣を抜き、その切っ先を彼に向ける。
「なら、お前と相対する時が来たならば、私は主の使者の一人として」
「私は……俺は唯一にして真なる『探索者(デモニオ)』として」
 それだけを言い合い、彼らは背を向け合った。
 それ以上の言葉は言われる事の無いまま、かつて友同士だった者たちはその場を去った。



『長かったよね、ヴィオ』
 月明かりを浴びながら空へ上がり続けている中で、また彼女の声がする。
 翼を羽ばたかせ、そこで止まる。おそらく普通の人間ならばそこにいるだけで凍りつく上空で、ヴィオラデルは黙ったまま位置を保った。
 それなりに大きくなっていた町全てを見渡せる程の高さ。吐く息も全て白く、吹く風にその白はさらわれてゆく。
 漆黒のマントが、もう一組の翼のようにはためく。朧げな明かりと風にさらされてやっと解るほつれや傷は、細かいものの布全体に点在していた。
「……もう終わる」
 そう言う彼の目には、僅かながら疲れが滲んでいた。
 さすがに何の食事もしていないと、ただこうして空に上がる事にすら疲労を覚える。だが食事は出来るだけ控えたい。昔のように、人々の正の気やその場所に集まる空気や温度を媒体にした『マナ』は、今では手に入れる事すら難しい。あれは、かつての力でのみ生成出来た代物だ。
 昔の自分の力は、もう既にほとんど残っていない。残っているとしたら……友の羽根の力で抜け落ちて自我を持った、彼の翼であるルナだけだ。あれが抜け落ちたお蔭で、ただ血肉を求めるだけの存在にはならずにすんだが、随分と不便な体になってしまった。『マナ』は作れず、かと言って血をすするのには抵抗がある。
 だがこれが、『探索者(デモニオ)』として地に降りた事ではめられた枷ならば、謹んで受けなければならない。
 自ら選んだ事なのだ。愛する主に逆らい、敬愛する友や仲間たちを裏切ってまで、『探索者』になる事を選んだ。罰などと思わないが、どの枠にも入る事のない曖昧な存在として押された烙印なのだ。
『ヴィオ、塔はどこにあるの?』
「……どこでもない。あの町にある」
 言いながら、ヴィオラデルは中心だけがぽっかりと何も無い町を見下ろした。




<惑う少女>

 知っている?
 あの塔に住んでいる女の名前。
 何があっても出て来れない。
 かわいそうに、かわいそうに。

 知っている?
 あの塔に住んでている女の事。
 ずっと歌い続けているよ。
 聞いている人なんかいないのに。

 あぁ、哀れな歌声の主。
 外を見る事も出来ない塔の中。
 ずっと歌い続けて人を惑わす美しさ。

 ローレライ。
 ローレライ。

 その肌は何よりも白くって。
 その唇はバラよりも赤く。
 流れる髪は空に溶け込み。
 二つの瞳は透き通って。
 ずっと歌い続けて人を惑わす妖しさよ。

 知っている?
 あの塔に女が住んでいる訳を。
 それはたった一つの事。
 それでも許せる事は出来ないの。

 ローレライ。
 ローレライ。

 人を惑わす魔性の花。
 人を狂わす危険な美。

 ローレライ。
 ローレライ。

 だからお前は塔の中。



 最初はほんの些細な事。
 それでも疑心暗鬼にかられた人々の目には、それは悪魔の所行としか映らなかった。
 孤児。
 そう言われて生きてきた子供が、ただ暇つぶしに歌った歌。
 ある雨の日に、雨空を見上げて少女が歌う。幼稚な、雨を乞う歌を、つらつらと。
 雨は、記録的な豪雨となって三日間降り続いた。三日目の朝、家の中で相変わらずの雨空に少女が歌う。今度は太陽を思う歌を、つらつらと。
 四日目の朝、雨はやんだ。これまでがまるで嘘のような快晴に、人々は喜んだ。
 その横を少女が歩く。水たまりを踏みながら、太陽への感謝を歌う。

 孤児という事は、その小さな町では注目の対象だった。
 大抵の者は、少女を鬱陶しいものとして見る。子を持つ母親は、我が子を近付けまいと侮蔑の眼差しと言動で避ける。
 少女は悟っていた。皆自分と、自分の大切なものを守ろうとしているだけなのだ、と。だから無下に踏み込んだりしてはいけない。壊される事、傷付けられる事を恐れているのだから、当然攻撃される。
 それを知っていたから、少女はただ黙って横を通るだけだった。時折目に止まってしまうのは、両親に挟まれた子供の姿。うらやましいと何度か思ったが、彼女のそれはより幼い時に失われてしまった。望んだところで帰ってはこない。解っているから、少女は黙ってその場を去る。
 自分の服の端切れと、家の前で拾った石で作った、不格好な人形を胸に抱いて。

 誰かがふと言う。
 雨は、あの子供が呼んだのでは?
 おそらくその一言は、単なる冗談に過ぎなかっただろう。
 ――だがその冗談が波紋を大きくするのに時間がかからない程、世界は荒んできていた。


「世界を恨んだりはしない。多分、色々な不幸が重なっただけ」
「唯一の幸運は、歌う事で何もかもが本当になってしまうのではと人々が恐れた事」
「だから私は――塔の中」

「皆が私を恐れるのは悲しいけれど、私がここにいる事でいくらか安心する人もいる事は確か」



「…………本当に、そう思うか?」



   ◆   ◆   ◆


 宵の月を背に、佇む影が一つ。
 雲と夜露に隠れかけた朧げな月夜に、たった一つ。
 夜の町は、凍りついたように静かだった。見下ろして、ヴィオラデルは黙ったまま静かに抜刀する。
「お前は、何かしたのか?」
 小さく呟いても、答えてくる者はそこにはいない。
 その事は解っているが、それでも彼は続けた。月光を背中に浴びながら、うすぼんやりと立ちこめる白い靄の中に瞬く星々を見上げる。耳鳴りがする程の静寂の中で、空にあるのは風の音と自分の声のみ。
 遥かな上空は、風の向きが荒れている。特に動かなくとも、彼の漆黒のマントはあらゆる方向に流されてはためいていた。
 その吹き荒れる風の中に、吐息を漏らす。
「お前は捕えられた。お前は絶望した。究極の孤独を叩き付けられた。そしてお前は……何かしたのか?」
 絶望と、究極の孤独。
 その単語に、ヴィオラデルは眉をひそめた。手にした刀の柄を握りしめ、視線を前へ向ける。町の中心部に空いた何も無い空間の、その上を。
「塔に幽閉され、こんな偽りの庭を作って、そこに自分の思念体を徘徊させて……それで何が変わる?」
 刀を持っていない左手で、マントの下から一冊の本を出す。
 わらべ歌。
「王に知られる訳にはいかなかった。もしそうなれば、今度こそ断罪されてしまう。だからお前は、お前の力が及ぶ範囲に、幻の町を作り上げた」
 疑問を持つ者はごまんといる。実際、彼自身も魔女の話を追ってこの町に辿り着いた。
 本を軽く頭上に放る。宙に放り出された本は、口を開いたように固い表紙を広げ、ばらばらと中のページを風になびかせた。
 そして――眼前まで落ちてきたところで、ヴィオラデルは刀を横薙ぎに振るった。
 意外に呆気ない音をたて、本は二つに切れる。
「分の悪い賭けだな、ローレライ」
 繋ぎ止めるものが無くなった数十枚の紙片が、吹き荒れる風に引っ掻き回されて様々な方向へ飛び散ってゆく。
 切られ、もう本と呼ばれる事のないであろう紙の束は、風に煽られながらも真っすぐに地面へ落ちて行き、やがて固い地面に衝突して弾んだ。
 通常なら聞こえるはずのない音は、上空にいてもはっきり聞き取る事が出来た。
 景色が、歪む。
 一際強い風が、一度だけその場を駆け抜ける。
 その瞬間、町が変貌を始めた。近付いた為に晴れる蜃気楼のように、触れようとした為に消える陽炎のように、変化は早かった。まるで空間そのものが偽物だったとでも言いたいのかと思う程、大規模な変化。
 町という人間が作り上げた集合体は、たった一吹きの風で拭い去られる。
 かつて町であったその場所には、複雑に入り組んだ岩の迷路があった。人間一人が通れる石の通路が、折れ曲がり、幾重にも枝分かれしている。その道の途中に、数人の人影がある。目を凝らすと、いくつか見覚えのある者も寝ているようだった。
 これまで彼女の『庭』に入り込み、いつの間にか抜け出せなくなった外からの人々。
 その人々が町だと思い込んでいたものの中心に、天を睨みつけた一つの塔があった。
「……だからお前は、ずっと塔の中にいた」





 ローレライ、ローレライ。
 少女は歌う。
 誰を憎む事なく、何を恨む事なく。
 誰も憎みたくないから、何も恨みたくないから。
 少女は歌う。

 ……それしか出来る事が解らなかったから。




 塔の外壁に触れる。
 冷たい石の感触だけが伝わってくる。
 ヴィオラデルは伏せていた目を開けた。翼を緩く動かし、間合いを取った。距離にして一メートル弱。腕が届く範囲よりも少し後ろに。
『……忘れないで?ヴィオ』
 小さな声が、頭に響く。
『貴方は、もうほとんど力がない。だから』
「構わない」
 断言し、ヴィオラデルは刀を持ち直した。右手に持った刀の柄に左手を添え、脇へ抱え込むように、刃を水平にして構える。
 真紅の瞳が、真っすぐに切っ先と同じものを見据える。
 ただ一点。
「俺は悔やまない。それが、たった一つだけ俺に残った確かなものだ」
 たった一人の友と交わした、確かな誓い。
 それが曖昧な彼にある、確かなもの。
 地位も名声も、その存在意義すらも捨てた彼が持っている、たった一つ、唯一の確固たる何か。
「……その為なら、構わない」
 ただ一点に集中する。
 漆黒の翼と、漆黒のマント。風をはらんで舞い上がり乱れる黒いマントは、月光を背に受けてもう一対の大翼のような。
 ヴィオラデルは夜気を含んだ風を刀の刀身に絡めた。
「聞こえるか、魔女よ」
 切っ先の、その延長線。その一線に集中する。その線が突き当たるのは、塔の外壁。
「お前は、何かしたのか?」
 その瞬間、その一帯に立ちこめる大気が歪む。
 町の中でもあった頭痛。現実と幻の狭間で、どちらに転ぶか解らない状態……魔女の庭に入り込んで抜け出せなくなった者たちは、この混濁した魔女の意識の中に堕ちたのだろう。
 息が詰まり、胃の奥が引きつる。足下がすくわれるような感覚に目眩を覚えながらも、ヴィオラデルは決して切っ先を揺らしたりはしなかった。
 ここで止まるわけにはいかない。
「答えろ、魔女よ。お前は確かに、恐怖の波紋を広げた小石だ。静かだった恐怖と絶望、猜疑心を満たした泉を波立たせた一つの石だ」
 泉――
 ヴィオラデルは、自らが口にした単語に目を伏せた。
 世界の絶望を映した泉。それを見ていた自分。
「だが」
 何かしたのか?
 問い掛ける。今度は声に出さずに。誰とも解らない誰かに。
「石を放り投げたのは……誰だ?」
 泉に沈む羽根。滲んで広がってゆく血。
「泉を作ったのは……誰だ?」
 伸ばした指に触れるのは、泉の冷たさ。すくいあげても零れ落ちる、無形の水。
 幾度となく、届きもしない叫びを上げた。すぐに乾く涙を流した。土を掴み、石を引っ掻き爪を割った。
 半分程閉じていた瞼を開く。
 限界まで絞り込まれた線。目に見えぬそれを、半呼吸の時間で縫う。
 固い激突音の中で、何かが弾けるように四散した。不可視の風船が破裂したような、一瞬の裂帛。
「お前は俺に自分を見付けろと言った。しかしこうして拒んでいる。そして世界を望んでいながら自らを世界から断絶させている……お前は分裂している。その矛盾の結果がこれだ」
 刃は壁に突き立ったまま、ぎりぎりと音をたてて表面を削り続ける。
「答えよ、ローレライ。本来のお前は何を望んでいるのか!」
 別れた意思。分裂した力。その歪みのその先。
 手に込める力を強める。
 強固なはずの壁が、軋みを上げた。
 柄を握りしめる手に、血が滲む。以前と変わらない色の血が、丸い雫を作って落ちる。吐く息すらも凍るような上空から落ちた、その一滴がどうなったのかは解らない。途中で散ったか、凍って砕けたか、それともそのまま地面まで届いたか……闇に紛れて見えない為、その可能性の内のどれかだったのかどれでもないのかも判断出来ない。
 不意に、ヴィオラデルは左手を放した。爪が掌の肌を破り、血が滴っている。
 ヴィオラデルは、しばしその赤く染まった掌を見た後、赤い舌の先でその自身の血を舐めた。僅かに、口の端に筋のように赤が残る。
 そして再び、両手で刀を握る。一際力を込めると、壁に大きく亀裂が走った。
 更にもう一押し。ヴィオラデルは翼を振るわせた。かき乱された大気の中で、渦を作るように。そこで――刀が壁を完全に貫いた。
 幼子の腕が通るかという程小さな穴。
 だが、開いた。開ける事が出来た。
 吹き荒れていた風が、急速に収まる。ヴィオラデルは強靭なブーツのつま先を、穴付近の亀裂に叩き込んだ。今まで刀の衝撃にも耐えてきた壁が、今度は軽石のように脆く崩れさる。
 そこで、最後とばかりにまた一つ、強い風が吹き抜けた。
 おぼろだった月が、一瞬だけはっきりと顔を見せる。その時に、その壊れた壁の中が見えた。
 灰色の石が積み上げられて造られた、牢獄の塔。その中は、意外にも雑然としていた。
 壁という壁の石がどこかしらを削られ、その削り取られた一部はごろごろと床に散らばっていた。
 逃亡の為に砕かれたのではない。それは、その石の欠片たちが何かの法則性を持って並んでいる事で予想出来た。
 その欠片に鮮やかな色でも塗られていれば、それは積み木を彷彿させた事だろう。だが石は同じ灰色。所々に血痕のようなものが見えているのは――その石がどうやって削られたかが物語られている。
 灰色の石の群れは、皮肉にも墓地のように見える。
 その小さな墓標の群れの中心に、一人の若い女が彼を見上げていた。
 ふわりとした長い飴色の髪、同色の瞳。それは、クラプフェンという仮想世界の中を自由に走り回っていた少女と同じだったが、どこか印象が異なる。
 ヴィオラデルは、その違和感をすぐに理解した。それは彼にも身に覚えのあるものだった。何よりもそれは身近なものだったから、はっきりと確信出来る。
 女は、ぼんやりとした目で彼を見つめていた。月の薄い光の中で、黒い影のように浮かび上がる彼を、ただじっと眺めていた。
 一昔前のものだが、ごく普通の格好だった。幾度も、その華奢な手で石を砕いた結果なのだろうぼろぼろの両手には、鎖が付いた鉄枷がはめられ、それはいくらか余って壁のフックに繋がっている。たっぷりとしたスカートに隠れて見え難いが、どうやら足にも同様の事があるらしかった。
 彼女は数度まばたきをした後、口を何度も開閉した。声が出ないのだろう。喉が引きつったような声を出しては口を閉ざし、俯く。それを繰り返し繰り返し、やっと彼女は声の出し方を思い出したらしい。
 次に言うべき言葉に詰まる。口許に、鎖のジャラリとした音をたてながら手を添える。
 普通にして見れば、彼女の動作は異常と言える程緩慢なものだった。
 だが、ヴィオラデルは外から足を壁に掛けたまま、女を見下ろしていた。黙って、その琥珀のような瞳を見つめ返す。
 月がまた雲に隠れ、そしてまた現れる。それが二度。その後に、やっと彼女は言葉を選んだようだった。
「……貴方は、誰、なの?」
 ヴィオラデルは黙った。自分は『誰』か。
 月光を背に、翼を震わせる。
 変わらなかった訳では決してなく、完全に変わり果てたのでもない。曖昧な存在。
「俺は……」
 探索者。唯一にして真なる者。……転じてそれは、絶対的な孤独。
 本来ならば繋ぎ止めてくれるものすらない存在。
 だが、ここにいる。
 目の前の女と同じように。
「俺は、ヴィオラデル・ヴォルフ」
 名乗り、彼はそこから飛び降りた。
 女の眼前に降り立つ。彼女は驚きに目を丸くしていたが、それ以上の反応はなかった。
 あの少女のオリジナルと言うには不自然な程、淡白に思える。もしかしたら、あの少女の幻影に与えた分、欠けてしまったのではないだろうか。根拠など無いが、そう思ってしまう。
 ヴィオラデルは目を細めた。
 二十年も前に、この牢獄に閉じ込められた少女。諦めていたつもりでも、心のどこかでは助けを求め続けて歌い続けた、魔女。
 自分を救ってくれる者を求めるその一方、誰も寄せ付けまいとして近寄る外界からの人々を惑わせた―――哀れな、ただの少女。
 翼をたたみ、彼はその場にひざまずいた。
 更に驚き、身を少しばかり引くその手を取る。
 細い手は、農夫のものよりもすり切れてまめだらけで、爪はひび割れたまま放っておかれた所為か、ひしゃげて伸びていた。石を砕いた為に粗い砂にまみれ、土色に汚れている。不自然に割れ、下の皮膚が見えてしまっている指もあった。乾いた血の跡の上に、真新しい血が滲んでいる。
 傷に触れたのか、彼女は初めて顔をしかめた。ふと見ると、彼の手も血まみれだった。掌の皮が剥け、爪を立てた跡もある。
 ふっ、とヴィオラデルは微笑んだ。
「ローレライ。貴方をここから連れ出す」
 その言葉に、しばしの間魔女は黙ったままだったが、その後には顔色を変えた。首を横に振り、手を引こうとする。
 だがその手は、しっかりと掴まれていた。
 困惑の瞳をしっかりと見据える。
「俺は……救いたい」





<終わり、始動し>

 どこにも救いは無いのだろうか?
 もしそうならば、何故自分はここに居続けるのであろうか?
 別の場所を探しても構わないだろうに。


 どこかに救いは無いのだろうか?
 もしあるのならば、何故自分はそこに向かわないのだろうか?
 自らすべき事居るべき場所を探しても構わないだろうに。




   ◆   ◆   ◆




 歌声が響く。
 高く高く、遠く遠く。
 冷たい墓標のように折り重なっていた石の壁が、その声に吹かれて数秒が数百年分のように風化して消える。
 残るのは、ほんの小さな岩々と、そこに体をもたげて眠る人々。そして、半ば朽ちかけた灰色の塔。
 それら全てを見渡せる高台に、ローレライは立っていた。
 清廉とした、澄み切った歌声。詩の無い、音だけの歌。夜明け前の数時間だけ光る明けの明星のような物悲しさ、だがその儚さ故に確かにそこにあるという印象。
 白んでゆく空の下、吹き抜ける風に歌を交えて振り返る。
 高台を撫でゆく風は、ひやりと冷たい。だがその冷たさは、彼女には温かくさえ感じた。
 手を伸ばすと、鎖が擦れて音をたてる。だがそれはいつも見てきたものと比べると、格段に短かった。鋼鉄の鎖は、手首の枷から数十センチの位置で断ち切られている。
 ボロボロに傷付いた両手に、朝の冷えた風がしみる。
 歌い続けるその最中、彼女は塩辛いものが口の中に入ってきた事に顔をしかめた。
 彼女は、いつの間にか涙を流していた。
 寒さではない。
 痛みではない。
 悲しみではない。
 何故なのかは解らない。だが、彼女は確かに泣いていた。鼻の奥が熱を持って喉が引きつり、歌い続ける事が段々難しくなってくる。時折、声が掠れて音が音にならず、中途半端な空気の振動になってこぼれる。
 明るくなってゆく周囲の景色に、徐々に闇の色が滲んで溶け込んでゆく。
 その中に一点だけ、不変の闇が存在していた。適当な場所に腰を下ろし、片方の足を曲げ、片方の足を投げ出した男。
 風が吹く度、また彼女の歌が高らかに響く度に、その黒い髪と黒いマントが揺れる。石の迷宮が朽ちてゆく様を、その紅玉のような虹彩に映している男は、今更だが人外の者の空気を放っていた。
 彼女がしゃくり上げつつも歌って見つめていると、男は不意に顔を向けてきた。目が合うと、促す。言葉でなくとも、その目は十分に物語っていた。
 声を絞り出す。途端に風が強まり、彼女の飴色の髪と彼の漆黒のマントをもてあそぶ。
 歌詞なき歌。
 名もなき歌。
 曖昧で、不確か。
 それでも確かに存在する、歌。
 魔女と世界に恐れられた女は、その歌声だけで周囲を霊廟のような空気に変える。彼女が造り上げた町は、今はもう石の墓標でしかない。
 最後に声は高く上がり、青が色濃くなってゆく空に消え入った。
 しばしの間、呆然と空を見上げてから、ローレライは頬を拭った。が、逆に触れた手に痛みが走る。
 傷だらけの手は、自身の涙すら拭い取る事が出来ない。そう思うと、また喉の奥が引きつって何かがこみ上げてくる。
 だが彼女が嗚咽を漏らすよりも先に、男が静かに立ち上がった。
 真っすぐに塔を睨みつける彼の横顔に、彼女は息を止めて衝動をせき止めた。胸の辺りが痙攣するが、苦心して抑える。その甲斐あってか、それ以上の涙は出なかった。
「……私は、役目を、果たした、でしょうか?」
 抑え込んでも震えてしまう声に、彼女は密やかにに恥じた。
 答えは解っているのに、問い掛けてしまった。その事にうつむくと、男は別に何も気にした素振りも様子もなく、ただ黙ってマントの下で腕を組んだ。
「……いや」
 静かにきっぱりと断言すると、ヴィオラデルはマントを翻し、腰のベルトに帯刀した刀を優雅に抜き放った。
 彼女は、彼が何をするのか気になって見ていたが、それでも訳が分からずに目を丸くした。
 彼は抜刀した刀の先を地面に突き立て、その横に体を移動させたかと思うと、彼女の方に向いて地面に片膝を付いた。胸元に片手をあてがい、頭を下げる。
 塔の中で見せた仕草と同じだったが、二度も見ていてもその動作の真意は理解出来ない。
「貴方の仕事はこれからだ、ローレライ」
「私の……仕事?」
 表情も見えないまま言われた言葉の意味が理解出来ず、彼女は眉をひそめた。
 ただ、彼の意思がどんなものかは解る。何があっても歪む事も、壊れる事もないような、固い決意。
 その決意を宿した紅い瞳が、真っすぐに見上げてくる。
「貴方には、これから世界を見て頂く」
「せかい……」
 今度は、その言葉そのものが解らないようだった。
 その様子に、ヴィオラデルはマントの縁に口許を隠し、僅かに嘆息を漏らす。風に乗ってかき消された吐息に含まれたのは、何に対しての憤りだろうか。
「塔の外を、貴方は見なければならない。そして……見定めてほしい」
 また、風が吹き抜けた。
 乾いた地面から砂の粒子を吹き上げ、そして、彼の漆黒のマントを大きくはためかせる。
 彼の背後に広がる影のような輪郭に、彼女は目を丸くした。
 塔の中から、月光に照らされて見た彼の翼。それは恐ろしい獣の翼だった。たった今、彼の背中に現れたのは――全く異なる印象を受けた。
 それを表現する言葉を、ローレライは知らなかった。知らなかったが……直感的に、片手を伸ばす。傷だらけの指を、彼の髪に通す。
 その手の上に、彼は黙って自分の手を重ねた。
 高台の風にさらされていたからか、彼の手は冷たい。指の先にゆく程、ひんやりと温度を落としていた。
 だが――確かにそこにある。
 確かに彼女は、意識の断片からではなく、自分の触覚で彼の体温を感じていた。
 閉鎖された空間の、かびの臭いが混じった冷徹な空気でもなく、触れても何も返ってはこない、無機質な石の壁でもなく。
 これだけは曖昧でも何でもなく。
 また眦が震えてくるのを、彼女は抑えられなかった。
 膝を折って地に付け、もとからしゃがみ込んでいた彼に縋り付く。
 それを、ヴィオラデルは黙って見下ろしていた。
 今度は触れたりはせずに、ただ彼女が泣く様子を事細かに見つめる。
 かつて、彼の仕事だったように。
 かつて、ただ一つだけ許された事だったように。
 一瞬だけ瞼を伏せ、細く空気を吸い込む。空を見上げると、青さが一層増してきていた。月も明星も、もう見えない。
「ローレライ・ラッセル」
 顔を押し付けられた部分の服が濡れてくるのを感じながら、ヴィオラデルは彼女の名を呼んだ。おそらく、二十年以上もの間封印されていた名を。
 呼ばれ、彼女は顔を上げた。
 彼女が自分の名を覚えていたのは、奇跡とも言える。ここまで憔悴しながらも自我を保っていた事も、こうしてここに居る事が出来る事すらも。
 ――かつての主が、戯れに与えた魔女という存在のみが持つ、宿命とも言うべき悲しき力。
 その力を抜いて考えれば、これ程馬鹿げた事は無い。目の前で泣いているのは、ただの女だ。何事も無ければ、人並みの幸せというものを何の不自由も無く手に入れる事も出来たはずの、ただの女だ。
 数秒の躊躇。戸惑い。
 友に誓った言葉に偽りはない。決意に変わりはない。そのはずが、この涙を見ただけで初めて揺らいだ気がした。
「ローレライ、貴方のすべき事は……」
 ――今、ここで伝えるべきではないのかもしれない。
 自分は『探索者』。探し求め、見付ける存在。伝えるのは、また違った事だ。
 それに――
「…………貴方の仕事は……」
 長めのまばたきの後に、ヴィオラデルは告げた。
「貴方のすべき事を、貴方自身で見付ける事だ、ローレライ」
「……貴方は」
 彼の胸に手を軽く突き、彼女は間を空けた。
「貴方は、貴方のすべき事を見付けたの?」
 柔らかな一言に、ヴィオラデルは口をつぐんだ。
 すべき事は――解っている。全て、解っている。理解している。納得も、覚悟もずっと以前からしている。
 あの扉をくぐる時に、友から受け取った羽根を翼に刺す時に、既にしていた事。
 自分のすべき事。
 自分に課せられた、仕事。
「……俺も、全て見付けた訳ではない。常に探し求めている」
 ――『探索者(デモニオ)』。
 曖昧な確信の中で、探し求め彷徨う、曖昧な存在。
 ヴィオラデルは黙って、ローレライの手を取った。今度は敬った手付きではなく、ゆっくりと丁寧に、その傷を痛めたりしないように包む。
 ローレライは、首を傾げた。やはり、彼がそうする意味が解らない。しかしその事が、非常に悲しい事なのだと言う事は、何とはなしに感じる事は出来た。
 その飴色の瞳を陰らせる。
 今まで閉ざされた空間で、想像の中で世界を造り上げてきた。だが所詮は、自分の妄想でしかない。本物を知らない。だから、こんなにも煩わしい気分になるのだろう。
 それだけは、二十年という歳月の中で風化しかけた彼女の思考が、何とか見いだせたものだった。
「ヴィ、オ、ラデ、ル」
 どうにか覚える事が出来た、彼の名前。
 口にして、彼女はようやくその名前がひどく長ったらしい上に、言い難いものである事に気付いた。間違ったまま口にしてしまってはいないか、そんな心配すらしてしまう。
 気になってしまい、つい相手の顔を伺ってしまう。だが、見つめ返してくる紅の瞳は、ただ彼女を映しているだけだった。少々驚いたようなのは、どうやら彼女に名前を呼ばれた事にあるのだろう。
 ローレライは、おずおずと包まれた手を動かし、彼の手を握り返した。傷は痛んだが、その自分のものよりもずっと大きく、骨張った指に自分から触れる。やはり冷たかったが、どうしてか触れているというだけで安心した。
「私に、世界を……見せて、くれませんか?」
 声が震えてしまう。
 今まで休む事なく歌い続けてきた声が、たったそれだけの懇願を出す事に戸惑い、恐怖してしまう。知らずに、指に力が入り、顔を伏せていた。
 だが、ふっと何かの空気が変わる。
 再びローレライが見上げると、ヴィオラデルは……静かに微笑んでいた。
「貴方が、望むのならば」
 その言葉に、彼女は長い時間を掛け、やっと年相応かそれより下の笑顔を見せた。
2006/04/23(Sun)19:14:51 公開 / 火桜 ユウ
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■作者からのメッセージ
 長編ファンタジーを主流に書いている火桜 ユウです。
 読んでいただくと解るのですが剣と魔法の世界ではなく、ちょっと不思議な世界観の、ちょっと不思議な話です。
 謎解きではないのですが、物語のキーワードをちらちら出してゆき、最後に驚きがあるようなストーリーにしていきたいと思っています。5〜6話の連載になると思いますが、よろしくお願いします。

1/24
クライマックス間近になってきました。
解るとは思いますが、史実の魔女狩りと似ている部分がありますが、それはあくまで物語を構成する上で参考にしたものなので……ご注意を。

3/16
前の更新からひどく間が空いてしまいました。お待ちいただいていた方々にはご迷惑をおかけしました。どうもすみません。

3/27
Works第一話、これで完結です。
皆様のご期待・ご指摘に添えたかどうかは解りませんが、世界観、引いてきた伏線を後に繋げる事が出来るように仕上げたつもりです。

ヴィオラデル、ルナ、ローレライとも、これからも頑張っていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。

4/23
色々と先走った行動をしてしまいました。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
ご指摘に沿って、自分なりに修正を加えてみました。
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