- 『漆黒の語り部のおはなし・3 修正』 作者:夜天深月 / ショート*2 リアル・現代
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原稿用紙約18.05枚
無形の物。それは、当たり前で大切な物だということを皆様は知っていましたか?
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御機嫌よう。またお会いしましたね。皆様とまたお会いできて私は嬉しいですよ。ははは。前回と会った時と挨拶が全く同じでしたね。さすがに何回もこの挨拶でいくわけにはいきませんので、挨拶は毎回毎回変えていくことにしましょうか。その方がくどくないと思いますし。
え? すいません。失礼ですが、今さっき何かぼやいていた貴女。今、クリスマスと言いませんでしたか? …………。そうでしたか……。其方の世界ではクリスマスだったのですか。せっかくのデートの日を台無しにしてしまって申し訳ありませんね……。家族や恋人と過ごされる予定だった皆様も申し訳ありません。まあ、大事な日を潰してしまったのでそれ相応の世の中を聞かせないといけませんね。
……そうですね。あの世の中が適当でしょうね。……おや、失礼。独り言なんてしてしまいましたね。
さて、いきなり質問ですが皆様は今までどんな聖夜をお過ごしになられましたか? 恋人との温かく華やかな一時。家族との楽しく騒がしい一時。友との落ち着きある静かな一時。誰とも一緒に過ごさず一人寂しくいた一時。色々あるかと思われます。勿論、今私が言った以外にも沢山あるかと思います。
たとえばそこの貴男。今日はどのような予定でしたか? …………。なるほど、貴男は特別何もせずいつも通り過ごす予定だったのですね。次は……其処の貴女。今日はどのような予定でしたか? …………。ほー、貴女は受験を控えているから受験勉強をする予定だったのですか。受験頑張って下さい。今質問に答えて下さったお二方ありがとうごいます。さて、このお二方のようにクリスマスには必ず家族と過ごし晩餐を楽しむとは限らないのです。そう、クリスマスには様々な過ごし方があるのです。
それでは貴方達は無形の物をプレゼントされたことがありますか? もう、お解りですね?
それではおはなしの始まり、始まりぃ。
第三の世の中『彼は無形のクリスマスプレゼントを欲した』
頭は角刈り、人相は怖いがどこか優しそうな感じがし、黒い立派な顎髭が蓄えられていて、黄色人種独特の肌だ。歳は四十前後。『その顔』が彼の視界に間近で映し出された。勿論目を覚ました途端にこれはキツイ。さらに、一四という微妙なお年頃の彼には些か酷い。
「う、うわああああああぁぁあああぁ!!!!」
案の定彼は悲鳴に近い叫び声を揚げてしまう。
「え!? え!? な、何だあぁ!!?」
『その顔』は叫び声に驚いたか彼の視界間近から大分遠のいた。『その顔』が距離を離したことで『その顔』の体格がどのような男性か解った。ゴツくて筋肉質という感じだ。身長も一八〇p近くある。服装は黒のジャージとシンプルだった。服に興味が無いのだろう。
次に、彼は辺りを見回す。直ぐ横には財布等が入っているバッグが置いてあった。自分が居る一室には無駄な物は置かれておらず簡素で結構片づいていた。だが、その部屋は極端に狭く、窓からは電柱の先端が見えた。恐らくアパートで二階の一室なのだろう。
「大声出せないでくれ!! お隣さんに迷惑だろうが……えーと、己一 政(きいち つかさ)クン。俺は鈍志 幸路(にびし こうじ)だ。ちなみに、座右の銘は猪突猛進だ」
「な、なんで僕の名前知っているん……ですか?」
彼―――政―――は『その顔』―――幸路―――の座右の銘など無視し、大声を出しそうになるが忠告を思いだし途中で声のボリュームを下げる。器用なものだ。感心する。
「いや、財布の中にあった学生証を少し見させてもらっただけだ。金は盗ってないからな」
幸路は窃盗の容疑を否定する。幸路は眉を寄せて不服そうになるが―――きっと座右の銘を無視されたのもあるのだろう―――こんな御時世、赤どころか真紅の他人が財布を覗いたと言うのだから疑わないほうが可笑しい。
「……随分と片づいてるんですね。奥さんはきれい好きなんですか?」
「いや、無駄な物は置かない主義なだけだ。それと、独身だ。……チッ。クリスマスだからって、どいつもこいつもイチャつきやがって……」
その場の雰囲気を和らげる為の政の質問はどうやらタブーだったようだ。しかし、そんな質問のお陰で幸路に親近感が持てたので政は次の質問へとすんなりと移ることが出来た。
「それじゃぁ、なんで僕は此処にいるんですか? ヘンな質問ですけど鈍志さんが此処に僕を連れてきたと思いますし……。だいたいなんで僕は眠ってたんですか?」
傍から見れば馬鹿同然の質問なのでさすがに政は顔を真っ赤にした。まるで、トマトだ。
幸路はその質問に呆れたように溜息を一つ吐く。
「お前なんにも覚えてないのか?」
政は幸路が言った言葉を聞き次第記憶の糸を辿る。辿って辿って漸く『記憶』が見つかった。憂鬱。驚き。喜び。自由。楽しむ。疑念。驚愕。絶望。『記憶』にはそれらが詰まっていた。混沌としていて禍々しかった。そして、なによりも純粋に黒かった。それを、見つけた途端政の心も身体も小刻みに揺れていった。ブルブル、ブルブルブルブルと。
「おい、お前滅茶苦茶身体が震えてるぞ? どうした?」
政の震えが最高潮に達したとき幸路も漸く政の異変に気付く。
政は幸路に呼びかけられても幸路が存在していないかのように反応一つしない。ただ震えるだけ。さらには、顔が蒼白になり額からは冷や汗が滝のように流れ出ている。
「ぁあ、う、ぅ、うわあああぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」
何に対しての叫びだったかは解らないが、この世の物とは思えない絶叫を叫んだのは政だった。その叫びと共に政はその一室から抜け出し外へと飛び出した。冬の気候が寒くて仕様がなかったが脳内でフラッシュバックされる映像はそれさえも掻き消してしまった。外へと飛び出したとき政の聴覚には確かに幸路の声が聞こえたが―――きっと呼び止める声だったのだろう―――その声は政の脳には届いていなかった。
政はアパートの階段を落ちるように駈け降りて闇雲に走っていった。何にぶつかろうとも何かに呼び止められようとも、走るという行動しか為さない脚は止まることは無かった。そして、段々と視界が狭まっていき最後には無くなった。
ポツンとまるで取り残されてしまったような幸路は思わず舌打ちをした。そして、糞餓鬼がと悪態をつきながらかなり古そうな携帯電話を取りだしある所へと電話をかけた。
「もしもし!? 直ぐに刑事課に己一 裕造(きいち ゆうぞう)の息子が逃げたって伝えろ!!」
僕は朝起きたとき憂鬱だった。なぜなら今日はクリスマスだというのに何もプレゼントがないから―――そう思っていた。外務大臣の父さんにその秘書である母さんはいつも忙しいのだが、教育方針だけは甘やかさないと決めていて誕生日だろうとクリスマスだろうとプレゼントなんて一度も貰ったことがない。さらには、父さんも母さんも僕に跡を継がせようとしているので勉強に追われる毎日だった。
僕は父さんと母さんのいない朝食の席にいつも通り着いた。なにも変わってくれない……。―――が、今日は変わってくれた!! 家政婦さんが父さんと母さんから手紙を預かっていた。
今日は勉強もしなくて良いぞ。 今日は貴男の好きにしなさい。
前者は父さんの力強い字で、後者は母さんの柔らかい字でそう書かれていた。その時は正直驚いた。同時に僕は素直に喜んだ。これまで一度でも自由なんていう物を手にしたことがないからだ。いつも頑丈な鎖で僕は蜘蛛の糸に囚われた虫けらのように縛られていたのだ。だけど、今日は違う! 『自由』というクリスマスプレゼントを貰ったのだから。
僕は、家から出た途端まるで子供のように走り出した。今まで手にすることが出来なかった自由が今は手にすることが出来ている。今まで味わう事ができなかった自由。それはとても新鮮だった。いつもの町並みが色鮮やかに見えた。僕は目一杯自由を楽しんだ。楽しんで楽しんで楽しんで楽しんで、そして―――信じられない物を見つけてしまった。
ファーストフード店で昼食を済まし次は何処に行こうか考えていたときだった。偶然―――いや、運命という大きすぎる言葉の方が適切なのかもしれない―――電器店のショウウィンドウにあるテレビに目が止まった。通りかかった時に父さんと母さんの名前が出たからだ。なんだろう? 好奇心に近い疑念を持った僕はショウウィンドウにあるテレビを見た。驚愕するまで大して時間はかからなかった。
『えー、今日昼の正午十二時辺りに己一外務大臣、その秘書官己一 由梨(きいち ゆり)、垰宮(たおみや)総理大臣を警察が収賄の容疑で逮捕しました。己一外務大臣は垰宮総理大臣と裏金取り引きをしていた模様で、現在警察は己一外務大臣、秘書官の己一 由梨、垰宮総理大臣を取り調べています。動機については今なお不明で―――』
驚愕。それが僕を襲い、次には絶望が僕は襲った。そして、脳内には一言だけが浮かんだ。嘘だろ? その一言には二つの感情がこもっていた。一つは、喪失感。僕は父さんと母さんの教育方針に不満に思ったことはあるが、父さんと母さんに不満を持ったことはなかった。寧ろ尊敬していた。そんな、父さんと母さんがいなくなると思うと心の真ん中がポッカリと穴を空けてしまった。
もう一つは胸の奥に満ちた絶望。全てを遮断してしまう禍々しい黒。これらが、その一言にこもっていた。たったこの二つの感情が揃うだけで僕の視界に広がる景色が本当に消え失せた。ドラマみたいに本当に目の前の景色が黒一色になった。
気付いたら建物の屋上にいた。高さからしてきっと何処かの会社だったのだろう。建物の屋上にいたことにはそうたいして驚かなかった。むしろ当然だと思った。此処に求めている物がある。一歩、一歩、また一歩と進んで僕はその建物から飛び降りる―――はずだった。飛び降りる一歩手前で『誰か』に首筋に手刀を決められていた。『誰か』が怒鳴っていた言葉は薄れる意識の中何故かしっかりと認識出来た。確か、こう言っていた。
『警察庁で自殺しようとすんじぇねぇよ! この、馬鹿!!』
政の視界がいきなり回復した。見渡せば其処は今を含めると今日二度来た場所―――警察庁。まあ、『誰か』が言ったことが正しいのかどうか解らないのだが。しかし、政にとっては此処が何処だろうと構わなかった。死ねる場所。その条件があれば何処でも良かった。
政は、ふと自分が鏡の前に立った時の記憶を頼りに自分の容姿は思い出す。
少し長めの茶色がかかっている黒髪の明るい感じがするショートヘアー。眼は黒くて温和さが漂っている。身長は大きからず小さからずの一六七。これが、己一 政の容姿だ―――今までの。今では政の容姿はやつれ果てていた。精神を圧迫された結果だ。
だが、その精神の圧迫からも逃れられる。政は一歩踏み出す。それが合図だったかのようだ。背後でバダァン!! という派手な音が静けさを破った。
「政あぁ!!」
その怒鳴り声の主は政に手刀を決めた『誰か』―――そう、鈍志 幸路だ。
政は人形のように首だけを回して背後を確認する。だが、背後にいるのは幸路だと解ると興味を無くしたように前方へ顔を向ける。そして、一歩踏み出す。あと、一〇歩歩けば政はこの屋上から飛び降りる事ができるだろう。言い換えればあと一〇歩で死ぬ。
「何しに来たんですか?」
冷たい氷。誰もがそれを想像してしまう冷い声だった。
「……死にたけりゃ死ね。いや、お前が死にたいって思ってるなら死ぬべきだ」
幸路は冷たすぎる政の声に本気で恐怖を抱いたが、なんとか言葉を喉から締め出した。
政はその言葉が胸に深く突き刺さっていくのが感じ取れた。幸路自身は気付いていないが、その言葉は冷徹な悪魔のような突き放す言葉だった。この人なら助けてくれるかも、という政の考えが甘い僅かで儚すぎる光は完全に消えた。政は平静を装いなんとか訊ねる。
「どういう意味か全く解りませんが……?」
「言葉のままだ。苦しかったら楽になる。別に悪いことじゃねぇよ。……まあ、俺の意見であって世間はどう言うか解らないがな」
そうですかと一言呟き政は幸路に失望し、一気に六歩進んだ。あと三歩で政は死ぬ。
「だが、お前の両親にお前のこと頼まれたんだ。死なす訳にはいかねぇよ」
「……僕の父さんと母さんを知ってるんですか?」
「ああ、俺がその二人を取り調べた。人相はこんなのだが列記とした警察だ」
幸路は見てみろと言わんばかりに警察手帳を取り出す。紛れもない本物だ。
だが、政は興味も持たずに振り向かず依然として前方に顔を向けている。そして、ゆっくりと二歩進んだ。幸路に賭けた儚い望みが潰えたからか、もう幸路に興味はないのだろう。屋上を囲む柵を乗り越えて飛び降りれば政は死ぬ。あと一歩で政は死ぬ。
「二人から二つ頼み事された。一つ目は、自分達は罰を受ますから政が自殺なんていうことをしようとしたら止めて下さい、っていう頼み。もう一つ頼みは―――」
政は屋上を囲んでいる柵に手を掛ける。もう言い訳じみた言葉なんて聞きたくなかった。自分のことを考えもせず勝手に罪を犯した両親の言い訳にはうんざりだ。結局、あの人たちは自分のことではなく世間体を気にしていただけだった。だから、あんな教育方針だったのだ。
「―――伝言だ」
幸路の一言で政の動きが止まる。幸路は、政の動きが止まったのを見て言葉を続けた。
「伝言の内容は……『絶対に生きろ』。これだけだ」
『絶対に生きろ』。この一言を聞いた時、政は崩れ落ちた。そうだったんだ。そう確信したときには目からは涙が流れ出ていた。その涙は丸い水晶のようでとても美しかった。そして、消えていった光は政の心に再び差し込んでいき心の中を光で満ちさせた。
(僕が求めたのは楽になれる『死』じゃなかった。ましてや『自由』でもなかった。僕に『生』を与えてくれる人。僕は、一人で悲しみに闘える程強くなかった……。そして、父さんと母さんからの愛情の証であるたった一つの温かい『言葉』。こんな小さなクリスマスプレゼントを僕は欲していたんだ……)
政は、裕造と由梨に愛情を注いでもらっていたかという真偽を求めていたのだ。それだけの為に自殺をしようとしたのだった。
「お前にここまで愛情を注いでる人が罪を犯すはずねぇよ。心配すんな、直ぐに無罪が証明されるだろうさ。俺が保証する。まあ、まずは家に帰るぞ。な?」
いつの間にか政の傍にいた幸路の言葉に、政はゆっくりと頷いた。
皆さん、どうでしたか? 今回の世の中は。彼のようなクリスマスプレゼントは私的にとても素敵な物だと思いますよ。どんなプレゼントではなく、そのプレゼントにどれだけの気持ちが込められているか。それが私は大事だと思います。
例えば彼が貰ったクリスマスプレゼントは無形です。ですが、そのプレゼントは何よりも重く、何よりも輝きがあり、何よりも―――おっと、これじゃあまるでイタチごっこですね。簡潔にまとめるとしましょうか。とにかく、彼が貰ったクリスマスプレゼントは彼にとっては世界一の宝物。他の人にとっては価値のない物。こんなところでしょう。
そういえば其方の貴女。そう、貴女ですよ。この前私に何故私があなた方を此処に来させたか、と質問をなさいましたよね? おっと、喜ぶのが早すぎですよ。生憎とまだその質問には答えられません。おやおや、そんなに残念そうな顔をしないで下さいよ。気長に待てばいいのですから。
さて、そろそろお別れの時間ですね。また、皆様と会える時間を楽しみにしてますよ。
それでは、さようなら。また会いましょう。
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2005/12/29(Thu)18:53:10 公開 / 夜天深月
■この作品の著作権は夜天深月さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
こんにちは、夜天 深月という者です。
今回の作品は読まれたとおりクリスマスの話です。
一応、不自然にならないぐらいに登場人物の容姿を書いてみました。
こうすれば人物像が見えてくるだろうと思ったからです。
もし、この判断が間違いならば一言言って頂けると幸いです。
感想、批判、アドバイスは随時お待ちしています。
それではこれで失礼します。
十二月二十九日
こんばんは、夜天 深月です。
皆様のご意見アドバイスを基に自分なりに修正をしてみました。
皆様にとって二度も感想を書くのは面倒だと思いますので感想は結構です。
ですが、万が一面倒だと思わず感想を書いてくれた人がいたら狂喜乱舞です!!
物語は、修正により少し内容が変わりました。
それではこれで失礼します。