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『ノーヒットノーラン』 作者:新先何 / ショート*2 リアル・現代
全角1532.5文字
容量3065 bytes
原稿用紙約4.15枚
スランプ中のスラッガーの話。

 みんなは僕のことをよくスラッガーとか言うけど、やめてくれないか。迷惑なんだよ。
 みんなが僕に期待するほど僕の手は震えて、僕の足は崩れそうになるんだ。

 そんなことを言えるわけもなく、今日もみんなの期待を背負いながら打席に立つ臆病者の僕。
 ピッチャーがボールを投げる姿が見えた。頭より先に体が動き、気づけばバットを振っている。バットにボールが当たる感覚を確かめようとする前に、後ろから審判がストライクと叫ぶ。七回裏でいまだ僕はノーヒットノーラン。
 同じ事を二回繰り返してからベンチに戻る。みんながドンマイだとか、今のは絶対ボールだったぜ審判がおかしいんだとか、大丈夫だってピッチャーが下手だから打ちにくいんだよなとか言ってくる。みんなノーヒットノーランのスラッガーをさぞ調子が悪いんだろうと思いながら声をかけるけど僕はそれを聞く度に首が絞まる。次は頼むぜスラッガー。だから、スラッガーって誰だよ?
 みんなが僕をスラッガーって呼ぶようになったのもそれなりに理由がある。理由もなく呼んでいたらただのいじめだ。僕は確かに野球が上手い。自分で言うと恥ずかしいが事実だからしょうがない。友達に誘われて始めた野球にどんどんのめり込み、小さい頃から寝る時間や勉強する時間よりもバットを振っている時間の方が長かった。
 草野球を始めてから通算十一万六千五百七十三本目のスイングはとてもいい音を出して相手ピッチャーが投げたボールを三塁席に放り込んだのが初めてのホームランだった。それから成績はうなぎ登りに上がり、高校生になった頃にはスラッガーと呼ばれるようになっていた。けどみんなわかっちゃいないんだ、スラッガーでも怯えることを。
 交代! 叫ぶキャプテンの声で現実に戻された。グローブを持ち、急いで外野に駆けていく。これが終わっても打順は容赦なく回ってくる。僕を照らすスポットライトが憎くてたまらなかった。みんな僕の訴えに気づいてくれない。たぶん僕がヒットを打たない限り認めてくれないんだろう。こんなスラッガー聞いたこと無い。そんなことを考えながら、打席から伸びたボールをしっかりとキャッチして一塁手に向かって投げた。攻撃で協力できないのだから守備で頑張ろう。結局それは交代する時間を早めるだけだ。何をすれば良いんだよ。打席からいい音が聞こえてきたが結局それはキャッチャーフライに終わった。その後ピッチャーが三振をとり、僕はまたベンチに戻った。
 八回裏になり点数は一対四で押され気味、てか勝ち目無し。みんなも監督も僕の一振りに期待しているのが見え見えだった。みんな、いつになったら気づくんだよ。けど僕は、次こそ場外を出すよなんて大口を叩きながら胸を叩いた。本当に打てるのかな? 打たなきゃ駄目なんだ。僕はスラッガーだから。
 ベンチの端っこに座りながら帽子を深くかぶり、外界をシャットアウトした。きっと僕は不運なだけなんだ。普通に生きていれば誰だってライトを浴びる日が来る。そんな時はみんなが臆病で腰の抜けたスラッガーになるんだ。きっと僕はスラッガーになる時間がみんなより早く来ただけで、みんなと同じ人間だ。

 気づけば九回裏、僕の番だ。一塁、二塁、三塁と仲間が腰をかがめていた。表示板を見るとアウトを示すランプが二つ点いている。ここで僕が三振したりしたら悲しむ人が大勢いる。最大のプレッシャーだ。打席に行こうとするとキャプテンが絶対打てよと言う。無理ですって。心の中で呟く。みんなはまだスラッガーになることがよくわからないんだ。だから僕はそれを知って欲しくて、任せろって胸を叩く。

 けどやっぱり心の中でアウトになったらごめんなさい、って呟く臆病者のスラッガーが打席に立った。
2005/12/22(Thu)20:22:14 公開 / 新先何
■この作品の著作権は新先何さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
バンプのノーヒットノーランを聞きながら書きました。ハッピーエンドまで持ってきたかったけど、あえてここで終わらせてみました。ただショートショートとしたらオチが弱いかもしれないですね。
曲の方はすごく良いので聞いてみてください。
ご指摘、ご感想を頂けたら嬉しいです。
以上、新先でした。
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