- 『クリスマスに喝采を』 作者:渡来人 / アクション 異世界
-
全角6226文字
容量12452 bytes
原稿用紙約19.8枚
ひねくれ屋オルファとクールなアクナ。この二人が織り成すクリスマスの物語とは?!
-
――走る。
走る、走る、走る、走る。
時間は深夜。月の光は申し訳程度。
そんな漆黒の中、俺は走っている。
かつかつ、と響き渡る靴の音が静謐に包まれた街に更なる静寂を与え、それと同時に不気味な反響音を上げて俺の鼓膜に襲い掛かる。
周りには高層ビル群が在る、何処にでも在るような都心の風景。街はクリスマスイルミネーションに纏わり始めている、が、それは今は光を纏って街を照らすということは無い。昼間とは違う、活気の無くなっている漆黒の中をただひたすらに走る。目的の場所に着くまでの我慢だ。
風のようにビルの合間を抜けて、俺は走る。街道を果てしなく忙しなく。
「くそがぁ……」
呟く。
白い吐息がたった今走っていた空間へと流れて消えていく。
街灯の灯りが俺の姿を軽く照らし出す。
それは俺の着ている服装を露わにしてくれる。
……とはいってもダッフルコートで体全体を隠し、顔はフードで隠しているわけなのだが。いや、これぐらいしないと此処の土地は寒いのだ。
その時、俺の眼の前に大量の光が現れた。
暗闇に慣れていたため、その光に目を晦ましながら、立ち止まる。
「早く乗れっ」
「解ってる!」
聞き覚えの在る声。
光に慣れてくると、それは車らしいことが解る。
運転席の窓から乗り出して、俺を呼んでいる人物が一人。俺はそれに従って、適当な応対をしながら助手席へと回り込み、ドアを乱雑に開け放ち中へと飛び込む。
俺がドアを閉めるか閉めないかの寸前に運転手は加速を始めていた。実に乱暴な運転手だ。
程無くして、後ろからは光の束が追ってきて、俺の乗っている車を照らし出した。
車の外装を眼を細めながら見る。どうやら追ってきている車はこの街の治安と秩序を護るために結成された組織……ようは警察の車だということが解った。
「待てェェェ! 大人しく抵抗せずに止まれっ」
車の窓から体を乗り出して大声で叫ぶ人影。残念ながら逆光が強すぎてその姿は本当に人影としかとる事が出来ない。しかし、声は聞き覚えの在る人物だった。
「止まれといわれて止まる奴は滅多にいねぇっての」
「正にその通りだな」
運転手と軽口を叩きあいながら、俺は助手席に在るスイッチを押して、サンルーフを開ける。其処から身を乗り出して後ろの車達と向かい合う。
んじゃま、手っ取り早く消えてもらうか。
ダッフルコートを探って、ポケットからあるものを出す。手榴弾にも似たそれの安全ピンを抜いて、後ろ目掛けて投げ飛ばす。
かん、と乾いた響きを鳴らして、次の瞬間それは煙幕を噴出。けたたましいブレーキ音が続いて重奏を鳴らし、夜の街を賑やかに。あっ、ぐしゃとかいった。警察達の命運を祈っておく。死んだ後かもしれないけれど。化けて出るのは勘弁してくれよ!
「へーい、俺特製煙幕グレネードのお味はどうだいってなー」
「逃げるぞ」
軽口を叩く俺に、憎まれ口を叩く運転手。
そんな二人を乗せて、車は街の外へと飛び出していった。
一話「黒の少女に祝福を」
「で、今回の利益は?」
俺は右手に持ったものを掲げながら、部屋にいるもう一人に訊く。
暖炉が紅蓮の焔を上げて、ぱちぱちと爆ぜている。俺は部屋の右方向に在るソファに腰をかけて、目の前に在るテーブルに珈琲を置いていた。
マイホーム……というのは違うか。借家……うん、これが一番合うな。其処に俺達は今は住んでいる。なにせ、職業柄各地を転々としなければいけないからだ。実に面倒くさい。
考えていると、台所の方からカップを持って、人が現れた。カップからは湯気が立っている。熱いらしい、どうでもいいが。
「イマイチだな。あいつに売っても百万が限度かもしれん」
俺は珈琲を一口飲む。
と、同時に疑問符が頭に浮かんだ。
……ちょとまて。
「なんだ」
「なんでそんなモンをターゲットにしたんだよ」
「すまんな、情報が足らなかった。非を詫びるよ」
コイツは悪びれた風も無く言い放つ。
俺のやった意味がなくなるだろうが! 一分一秒一刹那も無駄には出来ない俺の時間をことごとくに削り取ってくれやがって! 金鑢(かなやすり)で指先からじわじわと削り殺すぞ! ……オーケー焦るな俺。たまにはコイツの戯言にも付き合ってやらなきゃいけないだろう。今回は許してやらんが今度やったら絶対に許さん! どっちにしろ許さないってこった、はっはっは。
暖炉の火がごう、と音を立てて燃え盛った。
はぁ、と嘆息をして右手のものに意識を戻した。暖炉の焔の如くに紅き紅蓮の宝石。電灯の灯りを受けて煌びやかにその紅色を惜しげもなく俺や壁に降り注ぐ。≪灼熱≫と呼ばれる大きな丸いルビーは今回の仕事で手に入れたものだ。ったく、割に合わん。あんなに厳重なトラップを十重二十重とすり抜けてきたのに……!
高く放り投げて、音を立ててキャッチする。それを数回繰り返して俺は珈琲を飲みなおすことに。
苦味が俺の口内を満たし、それと同時に二杯入れた砂糖の甘みがマッチする。喉元を嚥下する黒色の液体はまさに珈琲だ。当たり前だ畜生。
大いなる森羅万象の神々よ。今此処の俺の眼の前にいる人物に永劫の不幸と永遠の死を与え賜へ。
大分支離滅裂になってきた俺の思考に更なる混乱を与えないためにも、コイツを消し去らねば。
「あー、街はクリスマスに染まってきてんのによー。女でも引っ掛けなきゃやってらんね」
「おいおい、十八歳が何を言う。後数百年は精進が足らんと見た」
「黙れ同年代」
「煩い未成年」
お前もだろうが。
俺は思い切りソファに凭れ掛かって伸びをする。豪快な音が鳴って関節が外れたかと思うような痛みが奔って今度は一気に起き上がる。痛い。片方で笑っている野郎がいたので、右手のものを思い切り投げようとして、止めた。百万でもやはり貰っておくべきだろう。
ちっ、と舌打ちをして立ち上がり、窓の外の風景に思いを馳せる。外には雪が降っていた。此処、北の大地ではそう珍しいことではない。今年もホワイトクリスマスとなることだろう。
呼び出し鈴が鳴る。どうやら頼んでいたピザが届いたらしいので、財布を持って玄関へと脚を運んだ。
「お待ちどうさまです。ピザナットからのプレゼントをお持ちしましたー」
其処には赤服に身を包み、白い付け髭をした青年が立っていた。手にはでかでかと『ピザナット』と描かれている箱が二個持たれている。適当に応対しながらそれを受取り、金を渡して青年に帰ってもらうことに。有難う御座いましたー、と社交辞令を述べる元気一杯の青年はクリスマスが楽しくてたまらないのだろうか。羨ましいな、此方は仕事が詰まっているというのによっ!
そう思って、箱を開けてピザを食す。
「で、次は何時になるのかな、アクナ」
「クリスマスだ、オルファ。暇な時間、精々街に呑まれて来い」
テーブルを挟んで、眼の前の人物、アクナ・リーヴァ・クルーシオという長ったらしい名前の野郎が俺の相棒ということになっているらしい。銀髪をかなり短く乱雑に切っていて、同じく銀色の双眸が煌く。服装は赤の長袖に薄い緑の上着。そして黒のズボン。季節に便乗しているのかもしれない。
口が悪い上に性格も駄目だという駄目人間だ。実は人間ではなくて何処か遠くの異星からやってきた野郎なのかもしれない。いや、きっとそうだ! 我が惑星を侵略するつもりなら俺が相手になってやるぜ、主に裁判で!
ってこら、テメェ食べる速度が速すぎる、俺の分も残せよ。
「心配するな、もう一つ在る」
そういうことじゃねぇ!
俺は怒って、身を乗り出した。
アクナはそれを手で止めて、「大丈夫だ、半分は残す」と一言。
……くそっ、前言撤回で、性格はそこそこ、ということにしておいてやろう。だが、お前の口は悪いったら悪い!
焼けたチーズが軽快な音を立てて俺の口の中へと入っていく。美味い、やはりこの季節はピザを食べないと駄目だ。俺の体の構造からして。
俺は再度、右手の宝石に眼を落とす。
アクナの名前を呼んで、俺は宝石を放り投げた。
「危ないな、何をする」
「いつも通り、換金してきてくれ。山分けだぞ」
「喰ってからな」
そうして、アクナはピザを食べることに専念し始めた。
こんな奴だが、言われたことはちゃんとやるし、気遣いも中々に在る。
結構良い相棒を持ったじゃねぇかよ、俺。
こんな事は絶対にアクナに言う事は出来ない。言ったら絶対に笑われるだろう事が簡単に予測されるからだ。
前後矛盾が見られるが仕様だ。気にするな。
俺は手近に在るダッフルコートを取り寄せる。
腹は膨れた。散歩して落ち着けてくるか。
「アクナ、俺は散歩してくるから、換金頼んだ」
返事は無い。どうやらピザを食べるのに執着しているらしい。
そんな相棒を放って置いて、俺は夜の街へと出る。
ビルとビルが並ぶオフィス街。高くそびえ立つそれらは無機質で、何の暖かさも与えてくれない。しかし、大通りを歩く人々からは、暖かさを感じる。
それでも、はぁ、と息を吐けば忽ちに白く濁るほどの寒さがこの街には満ちている。実に寒い。在り得ない。南国を見習えと言いたくなってきた、ってか言ってやる!
そんな事を思いながら、街を歩く。クリスマスイルミネーションが色とりどりに光り輝き、道行く人々はカップル多し。店の勧誘には赤服のサンタが舞い踊り、其処彼処で唄うストリートライブに人々が集まって活気をより大きくしてくれている。
そんな中を一人で歩く。寂しい。そんな考えを吹き飛ばすために、近くに在った店で肉まんと餡まんとピザまんを買って、食しながら歩く。この熱さもまたご馳走のうちだ。
路上の人々の唄を聴きながら目的も無しにぶらぶらする。久々にこんな空気を味わってみるというのも悪くは無い。自分の考えに微笑って俺は夜の街を往く。
途中でぶつかってきたアベック野郎どもが、憎々しげに俺の方向を向いてブツクサ言いやがったので俺もなんとなく、心の内で幻想のナイフを突き刺してやった。永久の不幸あれ。
今夜の月は綺麗だ。周りの雲が丁度良いくらいに月を隠していて、儚くて幻想的。こんな夜は是非、可愛い女の子と二人で歩いてみたかったものだ。……それも叶わぬ夢、かな……。
はっ、なに感傷的になってんだよ、俺……。
とん、と軽く脚踏みをして、残っている肉まんを食べようと口へ運ぼうとした時に。
男に囲まれている少女の姿が眼に映る。
……何やってんだ?
その少女は胸に箱を持っていて、薄そうな青色の服に、焦げ茶色のスカートを穿いていた。漆黒の双眸には力が入っていなく、肩口まで掛かるその黒髪は艶が無い。同じ黒髪の俺としては、あーいう奴を放っておけないのだ。
少女のいる方へと方向を変えて、早歩きで近づく。つまり、男の集団へと突っ込んでいく。三人程度なので問題は無い。……あ、蹴りやがった。それはちぃとばかし、やりすぎだぜ。
怒りを抑えながら、一人の肩を叩く。
気付いて、振り向くと同時に鉄拳制裁、もとい右手で思い切り殴る。
倒れ伏した男をよそに、「なっ」と叫びだした男どもへと向かいよる。男どもが同時に俺へと拳を向ける。が、それが出される前に同じ直線状に拳を突き出して、ぶつける。
大袈裟に痛がって、滅茶苦茶演技くさいと思えたのは何故だろうか。
「……とっとと消え失せろよ。それ以上無様な格好晒してぇのか」
一歩、男が後ずさる。
次の瞬間、一斉に逃げ出しやがった。さっき倒れ伏した男までもが、だ。
元気在るなら他のところで使えと言いたい。間違った方向へ使うな。
そして、俺は少女の方へと向く。
「……生きてるか?」
さっき蹴られたところに痣が浮いてきているのが少しムカついた。先程の奴らにはあんなモンで済ませたのは間違いだったのかもしれない。二度とやらないように躾けねば。
少女は応える。
「はい、生きてます」
「なんでこんな所に居んの?」
俺が少女に問い掛ける。
すると、少女は口を開けて……ぐきゅる、と奇声を発した。え、なに今の。
そして、力なく少女が崩れ落ちた。っと、危ねぇ。間一髪で手を伸ばし、支える。
……なんなんだ、一体……。
情けない音はだんだんと大きくなっていくようで、音源は腹の底からだった。
腹減ってんのか。
……しょうがない。
名残惜しげに口に入れかけていた肉まんを、無理矢理少女の口へと押し込む。
案の定、「んむむむむ〜」と少女はむせ込んだ。いやいや、俺の所為じゃないって。可愛いとかも思ってませんよええ。
そして、待つこと数十秒。
「……腹は膨れたか?」
「……んむっ、はい、有難う御座います。……ええと……」
「オルファだ。オルファ・イレイス。気軽にオルファ様と呼んでくれ」
少女が少したじろいだ。
なんだ、もしかしたら気に入らなかったか? それじゃあ、物凄い素晴らしい美貌を持ったオルファ様、または、神々しい光を放つオルファ様でも良いぞ? いやいや、もっと気軽に大皇帝オルファ様と呼んでくれても……。
「オルファお兄さん、有難う御座います」
……人の話を聞いたほうが良いぜ?
俺の眉がつり上がった気がした。いや、きっとつり上がった。
この際保留だ。
「で、何故にこんな所に」
一拍の間。
そして少女は俯き加減に呟くように言う。
「……お金を集めるためです。せめて、クリスマスぐらいは皆と一緒に騒ぎたいから……」
少女の悲しげな言葉に、俺は息が詰まる。
しばし他の方向を向いて、少女を見る。
脚ががくがく、と震えていて実に寒そうだ。
ああ、やっぱ薄手の格好なんだな……ったく、色んな意味で世話が掛かる少女だ。会って十分も経っていないというのに、世話を焼きたくなるような奴だということが解ってしまった。
俺はダッフルコートを脱ぐ。
風が切るように俺を襲い、かなり寒くなったけれど、これぐらいは我慢せねばなるまい。はぁ、と白い吐息が空気と雑じり合う。同時に体が震えた。
手に持ったコートを、少女へと被せてやる。少女は、「いいんですか」と言ってきたが、俺はその言葉には耳を傾けずにそっぽを向いた。
そして、少女の方を向く。泣いてた。……おいおい、泣くなよ……。
「……有難う……ござい……」
「あー、お礼は良い。暖かくなったろ? んじゃ、これ持って帰れ」
俺はポケットを探って、財布を取り出し、中から数枚の万札を出す。
受取れ、と一言言って差し出す。
受取った少女は暫し無言で札を見詰めていた。
そして、「本当に?」と一言漏らす。
それを俺は無言で頷き、肯定する。
少女は笑顔に満ちて、何度も何度も、俺にお辞儀をする。
「本当に、有難う御座います……」
少女が泣き笑顔で、後ろを向いて走り去ろうとした時。
「待て、名前だけ、訊かせてくれよ」
俺が呼び止めた。
名前さえ訊いとけば、また会えるかもしれないしな。
すると少女は、更に満面の笑みで、大声で言った。
「エリダナ。エリダナ・レイミルトです。有難う、オルファお兄さん!」
そう言って、走り去っていく背中を見て、俺は手を振った。
頑張れよ、と俺は呟く。
……戻るか……。
俺は借家の方へと歩を進める。
雪降る夜の、脆く儚げな一時だった。
-
2005/12/21(Wed)17:50:08 公開 /
渡来人
■この作品の著作権は
渡来人さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
おお、クリスマスが近づいてきたよ、だけど右手に包帯巻いたままだよ畜生。この際連載の方も進まないし他のモンやったれ、ってことで投下。便乗。そして駄文。愚痴はこれぐらいにして……
はい、クリスマスですね。こういう雰囲気の奴も一回作ってみたいかなぁ、とか思ってたわけで、前半は良い感じに作れたような気がします。はい、自画自賛ですね(死
短編連載……主に百枚以下を目指して頑張ろうかなとか。
読んで下さった皆様方に、最高級の感謝を申し上げます。
修正。かなり間違った見せ場を作ってみたり