- 『漆黒の語り部のおはなし・2』 作者:夜天深月 / ショート*2 ファンタジー
-
全角6089.5文字
容量12179 bytes
原稿用紙約17.1枚
知ってますか、皆さん? 幽霊とはロマンチストなのですよ。
-
御機嫌よう。また、お会いしましたね。また、お会いできて私は嬉しいですよ。
ん? …………。なるほど。確かに貴男が言うとおり、私が会わせた、という表現が正しいのかもしれませんね。確かに此処にあなた方を来させたのは、他でもないこの私ですからね。ですが、会わせたよりも会ったの方が響きは良いですし、私は此処に来させることは強制しません。今回は前回お話をした時と、同じ人で同じ人数です。これが、どういう意味を示しているかお解りでしょうか? 答えは今此処にいる人は、前回私の話を聞いてもう一度私の話を聞きたい、と思った人です。あなた方が私の話を聞きたいと望んだから、私はその望みを叶えただけです。
少し口が過ぎましたね。偉そうな発言でしたかね? 申し訳ありませんでした。
さて、今回お話しする世の中ですが、あなた方が多分聞きたそうだった、あなた方が多分知らない世界をお話ししましょう。前回お話しした時は、今からお話しする世の中について何も話しませんでしたが、今回は今から話す世の中についてほんの少しだけ話しましょうか。本当にほんの少しですよ。あまり、話しすぎますと楽しみが無くなりますから。
今回お話しする世の中はある人は、迷信だ、と言い、またある人は、絶対居るはずだ、という具合に言われてきた存在が出てきます。そう、幽霊です。これが、私がお話しする世の中に出てきます。ははは。皆さん、私が可笑しい人だと思ったでしょう? 別に構いません。現実に幽霊なんているはずがない。もはや、皆様の脳に組み込まれた常識ですからね。まぁ、幽霊がいると信じている人もいますが。ですけど、私が話す世の中は全て現実にあったことです。信じる、信じないは、其方の自由。信じないのならば、聞き流せばいい。信じるのなら、真面目に耳を傾けて頂きたい。それだけの事です。
さて、そろそろお話しをしましょうか。
それでは、おはなしの始まり、始まりぃ。
第二の世の中『幽霊はロマンチスト』
ある公園から話声が聞こえた。声色からして子供二人と大人一人の雑談しているようだ。
その公園は月光と街灯に照らされていた。この公園はこの町の片隅にある小さな公園だ。面積はだいたい三〇〇平方メートルで、縦三〇メートル横一〇メートルだ。右隅には滑り台、左隅にはブランコ、公園の入り口の直ぐ右斜め前にシーソーがある。どう見ても平凡な公園だ。
そんな公園の真ん中には公園のシンボルであろう紅葉の木があり、根本にはまだほんの七歳ぐらいの屈み込んでいる男の子、それに倣うようにしている一二歳ぐらいの少年と一八ぐらいの青年が姿を覗かせていた。少年と青年ははその子供から発せられている、ほんのりとした特有の雰囲気を感じていた―――幽霊特有の雰囲気を。
最初に青年と少年はこの子を見て呆然とした。こんな小さな子が死んでしまったのか? と。それで、哀れに思う気持ちのあまり今まで寂しかっただろうと思い雑談をしていた。青年と少年は人目を忍んでいるということを忘れたかのように、その子と雑談をした。
「ところで、お兄ちゃん達なんで此処に来たの?」
今までの雑談が終了し、話題が変わる。その子は、青年と少年を柔らかな視線で見据えた。その視線は繊細過ぎて儚げでもあった。今まで雑談していたが、その子はそれが気がかりでならなかった。だが、青年と少年にしてみれば此処に来た理由はあまり言いたくない。
少年は慌てて誤魔化すように口を開いた。とっさに出た言葉は、何故今までその事を話さなかったのだろうと思うものだった。最初にこのことを話さなかったのはあまりにも間抜けだった。だが、その間抜けのお陰でなんとか彼らは救われたのだが。
「そういえば君、なんて名前なの? 僕は葵(あおい)で、こっちは翡羽(ひはね)」
ヒョイッ、と少年―――葵―――は半透明の手を握手するため差しのべた。彼は青年―――翡羽―――の憑依霊、いわば式神だ。霊体であるため葵の身体全体は半透明だ。そして、それは幽霊である瑠哉も同じだった。霊体である者は全て身体が半透明なのだ。
「僕、瑠哉(るかな)。格好いい名前でしょ? 僕、この名前とても気に入ってるんだ!」
その子―――瑠哉―――は、そう微笑んでみせた。幼い純粋な笑みだった。
(なんか、子供っぽいところが葵と似ているな……。いや、この子は本当に子供か)
翡羽は、互いに微笑みあいながら握手をしてる葵と瑠哉を見て、思わず目を細める。
と、その時だった。幽霊の特徴的である半透明な手が翡羽の視界に現れた。葵の手ではない。その手は葵の手と比べると、ぷにぷにそうなところは似ているが、葵の手はこんなに小さくない。となると、この手の正体は一人しかいない―――瑠哉だ。
「ん!」
瑠哉は顔を微笑み一色にして、手を差し出していた。翡羽はどういう意味か解らなかったが暫くすると、その差し出された手の意味が解った。瑠哉の手は明らかにこう言っていた。純粋で繊細な声で。握手! 瑠哉の手はたった一言そう言っていた。その一言は温かった。
「手、すり抜けるぜ?」
翡羽は弱々しく微笑む。瑠哉の手は翡羽からしてみれば、とても有り難かった。だが、人間は幽霊を見たりすることは出来るがどうあがいても触ることは出来ない。それが翡羽は怖いのだ。差しのべられた手を自分の手と重ね合わせようとしても、結局はすり抜けてしまう。その瞬間に自分は理解してしまう。やっぱり役には立てないのだと。それが怖いのだ。どうしようもないくらいに、必要とされないことに対し恐怖を抱いているのだ。
瑠哉は、溜息を一つ吐く。そして、口を開いた。
「翡羽お兄ちゃん、僕ここの木から落ちて死んだんだ。僕、幽霊になってから二年間ずっと寂しかった。その二年間で、色々なこと解ったんだ。例えば、人は名前を覚えて貰った人の数だけ価値があるとか……。でね、人の手ってね物を触るためにあるんじゃないんだ。人の手は人の手を触るためにあるんだよ」
瑠哉は静かに言った。
翡羽は危うく涙を流しそうになった。瑠哉が言った言葉が心に響いた。木霊のように響いていく度に、温かい物が翡羽の胸にじんわりと広がっていった。その温かい物が広がっていくにつれて、我慢している涙が溢れ出そうになる。だが、子供の前で泣けるはずもなかった。翡羽にだって子供の前ぐらいでは格好良くいたいと思う薄い意地がある。
だが、それは瑠哉によって軽々と砕かれた。
「人のためになる我慢は良いけど、自分にだけ負荷をかける我慢は良くないよ」
「ッ!!!」
この子は一体なに? 翡羽は溢れ出る涙を拭いもせず、それだけをただ思った。今さっきの雑談から見透かしたような発言をする瑠哉に疑念が募る。だが、この子は自分が抱いている恐怖を取り除いてくれた。翡羽にとってこれ以上にない嬉しいことだった。たったそれだけで十分だった。
葵は静かにその様子を見ていた。しかし、瑠哉のことを不審に思っていないわけではない。だが安易に、君は一体何? なんて聞いたら瑠哉を傷付けるかもしれないと思って黙っているのだ。だが、そろそろその我慢も限界に近かった……。
「……ありがとな。お陰で勇気がでた」
翡羽はもう一度、ありがとな、と言い手を差し出した。霊体である幽霊に触れることが出来ない、人間の手を差し出した。微笑んだ瑠哉は、手を差し出した。半透明で人間を触れることが出来ない、霊体である幽霊の手を差し出した。握手をした時感触は無かった。だけど、この握手で感情は伝わったと思う。一つの言葉で言い表せない感情が。
こんな状況で翡羽に、葵は一睨みした。雰囲気が台無しだがその眼はこう言っていた。もう限界だ、これ以上先延ばしすることはできない。そう言っていた。……なんの事だろうか?
翡羽はその言葉の意味がどういうことか解っているらしく、今までの表情も一変させて真剣な面持ちで瑠哉を見据えた。怖い、とすら表現できる表情だった。
「……瑠哉、お前に勇気貰ったから俺たちが此処に来た理由言わせてもらうわ」
翡羽はそこまで言うと、スウッ、と息を吸う。
翡羽のように幽霊やその類を見られる人は少ない。そんな翡羽が何故この公園に来たのか? 霊が見れる人間が、式神を連れて幽霊がいるところへと偶然で現れるだろうか? 否。幽霊とお話しでもするつもりだったのだろうか? 否。なら、残されている選択肢は―――
「成仏させに来たんでしょ……?」
寂しげな声。それは、静まっている公園に響きわたった。静かに、静かに、響き渡った。
(この子は一体なに?)
翡羽と葵は瑠哉を見据えた。疑念のこもった眼差しを向けながら。今さっきから、雑談している時といい、翡羽の時といい見透かしたような発言が絶えなかった。そして二人とも、今さっきからの心を見透かしたような発言にはもう我慢できなかった。
「瑠哉、お前一体なんだ?」
「もし、悪霊の類ならばこの世に未練があろうと成仏させてもらうよ」
翡羽と葵は、今さっきまでの瑠哉を哀れむ態度を一転させ瑠哉に詰め寄る。葵は何処から取りだしたのか右手には札、左手には数珠が握られていた。翡羽は情けないが、人間であるため幽霊に触れることは出来ないので葵の後ろへと隠れている。翡羽は、霊の声が聞こえる、霊が見える、とい二つの能力しかなく霊術の類は専門外である。
瑠哉は、髪の毛を掻きむしって深い溜息を一つ吐く。
「僕は、悪霊じゃないよ。ただ、一つだけ嘘をついただけさ」
「その、嘘っていうのはなんだい?」
葵は瑠哉から目を離さず、そして構えを解かず瑠哉に問う。もし、瑠哉が悪霊の類なら一瞬でも隙を見せたら、ジ・エンドだ。翡羽もまた、それを知っているので常に警戒をしていた。うっかり隙を見せてしまって御陀仏になってしまうのは絶対に御免である。
「今さっき、幽霊になってから二年って言ったけど本当は二十年なんだ」
「そんな馬鹿な! 幽霊だって人間と同じように老いていくはずだ! そうだろ、葵?」
翡羽は警戒を解かずに葵に聞く。
幽霊は、今翡羽が言ったとおり人間のように老いていく。さらには知恵を培っていくこともでき、霊体であるというだけで人間とあまり変わりはない。これらは葵が教えたことであった。だが、葵が教えたことの中に『例外』が存在することを翡羽は忘れていた。
「君……もしかして不変霊かい?」
葵は翡羽の問いかけに答えず、瑠哉にそう聞いた。瑠哉は小さく頷き、俯いた。
嘘だろ。翡羽は思わずそう漏らした。
元々幽霊とはこの世に強い未練を持った者が死ぬと、その強い未練を持った者が幽霊となるのだ。そして、不変霊はその幽霊よりもずっと強い未練を持った者が不変霊となる。不変霊とは言葉のとおりで、知恵を培っていくことを除いてずっと死んだときと同じ状態でいられる霊のことだ。だが、この世に幽霊よりもずっと強い未練を持つ者など大抵いない。なので、不変霊はかなり少ない。
瑠哉は俯かせていた顔を持ち上げて、口を開いた。持ち上げた顔には中途半端な決意なんかではなく、強い決意を固めた表情浮かんでいた。
「ねぇ、翡羽、葵。僕の頼みがたった一つだけを叶えてくれたら、成仏してもいいよ」
瑠哉が何気なく言ったその言葉は、今までと雰囲気が違ったので翡羽達は違和感を感じた。だが、こんな状況でそんなことを突っ込む気になれない。翡羽は真っ直ぐ瑠哉を見据えた。
「その頼みってなんだ?」
瑠哉を成仏させてから一週間経った。瑠哉を成仏させたときはさすがに後味が悪かった。成仏するとき瑠哉は笑っていたが、翡羽は成仏させた後大泣きをしてしまった。今まで幽霊を成仏させた時に泣きはしたが、大泣きなんてしたことがなかった。一度も、大泣きしたことはなかった。そして、翡羽と葵は今約束である瑠哉の頼みを叶えようとし、高層ビルの屋上に立っていた。
「葵、瑠哉今頃どうしてるかな?」
翡羽は、ゴミ袋一杯に入れられている紅葉を一瞥した。その一枚一枚には、亜弘 瑠哉(あこう るかな)という名前が書かれている。言うまでもなく瑠哉のフルネームだ。
「さあね。でも、これをばら撒けば瑠哉は喜ぶんじゃない? ほら、瑠哉は病気で幼稚園と保育園にも通っていなかったから同い年の子に名前を覚えてもらえなかった。そして、病気が治っていよいよ小学校に入学式前日に、亡くなっちゃったから家族にしか名前を覚えてもらえなかったからね。本当に可哀相な奴だよ……」
「ああ、そうだな。瑠哉は、家族にしか名前を覚えてもらえなかったんだよな。あいつが言っていた、名前を覚えてもらった人の数だけその人は価値がある、っていう言葉の意味が今更ながら胸にしみるよ……。成仏させた時は大泣きしたしな」
翡羽は空を仰いだ。まるで、空を見上げれば瑠哉がいるかのような感じだった。暫く翡羽は空を仰いでいたが、やがてゴミ袋一杯にある紅葉に視線を落とした。そして、紅葉を屋上から下へとガサガサという耳障りな音を立てながらばら撒いた。これで、亜弘 瑠哉は価値ある人間となるだろう。
「これで……いいんだよな?」
「うん」
ばら撒かれた紅葉を無機質な眼で彼らは見た。ヒラヒラと紅葉は舞っていく。ヒラヒラと舞う紅葉は美しかった。舞い落ちる紅。それが、瑠哉を価値ある人間にしてくれる。そう思うだけで、翡羽と葵は救われたような気持ちになることが出来た。そんな時、不意に翡羽は口を開いた。
「それにしても、あれには笑えたよな」
「?」
「ほら、俺らが紙じゃなくてなんで紅葉に名前を書くのか? って質問した『あれ』だ」
翡羽の言葉を頼りに葵は記憶の糸を辿っていき、とうとう『あれ』に辿り着いた。
「ああ、『あれ』ね! 確かに『あれ』には思わず笑っちゃったね。まあ、自分が死んだ場所の木の葉を使って欲しいっていう理由もあってけど。確かこう言っていたっけ?」
翡羽と葵は見計らったように息をスゥと吸い込む。そして、阿吽の呼吸で口を開いた。
『紅葉のほうがロマンチックで良いじゃないか』
皆さん、どうでしたか? 今回の世の中は。きっと皆さんが想像した物とかけ離れていたのではないのでしょうか? 幽霊が出てくる、と言ったから派手な物を想像した方が少なからずいると思いますね。ですが、実際は話し合いで成仏させるという地味な物でしたけどね。まあ、つまらないと思われたかもしれませんが何事も話し合いで解決した方が良いと思いますよ。
ん? 其方の貴女、どうされましたか? 浮かない表情をしていますが……。…………。えー、私が何故あなた方を此処に来させた理由ですか……。残念ながらまだ答えられませんね。大丈夫ですよ。いつか、この質問にちゃんとお答えしますから。まあ、気長に待って下さい。
さて、そろそろお別れの時間ですね。また、皆様と会える時間を楽しみにしていますよ。
それでは、さようなら。また会いましょう。
-
2005/12/15(Thu)19:26:08 公開 / 夜天深月
■この作品の著作権は夜天深月さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
こんばんは、夜天深月です。
さて、今回の話の説明ですが取り敢えず無いですね。
もし、疑問に思う事があるのならば気軽に質問して下さい。
感想、批評、アドバイス等は随時お待ちしておりますので。
それではこれで失礼します。