- 『木崎君の災難1』 作者:犬神 / SF SF
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原稿用紙約8.2枚
僕がごろごろとこたつで寝ていると奇妙な訪問者が尋ねてくる。多分SFコメディー。
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食べてすぐ寝ると牛になるとかいう言葉がある。
僕は食べた後はものすごく眠くなってしまうので、父にも母にも
「食べた後すぐに寝ると牛になっちまうんだぞ。お前は牛になりたいのか?」
と、それこそ耳にタコどころかダイオウイカができそうなくらい注意されてきた。
しかし僕は今までに一度も牛になったことはないし、ついでに言えば耳にタコができたこともない。ましてやダイオウイカにいたってはできるどころか見たことすらない。
ダイオウイカの生態はいまだによくわかっていないらしく、そもそも完全で保存状態のいいものが発見されることはほとんどないらしい。
大抵マッコウクジラの腹の中とか、死んで海面辺りをプカプカと浮いているところを発見されるのだそうだ。ダイオウイカは個体差が大きいが、今発見されている中で一番大きいものになると体長十八メートル、体重は一トンにもなる。これは無脊椎動物の中で最大の大きさをほこる。
僕はそれだけの大きさのダイオウイカをイカ焼きにすれば、一体何人分になるのだろうかと考えると気になって夜も眠れない日さえある。
話がそれた。
僕は今でも食べた後は本能のおもむくままに眠ってしまうし、一度くらいは牛になって全然おいしそうじゃない草を何度も何度もつまらなさそうに反芻したいものだと思っている。
しかし今から僕が話すのは牛になった男の話ではなくて、別のものになってしまった男の滑稽で情けなく、そして何よりどうでもいいような話である。
その日僕がこたつの中で目を覚ましたときにはすでに三時をまわっていた。もちろん朝のではなく昼の、である。
その前日、近くのレンタルビデオ屋で半額セールをやっていたので、わりと映画好きな僕は店の中で一時間半ほどホラー映画コーナーの前で迷った挙句四本ほど借りることにしたのだ。
家に帰り晩御飯を食べながらさっそく一本目をみたのだが、その映画が絶望的なまでにくだらなくて夢に出てきそうなほどひどい映画だった。
口直しにと二本目、三本目とみたが一本目に負けず劣らずのくだらなさだった。そして残りの四本目ももちろんくだらなくて、結局見終わったときには朝の五時をまわっていた。
その後は泥のように眠ったのだが恐れていたとおり実にくだらない夢をみた。
夢の中で僕は暗い夜道を歩いている。周りにも何人かいてふらふらと歩いているのだが、よく見ると彼らの体はドロドロでどんどん溶けていっているのだ。そしてふと自分の体を見るとやはり僕の体もドロドロになっていた。
そしてふらふらと歩いていると十メートルほど離れたところに、小さな人影が見えた。人影はこちらにとぼとぼと近づいてきた。
人影は九歳くらいの頭の悪そうなクソガキだった。クソガキの手にはいかにもおもちゃでございといった光線銃のようなものが握られていた。そして僕に向かって、
「これ、おじいちゃんが使っていたレーザーディスクを改造してつくったレーザー銃なんだ。どうだ! すげえだろう?」
とやたらと嬉しそうに話しかけてきた。
僕は何がどうすごいのかわからなかったし、どうやったらおじいちゃんのレーザーディスクを改造してレーザー銃を作れるのかさっぱり理解できなかったがとりあえず、
「うん……すごいと思うよ」
と答えた。その答えにクソガキは満足そうに微笑むと、
「死人がおいらを追いかけてくるー」
とわけのわからない歌をうたいながら、ばきゅんばきゅんとヘッポコ光線銃を撃ち始めた。
僕らドロドロ人間は必死で逃げるのだがなぜか四方八方からトマトが襲ってきてうまいこと前に進めない。
われながら実にくだらない夢だ。
その上この後には必死で逃げる僕らをクソガキは戦車をつかってひきまくり、ドロドログチャグチャにしたあとゴミ袋に入れて燃えないゴミにだすというくだらなさすぎる落ちまでついていた。せめて燃えるゴミにだしてくれ。
そんなくだらない夢を見た後なのでものすごく気分が悪かった。だからこのまま二度寝して今度こそまともな夢を見ようかと思ったんだけど、おなかの中で小人さんがハラヘッタ、ハラヘッタとうるさく騒ぎやがるので昼ごはんを食べるために仕方なくこたつから出た。
こたつから出ると南国生まれの僕には拷問としか思えないような寒さが襲ってきた。
「一体僕が何をしたっていうんじゃ、ボケェ!」
とあたりかまわず蹴り飛ばしたくなるほどむかつく寒さだけど、寒すぎて体が動かないのでそれもできない。窓の外を見ると雪が降っていた。
スーパーカップ(とんこつ味)にお湯を入れて冷蔵庫からたこわさびを取り出すとさっさと安住の地であるこたつの中に舞い戻った。
僕はたこわさびをつまみながらスーパーカップを食べ、きちんと汁まで飲み干した。するとまた眠くなってきたので横になった。今度はいい夢が見られそうである。
二三分ほどしてうとうととし始めたところドアをノックする音が聞こえた。インターホンが壊れているのでノックするしかないのだ。
しかしおなかの中の小人さんを満足させて、さらにはこたつという名の楽園にいる僕にはもはや牛になることしか頭にはなかった。
しばらくすればあきらめるだろうと思っていたのだが、ノックの音は止まるどころかだんだん大きくなっていった。すでにノックの回数は六十回を超えていた。このままいくと彼あるいは彼女が九十八回目のノックをするころにはこのボロアパートのドアは壊れてしまうかもしれない。
そうなると悪魔のごとく冷酷な風と、どんな悪女よりも冷たい雪がわが聖域に侵入してきてしまう。
それを恐れた僕は六十八回目のノックが聞こえたときに勇気をふりしぼってこたつからでた。蹴り飛ばしたくなるような寒さが襲ってくる。
僕はこのこたつというものを考えた人をたこわさびを考えた人と同じくらいすごいと思う。まさしく人類の知恵の結晶である。しかし尊敬し、感謝すると同時に憎らしくも思っている。
なぜならあんまり心地よすぎて出るときにものすごく勇気がいるのだ。この勇気にくらべればのび太君がジャイアンに立ち向かったときの勇気など微々たるものだ。冬になって僕の出席率が著しく下がるのは六割がたこたつが原因である。
七十回目のノックの音が鳴ったとき僕はようやくドアを開けた。目の前に立っているクソ迷惑な訪問者はなんとも奇妙な格好をしていた。
そいつは帽子を深々とかぶり趣味の悪いサングラスをかけていて、全身は黒ずくめだった。何より奇妙なのは顔をグルグルまきにしているところだ。よほどブサイクな顔をしているのだろうか。それにしてもなかなか暖かそうな格好である。これなら顔も寒くない。
つ づ く
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2005/12/11(Sun)01:24:14 公開 / 犬神
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■作者からのメッセージ
ストーリー云々よりも楽しく書きたいなあと思い書いた作品。