- 『紅葉にて』 作者:緋陽 / リアル・現代 未分類
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全角6333.5文字
容量12667 bytes
原稿用紙約19枚
主人公神尾と同級生山岡がくりだす日常。
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今日はモミジ狩りに来た。しかし舞台は至って変わらずに大学だ。何故か、それは大学の裏が山だという事だ。ってか、山の上に大学が正しい。だから、大学へ行く行程で結局は紅葉を楽しむことが出来るという一石二鳥、一挙両得、大同小異なエブリバデーな訳だ。ラストらへんからは意味が通じてないが、仕様だ。
な訳で、徒歩で山登りをしている訳だ。我が大学の在る山は寺社も中々に多い。観光スポットでも無ければ何か物珍しいものが在るわけでもないのだが、其処がまた良いのだ。人が居ないから喧噪が無い。地味だから哀愁というものが在る。しかも歴史が深く、古風なので雰囲気も在る。しかも周りには紅葉が満載。此処で周りの店で買ってきた茶団子と緑茶を飲むのが乙というものだ。偉い人にはそれが解らないのだ。理解しようともしないのだ。日本文化の一片の欠片すら解っていないのだ。わびさびや幽玄の世界を解ろうとしないのだ! ……っと、済まない。熱狂的になりすぎた。
そんなこんなで、俺はとある神社の前に着く。既に俺の手には先程和菓子屋で買ってきた茶団子と熱々の焼餅(餡子入り)が袋と共にある。そして肩に背負ったリュックには水筒の中に淹れたての緑茶を完備。このセットさえあれば一時間は過ごせるという代物だ。俺は毎年紅葉になると最低一回はこれをしなければ気が済まない。
日本の文化の中で、幽玄の世界に浸りながら素朴な食事を摂る……うん、完璧だ。
石で出来た階段を一段一段踏み締めながら登る。苔などが生えているところが、また良い。
そして、鳥居をくぐって一面の紅葉の中へと這入る……嗚呼、至福だ。
ふと前面を見れば神主さんがなにやら掃除をしている。今は朝の十時ぐらいの時刻なので、していてもおかしくはない。
俺は声を掛けようと近寄る。すると、神主さんが此方を振り向いた。
…………。
取り敢えず見なかった事に。
いやぁ、モミジが綺麗だなぁ。
素晴らしすぎてモミジしか見えないなぁ。
青空との対比がこれまた素晴らしい。
紅々とした落ち葉が点々と存在する石畳の上を歩く。
先ずはお決まりの行事からやるべきだろう。そう、神社に来たらお参りをしなければ始まらない。今後一年、健康で過ごせますようにというお願いを神様に伝えなければ。そして此処で一服する許可を貰わねばならない。バチが当たるからな。
賽銭箱の前に着く。早速五円玉を取り出して、放り入れる。かちゃん、と音がして中に入ったのを確認。縄を揺すって鈴を鳴らす。そして合掌。
数秒そうしていただろうか。俺は合わせていた手を離して今度は一礼。そして、そのままシートを引き、座り込んで一服と興じることにする。
リュックから水筒を出してお茶を注ぐ。緑茶の匂いが鼻腔をくすぐり、何とも言えない気分にさせてくれる。そして、今回の主役、和菓子の登場。先ずは熱々の焼餅から。おっと、熱いから気をつけてっ。
ぱりっ、とした表面ともちもちとした中身との絶妙なバランス。そして中から溢れる小豆色の粒餡が俺の口を甘みで満たし、そして喉を嚥下する時の熱さを味わい緑茶を一口。これによって口内に満たされた甘みをひきしめて、くどい後味を失くすのだ。ビバ!
――おーい、神尾ぉ!
はぁ、と一瞬呆けてまた口へと運ぶ。先程と同じ工程を繰り返すのだが、二口目だからこそ解ってくる味わいの深さが俺を至福の空間へと誘う。続けざまに二個目を喰らう。のほほんとした雰囲気がマッチして美味さを更に倍増させてくれているのだろうか、などと考えながら喰う。美味い。
――神尾ぉ!
空白の間。
ヤバイ、流石にこれはヤバイ。今の俺は幸福すぎるほど幸福だ。身近なところに一番の幸せは在るという良い見本になることだろう。これを一冊の本にして出してみるのもいいかもしれない。俺の気力と精神力が持てばの話だが。茶団子の封を開ける。
そして、三本の中の一本を取り、一つだけ口の中へ。もう、口で味を表現するのは野暮というものだ。今はこの幸せを噛み締めていたい。この茶団子の味と共に。緑茶を一口飲む。
――聞いてんのかァ、神尾ぉ!
俺は団子の櫛を置いて、緑茶を飲むことに専念する。暖かいこの味。これが古来より伝わる味だ。……ほぅ、と心からの吐息。白く濁って空気と融け合うその様を少しの間眺めていた。そしてもう一口飲もうとした、その時。
俺の後頭部になにやら鈍い打撃音が。軽くだから緑茶を噴き出すことは無かった。
……痛い。
俺はその方向に振り向いて、少しの間その人物を凝視する。熱々の緑茶をあわよくばかけてやりたいと思った。皮膚は焼け爛れることだろうが。
「テメェ無視すんなよ!」
そういって、その人物、神主の姿をした山岡が怒鳴る。
あー、一つ訊くが君は何故神主の格好をしているのかな?
すげぇ侮辱の気がするぜ。
俺に対しても、神様に対しても。
心の中で問い掛ける。コイツには取り敢えず返答はせずにスルーをしておくことにした。だって、相手にすると何かとおかしな出来事が起こるんだもん。困っちゃうね。
「疑問に思ってるようだな。これはな、神社の掃除のバイトだ。バイト料はお賽銭」
「人はそれを窃盗と言うがな」
俺の心を読んだのか、疑問に思っていた事に答えてくれた山岡は、そのまんま、先程言った神主の格好。つまり、袴の姿をしており、掃除用だろう。手には竹箒が持たれていた。
……しまった、相手にしてしまった。いや、ノーコンテストだ。そういう事にしといてくれ。
……クールダウンだ俺。焦る思考を元へと戻し、茶団子を一つ食す。美味い。
取り敢えず山岡の存在を脳内から消す事にした。それならば何の影響も受けずにのんびりしていられるだろうと思うから。
そうして、俺は再度一服する。……おや、見知らぬ人が隣に立っているのだが誰なのだろうか。解らないなぁ、にしても、なんだか鬱陶しいなぁ。
俺は緑茶を口へと運ぶ。
「わっ!」
耳元で大声を叫ばれた。耳がキーンと唸る。そう、それはトンネルを音速通過したかのような感じだった。今度こそ緑茶が俺の口の中から噴き出し、水滴となって宙を舞う。直後、それが気管に這入って苦しみながらむせる。誰だ、この野郎、俺の、至福の、時を邪魔しゃあがって!
俺が振り向くと其処には神主さんが。いうまでもなく、山岡だった。
「テメェなんだよっ。俺の至福の時を邪魔すんなよ!」
「それはこっちの台詞だ。無視すんな」
してねぇよ、存在を消し去ってただけだ。主にテメェの存在のみを。しょうがないから、俺の頭での存在を普通の人間と同じぐらい濃くして山岡の記憶を引き出した。正直言ってのほほんとしていられる時間を削り取られたわけだ。迷惑料を請求しなければならない。正々堂々と真っ向からの偽名での手紙で、及び脅迫かつ恐喝の文書で。
そしてコイツはそれを悪びれる風も無い。これは駄目だ、人間として駄目だ。なので俺が知っている精神化の病院へと護送した方が良いだろう、そしてその後はブタ箱行き決定。勿論理由は俺の貴重な時間を数時間は奪い取っていった罪とこの前の俺の家への住居不法侵入、及びこの前のファミレスでのただ食いということで宜しく刑事さん。携帯を取り出してみた。指は一一〇番へと向かう――
というシミュレーションを俺の頭の中で高速思考しながら緑茶を飲み干し、水筒を直す。
……で、何故お前が此処に居る。
「だからバイトだって」
「いや、何のバイト?」
「掃除」
嘘付け。
「どうせ、巫女さんを期待して来ただろ、お前。そういう所は解り易いのな」
山岡がのけぞる。ピンポイント爆撃が効いたらしい。心臓……否、精神への直接投下、被害は甚大だ。一生癒えない傷、そして一生言えない瑕でも負ってろ!
……今上手いこと言ったな、俺。自画自賛。
そして、俺はのけぞる山岡を後にして神社を去ったのだった。
「いや、待てって」
なんだ山岡、放っておいてくれ。俺は俺の旅に出るんだ。お前のいない世界を捜すんだ。それが今回の俺に課せられた命題なのだ。 さぁ、狭い視野と壁を取っ払って旅をしよう。そう、何処までも果てしない世界を目指して、そしてついでに山岡の居ない世界を目指して。
「いや、紅葉を見に来たんだろ? 此処で見ろよ。俺が言うのも変だが、此処らへんで一番良いスポットだぜ」
……何故、お前がそんな事を知っている。それは俺しか知らない事だぞ。くそ、愚鈍で何のとりえもないコイツがそんな事を知っているとは……認識を改めなければならないな、特に風景に関しては。
……多少は見直したよ、山岡。
「ま、これで巫女さんが居ればもえ……」
前言撤回。
俺はもはや音速としか言いようが無い速度で右脚を支点に回転する。目標は俺の左側に居る山岡の首根っこだ。そして遠心力に従って俺の脚は宙に浮き、山岡の首にトーキックをかます。しかしこれだけでは終らず、体を捩るようにしてそのまま地面へと叩きつけた。僅かな嗚咽が山岡から漏れる。
テメェなぁ、折角俺が見直してたところを自分から潰すなんて事するんじゃねぇよ! しかも今なんて言おうとした、俺が二次元の用語を三次元に持ってくるなと何回言ったら解るんだよ! 消すぞ……。
そして俺は先程のシートを引いた所まで戻って、置いてあった団子を一口食す。もう何処かへ行く気力も失せた。コイツが居るのは癪だがしょうがない。そして俺は一服を再開する。
暫くは上空に広がる紅色に染められた空を見上げていた。何処までも続くと思わせる紅葉の大群。それは社の場所から鳥居の場所まで一直線にグラデーションを醸し出している。丁度、青、黄、紅という具合に。風によって舞い落ちる葉も儚い生命の煌きにさえ見える。何時頃からだろうか、このモミジが綺麗と思えたのは。かろうじて覚えているのは、昔、山へ連れて行ってもらったときのたった一つで見事な色彩を創っていた樹だった。言葉に言い表せない程の感動を覚えて、それから秋という季節が好きになったのだ。そして、俺は未だにそれに匹敵する樹を見たことが無い。もしかしたら、昔の記憶を美化したのかもしれない。……何を真面目に考えてんだろ、俺。
やれやれ……そろそろ帰ろう。
時刻を見てみればもう昼になりかかっていた。この程度では流石に俺の腹は膨れはしない。……大学の食堂でも利用させてもらいますかね……。頭を掻きながら一本残っている茶団子を食しながら歩く。おっと、ゴミやシートも忘れずに……っと。
「あー、なに、神尾。帰んの?」
山岡が不満そうに俺の背後に立っていた。しかし、やはり喉の方は大丈夫ではないらしく、喉元を押さえながら、少し掠れた声になっている。それ以外は平常であるので在り得ない。やはりコイツは人間ではない。来い、こーい! 科学サークルども!
「ああ、お前の所為でな」
「なんでだよ、俺なんもしてねぇぜ」
「知らぬは己限り也ってか。一度性格診断してみな。しっかりくっきりと解る。皆にどれだけ迷惑をかけているかを」
そして知れ。
お前はこの世に必要かどうかを。勿論答えは、必要ない、だ。
すると、山岡は俺の言った事に然程気にした風も無く、すらすらと話を別の方向へと変えた。それは、俺の興味を引くには十分な内容だったに違いない。
「……此処の紅葉も良いけどよ、他にすげぇ綺麗な樹があるんだ。見るか?」
「……さて、お前にしては俺の事を解ってる風な発言だな……」
一瞬考える。
果たしてコイツの言うことは正しいのか。
……でも見てみたいなぁ……。考えること数秒。
そして、見たいという欲求のほうが勝利を収めた。
「見る」
よっしゃ、と山岡は意気込んで俺を手招きする。そして、俺は山岡の背後についていった。
……てかお前掃除はどうした? って手に持ってた竹箒は何処へやった! そして先程からお前の袴辺りからじゃらじゃらと金属音がするのはなんだ! 盗ったのか、盗ったのか?!
後で制裁を加えておこう。
肉体的制裁は効果が無いから、精神的制裁。そうだな、コイツの家に不幸の手紙を毎日毎日送っておこうか。それか、コイツの弱みでも握るか。んじゃあ、本格的に俺の知り合いの科学サークルから何人かを呼んで来て解剖しよう。それか心理実験。
そんな事を考えている内に、山岡はどんどんと進む。基本、山岡の歩くスピードは速いのだ。
だぁ、待て待て待て待てェ!
脳髄が蕩けるほどに吹き飛ばすぞ、精神を!
神社の裏を越えだんだんと山の中へ這入っていく。本当にこんなところに素晴らしい樹があるのだろうか、俺は不安だ。ってか、山岡がそんな事を言うのが珍しすぎる。在り得ない、この珍獣怪獣ベストセレクショントップファイブに入るコイツが、だ。……まぁ、だからこそ面白いとも思ったんだけど。
「おい、山岡。いつ着くんだよ」
「あと十キロ程」
「テメェの距離感覚狂ってんじゃねぇのか?」
ははっ、良く言われるよ。
そう、山岡は応えた。自覚してんなら人を労われ、と思う。其処から俺達はただ、無言で山登りをする。恐らくは頂上まで登ってしまったのではないかという高低差を乗り越えて、俺は一つの樹の元へと辿り着いたのだった。
それは、高々とそびえたつ崖の隅の方に在った。周りには街の風景が良く見える。壮観な俯瞰、快い風。
色の三原色をふんだんに使ったのではないかと思われるほどの緑、黄、紅……素晴らしきグラデーションを奏でるモミジの樹だった。
なんという樹なのだろうか。凄い。それしか思い浮かばないほどに、凄い。壮観な背景と相俟って、その美しさを際立たせている。……なんということだ、山岡が本当に、こんな素晴らしい樹の在り処を知っているとは……。屈辱と共に少しの尊敬心が沸く。……俺は今まで山岡の事を見下していたようだ。反省。
「山岡っ」
振り返る。取り敢えず謝ろう。今はそれが何よりも大事だ……っておい!
「何やってんだ?!」
見れば、山岡がなにやら弁当を取り出してシートを引いている。コイツは何がしたいんだよ。ああ、尊敬の心が消え失せた。やっぱりコイツに不幸の手紙を送ろう。規約に則り、規則に従い真っ向からの、仮名で。
「いや、何って弁当喰うんだよ。お前の分も在るからさ。いやはや、多めに持ってきて正解正解」
…………っ。
もう、何言う気力も尽きた。
腹も減った。
素直に従おう。
「……解ったよ。……あと、この場所を教えてくれて、感謝する」
後半部分は殆ど呟きに近かったので、食事の準備をする山岡は聞いていなかったようだ。だけど、俺もそのほうが良かった。こんな台詞を聞かれたら、恥ずかしいったらありゃしない。
――んじゃ、紅葉を楽しみますか。
そんな事をさらに呟いて、俺は山岡と弁当を食すのであった。
後日談。
その後、結局は大学へ行かずに家へと帰った。
まぁ、なんていうか、山岡には感謝している。アイツのお陰で良い思いをする事が出来た訳だ……が!
俺は今、不幸の手紙を執筆中である。何故か? 思い出して欲しい。アイツはお賽銭をパクっていったまま帰りやがったのだ。これは赦されない行為だ。もしかしたら、神様が今、天罰を加えている最中かもしれない。俺もそれにあやかりたいと思う。内容は主にこの手紙を千人に回さないと彼女が出来ないという内容だ。俺は学んだ……アイツには彼女とかの精神的攻撃の方が効果が在る!
……それじゃあ、今から行って来ます!
その後の山岡はいずれ話してやるから、また今度!
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2005/12/01(Thu)20:31:28 公開 / 緋陽
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■作者からのメッセージ
テスト二日目終了です。結果?訊かないでくれ、いや訊かないで下さい(土下座
さて、そんなこんなで「紅葉にて。」終了です。紅葉(こうよう)とモミジと書き分けたのは、どっちがどっちかごっちゃになるかもしれないからです。一通り見直しましたが、まだ直せてないとかがあったら言って下さい。
ってか、結局この作品はコメディだったのだろうか、自分で首を捻ってみることにします。日曜に見た京都の紅葉の綺麗さを書き表したいと思って殆ど衝動書きだったので……。
なにはともあれ、此処まで読んでくださり本当に有難う御座いました。