- 『幸。』 作者:天かすラヴァー / リアル・現代 ショート*2
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全角1227文字
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原稿用紙約4枚
ちょっとの幸せと、ちょっとの不幸せ。
口内炎ができた。同時に2個も出来るなんて、運の悪いやつ。どうせなら同じ方向に出来てほしかったが、そうにも行かず綺麗に左右ひとつずつ。ちょっと不幸せ。
せっかく妻が入れてくれた暖かいコーヒーも飲みにくく、焼いてくれたトーストも食べにくい。
どうしたの、と尋ねる妻に口内炎が出来たんだ、と唇を裏返す。下唇の左右に開いた穴。
飲みにくそうねと、熱いコーヒーの中に牛乳を入れてその温度を下げてくれた。少しでも飲めるようにしてくれる、妻の愛だ。
「ありがとう。トーストはちゃんと食べるよ。せっかく君が焼いてくれたんだからね」
トーストをひとかじり。少し痛いが、焼きたてすぐに塗ったマーガリンが溶けしみこんでちょうどよく、おいしい。ちょっと幸せ。
さて今日は休日だ。天気もいいしどこかにでかけようか。
と思ったら、働き者の妻はベランダで洗濯物を干し始めた。たまには手伝ってみるか。
あらあなた珍しいのね、と笑う妻。妻を真似しながら洗濯物を干していく。なるほど、よく叩いてシワを伸ばすのか。パシパシとタオルを鳴らす。
「あ・・・」
勢いあまって、タオルをマンション3階から落としてしまった。ヒラヒラと下の駐輪場の屋根へ。
チラリと横の妻の顔を見ると、ホラ早く取りにいきなさい、と書いてあった。急いで階段をおりて、駐輪場の屋根に上ってタオルをとる。言わずもがなタオルは汚れていた。ちょっと不幸せ。
部屋に戻って、洗面台でタオルを洗うが、泥汚れがなかなか落ちない。
「じゃあそれ、ぞうきんにしちゃいましょ。ちょうど今使ってるのがボロボロすぎてそろそろ新しいのを作ろうと思ってたのよ」と一言。そういってくれる君にちょっと幸せ。
どこかにでかけるかい?という僕の問いかけに、たまにはゆっくり二人で家にいましょ、という答え。そして妻は僕の腕を引っ張って、リビングにあるイスの調子が悪いので直してほしいと一言。
まかせろと意気込んだはいいが、実際のところ僕は不器用で、なんとかぐらつきは直ったがイスに塗ってあるニスをはがしてしまったりボコボコとへこみを作ってしまったりと、前より不様なイスになってしまった。ちょっと不幸せ。
「ごめんよ。一応ぐらつきはしないけど、少し不細工になってしまったよ」と謝ってみたら妻は少し笑っていいのよ、ありがとう と軽く頬にキスをしてくれた。ちょっと幸せ。
「まったく僕は頼りないね。夫として少し恥ずかしいよ」
妻の肩を揉みながら嘆く。
「そんなこと無いわ。こんなに優しい夫を持った私は幸せだわ」
「そうかな」
「そうよ」
「僕も君みたいな優しくて働き者の妻を持って幸せだ」
「――でも」
「?」
「もうちょっと頼りがいがあったほうがいいわね」
あぁやっぱり頼りない夫は嫌なのかなぁ…。
「お父さんになるんだからね」
「へ?」
桜が咲き始めて2週目の日曜日。ちょっとの不幸せと、これ以上ない幸せが飛び込んできた。
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2005/11/29(Tue)21:15:24 公開 / 天かすラヴァー
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■作者からのメッセージ
両親は結婚27年目ですがすごいラブラブで、とても羨ましいです。
そんなことを思いながら書きました。