- 『空はきれいじゃない』 作者:シルヒ / ショート*2 リアル・現代
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疲れてしまうことが、たまにある。
会社までの道のりが、やけに退屈に感じる。
世界がくだらないのは、僕の所為だけではないと思う。
『空はきれいじゃない』
その日僕は会社に初めて遅刻した。何故か少し、社会に対して反抗したいと思ったから、だと思う。だからといって僕にできることは、遅刻することくらい。会社を辞めたり、自殺をしたり、そんなことができるほど僕はまともじゃない。
日常から逸脱するには、それなりにエネルギーを有する。僕はどこかで壊れたんだろう。だから惰性で生きることしかできない。まともに生きるためのエネルギーを作り出すこともできない。僕はきっとどこかへ行ってしまって、今ここにいる僕は、空っぽの入れ物よりもっとたちの悪いものだ。社会へのわずかな反抗心を持っているんだから。
くだらない。僕はいつだって中途半端だ。
そう、いつだって中途半端だった。高校へ進学する時も、大学へ進学する時も、今の会社に就職する時も、僕はなんとなく楽な道を選んできた。そうすれば苦労はなかったし、つまらないとも思わなかった。
ただ、くだらない。それだけ。
会社に着いて、課長に謝った。無駄に長い説教が頭の上を通り過ぎていく。形式的に謝っていたらむしろあきれられて、もういいと言われた。
何がいいのか分からない。僕は何か間違っただろうか。
パソコンに向かって、遅刻と説教をうけたぶんたまった仕事を消化していく。そう、消化していく。
咀嚼して嚥下して排泄される。排泄されたものは世界にたまって、ニンゲンを壊していく。僕は世界中のニンゲンを壊すための作業をしている。壊れたこの僕が。
大いなる皮肉である。
世界を本当に駄目にするのは、特に勤勉な人間かもしれない。壊れた僕ですら、少しずつ世界を、ニンゲンを、壊していくのだから。
お茶が運ばれてきた。お茶汲みの彼女は、これからどんな一生を過ごすのだろう。あまり楽しいものではないような気がする。これからの彼女の一生についていろいろと頭の中で考えていたら、ふと不安になった。もしかしたら頭の後ろから、失礼な僕の想像(あるいは妄想)の切れ端が、ぴらぴらとはみ出ているのではないかと。まわりの人間はそれを見て、『なんだあいつはイヤな奴だ』などと思っているのではないかと。
頭を掻く振りをして、そっと後頭部に触れてみる。こんな僕も、壊れているのだと思う。
帰り道に、小学校の頃の親友にあった。
いきなり話しかけられて、一瞬誰だか分からなかった。髪を長く伸ばしていたことも原因かもしれない。茶色に染まったロングヘアー。少し昔の『今風』だ。でもそいつの、ちょっと鼻声なところとか、ポッタリした目だとか、パーツ自体は変わっていなくて、少し懐かしさを覚える。それと同時に、懐かしむことのできる過去を自分が持っていることに驚いた。
中途半端な僕は、その場の雰囲気に流されて中途半端なことを言っているうちに、そいつと飲みにいくことになった。
僕はそいつに何を期待していたのだろう。話していた。気がついたら僕は、そいつに全部話していた。くだらない世界のことを。僕の、無駄な一生のことを。
酔っていたのかもしれない。お互いに。だってそいつは、いきなり小学校の頃の思い出話を始めたんだから。
今まで僕の話を静かに聞いていたその反動だろうか、そいつはずっとしゃべり続けた。そろそろ帰ろうと僕が言い出すまで、ずっと。
外に出て、やけに星が明るかった。そいつは、空がきれいだと言った。僕は、それは違うと思った。
「だって、ゲンダイジンの心はこんなにも汚れているんだ。そんなゲンダイジンの心にさらされて、空はきれいでいられるはずがない」
そう言った。
そしたらそいつは、また、ぜんぜん関係ないことを言った。怖いくらいに据わった目で空を見ながら。
「なあ、おまえさ、小学校の頃も、あの頃も、俺と馬鹿やりながら、くだらないとか思ってたのか」
僕は、答えることができなかった。
そいつはさらに続ける。
「おまえさ、自分は壊れたんだとか言ってたけどさ。……きっとお前、ひねくれてるだけだよ。だって、俺とフツーに話してんじゃん」
ぜんぜん普通じゃないと思う。話がかみ合ってないと、思う。
「だからさ、空はきれいなんだ。ひねくれ者のお前が、汚れていると思うなら、空はきれいなんだよ」
僕は黙って聞いていた。
「あとさ、おまえ、下らないのは僕の所為じゃないって言ってたけどさ、やっぱお前の所為だよ。だって、俺はくだらないと思わねェもん」
そのあと、何を話すでもなく、しばらくぶらぶら歩いてから、そいつと別れた。何も言わないまま。
家の窓からみた月は、満月だった。よくわからない頭で、それもやっぱり大いなる皮肉だと思い、急いでカーテンを閉める。
やっぱり、空はきれいじゃない。そう、思う。
そう言えば僕は、結局、『そいつ』の名前を思い出すことができなかった。もう二度と遇うことはないであろう、小学校の頃の親友。そいつはきっと、今頃、家でいびきをかいて寝ているだろう。だって、ずいぶんと酔っていたんだから。
僕もその夜、いびきをかいて寝たんだろう。だって、ずいぶんと酔っていたんだから。
やっぱり空は、きれいじゃない。たくさんの酔っぱらいのいびきを吸い込んで、やっぱり空は、きれいじゃない。
ただ、そんなにきらいじゃない。そう、思う。
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2005/11/24(Thu)22:25:31 公開 / シルヒ
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■作者からのメッセージ
ドキドキしながらの初投稿です。まだ完全じゃないような気がするので、いろいろと意見を聞きたいです。なんか変なのだろうけれども自分ではよく分からないのです。
あんまりほめられると調子に乗るタイプですので、ちょっと厳しめな感想・批評をお願いしたいです。
11/24 さっそくいろいろ細かいところを修正。申し訳ありません。