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『Alone』 作者:狗人 / ショート*2 未分類
全角3526.5文字
容量7053 bytes
原稿用紙約11.7枚
ママは今日も遅くまで帰ってこない。パパはタンシンフニンで、一年に何日かしか帰ってこない。寂しい私の友達は人形のキティだけ。少女の寂しさの物語


 ママは今日も遅くまで帰ってこない。
 パパはタンシンフニンで、一年に何日かしか帰ってこない。
 私は今日も冷たいご飯を温めて、時間の経った肉を口に運ぶ。
 抱きしめられたくまの人形のキティが、私を励ます。
『朝になればママは帰ってくるよ。だから、今日も温かい夢を見よう』
 その言葉に、私は黙って肯いた。並んだ食器を片付けながら。
 テレビから流れる明るく、乾いた笑い声。
 九時を指す時計を後目に、私は電気を消した。どうせ、今夜も私が起きている間にママは帰ってこない。
 だから寝よう。夢だけは私を温かく迎えてくれる。
 そう思い、電気を消した。
 それでも消えない笑い声。そうだ、テレビを忘れていた。
 片づいた床の上を、手探りで黒いリモコンを探し出す。幾らか探して、見つけたプラスチックの塊を手にして、ボタンを押した。
 廊下から私の元へと光が漏れてくる。ただ一人の私を照らし出し、そしてたった一つの影を作る。
 この広いマンションの一室の中で、私は独りぼっちだ。
 そう思いながら私はキティを抱きしめた。
 テレビには、一瞬だけ笑みの残像だけが残って、消える。



 光。
 目を覚ますと、ブロンドの髪が目に入る。
 一瞬ママのかとも思ったけれど、いつも通り自分の髪だった。
 横を見ると、キティの姿が見つかる。これもいつも通り。何ら変わらない朝だ。
 少しだけ空いたドアから漂ってくるのはコーヒーの香り。
 ぱたぱたとスリッパの音がして、その姿が目に入った。
 眼鏡をかけた横顔。私と同じブロンドの髪に、同じ目の色。
 そして、同じように枯れた心を持ち合わせた姿。まるで、私はママの分身みたいだ。
 でもママは私に話しかけない。私もママに話しかけない。
 ママは嫌い。
 だって私のことを愛していないもの。
 大嫌いよ。
 でも、私にはこの人しかいない。お友達がいなくて、いつもキティと二人でいる私にとっては、本当に孤独ではないことを示してくれるのはこの人しかいない。
 だから、お願い。私を嫌わないで。
 そう言おうとして、けれども声は出なかった。会社に出掛けるママを引き留めようとして、掴めなかった。
 俯く。声が出なくなる。毎日のようにそうして、そしてテーブルの上に置かれた昼と、夜の分の食事代を眺めた。
 10ドル紙幣を見て、私は目を細める。キティを抱きしめ、指を彼女の肌に埋め込んでいく。
 用意された朝食。コーヒーと、スクランブルエッグと、ピーナッツバターを塗った二切れのトースト。その臭いを嗅ぎ取りながら、私は一つ考える。
 ママは帰ってこない。朝食はある。
 ママがいないと私は友達もいないので、キティと二人きり。そんなのは、いやだ。
 俯いて、そして私はテーブルを見た。
 テーブルの上の朝食をゆっくりと噛みしめるように食べた。
 眼前には、思いついたそれの準備のための数日間だけが転がっていた。



 それから一二日が過ぎた。
 今日も学校では仲間はずれにされ、独りでふらりと帰っていく。
 学校は楽しくなんか無い。先生は私のことよりも成績の優秀な子ばっかり褒めるし。私の存在なんて、そこにあってないようなものだから。
 私は成績もよくないし、人付き合いも下手。誰かに話しかけられても嫌に思われるような態度しかとれない。
 カフェテリアでも一緒に座る人なんかいなかった。だから、私がいなくても誰も気が付かないんだ。
 それでも家に帰ればキティが待っている。帰ればキティが慰めてくれる。
 そう、私の友達はキティだけ。
 ずっとずっと、キティと一緒にいよう。
 そうすれば、辛いことがあってもきっと大丈夫。
そう思いながら私は歩道を歩いていていた。
 空には暑い夏の日差し。ぎらつく道路と、熱と、私と、光と。
 遠くの地面が私を呼んでいる。揺らめいて、まるで溶けてしまったかのようにぐにゃぐにゃと。
 ふらりとして私は何なのか分からなくなる。何故帰っているのか。
 何故此処にいるのか。何故倒れているのか。
 分からない。
 何故私は独りなの?
 分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からな、
 あれ。私は何で、
 あれ?
 れ?


 私はどうして、ベッドで寝ているんだろう。
 視界に入る部屋は真っ白で、嗅ぎ慣れない嫌な臭いが鼻を突いていた。それが消毒液の臭いだと気付いて、はじめて自分が病院の一室にいるのだと気が付いた。
 私の横には点滴と、視線から数度だけ上にある机の上に乗った花瓶と、キティの姿。あとは、通学鞄と、私のポケットの中に入っていた財布といくらかの小物。
 靄が掛かったようだった思考の鈍さを、天井から降り注いでくる蛍光灯の光が振り払う。少しずつ晴れていく考えの中で、ようやく私は自分が倒れたことに気が付いた。
 此処は病院だ。私は倒れてしまって、此処に運ばれたんだ。
 そして横には、
 ママがいた。何処か焦ったような表情を浮かべて、私の顔を覗き込んでいた。
「シンディ、大丈夫?」
 大丈夫。大丈夫だけれど、ママ。
「栄養失調ってどういうこと?
いつも食事代は置いていってあげてるし、何で食べなかったりしたの?」
 ママは困ったような、怒りを抑えているような、そんな顔つきだった。きっと、お医者の人に怒られたんだと思う。私の、我が儘の所為で。
 でも、そうしたかった。そうしなければならないような気がして、仕方がなかった。
 だから言おう。ずっと思っていた一言を。
 ベッドの傍らの机から、私は財布を手に取った。クマのマークの入った、ずっと前にパパとママに、誕生日に買って貰った大切な品だ。その中を覗き込むと、ここ数日間、朝食のみで我慢した結果が姿を現す。
「ねえ、ママ。ママは一日にどれくらいのお金を稼ぐの?」
 私はママの目を覗き込んだ。私と同じ、コバルトブルーの瞳。
 私よりも深い色をしたそれに、問いかける。
「……一〇〇ドルよ」
 怪訝そうな顔をして、それでもママは答えてくれた。
 それを聞いて、少しだけ嬉しかった。
 そして私は財布の中からそれを取りだす。
 そこには一〇ドル札が、一二枚。私が二週間近く、昼と、夜のご飯を抜いて貯めたお金だ。
「ねえママ。ママの一日が一〇〇ドルなら、私にママの一日を売って」
 それが私の望みで、精一杯の自己主張だった。
 私の存在を繋ぎ止めてくれるのは居ない友達なんかじゃなく、タンシンフニンのパパでもなく、今此処で私の心配をしてくれたまましか居ない。そう思ったからだ。
 何よりも、私は寂しかったのだと思う。自分自身が誰にも見向きされず、存在が消えてしまったのではないかと思うことが寂しく、そして怖かったのだと思う。
 だから私は言おう。ママがいつか、私と一日だけでも一緒にいて、私の存在を確かめてくれることを願って。
「ああ、シンディ」
 ママは躊躇って、
「それだけの冗談が言えるのならもう大丈夫ね」
 言った。
 何を言ったか、一瞬私には理解できなかったが。
「きっとそのうちおばあちゃんでも来てくれるわ。多分ね」
 そう言って、彼女は病室のドアを開けた。
 殆ど音を立てずに、スライド式のドアが閉まる。閉まった瞬間に、ばたむ、というゴムとゴムの衝突する鈍い音が響いて、私とママを阻んだ。
 光と、外の暗闇と、時間と、キティだけが、いつまでもそこに横たわっている。
 いつまでも、いつまでも。
 そしてそれ以外、私にはもう感じられない――。




 おばあちゃんは来なかった。どうやら、ずっと入院しているおじいちゃんのの様態が悪くて、迎えに来れないらしい。
 電車か、飛行機に乗ればいくことは出来ただろうけれど、ママとパパはそれを許さなかった。危ないからと、おばあちゃんの所に行くことを許してくれなかった。
 どうしてかは分からないけれど、仕方がないのかも知れない。
 そしてまた、私は独りぼっち。いいえ、キティと二人きり。
 私を私と見てくれ、愛してくれるのはキティだけ。
 いつか、キティ以外で私を愛してくれる人なんて、現れてくれるのだろうか。
 病院のベッドで、外を見ながら私はいつか私を愛してくれるその人に思いを馳せる。
 けれども、その人は今は居ないし、本当にいるかも分からない。
 居て欲しいと思うけれども、人と話すことが出来ない私にそんな人がいつか出来るのだろうか?
 居るかも分からない人を思い、そしてキティを抱きしめた。
 そうだ。体がよくなったら、新しい友達を買いに行こう。
 ママの一日を買えなかったお金で、もう一人友達を。
 そうしたらもうきっと寂しくない。
 友達二人もがいれば、きっと寂しくは、ない。

2005/11/14(Mon)23:03:09 公開 / 狗人
http://homepage3.nifty.com/kuroinuya~03step/1.htm
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■作者からのメッセージ
スランプから抜け出した時に書いた一本です
少しでも何かに訴えられるような文章が書けたらいいなと、とう思っております
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