- 『決着は、その『槍』で』 作者:豆腐 / リアル・現代 ショート*2
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「テメェの負けだ……」
彼の言葉を、夕暮れ時の気紛れな風が、僕の耳に運ぶ。
「そうだね、君の勝ちだ」
僕の声は、自分でも驚くほど穏やかなものだった。
僕の敗北という結果が、悔しくないと言えば嘘になってしまうが、それ以上に彼の勝利を祝福したいとそう思っているが故なのだろう。紅に染まった空を眺めながら、自分の心中をそのように分析する。
ちらり、と視線を移動させ、彼に勝利をもたらすことになった、その『槍』を見る。
彼は、『槍』にこだわっていた。初めて彼と戦ったときから、そのことは明らかだった。彼は、自分が守るべき存在が危機であろうとも、その『槍』を振るい、そんな彼のことを僕は酷く軽蔑した。そのような戦術など、僕には認めることはできない。初戦は、僕の勝利に終った。同時に、それは彼が『槍』にこだわりつづける限り、これからも決して覆ることのない結果だと、信じて疑わなかった。
だけど、戦いを重ねるに連れ、何度負けても果敢に挑んでくるその気概には、敬意を払いたいと思うようになっていった。敗北とは、重く、容赦なく心に圧し掛かってくるもの。その重さに耐えかね、膝を折っていった者たちも少なくないだろう。
それでも彼は自身の信念を曲げず、真っ直ぐに貫いた。徐々にその『槍』の冴えを増していく彼を、僕は宿敵として認め、全力をもって彼との勝負に臨んでいた。昨日まで僕は無敗を守り続けてきたが、ついに今日という日を迎えることになった。
今更ながら思う。
彼が『槍』にこだわった理由は、その性質が彼に似ていたからではないだろうか、と。剣のように「斬る」のではなく、ただ一直線に「貫く」。そして彼は、猪突猛進という言葉が服を着て歩いているような性格の持ち主。何度障害にぶつかろうと諦めず、退くこともせず、真っ直ぐに前へ前へと突き進む。まさに、『槍』そのもの。
その折れることのない信念と、彼の勝利を、心から祝福しよう。
「そろそろ、幕を引こうか」
そっと呟き、僕は、最後の行動を取る。彼は、戸惑ったような表情を見せた。風が二人を包む。僕のその行動は、彼の槍に貫かれることを意味している。そんな彼に向けて、僕は言葉を紡ぎ、そっと微笑む。
「ずっと、考えていたよ。もしも、万が一にも僕が君に負ける日が訪れたのなら……」
――決着は、その『槍』で。
微笑む僕を見て、彼もまた、にやりと笑った。そして、彼の右手が『槍』を握る。目を閉じることなく、その瞬間を見届けようと思った。す、と彼の腕が天に伸びる。
もしかしたら僕は、自分とは全く異質な強さを持つ彼に、密かに憧れていたのかもしれない。ふと、そんな考えが浮かんだ。
そして訪れる、決着の瞬間。
何かが爆ぜるような、パァン、という音がして。
彼の『槍』――すなわち香車がゆっくりと僕の王将を貫き、僕と彼との放課後屋上将棋勝負は、初めて彼の勝利で終った……。
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2005/11/13(Sun)14:58:59 公開 / 豆腐
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■作者からのメッセージ
この頃先輩とちょくちょくするようになったんで、こんな話が浮かんできました。それでそのままバーっと仕上げてみたのがこれです。もしも、「なんだなんだ、アクションものか?」なんて思ってくれた方がいらっしゃれば、しめたものでございます。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。よろしければ、ちょろっと感想でも残していただければ嬉しい限りです。
それでは、今日はこの辺で。