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『禁断のジュテーム』 作者:時貞 / ショート*2 お笑い
全角4187文字
容量8374 bytes
原稿用紙約12.4枚
 僕はオカマである。
 もう一度言おう。僕はオカマである。
 戸籍上の性別は男性であるが、自分自身が男性であるなどという認識は死んでも持てない。僕は自分自身を、《男の身体の中に閉じ込められた女》であると思っている。だから当然、僕が恋愛感情を抱く対象は皆《男性》たちである。
 僕はオカマである。
 オカマであることをしっかりと受け止めている。
 ゲイ、ホモセクシャル、男色家、おねえキャラ――色々な呼び名があるようだ。だが僕は、オカマという呼び名に大いなる愛着を抱いている。なんといっても言葉の響きがいい。っていうかカッコイイ。そして僕は、自分がオカマであるということを大いに誇りに思っている。
 オカマ――誰が最初に名付けたのかは知らないが、まったくもって美しく神秘的な言葉ではないか。性同一性障害などといった堅苦しい医学的名称などクソくらえだ!
 もう一度言ってしまおう。
 僕はオカマだ。誰になんと言われようともオカマなのである。
 大相撲のテレビ中継を見ていると興奮する。出来ることなら渋谷のスクランブル交差点で、「オカマ万歳!」と大声で叫びながら駆け回りたい。
 ちなみに僕の大好物は釜飯である。中でも鳥そぼろ釜飯には目がなく、週に一度は食べないと禁断症状を起こしてしまう。次に好きなのが山菜釜飯だ。これは二週に一度でもなんとか我慢が出来る。ママは僕のために、いつも最高に美味しい釜飯を作ってくれるのだ。
 ああ、話が逸れてしまった。頭の中がすっかり釜飯モードになってしまっていた。
 ……さて、くどいようだが僕はオカマである。
 男性でもなく、女性でもなく、オカマなのだ。
 何度でも言おう。いや、この際言えるだけ言いまくっちまおう。
 誰がなんと言おうと、誰にどう思われようと、太陽が西から昇ろうと、空からカエルが降ってこようと、僕は思いっきりオカマなのである。今風に《オカマちゃん》なんて呼ばれたいとは思わない。はっきり《オカマ》と呼び付けて欲しい。

      *

 僕は恋をした。
 激しい恋をした。
 相手は、A組の山岸くんだ。
 山岸くんは、あまり女子から好かれるようなタイプではない。身体は大きいがガッチリとした筋肉質で、ボディビルダーのような体格をしている。上半身の筋肉を強調するかのように、いつも授業中以外は、制服を脱いでピッチピチのタンクトップ姿で過ごしている。そして両腕に力瘤をつくってみせたり、三角筋を盛り上げるポーズをとったりして悦に入っているのだ。
 顔も決して、いわゆる二枚目とは言い難い。
 がっちりした顎と大きな頭、前に突き出た額はゴツゴツした岩のような印象を与える。肌は浅黒く、頬にはニキビ痕が目立つ。大きな鼻とぎょろりとした目、唇だけは何故かオチョボ口でアンバランスな印象を与えるのだが、それが僕にとってはたまらない魅力に映る。眉毛は濃く、墨で書いたように黒々としている。まったくもって男らしい顔だ。
 どうやら彼のようなタイプは、女の子ウケは良くないらしい。
 だが僕のようなオカマから見れば、胸がドキドキと張り裂けそうになるほど魅力的な人物なのである。
 あの筋肉――あの得意げな笑顔――そして、あのタンクトップ――前々から彼に対して密かな恋心を抱いていた僕であるが、それが大輪の花火の如く燃え上がったのは、つい先日のある出来事がきっかけであった。
 僕が廊下を歩いていると、向こうから山岸くんがタンクトップ姿で歩いてきたのだ。僕はつい赤面し、あまりの恥ずかしさに俯いたまま通り過ぎた――そのとき、背後から山岸くんが優しく声を掛けてきてくれたのである。
「はい、これ――」
 山岸くんとすれ違いざまに、僕はハンカチを落としてしまっていたのだ。そのハンカチは僕のバースデーにママが買ってくれた、大のお気に入りのエルメスのハンカチだった。
 それを拾ってくれた山岸くん。
 眩しいほどの笑顔で僕に手渡してくれた。僕は嬉しさ以上に緊張感で顔が真っ赤に上気してしまい、小声で「ありがとう」と呟いたまま足早にその場を去ってしまったのだった。
 その日以来、僕の頭の中は寝ても覚めても山岸くんでいっぱいになってしまった。
 あの笑顔――あのマッスル――そして、なんといってもあのタンクトップ――。
 ああ、山岸くん。何故あなたは山岸くんなんだ? ――そんな独り言を繰り返す僕。
 セクシーなオカマ、キュートなオカマ、どっちが好きなの? ――こんな独り言も繰り返しちゃう僕。
 授業中も山岸くんのことが頭から離れず、とても集中することなど出来なかった。日増しに募る山岸くんへの想い。強く、耐えられないほどの熱い想い。
 山岸くん、山岸くん、山岸くぅぅん――!
 僕はついに決心した。
 この胸のときめきを、この熱い高鳴りを、思い切って山岸くんにぶつけることにした。僕にとって、生まれてはじめての愛の告白である。
 ――よし、明日の放課後、必ず山岸くんにコクってみせるぞ!

 真っ暗な室内に、大好きな米良さんのCDが静かに流れている。
 僕はその晩、なかなか眠りに就くことが出来なかった。目を瞑ると浮かんでくる山岸くんの笑顔と肉体美。ああ、本物の恋とはこれほどまでに苦しいものなのか……。僕は枕に顔をうずめながら、山岸くんへの愛の言葉を何度も囁いた。
 ――ジュテーム、ジュテーム、ジュテ――ム……。

      *

 告白の日――。
 僕にとっては運命の日といっても過言ではない。
 朝から期待と不安とが胸中に入り乱れ、朝食も釜飯以外は喉を通らなかった。もう、いつまでもこんな苦しい想いを胸に秘めつづけているのには耐えられない。そうだ、勇気を出すんだ! オカマとして、このありったけの想いを山岸くんにぶつけるのだ! たとえ山岸くんに拒絶されたとしたって、告白せずに後で後悔するよりはマシじゃないか。オカマの底力を見せてやれ!
 僕は拳を堅く握り締めると、勢い良くドアを開けて学校へと向かった。

 身体中がカッカと火照っている。
 皆が僕のことを見つめているような気がしてならない。僕が今日人生最大の告白をすることを、誰もが皆知っているような気すらしてしまう。愛する者に告白するということは、これほどまでに勇気がいるのか。
 廊下で山岸くんとすれ違った。
 ほんの一瞬であったが、山岸くんが僕に向けて笑顔を見せてくれたような気がした。背筋に電流が流れたような、激しい興奮感が僕の全身を駆け巡る。もしかしたら、ほんのコンマ数秒のあいだ失神していたかもしれない。
 僕の中に、これまでなかった自信がみるみる沸きあがってきた。
 ――イケる! ぜったいにイケる! 山岸くんは絶対に、僕の愛を受け止めてくれる!

 熱病に冒されたような一日が終わり、ついに放課後の時間となった。
 僕は知っていた。山岸くんが毎日放課後になると、誰もいない校舎の屋上で筋トレに汗を流すということを。
 僕はトイレで顔を洗い髪型を整えると、個室に入って大きく深呼吸した。胸に手を当てる。鼓動が激しく伝わってくる。僕は気合を入れるため、個室のドアを開けて誰もいないことを確認してから奇声をあげた。
「フォ――ッ!」
 ――よし、これで気合は充分だ。いくぞ、いくぞ、いくぞッ!
 僕は両の拳を固く握り締めたまま、屋上へとつづく階段を一歩一歩上っていった。階段を一歩踏みしめるごとに、山岸くんへ告白する勇気も高まってくる。
 ――山岸くん、待っててくれ。いまから僕の熱い想いを、焼きたてのピッツァよりもアッツい想いを届けに行くよ……。
 
 この扉の向こうに山岸くんがいる。
 僕は少しだけ乱れた呼吸を整えながら、胸に手を当てて自分の気持ちを落ち着けた。告白する言葉はしっかり頭に入っている。シンプルに、ストレートに、そしてオカマらしく、想いのすべてを言葉に乗せて伝えるのだ。
 僕は扉のノブに手を掛けた。その手が小刻みに震えている。

 ――ここまできて一体どうした? 

 僕は自分を叱咤するように、ドアノブを握った震える腕をもう片方の手でピシャリと叩いた。

 ――これで大丈夫だ。

 腕の震えはすっかり止まった。叩いた手を放すと、潰れた蝿の死体が腕に張り付いていた。この蝿の殉死を無駄にしないためにも、是非とも山岸くんに自分の想いを伝えなければならない。
 僕は力いっぱいドアを開け放った。
 爽やかな秋風が頬を優しく撫でていく。黄昏ゆく遠くの街並みを背に、山岸くんが黙々とバーベルの上げ下げを続けている姿が見えた。真剣な表情の山岸くんは、僕が屋上に上がってきたことに気が付いていないようだ。
 僕はゆっくりと、しかししっかりとした足取りで山岸くんに近づいて行く。
 目の前に迫る山岸くんの横顔――汗に光るマッスル――そしてなにより、ピッチピチのタンクトップ――山岸くんの流す汗のにおいが、それまで保っていた僕の理性を吹き飛ばした。
 僕は一気に山岸くんに駆け寄ると、その大きな背中に抱きついた。いや、むしゃぶりついた。
 これまで秘めてきた熱い想いが、愛の言葉が僕の口から濁流のように溢れ出す。
「ああ、山岸くんッ。山岸くぅぅん。す、好きだッ。僕は君のことが好きなんだッ! やっぱ好っきゃねん! そ、そのタンクトップをくれないかッ? あ、あ、あ、愛していますッ。ジュッテ――ム!」
 山岸くんはいきなり僕に抱きすくめられて、すっかり気が動転してしまったのであろう。持っていたバーベルをめったやたらに振り回した。
「――うわッ! なんだなんだなんだッ? なにすんだッ」
 ガツンという激しい音と衝撃を受けて、僕はその場に倒れ伏してしまった。どうやら山岸くんの振り回したバーベルが、僕の大きく後退した額に命中してしまったらしい。
 徐々に遠くなる意識の中で、山岸くんの慌てふためく声が聞こえてくる。
「ああ、先生! 岡本先生ッ! だ、大丈夫っすかッ」
 僕はゆっくりと目を閉じて、意識が完全に闇に閉ざされる前に思いを巡らせた。

 ――次に目が覚めたら、もう一度ちゃんと山岸くんに告白しよう。でも今度は、彼がバーベル運動をしていないときにしよう……。しかしこんなパターンで入院する場合でも、労災っておりるのかな……?



       ――了――
2005/11/07(Mon)20:18:03 公開 / 時貞
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■作者からのメッセージ
このような拙作をお読みくださりまして、誠に恐縮であります(汗)
今回は本当にヘンなお話です。友達からうつされた風邪を早くやっつけるために薬を多用したところ、妙にハイになってしまってどうしても「お笑いショートx2」が書きたくなってしまい、その衝動を抑えることが出来ませんでした(笑)
”オカマ”も差別用語になるのかな?規約に引っ掛かってしまうのかな?といった不安もあるのですが・・・(汗)
もし著しく気分を害された方が居た場合や、投稿作品として問題があるような場合は即刻削除いたします。
このようなおかしなショートx2ですが、ご感想などいただけたら非常に嬉しいです。僕にパワーをください!!
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